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2016.11.06

真田丸 第44回「築城」

籠城と決まった事を又兵衛たちに伝える幸村。不平を鳴らす又兵衛たち。

二条城。内通者から、大坂方が籠城と決めた事を知り、これで勝ったと家康。

大坂城。図面を見ながら、この城の弱点は南、よってここに出城を築くと幸村。

幸村の下に馳せ参じた作兵衛。作兵衛から末が十蔵と仮祝言を挙げた事を聞き、喜ぶ幸村。

信吉と信政が大坂に向かっていると聞き、全ては宿命と幸村。

治長に出城を築きたいと許しを請う幸村。既に同じ事を言ってきている者が居る、二人で話し合われよと治長。

出城について又兵衛と話し合う幸村。又兵衛の狙いは、目立つところで大暴れする事でした。自分なら勝てる出城を築く、譲ってくれと幸村。

幸村の策とは、出城の前に空堀を作る、手柄を立てようと敵は一気に攻めて来る、そこで空堀の底に乱ぐいと逆茂木を配しておく、そうすれば敵の先頭の勢いは削がれ、後ろからの兵が押し寄せて身動きが取れなくなる、そこに誘い道を配しておき、そこに入った敵を鉄砲狭間から一斉に撃つというものでした。玉込めしている間に来てしまったらと又兵衛。塀は上下二列になっている、上下一段ずつ撃てばことごとく討ち取れると幸村。そして、それを見た敵はひるむ、そこを虎口から押し出し、一気に蹴散らす、これが真田の軍略と幸村。面白いと又兵衛。

五人の衆を相手に陣立てを示す幸村。

陣立てを秀頼に示す治長。要所を占めるのが全て浪人なのが気になると有楽斎。金目当てで集まった者は金で転ぶと大蔵卿局。この出城が敵に回ったら背筋が凍ると有楽斎。そこは幸村の持ち場と秀頼。その幸村こそ怪しい、あの者の兄は徳川方、既に徳川に通じているかもしれないと大蔵卿局。豊臣譜代の者にも重成の様な強い者が居る、要所には信用がおける者を配すべきと有楽斎。作り直しじゃと布陣図を破り捨てる大蔵卿局。

新しい布陣図を五人の衆に示す治長。そこには五人の衆の名と共に、真田の出城も無くなっていました。もう良い、徳川に付くと勝永。勝永と行を共にしようとする又兵衛と盛親。この件、預からせてくれ、お上様と話し合ってくると彼らを引き留める幸村。

話は聞いていますと天正カルタの準備を始める淀の方。戦は味方同士が信じ合わなければ勝てないと幸村。私は判っている、幸村は決して裏切らないと、しかし、その様な声がある事も確か、しばらく大人しくしておく事と淀の方。我らに全てを任せて欲しいと幸村。それは出来ないと淀の方。徳川に勝てないと幸村。あの者たちが裏切らぬとどうして言えると淀の方。信じるのですと幸村。

殿下が亡くなってからずっと豊臣の家を守ってきた、ようやく秀頼が成人し任せられる様になった、あの子が決めた事に私が口を挟めますかと淀の方。

では、そなたの出城だけは作って良い事にする、これでどうじゃと淀の方。浪人達、全ての者を信じて貰わなければ意味が無いと幸村。ならば、出城の件は許しませんと淀の方。致し方有りませんと立ち上がる幸村。城を出て行くのですかと淀の方。とんでもない、他の策を考えるまでと幸村。

廊下。腹は括った、戦うのはあなた方、そちらの好きなようにされよと治長。

出城造りを始めた幸村。どれくらいかかると幸村。20日ほどと内記。作兵衛に、武田の武勇を表す赤い鎧を集める様に命じた幸村。

二条城。早々に到着した秀忠に、将軍たるもの、もっとゆったりと構えよ、いつまでも関ヶ原を引きずるなと叱りつける家康。

全国から集まった三十万の兵。

京、真田屋敷。真田の陣に入る工夫に困る松。そこに聞こえてきた、丹田に力を入れてという声。それは阿国の一座でした。思わず、座頭と駆け寄る松。しかし、それは二代目の阿国でした。これから徳川の陣中見舞いに行くと聞き、自分も一座に入れて欲しいと頼む松。

無事に真田の陣に入り、信吉と信政に、決して真田同士で刃を向け合ってはならないという信之の言葉を伝える松。不平を鳴らす信政。父の気持ちは判る、そのとおりにすると信吉。

お通相手に来し方を語る信之。あなたの腕のしびれはきっと心が疲れているから、私が治しますと香を焚くお通。

江戸、真田屋敷。夫の様子に不審を抱く稲。

大坂城、普請場。赤備えの試作品を見て、まるで沢ガニだ、もっと強い赤にしろと幸村。

普請場に来て、どこの家中かと聞く有楽斎。

秀頼の御前。私が許しましたと治長。浪人達が勝手に陣を張っているようだと有楽斎。全て私が許したと治長。なぜその様な勝手な事をと大蔵卿局。徳川を迎え撃つためと治長。真田が裏切ったらどうすると有楽斎。浪人どもはならず者の集まりと大蔵卿局。幸村は信じてやりたいと秀頼。あれの父親は裏切りの連続で生き残った男と有楽斎。

