西郷どん

2018.04.15

西郷どん 第十四回「慶喜の本気」

互いの健闘を誓い、江戸と薩摩に分かれる西郷と正助。

安政4年10月21日、江戸城。

将軍謁見のために登城したハリス総領事。

互いの国のための友好をと願うハリス。
痙攣した様に床を踏みならす家定。
「幾久しく友好を保ちたいと大統領に申し述べるべし。」
と、壊れたレコードの様に繰り返し叫ぶ家定。
あっけにとられる一同。

教えられたとおりに申したと篤姫に報告する家定。
喜ぶ篤姫。
御台とも幾久しく友好を保ちたいと家定。
その言葉を嬉しく思う篤姫。

福井藩邸。慶永に書状を届けた西郷。
慶喜擁立の壁は高くなったと慶永。

(回想)
老中堀田正睦の弱腰を叱りつけ、自分がアメリカに乗り込むと斎昭。
震え上がる 正睦。

家斉の評判は悪くなる一方で、
家定を毒殺し、慶喜を将軍に据えるつもりだという噂まであると慶永。

左内と協力し、諸大名の協力を仰ぎ、かつ、
慶喜が将軍になる覚悟を決めるよう説得せよと慶永。

磯田屋。
慶喜の評判を集めた一橋公言行記を書き上げた左内。
そこに現れ、そこに書いてある事は全て父がでっち上げた事だと言い、
言行記を破り捨てた慶喜。

ここではヒー様と呼べ、一橋様と呼ぶことは許さぬと慶喜。

言行記が台無しになった事を嘆く西郷。
抜かりはない、写しはいくらでもあると左内。

幕府に、この国難を乗り切るためには慶喜を次の将軍にする事が相応しいとの建白書を出した斉彬。この建白書を巡って鋭く対立する一橋派と南紀派。両派を裁定出来ずうろたえるばかりの堀田正睦。

西郷の後を付けてきた仮面の男。その男を取り押さえた西郷。
その時、ご同道願うと声を掛けてきた長野主膳。

彦根藩邸。
西郷に茶を振る舞う直弼。無作法に茶を飲み、旨いと西郷。
作法は知らなくても味は判るかと直弼。
この器もとても良いものと西郷。
御台所の輿入れの手配りをしただけの事はあるなと直弼。

逃げてばかりの男に将軍は務まらないと直弼。
あの一筋縄では行かないお方だからこそ、異国の言いなりにはならない、
この国は変わらなければならないと西郷。
自分に講釈をするとは恐れ入ったと直弼。
無礼な振る舞いは主君そっくりと主膳。
殿を愚弄するな、この国を守るためにこの国を変えようとしていると西郷。
250年の安泰を保ってきたのは徳川宗家、守るべき国とは徳川家の事、
異国が迫っているからと言っても、何も変えてはならぬと直弼。

西郷に斉彬の内情を知らせよ、そうすれば当家の家臣として取り立て、
薩摩に居る身内も助けてやろうと主膳。
家の者に何をしたと叫ぶ西郷。
まだ何もしていないと主膳。自分に力を貸せと直弼。

井伊掃部頭ともあろう人がこんな脅しをかけて来るとは、
こんな腐った連中に守られた将軍家も危ないものだ、
自分たちとは依って立つ立場が全く違うと良くわかったと西郷。

大奥。斉彬の建白書を読む本寿院。
水戸の隠居の息子が将軍になればあの男までが奥に入って来る、
それはならぬと本寿院。
御台所の縁組みはこの企みがあったからかと本寿院。

本寿院の怒りを知り、狼狽える幾島と篤姫。
そこに現れた家定。驚く篤姫。
御台とは幾久しく友好だと申したであろうと家定。

次の公方に慶喜をと願い出る篤姫。
慶喜は嫌いだと家定。
慶喜はこの国を守ってくれる、国も民も無事息災と篤姫。
姫も息災という事かと考え込む家定。

そこに現れた本寿院に向かって、跡継ぎは一橋にすると宣言した家定。
驚く本寿院。喜び合う篤姫と幾島。

磯田屋。相変わらずヒー様として遊び暮らす慶喜。
家定が跡継ぎに決めたと説得する西郷と左内。
あくまで固辞する慶喜。

その夜、刺客に襲われた慶喜。
人殺しだと叫び逃げる慶喜。
刺客と渡り合う西郷たち。

危うく切られそうになる慶喜。
咄嗟に短刀を抜き、刺客を刺し殺した西郷。

初めて人を殺した事で惑乱する西郷。

薩摩の人間がなぜ自分を殺そうとすると慶喜。
これは彦根の回し者だと西郷。

死体を始末した慶喜と左内。
手を合わせる西郷に、刺客に情けを掛けるのかと慶喜。
あの男にも主君がおり、家族が居る、その命を奪ってしまった
自分は人殺しだと西郷。
だから自分は将軍にはなりたくないと言っている、
そうなればもっと国が乱れて多くの血が流れると慶喜。
このままでは異国に飲まれる、血が流れるどころではないと左内。

俺の命を守ったと斉彬に褒めて貰えと慶喜。
あなたの命とあの男の命は同じ、
しかしあなたは国を変え、多くの民を救える力を持っている、
それでもまだ逃げると言われるならあの男も浮かばれないと西郷。
よし行くぞ、ついて来いと、ついに決意した様子の慶喜。

彦根藩邸。
直弼に会いに来た慶喜たち。
刺客を送るほどだからよっぽどの用があると思って来てやったと慶喜。

慶喜様が将軍を固辞されるのなら自分に一案がある、
紀州の慶福様が次の公方になった暁には紀州を差し上げると直弼。
確かに悪い話ではない、しかし気に食わぬ、
お前に紀州に行けと言われる覚えは無い、つけ上がるなと慶喜。
これは恐れ入りましたと直弼。
今の幕府でこの国が守れると思っているのか、
この大馬鹿者と直弼を叱りつける慶喜。
判った、自分が将軍になってやると言い捨てて帰る慶喜。

「今回は遂に慶喜が将軍職を継ぐ決意をするまでが描かれました。ほぼ創作の回と言って良いのですが、西郷の成長ぶりと本気になった慶喜の凄みが良く表されていたと思います。」

「以前、斉興とお由羅の方の前では一言も返せなかった西郷が、直弼相手に堂々と渡り合ったのは見事でした。斉彬の薫陶の下、諸国の士と交わった事で西郷が成長したという事なのでしょう。」

「慶喜の啖呵も格好良かったですね。ようやく幕末史をかき回した慶喜の本領が垣間見えた一瞬でした。」

「ただ、慶喜が決意に至る過程が少し弱かったかな。西郷に泣きつかれただけで翻意するとは、ヒー様らしく無い様な気がします。もう少しひねりがあっても良かったんじゃないかしらん。」

