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2016年12月

2016.12.31

良い年をお迎えください

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2016年もあと1日となりました。例年なら今年の漢字をここに掲載するのですが、今年はありません。なぜって、昨年までと違い、清水寺ではなく漢字ミュージアムに移されたのですね。清水寺にあった方が有り難味があると思うのですが、主催者の意向とあっては仕方がないですか。

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その清水寺では現在修復工事が進捗中です。長らく素屋根に覆われていた奥の院と阿弥陀堂が姿を現し、着実に作業が進んでいる事が判ります。意外だったのが奥の院が着色されている事で、これが本来の姿だったのでしょうか。まだ下半分が元のままなのは、作業上の都合なのかな。

本堂は来年早々から着手されるとの事ですが、既に本堂裏手にはバリケードが施されており、準備は進んでいる様子です。終了は2020年の予定と聞きますから、4年ほどは素屋根に覆われる事になりますね。たぶん、正月明けから作業が始まると思われるので、この初詣がしばしの見納めになるのかな。

でも、素屋根が取れたら極彩色の本堂になっているのかしらん。あり得ない事ではないですけど、私的には違和感だらけだな。

さて、今年も1年間当ねこづらどきにおつきあい頂きまして、ありがとうございました。つたない記事ばかりですが、日々更新を続けて来た事だけが取り柄のブログです。この先どこまで続けられるか判りませんが、来年も更新は毎日行っていくつもり。ただ、残容量が少ないのが泣きどころで、別のプロパイダに移るかも知れません。どうするかは考慮中です。

2017年が皆様にとって良い年でありますように。
来年も当ねこづらどきをよろしくお願いいたします。

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2016.12.30

京みやげの新定番 京ばあむ

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京都のお土産の定番と言えば生八つ橋などでしょうけど、その生八つ橋のおたべが推している新しいお土産があります。それが京ばあむ。その名の通り京都風のバームクーヘンですね。

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京都産の豆乳と、国産100%の小麦粉を合わせたスポンジ生地に、宇治の抹茶に煎茶をブレンドした抹茶生地を層に重ねたとの事。一番外側には抹茶をブレンドした砂糖がコーティングされています。味はまずます、お土産としては丁度良いかな。ただ、1166円からと少し価格が高めですね。

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新しいと言っても、実は2008年からあったそうで、私が知らなかっただけなのかな。祇園と清水坂に専門店があるほか通販でも買うことが出来ます。他の店でも、おたべを扱っている処なら売っているみたいですよ。

京都のお土産を何にしようかと悩んだ時は、一度選んでみられては如何ですか。

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2016.12.29

京都・洛東 お茶の花 ~建仁寺~

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京都の花街の一つ祇園にあって、禅宗の伝統をまもり続けている寺が建仁寺です。無論順序は逆で、明治の上げ地令によって削られた建仁寺の境内に、今の祇園町が出来たのでした(追記:部分的には江戸期に建仁寺自ら、地子銭目当に境内を開発した箇所もあった様です)。

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その境内にあって一際大きな建物が法堂です。1765年(明和2年)に建てられたもので、内部には尊釈迦如来座像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が安置されています。どういう訳か天井には何も描かれていなかったのですが、平成14年に創建800年を記念して小泉淳作画伯の筆による双龍図が描かれました。それが冒頭の写真ですね。

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建仁寺を開創したのは栄西禅師、禅師はまた喫茶養生記を著した事でも知られ、その縁からでしょう、境内にはお茶の木が沢山植えられています。お茶はツバキ属に属する植物ですから、花の形も咲く時期も山茶花によく似ていますね。

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ただ、観賞用ではないので、とても小さくて地味な花です。よく見ないと見落としちゃうかな。でも、地味なりに美しさもあって、私は好きですね。建仁寺を歩かれる事があったら植え込みの中を覗いてみてください。白と黄色の小さな花が見つかるかも知れませんよ。


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2016.12.28

京都・洛中 ラ・クッチーナ イタリアーナ 錦まつむら

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錦市場は、以前は本当の市場で食べる所はほとんど無かったと思うのですが、今はイートインなど様々な食事処が出来ています。錦まつむらもその一つで、錦でイタリアンが食べられるとは思わなかった。

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頂いたのはランチで、前菜、メインディッシュ、デザートになります。これは前菜の野菜の煮込みで、素材の味が生きた美味しい一品でした。

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メインは2種類から選ぶ事になります。こちらは豚の肩ロースのステーキで、焼き加減も良く、ソースとも良くマッチして美味しかったです。また、この下に野菜が隠れているのですが、それぞれ素材の良さが伝わってくる味てした。

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こちらはもう一皿の鯛のソテーです。これも余計な味は付けずに、鯛のうま味を最大限生かした調理がされていました。

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ただ、私的には美味しいと思ったのですが、はっきりした味付けを好む人には物足りなく感じるかも知れません。そのあたりが評価の分かれるところかも知れませんね。

このランチで1900円、他にパスタランチ1200円というのもあります。錦に行ったついでにイタリアンというのも悪くない選択かと思いますよ。

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2016.12.27

京都・洛中 歳末風景2016 ~錦市場~

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京都の台所と言えば錦市場です。今は観光客で年中賑わっていますが、やはり年末になると正月準備のためにさらに混み合うことになります。

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伝統的な正月料理として欠かせないのが数の子などのおせち料理の具材です。数の子はかなり高価ですけど、錦の魚屋さんには大抵置かれていますね。また、棒鱈もこの時期によく見かける食材の一つです。

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京野菜にも面白いものがありますね。店先に長いものがぶら下がっていると思ったら堀川牛蒡でした。これって看板代わりなんでしょうかね。値段も2500円からと結構していましたよ。

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ここはテレビでも良く紹介される田中鶏卵さんです。鶏卵と言っても主力はだし巻きで、売れ筋の京だし巻きのほか、う巻き、活けはもだし巻きなんていうのもあります。如何にも京都らしい店ではありますね。

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ここも最近話題になる櫂-KAI-さんです。面白いのが左端にあるたこ玉子で、イイダコの頭にうずら玉子が入っているのですね。これが結構美味しいと評判になっています。1つ300円と少し高めですけど、食べ歩きには丁度良いので、お一つ如何ですか。

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2016.12.26

第28回 全国高校女子駅伝

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平成28年12月25日、今年も師走の風物詩、全国高校女子駅伝の観戦に行って来ました。観戦したのは2区と3区でしたが、先頭を巡るデッドヒートを見られるなど、見応えのあるものでした。

写真はまさに2区の先頭争いをしているところで、大阪代表の髙松智美ムセンビ選手が長野代表の松澤綾音選手と激しく争っている瞬間です。結果は、髙松選手が区間2位のタイムを記録して9人抜きを果たし、トップに躍り出ました。

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毎年上位を争う地元京都ですが、今年は振るわず9位に終わってしまいました。この時は9位から5位にまで上がって期待させたのですけどね、後が続かなかった様です。

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2区で20人抜きをしてみせたのが青森山田のモニカ マーガレット選手。さすがに走りが違っていました。ただ、上には上が居て、仙台育英のヘレン エカラレ選手は区間1位の記録で、なんと27人抜きを果たしています。何とも、ものすごい選手がいるものですね。

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中団の争いも見ていて面白いですね。みんな全国区に出てくる様な選手ばかりですから、実力が拮抗していて見応えのある走りを見せてくれます。

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地元の応援は、今年も暖かいものでした。上位下位、地元、他府県関係なく拍手と声援が飛び、見ていて気持ちのよいものでした。

結果は既報のとおり大阪薫英女学院が2年ぶりの優勝を果たしています。強豪校の興譲館や豊川といったところが振るわなかったのは、やはり毎年選手が入れ替わる高校駅伝の難しい所なのかな。

来年はどんなレースを見せてくれるのか、今からまた観戦に行くのを楽しみにしているところです。

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2016.12.25

京都・洛中 クリスマス風景2016 ~新京極~

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今日はクリスマスの日、ここまで様々なクリスマスイルミネーションを紹介してきましたが、最後は新京極のクリスマス風景をお届けします。

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新京極と三条通が交わる場所が微妙な坂道になっています。通称たらたら坂と言いますが、坂の上から見ると少しだけ見通しが効くのがわかります。

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たらたら坂の起源は安土桃山時代に遡り、秀吉が三条大橋を架けた時に、前後の道も橋桁と同じ高さにした事に始まるのだとか。当時は新京極のあたりはまだ河原で、段差は捨て置かれたのですね。

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時代はずっと下がり、明治5年に新京極通が整備された時に、段差を解消するために小さな坂が造られました。それが今のたらたら坂ですね。名前の由来は歩くとぞうりがたらたらと音を立てたからだとか言われますが、真偽のほどは判りません。

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この新京極のクリスマスの飾り付けも今日までで、夜中には正月飾りに変えられるのでしょうね。キリスト教から神道あるいは仏教へと、変わり身の早さは日本ならではかな。まあ、楽しければ良いといういい加減さは、私も人後に落ちませんけどね。

