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2016.11.13

真田丸 第45回「完封」

慶長19年11月19日、木津川口砦を襲った蜂須賀勢。その時、不在だった全登。

11月26日、今福砦を襲った佐竹勢。加勢に向かった又兵衛と重成。しかし、押し返された又兵衛。

軍議の場。的の真の狙いは城の南、安心召されよ、敵は真田丸で迎え撃つと幸村。

内通者が居るのではと勝永。

厨。有楽斎を呼び入れた幸村。有楽斎に、博労淵砦が手薄だと打ち明ける幸村。

その夜。博労淵砦が落ちたという知らせが入ります。早かったなと、やはりあの男かと幸村。

江戸、真田屋敷。松を労う信之。そこにやって来た正則と長泰。

二人の用件は、兵糧を大坂方へ送るという事でした。兵糧を城の中に入れるには幸村の協力が要る、その橋渡しを信之に頼みたいと長泰。仲間に加わってくれと正則。源治郎のためにもと言われ、困惑する信之。

断じてなりませぬと稲。判っているが、こればかりはそちの耳に入れておこうと思ったのだと信之。こればかりとは、と問い詰める稲。ない、源治郎のためだと信之。息子達はご公儀のために戦っている、どんな咎めを受けるか判らない、稲はけっして許さないと稲。

廊下。蔵に行って調べてきた、すぐに運び出せる蕎麦粉は1700貫、そばがきにすればおよそ10万個、千人で食べても一月以上持つ勘定とこう。

大阪城。春に、戦が始まったら、決して城から出るなと伝える幸村。その様子を廊下の角で聞いているきり。

戦が終わったらまた豊臣の世が来るのですかと春。戦に勝っても、もう徳川の世は動くまいと幸村。では秀頼公はと春。一大名としてどこかを治める事になるかもしれないと幸村。そのとき、旦那様はと春。思うところはあるが、まだこれからどうなるかと幸村。

その時、きりの背後から現れた淀の方。侍女にされてしまったきり。

徳川本陣。まずは真田丸を潰さねばと家康。ただの出城に見えると秀忠。よく見て見ろ、まずは大きさ、そして場所、最後に高さだと家康。えらいものを造ってくれたと正信。

真田丸。大阪城を包囲した敵陣を見て、壮観だなと幸村。向こうにも赤備えがと内記。あれは井伊直孝、向こうにもここに至る物語があるのだろうと幸村。聞いてみたいものですなと内記。

上杉の陣。家康に呼び出された景勝。

家康本陣。直江状の過去まで持ちだし、嫌みったらしく真田丸を落とせと命じる家康。苦悩する景勝。上杉と真田の縁はよく知っている、ここは真田と戦う事で徳川への忠義を示されよと正純。かしこまりましたと兼続。

自分も総大将として戦陣に立ちたいと秀頼。総大将とは城の奥でじっとしているものだと有楽斎。総大将が兵の前に出ると、焦っているのではないかと兵が不安を覚えると幸村。私が鎧姿で兵を励ますというのはどうかと淀の方。

廊下。お上様は戦を楽しんでおられると重成。そこに通りかかったきり。それをみとがめた幸村。お上様から侍女を仰せつかりましたときり。

鎧に陣羽織をはおり、陣中見舞いをする淀の方。その後を付いて歩く鎧姿のきり。

真田の陣。上杉の下に付き、真田丸を攻めよという命令を受けた信吉。

佐助に密書を手渡した三十郎。

密書を受け取り、急がねばと幸村。

明朝、前田勢に対してこちらから仕掛けると秀頼に告げる幸村。乗ってくるかと秀頼。必ずと幸村。城中に内通する者が要る気配がある、この事は外に漏らさぬようと念を押す幸村。

軍議の場。明日、こちらから仕掛ける、後藤、木村、長宗我部殿は私と一緒に真田丸に入ってもらいたい、毛利殿は北の守り、明石殿は東の守りをお願いすると幸村。承知、と一同。抜かりなくと幸村。

