京都・洛西

2009.05.26

京都・洛西 ゼニアオイ~広沢池~

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一見タチアオイに似ているこの花はゼニアオイ。今の季節、そこかしこの路傍で見かけます。

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この写真を撮ったのは丁度1年前、広沢池のほとりでした。雑草扱いされて何度刈り取られても芽を出す様な強壮な花ですから、きっと今年も同じ場所で咲いている事でしょう。

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池の向こうに見えているのは遍照寺山。この日はいかにも初夏らしい好天だった事を思い出します。自転車に乗って走るのが気持ちよかったっけ。昨年は新型インフルエンザなんて縁がなかったものね。

今週末は自粛を解除して京都へ出掛けてこようかな。

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2009.05.23

京都・洛西 仁和寺御殿

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現在の関西は新型インフルエンザが流行の兆しを見せており、不要不急の外出は控える様にとの要請が出ています。このため当ねこづらどきでも、残念ながら今週末の京都行きは自粛する事にしました。早く事態が収拾してくれる事を願うばかりなのですが、こればかりはどう動くか判りませんね。

そこで今日から一週間の記事については、過去のストックから選び出した写真を元に構成して行く事にします。このため季節がずれたり、最新の情報とは誤差が生じるかもしれないのですが、それらについてはあらかじめご了承下さい。

今日アップする記事は仁和寺の御殿です。写真は昨年の9月20日に撮影したものですので、一部紅葉が始まっている木なども見受けられます。

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仁和寺は初代門跡を宇多法皇が勤めており、門跡寺院としては嚆矢とされています。以後、江戸時代までは々の住職を皇族が勤めた宮門跡でした。御殿は門跡が居住する区画の事で、宸殿を中心に白書院、黒書院、霊明殿などからなります。

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仁和寺は応仁の乱によって一時は荒廃していましたが、江戸時代に御所の建物を移設するなどして復興され、往時の面目を取り戻しています。残念な事に明治20年に大火に遭って、御殿の主要な建物は焼失してしまったのですが、紫宸殿を移した金堂は今なお健在であり、当時の面影を今に伝えています。

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現在見る事が出来る御殿の建物は、明治末から大正にかけて再建されたものがほとんどです。しかし、設計は宮殿風に統一されており、古式を豊かに感じる事が出来ますね。写真は宸殿で、前庭には左近の桜と右近の橘が植えられています。

この南庭は広々とした白砂だけの空間であり、このあたりは平安神宮に似ていますね。いわゆる宸殿造の特徴なのでしょうか。また、黒書院、白書院など他の建物とは廊下で繋がっており、これも宸殿造の流れを汲んでいるのでしょうね。全体の雰囲気としては、同じ門跡寺院で嵯峨御所とも呼ばれる大覚寺と、とても良く似ています。

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宸殿は門跡の御座所であり、儀式や式典にも使われたという御殿の中心的な建物です。桃山様式を取り入れた本格的な書院造であり、内部は御所の御用絵師であった原在泉画伯の手による大和絵で飾られています。

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宸殿の北側にある北庭です。五重塔を借景にした池泉鑑賞式の庭園ですね。この庭が何とも優美でかつ落ち着きのある名園なのですよ。見ている内に気持ちが穏やかになり、何時までも座って見ていたくなる様な素敵な空間です。中には寛ぎすぎて寝そべっている人も居ましたが、マナー違反である事はともかくとして、その気持ちは判りますね。

仁和寺は御室桜が有名ですが、桜が無くてもこの庭を見に来るだけでも値打ちがありますよ。若葉や紅葉の頃が良いのでしょうけれども、私が行った初秋の頃もまた静かでとても良い雰囲気でした。花見の喧噪とは無縁な仁和寺の魅力がここにありますよ。

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2009.04.17

京都桜事情2009 ~竜安寺 4・11~

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平成21年4月11日現在の竜安寺の様子です。この日は石庭の八重紅枝垂れ桜が満開となっており、訪れた多くの人を魅了していました。

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それにしても、枯山水の庭にこの鮮やかな桜を持って来るとは、大胆不敵なものを感じますね。それがまた石庭には似合っているのだから、なかなか凄い話だと思います。

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以前にもお伝えした様に、竜安寺は方丈の屋根の修復工事中であり、石庭は庭に向けて張り出した桟敷席で見る事になります。ですから普段とは違った角度から見る事になり、ちょっと新鮮な気分にもなりますよ。

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しかし、この桜も盛りの日は少し過ぎていましたね。週末にしか出掛けられないので丁度盛りの日に重なる方が難しいのですが、一番綺麗な時にタイミングが合うと輝く様な花と出会う事が出来、とても幸せな気分になれるのです。

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鏡容池の周囲では、余所よりも少し遅めに咲いた染井吉野が見頃を保っていました。池面に散った花びらが綺麗でしたよ。

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境内ではシャクナゲも咲いていました。桜ばかりに気を取られていると、せっかくの美しい花を見落としてしまいそうです。そろそろ春の花たちに目を向ける時期がやって来た様ですね。

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2009.04.16

京都桜事情2009 ~仁和寺 4・11~

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平成21年4月11日現在の仁和寺の様子です。この日は御室桜が満開を迎え、青空の下で輝かんばかりに咲き誇っていました。

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御室桜の主力は有明桜。一見すると一重咲きの様に見えるのですが、良く見ると同じ木に八重咲きも混じっているという一重八重の桜です。この日はまさに満開を迎えた直後で、花の状態も最高でした。

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桜の海の向こうに五重塔が浮かんでいるという定番の写真なのですが、手前の桜が影になってしまいました。この写真を撮ったのは午後2時30分頃なのですが、青空を背景にするには丁度良かったものの、桜が影にならない為には、もう少しだけ早い時間の方が良かったのかも知れないですね。

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仁和寺には、御室桜の外にも染井吉野、鬱金、御衣黄など多種類の桜があり、この日は八重紅枝垂れ桜が満開見頃となっていました。

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この八重紅枝垂れ桜の背景を染めているピンク色は、三つ葉ツツジの花の色です。三つ葉ツツジもまた境内のそこかしこで満開となっており、桜に劣らない美しさを見せてくれていました。

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八重紅枝垂れ桜は、五重塔の近くでも咲いています。出店の背後になるので少し見にくいのですけどね、もう少し盛りの頃だともっと綺麗な絵になったかも知れません。

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御室桜の雲海です。花に埋もれて歩いているのも綺麗なのですが、こうして全体を眺めてみると、また違った美しさが見えて来るものですね。

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今年の経過を調べてみると、4月7日に咲き始め、11日には満開、そして早くも14日には散り果てと本当に駆け足で過ぎてしまいました。この桜を楽しみにしていた人にとっては、あまりにもあっけない結果でしたね。そんな中でも、週末に盛りを迎えたのは少しでも多くの人に楽しんで貰えた事になり、せめてもの救いだったのかなという気がしています。

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2009.04.08

京都桜事情2009 ~竜安寺 4・4~

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平成21年4月4日現在の竜安寺の桜開花状況です。この日は桜苑の枝垂れ桜や池畔の山桜、それに一般駐車場周辺の枝垂れ桜と染井吉野などが見頃となっていましたが、全体としてはまだ少し来るには早かったという感じです。

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山門を潜って池畔を巡り、庫裏に至る手前にある枝垂れ桜です。この日は数本の木が満開となっており、この先に期待を抱かせてくれました。また、庫裏の隣にある新館前の枝垂れ桜も見頃となっており、これはと思ったのですが。

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石庭にある枝垂れ桜はご覧の様な状況で、期待を大きく裏切られました。良く調べてみると2007年には4月14日に満開になっており、期待した方が間違いだった様ですね。

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竜安寺は現在方丈の屋根の葺き替え工事中であり、大きく仮屋根で覆われています。石庭もまた半分近くがこの仮屋根に覆われているといった状況で、普段とはまるで違った有様となっています。拝観は出来るのですが、仮設の桟敷席が石庭の半ば近くまで伸びており、幽玄味のある石庭の風情はありません。

しかし、直ぐ真下に庭石を見るといった貴重な体験が出来る事も確かで、また桜の位置も普段よりもずっと近くになり、これも面白い体験と捉える事も出来るかも知れません。

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鏡容池の周囲では、染井吉野はまだ3分先といった程度で、華やかさには欠けていました。その代わり、ユキヤナギは満開で、なかなか見事でしたね。

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一方、池の西岸にある山桜は満開で、まさに見頃となっていました。境内においては唯一華やかな存在と言って良く、外人さん達には大人気でしたね。

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桜苑では、数本の枝垂れ桜が満開となっていました。ただ、ここは木と木が妙に重なり合い、あまり華やかさが感じられないのですよ。そして、雨模様のせいでコントラストも低く、どうにも絵にならないので写真には撮りませんでした。もう少し見せ方を工夫してもらうと有り難いのですが。

ここで目だっていたのがこのアーモンドですね。先日の平野神社でも咲いていましたが、こんなに鮮やかな花を咲かせるとはちょっと意外な気もします。どちらかというと、桜と言うより桃に近い感じですね。

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この時期はどうしても桜に目を奪われてしまいますが、多くの椿もまた見頃を迎えています。ここでは落ち椿に風情があったのですが、隣にいた外人さんも同じように写真に納めており、この情緒が判るのかなと少し意外な感じもしました。

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この日、一番鮮やかだったのが一般駐車場の周辺でした。この枝垂れ桜を初めとして染井吉野も満開になっており、とても華やかでしたよ。ただ、自家用車で来た人達以外には知られる事が無い訳で、なんとも勿体ない状況ではありましたね。

竜安寺には、今週末も行くつもりです。今度こそ石庭前の桜も咲いている事でしょうし、境内も華やかさを増している事でしょう。丁度盛りになっていてくれれば嬉しいのですが、果たしてどうなっているでしょうね。

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2009.02.13

京都・洛西 第43回京の冬の旅 非公開文化財特別公開~仁和寺 金堂・経蔵~

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第43回京の冬の旅、8箇所目は仁和寺を訪れて来ました。ここでは国宝の金堂と重要文化財の経蔵が公開されています。

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金堂には、御本尊の阿弥陀三尊像が祀られています。内部は国宝であるが故に電気が通っていないため、とても薄暗いのですが、そのぶん入り口から差し込む光に照らされた姿は、とても荘厳なものがありましたよ。

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この金堂は、元はと言えば御所にあった紫宸殿だった建物です。寛永年間に仁和寺が徳川幕府によって再建された時、丁度御所の建物も再建時期にあたっていた事から、いくつかの建物と共に下賜されたのでした。

屋根が檜皮葺から瓦葺きに変えられている外は紫宸殿の特徴を良く残しており、特にこの垂木が3段に分かれた三軒と呼ばれる構造は、紫宸殿ならではのものだそうですね。

垂木の先に被せられた黄金色の飾りなど非常に凝った造りである事が判り、国宝に相応しい建物である事には間違いありません。

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もう一つ公開されているのが経蔵で、内部には天海版の一切経を納めた八角輪蔵があります。この輪蔵を一回廻せば、一切経を全て読み上げたのと同じ功徳があるとされるのですが、残念ながら今回の公開では実際に廻す事は出来ません。

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桜の寺として知られる仁和寺ですが、この時期の境内にはほとんど彩りというものがありません。そんな中で、山茶花はここでも鮮やかな花色を見せてくれています。

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そして、どういう訳か三葉つづじが花を咲かせていました。毎年、ここの花時である4月の半ば頃に見頃となるのですが、今頃から咲き始めるとは、ここ暫く暖かい日が続いているせいなのでしょうか。

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また、さずがは桜の寺と言うべきでしょうか、まだほんの小さな苗木に過ぎませんが、寒桜が幾本か植わっており、しっかりと花を咲かせていました。でも、この桜たちは御室桜と同じく、矮小化の道を辿るのでしょうか。

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桜園越しの五重の塔ですが、やはり手前に花が無いとかなり寂しいですね。季節が巡り、やがて花が咲く頃に、再びここを訪れたいと思っています。

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2009.02.10

京都・洛西 第43回京の冬の旅 非公開文化財特別公開~妙光寺~

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第43回京の冬の旅、7箇所目は妙光寺を訪れて来ました。

妙光寺は御室の西にある臨済宗建仁寺派の寺であり、かつては五山十刹の一つ(十刹の第8位)に数えられていたという由緒を持っています。

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妙光寺が公開されるのは初めての事になりますが、実は数年前までは無住の寺であり、境内は竹藪や雑木林で埋もれた、事実上出入り自由の荒れ寺でした。それがガイドさんの説明に依れば、4年前から建仁寺の若い僧侶達が復興に着手し、ようやく寺としての体裁が整ってきたところなのだそうです。

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ですからこの枯山水の庭も、かつての姿を手探りで復元しつつあるところの様ですね。綺麗な砂紋を描いて、それなりに見せているのはさすがと言えましょうか。

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妙光寺の歴史を紐解けば、1285年(弘安8年)に、時の内大臣・藤原師継が長男の早世を悼んで山荘を寺に改め、法燈円明国師を開山に迎えたことに始まります。ちなみに寺号の妙光とは、師継の長男の法名に依るものです。

創建後の妙光寺は、亀山・後醍醐・後村上の三朝より勅願寺とされて正覚山という山号を賜るなど、寺運隆々たるものがありました。

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この寺の開山である法燈円明国師は、43歳のとき中国に渡り、霊洞山護国寺の無門慧開禅師に師事されました。 帰国後92歳で入寂されるまで教化活動に力を尽くし、亀山上皇より法燈禅師、後醍醐天皇より法燈円明国師という称号を贈られています。そしてまた普化宗(虚無僧の宗派。尺八を吹くことで悟りの境地に至るという禅宗の一派。明暗寺の記事を参照して下さい。)の祖としても知られる高僧です。

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時代を下って、妙光寺は室町幕府によって五山十刹の一つに列せられるという栄誉を受けました。ここまでは順調だった妙光寺なのですが、応仁の乱によって灰燼に帰し、数多く抱えていた荘園も戦国大名達によって横領され、かつての面影も無いほどに衰退してしまいます。

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荒廃しきった妙光寺が再興されたのは、江戸時代に入ってからの事になります。1639年(寛永16年)に、敦賀の豪商打它公軌の援助を受けて、三江紹益和尚が再建を果たしたのでした。都名所図絵に依れば山門、庫裏、仏殿、方丈、鐘楼を備えた立派な寺であり、十刹の第8位にふさわしい伽藍が立ち並んでいた事でしょうね。