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2016.12.24

京都・洛南 クリスマスイルミネーション ~京セラ本社~

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今日はクリスマスイブ、それに相応しいイルミネーションをお届けします。それが京セラ本社イルミネーション、本社ビル前に植えられたケヤキ並木が青く輝き、本社ビルが巨大なツリーに変身しています。

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このイルミネーションが始められたのは1998年との事ですから、今年で18年目を迎える訳ですね。少し交通の便が悪いので訪れたのは初めてですが、もっと早く来ておけば良かったです。

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高速道路に面しているのでもっと喧しいかと思っていたのですがそんな事はなく、静かな音楽が心地よい空間でした。

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出来ればビルの上から見られれば良かったのだけれど、それはセキュリティ上無理なのでしょうね。ビルの前にはいくつか銅像が置かれていて、これは風の又三郎とありました。

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駅から少し遠く、わざわざ行く価値があるかというと難しいところなのですが、たどり着いた時は感激する事請け合いですよ。イルミネーションは明日までなので、興味のある方はお出かけ下さい。

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2016.12.23

京都・洛中 かぼちゃ炊き ~矢田寺~

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平成28年12月23日、京都三条寺町にある矢田寺で、かぼちゃ炊きの行事が行われました。このかぼちゃには諸病退散や中風除けに御利益があるとされ、毎年この日に振る舞われています。

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調べてみると始められたのは20年程前と比較的新しく、たぶん今の天皇誕生日に合わせて始めたものなのでしょうね。

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矢田寺と言えば奈良の大和郡山にある寺が有名ですが、この寺はその別院として建てられたものだそうで、同じ名前なのもうなずけるというものです。もっとも、矢田寺別院とか院号が付かないのはなぜかなという気はしますけどね。

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これがかぼちゃ炊きです。ほくほくして美味しいですよ。先着1000名に無料で配られますが、ここ数年訪れる人が急増していますね。以前は無かった行列が、この日も長く延びていました。でも、無病息災の御利益が得られるのであれば、少しくらい並ぶのも苦ではないですね。また来年もお呼ばれに行こうかなと思っているところです。

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2016.12.22

京都・洛中 クリスマスイルミネーション2016 ~平安女学院大学~

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平安女学院大学でアグネスイルミネーションが行われています。これは室町通に面した大学本部前に施されたクリスマスイルミネーションで、今年で12年目ほ迎えるそうです。

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イルミネーションは学生による委員会が中心となっって制作されたもので、ほぼ手作りなのだそうですね。それもペットボトルなどを再利用したもので、制作費もほぼ0円なのだとか。

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それでこれだけ綺麗なのだから見事なものです。既にこの時期の風物詩として溶け込んでいるらしく、見物人が次々と訪れていました。

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あまりキリスト教の事は知らないのですが、アグネスとは4世紀初頭に実在した聖人の事なのですね。わずか13歳で殉教したそうで、女性の守護聖人として崇められているとの事です。

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このイベントでは室町通をアグネス通と呼び、聖なる一角とみなしているのでしょうね。そのつもりでこのイルミネーションを見ると、まだ違った見え方がして来るのかもしれません。

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2016.12.21

京都・洛中 クリスマスイルミネーション2016 ~同志社大学~

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同志社大学今出川キャンパスに巨大なクリスマスツリーが出現しています。私は知らなかったのですが、2年前から始められた様ですね。

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正体はヒマラヤスギなのだそうですが、それにしても巨大なものですね。設営、撤去にも相当な手間暇が掛かるだろうな。

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既に終わってしまいましたが、11月21日には点灯式もあった様ですね。見に行きたかったところだけど、平日とあってはどっちみち無理だったかな。

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このツリーはレンガ造りの礼拝所などと良く似合っていますね。地下鉄今出川駅から歩いてすぐですから、何かのついでに覗いてくるには良いかも知れませんよ。


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2016.12.20

京都・洛北 クリスマスイルミネーション2016 ~北山ウェディングストリート~

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地下鉄の駅で言えば、京都府立植物園の隣になる北山ウェディングストリートでもクリスマスイルミネーションが行われています。

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イルミネーションを灯しているのは一連のウェディング施設で、北山ル・アンジェ教会、北山ノーザンチャーチ教会などが主となります。

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残念ながら挙式が行われている時は内部に入ることは出来ないのですが、外から見ているだけでも十分に綺麗ですよ。

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23日にはキャンドルナイトが行われるので、ル・アンジェ教会内にキャンドルが灯され、中に入ることが出来るます。とても幻想的で、美しい景色を見る事が出来ますよ。17時開始で18時消灯との事です。

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北山阿ウェディングストリートのクリスマスイルミネーションも25日までです。地下鉄松ヶ崎駅を出てすぐですから、一度は見に行かれては如何ですか。

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2016.12.19

京都・洛北 クリスマスイルミネーション2016 ~京都府立植物園~

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今年も京都府立植物園でクリスマスイルミネーションが開催されています。正確には観覧温室の夜間開室とイルミネーションというみたいですね。

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去年から始まったのが楠並木のライトアップです。赤、黄、緑など幻想的な光で楠が照らし出される様は圧巻ですよ。

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このイベントではミニコンサートも行われています。この日はノートルダム女子大学ハンドベル部によるクリスマスソングの演奏でした。綺麗なベルの響きで、すてきな一時を過ごさせて頂きました。

このミニコンサートは25日までの間日替わりで行われるのでスケジュールを確認の上お出かけください。

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イルミネーションはほぼ昨年並みかな。このイベントが始まった当初からある記念撮影用の橇は今年も健在でした。

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京都府立植物園のイルミネーションは25日までの開催です。閉園が20時と少し早いので、その点にだけ注意して訪れてください。

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2016.12.18

真田丸 第50回「最終回」

とある尼寺。正信と相部屋になった信之。

大坂城、真田勢の部屋。決戦を前に酒で盛り上がる真田十勇士。そこに現れた幸村。命を惜しめ、そして必ず勝てと幸村。

厨。与佐衛門を問い詰める幸村。娘と妻が太閤に手込めにされ、命を絶った、以来、秀吉と大坂城が消え去るのをこの目で見るまでここに居ると与佐衛門。生かしておけぬと刀を抜く幸村。役目は終わったと串で腹を突く与左衛門。

秀頼の御前。本日は総掛かりで行くと幸村。真田勢と毛利勢が天王寺に陣取り敵を引きつけると勝永。その間に明石隊が敵の背後に回り込むと全登。岡山口は治房に任せると幸村。そして、満を持して秀頼公自ら御出陣頂くと幸村。

千成瓢箪が掲げられたのを合図に全軍一斉に襲いかかりますと治長。必ずや家康の首を取ってご覧にいれますと幸村。

淀の方の部屋。この頃、城と共に滅びる夢をよく見る、死ぬ時は誇り高くありたいものと淀の方。世の中に誇り高き死など無い、誇り高く生きて欲しいと幸村。死など怖くないと淀の方。燃えさかる城の中で喉を突き、血まみれになったご自身の姿を考えた事がありますか、秀頼公の首が三条河原に晒される様を思い描いた事がありますかと幸村。悩乱する淀の方。

抱き止める幸村。私の親しい人は皆死んでいくと淀の方。長い間悪い夢を見てきた、それも間もなく終わると幸村。

お上様にお願いしたき事がと幸村。出来る事ですかと淀の方。家康の首を取ってくる、それから先は徳川と豊臣がどう折り合いを付けるかという談判になる、また戦になれば次は必ず負けると幸村。左衛門佐が居れば勝てると淀の方。無言の幸村。死ぬつもりなのですねと淀の方。

戦に勝った後ならより良き和議の案を突きつける事が出来る、大坂城を捨てる代わりに四国全土の主として認めさせるのですと幸村。判りましたと淀の方。万に一つ、家康を討ち漏らした時は、千姫様を秀忠の下に和睦の使者として使わして下さいと幸村。うなずく淀の方。望みを捨てなかった者にのみ、道は開けるのですと幸村。

幸村の部屋。父が今の私を見たら何と言われるかなと幸村。もちろん喜ばれるでしょうと内記。私はこの世に居た証しを何か残せたのかと幸村。人の値打ちは己が決める事では無い、時が決めると内記。戦国の世に義を貫き通し、徳川家康と渡り合った真田幸村の名は、日本一の兵として語り継がれるに相違ないと内記。どんな終わりを迎えてもかと幸村。大事なのは如何に生きたかですからと内記。

早蝉の声。私もせわしなく鳴いてくるかと幸村。

5月7日、茶臼山から岡山にかけて布陣した大坂方。別働隊として船場口に待機した全登隊。忠直、忠朝を主軸に数段の陣を構えた徳川方。

茶臼山の様子を見てきますと治長。戦場で会おうと秀頼。

淀の方の部屋。きりと天正カルタをしている淀の方。この戦は勝ちますと淀の方。落ち着いておられるのでほっとしました、左衛門佐様がそうおっしゃってましたからときり。二人はどんな関係と淀の方。どう言いますか、腐れ縁?ときり。