普請場。秀頼公のご命令だと工事の中止を命ずる有楽斎。ここで止めればお咎め無しと秀頼公は言われたと幸村に囁く治長。

夕暮れの普請場。今夜城を出る、お前も来ないかと、幸村を誘いに来た又兵衛と勝永。豊臣を見捨てる訳には行かないと幸村。それを見ていた秀頼。

ここに出城とはよく考えた、私は前々からこの城は南が弱いと思っていたと秀頼。さようでしたかと幸村。豊臣を見捨てぬと言うのは真だなと秀頼。私は太閤殿下にお誓い申し上げましたと幸村。この出城、仕上げよ、私が許す、そなたらを信じると秀頼。命に代えても殿様を守りますと幸村。その手を取り、頼りにしておると秀頼。

淀の方相手に、浪人達の力を借りて戦うと言い切った秀頼。

住吉に家康、平野に秀忠が布陣。

徳川方の布陣を調べてきた佐助。その中に居た景勝。

家康の陣。幸村を愚か者と噂する正宗。一同を前に開戦を宣言した家康。

大坂城。開戦に備え、陣配りをして歩く幸村。戦の前にミサの準備をする全登。キリシタンは強い、なぜなら死を恐れないからだと幸村。

幸村の鹿の角立ての兜を持ってきた作兵衛。見事だと褒める幸村。

こんな寄せ集めで三十万に勝てるのかと又兵衛。我らは関ヶ原の戦いで苦渋を舐めたが、戦を身体で知っている、しかし、相手はほとんど戦を知らぬ者たちだ、この差は大きいと幸村。

家康の陣。仕寄せの稽古をする兵達。その様子を見て、全然違うと身をもって手本を示す家康。年よりの冷や水とばかりにあきれる秀忠。

疲れたとひっくり返る家康。そこに届いた城内からの文。そこには布陣が記されていました。出城の主はと問い、幸村と聞いてまた真田かといきり立つ家康。

完成した出城。ようやくこれで城持ちになったと幸村。作兵衛に命じて、六文銭の旗を立てさせる幸村。城の名は何としますと内記。決まっている、真田丸よと幸村。


今回は真田丸が築城されるまでが描かれました。その過程はほぼ創作ですが、幸村と又兵衛が出城を巡って争ったこと、幸村が敵との内通を疑われていた事などは史実どおりです。

真田丸については諸説がありますが、先に目を付けたのは又兵衛とする説があり、既に又兵衛が普請に掛かっていたのを幸村が横取りしたとも言われます。

場所については、現在の明星学園がある地点と言われ、真田紀行に出てきた心眼寺などが並ぶ寺町を取り込む形で築かれたのではないかと考えられています。形については、従来は丸い形をした丸馬出だと言われていましたが、最近ではドラマにあった様に五角形に近い矩形ではないかとする説が有力です。

仕掛けについては幸村が説明していた様に、空堀の底に杭や逆茂木を設けて敵をせき止め、二段構えにした鉄砲狭間から間断なく銃撃を浴びせるというものでした。ただ、説明は無かったのですが、大坂城との間にも堀があり、引き処の無い、いわば背水の陣の様な出城だった様ですね。

大坂の陣で有名なのはこの真田丸ですが、真田丸だけが特別な存在だった訳ではなく、他にも同じ様な発想で急ごしらえに作られた出城は幾つもあります。木津川砦や鴫野砦、博労淵砦などがそうですが、ほとんどが前哨戦で落とされてしまっています。その中で真田丸だけが残ったのは、やはりその規模と構造、戦略の巧みさからでしょうか。そのあたりは次週に描かれるのでしょうね。

一方の徳川方の攻め方ですが、家康が自ら手本を示していた様に仕寄せという方法が取られていました。いわば塹壕戦ですが、なぜ攻め手がこの塹壕を飛び出して真田丸に殺到してしまったかについても、次週に描かれるのかな。

ドラマでは城内に内通者が居る事になっていましたが、実際にも何人も居た様ですね。例えば七手組と呼ばれる秀頼の親衛隊のうち、二人は徳川に内通していたと言われます。ドラマで怪しいのは有楽斎ですが、どういう結末を迎えるでしょうか。

ドラマとしては、また伏線が回収されていました。淀の方の天正カルタ、松の阿国などがそうですね。特に阿国がこんな形で出てくるとは思わなかったなあ。阿国に二代目が居たのかどうかは調べた限りでは判らないのですけどね。

次回はいよいよ真田丸の決戦が描かれます。終盤の一つ目のハイライトですね。どんな具合に描かれるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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