「ほぼ創作の回ではありましたが、そこかしこに史実も散りばめられていました。例えば大奥が斉昭を毛嫌いしていた事がそうです。」

「斉昭には大奥の女性に手を出したという噂が付きまとい、今で言うセクハラまがいの発言も多かったと言われます。また、大奥の浪費ぶりにも口を出し、支出を抑えようとした事も嫌われた源因でした。その子の慶喜が次期将軍ともなれば斉昭の発言権がさらに大きくなり、大奥が住み難くなると考えられたのが慶喜の将軍登用を妨げた要因の一つでした。それだけ大奥の発言権は強かったのですね。」

「また、家定が慶喜を嫌っていたのも事実で、この事も慶喜にとっては不利な条件でした。暗愚と言われた家定でしたが、自分の意思を持っていた証の一つでもありますね。」

「もう一つ付け加えるならば、家定と篤姫が仲睦まじかった事も事実と言われます。ドラマで描かれた様に家定には心優しい一面があったのかもしれません。」

「次回は家定が病に倒れ、直弼が大老職に就き、斉彬がそれに反撃するまでが描かれる様です。サブタイトルからすると斉彬の死までが入るのかな。その激動の中で西郷が活躍する様ですね。予告には四転五転する展開とありますので、どんな回になるのか楽しみに待ちたいと思います。」

参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.04.08

西郷どん 第十三回「変わらない友」

安政の大地震で嫁入り道具が駄目になってしまった篤姫。
それを1年で整え直せと西郷に命じた斉彬。

被害甚大な江戸の町を、輿入れ道具を調えるべく奔走する西郷。

安政3年11月11日、西郷の働きで輿入れ道具が調い、江戸城へと出立する篤姫。

江戸城大奥。静々と入ってきた篤姫の駕籠。その扉をいきなり開けた家定。
驚く篤姫に、丈夫か、死なぬか、と問う家定。薩摩の女子ゆえと答える篤姫。
安堵した様に立ち去る家定。

篤姫の輿入れを祝って酒を酌み交わす斉彬と西郷。
そのグラスは集成館で作っている切子ガラス。
紡績、ガス、エレキテル、洋式農具、印刷機など、
新しい技術を身につけた職人たちが金を稼ぐ、農民、商人も豊かになる、
民が豊かになれば自然と国はまとまると斉彬。

磯田屋。薩摩に帰る事になったと大山。おいは残ると俊斉。
そこに遅れてきた西郷。目黒不動に不犯の誓いを立ててきたのかと俊斉。
斉彬に男子が授かる様にと祈願した西郷。

京、近衛家。
斉彬の引きで忠恕に目通りした西郷。
そこに現れた月照。

月照に慶喜を次の公方にとの詔を頂戴したいと頼む斉彬。
天子様も月照さんの事をよくご存じだから頼むと忠恕。
静かに微笑む月照。

薩摩。
正助の縁談。すぐに承知した正助。

薩摩に帰郷した西郷。喜ぶ西郷家の人々。

留守中に借金のために家も何もかもを売ってしまったと聞いた西郷。
心配はいらない、やりくりをして家は出て行かなくて済むと吉二郎。
申し訳ない、もっと気張らねばと西郷。

その夜、仲間内の宴。
西郷の評判を仲間に聞かせる大山。何かと聞きたがる仲間たち。
機密事項だからと話せない西郷。
白けてしまった一同。

嫁をもらうと宣言した正助。再び盛り上がる一同。

正助の嫁を見に来た一同。こんなつまらん事で西郷を煩わせるなと正助。
それを聞いていた満寿。つまらぬ縁談なら断ってもらっても良いと満寿。
呆然とする正助。

正助は必ず天下国家のためになる男、その留守を守れるかと西郷。
はいと満寿。満寿を嫁にしたくなった、よろしくお願いしますと正助。

無事に哲丸を授かった斉彬。

山田をモデルに写真を撮ろうとする斉彬。
斉彬に動くなと言われ、困惑する山田。
その山田を捨てて、電信機を試しに行く斉彬。
電信機が指したのは未、来客という意味でした。

やってきたのは久光。哲丸の誕生を祝い、斉彬を支えていく所存と久光。
この国が無くなるかもしれぬという時に些細な事を言うなと斉彬。
アメリカが再びやってきて、更なる開国と交易を求めに来ると斉彬。
そのために大砲や鉄を作っているのは知っていると久光。
大砲だけでは無い、フランスから軍艦も買うと斉彬。
本気で戦に勝てると思っているのかと久光。
西郷、答えよと斉彬。
大事な事は戦ではなく、対等に付き合う事と言上する西郷。
なんじゃお前はと一喝する久光。
久光に、お前も変わらねばならぬと斉彬。

正助の祝言の日。正助の祝言を喜び合う仲間たち。
その時、斉彬から呼び出しが掛かった西郷。
ここは良いから早く行けと正助。

斉彬の急用とは、阿部正弘が急死したという知らせでした。
慶喜推挙の件は一旦取りやめにせねばと斉彬。
篤姫様が居る、命がけでこの国を変えようという思いは自分もまた同じと西郷。
今までの様な訳には行かない、
すぐに江戸に発ち、再び働いて貰わねばならぬと斉彬。
恐れながら一つ願いがありますと西郷。

果ててしまった正助の宴。一人西郷の帰りを待っていた正助。
改めて祝いを言う西郷。

正助も一緒に行こう、殿に役に立つ男だと申し上げたところ肥後藩まで連れて行けと言われたと西郷。
おいがいつそんな事を頼んだ、恩着せがましいと怒り出す正助。
恩など着せていないと西郷。
西郷が江戸で大事な働きをしている間、自分たちも必死でこの地で働いてきた。
軍艦だ、エレキテルだと金を湯水の様に使っている間に、
吉二郎たちは貧乏に負けんと言って懸命に働いてきたと正助。
西郷は変わってしまった、遠くへ行ってしまったと正助。
変わらねばならぬ時もある、今はこんな言い争いをしている時ではない、
この国を変えるべき時だと西郷。
もう良い、顔も見たくない、おいの前から消えてくれと正助。
悄然と去る西郷。
そのやりとりを聞いていた満寿。

江戸へ旅立つ西郷。

朝餉の後、旅支度をして待っていた満寿。
両親からも後押しされ、西郷の後を追う正助。

忘れ物をしたと言って戻ってきた西郷。
大事なものを忘れたのかと正助。
大久保正助を忘れてきたと西郷。
二人で駆け出す西郷と正助。


「今回は篤姫の輿入れに奔走する西郷に始まり、月照との出会い、正広の死、正助との旅立ちが描かれました。」

「西郷が篤姫の嫁入り支度を命じられたのは事実で、自ら商家にも出入りし、1年で支度を調えたと伝わります。この副産物として、無骨な西郷が女性の髪飾りなどの目利きが出来るようになったのでした。」

「ただ、家定への輿入れが遅れたのは嫁入り道具が駄目になったせいではなく、前回にも書いたとおり頻発していた地震やペリーの再来港などの対応で、幕府がそれどころではなかった事に依ります。」

