西郷どん

2018.06.17

西郷どん 第二十三回 「寺田屋騒動」

久坂玄瑞らと会い、暴発を止めようと奔走する西郷。
そこに現れた一蔵。

捕り方に捉えられる前に差し違えて死のうと一蔵。
なぜ天に生かされたか分かるまで死なないと西郷。

うっかり京で西郷が担ぎ上げられていると漏らしてしまった海江田。
怒り心頭に発した久光。

皆の気を立たせるために、鰻獲りにさそう西郷。
昔に返って鰻獲りに興ずる西郷たち。

捕り方に捕まった西郷。

兵を率いて京に上った久光。

西郷に切腹を命ずる久光。
西郷は扱いの難しい男、主君の前に置かれた物差しだと助け船を出す小松。
堀、一蔵らのとりなしで切腹を免れた西郷。

島流しと決まり、薩摩に送り帰される西郷と新八。
信吾と新七を一蔵に託す西郷。
西郷を追ってきたお虎。

近衛忠久から浪士取り締まりを命じられた久光。

早速取り締まりを始めた久光。


文久二年4月23日。
追い詰められて新七の下に集まった浪士たち。
それを聞き、追手を放つ久光。

追手として派遣された大山たち。

寺田屋。

新七の説得を試みる大山。
青蓮院の宮の令旨を盾に応じない新七。
ついに上意と斬り合いを始める大山たち。

激しい斬劇。
道島に抱きつき、おいごと刺せと叫ぶ新七。
串刺しにされた新七。

その惨劇を見て暴発を思いとどまった浪士たち。

厳しい処分が下った精忠組の面々。

薩摩。
一蔵からの手紙で事の顛末を知り、男泣きに崩れる西郷。

「今回は寺田屋騒動が描かれました。薩摩藩士が同士討ちを演じたこの騒動は、幕末史の中でも悲劇の一つとして知られます。」

「詳細については以前に書いているのでここでは省略しますが、かつて久光が精忠組に下した諭し文が引き金でした。久光の卒兵上洛が拡大解釈され、倒幕の機運が一気に高まった事が原因だったのですね。」

「騒動を大きくした張本人は清河八郎でしたが、それ以上に勝手に形成された世上の勢いというものの恐ろしさを感じます。規模は違うものの、最近の炎上騒ぎに似たものを感じますね。」

「ドラマに関して言えば、久坂玄瑞らと西郷が会っていたかは分かりません。たぶん、西郷が居たのは大坂のはずですから、まず創作でしょうね。しかし、西郷の名が実情以上に大きくなっていた事は良く表されていたと思います。その久坂たちと西郷が不倶戴天の敵となるのは歴史の皮肉と言うべきでしょうか。」

「有馬新七の壮絶な最期は史実どおりですが、それを見ていた信吾の今後はどうなるのでしょうか。やっせんぽというのはそのとおりですが、これを契機に一人前の男に育つという設定なのかしらん。」

「お虎の下りは必要だったのかな。ドラマではお虎の一方的な思いだけが描かれていますが、実際には西郷の大のお気に入りだったと伝わります。そして、西郷を追ってきたのはずっと後、西郷が戊辰戦争に発つ時だったとか。それをここに持ってきたのはお虎の出番はここまでなのかな。」

「次回は沖永良部島に流された西郷が死線を彷徨うようですね。そこからどいう悟りを開くのかが次回の焦点になりそうですね。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著


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2018.06.10

西郷どん 第二十二回「偉大な兄 地ごろな弟」

大嶋三右衛門として薩摩に帰ってきた西郷。

倒幕派から期待を集める久光の出兵。

久光に拝謁する西郷。
斉彬の志を継ぎ、精兵を率いて出府し、腐った世を変えると久光。
それは無理、諸侯に同志もなく、春嶽公、一橋公にも会った事もない、
共に立ち上がろうという他藩もない、
一度も薩摩から出た事がない久光には出来ない事だと西郷。
自分を地ごろと申すかと久光。
世を知る事が肝要と西郷。
不機嫌な久光。

吉祥院。

精忠組の仲間達と旧交を温める西郷。
久光公では世は変えられぬ、自分と一緒に行こうと新七。
新七は他藩の連中と良からぬ事を企てていると一蔵。
良からぬ事とは何事、朝廷に政を取り戻すために幕府を倒すのだと新七。
驚く西郷。
既に倒幕を目指す志士たちが続々と京に集まっている、
精忠組など捨てて、一緒に京に行こうと新七。
いきり立つ精忠組の面々。
一同を押さえ、今は事を起こす時では無い、策を練る時だと西郷。
その考えには従えないと席を立つ新七と造士館の仲間達。

出兵を決めた久光。
西郷には下関にて受け入れの準備をしておけと命が下り、
今度逆らえば島流しでは済まされないと久光。

脱藩を決めた新七たち造士館の面々。
止めに入る一蔵。それを振り切る新七。

下関、白石正一郎の屋敷。
薩摩の出兵を聞いて倒幕を志す志士たちが続々と集まっていると正一郎。
さらに弟の信吾までがその中に入っていると聞き、驚く西郷。

京。
久坂玄瑞、吉村虎太郎ら倒幕の志士たちと交わる信吾。
志士たちの間で実像以上に大きくなっている西郷の像。
座敷に現れたおゆう。

国元を発った久光。

下関。
平野国臣、小河一敏らと接触し、京の動きを探る西郷。
京に向かった志士たちは300人、
薩摩の兵の到着を待ち、幕府の役人を襲い倒幕ののろしを上げるのだと国臣。
それをきっかけに倒幕の兵を挙げると聞き、急ぎ京へ向かう西郷。

京、鍵や。
久しぶりの対面を喜ぶお虎。

鍵やの主人から新七たちが集まっているのは繁の家と聞いた西郷。

繁の家。
おゆうを口説いている信吾を見つけ、大馬鹿者と投げ飛ばす西郷。
新七と共に脱藩するのだと信吾。
信吾を怒鳴りつけ、新七の居場所を聞きだそうとする西郷。
逃げ出した信吾。
おゆうから新七の居場所を聞いた西郷。

