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2016年11月

2016.11.30

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~清閑寺 11.26~

Seikanji1611301

清水寺から清閑寺へは、歌の中山を通って来る事になります。とは言ってもただの山道なのですが、修行僧が不思議な女性に遭ったという故事を知っていれば、また趣も違って感じます。

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その清閑寺にあるのが要石。この景色を扇に見立て、その要の位置にある事からこの名があります。紙垂が飾られているのはこの石に向かって願うと叶うと言われているからで、ここに行くときは何か願い事を持っていくと良いですよ。

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紅葉はまだ盛りには早かったですが、この木は一足早く色付いていました。今頃はこの木が散って、他の木が見頃になっているんじゃないかしらん。

Seikanji1611305

ここは隠れた紅葉の名所ですが、シーズン中でも人が少ないのが良いです。清水寺から歩いて五分程度なのですけどね、あの狭まくて小さい門は潜りにくいのかも知れません。そのおかげで穴場スポットなのだから、まあ良しとしておくのかな。

明日は圓徳院に向かいます。

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2016.11.29

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~清水寺 11.26~

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紅葉時分にはごったがえす清水寺ですが、早朝なら混雑とは無縁に過ごせます。ここは朝6時から開いているので、頑張って早起きすればそういう事が出来るのですよ。

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紅葉はほぼ見頃でした。ただ、少しくすんだ様な色で、あまり綺麗ではなかったです。もしかしたら赤く染まる直前だったのかもしれませんが、前後を見ていないので何とも言えないです。

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長らく補修中だった奥の院と阿弥陀堂は、ようやく素屋根が外されました。ただ、阿弥陀堂はともかく、奥の院が朱色に塗られていたのには驚きましたね。元はこの色だったという事なのでしょうけど、そうなると本堂も同じ様に塗られるのかしらん。なんだかイメージが変わってしまいそうです。

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その本堂の修理は来年から始まるそうです。暫くは素屋根に覆われる事になり、この景色も数年は見納めとなります。でも、舞台には入れるそうなので、上から見る景色は修理中も見られるとの事です。

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ところで、その本堂を紅葉と絡めて撮ろうとする人たちが、子安の塔の前の通路を占拠していました。みんな三脚を据えて、かつ足下に荷物を置いていて、動こうとはしないのですね。たぶん、日差しが掛かるのを待っていたのでしょうけど、他の観光客が来てもまるで無視でした。

もういい加減、京都に三脚を持ち込むのは止めて貰えないかしらん。そこら中で三脚が禁止になり、下手をすれば撮影そのものが禁止になりかねなかったという事を知らないのかな。三脚が無ければ写真を撮れないという訳でもあるまいし、それほど迷惑な道具だという事を自覚してもらいたいものだと思います。禁止されていなければ何をやっても良いというものではないですよ。

つい愚痴になってしまいました。次は清閑寺に向かう事にします。

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2016.11.28

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~八坂の塔 11.26~

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平成28年11月26日の紅葉散歩は、混雑を避けて早朝の東山界隈を歩いて来ました。最初に出会うのがおなじみの八坂の塔、まだ明け切らぬ晩秋の朝の景色です。

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八坂の塔も隠れた紅葉スポットの一つです。塔の下に大きなもみじがあって、良い年回りの時は見応えがありますよ。この日はまだ三分程度の色付き方で、まだこれからという感じでした。

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もっとも、ここは以前と違って不定期の公開になってしまったため、来てみないと入れるかどうか判らないという事情があります。そのうち、幻の紅葉ポイントと呼ばれる様になってしまわないかしらん。

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高台寺への上り口から見ると、こんな感じになります。毎年見慣れた景色ではありますが、やはり京情緒に溢れていますね。