家康の陣。なぜ、こちらから攻めぬ、なぜ向こうは攻めてこぬと秀忠。秀頼の出馬を待っているのではと正純。我が陣営には豊臣恩顧の大名が多い、秀頼に出てこられては士気に関わると家康。幸村が寝返るという噂を立て、浪人の召し抱え、四国への国替えなどを盛り込んだ降伏勧告を出しては如何でしょうと正純。考える事が父に似てきたと家康。

茶臼山。秀頼公はと勝永。支度に手間取っているのではと治長。大蔵卿に止められているのではと勝永。それは無いと思いたいと幸村。とりあえずこれだけは先に運んで置いたと馬印を示す治長。今一度城を使いを出そうと治長。

この戦勝てるぞと勝永。私もそう思うと幸村。敵は30万、しかし、ほとんどの兵はまことの戦を知らぬ、加えて大名同士の繋がりも悪いと見たと勝永。秀頼公が城を出られたら、それを合図に我らで家康の本陣を目指して突っ込むと幸村。毛利勝永の名を日の本に知らしめてやると勝永。

そこに入った開戦の知らせ。もはや後には引けぬと幸村。家康の陣で待っていると勝永。

午前10時過ぎ、忠直隊から勝永隊に打ち込まれた鉄砲。それに応戦する勝永隊。忠朝隊を迎え撃つ勝永隊。

今すぐ打って出ると秀頼。なりませぬ、大御所様への返事はどうなされるのですと大蔵卿局。こんなものに何の意味があるのか、左衛門佐と約束をしたと秀頼。その左衛門左が徳川と内通しているという噂がありますと大蔵卿局。ありえぬと秀頼。左衛門佐の兄は徳川の大名、裏で通じていてもおかしくはございませんと大蔵卿局。ここまで我らを導いてくれたのは誰じゃと秀頼。罠かもしれませぬ、お城を出られてはなりませぬと大蔵卿局。その噂の真偽すぐに確かめよと秀頼。

忠朝隊を打ち破り、家康の本陣に向かった勝永隊。その手前に布陣していた信吉の陣。我らで食い止めようと信政。ここで戦えば必ず源次郎様の隊も加勢に現れると茂誠。無理押しはならぬと信吉。一人駆け出す信政。

信吉隊を撃破した勝永隊。続いて小笠原、榊原、諏訪、酒井を突き崩した勝永隊。

茶臼山。これより我らも打って出ますと幸村。秀頼公は何をしておられるのかと治長。大助に、城に戻って秀頼公にご出馬を促せと命ずる幸村。父の側に居たいと大助。この戦は、秀頼公の出馬があるか否かが勝敗の分かれ目だと幸村。父と戦いたいと大助。そなたは若輩の上、足に傷を負っている、側に居られては足手まといなのだと幸村。

大助の顔を両手で包み、頼んだぞと幸村。

私が寝返るという噂が流れている様です、疑いを晴らすにはこれしかないと幸村。

大坂城。秀頼の御前。徳川の間者と会っているところを見てしまい、それで口封じに真田に刺されたと与左衛門。

戦場を行く幸村の軍勢。

討ち死に36、手負いの者数知れずという損害を出した信吉の軍。戦場では一人の勝手な振る舞いで多くの兵を失う事になると茂誠。腹を切れば良いのかと開き直る信政。信政は大御所様を守るために敵勢に向かっていったのですとかばう信吉。

信政の前に現れた幸村の軍勢。一人立ち向かう信政。それにつられて打ちかかる信吉の軍勢。幸村に突きかかった三十郎。軽くあしらい小物に構うなと先を急ぐ幸村。泣き叫ぶ三十郎。

大混乱に陥った徳川勢。本陣めがけて突き進む幸村勢。

一旦軍勢を止め、目指すは家康の首ただ一つと叫び、再び突撃を開始した幸村。

家康本陣。幸村が迫っている事を知り、大混乱に陥った家康たち。

家康の旗本衆と戦い、本陣に突入した幸村勢。家康の馬印を倒した作兵衛。それは三方ヶ原の戦い以来の事でした。家康~!と叫ぶ幸村。

野道を転ぶように逃げる家康。

大坂方に圧倒的に有利な戦況。岡山口で秀忠軍に襲いかかった治房隊。

逃げ続けて息も絶え絶えの家康。ついに切腹すると言い出します。それを必死で止め、担ぎ上げて運んでいく旗本たち。

豊臣軍の圧勝寸前の戦況。それを変えてしまった治長の大坂城への帰還。その時、千成瓢箪を持ち帰ってしまったのでした。それを見て、動揺した豊臣方の兵士達。

大坂城に火を放った与左衛門。その煙を見て、戦機と見た家康。

陣を立て直した徳川勢。

幸村勢に襲いかかった直孝隊と高虎隊。風向きが変わったと生気を取り戻した秀忠隊。

苦戦する幸村勢。秀頼公はまだかと叫ぶ幸村。

秀頼の御前。皆秀頼公のご出馬を待っていますと大助。与左衛門は左衛門佐に斬られたと申していると大蔵卿局。あの男こそ徳川家に通じていたと佐助。そこに厨から火の手が上がったという知らせ。

秀頼公の前に帰って来て、今こそご出馬の時と治長。あい判ったと秀頼。そこに、馬印が戻った事で負け戦になったと勘違いした雑兵どもが逃げ出しているとの知らせ。さらに真田勢が退き、毛利勢も苦戦の様子との知らせ。どうやら流れが変わった様ですと治長。

徳川の猛反撃に遭った幸村勢と勝永勢。撤退を余儀なくされた全登勢。

奮戦を続ける真田勢。全身に弾を浴びながら幸村のための道を開く作兵衛。

これより打って出ると秀頼。それを引き留めた淀の方。武士らしく死にたいと言う秀頼に、勝てとは言っていない、生きよと言っていると淀の方。まだ策はある、望みを捨てなかった者にのみ、道は開けるのですと淀の方。

千姫を連れて大坂城を抜け出すきり。

大阪城内に攻め入ってきた徳川勢。一人立ち向かう内記。そこにやって来た大助。大助を秀頼の側にやる内記。

多勢に無勢で倒され、最後に昌幸の位牌を抱いて事切れた内記。

作兵衛の畑。そこに戻ってきた作兵衛。大勢の敵を倒し、すえ、梅とつぶやき、大の字になって倒れた作兵衛。

秀忠の陣に向かうきりの一行。その彼方に、一騎で駆け抜ける幸村。

一人家康の本陣の前に駆けつけた幸村。本陣の正面に座っている家康。十文字槍を地面に突き立て、馬上筒を乗せて照準を定めた幸村。しかし、弾はわずかに逸れて背後の旗竿をへし折っただけでした。

すぐに馬を進めて二丁目の馬上筒を出して、今度は左手を支えに照準を定める幸村。家康の前に集まる旗本達。手を出すなと叫び、前に進み出る家康。

殺したいなら殺せば良い、しかし、わしを殺したところで何も変わらん、徳川の世は既に盤石、豊臣の天下には戻らない、戦で雌雄を決する世は終わった、お主のような戦でしか己の生きた証しを示せぬ様な手合いは、生きていくところはどこにもないと家康。

その様な事は百も承知、されど私はお前を討ち果たさねばならぬのだ、わが父のため、わが友のため、先に死んでいった愛する者のためにと幸村。

幸村が弾を込め直した時銃声が響き渡ります。しかし、それは駆けつけた秀忠軍から撃たれたものでした。馬上筒を取り落とした幸村。襲いかかる秀忠軍。佐助の力を借りて奮戦する幸村。

その様子を見ている正宗、景勝、兼続。見事な戦いぶりだと正宗。武士とはあの様に生きたいものだと景勝。

高台寺。且元に茶を点てている寧。大坂城が燃えたと聞き、全ては夢の又また夢と寧。

とある神社。疲労困憊している幸村と佐助。そこに現れた徳川勢。殊勝に頭を下げ、油断をさせたところを刺し殺した幸村と佐助。

ここまでの様だなと刀を佐助に渡し、脇差しを抜く幸村。

長い間良く仕えてくれた、幾つになったと幸村。五十五ですと佐助。疲れたろうと幸村。全身が痛うございますと佐助。だろうなと幸村。かつて梅がくれた六文銭を握りしめる幸村。