ちなみに建仁寺の寺宝として名高い風神雷神図は、実は妙光寺の復興を記念して打它公軌が俵屋宗達に依頼して描かせたものと言われ、後に妙光寺の衰退と共に建仁寺に移されたとされます。つまり、今回の公開において風神雷神図のふるさとと副題が付いているのは、こういう経緯があるからなのですね。

ここには織物で復元された風神雷神図があり、中庭に面した部屋で見ることが出来ます。とても織物とは思えない出来映えで、建仁寺の様な描かれた当時を復元したものではなく、時間を経て風化した今の絵の状態を再現しており、ぱっと目には本物と見間違う程ですよ。

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幕末期にこの寺の住職を務めたのが天章慈英でした。慈英は勤皇僧として知られた存在で、妙光寺には勤皇の志士達が多く出入りしていたと言います。真偽は不明ですが、薩長同盟はこの寺で結ばれたとも言い、その余波として新選組がこの寺の全ての塔頭を焼き払ってしまったという話も残っているそうです。

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まあ、薩長同盟は薩摩藩の二本松藩邸、または小松帯刀の京都屋敷で結ばれたとする説が有力ですし、新選組が妙光寺を焼き討ちしたという資料は見たことがありません。ですので、この話はまともには聞けないのですが、天章慈英が勤皇家であった事だけは確かな様です。

明治以後の妙光寺は、明治初年の廃仏毀釈の洗礼を受け、以後は衰退の一途をたどりました。時折裏手にある野々村仁清の墓を訪ねて来る人がある程度で、荒れ果てた境内は近所の子供達の格好の遊び場になっていたようです。

今は鬱蒼としていた竹藪やクヌギ林が切り開かれ、開放的な境内を取り戻したところです。これから先も序々に庭園として整備が進み、何時の日か歴史あるこの寺が、洛西の名所として知られる様になる事を期待して待ちたいところですね。


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2008.12.16

京都・洛西 ローム・イルミネーション2008

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京都の師走の風物詩の一つ、ロームのイルミネーションが開催中です。今年で14回目を数えるこのイベントは、クリスマスシーズンが近づいた事を知らせる行事としてすっかり定着した観があります。

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メインストリートとなるのが西大路通の一筋西にある佐井通で、五条通に面した入り口では二本のヤマモモの木にクリスマスツリーの電飾が施され、そこから続くメタセコイアの並木では黄金色のイルミネーションが輝いています。

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もう一つのメイン会場が名倉公園で、園内の木々が光のツリーと化し、素敵な広場になっていました。

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その公園の様子ですが、寒い中にも係わらず、多くの家族ずれで賑わっており、すっかり市民の間に定着している事が伺われます。

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少し残念だったのが、昨年あった「雫」というイルミネーションが今年は無かった事ですね。経費節減のあおりなのか、それとも地球環境に配慮した結果なのかは判りませんが、楽しみにしていただけにちょっと寂しかったです。

ロームのイルミネーションは12月25日までの毎日、16時45分から22時30分まで開催されています。詳細についてははこちらのホームページでお確かめ路下さい。


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2008.11.21

京都・洛西 京都紅葉事情2008~祇王寺・滝口寺~

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平成20年11月15日現在の祇王寺の紅葉の様子です。この日はまだ境内の紅葉が始まっておらず、わずかに周囲を取り巻くもみじが色付いていただけでした。

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少し角度を変えると、紅葉の具合が良く判ります。出来るものなら、この苔の上を一面に染める散りもみじを見てみたいものだと思っています。

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蹲居にはその散りもみじを意識したものなのでしょう、2枚の落ち葉が置かれてました。この写真を撮ってから一週間が経ち、そろそろ見頃が始まっている頃なのなのかな?

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一方、隣の滝口寺では、ほぼ盛りと言える様な紅葉になっていました。ただ、本堂前のもみじが既に散り果てており、一番の絵になる所が駄目になっていたのが残念でした。

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今年の夏の写真を良く見ると、件のもみじはかなり弱っている様にも思えます。ですから、その木はいち早く色づき、いち早く落葉してしまったのでしょう。

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この日一番美しかったのは、この3色に染まった一連のもみじでした。

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そのもみじを真横から見た写真です。ちょっとしたボリューム感があって、緑からオレンジへの色の変化の具合が何とも美しいです。

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境内には山茶花も咲いていました。紅葉の次に来る季節を暗示させる花ですね。

滝口寺は始まるのが早かった分、今頃は落葉が盛んになっているかも知れません。

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2008.11.20

京都・洛西 京都紅葉事情2008~鳥居本~

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奥嵯峨・鳥居本の紅葉です。平成20年11月15日現在では見頃が始まったばかりで、平野屋を覆うもみじはオレンジ色に染まっていました。

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鮎茶屋「平野屋」を包む様に植わっているもみじは、3分の2位が色付き始めており、それなりの雰囲気が出てきたところでした。今頃は丁度良い具合に色付いているはずだったのですが、果たしてどうなっているでしょうか。

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対して蔦屋の前はというと、こちらはまだかなり物足りない状況でした。こららも今頃は良い色になっているかしらん?

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道を覆うこのもみじが真っ赤に染まった光景は、さぞかし綺麗な事でしょうね。もみじの赤と鳥居の朱色のコラボレーション、思っただけでぞくぞくしますね。

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そして、藁葺き屋根に紅葉が似合うと事と来たら、素晴らしいの一言です。ごく狭い空間ながら絵になる素材に事欠かない、それが鳥居本の魅力ですね。

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京都・洛西 京都紅葉事情2008~化野念仏寺~

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平成20年11月15日現在の化野念仏寺の紅葉の様子です。この日は主として東側三分の二位のもみじが紅葉していましたが、残りはまだ青葉のままという、かなり変則的な感じのする境内でした。

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化野念仏寺と言えば西院の河原ですね。この日は、その東の通路沿いに紅葉したもみじが集中していました。

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少し角度を変えて北西隅から南東方向を見ています。西院の河原の入り口にあるもみじはまだ青葉のまま、右手に見えるもみじもまだ浅い色付きである事が見て取れます。こんな具合に、ちょっとバランスの悪い紅葉の仕方になっていました。

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そんな中で、この木の様に盛りの色を見せてくれた木もあります。本当のピークにはもう少し透明感があるのでしょうけどね、そんな色に出会えるのはかなり珍しい事と言わなければなりません。

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こうして見ると青葉もかなり混じっており、見頃とまでは言えませんね。今頃はどうなっているかしらん、昨日からの寒波で散ってしまっていなければ良いのですが。

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西院の河原以外でも見頃の木はありました。この木は黄葉の中に赤い斑が入るという面白い色付き方をしていますね。

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参道はオレンジ色から青葉までグラデーションを描いていました。それなりに美しく、記念写真を撮る人で階段は埋まっていましたね。それは良いのだけれども、一つの団体だけで長時間階段を塞ぐのは止めて欲しかったなあ...。

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2008.11.19

京都・洛西 京都紅葉事情2008~二尊院~

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平成20年11月15日現在の二尊院の紅葉の状況です。この日はほぼ見頃が始まっており、最高潮とも言える色合いを見せてくれる木も点在していました。

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総門からまっすぐに伸びる参道は紅葉の馬場と呼ばれ、その名の通り道の両側をもみじが埋め尽くします。ここの色付き方はまだ少し浅い木が多く、息を飲むという程には至っていませんでした。

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そんな中で階段近くにあるこの木はほぼ見頃と言って良く、少しオレンジ色が残っているものの、なかなかに見応えがある色に染まっています。

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そして参道の突き当たりにあるこの木は、この日一番の紅葉を見せてくれていました。冒頭の写真も同じ木ですが、透明感溢れる赤色はまさしく盛りの色です。

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勅使門から築地塀沿いに見た景色です。この日は紅葉の馬場よりもむしろこの場所の方が見事だったかも知れません。

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境内でもそこかしこで見頃の木がありました。中でもこの木は美しい黄色に染まり、秋の日差しを浴びて輝いて見えましたよ。

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こちらは、黄色と赤の競演を見せてくれた門前の木です。スポットライトの様な木漏れ日に、とても映えて見えますね。

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本堂南側にある庭園「寂光園」です。ここの紅葉はまだ少し色付きが浅く、見頃まではあと少しといった状況でした。綺麗に色付けば、庫裏の白壁との対比が美しい事でしょうね。

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二尊院は平安時代初期の承和年間(834年~847年)に嵯峨天皇の勅願により、慈覚大師が建立したと伝えられる天台宗の寺です。そして二尊院という寺号は、釈迦如来と阿弥陀如来の二体の御本尊を祀る事に由来するだそうですね。

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釈迦如来は人が生まれる時に送り出して下さる「初遣の釈迦」と言い、一方の阿弥陀如来はその人が寿命を全うした時に極楽浄土から迎えに来て下さる「来迎の阿弥陀」と呼ばれます。つまりこの二体の御本尊は表裏の関係にあるという訳です。

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二尊院は一時荒廃し、鎌倉時代初期に法然の高弟である湛空によって再興されました。天台宗の寺なのに、どことなく浄土宗の寺の様に感じたのはそんな経緯があるからでしょうか。

二尊院の紅葉はやや早めに進行しており、この寒波を経てどう変化したのか気掛かりなところです。見頃を通り越して散り果てになってしまわなければ良いのですが。

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2008.11.18

京都・洛西 京都紅葉事情2008~常寂光寺~

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平成20年11月15日現在の常寂光寺の紅葉の様子です。ここの紅葉の進行は思っていた以上に早く、特に多宝塔周辺ではほぼ見頃を迎えていました。

(ここでご注意。)

(ここに掲げた記事はあくまで訪れた時点の状況を元にしたものです。この時期の紅葉は一日で様変わりしてしまう事も珍しく無く、どんな写真も2日も経てば速報としての価値は失われてしまいます。特に、今夜から明日に掛けては真冬並みの寒波が入るそうですから、これが紅葉にどういう影響を与えるかは予断を許しません。楽観的に考えれば遅れていた部分が色付いて綺麗になるとも思えますが、悲観的に考えると今色付いている部分が一気に散って終わってしまう所も出てくる可能性もあります。こればかりは、寒波が去ってみないとどうなるかは判りません。ですので、この記事はあくまで参考という程度に止め、お出かけになる際には必ずここや、ここで最新の情報を確認してから行く様にして下さい。)

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参道はこんな感じで、丁度見頃が始まったというところでした。この時点ではまだまだ緑が多く、盛りにまでは暫く掛かりそうな感じでした。

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門を潜った後の階段は、かなり雰囲気が出ています。まだ色の付き方は浅いですが、今日辺りかなり綺麗になっているのではないかしらん?

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階段を登り切ってから振り向くと、また違った景色が見えます。同じ紅葉でも、見る方向によって色が違って見えるのが面白いですね。

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本堂の右奥のもみじは、かなり色付いていました。一部には既に盛りと言っても良い木がありましたよ。

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鐘楼の前では、黄色と赤の紅葉が入り乱れていました。やはりこの色の組み合わせは素晴らしいですね。

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光線の加減によっては、黄色の葉が黄金色に輝いて見える事もあります。とても美しい瞬間ですね。

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多宝塔周辺は、まさに見頃になっていました。最も美しい瞬間は、今日だったのか明日以降になるのか。それくらい紅葉が進んでいました。

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多宝塔に寄り添うこの木は、燃える様なオレンジ色に染まっていました。深紅に染まった木にはない、勢いの様なものを感じますね。

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綺麗に紅葉したもみじを、これも盛りに近い紅葉の色で染めてみました。こうしてみると、今年の紅葉は美しいと実感出来るでしょう?

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帰り道に頭上を見上げると、パステルカラーに染まっていました。浅い色付きではありますが、こういうグラデーションもなかなか美しいものです。

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常寂光寺の紅葉は、参道から階段周辺にかけてはまだ始まったばかりで盛りになるのはこれから、本堂から多宝塔に掛けては一足先に見頃を迎えているといった状況でした。紅葉に浮かぶ多宝塔の姿を見たいという方は、急がれた方が良いですよ。


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2008.11.17

京都・洛西 京都紅葉事情2008~天龍寺~

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平成20年11月15日現在の天龍寺の紅葉の様子です。この日はほぼ見頃が始まったところで、かなり見応えのある紅葉を見る事が出来ました。

(ここでご注意。)

(ここに掲げた記事はあくまで訪れた時点の状況を元にしたものです。この時期の紅葉は一日で様変わりしてしまう事も珍しく無く、どんな写真も2日も経てば速報としての価値は失われてしまいます。ですので、この記事はあくまで参考という程度に止め、お出かけになる際には必ずここや、ここで最新の情報を確認してから行く様にして下さい。)

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参道はこんな感じで、ほぼオレンジ色に染まっていました。総じて北側のもみじが良く色付いており、南側のもみじには緑の木が目立っていた様に思います。全体としてはここ数日が一番見頃になりそうかなという感じですが、連休の頃でも十分に綺麗な状態を保っている事でしょう。

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その参道で一番綺麗な紅葉を見せていたのが八幡宮です。ご覧の様にこの時点で綺麗なオレンジ色に染まっており、間もなく深紅に変わる事でしょうね。

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庫裏にまで来ると、左手の方丈の屋根越しに、色付き始めた嵐山が見えます。まだ少し浅い色付き方ですが、これからが期待出来る景色ですね。

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庭園に入ると曹源池が広がっています。天龍寺の紅葉の見所は何と言ってもこの池の周辺にあり、方丈の中から池越しに見る紅葉には素晴らしいものがあります。この日は中央の石組の北と南で色付き方に差があり、この写真で見えている北側の木々はまだ色付き始めたばかりといった状況でした。

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対して南側の木は総じてオレンジ色に染まり、なかなか美しい景色を見せてくれています。

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池を巡るにつれて景色が変わるのが回遊式庭園の良いところで、この日一番のビューポイントは北岸端から南岸を望むこの地点でした。

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最も色付いているところをアップにするとこんな感じになります。良く見ると色付き方がまだ浅く、ピークにまではまだ間がある事が判りますね。つまり、ここ数日から連休に掛けてが一番の見頃になりそうな気配です。

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同じ場所を角度を変えてみるとこんな感じになります。暗くて濃い赤色から鮮やかなオレンジ色まで、紅葉の各段階のもみじが揃っていますね。今頃は深紅に染まった木も出てきているかな。

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今度は目を転じて方丈の外を見てみましょうか。このもみじは北隣にある亀山、後嵯峨両天皇陵にある木です。ここも緑から深紅に染まりつつある木まで紅葉の段階がまちまちですね。もう少しすると相当に綺麗な色になるのではないでしょうか。