「薩摩の切子硝子は西洋に受け入れられ、重要な輸出品となりました。現在にもその技術は受け継がれており、斉彬の確かな先見性が窺える事実です。」

「斉彬は写真好きとしても知られ、最も早く写真に写った大名とも言われます。また、自ら写真を撮る事も好きだった様ですね。ドラマにあったように家臣を撮った事もあったのでしょう。」

「電信機の実験にも熱心で、鶴丸城と休憩所の間に電信機を引くという実験も行っています。ドラマはこの実話に基づいた再現だったのでしょう。」

「月照はこれからの西郷にとって重大な人物で、正広亡き後の将軍後継工作に深く関わる事になります。さらなる縁についてはこれから描かれる事でしょう。」

「西郷が目黒不動に不犯の誓いを立てたのも事実で、斉彬の側室が懐妊した事を受けての事でした。ドラマで側室に触れなかったのは斉彬の印象を悪くしないための配慮からでしょうか。」

「西郷が不在の間に西郷家が貧窮のどん底に陥ったのも事実で、家屋敷も失うまでに追い込まれたのでした。それでも吉二郎の懸命の働きで、一家離散という破局にまでは至らずに済んでいます。」

「正広の死は斉彬の一派にとっては大きな打撃でした。幕府内に直接働きかける手立てを失った事になり、これ以後朝廷からの勅諚というやや迂遠な方針へと転換せざるを得なくなります。」

「次回は慶喜擁立を巡って本格的に動きがある様ですね。特に直弼と西郷が直接対峙するとか。どんな緊張感のある場面になるのか楽しみですね。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.03.25

西郷どん 第十二回「運の強き姫君」

安政2年、特赦令により戻ってきてた次右衛門。
喜ぶ大久保家の人々。

2年経っても篤姫の輿入れが決まらず、苛つく幾島。

斉彬に直訴する幾島。快く思っていない者が居るのだと斉彬。
それは井伊掃部頭かと幾島。
ならば大奥に手を回し、誰よりも世継ぎを望んでいる本寿院に働きかけてはと幾島。
人も金も惜しむなと斉彬。

西郷にも外側から目一杯働きかけよと幾島。

早速、各藩への書状と礼金を預けられた西郷。

西郷に、もしや輿入れの事が破れたのではないかと聞く篤姫。
めっそうもない、しかし、本当に御台所になりたいのですかと問う西郷。
それでなければここまで来た意味が無い、力を貸してくれと篤姫。

磯田屋。
お忍びで他藩の内情を探りに来た幾島、案内する西郷。

他藩の重役の接待に精を出す西郷。ついには裸踊りまで披露します。

その西郷の所業を怪しむ大山と俊斉。

薩摩、重富島津家。
久光に宝島事件の資料を届けに来た正助。
その資料の中に忍ばせてあった久光宛の書状。
久光への忠義を尽くすと言う正助。

江戸城。
役人に袖の下を渡し、大奥へと入った幾島。

家定の母、本寿院に斉彬から贈られた数々の豪華な品。
それとなく、篤姫の輿入れを快く思っていない者が居るとほのめかす幾島。
それは彦根殿か、ならば我らの後押しが欲しいという事かなと本寿院。
お力添えをと幾島。

母として最も望むことは、我が子を一人にして欲しくないという事と本寿院。
篤姫の良いところは体が強く、その上運が強いというところと幾島。
ならばその運に載ってみようかと本寿院。

双六で遊ぶ家定。その前に居並ぶ直弼と正広。
家定の前に御台所候補の絵を並べ、この中から選びなさいと本寿院。
これにすると直弼を指した家定。当惑する直弼。

一人庭に出てアヒルが死んだ事を嘆き、みんな自分を残して死ぬ、
死なない御台所が欲しいと家定。
丈夫で運の強い姫君ならこれですと篤姫を推薦する本寿院。
ではこれにすると家定。
一人異を唱える直弼。家臣の分際で何事、控えよと一喝する本寿院。

篤姫に輿入れが決まった事を伝える斉彬。
喜ぶ篤姫。複雑な心境の西郷。

家定がどのような人物か知りたくないのかと斉彬。
この世で並ぶべきものが無い公方様、口にするのも勿体ない事と篤姫。

斉彬に、篤姫は家定の体が弱く、
世継ぎを産むことが出来ないと知らないまま輿入れをするのかと問う西郷。
篤姫にはいずれ自分が話すと斉彬。
それを陰で聞いていた幾島。

篤姫を厳しく鍛える幾島。倒れる篤姫。庇う西郷。
これからは一人で戦って行かなければならない、強くなれと幾島。

安政2年10月2日。
篤姫に家定に子は出来ぬ、母としての喜びは無い、
そなたの本当の役目は慶喜を次の将軍にする事と告げる斉彬。
衝撃を受けにながらも、運命を受け入れた篤姫。

その夜、江戸を襲った大地震。
慌てて斉彬の下に駆けつけた西郷。その無事を見届け、篤姫の下に向かう西郷。
篤姫を救くい、早く逃げてくださいと西郷。
このまま殿も公方様も居ないところに一緒に逃げて欲しいと篤姫。
どんなところでもお供しますと西郷。
その言葉が聞きたかったと篤姫。
篤姫を促す西郷。
もう良いと篤姫。

覚悟を決めた様に毅然とし、御台所となるべき体をよく守ってくれたと篤姫。

「篤姫の輿入れは、確かに2年近く待たされました。けれども、その理由は井伊直弼が反対した訳では無く、ペリーの二度目の来航があった事、各地で大地震が頻発した事などにより、幕府がその対応に追われて輿入れどころでは無かった事に依ります。」

「安政の大地震とはドラマにあった様に江戸を襲った地震だけではなく、その前に起こった南海トラフや東海トラフに依るものと思われる大地震、飛騨や東北、四国などで起こった内陸型の地震などを総称して言われます。この続発した地震が各地に甚大な被害をもたらし、幕府は次々と寄せられる援助の訴えに対応すべく、右往左往していたのでした。」

「紀行で紹介されていた藤田東湖もこの地震で亡くなったのですが、橋本左内と並んで西郷に影響を与えた重要な人物でした。ドラマにいつ登場するのかと思っていたのですが、見事にスルーされましたね。」

「東湖は斎昭を支えた水戸藩の重鎮で、彼が居たからこそ水戸藩が幕末の中心となる事が出来ていたのでした。彼の死後の水戸藩は派閥が分裂して互いに抗争し合うようになり、遂には藩そのものが人材を失い力を無くす事となってしまいます。」

「篤姫に関しては、何度も書いている様に幕府から望まれた縁談であり、その理由の一つとして島津家の家系として体が丈夫だったからだとも言われています。このあたりはドラマに描かれたとおりですね。決して慶喜を将軍とするために将軍家に送り込まれたのではありません。」

