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2018年5月

2018.05.21

京都・洛東 京都さつき事情2018 ~八坂神社 5.19~

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平成30年5月19日の八坂神社です。この日は西楼門前のさつきが満開、見頃となっていました。

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これまでここのさつきを見に来たのは二回ですが、どちらも6月に入ってからの事でした。それが5月の第三週に満開になっているのですから、やはり今年の花暦は早くなっているようですね。

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それにしても見事な咲きっぷりですね。石段下から見上げた一面のさつきは素晴らしいの一言です。

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とは言っても、部分的には咲いていないところもあります。咲くのが遅れているのではなく、つぼみそのものが見当たらなかったので、何らかの原因で今年は咲かない様ですね。まあ、これだけの面積ですから、全てが快調だとは行かないのでしょう。

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まだつぼみは残っていましたが、たぶんこの日あたりがピークで、これから先は咲くより散る方が多くなるのでしょう。見に行かれるなら早くされた方が良いと思いますよ。


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2018.05.20

西郷どん 第十九回「愛加那」

島の仕事を手伝い、米の飯を分け与える西郷。
そんな夢を見せるのは止めて欲しいと佐民。

正助からの手紙で自重せよと諭された西郷。
西郷は自分たちと同じ夢は見られない人ととうま。

島の子供たちに勉強を教える西郷。

ある日、隣村の住民を見せしめに連れてきた役人たち。

佐民の家にやって来た役人たち。
家の中に砂糖を隠していたと言いがかりを付け、佐民達を連れ去った役人。

西郷に自重を促す木場。

佐民に拷問を加え、自白させようとする役人。

村人たちの先頭にたち、代官所に押し寄せたとうま。
とうまを止めるべく駆けつけた西郷。
しかし、押し通ってしまったとうま。

乱入したとうまに自分のアンゴになれば許してやると田中。
アンゴになるくらいなら死ぬととうま。
それを引き留めた西郷。

居丈高な田中を無視して、佐民を助け出した西郷。

西郷を訴えようとする田中に正助の書状を見せ、
西郷の正体を明かす木場。
それを知り、訴えを諦めた田中。

ユタに促され、自らの運命を見るとうま。

その夜、西郷の下を訪れアンゴにしてくれと迫るとうま。
アンゴにはできぬ、妻になってくれと西郷。

西郷ととうまの婚礼。

その夜、とうまに愛加那と名付けた西郷。
そして菊池源吾としてこの島で生きると西郷。

「今回は西郷ととうまが結ばれ、愛加那となるまでが描かれました。」

「加那とは愛しい人と言う意味。また現在の子という意味もあります。つまりは今風に言えば愛子という事になるのでしょうか。」

「アンゴとは現地妻の事。当時の決まりとしては現地妻はあくまで島内だけの事で、流人が鹿児島に帰る時には連れて帰れない掟でした。その一方で、子供が出来れば島役人に取り立てられる事も多く、またアンゴにも手当が付くことがあったので、島の娘は積極的にアンゴになりたがったとも言われます。」

「西郷の場合、最初はアンゴを娶る事は拒んでいたのですが、時が経つにつれ心がほぐれ、龍佐民から勧められるままに於戸間金、つまりはとうまをアンゴにしたと伝えられます。この時西郷は33歳、愛可那は23歳でした。」

「その一方で、罪無くして流された事で荒れていた西郷を鎮めるために、酔っ払わせた西郷の部屋に於戸間金を人身御供の様に差し入れ、西郷はその責任を取ってやむなく於戸間金をアンゴとしたという話も伝わっています。」

「いずれにしても二人の仲は睦まじいものであったらしく、客人の前でも二人で寄り添って離れず、客人の方が赤くなって困ったと言われます。また愛可那は西郷の髪を毎日すいて、別れる日のためにその抜髪を手元に置いておいたと伝わります。愛可那のいじらしい程の思いが伝わってくる様な逸話ですね。」

「西郷が島役人に捕まった島人を取り戻したという話は伝承として伝わっており、ただの流人ではなかった西郷の立場がそれほど強かったのではないかと言われています。ただ、あくまで伝承としてであり、実際にあったかどうかは判りませんけどね。」

「ドラマでは菊池源吾として生きると愛可那に誓った西郷でしたが、実際には鹿児島に帰る事は諦めていませんでした。何度も正助に手紙を送り、なぜ自分が呼び戻されないのかと問い、何も出来ない自分を豚同然と自嘲しています。」