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天龍寺の敷地はとても広く、周辺の竹林はほとんどこの寺の所有になる様ですね。その竹林沿いでみつけたウルシの紅葉です。見ている分には、とても綺麗な紅葉ですね。でもこのウルシは道のすぐ側に生えており、手を伸ばせば届く様な場所にあったので、うっかり触れてかぶれてしまった人も居たのではないかな。

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こちらはヒルガオの黄葉でしょうか。こうした草紅葉もまた、今の時期を彩る秋の色の一つですね。

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2008.11.15

京都・洛西 京都紅葉事情~嵯峨野~

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平成20年11月15日現在の嵯峨野の紅葉情報です。写真の整理が間に合いませんので、とりあえずテキストベースで速報をお伝えします。

全体として今年の紅葉の進行は早く、既に見頃を迎えている所もありました。恐らくは多くの所で来週の連休の頃に最盛期を迎えると思われますが、中には散ってしまっている所も出てくるかも知れません。(ただし、予測はあくまで現時点における私的なものですので、確実なものではありません。お出かけになる際には必ずここや、ここといった最新情報の確認を行ってからにして下さい。)

1.天龍寺

参道のもみじはほぼ見頃を迎えたと言って良いでしょう。とは言ってもまだオレンジ色の木がほとんどで、中には緑が残る木もある事から、本当の見頃はこれから来週の連休頃にかけてになるものと思われます。

一方、庭園のもみじは曹源池南岸の木は見頃開始で全体的にオレンジ色、北岸の木は色付いてはいますが、見頃まではもう少し時間が掛かりそうでした。池の背後の遊歩道では、見頃の木とまだ緑のままの木が混在しています。こちらもやはりこれから連休にかけての頃が一番の見頃となるでしょうね。

2.常寂光寺

参道から石段にかけてのもみじは見頃は始まっていますが、まだ緑の木も残っているという状態です。ここは連休の頃に見頃となる事でしょう。

一方、多宝塔の周辺は冒頭の写真の様にほぼ見頃となっており、ここ数日の内に最高潮を迎えそうです。連休の頃には少し盛りを過ぎてしまっているかも知れません。

3.二尊院

ここも見頃は始まっています。既に最高潮を迎えた木もあり、あと数日の内に一番の見頃になるかも知れません。たぶん、連休の頃にもまだ見頃は続いているでしょうけど、少し見劣りがするかも知れないですね。

4.祇王寺

ここは一番進行が遅く、園内のほとんどの木は色付いていません。入り口付近の木々が少し色付いており、それなりの雰囲気はありましたが、連休の頃に見頃が始まっているかどうかは微妙なところです。

ここで注意しておきたいのが大覚寺との共通券で、もし大沢池に行かれる予定があるなら買っておいた方がお得です。と言うのは、普段は大覚寺の拝観と大沢池の周遊は別料金なのですが、今の時期だけは一体として500円の拝観料が徴収されています。祇王寺で共通券を買っておけば全部で600円で拝観出来るのに対し、それをせずに大沢池に来るとこれが800円になってしまうのですね。知らずにいるとちょっとばかばかしい事になりますので、頭の隅にでも入れておいて下さい。

5.滝口寺

ちょっと意外だったのが滝口寺で、既に盛りを過ぎつつありました。ここの一番の見所である本堂前のもみじが、なんと散ってしまっていたのですよ。嵯峨野で一番早く色付くとは聞いていましたが、ここまで早いとは思っていませんでした。他にも見頃の木があってそれなりに楽しめましたが、隣接する祇王寺とのあまりの違いに驚かされた次第です。

6.化野念仏寺

ここもほぼ見頃が始まっていますが、まだ3分の1程度の木は緑のままです。今が盛りの木もあるので、連休の頃には散ってしまった木と見頃の木が混在する事になるかも知れません。

7.鳥居本

ここも同じく、見頃が始まっています。まだ緑の木もあって全体としては今ひとつですが、平野屋を上から見下ろすポジションからは、かなり見られる状況になっています。とは言ってもまだオレンジ色なので、本当の見頃まではあと数日掛かるでしょうね。

8.清涼寺

庫裏の周辺及び庭園のもみじは、ほぼ見頃となっています。まだオレンジ色の木もありますが、ここ数日の内に最盛期となるでしょう。

一方、南西の聖徳太子殿周辺のもみじはまだ色付いた程度で、ここは連休の頃に見頃開始となるかも知れません。

今年のもみじの紅葉は早いかも知れないと11月の初めに書いたのですが、どうやら現実のものとなって来ています。まあそれもここ数年と比べればという事で、一週間程早くなったという程度なのですけどね。それと、今年の紅葉は結構綺麗だと思います。中にはチリチリの葉の木もあるのですけどね、全体として綺麗な葉が残っており、発色も悪くない様に思えます。丁度連休頃に盛りが来そうだし、ここ数年では当たり年と言えるのかなという気がしています。

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2008.09.23

京都・洛西 彼岸花2008~北嵯峨~

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京都には彼岸花の名所が数多く存在しますが、その中でも最大規模を誇るのが大原とここ嵯峨野でしょう。そして、嵯峨野の中でも広沢池の西側に広がる特別保存地区一帯が、最も彼岸花が咲き乱れる区域となっています。

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嵯峨野を訪れたのは平成20年9月20日の事で、迷走台風が通り過ぎた翌日にあたり、文字通り台風一過の秋晴れとなりました。

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このあたりは地域的には北嵯峨と呼ばれます。この北嵯峨の田園風景は歴史的風土特別保存地区に指定されており、不用意な開発によって破壊されない様に保護されているのですね。

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この景観を求めて訪れる観光客も多く、特にこの時期は彼岸花目当ての人が大半となります。この日も沢山のハイカーやカメラマンと出会いました。

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その彼岸花はというと、ほとんどがあぜ道で咲いています。これはなぜかと言えば、彼岸花の球根には毒性がある事から、ネズミやモグラの害を防ぐためにあぜ道に植えられたのだそうですね。つまりは本来は観光目的ではなく、農家の自衛策としてこの景観が出現したという訳です。

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ですから、花の近くで写真を撮ろうとすると必然的にあぜ道に入る事になるですが、これって農家の人にとっては結構迷惑な事ではないのかしらん?収穫が終わった後だから良いだろうと勝手に通らせてもらいましたが、大勢に踏み荒らされると後の手入れが大変なんじゃないかな。

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と、散々撮らせて貰った後で言うのも何なのですが、ちょっと気になっていたもので書かせて貰いました。正直言って、入っても良いものやらとかなり迷うところなのです。

花そのものはまだ見頃には早く、つぼみが大半でしたね。今日行った人は、かなり見応えのある景色に出会えたのではないかしらん。

次に嵯峨野の風景を動画で撮ってきたのでアップしますね。

大半の場所で稲刈りが終わっているため、ちょっと殺風景になっているのが残念ですが、雰囲気は判っていただけるでしょうか。

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嵯峨野の彼岸花は個々の花の美しさだけではなく、嵯峨野の風景の中に溶け込んだ色彩としての見事さが素晴らしいですね。是非一度は訪れてみられる事をお勧めします。

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2008.09.20

京都・洛西 彼岸花2008~嵯峨野~

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9月二度目の連休の初日は文字どおりの台風一過となり、京都にも久々の青空が戻ってきました。そのうえ残暑まで戻ってしまい、夏と変わらない気温となってしまいましたけどね。

そんな京都の一日、彼岸花を求めて走って来ました。先週に真如堂で開花しているので今年は展開が早いかと思っていたのですが、全体としてもう一歩というところで、見頃は明日以降、おそらくは秋分の日あたりではないかと思われます。つまりは、平年並みという事ですね。もしかしたら台風のあおりで、元に戻ったのかしらん?

明日以降、洛西を中心に彼岸花が咲く秋の風情をお贈りします。今日、イントロダクションとしてアップしたのは嵯峨野での1枚。秋空に彼岸花が良く似合っていましたよ。

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2008.08.03

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~滝口寺~

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祇王寺の門前の坂道をさらに登ると、また新たな門に出会います。それが滝口寺、高山樗牛の小説「滝口入道」にちなんだ寺名を持つ浄土宗のお寺です。

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この季節でも祇王寺を訪れる人は結構居たのですが、その隣にある滝口寺まで足を運ぶ人はごくわずかの様でした。実際、私が入って境内を一回りしている間に出会った人は皆無で、わずかに帰りがけに門前ですれ違った人が1人居ただけです。それだけ知名度に差があるという事なのでしょうか。

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滝口寺は、元は往生院三宝寺という名の寺でした。明治維新の際に一度廃寺になっており、隣の祇王寺の再建に続いてこの寺もまた復興され、その時に新たに滝口寺と命名されています。

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「滝口入道」は平家物語にある滝口入道(斉藤時頼)と横笛の悲恋を題材にした小説で、その舞台となったのがこの寺だったと言われています。

「滝口」とは清涼殿の北にある警備のための詰め所の事で、斉藤時頼はそこに勤める滝口の武士でした。彼の主人は平重盛だったのですが、ある日西八条殿で開かれた花見の宴に出た時、建礼門院の雑仕女であった横笛を見初め、恋文を送る様になりました。二人は逢瀬を重ねる様になったのですが、ところがこれを知った時頼の父が、名門に連なる身でありながら身分の低い女に思いを馳せるとは何事かと時頼を叱りつけます。時頼は、この恋にうつつを抜かす事は、自分を信頼してくれている重盛に対する裏切りでもあったと考え、嵯峨野の往生院に入って出家をしてしまいました。

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時頼が出家した事を知った横笛は、彼を追って嵯峨野を訪れたのですが、どこに居るか判らないままにあちこちを探しあぐねます。そして日の暮れかかる頃、ようやく読経を上げる時頼の声に気付いてその庵を訪ねました。時頼は驚きあきれ、彼女を哀れに思いつつも、既に入道した身であり、いま会う事は修行の妨げになると、心を鬼にしてその様な者は居ないと同宿の者に言わしめました。横笛は、自分の本当の気持ちを知って貰いたい一心で、指を切って流れる血で近くの石に和歌を認めます。

山深み 思い入りぬる柴の戸の まことの道に我を導け

横笛はこの歌を残して嵯峨野を去り、大和の法華寺で出家したとも、世を儚んで大堰川に身を投げたとも伝わります。

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一方の時頼は、横笛に居場所を知られた以上ここには居られないと思って高野山に移り住み、その後は修行に励んで高僧と呼ばれるまでに至りました。そして、かつての主人である重盛の子・維盛の入水に立ち会う事になるのです。

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現在の滝口寺では、本堂において滝口入道と横笛の像が仲良く並び、境内には平家一門の供養塔、それに重盛を祀った「小松堂」などを見る事が出来ます。

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そして滝口寺には、もう一つの悲恋がまつわります。

南北朝の武将である新田義貞は、鎌倉幕府を倒した恩賞にと、後醍醐天皇から一条家の娘である勾当内侍を授けられました。勾当内侍を妻に迎えた義貞は、彼女を可愛がるあまりにある失策を犯します。足利尊氏が京を落ちる時、義貞は追い打ちを掛ける様に命じられたのですが、勾当内侍との別れを惜しんでいる内に戦機を失い、尊氏を九州に逃してしまったのです。

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その後、義貞は越前にて足利軍と争い、敗れて獄門に架けられてしまうのですが、それを知った勾当内侍が彼の首を取り返し、嵯峨野の地に埋めて生涯その霊を弔ったと伝わります。二つ上の写真が義貞の首塚で、上の写真が勾当内侍の供養塔と言われます。

二人の関係が史実かどうかは実は疑わしい所なのですが、ある意味歴史を動かした恋として語り継がれている事には違いなく、この寺は二つの悲恋の舞台となった希有な場所という事になるのですね。

滝口寺は境内に楓樹が多く、紅葉が見事な場所でもあります。隣同士にありながら、わずかに標高が高いせいでしょうか、祇王寺よりも一足早く紅葉が始まると言われ、嵯峨野の隠れた名所の一つとなっています。今年の秋には、是非訪れてみたいと思っているところです。

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2008.08.02

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~祇王寺~

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鳥居本から嵐山に向けて引き返し、二尊院の手前で道を右手に入ると、奥まった場所に茂みに隠れる様にして小さな坂道が見えてきます。その坂を少し上がったところにあるのが祇王寺、平家物語に記された哀れな女性達に縁を持つお寺です。

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祇王は平家全盛の頃、都にあった白拍子でした。その美しさが時の権力者清盛の目に止まり、やがてその寵愛を受ける様になります。祇王はその妹祇女と共に西八条の館に住んでいましたが、ある時仏御前という白拍子が、舞をご覧に入れたいと清盛を訪ねてきました。

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清盛は仏御前を門前払いしようとしたのですが、祇王がこれを取りなしので、仏御前は清盛の前で舞う事が出来ました。すると、その舞のあまりの見事さに心を奪われた清盛は、あろう事か祇王を追い出し、仏御前をその代わりに手元に置いたのでした。祇王はせめてもの形見にと、

「萌えいづるも 枯るるも同じ 野辺の草 いずれか秋にあわではつべき」

という歌を障子に書き記して、館を去って行きます。

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ところが清盛は、傷心の祇王にさらに追い打ちを掛けるような仕打ちをします。仏御前が退屈しているからと祇王を呼び出し、仏御前の為に舞う様に命じたのです。清盛の権勢の前には抗するすべもなく、祇王は館に出掛けて行き、見事に舞って見せました。しかし、もはや都に住んでいる事は出来ないと思い定めた祇王は、その母と妹を伴い、嵯峨野の地に庵を結んで出家してしまいます。

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念仏三昧に明け暮れる祇王親子でしたが、ある日1人の女性が訪ねてきます。誰かと思うに、あの仏御前でした。彼女は祇王の残した歌を見るにつけ祇王の不幸を思い、明日は我が身かと無常を感じて館を抜けて来たのでした。その後4人は仲良く暮らし、やがて往生の本懐を遂げたとされています。

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祇王の住んだ地はやがて浄土宗の往生院という大きな寺の境内の一部となったのですが、その往生院もいつしか衰えて、小さな尼寺として残りました。その尼寺が後に祇王寺と呼ばれる様になったのですが、明治の廃仏毀釈によって廃寺とされてしまいます。

残された祇王、祇女、母刀自、仏御前の木像、及び彼女たちの墓は大覚寺に保管されていたのですが、明治28年に故地に再建され、これが現在まで続く祇王寺となりました。この事から今は大覚寺の塔頭となっており、真言宗の寺なのですね。