「ドラマに戻って、輿入れ実現のために奔走する幾島と西郷の描き方は面白かったです。あの物堅い幾島は、いざとなると腹芸も出来る女丈夫だったのですね。」

「西郷の裸踊りも妙に面白く、はまっていました。ただ、本当の西郷は下戸で、酒は飲めなかったのですけどね、そのあたりはドラマの演出として必要なところなのでしょう。」

「篤姫が西郷に一緒に逃げて欲しいと言ったのは本音だったのでしょう。西郷が自分に寄せる思いを知っており、家定が不能者であると聞いてつい口に出してしまったのでしょうね。その後すぐに覚悟を決めたのは、さすがに薩摩の姫君だった事はあります。」

「このあたりは無論創作ではありますが、このドラマの西郷らしさがよく出ていたと思います。また、毅然とした篤姫も見事でした。」

「家定の描き方もただの不能者としてではなく、自分の感情を持った一人の人物として表現されていました。彼がアヒルを飼っていたのも、ただ寂しかったからだけなのですね。突拍子もない人物ではありますが、哀れを誘う境遇の人でもあったのでした。」

「次回は西郷が故郷に帰る様です。そして、斉彬の盟友である正広が急死してしまうようですね。これから激動の時代を迎える訳ですが、その中で西郷がどう描かれるか楽しみに待ちたいと思います。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.03.18

西郷どん 第十一回「斉彬暗殺」

将軍家定に拝謁し、篤姫入輿を願い出た斉彬。
あらぬ方を見やって、意思疎通も出来かねる家定。

将軍継嗣問題で対立する井伊直弼と斉彬。
御身大切にと言い捨てて立ち去る直弼。

虎寿丸と相撲を取る西郷。
その時、突然倒れた虎寿丸。

数日後亡くなった虎寿丸。

悲しみを胸に仕舞い、西郷に斎昭と慶永の宴の手はずを進めよと命ずる斉彬。

虎寿丸の死をお由羅のせいかと疑う大山たち。
その様子を伺っていた不審な人物。

高輪屋敷。
虎寿丸の死を聞き、また私が疑われるのかとお由羅。

鹿児島。
お由羅派に復讐をしようといきり立つ仲間を止める正助。

鶴丸城、記録書。
久光から文政七年の宝島の記録を探せと命じられた正助。
その理由を問う正助。イギリス軍がとんな具合に戦ったのか知りたいと久光。
久光に城下士が騒動を起こしかけている、それを鎮めるのはあなたしか居ない、あなたへの思いは城下士一同同じと正助。
正助の差し出した記録を持って、黙って立ち去る久光。

江戸、薩摩屋敷。
一堂に会した斎昭、慶永、慶喜、斉彬。
控える左内と西郷に近くに寄れと声を掛ける慶喜。

篤姫の輿入れは、薩摩が幕府を牛耳るためのものではないのだなと斎昭。
滅相も無い事と斉彬。
しかし、世継ぎが出来れば気が変わるというのが親心と斎昭。
それは心配ない、世継ぎが出来るはずが無いと慶永。
それはなぜと口走る西郷。
何も知らないのか、公方様は大虚けなのだと左内。
ではなぜ篤姫様をと西郷。
それは公方に跡継ぎは慶喜にと直々に働きかけるためと斉彬。

何を勝手な、自分は将軍になどならぬと慶喜。
ここは日本国のために将軍になってもらわねば困ると斉彬。
異国と互角に渡り合うなど、考えただけでも逃げたしたくなると慶喜。
それで良い、面子にこだわっていては何も出来ないと斉彬。
ここにはまともな父親は居ない様だ、幼子が死んだと言うのに祝いの杯を交わしている、篤姫とやらの行く末も思いやられる、付き合いきれぬと席を立つ慶喜。

磯田屋に来た慶喜。その様子を伺っている長野主膳。

斉彬に、お世継ぎが出来ないというのは本当かと問う西郷。
そのとき、突然倒れた斉彬。

動揺する薩摩藩邸。

水垢離し、祈祷をして斉彬の回復を願う西郷。

なんとか回復した斉彬。

お由羅の呪詛の証拠を探す大山たち。

毒殺を疑い賄い方の様子を伺う西郷。

再び働き出した斉彬に、毒殺の疑いがあると訴え西郷。相手にしない斉彬。その食事から焼き魚を持ち出した西郷。

磯田屋。
左内に斉彬毒殺の疑いがあると切り出す西郷。
その様子を伺い、聞き捨てならぬと部屋に入る慶喜。
目立てばこうやって毒を盛られる、政など命知らずな者に任せておけと慶喜。

左内に焼き魚を差し出し、毒の有無を確かめて欲しいと願う西郷。
銀のかんざしを焼き魚に刺す左内。変色したかんざし。これはヒ素だと左内。
やっぱり毒かと西郷。問題は誰の仕業かということだと左内。

そのとき、乱入してきた面を被った男。
突然左内に刃物を突きつけ、人質に取った男。
後を追う西郷。階段から転げ落ちた左内たち。そのとき、仮面の下を見た左内。

逃げ出した仮面の男。後を追うが見失った西郷。

高輪、薩摩藩下屋敷。
斉興とお由羅に拝謁した西郷。

お聞きしたいことがあると切り出す西郷。その前に褒美だと言って菓子を持ってこさせる斉興。
毒を疑って手が出ない西郷。なぜ食わぬ、毒を盛られたかと思うのかと斉興。
斉彬の食事からヒ素が見つかった誰の仕業かと西郷。
私を疑うのか、証拠はあるのかとお由羅。証拠は無いと西郷。
西郷の目の前で菓子を食べ、我らは毒など盛っておらぬ、証拠などあるはずもないとお由羅。
斉彬を憎んでいるのは自分の他にも沢山居る、これ以上疑うなら容赦はしないと斉興。
そうなれば斉彬も無事には済まないとお由羅。
二度とその顔を見せるなと言われ、返す言葉も出ない西郷。

蒸気機関の実験成功に上機嫌な斉彬。
そこに参上した西郷。

斉興のところへいっておったそうなと斉彬。呼び出された故にと嘘をつく西郷。
この大馬鹿者がと激怒し、西郷を蹴倒した斉彬。
この大事な時に何をやっておるのかと怒鳴りつける斉彬。
殿の命を狙って者の探索をいち早くと言い訳する西郷。
そんな事のためにおまえを召し上げたのではないと斉彬。
殿お命がなりより大事と西郷。つまらん、つまらん、つまらんと叫ぶ斉彬。
時が無い事が判らぬか、命に代えてもやらねばならぬ事があるのだと斉彬。
この国を変える、この国を強くすると斉彬。
なぜお前を側に置くか判るか、私と同じ大馬鹿者、民のために命を捨てられるからだと斉彬。
民のための国をつくりたい、のう西郷と斉彬。