寺田屋。
新七たちと対峙する西郷。
幕府を倒し、その後はどうすると西郷。
幕府を倒せば尊皇攘夷の志を遂げる事が出来ると新七。
幕府が倒れたとして変わる者は居ない、異国に食われるばかりだと西郷。
ならどうすれば良いのだと新七。
どうしてもやると言うのなら自分を斬っていけと西郷。
その迫力に負け、判ったと新七。

その夜。
信吾と話し合う西郷。
島に行っている間に名前だけが一人歩きし、十倍程にもなってしまったと西郷。

下関。
西郷が京に行ったと聞き、激怒する久光。
久光は亡き兄の背を追っているだけで、
その器は兄にとうてい及ばぬと言っていたと中山。
西郷を直ちに捉え、切腹を命じよと久光。

「西郷が奄美大島から帰ってきた時、薩摩藩は四分五裂の状態でした。つまり、出兵を主張する久光とそれを危ぶむ守旧派、久光に従おうとする一蔵たち精忠組と、それでは生ぬるいとする新七たち造士館組の勢力ががそれぞれ意見を異にして、相争っていたのです。その中に帰ってきた西郷はその状況を知り、自分ではどうにもならぬと、一度は引きこもってしまったのでした。」

「しかし、西郷を取り巻く状況はそれは許さず、遂に態度の表明を表す事になります。それはドラマにあった様に今はまだ出兵をする時期ではない、無位無冠で諸侯とも交わった事もない久光が兵を挙げたところで世が動く訳がないというものでした。なお、ドラマでは地ごろ(田舎者)と久光自身が言っていましたが、史実としては西郷が言った言葉と伝わります。」

「しかし、実際には久光は江戸に堀次郎を派遣し、出府のための名目(薩摩藩邸を自焼し、それを名目に茂久の参勤を遅らせ、さらには幕府よりの見舞金の返礼として久光の出府したいとの願い出を許可させるという自作自演)を作らせ、その一方で一蔵を京に派遣し朝廷工作を命じ、近衛忠久から朝廷と幕府のために出府せよという手紙を出させる事に成功しています。つまりは、久光なりに自分を取り巻く状況を判断し、彼なりに地ならしをしていたのですね。結果として、西郷が地ごろと言った批判は久光の本質を見誤った的外れなものだった事になります。」

「薩摩が倒幕の兵を挙げるという噂を流したのは、庄内藩の郷士、清河八郎でした。清河は、かつて久光が精忠組に言った一朝事があれば薩摩が兵を挙げるという言葉を拡大解釈し、ついに倒幕の日が来たと青蓮院宮の偽の令旨を作り、諸国に喧伝して回ったのでした。その結果長州藩や九州の過激派を初めとして倒幕の機運は一気に高まり、熱に浮かされた様に諸国の志士が京を目指して集まったのです。新七たちもその影響を受け、脱藩を決意したのでした。」

「ドラマでは寺田屋に駆けつけた西郷でしたが、実際には堀の周旋によって志士たちは大坂の薩摩藩邸に集結しており、西郷が向かったのも大坂でした。そこで何が話し合われたかは判りませんが、久光の真意を知る西郷が新七たちを止めようとした事は確かだと思われます。」

「しかし、結果として西郷は囚われの身となり、新七たちは当初の目的を遂げるべく動き出してしまいます。このあたりは寺田屋騒動として次回に詳しく描かれる様ですね。」

「なお、今回現れた芸妓のおゆうは今後も西郷達、とりわけ一蔵と深い関わりを持つことになるはずですが、そのあたりがどう描かれるのか楽しみです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著


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2018.06.03

西郷どん 第二十一回「別れの唄」

男子誕生に喜ぶ西郷。

赤子誕生に沸く島人たち。

子に菊太郎と名付け様とする西郷。
いずれ薩摩で生まれる子のために菊次郎とすべきだと佐民。
菊次郎のために祝い歌を歌う愛加那たち。

鶴丸城。
小松帯刀らと共に、側近に取り立てられた正助こと一蔵。
久光出府のために上洛を命じられた一蔵。

一蔵たちの働きかけによって帰藩命令が出た西郷。

鉄製の絞り器を土産に西郷を迎えに来た一蔵。
再会を喜ぶ二人。

愛加那の心づくしのもてなしを受ける一蔵。
帰藩命令を聞くも、断る西郷。
薩摩の顔として帰藩をと説得する一蔵。
自分はここで人の愛を知った、ここは極楽だと西郷。

一蔵に西郷は帰らないと愛加那。
西郷は薩摩の宝、返して欲しいと頭を下げる一蔵。

一蔵から託された物を西郷に見せる愛加那。
それは斉彬から授かった小刀でした。
一蔵らしいと笑う西郷。

一蔵の言葉に悩む愛加那。
2人目の子のためにも強くなれと愛加那を励ますユタ。

島に残りたいとの文を書く西郷。
その文を破き、薩摩に帰れと言って飛び出した愛加那。

愛加那はうちに居ると言いに来た佐民。
2人目の子が出来たと知った西郷。
あなたの居るところはここではないと佐民。

海辺に佇む愛加那を見つけた西郷。
役目を果たした後は、必ずここに帰ってくると西郷。

薩摩に帰る日。
愛加那をはじめ唄で見送る島人たち。

力強く生きていく愛加那。

「今回は薩摩に帰る西郷と愛加那の別れが描かれました。懸命に試練に耐える愛加那が健気でしたね。」

「西郷に帰藩命令が出たのは、菊次郎が生まれ、新しい家を建て、田畑を買った直後の事でした。菊池源吾として生きていくとあきらめが付き掛けていたところへの命令でしたから、西郷も複雑な心境だったんじゃないかな。」

「この3年半ぶりの帰藩命令は、ドラマにあった様に久光が出府するにあたり、諸侯に顔の利く西郷が必要とされたためでした。無論、そういう世論を作り上げていったのは藩内で力を持った精忠組の面々で、その代表格が一蔵でした。囲碁に事掛けて久光に接近して行った一蔵の努力が実を結んだのですね。」