境内には祇王親子の墓が戻されており、写真左の宝筺印塔がそれですね。そして、右の五厘塔は清盛の供養塔と言われます。

祇王寺は、秋の紅葉が特に美しい事で知られています。しかし、この時期の青紅葉と苔のコラボレーションも素晴らしく、紅葉に引けを取らない美しさがあります。今ならさほど人出で混む事もなく、静かに祇王に思いを馳せる事が出来ますよ。ここは夏の嵯峨野路のお薦めの場所の一つだと思います。

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2008.08.01

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~化野念仏寺~

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鳥居本の中程にある寺が化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)です。いわくありげな名ですが、

「あだし」とははかない、むなしいとの意で、又「化」の字は「生」が化して「死」となり、この世に再び生まれ化る事や、極楽浄土に往来する願いなどを意図している。(パンフレットより抜粋。)

との事であり、この地がかつて風葬の地であった事に由来しているのでしょうか。

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寺の起こりは、弘法大師が五智山如来寺を建立し、野ざらしになっていた遺骸を集めて供養した事に始まるとされます。後に法然が念仏道場を開き、浄土宗の寺となりました。本尊に湛慶作と伝わる阿弥陀如来を頂き、奥嵯峨一円に散らばっていた無縁仏を集めた西院の河原が有る事で特に知られています。

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この寺でもう一つ有名なのがこの竹林でしょう。とても手入れの行き届いた竹林で、ドラマのロケにも良く使われています。この竹に覆われた小径をご覧になった事がある人も多いのではないでしょうか。

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そして化野念仏寺と言えば、千灯供養ですよね。地蔵盆の夜にこの西院の河原に無数の蝋燭が灯され、無縁仏の供養が行われます。その幻想的な光景が人気を呼び、今では京都の夏の終わりを告げる風物詩として知られる様になっています。

毎年8月23日と24日に行われるのですが、今年は土日に重なる事からきっと多くの人で賑わう事でしょうね。私も出来る事なら行ってみたいと思っているところです。

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2008.07.31

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~鳥居本~

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清涼寺から北西へ向かい、愛宕街道に入ります。道は次第に坂道となり、やがて行く手に赤い鳥居が見えてきました。これが愛宕神社の一の鳥居で、この鳥居ゆえに付近一帯は鳥居本と呼ばれています。

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鳥居本にはかやぶき屋根の家が多く残り、昔ながらの嵯峨野らしい佇まいを止めている事から「京都市嵯峨鳥居本伝統的建造物群保存地区」に指定されていて、中でも一の鳥居を挟んで建つ2軒の鮎料理の店が有名ですね。

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こちらは「鮎茶屋 平野屋」。400年の歴史を持つという茶屋で、鮎の問屋だった事もあるそうです。鮎料理のほか、四季の山菜を使った料理、牡丹鍋、鹿料理などもある様ですね。そう言えば鹿料理なんて食べた事が無いな。

昼は5000円から、夜は10000円からで予約が必要だそうですが、手頃なおうすや甘酒もあるので雰囲気を味わうだけでも出来る様です。

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こちらが「鮎の宿 つたや」。やはり創業400年を数えるという茶屋で、保津川で獲れた鮎を都に運ぶ時にこの付近の清流で水替えをしていた事から鮎料理と縁が深まり、いつしか名店と呼ばれる様になったとの事です。

懐石は昼8000円から、夜は15000円からとなっており、どちらも予約が必要です。手軽なところでは笹寿司1500円がありますね。

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この道が愛宕街道。この道沿い600m程が保存地区になっており、奥嵯峨の風情を求めて多くの観光客が訪れます。この日も灼熱の炎天下にも係わらず、沢山の人が来ていた事には少し驚きました。

困るのはこの狭い道を車がひっきりなしに通る事です。この日はレンタサイクルを借りていたのですが、場所によってはすれ違うだけでも困難なところがあり、かなり危ないですね。真夏でこれだから秋はもっと凄いのだろうな。

相当な混雑が予想されますが、やはり秋の紅葉の時期に来てみたい場所ではありますね。

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2008.07.30

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008~清涼寺~

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落柿舎から東に向かうと、やがて大きな仁王門の前に出ます。それが清涼寺、通称「嵯峨釈迦堂」と呼ばれて親しまれている浄土宗のお寺です。

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この地には、かつて源融の別荘・栖霞観(せいかかん)がありました。融の一周忌(896年(寛平8年))に、その子息が阿弥陀三尊像を安置した阿弥陀堂を別荘内に建立して寺に改め、棲霞寺と号しました。下って945年(天慶8年)に、重明親王妃が棲霞寺の境内に新堂を建立し、藤原氏に寄進されています。このとき、等身大の阿弥陀如来像を安置され、一説にはこれが「釈迦堂」の名の起こりではないかと言われています。

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さらに下って、奝然(ちょうねん)という東大寺出身の僧が居ました。宋へ渡航した奝然は、985年に一体の釈迦如来像と出会います。その像は、古代インドの優填王(うてんおう)が、釈迦の在世中に栴檀の木で生身の尊像を造らせたという由緒を持つものでした。奝然は現地の仏師に命じてこの霊像を模刻させて日本に持ち帰ったのですが、実は模刻像と霊像とが入れ替わったとする縁起を持つため、「インド~中国~日本」と伝来した「三国伝来の釈迦像」と呼ばれています。

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奝然は、日本に帰国した後、愛宕山を中国の五台山に見立て、愛宕山麓にこの釈迦像を安置する寺を建立しようとしました。しかし、奝然はその願いを叶える前に没し、その遺志を継いだ弟子が棲霞寺の境内に建立したのが、現在の五台山清凉寺です。

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御本尊の釈迦如来像は内部が空洞になっており、その中にこの像の由来を示す文書など多数のものが込められていました。中でも絹で作られた五臓六腑は有名で、本物かどうかは判りませんが、本堂の廊下に並んだ展示物の一つとして見る事が出来ます。

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方丈前の枯山水の庭は、小堀遠州作と言われています。残念な事にあまりの暑さに苔が茶色に変色しており、本来のこの庭の美しさが損なわれていました。これが秋になると苔の緑が蘇り、さらに秋冷の頃には紅葉も加わって、とても見応えのある庭となる事でしょうね。

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清涼寺は棲霞寺に仮寓する形で始まったのですが、三国伝来の釈迦如来像に対する信仰が広まり、次第に母屋をしのぐ存在となって行きました。現在では棲霞寺は姿を消し、わずかに阿弥陀三尊像にその名残を見る事ができるだけとなっています。そして清涼寺自身も華厳宗から浄土宗へと宗派を変え、今に至りました。

とても開放的な境内には見所がいくつもあり、とても一度だけでは把握仕切れるところでは無いですね。小倉山周辺から大覚寺へと向かう中間点でもあり、嵯峨野散策の折には一度は寄っておきたい所だと思います。

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2008.07.29

京都・洛西 夏の嵯峨野路2008

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嵯峨野路と言えば秋が旬になるのでしょうけれど、夏の盛り行ってみるのも一興かと自転車に乗って一巡りをして来ました。しかし、今年の夏の暑さは半端ではなく、走り出した途端に早くもバテ気味になってしまいます。

そんな中、修学旅行生達は元気なもので、炎天下をものともせずにはしゃいでいました。どこかの女子中学生の様でしたが、あんなパワー溢れる時期が私にもあったのかしらん?

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ここは落柿舎前の水田です。すっかり伸びた稲の向こうに、緑溢れる落柿舎が見えています。柿の実が赤く熟した晩秋の景色が有名な場所ですが、こうした生命力に溢れた佇まいもまた良いものだと思います。

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順番が入れ替わってしまいましたが、嵯峨野路の始まりはやはり天龍寺ですよね。その放生池で咲いていた蓮の写真を撮ってきました。

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7月の初めに行った時は昼を過ぎていた事もあってあまり咲いていなかったのですが、この日は結構な数を見る事が出来ました。とは言っても午前11時なので、既に閉じている花もありましたけどね。

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この写真を撮ったのが7月19日の事ですから、今とは少し様子が違っているかも知れません。でも、蓮は今が盛りの時期ですから、きっとまだ咲いている事でしょう。

蓮の花もさる事ながら、やはり涼しい午前中に訪れるのがベストだと思います。炎天下を走り回った私が言うのですから、間違いは有りません。熱中症にはくれぐれもご用心を。

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2008.07.25

京都・洛西 蓮2008~大沢池~

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大沢池で蓮が盛りになっています。蓮が広がっているのは池のおよそ4分1くらいかな、とにかく沢山の花が咲いています。

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この日訪れたのは丁度正午頃でしたが、まだ大半の花は閉じることなく、綺麗に咲いていましたよ。

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弁天島の北側には、こんな白い蓮も咲いています。間近に見られるという事では、こちらの方が良いかも知れません。

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池越しに多宝塔を見る定番の景色です。もう少し花が映えるかと思ったのですが、これではほとんど判りませんね。

ここの難点は、花が少し小振りな上に岸辺近くではあまり咲いていない事で、花をじっくり見たいという人には不向きかも知れません。でも、場所によっては水面を埋める様にして花が咲いているので、華やかである事は間違いありません。

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最後におまけの写真を一枚。弁天島に居たアオバズクの親子です。ここに居るとは知らなかったのですが、たまたま写真を撮っていた鳥屋さんに教えて貰い、私も真似をして撮ってきました。比較的低くて明るい場所に居てくれたので、私の腕でもそれなりに撮れています。

雛が丁度巣から出てきたとろこらしく、まだ産毛が沢山残っていますね。大沢池の周囲には樹木が生い茂っていますし、周辺はずっと田畑が広がっていますから、餌となる昆虫には事欠かないのでしょう。これから夏の終わりまでここで過ごし、秋の訪れと共に南国へと帰っていくはずです。このまま無事に育って海を渡る事が出来ると良いですね。

(撮影日 平成20年7月19日)

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2008.07.12

京都・洛西 夏の始まり~天龍寺~

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前回天龍寺を訪れたのは、名残のもみじが残る、晩秋と言うより初冬と言った方が良い季節でした。今回はその対極というべき夏本番を迎えつつある季節なのですが、やはり緑の濃さが圧倒的に違いますね。

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寒さに震えていた前回と違って、日向を歩くのが嫌になる様な日差しであり、日陰でじっとしていても汗が止まらない様な暑さでした。木々の緑も夏の暑さに晒される前であり、1年の中でも最も色が深い時期なのかも知れません。

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それにしてもこの庭は、本物の池があるにも係わらず、岸辺には白砂もあしらわれていて、二重に水の表現がされているのですね。ちょっと面白い形式なのではないでしょうか。

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池の中程にまで幹が伸びている松です。支柱で支えられていますが、いかにも不安定ではありますね。しかし、これだけ水面にせり出した松というのも珍しく、こうして先端だけを切り取れば、なかなか絵になる枝振りです。

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天龍寺の庭園はとても広く、曹源池の背後はちょっとした丘になっていて、遊歩道が張り巡らされています。その途中で見かけた苔なのですが、何とも鮮やかな色をしていました。非常に手入れが行き届いているという印象を受けるのですが、それもそのはず、すぐ側で草むしりをしている人達が居ました。この暑い中で黙々と作業をされており、頭が下がる思いがしますね。やはり庭園を美しく保つには、絶え間のない管理が必要とされるのです。

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この日は、境内の紫陽花が最後の見頃を迎えていました。あれから一週間が経って、もう盛りは過ぎてしまっている事でしょうね。

この日、境内では初セミが鳴いていました。たぶんニイニイゼミではなかったかと思いますが、一週間経った今ではクマゼミが鳴き出したところも有るようですね。今年の夏の進行はかなり早そうですよ。そう言えば、梅雨明けはまだなのかな。

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2008.07.11

京都・洛中 蓮2008~天龍寺~

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天龍寺の放生池で蓮が咲きはじめています。

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蓮は朝早くに咲き、午後遅くになると閉じてしまうのですが、ここの花は特に閉じるのが早い様で、午後1時過ぎに行った時には既に多くの花が閉じてしまった後でした。

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それでも大きな葉に隠れる様にしていくつかの花は咲いており、片鱗は見せて貰う事が出来ました。でも、ここには出来るだけ午前中に来る様にした方が良さそうです。

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木辻通に面した出入り口近くでは、木槿が咲いていました。花の世界でも、いよいよ夏本番ですね。

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2008.07.07

京都・洛西 嵯峨嵐山七夕まつり

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大堰川沿いに出現した巨大な笹飾り、すっかり濃くなった嵐山の緑に良く映えています。これは地元の商店街が主催している「嵯峨嵐山七夕まつり」の笹飾りなのですね。

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この行事はあまり知られていませんが、今年で13回目を迎える様です。観光客は店で貰った短冊に願い事を書き、店先に飾られた笹飾りに短冊を結び付けるという趣向なのですね。また、土産物などに割り引きの特典があった様なのですが、残念ながら私はその恩恵には預かりませんでした。

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竹は地元嵯峨産の竹を使い、短冊は期間終了後に中の島で炊き上げて野宮神社の神主さんの祈祷を受けるのだそうです。特に嵐山が七夕と縁があるという訳ではなく、地元の竹を生かしたイベントを企画したというところが始まりの様ですね。

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それにしても暑い日が続きます。この日も空には入道雲が湧くという全くの夏空でした。関西地方の梅雨明け宣言はまだですが、事実上夏はもう始まっていると見て良さそうです。今年の七夕は主として西の地方では好天に恵まれ、織姫彦星を見る事が出来た様ですね。さて、願い事は叶うかな。

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2008.05.29

京都・洛西 大覚寺

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(式台玄関(右)と明智陣屋(左))

京都・嵯峨野に位置する大覚寺。デュークエイセスの「女ひとり」では嵐山・大覚寺と歌われますが、地理的に少し離れており、ちっょと無理がある表現ですね。たぶん、この歌が流行った当時には、まだ嵯峨野という地名がそれほど一般的ではなく、嵐山と一体で語られる事が多かったのではないかと思われます。それと、やっぱり語呂の問題が大きかったのかな。

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(宸殿)

この大覚寺の正式な名称は「旧嵯峨御所大覚寺門跡」といい、真言宗大覚寺派の本山です。平安時代の初期に、嵯峨天皇の離宮「嵯峨院」が建立された事に始まり、清和天皇の代に大覚寺に改められ、嵯峨天皇の孫にあたる恒寂法親王が初代の住職となりました。下って鎌倉時代に亀山法皇や後宇多法皇がここで院政を行った事から嵯峨御所と呼ばれる様になります。

この亀山上皇の子孫が大覚寺統と呼ばれ、もう一つの皇統である持明院統と並立し、これが後の南北朝の対立へと繋がっていきます。

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(正宸殿)