「今回は虎寿丸の死と命を狙われた斉彬が描かれました。この二つの出来事はわずかひと月あまりの出来事で、西郷ならずとも不審に思うのは当然の事でした。」

「疑われたのはドラマにあった様にお由羅の方で、久光を跡取りにしたかったための呪詛だと噂されたのでした。この噂は西郷たちを虜にし、実際にお由羅の方を惨殺しようとまで考え、斉彬の激怒を誘ったのもドラマにあったとおりです。」

「もっとも斉彬自身もお由羅の方に対する感情は良いものではなく、彼女を姦女と呼び、いずれは退散させねばならないとも言っていました。さすがの斉彬も五人の子を失った後では、聖人君子では居られなかったという事ですね。」

「虎寿丸の死因は当時流行していた疫痢のためではないかと考えられ、斉彬の病の原因は判りませんが、毒を盛られたという根拠も無い様です。ただお由羅の方に対する印象は悪く、後の世に様々な虚構が語られる様になり、いつしかそれが真実であるかの様に思われる様になりました。」

「ドラマに戻って、前回斉彬が篤姫は不幸になると言っていたのは、家定に世継ぎが出来るはずも無いと知っていたからの様でした。実際、家定は病弱で、当時から世継ぎは望めそうもないと見限られていた様ですね。ただ、これも前々回にも書きましたが、篤姫を家定の御台所にと望んだのは幕府の側で、それを斉彬が利用しようとしたというのは誤解です。」

「ドラマの中で、斉彬が西郷を蹴倒し、つまらぬと叫ぶシーンは迫力がありましたね。斉彬が真に国の事を思い、自分の事は二の次と考えている事が良く伝わってきました。さすがは渡辺謙だけの事はあるのかな。」

「磯田屋では、後に暗躍する事になる長野主膳がさりげなく登場していました。仮面の男が誰なのかも気になりますね。左内を狙ったという事は、主膳の手の者という事なのかしらん。そのあたりが明かされるのはもう少し先の様です。」

「次回は篤姫の輿入れを巡るいきさつが描かれる様です。そこに西郷が絡んでいくとの事ですが、もしかしたらメロドラマ風になるのかな。どんな具合になるのか、楽しみながら見たいと思っています。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著  

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2018.03.11

西郷どん 第十回「篤姫はどこへ」

斉昭への使いの報告をする西郷。
慶喜と出会った事を聞き、さらに親しくなる様にと命ずる斉彬。

実父が死んだ事を知らされた篤姫。

ヒー様の正体を確かめるべく、磯田屋を訪れた西郷。
また出会った俊斉と大山。

おタマを呼んだ大山。胸が重いとおタマ。

ヒー様が来ている事を聞き、無理やり二人きりになる西郷。
その様子を探っている一人の男。

自ら慶喜と認めたヒー様。
自分は将軍になどならない、色々動かれて迷惑していると伝えておけと慶喜。
何のことか判らぬ西郷。

急に倒れたおタマ。大騒ぎとなる磯田屋。
そこに現れた先ほどの男。瀉血を施し、おタマを助けます。

お主は誰だと問う慶喜。越前から出てきたつまらぬ者と男。

事の顛末を斉彬に報告した西郷。
引き続きヒー様の動向を探れと斉彬。

その時、篤姫が居なくなったという知らせが入ります。
西郷に篤姫を連れ帰れと命ずる斉彬。

江戸中を探し回り、やっと海岸で篤姫を見つけた西郷。
実の父が亡くなった事を嘆く篤姫。

斉彬の下に帰った篤姫。
篤姫に輿入れ先は家定と告げた斉彬。
私に御台所が務まるでしょうかと篤姫。努めてもらわねば困ると斉彬。
そこに現れた教育係の幾島。

西郷に篤姫付き用人を命じた斉彬。
薩摩言葉を聞き、先が思いやられると幾島。

早速始まった幾島の教育。
大奥の出世双六を見せ、器量と才覚、威厳が求められると幾島。

礼の仕方、琴の弾き方、長刀などの厳しい稽古。

暇を見つけ、西郷に楽しい時はどんな時かと尋ねる篤姫。
薩摩に居た頃、家族と賑やかに過ごした事だと西郷。
私も賑やかな家で育った、楽しかったと篤姫。

次は男女の秘め事を学べ、お世継ぎを生むのが御台所の勤めと幾島。
西郷に下がれと幾島。

部屋に戻った西郷を待っていた先日の男。
内密な話があると言い、自分は福井藩の橋本左内と名乗った男。

自分は西郷と同じ、主君の松平慶永の密命を受けて動いていると左内。
今日は慶喜を次の将軍とする企てのために来たと左内。
それを聞いて驚いた西郷。

次はご公儀の仕組みについて説明する幾島。
斉彬が末席にある事を驚く篤姫。
それは関ヶ原で負けたせい、
お世継ぎを生めば斉彬が外祖父として幕府の実権を握られる日が来るかもしれぬと幾島。

斉彬は外国に対抗するため、幕府の仕組みを根本から変えるつもり、
そのために慶喜を将軍にするのだと左内。
篤姫が生む子が次の将軍ではないのかと西郷。

今の幕府は無能、斉彬は衆議一致という新たな仕組みを作ろうとしていると左内。
それは有力な諸藩が意見を出し合って政をするのだと左内。
日の本が一致して政を行うのかと西郷。

幕府は徳川のための政をしてきた、
だからそれを壊すために慶喜の将軍就任と篤姫の輿入れという二つの企てを進めているのだと左内。
なぜ二つの企てをと西郷。それは家定の体が弱いからだと左内。

情緒不安定な家定。

篤姫が世継ぎを生んでも幼子では難局を乗り切れない、それゆえ英邁な慶喜を将軍に据えるのだと左内。
自分は江戸に来たばかりで、将軍や御台所は雲の上の存在だと西郷。
自分は大きな勘違いをしていた様だ、こんな男を買いかぶっていたとはと左内。

そこに闖入して来た俊斉と大山。
今の話は自分の妄想ゆえ、忘れてくれと言って立ち去る左内。
得心の行かぬ様子の西郷。

なぜ篤姫を輿入れさせながら、慶喜を将軍に据えるのかと斉彬に問う西郷。
異国と互角に渡り合うには英邁な慶喜に将軍になって貰わなければ困るのだと斉彬。
篤姫はお世継ぎを生んで幸せになるのではないのかと西郷。
篤姫は不幸になると斉彬。

「今回は幾島と橋本左内が登場しました。幾島はドラマにあった様に近衛家から篤姫付きの教育係として呼ばれ、後に大奥に入って薩摩藩のために尽くしたと言われます。西郷が篤姫付きの用人となったのは創作ですが、幾島との掛け合いは面白かったですね。」

「西郷は篤姫が最初の御台所と言っていましたが、これは事実ではありません。その前に第十一代将軍の家斉に島津家から茂姫という女性が輿入れしており、御台所となっていました。一説には、この茂姫の縁から篤姫が家定の御台所として選ばれたとも言われます。徳川家と島津家は、すでに強い縁戚関係で結ばれていたのですね。」