大坂城。とある櫓の中に潜んでいる秀頼、淀の方、大蔵卿局、治長、大助たち。燃えさかる天守。

家康の本陣。無事に届けられた千姫。淀の方の下に戻るきり。

戦場を駆けている勝永。

落ち着きを取り戻した信吉の陣。

梅を送り出す春。

十蔵と幸せそうに暮らす末。

全てを思い浮かべて微笑む幸村。

玉縄。領民に慕われている様子の正信。そこに届いた大坂からの知らせ。信之に気を使い、一人で聞く正信。その時鳴った信之の持つ六文銭。

七年後、松代藩十万石の主となった信之。


真田丸もとうとう最終回を迎えました。最後は大坂夏の陣の後半、豊臣家の滅亡までが描かれました。とは言っても、秀頼が死ぬところまでは描かれなかったですけどね。

夏の陣の経過は大まかにはドラマに描かれたとおりです。勝永の活躍により崩れに崩された徳川軍の間隙を縫って真田軍が突撃し、家康の旗印を倒したばかりか、家康を二度(ドラマでは一度でしたが)に渡って切腹を覚悟させたのでした。

寡勢の大坂方が勝利目前にまで迫ったというのも事実で、それが逆転したのが馬印と共に大野治長が城に戻った事、城に火が放たれた事に起因するというのもドラマに描かれたとおりです。また、幸村は兄と叔父が徳川方に居たために常に嫌疑を掛けられており、それを晴らすために大助を秀頼の側に派遣したというのもドラマにあったとおりです。

違うのは幸村が活躍しすぎている事で、一人で家康と対峙したという史実はありません。無論、馬上筒も創作で、真田隊が本陣を突き崩したのは確かですが、幸村自身がどのように活躍したかまでは伝わっていません。

ドラマとしては、まさか最後になって真田十勇士を出してくるとは思わなかったな。それにしては活躍の場がなく寂しかったです。佐助は最後まで活躍してましたけどね。

描かれなかった豊臣家の最後は、みじめなものでした。最後の頼みの綱とした千姫の願いも叶わず、秀頼たちが隠れた土蔵に向かって鉄砲が撃ち込まれ、全ての望みが消えたと悟った秀頼たちは自害して果てたのでした。この時、大助もまた秀頼に殉じて果てたとされ、その最期は見事なものだったと伝えられます。

幸村の最後については、ドラマの様に自害したのではなく、安居天神の近くで西尾仁左衛門に討ち取られたと言われます。この時、徒歩だっとも、馬に乗っていたとも言われ、馬は戦利品して持ち去られたとも言われます。

幸村の武勇はこの合戦の当時から鳴り渡っており、彼の首から髪の毛を抜いていく者が後を絶たなかったと言われます。

彼を日本一の兵と称えたのは島津家で、薩摩旧記録雑記後編という資料に記されています。また、細川家記には、さなた、後藤又兵衛、手柄古今無之次第候とあり、さらに言緒卿記には天王寺にて度々さサナタ武ヘンと記されています。いずれも当時に記されたもので、幸村の活躍が如何に目を惹くものであったかが判るというものですね。

ただ、勝永の活躍が無ければ豊臣方の苦戦は免れなかったところで、幸村も活躍出来たかどうかは判らず、彼はもっと評価されてもしかるべきかとは思います。

戦後の処理については、かなり厳しいものがあった様です。例えば、作兵衛については、彼の家族は全員が処刑されています。これは作兵衛が信之の家臣であったにも関わらず、幸村に加勢したという事があったせいではないかと言われます。おそらくは同じ運命を辿った元家臣たちは大勢居た事でしょう。

その一方で生き延びた者も少なからず居て、伊達家には梅の他にも御田、おかね、大八など幸村の子息が引き取られています。

ドラマで印象的だったのは、望みを捨てなかった者にのみ、道は開けるという台詞ですね。これはかつてとりが言っていた言葉で、長い伏線がここで回収されたのでした。残念ながら現実とはならなかったけれど、矢尽き刀折れた姿の幸村は、まさにこの言葉どおりに生きたと言えるのでしょうか。

さて、一年間の長きに渡っておつきあい下さりありがとうございました。長文にも関わらず大勢の人に読んで頂き、感謝していますの一言です。今はだ、長い物語の終わりの余韻に浸っていたいですね。そしてまた、こんなに面白いドラマを書いて下さった三谷幸喜氏に感謝の意を捧げたいと思います。

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2016.12.17

京都・洛中 クリスマスイルミネーション2016 ~京都駅~

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京都駅ビルで、今年もクリスマスイルミネーションが行われています。その中心となるツリーのテーマは毎年変わるのですが、今年はプラハの町並みなのだとか。ヨーロッパの古都の町並みが素敵ですね。

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巨大クリスマスツリーの高さは22m、京都においては最大のものです。点滅はしないものの時間と共に色が変わり、とても綺麗なものですよ。

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大階段もイルミネーションになっており、様々な絵が流れます。近くに居ては何が描かれているのか判りませんが、東広場から見ると良く判って面白いですよ。

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その東広場にあるのが大きな鐘です。ホテルグランビアのもので、結婚式の時に鳴らされるそうですね。私は聞いた事がありませんが、一度は聞いてみたいものです。でも、いきなり鳴らされると驚くだろうな。

京都駅ビルのクリスマスイルミネーションは25日までです。詳細はホームページでご確認下さい。

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余談ですが、京都タワーの照明が時折変わる事があります。これは、カラーライトアップを個人で申し込める様になったためで、20種類の中から選べる様です。費用は30分で三万円と結構しますが、サプライズには良いかも、です。京都タワーの色が変わっていれば、それは誰かから誰かへのメッセージなのでしょうね。


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2016.12.16

京都・洛西 ロームイルミネーション2016

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今年もロームイルミネーションが行われています。今年はいつものイルミネーションに加え、様々なイベントを加わってパワーアップしています。

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まずは、イルミネーションに音楽が加わりました。ちょっとした事なのですけど、ただの歩道が素敵なプロムナードへと様変わりしています。

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次は、大学生によるアカペラコンサートが行われます。土日祝限定ですけどね、芝生のイルミネーションやLEDビジョンが歌に合わせて変化するのだそうです。私は時間が合わなくて聞けなかったけれど、残念な事をしました。

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これはトナカイ音楽隊のコンサート。操作台で楽器を選ぶとトナカイがそれを演奏してくれるという趣向で、無料で遊ぶことが出来ます。また、同じ場所で、フェアリーマンとスノーマンの冒険というイベントも開かれます。

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こうしたイベントのせいでしょうか、人出はいつもに増して多かったです。混み合うという程では無かったですけどね、今までの中では一番だったかな。

イベントの詳細はホームページでご確認下さい。期間は25日まで、ただ交通の便が悪いのだけがネックかな。

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2016.12.15

京都・洛中 クリスマスイルミネーション2016 ~京都セントアンドリュース教会~

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寺町京極の近く、三条通御幸町下がるにあるのが京都セントアンドリュース教会です。教会とは言っても実質結婚式場ですけどね、時にはミサなどが行われる事もある様です。

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その教会で毎年施されるのがクリスマスイルミネーションです。どちらかと言えば薄暗い御幸町通にあって、一際華やかな光を放っています。

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小さな教会の小さなイルミネーションですが、クリスマスツリーがあり、リースがありと、一通り道具立ては揃っています。以前は玄関にメリークリスマスの文字が床に投映されていて、それが一番のアクセントだったのですが、昨年から消えてしまいました。

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あと残念なのが、ツリーに電飾が無い事かな。せっかくの装飾なのに、光が無いのは残念な気がします。

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京都セントアンドリュース教会のクリスマスイルミネーションは25日まで行われます。24日の18時からはミサも行われるそうですよ。興味のある方はお出かけになられては如何ですか。

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2016.12.14

京都・洛中 クリスマスイルミネーション2016 ~京都ホテルオークラ~

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今年も京都ホテルオークラでクリスマスイルミネーションが行われています。御池通におけるこの時期の風物詩の一つになっていますね。

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もっとも、経費節減なのか年々寂しくなって来ています。巨大ツリーが姿を消したのは去年の事だったかな、今年は小さな噴水によるイルミネーションも無くなっていました。

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壁面には1888年からとありますから、創業100年を超す老舗ホテルなのですね。その間に建て替え時の高さ制限を巡って騒動があったのは記憶に新しいところですし、2001年にはオークラホテルと提携して、名称にオークラが追加されました。歴史のあるホテルには色々と経緯があるものですね。

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地階の木のイルミネーションは、昨年から復活しています。元々姿の良い木ですから、イルミネーションを施しても絵になります。

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京都ホテルオークラのクリスマスイルミネーションは、正しくはホテル内部のクリスマスツリーを中心とした飾りの事です。あまりにも人が多すぎてて撮ってないのですけどね。

この外部のイルミネーションはクリスマスが終わってもそのまま残され、来年の2月14日まで灯されます。巨大ツリーが消えたのは、そのあたりの事情もあるのかしらん。でも、私としてはツリーが無いとやっぱり寂しいという気がしますね。

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2016.12.13

京都・洛北 薄暮の社頭 ~下鴨神社~

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糺の森は下鴨神社の境内になります。いわゆる鎮守の森な訳で、だからこそ京都の街中にあっても、開発の手から守られてきたのでした。