南北朝の時代、大覚寺は南朝の御所とされていましたが、1392年(明徳3年)に南朝の後亀山天皇と北朝の後小松天皇との間で講和が成立し、長年の対立に終止符が打たれました。この写真の正宸殿がその講和が行われた場所とされますが、現在の建物は安土桃山期に建てられたものです。

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左の建物が五大明王を祀る五大堂で、大覚寺の本堂にあたります。江戸時代中期(天明年間)の建立で、東側には大沢池に面して広縁があり、展望台となっています。右手の門が勅使門で江戸時代後期(嘉永年間)の再建になるもの、そして中央の盛り上げられた部分は舞台らしいですね。何かの儀式の時に、舞の奉納などが行われる場所なのでしょうか。

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大覚寺は広い境内にいくつもの殿舎が建てられているのですが、拝観者はそれらを繋ぐ廊下を歩いて回る事になります。慣れればどうという事も無いのですが、最初は迷路の様に感じて、結構とまどいますよ。

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全体として落ち着いた色調にある大覚寺において、唯一例外なのが霊明殿です。ご覧の様に朱色に染められた世界なのですね。柱や梁が朱色なのは良く見かけますが、廊下の板まで朱塗りというのは珍しいのではないでしょうか。

この霊明殿は、昭和33年に東京の沼袋にあった日仏寺の本堂を移築したもので、その日仏寺を開いたのが2・26事件で非業の死を遂げた斉藤実元総理大臣でした。現在は御本尊として阿弥陀如来像、そしてこの御堂を移築した大覚寺第52世草繋全宜門跡が祀られています。

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華やかと言えば、正宸殿を飾る障壁画もなかなかのものがあります。例えばこの障子腰貼絵「野兎の図」は、元禄時代の画家・渡辺始興の作ですが、リアルでありながら極めて装飾的であり、調和の取れた中にも動きがあるという秀作です。こんなに楽しくかつ美しい障子戸は、他にはちょっと類が無いでしょうね。ちなみにこの兎は全部で19羽居ます。

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こちらは、狩野山楽の障壁画です。とにかくきらびやか、かつ豪華の一言ですね。そしてそんな中にも、地面から突き出た竹の子を配すなど、遊び心を感じさせます。ちなみに、この奥の間が後宇多法皇が院政を執ったとされる御座所ですね。

これらの障壁画は全て複製ですが、そのぶん完成当時の美しい姿に思いを馳せる事ができますよ。この障壁画だけでも見に行く価値は十分あると思います。


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2008.05.28

京都・洛西 大沢池

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大沢池は大覚寺の東にある、周囲約1kmの池です。平安時代の初期、嵯峨天皇の離宮・嵯峨院の庭池として築かれた池で、中国の洞庭湖を模している事から庭湖とも呼ばれています。

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大沢池はあまりにも大きいため、正直言って庭池という風情は感じられません。わずかに池中に浮かぶ天神島と菊が島(写真左の島)、それに庭湖石(写真中央の石)が、かつての庭園の様子を彷彿とさせてくれる存在です。ここから見ると、確かにここが庭園だったと実感する事が出来ますね。

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その大沢池のほとりにあって、大覚寺のシンボルの様になっているのが心経宝塔です。これは比較的新しいもので、昭和42年に嵯峨天皇心経写経1150年を記念して建立されました。今年で41年ですから、恋する京都における50年前のデートの時には存在しなかった事になりますね。

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今の時期も新緑に埋もれて綺麗なのですが、これが紅葉の頃になるとさぞかし見応えがあるでしょうね。それに、桜の頃ならまだ広葉樹の葉が茂っていないので多宝塔が木陰にならずに済み、今よりもっと絵になる事でしょう。

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この池はまた昔から月の名所としても知られ、松尾芭蕉が、

「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」

と詠んだのはこの地だとされています。現在でも毎年名月の日には「観月の夕べ」が開かれ、池には龍頭鷁首の船が浮かべられます。

はるかに望む東山から月が昇る様は、きっと素晴らしい風情がある事でしょう。池に映る名月の姿を、一度は見てみたいものだと思います。

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2008.05.26

京都・洛西 広沢池

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竜安寺の前からきぬかけの路を西へ進むと、やがて嵯峨野へと抜ける事が出来ます。その嵯峨野の入り口で出迎えてくれるのが広沢池です。

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広沢池は周囲が約1.3kmと、京都盆地にあっては最も大きな池の一つです。その成立には二つの説があって、一つは989年に寛朝僧正によってこの地に建立された遍照寺の庭園として築かれたとする説、もう一つはこの地を早くから開墾していた秦氏によってかんがい用のため池として築かれたとする説です。どちらが正しいのかは判っていませんが、平安時代の中頃には池畔に遍照寺の堂塔伽藍が立ち並び、広大な境内の一部となっていた事は確かな様です。

西は大覚寺、東は仁和寺と境内を接していたという大寺であった遍照寺でしたが、寛朝僧正の死後に次第に衰え始め、鎌倉時代に後宇多天皇によって一時再興されたのですが、応仁の乱によって荒廃し、廃墟と化しました。現在は池の南に寺域を移し、わずかに寺統が受け継がれています。

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遍照寺は謎に包まれた寺で、その実像はほとんど判っていません。大覚寺に残る絵図などによってその存在は確認出来るのですが、遺構は池の西北部に残る一部を除いて見つかっていない様です。巨大な寺であったにも関わらず、不思議な気がしますね。

この池は平安の昔から月見の名所として知られ、現在でも名月の日には観月会が行われています。

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池の西側には田園地帯が広がり、いわゆる嵯峨野らしい一帯になっています。ここは特別保存地区に指定されており、景観を守るために開発等が規制されているのですね。この日は田植えのための準備作業なのでしょうか、野焼きの煙がそこかしこから上がっていました。

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池の北西には観音島があります。遍照寺にあったという観音島と関係があるのかどうかは判りませんが、島の中程には石像の千手観音様が祀られています。

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そして、島の先端には壹美白弁財天社が祀られています。どういう謂われがあるのかは判りませんが、この池の一点景をなしている事は確かです。

この観音島は近所の家族連れで賑わっており、何をしているのかと見ていたのですが、どうやらザリガニ釣りをしている様でした。広沢池では鯉の養殖が行われており、魚釣りは禁止されているのですが、ザリガニは獲っても問題はないという事なのでしょう。小さい子供を連れての遊びとしては、なかなか面白いレジャーなのでしょうね。

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この池の周辺は時代劇のロケに頻繁に使われており、特に池の東側の堤防は、街道であったり、大川(隅田川)の堤防に見立てられたりしています。きっと誰しも一度は目にしていると思いますよ。

その堤防が果てる先には藁葺き屋根の家がありました。これも景観保全の一環なのかと思いましたが、どうやらとある宗教団体の施設の一部の様ですね。元々ここにあったのか、それとも他から移築して来たのかは判りませんが、嵯峨野の景観にぴったりとはまっている事だけは確かです。

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2008.05.24

京都・洛西 竜安寺~新緑の石庭~

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新緑の竜安寺を訪れて来ました。

ここに来るのは約1年ぶりのこと、前回は桜が満開でしたが、今は新緑で溢れています。

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竜安寺には何度となく来ているのですが、すべてきぬかけの路から入っており、その南側に参道が続いている事には気付いていませんでした。初めて見るだけに、ちょっと新鮮な気分のする景色です。

観光道路が開通する以前はここがメインの入り口だったのでしょうけれど、今は地元の人ぐらいしか通る事はない様ですね。両側はもみじの並木となっており、秋の紅葉時分にはちょっとした穴場になっているのかも知れません。

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庫裏へと続く階段は、新緑のトンネルとなっています。丁度修学旅行のシーズンとあって、ひっきりなしに人波が続いていたのですが、そのわずかな隙間を狙って撮ってきました。

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見慣れたはずの石庭ですが、来る度に思ったより狭いなと感じてしまいます。庭を囲む土塀のせいなのでしょうけど、しばらく離れているともっと広かった様な印象だけが残る事になります。そのあたりも、この庭の持つ不思議さの一つなのかも知れません。

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今どきの修学旅行生は、グループでタクシーに乗り、運転手さんのガイド付きで名所を回るというスタイルが一般的になっています。その運転手さん達の解説はどれも同じで、この庭には15個の石があるが、どこから見ても14個しか見えないというもの。生徒達はそれを聞き、方丈の廊下の端から端までを歩いて、そこかしこで石を数えます。一つのグループだけならまだしも、何組もが来て一斉にやるものだから、そこら中で1、2、3、...14個だと同じ声が響くのです。まあ、はしゃぐ気持ちは判らなくもないのですが、もうちょっと小声で出来ないものかしらん?

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この庭は、名庭とされるが故に、古来様々な説明が試みられてきました。いわく、この庭の作者は誰か、作者がこの庭に込めた意味とは何か、他にあまり類を見ない土塀の存在理由はなどですが、そのあたりは竜安寺のホームページに詳しく書かれています。

結局のところ何も確かな事は判っておらず、見る者が感じ取るままに連想するしかないと結論づけられていますが、恐ろしく簡単と言えば簡単、難しいと言えば限りなく難しい命題ですよね。私ですか?素晴らしく調和の取れた庭だという事だけは判るのですが、それではただの感想に過ぎません。要するに、何も答えは持ち合わせていないのというが正直なところです。

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石の配置を直感的に理解するのにもってこいの模型があります。方丈の入り口前に置いてあるもので、本来は目の不自由な人用に作られたものなのですが、15個の石の配置をひと目で理解する事が出来ます。

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この15個の石を全てを見る事が出来る位置が、一箇所だけ存在するそうですね。それが方丈の中心部であり、ふすまを全て取り払ってそこに座れば、全部の石を見渡せると言われています。つまり、そこがこの庭の中心部であり、そこを起点として作庭がされていると言うのですが、これも確証がある訳ではありません。でも、一度はそこに座って見たいという気もしますね。

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この庭は外国人にも大人気であり、この日も拝観者の半数近くを占めていました。きっかけはイギリスのエリザベス女王がこの庭を見て絶賛した事にあるらしく、日本における代表的な庭として広く知られているのだそうです。それはとても良い事だとは思うのですが、その反面、日本人が見ても難解なこの庭を、最も日本的な庭として紹介しても良いのかなとも思ってしまいます。まあ、答えはそれぞれが持てばよいという融通無碍さが、如何にも日本的と言えば言えるのかも知れませんが。

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実はこの時期に竜安寺を訪れたのは、鏡容池の睡蓮が咲き始めているだろうという見込みがあったからです。ところが何としたことか、池の水はすっかりと抜かれ、なにやら工事が行われていました。睡蓮は確かに咲いていたのですが、泥の上に這いつくばっている様な状態で、とても絵にはなりません。これって、池の浚渫工事なのかな。

花が見られなかったのは残念ですが、新緑の石庭もまた素敵なものだと判ったのは収穫でした。ここを訪れたのは丁度一週間前の5月17日の事だったので、もしかするとそろそろ池の工事も終わっている頃かも知れませんね。


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2008.04.16

京都・桜事情2008 退蔵院

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平成20年4月12日現在の退蔵院の桜です。

退蔵院は妙心寺の塔頭の一つ。四季に花が咲き乱れる花の寺として知られています。

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退蔵院には枯山水の元信の庭と、池泉回遊式の余香苑の二つの庭があります。花が見事なのは余香苑の方で、庭を巡る道すがらに、様々な花を見る事が出来る仕掛けになっています。

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この日最も見事だったのが紅枝垂れ桜でした。ご住職に依れば、昨年末にこの桜が弱ってしまったらしく、回復を願って管理に努めた結果、今年は例年になく綺麗に咲いてくれたとの事です。確かに勢いのある、見事な花だと思いますね。

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余香苑の入り口には二つの枯山水の庭があります。こちらは白い砂の陽の庭。枝垂れ桜の繊細な枝と、上手く調和していますね。

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こちらは、黒を基調とした陰の庭。折から散り始めた桜の花びらが線刻に溜まり、この時期ならではの模様を描き出していました。

この桜も既に散り初めになっている様です。桜は終わってしまいますが、退蔵院の花はこれから旬を迎える訳で、花好きの是非一度訪れてみて下さい。きっと楽しめますよ。

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2008.04.15

京都・桜事情2008 御室・仁和寺

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平成20年4月12日現在の御室・仁和寺の桜です。

御室桜と言えば遅咲きで有名ですが、仁和寺のホームページに依ればそれほど極端に遅いという訳でも無い様ですね。概ね染井吉野が盛りを過ぎた頃に咲き始め、数日の内に満開になるという感じで、今年もほぼそのペースで展開している様です。

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御室桜は、主として中門を入った左側に植えられています。その様子はご覧の通り、文字通り花で埋め尽くされたかの様ですね。

一口に御室桜と言っても一種類ではなく、全部で10数種類あるのだそうです。でも大半は有明桜で、正直なところ有明以外の桜はどこにあるのか判っていません。細かく見ていくと見つかるのかな。

ちなみにこの有明桜はどう見ても一重咲きにしか見えなかったのですが、撮ってきた写真を良く眺めて見ると、ごく希に花びらが6枚や7枚といった八重咲きが混じっている様です。いわゆる一重八重の桜なのですね。これで御室桜が八重桜と言われる訳が判ったのですが、その言葉どおりの光景を期待して来ると、あれっという事になるでしょうね。

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御室桜はなぜか大きくならない事が特徴で、品種のせいだとも、あるいは土中ごく浅いところに岩盤があって根が張れないからだなどと言われてきました。ところが、最近実施された調査によって、土壌の性質に依るものだと原因が特定された様です。それによると、土質がかなり強い酸性である事、少し深くなると粘土質となり、水分が多くて酸素がほとんど含まれていない事などから、十分に根が張れない様ですね。桜にとっては厳しい環境だった訳ですが、おかげで低い位置で花が咲き乱れるという、他にはない光景を見る事が出来るのでした。

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仁和寺の桜は、御室桜だけではありません。仁王門から中門へと続く参道の西側でも見事な桜が咲いています。御衣黄桜などは、ここに植えられていますよ。こちらは文字通りの八重桜ばかりで、とても豪華な花を見る事が出来ます。

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仁和寺には八重の枝垂桜もあり、少し奥まった鐘楼の前と五重塔の前に植えられています。概ね御室桜と同時に満開になる様で、この日がほぼ見頃となっていました。

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鐘楼の前の桜は紅枝垂れと呼ぶ程は赤くないのですが、ほんのりとした桜色で、なかなか綺麗でしたよ。それでも名前としては紅が付くのかな。