「しかし、愛可那との間に子供が生まれ、新居を建てるに至って、島人になりきり心苦しい限りですとの心情を正助に訴える様になりました。つまりは、鹿児島に帰る事は半ば諦め、思いとは反対に島人として暮らしていく心境になってきたという事なのでしょう。」

「次回はそんな西郷の力の及ばないところで、大きな出来事が次々と起こっていく様です。愛可那と幸せに暮らす西郷にどんな変化が訪れるのかは、次回のお楽しみの様ですね。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.05.19

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~慈氏院 5.12~

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南禅寺の散策で、最後に入ったのが慈氏院でした。通称だるま堂の名で知られる寺です。

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ここは何度か来ているのですが、頼めば庭園を見せて貰える事を思い出し、改めて入ってみることにしたのです。

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受付には誰も居なかったのですが、ベルを押すとお寺の人が出てこられたので、庭の拝観をしたいのですがと申し出ると、快く許して貰えました。

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庭はごく狭いのですが、とても手入れの行き届いた気持ちの良い庭でした。折からの新緑も美しく、なかなかの穴場と言えるのでしょうね。

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次は紅葉の時に来てみたいな。きっと綺麗なもみじを見る事が出来るでしょうね。

なお、庭には簡単に入ることができますが、くれぐれも一言断る事を忘れないでください。

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2018.05.18

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~南禅寺 5.12~

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天授庵の外へ出ると、そこは広い南禅寺の境内です。ここも今を盛りと新緑が輝いていました。

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これは三門から法堂への参道を見たところです。紅葉時分にも綺麗なエリアですが、紅葉の仕方にむらが出る事があり、統一された美しさとしては今の方が上かもしれません。

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ここは法堂の前の拝所?です。本当は何と言うのでしょうね。有頂天家族のオープニングにも出てきた事を、覚えている人は居るかしらん。

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こちらは三門の下にある大灯籠です。これってあまり注目する人は居ないのですが、日本三大灯籠の一つなのだそうですね。高は6mもあり、近くで見るとなかなかの迫力ですよ。植え込みの中に埋もれているので、気が付かない人も多いんしゃないかしらん。

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南禅寺の拝観者は多かったけれども、境内が広いのでゆったりと散策する事が出来ました。次に来るのは沙羅の花が散る頃かな。これも注目する人がほとんど居ないので、静かに楽しむ事が出来ますよ。

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2018.05.17

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~天授庵 5.12~

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平安神宮から天授庵へと移動してきました。ここでは爽やかな新緑が出迎えてくれました。

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ここでももみじの葉はしっかりとして来ており、新緑とは言いがたくなって来ているのですが、ここてもあくまで新緑と言い張る事にします。

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南庭でも緑がすっかり深くなっていますね。あまりに茂りすぎて、鬱蒼とした感じすらしています。

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こちらはたぶんノムラモミジかな。庫裏の入り口からガラス越しに見える赤い色彩は、このもみじですね。

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最後はおなじみの構図です。拝観者の少ない時期でしか撮る事が出来ない写真ですね。紅葉時分にこの構図で撮れたら、それはラッキーというものです。でも、新緑の今でもやっぱり綺麗な構図でしょ。床もみじにならないのが少し残念かな。

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2018.05.16

京都・洛東 京都睡蓮事情2018 ~平安神宮 5.12~

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平安神宮では、睡蓮も咲き始めています。まだ盛りには早いですが、花の美しさは盛りの時分と同じですね。

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睡蓮が咲いているのは白虎池と蒼龍池。白虎池では花菖蒲、蒼龍池では杜若との共演を見る事が出来ます。

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花色は様々で、赤、白、ピンク、赤と白の混合など幾種類もあります。とてもカラフルで、純和風の庭園にも良く似合っていますよ。

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睡蓮が水面を覆い尽くすのは夏頃です。その時分になると、池の中に入って増えすぎた睡蓮を取り去る職人さんの姿を見ることが出来ます。

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栖鳳池には睡蓮はありません。広すぎるからなのか、春の桜の邪魔になるのか判りませんが、その広い水面も魅力の一つですね。特にこういう青空の時は、水面も青い色を映し、とても美しいですよ。魚に餌をやれるのもここならではの楽しみです。子連れの方には特にお勧めですね。