「西郷と篤姫の縁は、西郷が篤姫の嫁入り道具を誂える係に選ばれた事に依るものですが、このあたりは後に描かれるのでしょうか。これには色々と逸話がある様ですが、スルーしてしまうのかな。」

「橋本左内は徳川慶永、後の春嶽の懐刀と呼ばれた男で、西郷も同輩の中では左内を最も推すとまで心酔した人物です。ただし、最初の出会いの時は年下の左内を西郷は見くびり、冷淡な応対に終始したと伝わります。このあたりはドラマとは逆ですね。しかし、左内の話を聞く内にその識見に驚き、態度を改めたのでした。」

「細かい事を言えば、左内と西郷が出会ったのは水戸藩の原田八兵衛宅で、薩摩藩屋敷ではありません。そして、左内は西郷の印象を燕趙非歌の士(時勢を憤り嘆く人)と記しています。このあたりもドラマとは違います。」

「左内が医術の心得があったというのは本当で、大坂の緒方洪庵塾で学んでいます。そのほか蘭学や兵学、自然科学なども学んでおり、当時の俊才の一人でした。西郷に開国論を伝えたのも左内ではないかと推測されており、ドラマではこのあたりが再現されていました。」

「左内が言っていた慶喜を将軍職に据える運動をしていたというのは事実で、将軍の跡継ぎになる資格を持っている人物の中では慶喜が最も英邁と見られていました。慶喜自身がそれをどう思っていたかは伝わりませんが、慶喜が優れた人物だった事は確かで、後に西郷たちの前に立ちはだかった事からもその事が伺えます。ヒー様もただの遊び人の様に振る舞いながら、左内がただ者ではないと見抜くところは鋭い一面を見せていました。」

「最後に斉彬の言った篤姫が不幸になるという言葉は気になりますね。次回はその答えが待っているのでしょうか。次回の副題も斉彬暗殺とあり、波乱含みの展開となりそうです。」


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2018.03.04

西郷どん 第九回「江戸のヒー様」

江戸に着き、早速藩邸の厳しい洗礼を受けた西郷。
そこで待っていたのは俊斎と大山でした。

江戸城。
再度来航したペリー艦隊に対する対応について話し合う阿部と斉彬。

評定の場で激しく対立した徳川斉昭と井伊直弼。
決済を求められて、何も言わずに立ち去った家定。
開国に傾いた評定。

何の策もなく開国しては清国の二の舞、英邁な君主を抱き、政を改めねばならないと斉彬。

斉彬の子、虎寿丸と戯れる篤姫。
相撲をねだる虎寿丸。相撲ならもっと強い男がいると篤姫。

そんな篤姫を見て、将軍家の御台所が務まるかと訝る斉彬。

品川宿のとある宿屋に連れてこられた西郷。
女が相手をすると知って帰ろうとする西郷。その時出会った女。
その女がふきであると知って驚く西郷。

部屋に戻ってふきの身の上話を聞く西郷。

そこに現れたヒー様。わっと騒ぎ立てる女達。

女達の絵姿を描いてやるヒー様。
西郷を呼び、この人を描いて下さいと頼むふき。

ヒー様が描いた西郷の絵は牛の様でした。
こいつは一生貧乏で終わる、嘘のつけない目をしているとヒー様。

そこに乱入してきた侍達。相手をしないなら金を返せという侍達に金を投げつけたヒー様。
激高した侍達。西郷を盾にして一人逃げ去ったヒー様。

初日から門限破りをし、罰として10日間の掃除を命じられた西郷。

山田に御座所まで呼び出され庭方を命じられた西郷。

江戸の様子を国元に書いて送った西郷。あせる正助。

庭方の仕事に励む西郷。

その西郷の前に現れた斉彬。そして、斉昭へ書状を届ける様に命じます。

そなたの命をわしに呉れと斉彬。
自分は剣術が出来ない、それでも生きているのは殿に言葉を掛けてもらったからだと西郷。
あのときのやっせんぼかと思い出した斉彬。

脇差しを差し出し、自分の手となり足となる事がおまえの役目、
他に漏らしてはいけない秘密も知る事になる、それが守れない時はこれを使えと斉彬。
命に代えてお引き受けしますと西郷。

地図をもらい、使いに出た西郷。やっと紀尾井坂を通っていけば良いと教えて貰った西郷。

水戸藩邸。
侍女と戯れる斉昭。

島津殿の書状を早速読ませて貰ったと言い、西郷の目の前で破って捨ててしまった斉昭。
何をなさいますと西郷。これが返答だと伝えるが良い、下がれと斉昭。
下がれない、訳を教えて貰いたいと西郷。

あの書状には幕府の悪口が書いてあった、その思いを自分の心に留め置いたという事だと斉昭。

もう一つ教えて欲しい、徳川三家の水戸様になぜ悪口を言うのでしょうかと西郷。
紀尾井坂を通ったであろう、本来なら紀尾水坂と言うべきところ、井伊が変わりに入っている。
井伊直弼はこの国難に際して、自分の権勢のみを強めようとしている。

そにこ入ってきた慶喜。
紀尾水坂にならなかったのは幕府に煙たがられている証拠、
薩摩がそのような書状を送ってきたのはいずれ幕府を倒そうとしているのではないかと慶喜。

その慶喜の顔を見て、ヒー様と気づく西郷。
人違いだと言って去って行く慶喜。

「謎の人物ヒー様とは慶喜の事でした。慶喜は斉昭の七男で、御三卿の一つである一橋家を継いでいました。実際にヒー様と呼ばれる様な鯔背な男だったかどうかは定かではありませんが、たぶん創作でしょうね。ちなみにヒー様とは一橋家のヒから来ているのかしらん。」

「西郷が茶屋遊びが嫌いな物堅い男だったかと言うとそうでもなく、後の京都時代にはさかんに遊んでいた様ですね。これは正助こと大久保も同様で、共に贔屓の芸妓が居た様です。」

「西郷が庭方に命じられたのは有名な話で、ドラマにあった様に斉彬の手足となって活躍を始めるきっかけとなりました。これ以後、諸藩の名士と交わり、西郷の名は一躍有名になって行く事となります。」

「家定については暗愚であったとう評価が定着しています。その一方で、意外と将軍らしい一面を示したという側面もあり、一概には決めつけられない様ですね。」

「井伊直弼についても評価は様々で、あえて開国を決断した英邁な人物とも言われ、その一方で安政の大獄という強権政治を行った独裁者とも言われます。どちらが正しいかは一概には決められない様です。」

「ドラマに戻って、慶喜が倒幕と言っていましたが、この時期に倒幕を考えていた人物は存在せず、斉彬たちが考えていたのは幕府の改革を行って、強い政府を作るという事でした。その斉彬たちが担ごうとしていたのが慶喜だったというのは皮肉な設定です。」

「その慶喜が宿屋から一人船で逃れ去ったのは、後に大坂城から将兵を置き去りにして江戸に逃げ帰った事を風刺しているのでしょうか。あのヒー様ならやりかねないと思わせる設定ではあります。」