大助に初陣だと伝え、お主の肩に掛かっていると心得よと諭す幸村。

真田丸前方、篠山。六文銭の旗を掲げて仁王立ちになった大助。そして、旗を振りながら高砂やと歌い出します。それに合わせて鉦を叩いてはやし立てる真田勢。挑発に乗った前田勢。

見事に前田勢を引き連れて戻ってきた大助。よくやったと幸村。

鉄砲組を持ち場に付けさせる幸村。柵まで迫る前田勢。

幸村の合図で火薬を爆発させた佐助。その音を聞いて勢い付いた前田勢。背後から続く井伊勢。

勢いに任せて空堀に飛び込む前田勢。その様子を見て、敵を一つの塊と思ってはならぬ、所詮人の集まりだと幸村。

十二分に引きつけた時、放てと合図する幸村。あっという間に倒される前田勢。二段構えの塀を活用し、次々に敵を倒していく真田勢。

家康本陣。これでは真田の思うつぼだと焦る家康。

次々に倒される前田勢。

一瞬の隙を突き、真田丸に突入した前田勢。奮戦して押し返した幸村、又兵衛たち。

退却を始めた徳川勢。追い打ちを掛ける真田勢。その様子を遠望している景勝。

仕上げだと言って出陣して行く幸村。

前田勢の残党に向かって、我こそは真田左衛門佐幸村と名乗りを上げる幸村。前田勢を相手に奮戦する幸村、作兵衛たち。

その様子を遠望しながら、源治郎め、あっぱれな戦いぶりよ、日本一の兵、真田左衛門佐と叫ぶ景勝。

前田勢を全滅させた幸村。

家康本陣。またしても真田にやられたと正信。大敗じゃと秀忠。言わんでも判っておると家康。前田と井伊を引き上げさせよと家康。この戦、手こずるやもと正信。次の手を考えると家康。

真田丸に凱旋し、歓声に応える幸村。面白い様に策が当たったなと又兵衛。策とはそういうものだと幸村。勝ちどきを上げる盛親。

お見事でござった、天下の名将の采配をこの目で見ることが出来て、これほど嬉しい事はないと重成。その重成を手招きして、実はこの様な大戦は私も初めてなのだ、心の臓が口から飛び出しそうであったと幸村。秀頼に報告に行く重成を見送って、大きくため息をついた幸村。

今回はこのドラマの主題とも言うべき、真田丸の攻防戦が描かれました。史実よりはちょっと早かったけれど、真田、日本一の兵という声も飛び出しましたね。

冒頭で描かれた木津川口砦、今福砦などについては、前回も書きましたが大坂城の防衛力を強化する拠点として築かれたもので、位置づけとしては真田丸と同じです。違うのはその規模と構造ですね。中でも木津川口砦については、兵糧を調達するために海との連絡路を確保するという意味があって、この砦は大坂方にとって重要な拠点であり、逆に言えば早々に落とされたことは大きな痛手でした。これにより、大坂方は兵糧を確保する手段を失った事になり、後に兵糧不足に悩む一因となります。

そして、城内に居た内通者は、やはり有楽斎とされましたね。これについては諸説あり、冬の陣の後、有楽斎は大坂城を出て、その後も徳川麾下の大名として余生を永らえた事から、内通者だったと見る向きがあります。しかし、その一方で、有楽斎は豊臣家の中の穏健派として重要な役割を果たしており、決して内通者などではなく、夏の陣を前に強行派を押さえることが出来なくなったため、やむを得ず城を離れたとする見方もあります。どちらが正しいかは良く判らないですね。

実際に確認される内通者は、南条中務少輔という人物で、矢文で徳川方とやりとりをしていた事が発覚し、大坂方によって処刑されています。その後も大坂方は南条が生きている様に装い、徳川方を欺いていたとも言われます。この事が後で効いてくるのですね。

ドラマで淀の方が鎧を着て兵を励ましていましたが、実際にも同じような事をしていたそうですね。正直言ってそれが励みになったかどうかは判りませんが、戦国の世を生きた女性らしく、ただのお姫様ではなかった事は確かな様です。