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2018.05.15

京都・洛東 京都杜若事情2018 ~平安神宮 5.12~

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真如堂から平安神宮へとやって来ました。ここでは見頃の杜若が出迎えてくれました。

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杜若は花菖蒲の様な派手さはないですが、その清楚な美しさが良いですね。そのウサギの耳の様な花の姿も可愛らしいです。

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この日は見頃ではありましたが、おそらくは三番花で、見頃はそう長くはないと思われます。見に行かれるなら急がれた方が良いですよ。

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こちらは園芸品種である折鶴です。折り紙で作った鶴に似ている事がこの名が付いた様ですね。

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次の主役となる花菖蒲は6月初旬から中頃にかけてが見頃となります。その間を埋めるのがサツキですが、この日は少しずつ咲き始めたところでした。花菖蒲も良いけれど、池の周囲を彩るサツキを見に行くのもまた素敵なものですよ。


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2018.05.14

京都。洛東 京都新緑事情2018 ~真如堂再び 5.12~

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平成30年5月21日の真如堂です。ついこの間まで新緑の淡い緑だったのが、いつの間にやらしっかりとした青葉へと変わっていました。

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なので、本来は青もみじと表現すべきなのでしょうけど、まだ瑞々しさは残っているので、ここでは新緑で通す事とします。

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実を言えば、この日真如堂を訪れたのはヒトツバタゴ、通称ナンジャモンジャの花を見るためでした。ところが来るのが早すぎたのか遅すぎたのか、全く咲いていなかったのです。そこでやむなく、目的を二度目の新緑に切り替えたのでした。

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次の主役たる菩提樹の花は、やっとつぼみが出来はじめたところでした。この花が咲くのは6月10日前後、またその頃に芳香を楽しみに訪れたいと思っています。

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花の木の緑は、もみじよりも少し薄い感じですね。そのぶんまだ新緑らしくてとても美しく感じました。今の時期の真如堂は訪れる人も少なく、静かに散策するにはとても良い場所ですよ。

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2018.05.13

西郷どん 第十八回「流人 菊池源吾」

錦江湾に飛び込み、奇跡的に助けられた西郷と亡くなった月照。

菊池源吾と名を変え、奄美大島に流された西郷。
薩摩藩に搾取される奄美大島の人々。

龍佐民の離れに住むこととなった西郷。
しかし、一人生き残った事に後ろめたさを感じ、荒れに荒れます。
西郷を持て余す島の民。
やむなく西郷の面倒を見る事となったとうま。
しかし、西郷はとうまも遠ざけてしまいます。

腹立ちまぎれに、西郷に災いをと海の神に願うとうま。

薩摩藩からやって来た年貢取り立ての役人。
そのあまりの横暴ぶりに思わず手を出した西郷。

米や本が届けられる西郷は何者かといぶかるとうまたち。

とうまから、薩摩藩が湯水の様に金を使うため、
奄美は砂糖地獄になってしまった、蘭癖の殿様のせいだと聞いた西郷。
斉彬は民のために働いていたんだと激高する西郷。
自分たちは民の内に入っていなかったんだととうま。

再び西郷に災いをと願うとうま。

正助からの手紙によって、安政の大獄の惨状を知り、
衝撃のあまり雨の中に飛び出した西郷。

道で倒れている西郷を見つけ、懸命に看護するとうま。
看護の甲斐あり、回復した西郷。

とうまに心を開き、島の事を教えてくれと頼む西郷。

「今回は奄美大島に流された西郷が、苦しみ抜いた挙げ句、島人に心を開くところまでが描かれました。」

「前回、月照と抱き合い心中を図った西郷でしたが、一人だけ奇跡的に助けられました。月照との違いは体力の差にあったのでしょうか。」

「一人生き残った西郷はずっと後年までその事を悔い、なぜ刀を用いなかったかと後悔しています。刀を使わなかったのは、月照が法体であったからでしたが、そのために生き残った事が許せなかったのですね。これ以後、自らを土中の死骨と呼び、事あるごとに死に急ぐ様になったと言われます。」