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その下鴨神社は賀茂一族の氏神であり、伝承としては創建は紀元前にまで遡るとされます。上賀茂神社とも関係は深く、下鴨神社の御祭神である玉依媛命が産んだ子が上賀茂神社の御祭神です。そのことから、下鴨神社の正式名称は賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)と呼ばれ、上賀茂神社の正式名称は賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)と呼ばれます。

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下鴨神社の拝観時間は午後5時までと、神社にしては随分と早く閉まりますね。なので、この日は参拝する事が叶いませんでした。八坂神社だと出入り自由なのですけどね、管理上の問題なのかここは門が閉められてしまいます。黄昏時の社頭の写真を撮れるかなと思っていたのですが、次に来る時は閉門時間を考えて来なければいけない様ですね。気をつけなくては。

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2016.12.12

京都・洛北 京都紅葉事情2016 ~糺の森 12.10~

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平成28年12月10日の糺の森です。この日は紅葉が見頃を迎えていました。

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毎年、京都の紅葉の掉尾を飾る糺の森ですが、今年も例外ではなかったですね。訪れた時間帯が遅かったので色合いまでは定かではないのですが、それなりに綺麗だったようにも見えました。

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まだ緑の葉も残っていたので、年末近くまで紅葉は残るかも知れません。もしかしたら初詣の時にも名残の紅葉が見られるかも、ですよ。

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この時期に糺の森を訪れる楽しみの一つに、落ち葉に覆われた馬場を歩く事があります。柔らかく積もった落ち葉の上を、サクサクと音を立てながら歩くのは気持ちが良いものですよ。間もなく正月準備(駐車場)のために片づけられてしまいますから、落ち葉の感触を楽しみたいのなら、今のうちです。

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2016.12.11

真田丸 第49回「前夜」

江戸、真田屋敷。大坂に行き、源次郎を説き伏せてくると言う信之。徳川方に知られぬよう、生きて帰れと稲。

兵糧を用意する松。

お守りとして六文銭を持たせるこう。

江戸城。千の無事を願う江。

大坂城。京に出て伏見城を押さえる、そして瀬田に出て徳川勢を迎え撃つと持論を展開する幸村。秀頼公はどうされるのですと大蔵卿局。伏見城で指揮を執って貰うと幸村。ありえぬと大蔵卿局。全軍の士気が高まるなら伏見まで行っても構わぬと秀頼。総大将はみだりに動かぬものと大蔵卿局。

お局様はどうせよと仰せかと治長。敵を迎え撃つのは大坂城と大蔵卿局。要害が出来上がっていればあり得た話、今は愚策と幸村。それを何とか勝ちに持っていくのがそなたの勤めと大蔵卿局。無言になる幸村。

そろそろ俺たちの策を聞いて欲しいと又兵衛。敵は大軍ゆえ、広い南側から攻めて来る、そこで天王寺に進出し、辺り一帯を固めて敵を迎え撃つと勝永。秀頼公はと大蔵卿局。城で高見の見物と勝永。素晴らしいと大蔵卿局。

南は良いとして、敵が東から来たらどうすると盛親。平野川の堤をあちこちで切っておこう、そうすればあたり一面沼地となり、敵は近づく事は出来ないと幸村。うなずく秀頼。

全ては豊臣家の御為と大蔵卿局。存じておりますと幸村。茶々様と秀頼公をお守りするのが私の役目、言葉がきついのは性分ですと大蔵卿局。つまり、我らは同じ方を向いていると幸村。ただし、浪人は大っ嫌いじゃと大蔵卿局。

京、二条城。各地から三十万の軍勢が集まっていると正純。落とせるか正信と家康。居眠りしている正信。全軍が集まればすぐにも総攻めをと正純。そうあせるな、まずは城を出てl浪人を追放すれば兵を引くと文を送れと家康。無駄です、秀頼が居る限り浪人は増え続ける、秀頼を亡き者にせぬ限りこの戦は終わらない、豊臣の血はこの戦で断ち切る、父上は甘すぎると秀忠。恐ろしい男に育ったと家康。

大坂城。大和郡山に移れ、ただし浪人は連れて行くなという家康からの文を受け取った秀頼。如何なされますと幸村。徳川とはこれにて手切れと文を破る秀頼。御意のままにと幸村。

豊臣の家も、天下一と謳われた大坂城も、これで終わりだなと家康。

真田の陣。信吉、信政に会っている信之。源次郎と話がしたい、合う手立ては無いかと信之。実は信伊様が、もう一度幸村に会うためにこちらに向かっていると茂誠。

4月29日、樫井。浅野勢と衝突した大野治房勢。一発の銃弾に倒れた団衛門。

大阪城内に運ばれた団衛門の遺体。そこにやってきて、いずれ皆もこの男の横に並ぶ事になるのですかと淀の方。いい加減にして下さいと連れ去るきり。

家康の本軍は、大和路を通って河内に出る、まず道明寺で食い止めると幸村。俺が行こうと又兵衛。又兵衛を助けてやってほしいと全登に頼む幸村。後詰めとして私と毛利と幸村。出来るだけゆっくり来てくれ、それまでに片付けておくと又兵衛。長宗我部殿には、八尾、若江を抑え、秀忠の軍を食い止めてくれと幸村。木村殿はそれを支える、おのおの、ぬかりなくと幸村。

5月1日、平野へ兵を進めた又兵衛と全登。

二条城。又兵衛が道明寺に入った事を知り、その裏をかく事にした家康。大和路を任された伊達勢。又兵衛が気になると正信。如何いたすと家康。調略と正信。

又兵衛の陣。徳川の使者に会っている又兵衛。播磨35万石という条件を示す僧。ふざけるなと笑い飛ばした又兵衛。

それで良い、又兵衛が徳川の使者に会い、調略に乗ったという噂を流せと正信。その噂をかき消すために焦って戦をする、そうなれば勝てるはずもない、又兵衛の命運は既に尽きたと正信。

徳川義直の陣。身柄を拘束されている信伊と信之。そこに現れた長泰。信之を見て慌てて逃げる長泰。それを追う信之。仕方が無かったんだ、あの兵糧は全部取り上げられたと言って逃げた長泰。

信伊を問い質した義直の家臣。彼は室賀久太夫と名乗ります。真田信伊と名乗のり、立ち去ろうとする信伊。待たれよと引き留める久太夫。我が父は真田安房守の罠に嵌まりと言いかける久太夫を、黙れ小童と一喝する信之。

大坂城近くのとある場所。信伊と信之に対面した幸村。大御所様はどうしてもお前が欲しい様だと信伊。ありがた迷惑と幸村。前とは事情が違う、かような城でどうすれば勝てる、信濃一国ではどうかと仰せだと信伊。気前の良い事でと幸村。兄上が終生望んでいた信濃の国主になれるのだぞと信伊。黙って首を振る幸村。

源次郎は死ぬつもり、しかも大御所様を道連れにと信之。買いかぶりです、いくら何でもそれはと幸村。徳川に刃向かいたくば刃向かえば良い、ひれ伏したくなくばひれ伏すな、しかし、死んではならぬと信之。捕まれと申されますかと幸村。そうだ、今度も必ずお前を助けてみせると信之。そしてまた14年と幸村。

決してお前を死なせはせん、犬伏での誓いを果たすつもりでいる、それを言いに来たと信之。では、いま、ここで酒をと幸村。帰ると信之。兄上と酒を酌み交わしとうございますと幸村。これは今生の別れではないと信之。生きたい様に生きれば良いと信伊。

家康の陣。景勝と酒を酌み交わす家康。今の自分があるのは太閤殿下のおかげ、しかし、わしは豊臣を滅ぼす、秀頼があそこに居ては徳川の為にならない、そのための戦と思ってくれと家康。何故、私にお話にると景勝。お主には判って欲しかったのだと家康。心の内に、やましさがあるからでは、この戦に大義が無い事が気になるからではと景勝。この話は止めようと家康。

先の戦で、真田源次郎の姿を見ましたと景勝。あの男は、私がそうありたいと思っていた人生を生きていると景勝。親子二代で楯突きおってと家康。

5月5日。二手に分かれて河内平野を目指す徳川勢。

又兵衛の陣。今夜の内に道明寺まで出ようと思っていると又兵衛。気を悪くしないで聞いて貰いたいと幸村。寝返る訳もなかろうと又兵衛。本気にしている奴もいると勝永。誰だと又兵衛。大蔵卿の婆あとかと勝永。言いたい奴には言わせとけ、播磨35万石だとさと又兵衛。実は私も信濃40万石で誘われたと幸村。なんで俺には声が掛からないんだと勝永。