「可哀想だったふきが意外と明るいのは救いでした。でも、そのふきを身請けしようとしているのがヒー様だったのなら、この先どうなるのかと思いやられます。」

「西郷の田舎者ぶりも面白かったです。江戸っ子の早口と難解な薩摩弁との対比もなかなかでしたね。実際、当時はどうやって意思疎通を図っていたのかと興味があるところです。」

「次回は橋本左内との出会い、篤姫の失踪などが描かれる様です。特に左内との出会いは重要で、どう表現されるのか興味をもって待ちたいと思います。」


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2018.02.25

西郷どん 第八回「不吉な嫁」

不吉な嫁と呼ばれた須賀。

相変わらず貧乏な西郷家。

謹慎が解かれて喜ぶ正助。

嘉永6年6月3日、浦賀沖に現れた黒船。
ペリーの脅しに混乱する幕府。

尾道で黒船来航の知らせを聞いた斉彬。

薩摩に戻り、矢継ぎ早に指令を出す斉彬。
そして篤姫を江戸に送り出すと言い出します。

桂久武に呼び出され、斉彬の江戸行きの供を命じられた西郷。

喜び勇んで家に帰った西郷。喜ぶ一同。しかし、一人金が無いと反対する須賀。
なんとか借金の算段をと考える吉二郎たち。
借金まみれの家で、何時帰ってくるか判らない旦那様を待つことなど出来ないと須賀。
困り果てる西郷。

西郷のために喜ぶ正助。金もないし、一家の主としての務めもあると西郷。
このやっせんぼがと西郷に殴りかかる正助。
止めに入り、私のために江戸行きを諦めてくれたと須賀。
こんな嫁の言いなりになりおってと正助。人の女房の悪口を言うなと西郷。
取っ組み合いになる二人。

久武に呼ばれて、篤姫の警護役を命じられた西郷。

正助に西郷を説得してくれと頼む吉二郎と琴たち。

内職に励む西郷家の人々。
こんな事をしても無駄、里に帰らせてもらいますと出て行く須賀。

篤姫の警護役を務める西郷。
その道中で篤姫に呼ばれた西郷。

西郷に礼を言い、次は江戸で会おう。共に殿のために尽くそうと篤姫。

金策に走り回る正助。

板垣家に行き、渋る板垣に頭を下げ、自分に貸してくれと頼む正助。
餞別として5両くれた板垣。

皆でかき集めた金は20両、これだけあればと正助。

20両を西郷に手渡し、江戸へ行けと正助。有り難く受け取った西郷。

須賀を連れて現れた伊集院。頭を下げて須賀と離縁してくれと頼みます。
須賀は貧乏所帯の子守に入った訳では無いと我が儘を言うと伊集院。

これは餞別だと金を差し出す伊集院。言わば手切れ金だと言って出て行く須賀。

帰り道、あの男の良さが判らなかったのかと伊集院。
優しすぎるからだ、一緒に居れば江戸に行くなと言ってしまうからだと須賀。
日本一の婿殿をこっちから離縁してやったと泣き崩れる須賀。

安政元年1月21日、江戸へと旅だつ西郷。
後の事はまかして下さいと吉二郎。これからは弟とは思わない、兄と思うと西郷。
すぐに後を追うと正助。

「黒船来航の知らせを斉彬がどこで聞いたのかは判っていません。尾道としたのは大体の推測からなのでしょう。」

「斉彬は帰国後、幕府に対して大船建造の許可、蒸気機関製造の許可を求めています。ドラマで反射炉の製造を急がせていたのはこのあたりの事を指すのでしょうか。また、江戸に一部隊を派遣したのも史実どおりです。」

「斉彬が帰国後早々に、阿部老中から再度の江戸出府を求められたのも事実です。そして、その時に自ら西郷を指名したとも考えられています。その理由は、たぶん様々な建白書を出していた事が目にとまったのではないかと西郷は述懐しています。」

「須賀に関しては判っている事はほとんどありません。上之園町に居た伊集院直五郎の長女で天保3年に生まれ、嘉永5年に西郷に嫁いだ後、安政元年に離縁となったという程度です。その人となりは無論の事、離縁になった理由も定かではありません。」

「一説に依れば西郷と性格の不一致があったとも、あまりの貧乏暮らしを見かねた伊集院家から離縁を申した出たからだとも言われます。ただ、その後西郷家と伊集院家の関係は良好だった事から、喧嘩別れの様な離縁ではなかった事は確かな様です。」

「西郷が家庭の事情から江戸行きが困難だった事はドラマにあったとおりです。そして、弟の吉二郎が後の面倒は自分が見るからと言って兄を送り出し、西郷はこれからは吉二郎を兄と思うと言った事も事実とされています。」

「その江戸行きの金の工面はどうしたのかは判りませんが、その翌年に西郷家は屋敷を売り払っており、相当に無理な借金をしたのかとも想像されます。」

「篤姫に関しては斉彬の手駒の様に描かれていますが、どうやら幕府側から縁談を持ち込まれたというのが正しい様ですね。元々徳川家と島津家は縁戚関係にあり、その延長線上で篤姫が候補に挙がったという事の様です。」

「ドラマに戻って、不吉な嫁と言われた須賀は可哀想でした。一人西郷の江戸行きに反対したのも無理なからぬところで、所帯を預かる嫁としては当然の反応だったのでしょう。」

「一人勝手に家を出て行った須賀でしたが、手切れ金だと言って実は西郷の江戸行きの資金を差し出したのは、せめてもの救いでした。最後に泣き崩れてしまったのは須賀の本心だったのでしょう。」

「正助の友情は頼もしいものでした。郷中の仲間も良い連中ですね。ただ、実際には正助よりも西郷の方が年上であり、郷中教育の中では先輩後輩の関係にあって、対等の付き合いではなかったとする見方もあります。」