「西郷が奄美大島に流されたのは、幕府の追っ手から匿うためであり、罪人としてではありませんでした。」

「西郷は日向送りとなった月照を処刑する様に命じられたのであり、そのあまりの理不尽さに苛まれて入水を図ったのでした。つまりは、藩からは罪人扱いはされておらず、さらには斉彬の寵臣であった西郷を無碍には出来ないため、藩は幕府の目の届かぬ奄美大島に西郷を隠したのでした。そのため、西郷の身分は元のままで家禄六石(のちに十二石)が給され、弟の吉二郎には金二十八両が支給されています。ドラマで米や本が送られてくるというのは、こうした事情があったからです。」

「西郷が菊池源吾と名を改めたのも幕府の目をごまかすためでしたが、西郷家の祖先が菊池氏の出であった事に依るとも言われます。」

「その西郷が島に来た当初は、島人を見下していた事は事実の様です。自分は罪人ではないという意識と、つい最近までは国事に奔走していたという意識がそうさせたのでしょう。ただ、島の娘たちの美しさには魅せられた様で、友人への手紙の中でそう触れています。」

「そうした中で、薩摩藩の島人たちへの苛政の酷さを見るにつけ、松前藩のアイヌ民族への苛政より酷いとも憤るようになります。薩摩藩のやり方は調所広郷の時代に砂糖をすべて専売制にした事に始まり、大坂の商人たちへの返済の担保としていました。そのため、島人たちへの搾取は苛烈を極め、ドラマにあった様に田畑は全てサトウキビ畑とされ、島人たちは毒のあるソテツの実を食べていたと言われます。ドラマで西郷の食べていたかゆもソテツの実でした。」

「そうした実態を見るに付け、西郷は島人に狼藉を働く島の役人たちに、直談判をした事もあった様ですね。そして、いつしか、島人たちは西郷を頼りにする様になったとも言われます。もっとも、西郷は常に薩摩藩への帰参を願い続けていました。」

「とうまは漢字で書くと於戸間金、於は女性に対する尊称、金は子にあたります。今風に言えばとま子という事になるのかな。」

「そのとうまたちが使う奄美大島の言葉は薩摩弁よりもさらに難しく、字幕を見なければ判りませんね。でも、それだけ土地の雰囲気が判り良いと思います。不思議なシャーマンの存在も島の情緒を高めていますね。」

「次回はそのとうまと西郷の関係が深まる様ですね。どんな展開が描かれるのか今から楽しみです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著


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2018.05.12

京都・洛北 賀茂競馬・競馳 ~上賀茂神社~

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やっと姿を現した乗り尻たちですが、儀式はまだ続きます。乗尻が馬場に入ってくるのは午後2時頃ですが、実際に走り出すのは午後3時頃になります。

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まずは警護衆による馬場の検分が行われます。これは地元の小学生たちが馬場を往復し、異常がないかを確かめるという儀式ですね。

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馬場の横には5本の鉾が立てられています。これは神様が競馳を見るために、鉾を依り代としてここに来ているという意味があります。この鉾は三番の競馳が終わった後は伏せられ、神様たちは後は勝手にせいと神殿に帰って行かれる事になります。

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警護衆の検分が終わった後もまだ儀式は続きます。乗尻たちが馬場を南下して行くのですが、まっすぐに行くのでは無く、じくざぐに進んでいきます。これを九折南下と言い、乗尻たちが馬場の様子を確かめるという意味があるそうです。

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乗尻が馬場の南に整列したらいよいよ競馳が始まりますが、そこでもまだ儀式があります。馬を馬場に慣れさせ、馬の様子を見るために、三遅、巴、小振りという儀式が行われます。これは馬場の中を乗尻たちが馬に乗ってぐるぐる回るのですが、馬同士が近づいた時にどんな反応をするのかを見るという意味もあるそうです。

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ここまでの儀式が終わって、やっと競馳が始まります。まず一走目は左方が最初に走り、走り終わったところで右方が走り始めます。これは左方の馬が京都所司代から奉納された馬であり、必ず勝たせなければならないという事情があります。今で言う忖度ですね。この写真は右方の馬が猛然と走り出したところですが、乗っている乗尻は庁屋で一人だけ横を向いていた乗尻です。

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二番目からはガチの勝負となります。しかし、写真を撮っていてあれっと思ったのですが、左方の馬が馬だけで走ってきました。私のところからは見えなかったのですが、スタート直後に乗尻が振り落とされてしまったのですね。こういう光景は初めて見ましたが、乗尻が振り落とされるという事は、ままある様です。なお、この時の乗尻は怪我も無く、無事だったそうです。

