西郷どん 第三十六回 「慶喜の首」
慶応四年一月三日、鳥羽伏見の戦い。
砲声に慌てふためく公卿たち。
劣勢を強いられる新政府軍。
そろそろあれの出番だと岩倉。
激戦の続く前線で指揮を執る西郷。
一蔵の家でゆうが用意していた錦旗。
戦場に現れた錦の御旗。
錦旗を見て戦意をう旧幕府軍。
銃弾に倒れた信吾。
大坂城。
慶喜の陣頭指揮を願う幕臣たち。
後方に送られた重傷の信吾。
官軍に寝返った津藩。
大坂城。
更なる抗戦を主張する幕臣たち。
自ら陣頭に立つと誓った慶喜。
奮い立つ幕臣たち。
その夜。
密かに大阪城を抜け出した慶喜、容保、定敬たち。
京。
慶喜逃亡の報に接し、勝ちどきを上げる新政府軍。
重態の信吾を余所に、御所に向かう西郷。
嵐に見舞われた開陽丸。
罰が当たった笑うふき。
江戸城。
無事にたどり着いた慶喜たち。
火鉢に当たり、鰻を食べようとする慶喜。
そこに現れ、慶喜を徳川の恥だと一喝する海舟。
あなたは西郷から逃げただけだとふき。
二度と顔を見せるなと慶喜。
哀れだね、あんたと海舟。
京。
突然現れた異人に驚く人々。
自分は医者だとウイリス。
最先端の医療で治療を施すウイリス。
一命を取り留めた信吾。
ウイリスを京に呼び寄せたのは西郷でした。
天子様に直訴してウイリスを京に入れた西郷。
慶応四年二月。東征軍を率いて進発する西郷。
見送る鍵屋の面々。
従軍を願い出た信吾。
西郷に泣きつくお虎。
駿府新政府軍大総督府。
続々と届く慶喜助命の嘆願書。
ここで手を緩めれば必ずあの男は力を盛り返すと西郷。
三月一五日と決まった江戸城総攻撃。
上野、寛永寺。
謹慎を続ける慶喜の下に現れた海舟。
恭順を貫くと言う慶喜に、フランスと共に戦えば勝つと海舟。
確かに勝てる、しかしその時こそ日本は異国の手に渡る、
俺を見くびるなと慶喜。
海舟に後始末を任せた慶喜。
山岡鉄太郎を呼び、駿府に向かわせた海舟。
駿府。
一人で大総督府に現れた鉄太郎。
西郷と会い、海舟の手紙を渡す鉄太郎。
そこには進軍を止め、江戸に会いに来いと書かれていました。
それは出来ないと西郷。
腹を切る覚悟で、天子様に願いを伝えて欲しいと鉄太郎。
なぜあの男のためにそこまでと西郷。
侍が我が主を信じられなくなれば侍ではなくなると鉄太郎。
その覚悟を見て海舟に会おうと西郷。
江戸、磯田屋。
西郷を待っていた幾島。
江戸城、大奥。
幾島の手引きで潜入した西郷たち。
一二年ぶりに再会した篤姫、天璋院。
「今回は鳥羽伏見の戦いから江戸城総攻撃の直前までが描かれました。鬼となった西郷は、実は心優しい西郷のままだったのでした。あくまで日本の行く末を見つめて、あえて鬼となっていたのですね。」
「鳥羽伏見の戦いは、戦端は薩摩軍の砲撃で開かれました。この時、朝廷への嘆願のつもりで行軍していた旧幕府軍は一列縦隊で、鉄砲に弾を込めてさえいなかったと言います。このため、先鋒は大混乱に陥り、新政府軍有利に戦況は進みます。」
「さらに伏見奉行所に砲弾が命中し炎上、ここを拠点としていた会津、新選組らは苦戦を強いられました。しかし、下鳥羽方面で幕府軍が盛り返し、一時は京に突入されそうな形勢となります。さらには伏見方面でも戦意の無い土佐藩が旧幕府軍の一隊を制止しなかったために、幕府軍が優位に立ちました。ところが日暮れと共になぜか撤退命令が旧幕府軍に出され、危うい所を新政府軍は踏み止まる事が出来たのでした。」
「ドラマでは西郷は終始前線で指揮を執っていた様でしたが、実際には前線に出る事は止められており、実戦に出たのは三日の伏見と五日の八幡の二日のみでした。」
「信吾が負傷したのは事実で、その治療に当たったのがウイリスだったのも事実です。ただ、彼を京に呼んだのは大山巌であり、信吾一人のために西郷が動いたという事実はありません。」