「次回は江戸のヒー様という謎の人物が登場する様です。どんな展開が待っているのか、楽しみに待ちたいと思います。」

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2018.02.18

西郷どん 第七回「背中の母」

龍右衛門が亡くなった。
墓前で西郷の嫁取りの話をする一家。
伊集院の須賀はどうかと吉兵衛。

二才に学問を教える正助。

早くも話をまとめてきた吉兵衛。

市来が気になる様子の琴。

江戸に行きたいと叫ぶ正助。

仕事に励む西郷。勧農を基本に政を進める斉彬。

アメリカの軍艦が来るという情報に戦慄する斉彬。
江戸に連れて行く二才の選別をせよと命ずる斉彬。

江戸に行けるかもしれないと喜ぶ俊斉たち。

突然倒れた満佐。

寝込んでいる母を見て驚く西郷。
鬼の霍乱だと強がる満佐。

満佐は龍右衛門の死病を貰ったらしいと西郷に告げる吉兵衛。
満佐を安心させるためにも嫁を貰えと吉兵衛。

斉彬に呼ばれた於一。
於一に自分の養女となって江戸に行き、そこで嫁入りしてもらうと斉彬。
なぜ自分がと於一。運が強いからだと斉彬。

西郷家の婚礼。
無愛想な嫁の須賀。

賑やかな宴。
須賀を一同に紹介する吉兵衛。相変わらず無愛想な須賀。
そのくせ、注がれる酒はことごとく飲み干す須賀。

気を利かせて花婿、花嫁を二人きりにしてやる正助。

初夜の布団に闖入した小兵衛と信吾。

翌朝、さっそさく須賀に西郷家のしきたりを教える満佐。
調子の合わない須賀。

鰻を採ってきて満佐に勧める西郷。
自分は要らないと須賀に勧める満佐。遠慮無く食べる須賀。

須賀に言い聞かせる様に自分たち夫婦の事を話す吉兵衛。

翌朝、冷たくなっていた吉兵衛。

病状が悪くなった満佐。

墓に二人入ったら三人目を欲しがるもの、人形を埋めなくてはと須賀。
それは迷信だときみ。

江戸に向かった斉彬。

江戸詰に選ばれたと喜ぶ俊斉と大山。
自分は選ばれなかった、しっかり頼むと西郷。

母の願いを聞き、母を背負って桜島を見に来た西郷。
背中で思い出話をする満佐。

江戸詰の願いを出していないなと満佐。
そんな事はないと西郷。嘘が下手だと満佐。
これからは好きなように生きなさいと言って息を引き取った満佐。

「今回は半年足らずの間に相次いで肉親を亡くした西郷が描かれました。これは悲しい事ですが実話です。ナレーションにもありましたが、西郷は後に往事を振り返り、この年が生涯で一番辛かったと言っています。」

「須賀についてはこれも実在の人ですが、判っている事はほとんどありません。伊集院家から嫁いで来た事は確かですが、どんな人だったかは伝わっていない様ですね。暗い性格だったというのは脚本に依る設定でしょう。」

「江戸出府については、西郷より一足早く俊斉と大山が選ばれたのも史実どおりで、西郷が家の事情で行けなかったのも事実です。その後については次回に描かれる様ですね。」

「於一が斉彬の養女となったのも史実どおりで、やがて江戸で嫁入りするのも事実ですが、相手が誰かは次回に明かされる様です。そこに西郷がどう関わるかは楽しみですね。」

「ドラマとしては、須賀の描かれ方が少し可哀想な気がしました。いきなり貧乏な大所帯に来たのだから、ある程度は仕方が無いと思うのですけどね、どうしても悪者にしておく必要があったのでしょうか。」

「最後のシーンは、悲しみに耐える西郷の表情が印象的でした。向こうに見える雄大な桜島の姿が効果的でしたね。」

「次回は西郷がいよいよ江戸に出て行く様です。そこに須賀が絡んでいくようですね。どんな描かれ方をするのか、楽しみに待ちたいと思います。」

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2018.02.17

西郷どん 縁の地 ~相国寺~

Syoukokuji18021171


相国寺もまた西郷どんの縁の地です。薩摩藩は伏見藩邸と京都藩邸(錦小路)の二つの藩邸を持っていましたが、安政5年に斉彬が実行しようとした卒兵上洛の際に、千人の藩兵を収容する場所が無かったため、西郷に命じて新たな藩邸の場所を探させたのでした。

その後、斉彬が急死し、西郷も流罪となっため新藩邸の話は一時中断しますが、薩摩藩では文久2年に久光が実行した卒兵上洛に合わせて相国寺の一角を借り、新藩邸を建設しました。この当時奄美大島に居た西郷は直接係わってはいないですが、かつて斉彬のために奔走した構想が実現したのでした。

ただ、相国寺としては迷惑な話で、明治後も土地は返還される事はなく、そのまま同志社大学の敷地となってしまいました。漏れ聞くところに依ると、貸すんじゃなかったと今でも後悔しているのだとか。

その相国寺の東に「甲子の役 戊申の役 薩摩藩戦死者墓」があります。甲子の役とは元治元年に発生した蛤御門の変の事で、この時西郷は指揮官として参加しています。また戊辰の役とはここでは鳥羽伏見の戦いの事を指し、この時も西郷が指揮官だった事は昨日の記事で書いたとおりです。

この墓は二つの戦役で亡くなった薩摩藩士72名を祀る合同墓で、相国寺塔頭の林光院の境外墓地にあたります。林光院は薩摩藩との縁が深いとの事ですが、現時点ではどんな関係だったのかは判りません。京の冬の旅の特別公開の対象となっているため近く訪れる予定で、その時何か話が聞けるかなと期待しているところです。

また、同じく塔頭の養源院は、鳥羽伏見の戦いの時に野戦病院になったところで、イギリス人医師ウイリアム・ウイルスが手当に当たりました。ただ、ここは一般公開されていないので、外観を見るだけですけどね。

この様に相国寺は薩摩藩と深い関わりを持っています。きっと、西郷も境内を歩いた事でしょうね。幕末当時に思いをはせて、散策してみるのも一興です。

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2018.02.16

西郷どん 縁の地 ~東寺~

Touji1802151

季節感の合わない写真で申し訳ないのですが、東寺もまた西郷どんの縁の地です。慶応4年1月3日に発生した鳥羽伏見の戦いにおいて、薩摩藩が本営を置いたのがここ東寺でした。

鳥羽伏見の戦いとは、王政復古の大号令の後、大坂城に退いていた旧幕府軍が、朝廷への陳情のために上洛しようとして新政府軍と衝突した戦いで、京都の南郊、鳥羽と伏見の二つの地点で戦闘が行われた事からこの名があります。

この戦いの時、大久保は朝廷にあって浮き足立つ公家たちを鎮める役目を受け持ち、西郷は戦闘の指揮官として東寺に入りました。

旧幕府軍は7、8千名、新政府軍は4千5百名程度と2倍近い戦力差がありましたが、初日の戦況は旧幕府軍の戦略ミスもあり、新政府軍が有利でした。しかし、翌日には下鳥羽方面で旧幕府軍が優勢となり、一時は京都まで突破されそうになりますが、なぜか日暮れと共に旧幕府軍に退却命令が出て、新政府軍は危うい所を助かりました。

こうした戦況を西郷は五重塔の最上階に上って見守っていたと言いますが、逐次入ってくる報告を聞きながらどんな心境で居たのでしょうね。いざとなったら天皇に長州まで動座願うつもりで居たとも言いますが、本当にそんな事が出来たのかしらん。たぶん、表面上は泰然自若としていたでしょうが、内心は気が気で無かったんじゃないのかな。

西郷はこの戦争が終わった後、歴史的大勝利だという内容の手紙を故郷に向けて出しています。この喜び方も、当初の不安の反動かなという気もしますね。

そんな事を考えながら東寺の塔を見上げてみるのも面白いと思いますよ。

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