「久光が出府を急いだ理由はいくつかあると言われます。一つはこの時期長州藩が長井雅楽の主導する航海遠略策によって幕府内で勢力を築きつつあり、薩摩としても遅れを取る訳には行かなかった事が上げられます。しかし、久光自身が無位無冠の身であり、またこれまで他の諸侯と交際した事もなく、何の下交渉なしでの出府は無謀だと知っていました。そのために西郷の名と顔が必要だと進言されれば頷く他はなかったのでしょう。」

「ただ、ドラマではしおらしい事を言っていた西郷でしたが、実際には愛加那は西郷にとってはあくまで現地妻に過ぎなかった様です。それは西郷が後に愛加那の事を「召使い置き候女」と知人に当てた手紙に書いている事からも伺え、どこまでも島人との間には距離があった事が知れます。」

「愛加那には可哀想な話ですが、当時の薩摩人としては自然な感情だったのでしょう。このあたりは現在の物差しで判断してはいけないところなのでしょうね。しかし、愛加那は強い人であったらしく、西郷が居なくなった後でも二人の子を無事に育て上げ、その後も一人で島で暮らし続けて生涯を終えました。」

「西郷のために弁護すると、愛加那の下には帰らなかったものの、二人の子については後にちゃんと面倒を見ています。そのあたりは今後描かれる事があるのでしょうか。」

「史実はともかくとして、ドラマを貫いていた島唄は実の籠もったものでした。言葉は判らないけれども、実際に聞きに行きたくなる様な切ない唄でした。」

「次回は薩摩に帰った西郷が、一波乱を起こす様ですね。有名な台詞も出てくる様で、今からその場面が楽しみです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著


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2018.05.27

西郷どん 第二十回「正助の黒い石」

西郷と夫婦になり、魔除けのハジキを手に彫った愛加那。

一年前、鹿児島。
家督を譲られた正助。国を変えるべく出世を誓う正助。

吉祥院。
斉興を斬ろうとする過激派を抑える正助。
斉興に取り入る正助を批判する仲間達。

正助を久光に引き合わす斉興。
密偵かと久光。
下々の者の不満を伝えるのが自分の役目と正助。

久光と囲碁を打つ正助。

斉興亡き後、国父として志ある二才たちを率いるのは久光しか居ないと正助。
久光に気に入られた正助。

由羅の方の花見の会に呼ばれていた満寿。
由羅に気に入られ、子犬を預かった満寿。

正助に由羅の方のところに行った事を咎められ、子犬を熊吉に預けた満寿。

斉興が亡くなり、国父として実権を握った久光。

彦熊が誕生した大久保家。

急に大久保家を訪れ、子犬を引き取ったて帰った由羅。

勝手に子犬を預かっていた事で満寿を責める正助。
夫婦ではないか、何を思っているか伝えて欲しいと反撃する満寿。

俊斉の弟たちからの知らせで、脱藩して直弼を斬るべしといきまく有馬たち。
一人同調しない正助。

久光に同志の動きを伝え、それを押さえるべく諭し文を書くように勧める正助。
その文案も正助が既に書いていました。

吉祥院。
久光を伴い、同志の下を訪れた正助。
藩主からの諭し文を読み上げる久光。

(機会が来れば斉彬公の遺志を継ぎ必ず薩摩が立つ、
それまでは藩の名を汚さず忠義を尽くして欲しい、精忠の面々。)

精忠組じゃと喜ぶ一同。

諭し文はお前が書いたものか、仲間を売ったのかと正助を問い詰める俊斉。
売ったのではない、救ったのだと正助。
この裏切り者、それほど出世がしたいかと俊斉。
出世がしたい、さもなければこの藩もこの国も変えられないと正助。
天誅だといきまく有馬たち。
その時、西郷を呼び戻す嘆願書を見つけた新八。
やっとここまで来た、西郷を呼び戻すためだと正助。
皆が西郷に会いたいと団結する中、一人気に入らぬと飛び出す有馬。

その夜、西郷の様にはなれないと満寿に弱音を吐く正助。
そのままで良いのだと満寿。

奄美大島。
愛加那と憩いの一時を過ごす西郷。
その時、正助からの文で直弼が暗殺されたという知らせを聞いた西郷。

(桜田門外の変。
直弼を斬った有村次左衛門。非業の死を遂げた俊斉の弟たち。
脱藩を叫ぶ俊斉たち。脱藩するなら自分を斬ってから行けと止める正助。
西郷の再登場を願う正助。)

遠く海の向こうを見る西郷。不安げな愛加那。

「今回は西郷が鹿児島に不在の間に起こった一連の流れが描かれました。そして同志たちの間で西郷待望論が沸き起こったのでした。」

「ドラマでは半ば同志を裏切りながら、自分なりに志しを遂げようとしていた正助でしたが、実際には最も過激な思想の持ち主の一人でした。」

「直弼暗殺の謀は正助もその首謀者の一人であり、江戸の同志が水戸浪士たちと共に直弼を倒した後は、正助たちが大挙脱藩して京に向かい、朝廷の守護に当たるという計画を持っていました。しかし、水戸浪士の間でもめ事があって時間を浪費している間に久光の知るところとなり、ドラマにあったような諭し文(内諭)が下される事となったのです。」

「内諭に感激した正助たちは突出計画を中止したのですが、有村雄助と次左衛門の兄弟は薩摩藩だけが義挙から抜け落ちる事を恥とし、二人だけで企てに加わったのでした。結果は紀行にあった様に、直弼を斬った次左衛門が深手を負って自刃、雄助は薩摩藩に捉えられて切腹してしまったのでした。」

「正助が久光に近づいたのは事実で、ドラマにあった様に共通の趣味である囲碁を通してでした。無論、自分の出世のためではなく、藩を動かすには久光に取り入り、その力を利用するしかないと思い定めての事でした。事実、この後正助は久光の側近となり、西郷と共に薩摩藩の舵取り役となって行く事となります。」