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そして、この時期のもう一つの主役がミツバツヅジです。境内の北半分のそこかしこで、この鮮やかな色で咲き誇っていました。桜の中は有料となっているせいでしょうか、多くの人はこのツツジの側にシートを開いて、お弁当を食べていました。ツツジの花見というのも珍しいでしょうけど、それだけの美しさを持つ花である事は間違いありません。

御室桜も14日までは満開を保っていたようですが、そろそろ散り初めになっている事でしょう。京都の桜も遅咲きの八重桜を残すのみとなり、いよいよ最終盤を迎えた様です。

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2007.12.23

京都・洛西 ローム・イルミネーション2007

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京都・西大路五条の地にあるローム(株)の敷地周辺において、今年もイルミネーションが展開されています。このイベントは1995年に始まったもので、今では京都における年末のイベントの一つとしてすっかり定着しています。

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その会場のゲートにあたるのがこのヤマモモの木を覆ったイルミネーションで、ちょっと判りにくいのですがクリスマスツリーが施されています。

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会場の東のメインストリートにあたる佐井通りです。この木はメタセコイアかな、ずらりと並んだ街路樹が光に包まれ、金色に輝く並木道となっていました。

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こちらはメイン会場とも言うべき名倉公園です。ここにあるのは主としてケヤキでしょうか、全ての木が光の花と化していました。こういう場所に来ると皆さん花見の乗りになるらしく、テンションの高くなっている人が多かったですね。また、ビニールシートこそ敷かれていませんでしたが、一杯機嫌で来ている人達も多く見られました。

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今年の新作イルミネーションがこれで、名倉公園の西の芝生地で展開されています。この鮮やかな色が時間と共に様々に変化していくのですが、その見事さに暫し見とれてしまいました。
(12月24日追記:このイルミネーションは雫という名称が付いているそうです。水面に雫が落ちてその波紋が広がっていくというイメージですね。壺螺暮の松風さんに教えて頂きました。)

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その変化バージョンがこちらで、全てがブルーに染まる瞬間もありました。とにかく美しいの一言ですね。

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ロームのイルミネーションは12月25日までとなっています。明日はクリスマスイブですから、一層盛り上がる事でしょうね。場所は西大路五条の交差点から少し西に入ったところで、見事なイルミネーションが目に付きますから、すぐに判りますよ。


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2007.12.14

京都・洛西 名残の紅葉~宝厳院~

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宝厳院は天龍寺の塔頭寺院で、1461年(寛正2年)に、夢窓国師第3世法孫である聖仲永光禅師を開山に迎えて創建されました。当初は上京の地に広大な寺域を占める大寺だったのですが、数年後に起こった応仁の乱によって焼失してしまいます。後に豊臣秀吉の援助によって再興し、徳川幕府からも外護を受けて栄えました。

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明治以後、今度は河川工事によって寺域が買い取られ、天龍寺の塔頭弘源寺に移転しています。そして平成14年に至り、現在の地を買い取って移転し、ようやく再興を果たしたのでした。つまり、由緒は古いものの、この地における歴史はまだ始まったばかりなのですね。

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宝厳院は普段は非公開なのですが、春と秋の二回にわたって一般公開が行われます。現在のライトアップは嵐山花灯路に合わせて行われているもので、午後5時から午後8時30分(受付は午後8時まで)の間見ることが出来ます。

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平成19年12月8日の様子はと言えば、紅葉の盛りは既に終わっており、名残の紅葉も葉が縮れた様になった木が多かったです。それでもライトアップならなんとかなるもので、それなりに綺麗に見えますね。中にはこの銀杏の様に瑞々しい黄葉を見せてくれるものもあったのですが、その後雨が続いているのでほとんどの葉は散ってしまった事でしょう。

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赤と緑のコントラストが、ライトアップによって演出されていました。ちょっと幻想的な雰囲気がありますね。

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参道の景色です。ここは立ち入り禁止になっており、入り口からこうして写真に撮るべくライトアップされている様です。ここで面白かったのが左の白いオブジェで、風が吹く度にゆらゆらと漂い、まるで幽霊の様に見えました。誰言うともなく一反木綿だという声が広がっていましたが、確かにそんな雰囲気がありましたよ。

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法厳院の門を出て一歩道に出ると、目の前にライトアップされた嵐山の景色が広がっていました。大堰川を隔てた姿も美しいですが、民家の屋根越しに見るこの風景もなかなか素敵なものですね。

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2007.12.13

京都・洛西 名残の紅葉~常寂光寺~

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嵐山花灯路における要衝のひとつ常寂光寺は、小倉山の中腹に位置する日蓮宗の寺です。本国寺第十六世だった日禛上人が、豊臣秀吉が命じた法広寺大仏殿千僧供養への出仕に応ぜず、やがて本国寺を出て隠棲したのがこの地でした。

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小倉山は古来より歌の名所であり、その中でもここは藤原定家の山荘である時雨亭があった場所とされています。日禛上人は歌人として知られた人であり、その上人のために特にこの土地を提供したのは角倉栄可と了以でした。

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上人は角倉家から受けた恩に報いるため、了以が保津川開削事業を興した際に、本国寺の檀家にして瀬戸内水軍の旗頭であった来住一族に手紙を送り、熟練した水夫の派遣を依頼して事業を支援しました。この時の水夫達の活躍が後の保津川下りに繋がったと言われます。

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平成19年12月8日の常寂光寺は、紅葉の盛りを終えて名残の紅葉がわずかに彩りを残していました。

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地面を埋める散り紅葉もほとんどが枯れ葉色に変わっており、美しさは今ひとつでしたが、晩秋の風情は十分味わえましたよ。

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常寂光寺と言えばこの多宝塔が有名ですが、これは1620年(元和2年)に京都の町衆が寄進したものです。非常に秀麗な姿をしており、多宝塔の中でも秀作の一つとされています。紅葉の盛りには赤く染まったもみじの中に浮かぶがごとくの景色が見られた事でしょうね。

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常寂光寺の拝観料は400円となっており、昼に入った人はライトアップ時にもパンフレットを見せるだけで再入場が可能です。とても良心的なシステムで、私も日が暮れてから再度訪れようと思っていたのですが、体力が尽きてしまい果たせませんでした。

ライトアップ時の様子は昨年の記事を参照して下さい。

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2007.12.12

京都・洛西 名残の紅葉~嵯峨野路~

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大河内山荘から少し下ったトロッコ嵐山駅近くにも、比較的程度の良い紅葉が残っていました。竹林に紅葉はやはり良く映えますね。

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小倉池の畔では、この一本のもみじが綺麗な紅葉を保っていました。池面には鴨が泳いでいて、道行く人達の良い被写体になっていましたよ。

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常寂光寺の近くで見つけた、ちょっとシュールな人形達です。どこかのお店のディスプレイなのでしょうか。なんとも不思議な雰囲気なのですが、これはこれで秋の風情に溶け込んでいるとも言えますね。

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嵯峨野巡りといっても、常寂光寺の周辺には、あまり野原という雰囲気のある場所はありません。田のあぜ道を行くいかにも嵯峨野らしいという風情を求めるなら、むしろ大覚寺の辺りに行くのが良いでしょう。そんな中でこの一角は別で、畑越しに見る落柿舎の風情は嵯峨野巡りの見所の一つとなっています。

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その落柿舎で実っていた柿です。ここは向井去来が住んでいたという草庵で、その頃から沢山の柿が実っていたのだそうです。落柿舎の名の起こりは、この柿を巡るエピソードにありました。

ある時商人がこの庵を訪れて、たわわに実った柿を買い取ると決めて代金を置いて帰えりました。ところが、その夜に襲った嵐のために、全ての柿が落ちてしまいます。売り物にならなくなった柿を引き渡す事も出来ないと、去来は全額を商人に返してやりました。そして、自らこの庵を落柿舎と呼ぶ様になったと言われます。どうやら自嘲と洒落っ気の混じった命名だった様ですね。

今ではこの柿のある景色が、嵯峨野には無くてはならないものになっています。

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2007.12.11

京都・洛西 名残の紅葉~竹林の小径~

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天龍寺の北門から出ると竹林の小径に続いています。ここは嵐山花灯路のメインストリートであり、最も人気のあるエリアにもなっています。

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今回やっと気付いたのですが、この竹林の大半は天龍寺の敷地なのですね。全てかどうかは判りませんが、少なくとも南側は天龍寺の境内から続いている事は確かです。この一角が開発から守られている理由はここにあったのですね。

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灯籠に灯りが入る頃には身動きが出来ない程混雑するこの道も、昼間ならまだ人影もまばらです。そして午後5時が近づくにつれて次第に混み始め、ライトアップが始まる頃には道幅一杯の人混みで埋まってしまいます。

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竹林を行き着くと、大河内山荘の前に出ます。ここにはまだ盛りに近い紅葉が残っていました。常寂光寺、落柿舎、二尊院などを訪ねる嵯峨野巡りは、この場所から始まります。

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2007.12.10

京都・洛西 名残の紅葉~天龍寺~

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(曹源池と石組)

嵐山・嵯峨野の散策でJR「嵯峨嵐山駅」を起点とした時、最初に出会う事になるのが天龍寺です。臨済宗天龍寺派の大本山で、嵐山周辺では最大の寺であり、紅葉の名所としても知られます。これほど有名な寺なのですが、実は訪れるのは今回が初めてでした。

ここに来ると嵯峨野巡りが先に立ち、天龍寺はいつでも寄れると後回しになっていたのですね。しかし、今回は名残の紅葉を見つける事がテーマでしたので、手始めとして天龍寺から回る事にしました。

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(後醍醐天皇像)

天龍寺は1339年(暦応2年/延元4年)に足利尊氏によって開かれました。開山は当時最高の禅僧とされた夢窓疎石です。そして、この寺はその年に崩御された後醍醐天皇の霊を慰めるために建立されたという由緒を持ちます。

これって、ちょっと違和感を感じませんか。後醍醐天皇は鎌倉幕府を倒し、天皇親政を目指した建武の中興を起こした人として知られ、その志を武力でもって挫いたのが他ならぬ足利尊氏です。いわば仇敵同士の間柄なのになぜと思いますが、これには夢窓疎石が大きく関わっているようです。夢窓は尊氏に対して後醍醐天皇の冥福を祈るこの寺の建設を強く薦め、尊氏もまた成立間もない幕府の総力を挙げてこの大寺を築き上げました。

一つには、夢窓は後醍醐天皇と親しく、その全盛期には庇護を受けていたという事実があるでしょう。そして尊氏にすれば、やはり時の天皇に対して弓矢を向けたという後ろめたさがあったものと思われます。そして何より、恨みを含んで亡くなった後醍醐天皇が怨霊となって祟りをなすのを、この上無く恐れたという事があったでしょう。この寺は後醍醐天皇の菩提寺であると共に、怨霊封じのための祈願所でもあるのですね。

さらに尊氏としては、天皇を供養する寺を建てる事で逆賊の誹りを逃れると同時に幕府の権威を高め、禅林の大寺の大旦那となることで宗教界への影響力を強めるという政治的な配慮もあったものと思われます。

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足利幕府直轄とも言うべき天龍寺は京都五山の第一位に擬せられ、最盛期には塔頭子院150か寺が甍を連ねるという巨大寺院にまで成長します。しかし、やがて室町幕府が衰退するとそれに歩調を合わせる様に寺運も衰え、応仁の乱によって堂塔伽藍がことごとく焼失すると、もはや再建もままならぬ有様となっていました。

この寺の危機を救ったのが豊臣秀吉で、彼の庇護によってようやく寺は息を継ぎます。そして、秀吉に続く徳川幕府もまた保護政策を採って天龍寺を庇護し、江戸時代の半ば頃にはかつての面目を取り戻す程にまでになりました。

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その天龍寺を再び災厄が襲います。幕末の蛤御門の変の際に、天龍寺は上洛してきた長州兵によって占拠され、その一大拠点となってしまいます。そして、長州兵が敗れ去った後には、今度は薩摩兵が押し寄せました。彼らは長州兵の残した兵糧弾薬を押収するばかりでなく、天龍寺の寺宝をどんどん持ち出し、彼らの藩邸がある相国寺へと運び込んでしまいます。そしてあろう事か、砲口を天龍寺に向け、これをことごとく破壊してしまったのでした。長州に協力した者は絶対に許さないと見せしめにしたのでしょうね。天龍寺にすれば、まさに踏んだり蹴ったりの災難でした。

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現在でもとにかく広大な境内を持つ寺で、「竹林の小道」を形作る竹林もまた天龍寺の敷地にあるのですね。しかし、往時は付近一帯がことごとく天龍寺の境内で、現在の十倍の広さがあったと言われます。この嵐山もまたこの寺の一部であったと言われ、その管理は天龍寺が行っていたとされます。

明治以後、社寺上げ地令などによって境内の大半を失い、天龍寺は更なる打撃を被りました。衰えきってしまった天龍寺の復興がなるのは、明治も後半に入ってからの事になります。

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天龍寺の紅葉と言えば、方丈の西側に広がる曹源池の周辺が有名ですが、平成19年12月10日現在では既にほとんどが散ってしまっていました。比較的残っていたのが多宝殿への道すがらで、こうした綺麗な散り紅葉も見る事が出来ました。

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この葉を散らしていたのがこの木で、葉はまだ新鮮さを保っているものの、まさに散り際間近になっていますね。

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こちらは、塔頭の松厳寺で見つけた名残の紅葉です。背後の御堂には福禄寿天が祀られているのですが、天龍寺では境内だけで七福神巡が出来る様になっているのですね。

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天龍寺の紅葉も間もなく終わり、これからは山茶花や椿が主軸となっていく事でしょう。ここは四季それぞれの花が用意されており、何時訪れても見所がある場所の様ですよ。

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2007.12.09

京都・嵐山花灯路 2007

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京都・嵐山花灯路が今年も開幕しました。今回で3回目となるイベントですが、古都の12月を飾る行事として、すっかり定着した様子ですね。今年も初日から結構な人出で賑わっていましたよ。

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昨年の初日は雨になり、寒さも手伝って大変な思いをしたのですが、今年は心配された時雨も無く、気温も比較的温かったので、余裕を持って会場を巡る事が出来ました。

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同じ様に見えて毎回すこしづつ工夫が施されているのがこのイベントなのですが、今年の目玉はこの気球でしょう。最初に見た時はこれを飛ばして上空から会場を見下ろすという趣向かと思ったのですが、そうではなくて気球を巨大な灯籠に見立てたものでした。

これは常時点灯されているものではなく、人力によって随時ガスバーナーを点火しては明かりを灯すというなかなか手間の掛かる仕掛けだったのですが、目立つという点ではこれが一番でしたね。

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そのガスバーナーの副作用として、この周辺は結構暖かいのです。無論、点火している間だけですが、寒い会場にあってなかなか有り難いポイントでしたよ。この写真で地面が赤く写っているのはガスバーナーの炎の色を反映しているためで、背中にほのかな熱気を感じながらの撮影でした。

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渡月橋周辺では毎年同じ様なライトアップが施されているのですが、なんとなく今年のライティングを地味に感じたのは私だけでしょうか。ただ、去年の写真と見比べてもあまり違いが判らず、3回目ともなると新鮮味が薄れてしまっただけなのかも判りませんね。

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今年は日中の内に一度嵯峨野を一巡し、夜になってからもう一度巡ってみようと思っていたのですが、宝厳院のライトアップを見たところで体力が尽き、混雑の中を竹林の小径に引き返す気力も無くなってしまいました。よって、ライトアップのレポートは、この場所と宝厳院の2箇所だけになります。その分晩秋の嵯峨野の景色を拾ってきましたので、随時アップして行く事といたします。

嵐山花灯路の会期は平成19年12月8日(土)から12月17日(月)まで、時間は午後5時から8時30分までとなっています。今年のイベントの詳細については、公式ホームページにてご確認下さい。

私的には5匹居るという鬼と出会いたかったのですが、残念ながら見つからなかったなあ。

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2007.07.10

京都・洛西 夏の花 ~法金剛院~

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法金剛院は花の寺。この時期は蓮が主役ですが、夏の花は他にもあります。

今が盛りなのは桔梗の花。数は多くないですが、受付から庭に向かう通路の脇で咲いています。ここを訪れる人を最初に出迎えてくれるのがこの花なのですね。

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撮っている時はユリの一種だと思っていたのですが、調べてみるとホンカンゾウの様ですね。全草が漢方薬となり、この花やつぼみも食べられるそうです。特につぼみは美味で、心配事を全て忘れるほど美味しい事から忘優草(ぼうゆうそう)と呼ばれ、この花の属名であるワスレグサはここから来ているのですね。うーん、そんなに美味なら、我が家でも栽培してみようかしらん?