さて、真田丸での実戦ですが、又兵衛と重成が共に戦った事になっていましたが、実際には幸村のほかには盛親が居た様です。また、敵に対する挑発として、大助が第一次上田合戦の時の幸村そのままを真似た事になっていましたが、あれは無論創作です。実際にはもう少し時間と手間を掛けており、真田丸の前方にあった篠山という所に柵を設けて鉄砲隊を配し、仕寄せを試みる前田隊を妨害していたのでした。しびれを切らした前田隊が篠山を攻めるとそこは空で、真田勢から嘲笑を浴び、前田勢は面目を失いました。これが下敷きで、翌日の夜、前田勢が再度篠山を攻めるとやはり空で、さらに堀際まで進みました。この動きを見ていた井伊隊は抜け駆けと見て攻めかかり、一斉に空堀へと飛び込んだのですね。以下はドラマにあったように真田丸からの攻撃に晒されて、屍の山を築く事になります。

ここでさらに別の事件が起こります。ドラマでは佐助が火薬を爆発させていましたが、実際には大坂方の石川隊が起こした事故で、二斗の火薬が爆発したと言いますからかなりの規模だった様です。ところがそれを見た徳川方は、例の南条が内通した証と受け取り、一斉に総構えに向かって攻めかかったのですね。大阪方では爆発事故によって混乱していたため対応出来なかったらしく、総構えが二十町に渡って崩されたと言います。そこへ徳川方は飛び込んだのですが、体勢を立て直した木村重成隊によって返り討ちとなりました。しかし、大軍である徳川方の勢いは止まらず、次々に掘に飛び込んて行ったのですが、総構えと真田丸からの銃撃に晒される結果となり、ドラマで描かれた以上の惨状となった様です。

最後の仕上げとして、ドラマでは幸村が自ら出陣していましたが、実際に出陣したのは息子の大助です。彼は五百の兵を引き連れて徳川軍の後方を攪乱し、悠々と自陣に引き返したと言われます。

負け戦を悟った徳川方は引き上げ命令を出しましたが、戦が終わったのは夜になってからでした。損害は1万5千とも3万とも言われますが、イエズス会の報告には虐殺とまで記されているそうです。そうなった理由は、竹束など弾よけの装備をせずに不用意に堀に飛び込んだ事にあり、待てという指揮官の命令も行き届かなかった様です。やはり実戦不足が響いた様で、反対に大坂方は実戦慣れした浪人が主体であり、その差が大きくものを言った様です。

前後しますが、ドラマの中で正則が秀頼に兵糧を提供したというのは事実です。しかし、その後も兵糧を運ぼうとしたという事は無いですね。また、長泰については、もっと直接的に大阪城に入ろうとしたところを、家康に止められています。いずれにしても、二人が信之に協力を依頼したという事実は無い様です。

ドラマでは、信之が稲に内緒で兵糧を送ろうとしていましたが、それは蕎麦でした。これは、たぶんですが、信之が稲に隠れて幸村に送ろうとすれば、米ではなく蕎麦しか無かったという事なのでしょうか。九度山時代に、幸村たちがなぜ蕎麦粉ばかりを送ってくるのかと不思議がっていましたが、これで謎が解けた様な気がします。

最後に、景勝が真田日本一の兵と叫んでいましたが、あれはまだ早すぎですね。幸村が日本一の兵と呼ばれたのは夏の陣の時で、寡兵にも関わらず、二度までも家康を追い詰めたからでした。それも誰かが叫んだのではなく、島津家の文書にそう書かれたですね。ドラマの描き方だけでは少し足りないと思ったのですが、真田丸が主題の一つなのだから、仕方が無いのかな。

次回は冬の陣の和睦を巡る画策が描かれる様です。幸村に対する調略も出てくる様ですね。大砲のシーンなど、どんな具合になるのかな。楽しみにして待ちたいと思います。

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