「内諭に精忠の面々とあった事から、正助たちは精忠組と呼ばれる様になったのですが、自分たちでは単に盟中と呼んでいた様です。ただ、一般的には薩摩の過激派は精忠組と呼ばれる事から、ドラマでもそう叫ばせたのでしょうね。」

「また内諭にあった一朝事があったら薩摩が突出するという一文は、後の薩摩藩の動きに大きな影響を与え、引いては西郷の運命にも大きく係わっていく事となります。これからのドラマの方向性もこの線に沿って動いていくはずです。」

「西郷はと言えば、こうした一連の動きの外にあり、そこに係われない事に忸怩たる思いを抱き、自らを豚と呼んで卑下していました。愛加那との生活でもこの思いは消すことは出来なかったのですが、子供が生まれるに及んで遂には菊池源吾として生きて行くと諦めをつけかけた様です。そこに新たな動きが加わるのですが、それは次回に描かれる様ですね。その時、西郷が抱くであろう葛藤が、次回の見所となりそうです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著


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2018.05.20

西郷どん 第十九回「愛加那」

島の仕事を手伝い、米の飯を分け与える西郷。
そんな夢を見せるのは止めて欲しいと佐民。

正助からの手紙で自重せよと諭された西郷。
西郷は自分たちと同じ夢は見られない人ととうま。

島の子供たちに勉強を教える西郷。

ある日、隣村の住民を見せしめに連れてきた役人たち。

佐民の家にやって来た役人たち。
家の中に砂糖を隠していたと言いがかりを付け、佐民達を連れ去った役人。

西郷に自重を促す木場。

佐民に拷問を加え、自白させようとする役人。

村人たちの先頭にたち、代官所に押し寄せたとうま。
とうまを止めるべく駆けつけた西郷。
しかし、押し通ってしまったとうま。

乱入したとうまに自分のアンゴになれば許してやると田中。
アンゴになるくらいなら死ぬととうま。
それを引き留めた西郷。

居丈高な田中を無視して、佐民を助け出した西郷。

西郷を訴えようとする田中に正助の書状を見せ、
西郷の正体を明かす木場。
それを知り、訴えを諦めた田中。

ユタに促され、自らの運命を見るとうま。

その夜、西郷の下を訪れアンゴにしてくれと迫るとうま。
アンゴにはできぬ、妻になってくれと西郷。

西郷ととうまの婚礼。

その夜、とうまに愛加那と名付けた西郷。
そして菊池源吾としてこの島で生きると西郷。

「今回は西郷ととうまが結ばれ、愛加那となるまでが描かれました。」

「加那とは愛しい人と言う意味。また現在の子という意味もあります。つまりは今風に言えば愛子という事になるのでしょうか。」

「アンゴとは現地妻の事。当時の決まりとしては現地妻はあくまで島内だけの事で、流人が鹿児島に帰る時には連れて帰れない掟でした。その一方で、子供が出来れば島役人に取り立てられる事も多く、またアンゴにも手当が付くことがあったので、島の娘は積極的にアンゴになりたがったとも言われます。」

「西郷の場合、最初はアンゴを娶る事は拒んでいたのですが、時が経つにつれ心がほぐれ、龍佐民から勧められるままに於戸間金、つまりはとうまをアンゴにしたと伝えられます。この時西郷は33歳、愛可那は23歳でした。」

「その一方で、罪無くして流された事で荒れていた西郷を鎮めるために、酔っ払わせた西郷の部屋に於戸間金を人身御供の様に差し入れ、西郷はその責任を取ってやむなく於戸間金をアンゴとしたという話も伝わっています。」

「いずれにしても二人の仲は睦まじいものであったらしく、客人の前でも二人で寄り添って離れず、客人の方が赤くなって困ったと言われます。また愛可那は西郷の髪を毎日すいて、別れる日のためにその抜髪を手元に置いておいたと伝わります。愛可那のいじらしい程の思いが伝わってくる様な逸話ですね。」

「西郷が島役人に捕まった島人を取り戻したという話は伝承として伝わっており、ただの流人ではなかった西郷の立場がそれほど強かったのではないかと言われています。ただ、あくまで伝承としてであり、実際にあったかどうかは判りませんけどね。」

「ドラマでは菊池源吾として生きると愛可那に誓った西郷でしたが、実際には鹿児島に帰る事は諦めていませんでした。何度も正助に手紙を送り、なぜ自分が呼び戻されないのかと問い、何も出来ない自分を豚同然と自嘲しています。」

「しかし、愛可那との間に子供が生まれ、新居を建てるに至って、島人になりきり心苦しい限りですとの心情を正助に訴える様になりました。つまりは、鹿児島に帰る事は半ば諦め、思いとは反対に島人として暮らしていく心境になってきたという事なのでしょう。」

「次回はそんな西郷の力の及ばないところで、大きな出来事が次々と起こっていく様です。愛可那と幸せに暮らす西郷にどんな変化が訪れるのかは、次回のお楽しみの様ですね。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.05.13

西郷どん 第十八回「流人 菊池源吾」

錦江湾に飛び込み、奇跡的に助けられた西郷と亡くなった月照。

菊池源吾と名を変え、奄美大島に流された西郷。
薩摩藩に搾取される奄美大島の人々。

龍佐民の離れに住むこととなった西郷。
しかし、一人生き残った事に後ろめたさを感じ、荒れに荒れます。
西郷を持て余す島の民。
やむなく西郷の面倒を見る事となったとうま。
しかし、西郷はとうまも遠ざけてしまいます。

腹立ちまぎれに、西郷に災いをと海の神に願うとうま。

薩摩藩からやって来た年貢取り立ての役人。
そのあまりの横暴ぶりに思わず手を出した西郷。

米や本が届けられる西郷は何者かといぶかるとうまたち。

とうまから、薩摩藩が湯水の様に金を使うため、
奄美は砂糖地獄になってしまった、蘭癖の殿様のせいだと聞いた西郷。
斉彬は民のために働いていたんだと激高する西郷。
自分たちは民の内に入っていなかったんだととうま。