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こちらは花ではないけれど、蓮には付きものと言って良いトンボです。池に産卵するためと、蓮に寄ってくる昆虫を捕食するためでしょうか。蓮の葉に止まったこの姿を見ると、夏が来たなという感じがします。

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秋の花というイメージが強いコスモスですが、品種改良が進んだせいか今の時期でもあちこちで咲いています。ここ法金剛院でもまだ一輪だけですが咲いていました。これから秋にかけては、この花が主役となって行きますね。

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既に最盛期を過ぎた花も、まだ少しですが残っています。

ハナショウブはもう終わったと思っていたのですが、数輪ながら咲いていました。盛りの時に来られなかっただけに、嬉しい誤算ですね。来年は一番綺麗な時期に来てみたいと思ってます。

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アジサイもまた、最終盤ながらまだ咲いています。だんだんと色あせた花が多くなっていますが、この花などはまだ盛りですよね。

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これも最終盤に差し掛かった沙羅の花です。真如堂ではもう終わったと伝えられますが、こではまだ咲いていました。根元には沢山の花が落ちていたのですが、あまりに諸行無常すぎて絵にはなりませんでした...。やはり、落ちてすぐの花でないと風情は出ない様ですね。

(平成19年7月7日撮影)

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2007.07.09

京都・洛西 蓮咲き始め ~法金剛院~

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京都・花園の地にある法金剛院の蓮が咲き始めました。ここは大きな蓮池があるほか、周囲には鉢植えの蓮も咲いていて、すぐ目の前で花を楽しむ事が出来る様になっています。

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こうやって花の中の花托を覗けるのも鉢植えならではですね。それにしても、蓮の花に来る昆虫は、蜂や甲虫が多い様ですね。あまり蝶が飛んできているのを見た事がないのですが、蝶には魅力がない花なのでしょうか。

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池の中では白い花が咲いています。清楚な花ではあるのですが、葉の大きさに比べて小さいので、あまり絵になるとは言えません。

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それにまだほんの咲き始めのため、ほとんどはつぼみのままでした。これから最盛期を迎えると、また見応えのある景色となる事でしょう。

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色々な花を楽しめるのは鉢植えの方ですね。この花は全体にクリーム色がかっていて、かつ花弁の先がほんのりと紅色になるという、非常に美しい姿をしていました。

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こちらは八重咲きの蓮です。開花してから時間が経っているのかちょっとくたびれていましたが、それでも豪華な見応えのある花でした。

蓮はまだまだこれからが本番です。法金剛院は蓮の寺とも言われるくらいですから、これから夏を通して多くの人で賑わう事でしょうね。

(平成19年7月7日撮影)

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2007.07.06

京都・洛西 妙心寺塔頭「桂春院」 

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洛西の巨刹・妙心寺には46の塔頭がありますが、常時拝観出来る寺は飛び地の竜安寺まで含めても4つしかありません。その一つが桂春院です。

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桂春院は、1598年(慶長3年)に織田信忠の次男である津田秀則によって、見性院として開創されました。秀則の死後、今度は美濃の豪族にして徳川家の旗本となった石川貞政が、亡父の追善供養のために方丈、庫裏など主要な建物を寄進し、寺名を桂春院と改めています。

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桂春院には4つの庭があり、冒頭の写真が真如の庭、真ん中の写真が清浄の庭です。

真如の庭は皐月の大刈り込みが特徴で、あまり目立ちませんが杉苔の中に庭石を七・五・三風に配置し、十五夜満月を表しているとされます。訪れた時には皐月の花は散ってしまった後で、満開の頃ならさぞかし見応えがあった事でしょうね。

清浄の庭は奇岩巨石によって滝の流れを表した枯山水とされますが、正直言って庭木が生い茂りすぎていて、石組みの具合が良く判りません...。現状ではむしろこの火頭窓の方が印象的でしたね。

あと、思惟の庭、侘の庭があるのですが、どちらも捕らえ所が無く、私の腕では絵にする事が出来ませんでした...。

また、方丈には狩野山雪が描いた襖絵があるのですが、残念な事にほとんど薄れてしまっていて、何が描かれているのか判然としません。痛んだ床板といい、早急に手を入れた方が良いと思うのですが、資金繰りが難しいのでしょうか。

この寺で一番見事だったのは、もしかすると苔だったかも知れません。方丈からは庭に下りて散策が出来る様になっているのですが、真如の庭の裏に廻ると、木漏れ日を浴びた苔が複雑な模様を描きながら輝いて見えました。

ここの庭は楓樹が多く、きっと秋には見事な紅葉を見せてくれる事でしょうね。紅葉のスポットとしては、意外な穴場かも知れませんよ。

(平成19年6月23日撮影)

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2007.06.28

京都・洛西 6月の青空 ~妙心寺~

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梅雨の晴れ間に差す日差しは、既に強烈な夏のそれでした。未だに日に焼けた腕がヒリヒリしています。でも青空なのに筋雲が入るところが、いかにも梅雨の谷間らしさを表していますね。

そんな6月の週末に訪れた妙心寺では、塔頭の東林院で沙羅の花を愛でる会が催されていました。ここは普段は非公開寺院なのですが、庭園に11本の沙羅の木が植わっており、毎年6月の半ばから後半にかけて特別公開が行われています。

出来れば見て行きたかったのですが、残念ながら時間が無かったので参道の紫陽花だけを撮って引き上げてきました。公開は明後日の30日までですから、興味のある方はまだ間に合いますよ。ただし、拝観料は1575円とかなり高めなので注意しておいて下さい。

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妙心寺では平成21年の遠諱650年を前に、沢山の信者の方がお参りされていました。さすがに臨済宗における最大宗派だけの事はありますね。

向こうに見える法堂に五色の幡がはためいているのは、その法要の為です。

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でも、この寺はとにかく広いですから、少し歩くとすぐに誰も居ない場所に出ます。あけだけ沢山居た人がどこへ行ってしまったのか、ちょっと不思議ですね。

真如堂と同じく、ここでも雨水をたっぷりと吸った緑が、青空に映えて輝いていました。

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そして、新選組!ファンなら、この白壁を見てピンと来られるのではないでしょうか。そう、オープニングで隊士達が駆け抜けていた石畳の道がここなのですね。周囲には誰も居なかったもので、思わずテーマ曲を口ずさんでしまいましたよ。

今にもこの道の向こうから、浅葱色の羽織を着た隊士達が駆けて来るような錯覚を覚えた一瞬でした。

(平成19年6月23日撮影)

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2007.06.04

京都・洛西 ~法金剛院~

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双ケ岡の東、丸太町通に面して法金剛院があります。花の寺として知られ、四季折々に咲く花や紅葉で境内は常に彩られています。

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法金剛院は、唐招提寺の律宗に属するという、ちょっと珍しい寺なのですね。開創は平安時代の初めにまで遡り、最初は双丘寺と呼ばれていました。その頃から既に珍花奇花が植えられていたと言い、花の寺としての歴史は半端なものではないのですね。

その後、文徳天皇が伽藍を建てて天安寺という寺にしたのですが一時期寂れ、平安時代の末期になって待賢門院(鳥羽天皇の中宮、崇徳、後白河両天皇の母)によって復興されました。その際に法金剛院と改称され、堂塔伽藍が整備されて、面目を一新しています。

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しかし、その堂宇も応仁の乱や度重なる地震の被害によって失われ、現在では池だけが当時の面影を残しています。その一方で、花の寺としての系譜は健在で、春の桜、初夏の菖蒲、紫陽花、夏の蓮、秋の紅葉など、花の名所として人々に親しまれています。

今の時期は皐月が見頃になりつつあり、紫陽花もかなり咲いていました。花菖蒲は咲き始めたばかりで、これからが楽しみなところです。

7月になれば蓮が咲き始めるでしょうし、法金剛院はこれから見頃が続きそうですね。

(平成19年6月2日撮影)

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2007.06.03

京都・洛西 ~等持院~

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京都・洛西、御室の地にある等持院を訪れてきました。等持院は1341年(暦応4年)に足利尊氏によって開かれた寺で、夢窓疎石を開山としています。尊氏の死後その墓所となった事で、足利家歴代の菩提寺となりました。

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等持院は花の寺としても知られ、この時期は皐月がメインになります。その皐月が見たくて訪れたのですが、残念ながら見頃だったのはこの玄関前の株ぐらいでした。全体として、まだ見頃までには時間が掛かりそうです。(平成19年6月2日現在。)

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玄関を入るとまず方丈に向かうのですが、そこで出迎えてくれるのがこの祖師像です。要するに達磨大師なのですが、非常にインパクトのある絵で、あちこちで紹介されていますから、見たことがある人も多いでしょうね。

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方丈の南に広がる枯山水の庭です。広々としていて、とても開放感がありますね。中央に植わっているのはもみじの大木で、きっと秋には紅葉が見事な事でしょう。

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等持院は応仁の乱など幾度も戦乱の被害に遭っており、現在残っている建物は江戸期以降に整備されたものです。この方丈は1616年(元和2年)に福島正則によって、妙心寺塔頭海福院から移築されたものされたものと言われています。廊下はいわゆる鶯張りの廊下で、今でも歩くときゅっきゅっと音がしますよ。

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等持院には足利家の菩提所らしく、歴代将軍の位牌と木造が安置されています。(義量と義栄は除く。)肖像画等を参考にしたのかそれぞれ姿形は異なっており、流れていたナレーションに拠れば、それぞれの事績に応じたイメージになってるとの事です。なるほど、政治より文化に力を注いだ義政は線の細い感じになっていますし、足利家最大の栄華を築いたこの義満は、一際貫禄に満ちた姿をしています。

また、幕末史において転換点をもたらしたと言われる「足利三代木像梟首事件」の木像とは、まさにこの像だったのですね。

1863年(文久3年)2月22日、この義満と尊氏と義詮を合わせた3体の像の首と位牌が寺から持ち出され、斬奸状と共に三条河原に晒されました。それまで浪士に対して言路洞開を唱えて融和的政策を採っていた松平容保でしたが、この事件以後武力での取り締まりに方針を変えます。子供のいたずらにも等しい様な事件ではありましたが、容保は浪士に依る将軍家に対するあからさまな挑戦と受け取ったのですね。新選組誕生のきっかけの一つになった事件でもあり、歴史の生き証人とも言うべき木像です。

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方丈の北側に広がる庭は無窓礎石の作と伝わり、大きく東と西に分かれます。東の庭は心の字を象った心字池を中心とした庭ですが、樹木が鬱蒼と茂っており、良く言えば野趣に富む、端的に言えばちょっと捕らえどころが無い状態になっています。かつては中之島に観音閣があったと言われ、それがあればまた違った印象になるのでしょうね。

対する西の庭は芙蓉の花を象ったとされ、皐月などの花木で覆われています。ここが花で埋まった様を見たかったのですが、ちょっと早かったですね。

左の奥に見えているのが清漣亭と呼ばれる茶室で、尊氏公百年忌の際にこの庭に加えられたとされ、義政好みと言われています。

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寺で流しているナレーションに依れば、この庭は衣笠山を借景としており、その優美な姿が見事であるとされているのですが、実際に見えるのは隣接する立命館大学の建物群です。説明と現実のギャップが面白いのですが、パンフレットにおいても触れているところを見ると、寺としては大学のキャンパスの現状が余程悔しいのでしょうね。大学との間にどういういきさつがあったのかは判りませんが、この庭を前にすると、背景に衣笠山を見たかったなと思う事は確かです。

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等持院はまた、黎明期の日本映画と深く関わっていたのですね。日本映画の父と言われるマキノ省三がスタジオを構えたのが、ここ等持院の境内でした。1919年に開設され1933年に閉鎖されるまでの間、先駆的な時代劇映画がここで制作され、また後の日本映画を支える幾多の人材を育成したと言われます。

今等持院に行くと山門と境内の間が不自然に開いており、その間は墓地と民家が混在するエリアになっています。この民家がある場所がかつてのスタジオの跡であり、撮影所が閉鎖された時に売却され、宅地として再開発されたのでした。

恐らくは、明治の廃仏毀釈によって等持院が荒廃し、その空き地を利用して撮影所が建てられたのでしょうね。今の方丈なども撮影に使われたと言われ、ふすま絵などもずいぶんと痛んだのだそうです。たぶん、荒れた寺を守る事よりも、最新の映画を撮る事の方が、当時としては意義のある事だったのでしょう。衣笠山の借景についても、その流れが続いていた様な気がします。

この像はマキノ省三の功績を称える為に造られたもので、当初は太秦にあったのですが、後に撮影所のあった現在の地に移されました。この像が無ければここに映画の撮影所があった事など、誰も思い浮かべたりはしないでしょうね。そういう意味では、この像もまた文化史における貴重な証人であると言えそうです。