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勝負の結果は三勝二敗一分けで左方の勝ち。左方が勝った年は五穀豊穣が約束されるという事なので、まずは目出度しです。必ず左方が一勝を上げる事になっているので左方が有利なのですが、年によっては右方が勝ってしまう事もあります。このあたりが真剣勝負の怖さですね。

今年も無事に賀茂競馬は終わりました。また来年も無事開催され、楽しませて貰えたらなと思います。

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2018.05.11

京都・洛北 賀茂競馬・儀式 ~上賀茂神社~

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平成30年5月5日、上賀茂神社にて賀茂競馬(かもくらべうま)が行われました。上賀茂神社における競馬は、1093年に宮中武徳殿の競馬会式を移された事に始まります。当初は10番20頭の競馳が行われ、19国20カ所の荘園が寄進されました。

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それほど古い神事であることから儀式の連続で、中には意味が忘れられたものも少なく無い様です。この写真は乗尻(のりじり・いわゆる騎手)が身支度をしているところ。特に冠は自分で付けるのは難しいらしく、お互いに協力しながら付けていました。以前は髷があったので比較的簡単だったそうですが、今は無いのでずり落ちない様にするのが大変なのだそうです。

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こちらは御手洗川で自己修祓を行っているところ。こより状のもので身体を清め、それを川に流して修祓は終わります。このとき、左方(さかた)は足を水につけますが、右方(うかた)は水につけないという違いがあります。

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これは乗尻たちが庁屋に着座したところ。ここで注目したいのは、右方の左端の乗り尻が一人だけ横を向いているところです。この乗尻は右方として最初に走るのですが、恒例として左方が先に走り、その後を追うように一人で走ります。つまりは最初から負けが決まっており、勝負には参加しないという意味なのか、拗ねていると言う意味なのか、謎の座り方ですね。

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この後、修祓があり、勝ち栗の儀のあと手水を使い、境内の外に出て藤木社の周辺に集まります。藤木社では特に何もせず、左方と右方に別れて馬に乗り、再び上賀茂神社へと向かいます。この儀式も何の意味があるのか判りませんが、社家を背景に馬が歩く姿は絵になりますよ。

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上賀茂神社に戻った乗尻たちは、今度は日方乗りという儀式を行います。切壁という場所において馬上拝を行うのですが、左方がそのまま一の鳥居に向かうのに対し、右方は輪乗りをしてから一の鳥居を目指します。この違いも陰陽道の影響らしいのですが、詳しい意味は良く判らない様ですね。

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一の鳥居前に集合した乗尻たちは、向かい合って一列に整列し、たすき掛けを行います。これが月方乗です。これが済めば、乗尻を先頭に参道を参進し、馬がそれに続きます。このあたりまでが一般人が見られる一連の儀式ですね。この後、乗尻たちは本殿前に入り、修祓、奉弊の議などが行われますが、これは一般人は見る事が出来ません。

これらの儀式が終わった後、やっと乗尻たちが馬場に姿を現す事になります。その様子は明日お届けします。

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2018.05.10

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~東福寺 5.4~

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光明院の後は東福寺を訪れてきました。この時期の東福寺は訪れる人も少ないと思っていたのですが、この日は結構な数の拝観者がいました。

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もちろん紅葉時分に比べると少ないのですが、拝観券売り場に行列が出来ていたのには驚きました。やはり新緑の美しさが知れ渡ってきたのでしょうか。

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それでも通天橋の展望台に誰も居なくなる瞬間があり、こういう写真も撮る事が出来ました。この構図が撮れたのは初めてではないかしらん。

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新緑は期待どおりに素晴らしく、どこを見ても緑、緑で溢れていました。夏場と違って、まだまだ柔らかいもみじの葉が美しいですね。

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ここならではの新緑が、通天楓の新葉です。もみじの新緑とは少し色合いが違い、広い境内の緑に変化を与えています。秋の紅葉の時は堅くなるのですが、今の時期はあくまで柔らかく、美しい色合いでした。渾然とした新緑を見るだけでも、訪れる値打ちはありますよ。

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2018.05.09

京都・洛東 ツツジ20018 ~光明院 5.4~

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連休後半の二日目は、ツツジを求めて光明院を訪れてきました。ここは庭園の背後の大刈り込みにツツジとサツキが植えられており、この時期にはツツジが、その後にはサツキが咲くという仕掛けになっています。