一つだけ頼みがある、悪い噂を立てられたからと言って捨て鉢にはならない事、手柄を立てようと焦らない事と幸村。うなずく又兵衛。何で俺には声がかからないと勝永。

兜に香を焚きしめて、又兵衛にあいさつに来た重成。

道明寺に向けて進軍する伊達勢3万5千の軍勢、八尾、若江方面に向けて進軍する13万の本軍。

道明寺、又兵衛の陣。幸村の後詰めを待たずに敵陣へと突っ込む又兵衛。しかし、伊達勢の猛反撃に遭い、討ち死にした又兵衛。

又兵衛討ち死にの報に呆然とする秀頼。

幸村の陣。先走った又兵衛をののしる勝永。大和路の軍勢はと問う幸村。伊達正宗と全登。

正宗の陣。このまま進め、この先には真田が居る、決して侮るなと命ずる正宗。

重成の陣。敵が本軍と知り、目論見が外れた、ここは引き上げようと盛親。ここを通してしまっては道明寺の後藤勢が逃げ場を失うと重成。

果敢に攻め込んだ重成。しかし、多勢に無勢で討ち取られてしまった重成。

もはや勝ち目は無いと、部下達に解散を命ずる盛親。

幸村の陣。我らの策が敵に筒抜けの様だと幸村。有楽斎の他に間者がと勝永。我らの話し合いを常に聞いていた男だと幸村。

厨。徳川の使者と会っている与佐衛門。それを見た与八。与八を刺し殺した与佐衛門。

伊達勢と激戦を繰り広げる真田勢。手傷を負った大助。

城へ引き上げる途中、正宗を見据え、これで仕舞いか、徳川には真の兵は一人もおらんのかと叫ぶ幸村。色めき立つ部下を抑え、矢玉が尽きたと後を追わなかった正宗。悠々と引き上げる幸村。

大坂城。負傷兵で溢れかえる城内。倒れていた九兵衛。

馬上筒を取り出して眺める幸村。佐助を呼ぶ幸村。

春に城を出ろと命ずる幸村。どこに行けと言われるのですかと春。伊達陸奥守の陣だ、あの方ならかならず庇護してくれると幸村。

正宗の陣。正宗に春たちの庇護を頼む佐助。快諾した正宗。

大坂城。大助は城に残る、内記は足手まといだ、作兵衛は春たちを送り届けたら戻ってこい、きりには大事な仕事がある、残ってくれ、これは決して永久の別れではないと幸村。

良く耐えてくれたと幸村。泣いても良いのなら泣きますよと春。私は大谷刑部の娘ですと春。そうであったと幸村。ご武運をと春。

正宗の陣。正宗に拝謁した春たち。身柄を引き受けた正宗。

大坂城。きり相手に、明日家康相手に決戦を挑むことにしたと幸村。いよいよですねときり。おまえはいざとなったら千姫様を連れてここを抜けだし、秀忠の陣へ行けと幸村。大仕事ではないですかときり。だからお前に頼んだと幸村。その後はときり。沼田にでも帰ればよかろうと幸村。ここに戻ってきます、こうなったらお上様とご一緒します、最後までときり。源次郎様の居ない世に居てもつまらないからときり。

きりを強く抱きしめる幸村。遅いときり。すまぬと口づけする幸村。せめて10年前に、あの頃が一番きれいだったんですからときり。


今回は大坂夏の陣の前半が描かれました。概ね史実に沿って描かれていましたが、冒頭の作戦シーンでは、幸村が持論の出戦論を唱え、それを治長と治房が反対し、妥協案として道明寺で迎え撃つ事を又兵衛が提案したという流れだったと言われます。概ねドラマのとおりですが、治長が幸村方に付いている点が違うかな。

徳川方からの最後通告として、大和郡山に移れば兵を引くという提案があったのは事実です。しかし、大坂方の中の反対派の抵抗に遭い、この提案は拒否されました。これに対して徳川方はさらに譲歩し、従来の豊臣家臣は残し、新規に召し抱えた浪人達を追放すれば良いとしたのですが、秀頼はこれまで奉公してくれた者を切る事は出来ないとして、ついに手切れを通告したのでした。

夏の陣で緒戦なったのが樫井の戦いであった事はドラマにあったとおりです。この戦いで、団衛門が戦死した事もドラマで描かれたとおりですが、一発の銃弾で倒れたのではなく、先陣争いをして味方の連携を崩してしまい、乱戦の中で討ち取られたと言われます。この方がドラマで描かれて来た団衛門らしいという気がするのですけどね。

道明寺の戦いについては、新説が採られた様です。従来の説だと、当日は深い霧に覆われており、又兵衛は先行して道明寺に入ったのですが、後詰めとして追う幸村が道を見失い、戦いには間に合わなかったと言われてきました。しかし、最近の研究では幸村の行軍が霧に遮られたという事実はなく、ドラマにあった様に又兵衛、幸村と別々に布陣しており、又兵衛が苦戦に陥った時に救援に向かおうとしたのですが、間に合わなかったという事ではないかと考えられています。

幸村が伊達勢を押し返したのは有名な史実で、激突は三度に及び、道明寺まで押し返したと言われます。この時、大坂城に引き上げる幸村が、関東勢百万と候え、男はひとりもなく候と叫んだと言われ、ドラマでは少し意訳されていましたね。また、正宗が追撃を迫る徳川勢に対し、玉薬が尽きたと言って軍勢を止めたのも史実どおりです。

幸村が娘の梅を伊達正宗の陣に託したのも史実とされます。ただし、春の方は一子を伴って紀州に逃れ、浅野勢に囚われたと言われます。ただ、その後処刑されたとは伝わっていないので、恐らくはどこかで生き続けたのでしょうね。

きりについては、ドラマのナレーションにあったとおりで、梅を産んだのは彼女だとも言われます。ドラマの最初の頃に4人の妻を娶ると言っていたのに何時になるのかと思っていましたが、最後になってやっと実現しました。何とも長い伏線でしたね。

伏線と言えば室賀久太夫の登場にも驚きました。なぜ徳川義直の陣が出てくるのかと思っていたのですが、久太夫を出すためだったのですね。そして、前半で話題になった黙れ小童の台詞を、言われていた信之に言わせるためでした。シリアスな展開の中にこういう遊び心が垣間見えるのが三谷脚本の楽しいところです。なお、久太夫は実在の人物で、義直に仕えています。

次回はいよいよ最終回、幸村の突撃がどう描かれるか楽しみに待ちたいと思います。

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2016.12.10

京都・洛中 京都紅葉事情2016 ~相国寺 12.3~

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平成28年12月3日の相国寺です。この日は紅葉が見頃終盤を迎えていました。

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毎年鮮やかに染まる上立売通り脇のこのもみじですが、今年は縮れた葉が目立ち、あまり美しくはならなかったです。11月後半の冷え込みが足りなかったせいなのなしらん。

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その代わり、この若木が綺麗に染まっていました。この木も縮れた葉はあったのですが、色合いは悪くなかったです。

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既に散った木などもあって評価は難しいですが、相国寺の紅葉はまずまずだったのかなと思われます。今年は程度の悪いポイントが多かった中で、結構がんばった方だと思いますよ。

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相国寺の紅葉も、ほぼ落葉している事でしょう。また来年、美しい紅葉を見せて貰えたらと思います。

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2016.12.09

京都・洛中 京都紅葉事情2016 ~御霊神社 12.3~

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京都市内での穴場スポットの一つが御霊神社です。本殿の裏側にもみじが結構植えられており、毎年綺麗に紅葉するのですが、訪れる人はほとんど居ません。

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この日は本殿裏のもみじは落葉していましたが、他のもみじが良い感じで色付いており、ほぼ見頃と言って良い状態でした。

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ただ、銀杏も散ってしまっており、落ち葉も片付けられていたのは残念でした。ここも年によって進行具合は異なる様です。

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御霊神社は、まだ緑の木も残っていたので、名残の紅葉は見られるかも知れません。晩秋の風情を求めに訪れてみるのも良いかも、ですよ。

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2016.12.08

京都・洛中 京都紅葉事情2016 ~本法寺 12.3~

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平成28年12月3日の本法寺です。この日は紅葉が見頃を迎えていました。

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本法寺に行けば、まずこの銀杏の黄葉がと出会う事になります。定期的に枝打ちがされるので大きくはならないのですが、今は丁度良い位の枝振りになって来ました。あともう少し枝を伸ばしてくれると、もっと格好良くなるのかな。

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本法寺の庭は巴の庭と呼ばれます。この時期紅葉するもじは数本ありますが、この日は一番大きな木だけが赤く色付いていました。

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少し縮れた葉もありましたが、これだけ色付いていれば十分でょうか。巴の庭の紅葉としては、これが最後の姿となります。

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本法寺の紅葉は、もう終わっている頃かな。特に紅葉の名所という訳では無く、庭のアクセントという感じですが、静かな庭で紅葉を楽しむには良い場所ですよ。来年はまた別のもみじの紅葉を見てみたいな。

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2016.12.07

京都・洛中 京都紅葉事情2016 ~北野天満宮 12.3~

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平成28年12月3日の北野天満宮です。この日は紅葉が見頃を迎えていました。

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ここは見頃を迎えるのが糺の森に次いで遅いですね。この時期に訪れるには、有り難いポイントの一つです。