再び西郷に災いをと願うとうま。

正助からの手紙によって、安政の大獄の惨状を知り、
衝撃のあまり雨の中に飛び出した西郷。

道で倒れている西郷を見つけ、懸命に看護するとうま。
看護の甲斐あり、回復した西郷。

とうまに心を開き、島の事を教えてくれと頼む西郷。

「今回は奄美大島に流された西郷が、苦しみ抜いた挙げ句、島人に心を開くところまでが描かれました。」

「前回、月照と抱き合い心中を図った西郷でしたが、一人だけ奇跡的に助けられました。月照との違いは体力の差にあったのでしょうか。」

「一人生き残った西郷はずっと後年までその事を悔い、なぜ刀を用いなかったかと後悔しています。刀を使わなかったのは、月照が法体であったからでしたが、そのために生き残った事が許せなかったのですね。これ以後、自らを土中の死骨と呼び、事あるごとに死に急ぐ様になったと言われます。」

「西郷が奄美大島に流されたのは、幕府の追っ手から匿うためであり、罪人としてではありませんでした。」

「西郷は日向送りとなった月照を処刑する様に命じられたのであり、そのあまりの理不尽さに苛まれて入水を図ったのでした。つまりは、藩からは罪人扱いはされておらず、さらには斉彬の寵臣であった西郷を無碍には出来ないため、藩は幕府の目の届かぬ奄美大島に西郷を隠したのでした。そのため、西郷の身分は元のままで家禄六石(のちに十二石)が給され、弟の吉二郎には金二十八両が支給されています。ドラマで米や本が送られてくるというのは、こうした事情があったからです。」

「西郷が菊池源吾と名を改めたのも幕府の目をごまかすためでしたが、西郷家の祖先が菊池氏の出であった事に依るとも言われます。」

「その西郷が島に来た当初は、島人を見下していた事は事実の様です。自分は罪人ではないという意識と、つい最近までは国事に奔走していたという意識がそうさせたのでしょう。ただ、島の娘たちの美しさには魅せられた様で、友人への手紙の中でそう触れています。」

「そうした中で、薩摩藩の島人たちへの苛政の酷さを見るにつけ、松前藩のアイヌ民族への苛政より酷いとも憤るようになります。薩摩藩のやり方は調所広郷の時代に砂糖をすべて専売制にした事に始まり、大坂の商人たちへの返済の担保としていました。そのため、島人たちへの搾取は苛烈を極め、ドラマにあった様に田畑は全てサトウキビ畑とされ、島人たちは毒のあるソテツの実を食べていたと言われます。ドラマで西郷の食べていたかゆもソテツの実でした。」

「そうした実態を見るに付け、西郷は島人に狼藉を働く島の役人たちに、直談判をした事もあった様ですね。そして、いつしか、島人たちは西郷を頼りにする様になったとも言われます。もっとも、西郷は常に薩摩藩への帰参を願い続けていました。」

「とうまは漢字で書くと於戸間金、於は女性に対する尊称、金は子にあたります。今風に言えばとま子という事になるのかな。」

「そのとうまたちが使う奄美大島の言葉は薩摩弁よりもさらに難しく、字幕を見なければ判りませんね。でも、それだけ土地の雰囲気が判り良いと思います。不思議なシャーマンの存在も島の情緒を高めていますね。」

「次回はそのとうまと西郷の関係が深まる様ですね。どんな展開が描かれるのか今から楽しみです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著


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2018.05.06

西郷どん 第十七回「西郷入水」

苦難の末薩摩にたどり着いた西郷と月照。

薩摩藩の跡継ぎを茂久とし、久光を後見と定めた斉彬の遺言。
しかし、実権を握ったのは斉興でした。

天璋院と名を改めた篤姫。
篤姫に懐かない家茂。
責任を取って暇乞いをした幾島。

斉彬の遺志を継ごうとする久光を遮り、幕府への恭順を決めた斉興。

西郷と月照が薩摩に入った事を聞き、日向送りを命じた斉興。
西郷を救おうと八方手を尽くす正助。
しかし万策尽き、西郷を生かすために月照を斬る事を勧める正助。
覚悟を決めた西郷。

夜、月照と共に船出をした西郷。
冬の錦江湾に、抱き合って飛び込んだ二人。

「今回は西郷の入水までが描かれました。覚悟を決めた西郷の哀しさと、西郷を思う正助の心意気がよく描かれていたと思います。」

「久光も意外と良い人だったのですね。律儀に斉彬の遺志を継ごうとしたものの、斉興の迫力の前に屈してしまったのでした。」

「実際の久光は、教養も高く、決断力も備えた実力者でした。幕末の薩摩藩を動かしたのは西郷や大久保ではなく、藩の実権を握っていた久光だったと言われます。しかし、その後西郷や大久保が目指した近代日本は性に合わず、ことごとく明治新政府の方針に反対したのでした。そのため、後世には良く言われる事がなく、幕末期に果たした役割も矮小化されてしまったのでした。」

「それはともかくとして、月照を薩摩に連れて行ったのはドラマには登場していない福岡藩士の平野国臣でした。国臣は勤王の志士として知られ、西郷とも親交がありました。この時、西郷は月照を受け入れるべく一足先に薩摩藩に帰り、月照に同行していた俊斉もまた薩摩へ様子見に帰ってしまいます。付き添う者は下僕の重助だけとなった月照を救ったのが国臣で、苦心の末月照を薩摩藩に潜り込ませる事に成功したのでした。」

「ドラマでは西郷たちを救うべく奔走したのは正助でしたが、実際に月照を救うべく奔走したのは西郷自身でした。しかし、その甲斐もむなしく斉興が実権を握った薩摩藩では、幕府のお尋ね者となった月照を匿う度量はなく、日向送りと決めてしまったのです。そしてその役目を他ならぬ西郷に命じたのでした。ドラマにあった様に、西郷までが日向送りにされたというのは事実に反します。」

「西郷と月照が抱き合い心中をしたのは史実のとおりで、苦楽を共にした月照一人を死なせる事は、西郷には出来なかったのですね。藩命と友情の板挟みにあった西郷の苦衷の決断でした。ドラマの様に、月照を殺せば自分が助かるという設定は、少し余計だった様に思われます。」