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この日は入り口にある大ツツジの花が終わっていたので、庭のツツジも期待出来ないかなと思っていたのですが、杞憂に終わりました。すこし寂しい感じもしたのですが、これだけ咲いていればよしとするのでしょう。

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この庭の作者は重森三怜氏。この大刈り込みを作るのに24年の歳月を掛けたと言いますが、執念じみた思いを感じますね。

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その大刈り込みを維持管理するのも大変な事でしょう。重森氏の思いを壊さぬ様に手入れを続けて行くのですから、並大抵の事ではないでしょうね。

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ここも穴場と言って良い場所だったのですが、だんだんと訪れる人が多くなってきています。とくに外人さんが増えてきたということは、やはりガイドブックにでも載ったのかな。外国の人が増えるのは良い事なのでしょうけど、その反面静かな環境が失われるもの寂しい事だと思います。

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2018.05.08

京都・洛北 京都新緑事情2018 ~延暦寺 5.3~

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延暦寺があるのは大津市になります。なので表題を京都にするのはおかしいのですが、京都側から登っているのでここでは便宜上京都で通す事にします。

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延暦寺は根本中堂の修復が真っ最中で、すっかり素屋根に覆われています。予定では修復の様子が見られる様にステージが組まれるはずなのですが、まだ準備は出来ていない様でした。拝観自体は通常どおりに行え、中に入ってしまえば工事中という感じは全くしません。

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この日は横川まで行ってきました。シャトルバスでの移動になりますが、一日乗車券を買った方が絶対お得ですよ。一日乗車券は千円ですが、東塔から横川までの通常料金は680円なので往復するだけでもおつりが来るのです。

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横川では四季講堂(元三大師堂)を訪れてきました。ここは元三大師の住居跡と伝わる場所で、村上天皇の命によって四季に法華経が論議された事から四季講堂とも呼ばれます。

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また、ここはおみくじ発祥の地としても知られますが、現在普及しているおみくじとは違い、大吉や凶という区別はなく、仏の導く言葉が書かれているそうです。そして、たとえ意に沿わない事であってもその言葉に従う覚悟のある者だけが占いを受ける事が出来、そうでなければ占いそのものを受ける事が出来ません。占いを受けるにはあらかじめ電話で予約が必要で、その覚悟があるかを確認し、占うかどうかは講堂の僧侶が決めるのだそうです。なまじっかの覚悟では受けない方が良い様ですね。

横川にはまだ見所があるのですが、バスの時間が迫っていたので、ここだけで引き返す事にしました。今度は時間のある時にじっくりと見て回りたいと思っています。

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2018.05.07

京都・洛北 初夏の庭 ~ガーデンミュージアム比叡 5.3~

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連休後半の初日は比叡山を訪れてきました。最初に入ったのはガーデンミュージアム比叡、山頂にある素敵な庭園です。

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毎年この時期には美しい花で埋まるのですが、今年は少し寂しい感じでした。この庭に入った時に丁度新しい花を植えられていたので、もしかしたらこの前日に降った雨のせいで花が痛んだのかもしれません。

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あるいは新しい花と入れ替える端境期にあったのかな。このチューリップも一見綺麗ですが、よく見ると痛んだ花が目立ちます。

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香りの庭では、ビオラを中心に美しい花が咲き誇っていました。ここは雨の影響もなくかったらしく、よく手入れされた庭が気持ちよかったです。

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中でも気に入ったのがフリンジ咲きのチューリップで、これだけ綺麗なチューリップも珍しいんじゃないかしらん。ガーデンミュージアムで花を堪能した後は、延暦寺を目指す事にします。

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2018.05.06

西郷どん 第十七回「西郷入水」

苦難の末薩摩にたどり着いた西郷と月照。

薩摩藩の跡継ぎを茂久とし、久光を後見と定めた斉彬の遺言。
しかし、実権を握ったのは斉興でした。

天璋院と名を改めた篤姫。
篤姫に懐かない家茂。
責任を取って暇乞いをした幾島。

斉彬の遺志を継ごうとする久光を遮り、幕府への恭順を決めた斉興。

西郷と月照が薩摩に入った事を聞き、日向送りを命じた斉興。
西郷を救おうと八方手を尽くす正助。
しかし万策尽き、西郷を生かすために月照を斬る事を勧める正助。
覚悟を決めた西郷。