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北野天満宮は、昨年のそうだ京都行こうのキャンペーン対象になったところです。その際に整備したのでしょう、八棟造の本殿を眺める舞台が出来ていました。そこからポスターと同じ構図を狙ってみたのですが、遠く及びませんでした。もっとも、あちらは合成だものなあと負け惜しみを言ってみる。

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紙屋川沿いはまさに紅葉の盛りでした。ただ、オレンジ色が強く、今ひとつ綺麗で無かったのが残念です。

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北野天満宮の紅葉は、そろそろ終盤を迎える頃でしょうか。ライトアップは終わってしまいましたが、もみじ苑の公開は11日まで行われます。最後の紅葉を求めて訪れて見るのも良いかも知れませんよ。

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2016.12.06

京都・洛西 京都紅葉事情2016 ~等持院 12.3~

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龍安寺から等持院へとやって来ました。龍安寺で結構紅葉が残っていたのでここでもと期待していたのですが、残念ながらほぼ終わっていました。ごく近くにあるのに随分と差があるものです。

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等持院に入ってまず目に付くのがこの達磨の絵です。天龍寺にも同じ様な絵がありますが、どちらも元天竜派管長関牧翁が描いたものです。なので、両方が似ていて当然なのでした。

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ほぼ終わっていた中で、わずかに残っていた紅葉もありました。ピークはいつ頃だったのだろう、盛りの紅葉を見たかったな。

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峠の茶屋の様な茶室は清漣亭。足利義政好みと言われ、上段一畳を貴人床とする二畳台目の茶室です。ただし、実際に作られたのは江戸時代の末期の様ですね。

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ここに来るのは9年ぶりとなるのですが、その間に随分と手入れされた様な気がします。その反面、以前は何の規制も無かった歴代の足利将軍像が撮影禁止になっていました。調べたところ、2009年頃に像を破損した不心得者が居たそうで、像の前面にはアクリル板が施されていました。たぶん、撮影禁止もその時に実施されたのでしょうね。最近の京都はどこへ行っても規制ばかりで、何だかなあと思ってしまいます。

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2016.12.05

京都・洛西 京都紅葉事情2016 ~龍安寺 12.3~

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平成28年12月3日の龍安寺です。この日は紅葉が見頃を保っていました。

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見頃と言っても石庭はさっぱりで、右側のもみじはオレンジ色、左側のもみじはまだ緑色が混じっていました。その後、綺麗になったかどうかは判らないですけどね。

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見頃だったのは園路の中で、この時期の紅葉としては良く残っていました。少し色付きは薄かったですけど、十分に美しかったです。

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鏡容池の周辺もまだ紅葉が残っていました。池面に映った紅葉が綺麗でしたよ。

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この時期って、修学旅行の季節なんですね。この龍安寺にも次々と修学旅行生が押しかけていました。それは良いのだけど、石庭の滞在時間はわずか2~3分程、これで来た意味ってあるのかしらん。皆で石が14個しか見えない事を確認して終わりなんて、あまりにも寂しいんじゃないかと思ってしまいました。もう少し考えてあげられないものなのでしょうかね。

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2016.12.04

真田丸 第48回「引鉄」

夜陰に乗じて徳川本陣を襲った又兵衛たち。

大坂城。あれで良かったのかと又兵衛。十分だと幸村。

家康は昨夜の夜討ちでさぞ慌てた事でしょう、明日の夜きっと京に戻るはず、その道中を狙うと幸村。良き案だと有楽斎。

有楽斎から刺客が来る事を知らされ、予定を早めた家康。

家康は、裏をかいて今日中に発つ。その裏をかくと幸村。必ず仕留めて見せますと佐助。

きりに、もし無事に帰ってきたら夫婦になって欲しいと頼む佐助。ごめんなさいときり。

秀忠にすぐに江戸に帰れと家康。すぐにも総攻めをと秀忠。我らが去れば浪人どもも居なくなる、そこを攻めるのだと家康。

戦は終わった、浪人達には一日も早く出て行ってもらいますと大蔵卿局。浪人が戦の火だねになりかねない事は判っているのかと有楽斎。承知の上と幸村。浪人達はできうる限り家臣にしてやりたいと秀頼。

密書を書き、部屋の外の者に手渡した有楽斎。しかし、それは幸村でした。

徳川に通じている事は判っていたと幸村。わしなりに豊臣家の事を考えての事だと有楽斎。刀を抜いた幸村。命乞いなどせぬと有楽斎。いますぐに出て行かれよ、そして戻ってくるなと幸村。

家康の宿所。家康を倒しに現れた佐助。格闘の末家康を刺し殺した佐助。

大坂城。家康は二条城に入ったという知らせを持ってきた内記。佐助が倒したのは影武者でした。次は逃すなと幸村。

慶長20年。陣を払い始めた大名達。たむろし続けている浪人達。むしろ、豊臣方が勝った事で、その数は増えていました。

勝算はあるのかと治長。茶臼山と岡山の間に空堀を掘り、この一帯を巨大な要害とする、ここで敵を迎え撃つと幸村。お主の不屈の精神には感服すると治長。私は勝つためにここに来たのですと幸村。

秀頼の御前。浪人達はそのままというのかと大蔵卿局。ここは左衛門佐に従いたいと治長。左衛門佐と耳障りだと大蔵卿局。これより母上は口を挟まないで頂きたい、後は秀頼公と私で事を決めていきますと治長。修理、頼みましたよと淀の方。

この要害で敵を打ち払って見せますと幸村。見事だと秀頼。これだけの堀を築くのには時が掛かる、それを稼ぐために浪人衆を解き放つのに手間が掛かっている事にしますと幸村。家康を騙すのだな、面白いと秀頼。

殿様にお願いしたい事が、浪人達は手柄を立てたいと逸っている、そこで身内を城内に入れる事を許して欲しい、そうすれば彼らの気持ちも少しは収まるはすばと幸村。容易いことと秀頼。

身内と出会い喜ぶ浪人衆。

秀頼の御前。これより甥達に会ってきますと幸村。そのまま向こうに付いてはなりませんよと淀の方。私は終生豊臣の家臣ですと幸村。肉親が敵味方に別れて戦うというのは辛いものだなと秀頼。それを申せば、姫様の方がもっと辛い目にと幸村。さぞ苦しかっただろうと秀頼。首を振る千姫。

わしはいずれ大坂を離れようと思っていると秀頼。城を出るのですかと淀の方。殿様がここに居られるかぎり、必ず争いの火種となりますと幸村。源次郎が居れば心配ないと淀の方。何時までも私が居るとは限りませんと幸村。

浪人達を連れてやはり四国に移ろうと思いますと秀頼。京、大坂にも近いと幸村。無論、源次郎も来てくれるのであろうなと淀の方。無言の幸村。讃岐と阿波の二カ国では如何でしょうと秀頼。せっかくだから、伊予と土佐も頂きましょう、だったら私も四国に参りますと淀の方。母上に判って貰えて何よりだ、千も良いなと秀頼。早速、家康に伝えましょうと淀の方。未だ早い、国替えの事を持ち出すのは次の戦に勝った後と幸村。

幸村の部屋。長宗我部殿の悲願は、土佐の国主となる事でしたねと幸村。欲を言えば四国全土を治めたいと盛親。甲斐や信濃では駄目ですかと幸村。四国を欲しがっている者が居るのだなと盛親。案ずるな、今度徳川が攻め込んできたら終わりだという事くらい判っていると盛親。私はまだ諦めてはいない、確かなところを聞きたいと幸村。四国を欲しいのは誰だと盛親。秀頼公と幸村。ならば淡路島と盛親。

廊下で千姫に呼び止められた幸村。江戸に帰りたいと訴える千姫に、聞かなかった事にしますと幸村。

信吉の陣。訪れた幸村を出迎えた三十郎と茂誠。初めて出会った信吉と信政、それに大助。

大坂城。畑を耕す作兵衛。腰を痛めている内記。作兵衛を手伝う春。

茂誠と三十郎と談笑する幸村。戦が終わった後は、上田に戻りたいものだと幸村。

大助と談笑する信吉。それを咎める信政。大助も幸村も徳川に逆らった大罪人と信政。むっとして、信政に向かっていく大助。大助を投げ飛ばす信政。何事かと駆けつけた三十郎。相撲を取っていましたと信吉。では私が相手だと信政を投げ飛ばす三十郎。

茂誠に、野戦のこつを聞く幸村。敵陣に馬で突き入るには槍が一番でしょうかと幸村。一度敵に囲まれたらお終いだと茂誠。狙うのが大将の首なら、鉄砲が一番と茂誠。しかし、火縄の扱いに手間取って狙い撃ちにされる事もあると、幸村を見る茂誠。誤魔化すように、江戸の兄上と姉上に文を書きましょうと幸村。