「次回からはいよいよ奄美大島編が始まるようです。入水した西郷がどうなるか、その西郷がどんな変化を見せるかが見所となるようですね。新しい登場人物も出てくるようで、これからの展開が楽しみです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.04.29

西郷どん 第十六回「斉彬の遺言」

斉彬の死を知った西郷は、お由羅の方の毒殺の疑いを説き、敵討ちをと言う仲間を遮り、それ以上に斉彬の遺志を継ごうと決起します。そして、水戸藩に幕府を討てとの密勅を下す事に成功しますが、それより先に斉昭が蟄居を命じられていたのでした。せっかくの密勅も効果を失い、慶喜からも二度と会うことは無いと言われ、殉死を決意した西郷。そこに現れ、斉彬の遺志を継ぐべきだと諭す月照。
殉死は思いとどまった西郷ですが、井伊の手は密勅に係わった者たちへも伸び始めます。いわゆる安政の大獄かが始まったのでした。左内が捕らえられ、西郷と月照も安閑とはしていられなくなり、薩摩へと落ち延びる二人。

「今回はほぼ史実どおりに進みましたが、微妙なところで書き換えられています。まず、西郷が殉死を決意したのは斉彬の死を知った直後の事でした。その時、月照から思いとどまるように説得されたのはドラマにあったとおりです。なぜこの順序を入れ変えたのはちょっと判らないですね。」

「また、斉彬の死がお油羅一派による毒殺という疑いが掛けられたのも事実で、この時西郷たちは国元に帰って敵を取ろうとしますが、これを押しとどめたのも月照だと言われます。実際、斉彬の死因は毒殺ではなく、コレラあるいは赤痢によるものと考えられています。」

「西郷たちが手にした密勅、いわゆる戊午の密勅は、水戸藩に兵を挙げよというものではなく、条約を締結した者の責任を問い、さらに幕政の改革を推し進めよというものでした。そして、徳川一門と有力諸藩にも密勅の趣旨を伝えよとも書かれていました。」

「その密勅が下される直前に斉昭らが蟄居謹慎を命じられたのは、当時は江戸城に登城する日があらかじめ決められていたところを、斉昭たちはそれを無視して直弼を問い詰めに行ったのですが、それが重大な法令違反だとして咎めを受けたのでした。この時、直弼は斉昭や慶喜に何を問われても「恐れ入り奉ります」とのみ答えて追求をかわし、その後で断罪を下したのはドラマにあったとおりです。このあたりが直弼の食えないところですね。」

「戊午の密勅は斉昭の謹慎により実効を伴わなかったばかりでなく、幕府の頭越しに水戸藩に下された事で、面目を潰された幕府の怒りを買う結果となりました。安政の大獄は安政5年4月の斉昭らの蟄居に始まり、犠牲者は橋本左内を初め、主な者では梅田雲浜、頼三樹三郎、安島帯刀、日下部伊佐治らが捕らえられています。このうち梅田雲浜は戊午の密勅iに直接関わった人物で、西郷以上に危険人物視されていました。そして捕らわれた者の多くは死罪に処せられています。」

「また、この密勅には係わっていなかったのですが、吉田松陰もまたこの大獄によって捕らえられた一人です。彼は無断渡航をしようとした前歴があった事、また梅田雲浜と交流があった事などから危険思想の持ち主と思われたのですね。そして、役人に問われるままに密かに計画していた老中暗殺計画を自ら漏らしてしまい、死罪となったのでした。」

「ドラマの西郷は密勅が無駄になったと知るや全てを諦めてしまいますが、実際の西郷はそう簡単には諦めませんでした。彼は近衛忠恕に請い、丁度江戸から薩摩に帰ろうとしていた斉興に、朝廷の守護のためという名目で、随行していた兵を京に留め置くように命じてもらったのでした。斉興はこの命に接して50名の兵を残していったのですが、西郷はこの兵を核に東西の同士と呼応して挙兵し、自らは彦根城を落とすと計画します。無論、何の根回しも根拠もない、杜撰で無謀な計画は未遂に終わったのですが、西郷の執念は伝わって来ると思います。」

「追われる身となった西郷と月照が薩摩に落ち延びようとした事は事実ですが、実際には西郷は受け入れ準備をすべく、一足先に薩摩に向かっています。月照に同行したのは俊斉でした。でも、ドラマチックに演出するには、西郷が背負っていったとする方が良かったのでしょうね。」

「次回は薩摩に落ち延びた西郷と月照を待ち受ける運命が描かれる様です。斉興が再び実権を握った薩摩藩がどういう対応をするのかが見物のようですね。斉彬の死がいかに大きかったかが実感される回になりそうです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.04.22

西郷どん 第十五回「殿の死」

西郷たちの働きによってやっと下りた勅諚。
そこには将軍継嗣は英傑、人望、年長と書かれていました。

西郷からの知らせに喜び、軍備増強を急ぐ斉彬。

穏やかな日々を過ごす家定と篤姫。
その時、突如倒れた家定。

病身の家定に近づき、
自らに権力と、跡継ぎには慶福をと遺書を書くように囁く直弼。
しかし、家定が書いたのは柿の絵でした。
これを御台に食べさせてくれと頼む家定。

上意と称して大老に就任し、さらに開国と将軍継嗣を慶福と定めた直弼。

京都。
勅諚が九条関白の手で覆った事を知り、万事休すと絶望する左内。
急ぎ鹿児島へと戻る西郷。

江戸城大奥。
すべては家定の意思と本寿院に報告する直弼。
遺書があるなら見せよと迫る篤姫。
そこに現れ、家定への見舞いを言上した慶福。
慶喜とは大違いだと笑い合う本寿院たち。