夜、月照と共に船出をした西郷。
冬の錦江湾に、抱き合って飛び込んだ二人。

「今回は西郷の入水までが描かれました。覚悟を決めた西郷の哀しさと、西郷を思う正助の心意気がよく描かれていたと思います。」

「久光も意外と良い人だったのですね。律儀に斉彬の遺志を継ごうとしたものの、斉興の迫力の前に屈してしまったのでした。」

「実際の久光は、教養も高く、決断力も備えた実力者でした。幕末の薩摩藩を動かしたのは西郷や大久保ではなく、藩の実権を握っていた久光だったと言われます。しかし、その後西郷や大久保が目指した近代日本は性に合わず、ことごとく明治新政府の方針に反対したのでした。そのため、後世には良く言われる事がなく、幕末期に果たした役割も矮小化されてしまったのでした。」

「それはともかくとして、月照を薩摩に連れて行ったのはドラマには登場していない福岡藩士の平野国臣でした。国臣は勤王の志士として知られ、西郷とも親交がありました。この時、西郷は月照を受け入れるべく一足先に薩摩藩に帰り、月照に同行していた俊斉もまた薩摩へ様子見に帰ってしまいます。付き添う者は下僕の重助だけとなった月照を救ったのが国臣で、苦心の末月照を薩摩藩に潜り込ませる事に成功したのでした。」

「ドラマでは西郷たちを救うべく奔走したのは正助でしたが、実際に月照を救うべく奔走したのは西郷自身でした。しかし、その甲斐もむなしく斉興が実権を握った薩摩藩では、幕府のお尋ね者となった月照を匿う度量はなく、日向送りと決めてしまったのです。そしてその役目を他ならぬ西郷に命じたのでした。ドラマにあった様に、西郷までが日向送りにされたというのは事実に反します。」

「西郷と月照が抱き合い心中をしたのは史実のとおりで、苦楽を共にした月照一人を死なせる事は、西郷には出来なかったのですね。藩命と友情の板挟みにあった西郷の苦衷の決断でした。ドラマの様に、月照を殺せば自分が助かるという設定は、少し余計だった様に思われます。」

「次回からはいよいよ奄美大島編が始まるようです。入水した西郷がどうなるか、その西郷がどんな変化を見せるかが見所となるようですね。新しい登場人物も出てくるようで、これからの展開が楽しみです。」

(参考文献)
「西郷隆盛」 「西郷隆盛 維新150年目の真実」 家近良樹著 「西郷隆盛 手紙で読むその実像」 川道麟太郎著 「史伝 西郷隆盛」 海音寺潮五郎著 「西郷隆盛53の謎」 原口泉著 「勝海舟と西郷隆盛」 松浦玲著

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2018.05.05

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~清閑寺 4.29~

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清水寺の裏口から歩いて5分のところにあるのが清閑寺です。以前はほとんど訪れる人も居ない穴場だったのですが、最近はそうでもなくなったようです。

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これが清閑寺への入り口です。左に行けば清閑寺に通じているのですが、右に行けば山科を通って大津へと繋がっています。その途中にあるのが五条人道と呼ばれるトンネルなのですが、京都有数の心霊スポットでもあります。私は歩いた事は無いのですが、誰も居ないのに人の声が聞こえてくるなど色々あるという噂ですよ。

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それはともかくとして清閑寺です。私が行った時は誰もおらず、相変わらずひっそりとしたものでした。でも、これが一時的なものであった事は後で判る事になります。

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清閑寺には要石と呼ばれる石があります。この写真で判るように、京都の景色の要の位置にある事からこう呼ばれますが、この石を拝めば一つのお願いを叶えてくれるそうです。もし訪れる事があれば、願い事をされては如何ですか。

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ここは前回の西郷どんで出てきた西郷と月照の薩摩落ちの際、密議を交わした場所とされます。以前にあった郭公亭という茶室がそうで、残念ながら老朽化のために取り壊されて今はありません。半年ほど前に訪れた時には何か作業中のようだったので再建されるのかと思ったのですが違いました。でも、ここから二人が薩摩に向けて旅立ったかと思うと感慨深いものがあります。