大坂城。畑仕事を続けていた作兵衛たち。手伝うかと幸村。

ここは昔、茶室が建っていたところなんだってときり。利休様がと幸村。

土を耕す作兵衛。その時、利休の刻印が入った木箱を掘り当てます。中から出てきたのは短い二丁の鉄砲でした。

これはイスパニア人から聞いた馬上筒というものだと勝永。火打ち石によって火縄を使わずに撃つことが出来る、いちいち火縄に火を付ける必要が無いので馬の上からでも撃つ事が出来ると勝永。それで馬上筒と幸村。新しい武器ゆえ、利休は商いの目処が付くまで隠しておいたのだろうと勝永。

秀頼の御前。徳川からいますぐ浪人達を解き放てと言って来た、これ以上長引くと徳川に刃向かうと見なすと言ってきたと秀頼。取り合ってはなりませぬと幸村。一日も早く浪人達を追い出すべきですと大蔵卿局。その話はもう決着が付いていると治長。

浪人達に渡した支度金がそろそろ尽き始めていると重成。修理、城には如何ほどの蓄えがあると秀頼。浪人達を暫くは養えるほどはありますがと治長。渡したところでその場しのぎ、今少し待ちましょう、次の戦に勝てば、徳川から御領地を奪い返す事も出来ますと幸村。空堀の作業を急がせよと治長。

蔵を開けよと迫る治房。その様な訳にはいきませぬと重成。

又兵衛と勝永に、浪人達を抑える様に頼む幸村。俺たちにしても、養って行かなければならない身内や家臣が居ると勝永。いずれ必ず豊臣の家臣として扶持が頂けるのであろうなと盛親。約束しようと治長。戦はあくまで要害が出来てから、それまで辛抱してもらうと幸村。

蔵を開け、金銀、米を持ち出した治房。

治房を叱りつける治長。気掛かりなのは浪人達、かくなる上は全ての浪人たちに褒美をやるしかないと幸村。

堀を掘り返したいと治房。なりませぬと幸村。堀が無ければ勝てないと治房。勝てますと幸村。

金を配った秀頼。その金で武器を買い求めた浪人達。

あり得ぬとあせる幸村。

駿府城。大坂の様子を聞く家康。

大坂城。闇討ちされた治長。

治長を見舞う幸村。弟だ、母も絡んでいるはず、ただの身内の喧嘩だと治長。

堀を掘り返そうとする治房。止める又兵衛と勝永。本気で止めない又兵衛を押しのけて行ってしまう治房。

堀の掘り返しが始まってしまったと勝永。みんな戦がしたい、そろそろ腹を括る時かもしれないと又兵衛。戦が起きる時は、誰も止める事は出来ないと幸村。

駿府城。大坂城の二の丸の堀が掘り返されていると聞き、ここまでだと諸大名に戦支度を命じ、自らも出陣する家康。

信之に無沙汰の文を書き、その中で末の行く末を託した幸村。

弟は死ぬ気だ、わしには判ると信之。おそらくは家康と刺し違えるつもり、止められるのは自分しか居ない、大坂に行くと信之。

馬上筒の試し撃ちをする幸村。


今回は大坂夏の陣の前夜が描かれました。創作色の強い回ではありましたが、緊迫感は伝わってきたと思います。

まずは、幸村が構想したとされる要害についてですが、手持ちの資料には無く、たぶん創作ですね。大体、堀の掘り返しだけで謀意ありと取られたのなら、大規模な空堀の設置などもっと悪意に取られたんじゃないかしらん。

その堀の掘り返しですが、実際に行われており、場所によっては人の肩を超すところまで掘り返されました。それでも、籠城に十分な堀にまでは回復しなかった様ですけどね。

話が戻りますが、佐助による家康暗殺は創作です。そもそも佐助そのものが真田十勇士の一人で、創作上の人物ですから当然か。

幸村がつかの間の休戦の間に真田家の陣地を訪れたのは史実にあるとおりで、信吉などと旧交を温めた様です。また、故郷の人たちに向けて文も送っていますが、末の事を頼んだのは信之ではなく石合十蔵です。

以下、順不同になりますが、浪人達が冬の陣より増えたのは史実にあるとおりで、ドラマでも言っていましたが、徳川に勝ったという評判が全国の浪人達に行き渡った結果の様です。

豊臣家では、この対策に苦慮しており、浪人達を解き放つと共に、新規の抱え込みはしないという立て札を立てたりしましたが効果はなく、浪人が減ることは無かった様です。

その一方で浪人に支度金を出した事も事実で、このあたりの矛盾した行為は豊臣家の内部で分裂が生じていた事を示しています。またドラマにあった様にその金で浪人達が武具を買い、それを禁止する命令を出したと言いますから、混乱の極にあった事が窺えますね。そして、その事が徳川家に疑惑を抱かれるきっかけになった事も史実どおりです。

秀頼が四国に移るという話は、冬の陣の和議交渉の時に出てきた話で、夏の陣の時には大和郡山に移るようにという条件が示され、秀頼はこれを拒否しています。

ドラマでは治長は主戦派となっていましたが、実際には和平派で、浪人を解き放ち、徳川家との約定を守ろうと考えていた様です。対する治房は主戦派で、兄弟で対立していた様ですね。その治長が襲われたのは史実にあるとおりで、その犯人として治房が疑われていました。

作兵衛が馬上筒を掘り当てたというのは無論創作ですが、ここで利休の刻印を持ってくるとは思わなかったですね。でも、これで、幸村が馬上筒を手に入れた経緯が自然に説明された事になり、このドラマの伏線の巧みさには舌を巻く思いです。

最後に信之が大坂に行くと言っていましたが、これも創作ですね。信之は大坂の陣には参加しておらず、冬、夏共に二人の息子に託しています。

次回は夏の陣が始まります。いよいよクライマックスが近づいていますが、その前に幸村の名台詞も聞かれる様ですね。また、きりとの関係にも進展がある様で、どう描かれるのか楽しみに待ちたいと思います。

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2016.12.03

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~知恩院 11.26~

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洛東の紅葉散歩、最後は知恩院にやって来ました。ここは特に紅葉の名所という訳でもないのですが、境内のそこかしこにもみじや銀杏があって、良い年回りの時はそれなりに綺麗ですよ。

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その一つが方丈庭園なのですが、今年は外れ年でした。例えば、この木は一見するとちゃんと紅葉している様に見えますが、実は葉が縮んでいます。

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その一方で、半ばまで紅葉しているもみじもありました。この木などは、時間と共に赤くなって行ったのかもしれのせん。


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この日一番綺麗だったのが、御廟の前にあるこの木でした。全ての木がこれくらいの出来だったら、素晴らしく良かったのでしょうけどね。

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ここは知恩院の中の紅葉スポットとして有名な黒門口の参道です。でも、この日は紅葉半ばという感じでした。その中で既に散ってしまっている木があり、まだ緑の木がありといった具合で、どう判断したら良いのかと迷う状態でした。今日あたりどんな感じたったのかな。最後に色付く紅葉スポットだけに、少し気になるところです。

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2016.12.02

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~円山公園 11.26~

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圓徳院から円山公園にやって来ました。ここで紅葉の見所となるのは、まず池の周辺になります。この日は程度の異なる木が混在していたな中で、この木が最も鮮やかに色付いていました。

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こちらは龍馬像です。この周辺ももみじが多いのですが、龍馬の周囲は今ひとつでした。ただ、少し離れたもみじは、鮮やかに色付いていました。わずかな環境の違いが、この結果を生むのかしらん。

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円山公園をさらに奥に進みます。料亭「未在」の前も紅葉スポットなのですが、この日はまだ少し浅い色付き方でした。今週末にもまた行ってみようかしらん。

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さらに進んで、公園の一番奥にたどり着きました。ここは知る人ぞ知る紅葉スポットで、ほとんど人が訪れる事はありません。年によって当たり外れが大きいのが難点ですが、今年は綺麗に色付いてくれました。

円山公園の紅葉は、もう終わったところも多いでしょうけど、まだ残っている紅葉もあると思われます。何しろ広いですからね。名残の紅葉を求めて行くには良いところかも知れません。

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2016.12.01

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~圓徳院 11.26~

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清閑寺から圓徳院へとやって来ました。拝観時間が9時からなので、それに合わせて清水寺で時間を潰していたのですが、この頃になるとさすがに人が増えてきましたね。紅葉シーズンだけの事はあります。

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円徳院には二つの庭があり、こちらは南庭です。平成6年に方丈の解体修理に合わせて整備されたもので、比較的新しいものですが22年の歳月を経て落ち着いた風情を持つ様になっています。紅葉はまずまずの見頃だったかな。

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北庭は伏見城北政所化粧御殿の前庭を移したもので、賢庭が作庭したものに小堀遠州が手を加えたものと言われます。圓徳院の紅葉と言えば、やはりこちらになるのかな。

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紅葉はほぼ見頃でした。ただ、ここも清水寺と同様に今ひとつ色合いが良くなかったです。透明感がないという感じなのですが、もしかしたらまだこれから先があったのかも知れません。それとも、雨で散ってしまったかな。どちらにしても、もう終わっている事でしょう。また来年、綺麗な紅葉を見せて貰えたらと思っているところです。

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