鹿児島。
一足先に江戸の状況を知った斉彬。

必死で掛け通し、斉彬に拝謁した西郷。
西郷の報告を聞かず、ねぎらっただけの斉彬。

馬で出かけた斉彬の後を追い、
子供の頃、斉彬と出会った草原で斉彬に追いついた西郷。

集成館も廃止となる、夢は砕けたと言い、西郷の役を解いた斉彬。

重い足を引きずって家に帰った西郷。

何の役にも立てなかったと落ち込む西郷を叱り飛ばす正助。

江戸城。
権勢を欲しいままにする直弼。
柿の絵を形見に残し、亡くなった家定。
継嗣となった慶福。

鹿児島。
荒れる斉彬。

無役にも係わらず、斉彬の下に乱入した西郷。

訝る斉彬に京に兵を送り、その兵と斉彬の姿をもって、
幕府へ改革を迫る詔を頂くと言上する西郷。

その言葉を聞き、挙兵を決意する斉彬。
西郷に京へ戻り、近衛家に工作せよ、自分もすぐに後を追う、
今からお前はわしになにれと斉彬。

正助ら郷中の仲間に斉彬の挙兵を告げ、京へと向かう西郷。

京、鍵屋。
また世話になると言う西郷に見とれる仲居のお虎。

西郷を待っていた月照たち。
西郷の知らせに生気を取り戻した月照たち。
そこに喜び勇んで現れた俊斉。

鹿児島。
兵を鍛える斉彬。

京。
斉彬を迎える準備に励む西郷。

鹿児島。
安政5年7月16日、この世を去った斉彬。

「今回は直弼の台頭と斉彬の死までが描かれました。予告にあったとおり目まぐるしく四転五転した回でしたね。」

「腹黒い直弼の企みに対して、純朴な家定が書いたのは篤姫に与える柿の絵でした。家定の優しさを逆手に取った直弼は、彼が壁に掛けた面のごとく赤鬼として恐れられる存在となります。さりげない描写でしたが、今後の直弼を象徴する場面でした。」

「史実としては、将軍継嗣の件は直弼の暗躍ではなく、あくまで家定の遺志であったと言われますが、ドラマの設定上直弼を徹底した悪役としておく必要があるのでしょう。彼には気の毒だけど、ここは仕方が無いのかな。」

「勅諚が書き換えられたとする説は確かにあり、九条関白に南紀派の手が回っていたと言われます。その一方で、他ならぬ篤姫自身が養父である近衛忠恕に勅諚を下さぬ様にと依頼したという説もあります。このあたりは資料を漁っていると諸説があって、どれが正しいのか判断に苦しむところです。」

「西郷が急いで鹿児島に急報したのは史実のとおりですが、西郷が居たのは京都ではなく江戸でした。そして、当時ひと月は掛かるとされた旅程を21日で駆け通したと言われます。西郷がボロボロになっていたのも当然ですね。その西郷よりも早く斉彬の下に書状が届くと言うのは無理のある設定ですが、斉彬の絶望を描くには欲しかった描写なのでしょう。なお、西郷がお庭番を解かれたという事実は無い様です。」

「斉彬の挙兵については西郷が斉彬に進言したとも、斉彬自身の意思だとも言われます。この時期の西郷としては出過ぎた進言という気はしますが、これもドラマとしては西郷の仕事として描きたいところなのでしょう。」

「その斉彬の意思とは、天下に騒乱が生じれば三千の兵を率いて京に上り、朝廷を守護するというものと言われます。斉彬自身が率先して騒乱を起こすという訳ではないですが、一種のクーデターを企てたとも言えるのでしょう。それが斉彬の死によって御遺志となり、今後の薩摩の方向性を決める事となります。ただし、この御遺志は一次資料にはなく、伝聞やその後の薩摩藩の動きから総合的に判断して、あったらしいと考えられています。」

「ドラマでは「お前はわしになれ」という斉彬の台詞が効いて来る様です。西郷の今後の生き方を決めた、まさに決め台詞と言うべきものかな。あんな風に言われたら、西郷ならずとも奮い立ちますよね。」

「もう一人忘れていました。西郷にとって大切な人がさりげなく登場しています。お虎がそうで、今後の二人の絡み合いが楽しみです。」


(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.04.15

西郷どん 第十四回「慶喜の本気」

互いの健闘を誓い、江戸と薩摩に分かれる西郷と正助。

安政4年10月21日、江戸城。

将軍謁見のために登城したハリス総領事。

互いの国のための友好をと願うハリス。
痙攣した様に床を踏みならす家定。
「幾久しく友好を保ちたいと大統領に申し述べるべし。」
と、壊れたレコードの様に繰り返し叫ぶ家定。
あっけにとられる一同。

教えられたとおりに申したと篤姫に報告する家定。
喜ぶ篤姫。
御台とも幾久しく友好を保ちたいと家定。
その言葉を嬉しく思う篤姫。

福井藩邸。慶永に書状を届けた西郷。
慶喜擁立の壁は高くなったと慶永。

(回想)
老中堀田正睦の弱腰を叱りつけ、自分がアメリカに乗り込むと斎昭。
震え上がる 正睦。

家斉の評判は悪くなる一方で、
家定を毒殺し、慶喜を将軍に据えるつもりだという噂まであると慶永。

左内と協力し、諸大名の協力を仰ぎ、かつ、
慶喜が将軍になる覚悟を決めるよう説得せよと慶永。

磯田屋。
慶喜の評判を集めた一橋公言行記を書き上げた左内。
そこに現れ、そこに書いてある事は全て父がでっち上げた事だと言い、
言行記を破り捨てた慶喜。

ここではヒー様と呼べ、一橋様と呼ぶことは許さぬと慶喜。

言行記が台無しになった事を嘆く西郷。
抜かりはない、写しはいくらでもあると左内。

幕府に、この国難を乗り切るためには慶喜を次の将軍にする事が相応しいとの建白書を出した斉彬。この建白書を巡って鋭く対立する一橋派と南紀派。両派を裁定出来ずうろたえるばかりの堀田正睦。

西郷の後を付けてきた仮面の男。その男を取り押さえた西郷。
その時、ご同道願うと声を掛けてきた長野主膳。

彦根藩邸。
西郷に茶を振る舞う直弼。無作法に茶を飲み、旨いと西郷。
作法は知らなくても味は判るかと直弼。
この器もとても良いものと西郷。
御台所の輿入れの手配りをしただけの事はあるなと直弼。