さて、ここが穴場ではなくなったという件ですが、外国人が次々に訪れる様になっていたのです。私が居た間は一人きりだったのですが、帰り道で何組もの外国人に出会ったのです。どうやらSNSで広がったのか、あるいはガイドブックに掲載されたのかしたのでしょうか。外国の人に知ってもらうのは良い事なのでしょうけど、また一つ穴場が無くなったというのも寂しい気がしますね。

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2018.05.04

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~清水寺 4.29~

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三年坂から清水坂を通り、清水寺までやってきました。そこでは期待通り、溢れんばかりの新緑が待っていてくれました。

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ここまで来ると、どこから来たのかと思うほど人が集まっていました。二年坂、三年坂は静かだったのにね。さすがは清水寺と言うべきなのかな。

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本堂は修復の真っ最中で、木槌の音が響いていました。あれだけの大屋根ですからね、葺き替えるのもさぞかし大変な事なのでしょう。修復工事の一般公開は無いのかしらん。あれば見に行きたいのだけどな。

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子安の塔もまた新緑で囲まれています。修復から数年が経ちましたが、まだまだ丹塗りの色は褪せてはおらず、新緑との組み合わせは鮮やかなものです。

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こちらは新緑に囲まれた三重塔です。実は紅葉の時に撮った写真と同じ構図なのですが、印象は随分と違いますね。季節に応じた美しさを見せてくれるのが清水寺です。

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2018.05.03

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~三年坂 4.29~

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4月も終わりを迎えた三年坂では、枝垂れ桜が綺麗な葉桜となっていました。やはり花の美しい桜は、新緑の美しさも素敵なものがありますね。

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ここも昼間は繁華街の様な人出で賑わうのですが、この時間帯なら誰も居ない瞬間があります。誰に気兼ねする事なく、自由に歩いたり、写真を撮る事が出来ますよ。

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少し気をつけなくてはいけないのは、店に配達に来る車が通る事かな。普段はこんなところに車が来るとは思っていませんから、突然現れたトラックに驚かされたりします。

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三年坂まで来ると、清水寺の拝観を終えた人たちでしょうか、三々五々と坂を下りてくる人たちに出会いました。私のように混雑を避ける人たちも結構居る様ですね。

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この後は、枝垂れ桜の新緑を潜って清水寺を目指す事にします。目的はもちろん新緑、境内にあふれる様な緑を期待して坂を上ります。

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2018.05.02

京都・洛東 京都新緑事情2018 ~二年坂 4.29~

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昼間には人混みでごったがえかす二年坂も、朝早くなら誰も居ません。やっぱり東山散策は早朝に限りますね。

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二年坂の新緑は、この塀越しに伸びるもみじです。緑の少ない界隈にあって、貴重な点景と言って良いです。

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:建仁寺でも感じましたが、まだもみじの葉は柔らかい感じがします。輝きは失せましたが、まだ新緑と呼べる美しさは残っています。

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この静けさもほんの一時の事、9時も過ぎる頃になると、いつもの喧噪が戻ってきます。つかの間のこの風情を今のうちに楽しまなくては。

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難点はまだどこも店が開いていなくて、かさぎ屋さんに寄って一息入れようとは行かない事でしょうか。そのあたりは、静けさとのトレードオフなのかな。それにしても、最近の二年坂は混みすぎなんだよなあ、まったく。

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2018.05.01

京都・洛東 八坂の塔点景

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建仁寺から八坂の塔へとやってきました。久しぶりに境内のもみじの下で、風鐸の音を聞きながら塔を見上げてみたかったのですけど、まだ時間が早すぎて入るのは無理でした。

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その八坂の塔の前を通る夢見坂ですが、変わらない様でいて次々に改装や建て替えが行われています。やがては二年坂の様にお店だらけの道に変わってしまうのかな。

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高台寺の方に来ると、登り口に白いツツジが一杯に咲いていました。ここって、以前からこうだったのかしらん。ツツジ越しに見る八坂の塔はなんだか新鮮な気がしました。

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こちらは京都タワーと新旧の塔を並べた定番の構図です。新しいとは言っても京都タワーも開業以来53年の月日が経っていますから、コンクリート製のタワーとしては老舗の部類に入るのでしょうか。メンテナンスが欠かせないのは、八坂の塔以上なのかもしれませんね。

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駐車場の方に来ると、ここでは赤いツツジが咲いていました。花と八坂の塔という組み合わせはあまりないですから、この日は良いものを見せてもらったと言えそうですね。初夏らしい風情を堪能した一時でした。

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