「錦の御旗については、ドラマにあったように岩倉の指示に基づいて一蔵の下であらかじめ作成されていました。無論見本があった訳では無く、想像の産物だったのですが、西郷からの要請で一蔵が朝廷と掛け合い、岩倉の働きもあって春嶽らの反対を押し切って朝廷から新政府軍に下賜されたのでした。」
「錦旗の威力は絶大だったと言われますが、誰も見たことがないものであり、当初は旧幕府軍にもそれが何を意味するのか判らなかったと言います。どこまで本当か判りませんが、旧幕府軍の兵士が新政府軍に対しあれは何だと問い質したところ、新政府軍は錦の御旗だと答え、それを聞いた旧幕府軍はそれは大変だと逃げたしたと言います。」
「兵士が逃げたかどうかはともかく、淀城を守っていた稲葉氏には効果覿面で、朝敵となった旧幕府軍の入城を拒否してしまいます。淀城は難攻不落の城として知られていたので、ここを拠点に出来ていれば旧幕府軍も易々とは負けなかった事でしょう。また、淀川の西岸にあった砲台を守備していた津藩も官軍となった新政府軍に寝返り、背後から対岸の旧幕府軍を砲撃したのでした。」
「何より効果的だったのは慶喜に対してであり、錦旗が出たと聞いた慶喜は朝敵になる事を恐れ、一気に戦意を喪失したのでした。日本古来の正当性を重んじる水戸学の徒だった慶喜にとっては、朝敵となる事が耐えられない程の苦痛だったのですね。」
「慶喜が兵士を置き去りにして大坂城から夜逃げをしたのは有名な話であり、慶喜の評価を低くしている最大の要因です。所詮は慶喜は腰の定まらぬ貴族だったと言われるのですが、慶喜のために弁護してやるとすれば、これ以上戦えば異国に付けいる隙を与えるだけだと考え、あえて身を引いたのだとも言います。」
「海舟と西郷の交渉については、ドラマにあった様に山岡鉄太郎が大きな役目を果たしています。山岡は江戸薩摩屋敷で捕らわれていた益満休之助という薩摩藩士を伴い、彼を通行手形代わりにして駿府にまでたどり着きます。そしてドラマにあった様に海舟の手紙を西郷に手渡したのでした。」
「海舟の手紙には慶喜の恭順の意思は本物であると認められており、穏便な措置を求める内容でした。これを受けて大総督府で協議が行われ、西郷は江戸城や海軍の引き渡しと引き換えに徳川家の存続を保証するなどとした七箇条の条件を山岡に託したのでした。山岡の働きが無ければ、後の海舟と西郷の話し合いも無かったのかも知れません。なお、海舟はドラマで慶喜に言っていたような戦略をも手紙に認めており、大総督府が折れたのはそれが現実となった場合、自分たちが不利だと悟ったからだとも言います。」
「これとは別に、大奥からも使者が出されていました。資料には単につぼねとだけあり、具体的に誰かは判りません。少なくとも幾島では無いでしょう。使者を出したのは篤姫と和宮であり、徳川家の存続を願うという内容でした。」
「ドラマの様に西郷が大奥に出向いて篤姫と会見したというのは明らかな創作であり、非現実的な作り話です。いくら西郷といえども、そんな離れ業が出来る訳もないでしょう。」
「ドラマには出てきませんでしたが、イギリス公使のパークスからも江戸城総攻撃は見合わせる様に要請がありました。パークスは、慶喜がこれまで日英和親のために貢献して来た事を評価しており、彼を討伐する事には反対でした。そして何より、日本で内乱が起こる事により、貿易が滞り、イギリスが損害を被る事を防ぎたかったのでした。」
「これらの動きを総合して、西郷と海舟の会見は行われます。そのあたりは次回に描かれる様ですね。ドラマではさらに慶喜とも会見するのだとか。創作色の強い江戸城無血開城になりそうですが、そのあたりをどう演出するのかじっくりと見たいと思っています。」
(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著
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