逃げてばかりの男に将軍は務まらないと直弼。
あの一筋縄では行かないお方だからこそ、異国の言いなりにはならない、
この国は変わらなければならないと西郷。
自分に講釈をするとは恐れ入ったと直弼。
無礼な振る舞いは主君そっくりと主膳。
殿を愚弄するな、この国を守るためにこの国を変えようとしていると西郷。
250年の安泰を保ってきたのは徳川宗家、守るべき国とは徳川家の事、
異国が迫っているからと言っても、何も変えてはならぬと直弼。

西郷に斉彬の内情を知らせよ、そうすれば当家の家臣として取り立て、
薩摩に居る身内も助けてやろうと主膳。
家の者に何をしたと叫ぶ西郷。
まだ何もしていないと主膳。自分に力を貸せと直弼。

井伊掃部頭ともあろう人がこんな脅しをかけて来るとは、
こんな腐った連中に守られた将軍家も危ないものだ、
自分たちとは依って立つ立場が全く違うと良くわかったと西郷。

大奥。斉彬の建白書を読む本寿院。
水戸の隠居の息子が将軍になればあの男までが奥に入って来る、
それはならぬと本寿院。
御台所の縁組みはこの企みがあったからかと本寿院。

本寿院の怒りを知り、狼狽える幾島と篤姫。
そこに現れた家定。驚く篤姫。
御台とは幾久しく友好だと申したであろうと家定。

次の公方に慶喜をと願い出る篤姫。
慶喜は嫌いだと家定。
慶喜はこの国を守ってくれる、国も民も無事息災と篤姫。
姫も息災という事かと考え込む家定。

そこに現れた本寿院に向かって、跡継ぎは一橋にすると宣言した家定。
驚く本寿院。喜び合う篤姫と幾島。

磯田屋。相変わらずヒー様として遊び暮らす慶喜。
家定が跡継ぎに決めたと説得する西郷と左内。
あくまで固辞する慶喜。

その夜、刺客に襲われた慶喜。
人殺しだと叫び逃げる慶喜。
刺客と渡り合う西郷たち。

危うく切られそうになる慶喜。
咄嗟に短刀を抜き、刺客を刺し殺した西郷。

初めて人を殺した事で惑乱する西郷。

薩摩の人間がなぜ自分を殺そうとすると慶喜。
これは彦根の回し者だと西郷。

死体を始末した慶喜と左内。
手を合わせる西郷に、刺客に情けを掛けるのかと慶喜。
あの男にも主君がおり、家族が居る、その命を奪ってしまった
自分は人殺しだと西郷。
だから自分は将軍にはなりたくないと言っている、
そうなればもっと国が乱れて多くの血が流れると慶喜。
このままでは異国に飲まれる、血が流れるどころではないと左内。

俺の命を守ったと斉彬に褒めて貰えと慶喜。
あなたの命とあの男の命は同じ、
しかしあなたは国を変え、多くの民を救える力を持っている、
それでもまだ逃げると言われるならあの男も浮かばれないと西郷。
よし行くぞ、ついて来いと、ついに決意した様子の慶喜。

彦根藩邸。
直弼に会いに来た慶喜たち。
刺客を送るほどだからよっぽどの用があると思って来てやったと慶喜。

慶喜様が将軍を固辞されるのなら自分に一案がある、
紀州の慶福様が次の公方になった暁には紀州を差し上げると直弼。
確かに悪い話ではない、しかし気に食わぬ、
お前に紀州に行けと言われる覚えは無い、つけ上がるなと慶喜。
これは恐れ入りましたと直弼。
今の幕府でこの国が守れると思っているのか、
この大馬鹿者と直弼を叱りつける慶喜。
判った、自分が将軍になってやると言い捨てて帰る慶喜。

「今回は遂に慶喜が将軍職を継ぐ決意をするまでが描かれました。ほぼ創作の回と言って良いのですが、西郷の成長ぶりと本気になった慶喜の凄みが良く表されていたと思います。」

「以前、斉興とお由羅の方の前では一言も返せなかった西郷が、直弼相手に堂々と渡り合ったのは見事でした。斉彬の薫陶の下、諸国の士と交わった事で西郷が成長したという事なのでしょう。」

「慶喜の啖呵も格好良かったですね。ようやく幕末史をかき回した慶喜の本領が垣間見えた一瞬でした。」

「ただ、慶喜が決意に至る過程が少し弱かったかな。西郷に泣きつかれただけで翻意するとは、ヒー様らしく無い様な気がします。もう少しひねりがあっても良かったんじゃないかしらん。」

「ほぼ創作の回ではありましたが、そこかしこに史実も散りばめられていました。例えば大奥が斉昭を毛嫌いしていた事がそうです。」

「斉昭には大奥の女性に手を出したという噂が付きまとい、今で言うセクハラまがいの発言も多かったと言われます。また、大奥の浪費ぶりにも口を出し、支出を抑えようとした事も嫌われた源因でした。その子の慶喜が次期将軍ともなれば斉昭の発言権がさらに大きくなり、大奥が住み難くなると考えられたのが慶喜の将軍登用を妨げた要因の一つでした。それだけ大奥の発言権は強かったのですね。」

「また、家定が慶喜を嫌っていたのも事実で、この事も慶喜にとっては不利な条件でした。暗愚と言われた家定でしたが、自分の意思を持っていた証の一つでもありますね。」

「もう一つ付け加えるならば、家定と篤姫が仲睦まじかった事も事実と言われます。ドラマで描かれた様に家定には心優しい一面があったのかもしれません。」

「次回は家定が病に倒れ、直弼が大老職に就き、斉彬がそれに反撃するまでが描かれる様です。サブタイトルからすると斉彬の死までが入るのかな。その激動の中で西郷が活躍する様ですね。予告には四転五転する展開とありますので、どんな回になるのか楽しみに待ちたいと思います。」

参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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