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2007.05.11

京都新緑散歩 ~梅宮大社~

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GWの一日、京都の洛西にある梅宮大社を訪れてきました。ここは四季折々の花が咲くことで知られる花の名所ですが、訪れるのは初めてです。なにしろ京阪沿線からは遠く離れているものですから、なかなか行く機会がなかったのです...。

なお、この写真を撮ってからすでに一週間が経過していますので、花の様子は今とは違っているものとあらかじめご了承ください。

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平成19年5月4日現在では、ツツジが一番見事でした。映画「千と千尋と神隠し」でハクと千尋がシャクナゲの咲き誇る通路を通り抜けるシーンがありましたが、まさにあの世界さながらの光景が現出していました。

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この日一番楽しみにしていたのがキリシマツツジだったのですが、残念なことに盛りは過ぎていました。咲き終わった花が盛んに散っており、池の水面を赤く染めていたのが印象的でした。

これはキリシマツツジで染まった園路です。こうしてみると、ちょっとした秘密の小道の様でしょう。

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うれしい出会いもありました。ヒトツバタゴ、通称ナンジャモンジャの木がここにもあったのですね。そしてラッキーな事に、満開の花を咲かせてくれていました。これまでこの花を見たさに真如堂に通っていたのですが、時期が遅かったり雨に祟られたりで、じっくりと見ることはできなかったのです。それが絶好のタイミングで、雪が積もった様だという開花の様子を堪能させていただきました。

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もう一つ見事だったのは藤の花ですね。規模としては小さな藤棚なのですが、長く房が伸びたきれいな花を見ることができました。

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季節が確実に巡っている事を教えてくれるサクランボです。たぶんカラミザクラだと思いますが、艶やかでなかなか美味しそうでしたよ。あ、もちろん取って食べる様な罰当たりな事はしていませんからね。

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そして、次の季節の主役となるアジサイも咲き始めていました。この間桜が咲き始めたと話題になっていたと思うのにもうアジサイが咲き始めるとは、本当に時間が経つのは早いですよねえ。

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初夏の花が咲き乱れていた梅宮大社でしたが、これからは冒頭に掲げたカキツバタが主役となる事でしょう。それを追いかけて花菖蒲が咲き始める頃には、アジサイも見頃となっている事でしょうね。ここは少し交通の便が不便な場所にあるのですが、時間を掛けてでも行ってみる値打ちのある場所だと思います。

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2007.04.15

京都桜事情2007 竜安寺

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平成19年4月14日現在の竜安寺の桜です。

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この日の竜安寺は、染井吉野や山桜は盛りを過ぎていましたが、枝垂れ桜など他の桜が見頃を迎えていました。この花は門前に咲いていた八重桜。上品な色合いの花で、門を背景にこの花の下で記念写真を撮る人も多かったですよ。

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方丈に向かう通路の途中にある紅枝垂れ桜です。つぼみはほとんど残っておらず、咲ききっている事が判りますね。

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そして、方丈で迎えてくれる紅枝垂れ桜です。まさに見頃で、白砂や油土塀に映えてとても見事でした。はらはらと花びらが儚げに散っていたのですが、この写真では判り辛いですね...。

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その紅枝垂れ桜を背後から見た様子です。かなりの巨木である事が判るでしょう?石庭から見えているのは北側にあたり、上手く咲かせるには手入れが欠かせないのだろうなという気がします。

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境内の西側にある桜苑でも、枝垂れ桜が満開でした。ここには枝垂れ桜の他にも桃や八重桜などが植えられており、花のバリエーションを楽しむ事が出来ます。

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湯豆腐を商う西源院の枝垂れ桜です。湯豆腐を食べる気もないくせに、暖簾の隙間から一枚撮らせて頂きました...。

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竜安寺では、桜以外の花も見頃を迎えています。その一つがボケの花。これは売店の前で見つけた花ですが、ちょっと他では見た事が無い様な大輪でした。

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そして、桜の絨毯と落ち椿です。この季節ならではの光景ですが、もうすぐ春が終わって初夏を迎えるという印でもありますね。特に今年はもみじの新葉が早くも展開を終えており、桜が無ければ本当に初夏が来た様な感じでした。いつもの年より季節が2週間ほどずれている様な気がします。

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2006.12.12

2006 京都・嵐山花灯路 ~常寂光寺~

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嵐山花灯路にあわせて、エリア内の寺社の境内でライトアップが行われています。その中の一つ、常寂光寺を訪れてきました。

常寂光寺は、言わずと知れた紅葉の名所です。さすがに12月9日にはほとんどのもみじは散っており、名残の紅葉だけが残っていました。それでも折からの雨にしっとりと濡れた散り紅葉が、ライトに照らし出されてなかなか綺麗でしたよ。

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ライトアップされているとは言え、雨のせいもあってか境内はかなり暗いです。人の顔の見分けはまず付かないと言って良いでしょう。

ここの門前まではかなりの人が居たのですが、中に入ってみると意外なほどに空いています。普段は周囲が静かになるのが嬉しいのですが、雨のそぼ降る中この暗い境内に佇んでいると、次第次第に寂しくなり、さっきまでの人混みが恋しくなって来ました...。

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昼間見ると盛りが過ぎてしまった紅葉でも、ライトアップだとそれなりに見えるものですね。ここが最盛期だったらどんなにか綺麗だった事でしょう...。

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露地行灯の上にあった散り紅葉。これはやはり偶然ではなく演出なのでしょうね。いかにも常寂光寺らしい行灯ではあります。

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野宮神社の境内でもライトアップが行われています。こちらのもみじはまずまずの黄葉でした。この木の下の苔がとても綺麗だったのですが、暗すぎて上手く写せなかったのが残念です。

常寂光寺のライトアップは午後8時30分まで実施されていますが、拝観の受付は8時までとなっていますので注意が必要です。拝観料は400円と比較的リーズナブルな方かな。野宮神社は拝観無料ですが、こちらも受付は午後8時で終了です。

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2006.12.11

2006 京都・嵐山花灯路 ~竹林の小径~

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(常寂光寺近くの路上にて)

京都・嵐山花灯路の初日は、雨で幕を開けました。昨日もレポートしたように、悪天候にもかかわらず人出はかなりのもので、いきなり渋滞に嵌ってしまったのには驚かされました。今年で2年目になるこのイベントも、かなり浸透してきた様ですね。

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(野宮神社近くの路上にて)

冬の雨とは言っても昨年ほどの寒さでもなく、身体にはさほど堪えなかったのですが、渋滞の中を傘を差しながら歩くのは大変でした。ましてや、三脚を構えて写真を撮るどころの騒ぎではなく、人波が途切れた隙を狙って手持ちで撮るのが精一杯の状況です。そこでカメラの感度を最高に上げてシャッター速度を稼いだのですが、それでも手ぶれ写真の続出で、あまりお見せ出来るほどの写真はありません。それに、いくら高感度に強いキヤノンとは言っても、ISOを1600にまで上げると、さすがにノイズが酷いですね。

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それでも、こういう雨の夜のもみじなどはなかなか撮れるものではないので、それなりに面白かったですよ。カメラを濡らさない様にするのが大変でしたけどね。

会場内では、落柿舎、常寂光寺、二尊院、野宮神社、大河内山荘などでライトアップが行われています。それぞれに凝った演出がされている様ですが、野宮神社以外では拝観料が必要ですから、全部回ろうと思ったらそれなりに出費が嵩むと覚えておいて下さい。特に、大河内山荘は1000円になっていますから注意して下さいね。

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会場内で一番人が集まっていたのがこの竹林の小径です。この狭い道に人が溢れていて、残念ながら情緒も何もあったものではなかったです。

実際に行くと判るのですが、竹林の小径を中心とした会場の通路はループ状になっていて、普通に歩いている限り(同じ道を引き返したりしない限り)必ずこの道は通る事になるのです。ですから人が集中するのは当然なのですが、この混雑の中で三脚どころか脚立を立てて写真を撮っていた人が居たのには驚きました。翌日の新聞に写真が出ていましたが、あれはマスコミ関係者だったのかな。強烈なフラッシュも焚いていたし、いくら何でもちょっと迷惑ですよねえ...。

時間が経つに連れて人が分散して行ったのか、この小径と長辻通以外では渋滞になるほどの混雑は無くなりました。ですから、人が集中する開始直後は避けて、最初は中之島方面に行き、少し落ち着いた頃を見計らってこの道に来るという方が良いかも知れません。あくまで、初日の経験を元にした予測ですけどね。

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竹林の小径のゾーンに比べて、渡月橋の付近は比較的ゆったりしていました。残念ながら、ここまで来た時は疲れてしまっていて渡月橋は渡っていないのですけどね。

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対岸から中之島を見ていて、一番目立っていたのがこの展示でした。moonman-ju projectというのかな。この中に入ると水中に居るがごとくに光が揺らめいて見えるそうで、この写真の様に記念写真を撮っている人が多かったです。川の中に居た鷺は偶然ですけどね。

今年は大覚寺も会場になっているのですね。今回は残念ながら時間が無かったのですが、天竜寺前と大覚寺前を結ぶシャトルバスが出ているので、そっちへ行ってみるのも面白いかも知れませんよ。

明日は常寂光寺のライトアップを中心にレポートします。

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2006.12.10

2006 京都・嵐山花灯路

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嵐山花灯路が昨日開幕しました。この行事は昨年から始まったのですが、今年もまた初日に出かけてきました。

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昨日はあいにくの雨でしたし、昨年の初日の様子から考えても多分さほどの人出ではないだろうと高を括っていたのですが、甘かったですね。案に相違してとんでもない混雑ぶりでした。特に混んでいたのが長辻通から竹林の小径へと至る過程で、午後6時頃には長蛇の列になっていました。その後7時頃には行列は解消していましたが、芋の子を洗う様な状況にはあまり変わりなかったですね。

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7時頃には雨も上がり、会場全体も落ち着きを取り戻した様でした。竹林の小径では使えなかった三脚もようやく使える様になり、じっくりと腰を据えて撮った写真がこれです。

竹林の小径を始めとする全体の様子は明日以降アップしていきますが、まずは概略の報告とさせて頂きます。

嵐山花灯路は平成18年12月18日まで開催の予定で、午後5時にライトアップが開始されます。そして終了が午後8時30分と早いので、なるべく早い時間帯から行かれる事をお勧めします。

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2006.04.26

桜にヒヨドリ ~京都・御室 仁和寺~@桜花ぶろぐ

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京都・御室の桜に来ていたヒヨドリです。

モーニングに連載中の野鳥まんが「とりぱん」にはまって以来、やたらと鳥が目に付くようになってきました。特にこのヒヨドリは「とりぱん」の中で「ヒヨ」と呼ばれる主役級の鳥なので、何だか親しみを感じてしまいます。メジロほど可愛くは無いですが、こうしてみるとマンガに描かれた鳥は実に良く特徴を捉えているのが判ります。

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そして、この鳥はあまり人を怖がらないのですね。御室桜は樹高が低いのでヒヨドリも目と鼻の先に居たのですが、大勢の人が周囲に集まって来たにも係わらず逃げようともしませんでした。その割にピントがボケてますけど、桜の蜜を吸う決定的瞬間という事でアップしてみました。一つ一つの花の蜜は少なくても、これだけ数があれば結構なご馳走なのでしょうね。

ヒヨドリと言えば義経の鵯越くらいしか知らなかった私ですが、マンガのおかげで実はごく身近に居る鳥と知った次第です。

spring

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2006.04.25

ミツバツツジ~京都・御室 仁和寺~@青春ぶろぐ

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御室桜が散り初めだった仁和寺の境内で、ミツバツツジが満開を迎えていました。

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華やかな御室桜に隠れて注目する人はほとんど居ない状態でしたが、この花はこの花でやはり綺麗です。もし山道で出会ったとしたら、はっとする美しさでしょうね。

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仁和寺の境内は桜ともみじの新緑とミツバツツジが重なって、いかにも春らしい景色でした。御室桜ばかりが仁和寺の春ではないという事ですね。

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2006.04.23

京都桜事情 御室桜~仁和寺~@桜花ぶろぐ

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京都の桜の季節の最後を彩る御室桜。遅咲きで知られていますが、昨日(平成18年4月22日)訪れた時には既に散り初めとなり、新葉も伸びて目だっていました。それでもまだ桜は咲いており、十分に楽しむ事が出来ました。

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仁和寺は、886年(仁和2年)に光孝天皇が「西山御願寺」として発願された事に起源を発します。光孝天皇は志半ばで崩御されたのですが、その遺志を継いだ宇多天皇によって888年(仁和4年)に完成を見ました。寺号は元号にちなんでおり、御室はその別称です。室(むろ)とは僧の坊のことを指すのですが、宇多天皇が出家後境内の南西に僧坊を建てて住んだことから、尊称して御室(おむろ)と呼ばれるようになりました。そして、宇多法皇がここで院政を行ったため、御室御所とも呼ばれていました。真言宗御室派の総本山であると同時に、代々の門主を皇族が務めて来た門跡寺院としての格式を誇っています。

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創建当初の伽藍は、応仁の乱などによって全て焼失しており、現在の建物は江戸時代初期に再建されたものです。桜もまた起源は平安時代にまで遡りますが、現在の木は江戸時代に植えられたものが今日に至るまで続いているのだそうです。

ここには御室桜の外に枝垂れ桜も何本か植えられており、この日は丁度満開を迎えていました。

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御室桜は、土壌の関係で背が高くならない事が特徴で、2mからせいぜい4mくらいにまでしかなりません。しかも、低い位置から枝分かれしているため、冒頭の写真の様に普通に歩いていて目の前に桜の花があるという状態で、まさに花に埋もれているような感覚に浸れます。

御室桜と言えばなぜか八重桜というイメージがあるのですが、実際には有明と呼ばれる一重の品種がほとんどです。また中には変わったものもあって、例えばこの木は緑色の花を咲かせています。品種名を撮ってくるのを忘れたのですが、御衣黄でしょうか。

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そしてこちらは黄色の花を咲かせる品種です。これも品種名の写真を撮ってくるのを忘れてしまいました...。淡いクリーム色で、色だけならバラを思わせる花ですね。

御室桜も今日の情報では落花盛んとなっており、もう見納めの様です。今年残念だったのは、せっかく行ったのに盛りが過ぎていた上に曇り空だった事。青空を背景にした桜が見たかったのに実現しませんでした。今年の4月は天候が不順続きでどうしようもなかったですね。また来年に期待する事としましょうか。

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