次は清水寺に向かう事にします。


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2016.11.27

真田丸 第47回「反撃」

天守に打ち込まれた砲弾。倒された侍女達。

1日で終わった砲撃。

話が違うと家康に抗議する且元。無視する家康。豊臣家を裏切った事を悔やみ続け、急死した且元。

淀の方が和睦に傾いたと治長。今は和睦の時では無い、大砲は弾が尽きた、撃ってこないのが何よりの証拠と幸村。

淀の方の居室。呆然としている淀の方。

今は誰にも会いたくないとの事ときり。怪我はされていないのかと幸村。私が全力で助けましたときり。礼を言う幸村。

秀頼の御前。これから和睦の案を出し合う、そして落としどころを見つける事になると治長。

浪人達の溜まり場。不満を鳴らす浪人達。俺に任せておけと又兵衛。

廊下。徳川はどう出るだろだろうかと重成。浪人衆の処分を求めてくるはず、我らを追い出した上で再度攻め込んでくる腹と幸村。和睦はならぬと治房。

秀頼の御前。和睦の前に浪人達の処遇を決めなければならない、それなりの扶持を与え豊臣の家臣とするという許しを得て欲しいと幸村。なりませぬ、召し抱える謂われがどこにあると大蔵卿局。浪人達が居たからこそ戦に勝ち、敵は和睦を言い出したと幸村。勝ったのだからも早や用済みだと大蔵卿局。まあまあと有楽斎。私としてはできる限り報いてやりたいと秀頼。

浪人の処遇を主眼にするからには、徳川の言い分も聞かねばならないと治長。おそらくは人質を出せ、淀の方には江戸に下る事になるかとと有楽斎。母上を江戸に向かわせる事は出来ぬと秀頼。殿様が大坂城を出て西国の一国をもらい受け、西の要の大名となられるのですと有楽斎。ありえませぬと大蔵卿局。それはどうか、この城を徳川に明け渡すという事と幸村。私はこの城にこだわっているのではない、それで泰平の世が訪れるのであれば喜んでこの城を出ようと秀頼。感服つかまりましたと有楽斎。

淀の方に呼ばれた幸村。大勢の侍女が死にましたと幸村に抱きつく淀の方。心配は要らない、敵の弾は尽きましたと幸村。私を叱って下さい、あれほど和睦はしないと言っておきながらと淀の方。何とか良い形で和睦に持ち込もうと皆で思案しているところと幸村。もうこの様な事は沢山だと淀の方。

廊下。淀の方がこの城を離れるのは良いかも知れないと幸村。何年ここにおられるとお思いですかときり。つまり、あの方はずっと辛い思いをしてきたという事だと幸村。

幸村の部屋。土佐一国の約束はどうなるのだと盛親。キリシタンの自由はどうなるのだと全登。言いたいことは判る、今掛けあっているところだと幸村。俺たちは使い捨てかと又兵衛。その様な事は断じてないと幸村。淀の方のところに盛んに出入りしているらしいが、二人の中を疑う者も居ると勝永。勝手に言わせておけと幸村。俺たちを使って一人だけ良い思いをする気ではないだろうな、だとしたら俺はお前を斬ると勝永。これ以上話すことは無いと幸村。

江戸。お通の屋敷。お通の膝枕で愚痴をこぼす信之。そこに現れた稲とこう。驚く信之。後を付けさせたと稲。お通には話を聞いて貰っていただけ、不思議に心が安まるのだと信之。悔しい、それは私の役目だと思っていたのにとこう。お帰り下さいませ、次のお客様がお待ちですとお通。客という事は銭を受け取っていたのですかと稲。これが生業ですからとお通。襖を開け、次の客にもう少しお待ちをとお通。誰だと信之。今月のお代はまだ貰っていないと勘定書を手渡すお通。これよりは夫の心を癒やすのはこうがするので、あなたはもう結構と稲。膝枕で200文というのは高くは無いかと信之。私を誰と思うておられますかとお通。

大坂城。作兵衛を呼び出した又兵衛たち。

浪人衆に囲まれた作兵衛。幸村というのはどんな奴だ、俺たちが命を預けるに足る男かと又兵衛たち。知らぬと作兵衛。お前、家来だろうと又兵衛。お側に居たのはわずかの間だけと作兵衛。こいつじゃ駄目だと又兵衛。しかし、昌幸の事ならよく知っている、あの人ほど義に厚い人は居なかったと作兵衛。すぐに裏切る事で有名だったではないかと勝永。とんでもない誤解だ、昌幸は生涯を賭けて信玄公への忠義を貫いた、源次郎様はその血を受け継いでおられる、あの方は太閤殿下のご恩に報いる為には何でもすると作兵衛。

茶臼山。豊臣方の和睦案を受け取った家康。何と行って来ましたと正信。浪人達を養う為に領地を呉れとの事だと家康。その代わりにと正信。秀頼が大坂城を出る、四国二カ国を呉れと行って来たと家康。和睦する事などない、今すぐ総攻めを仕掛けるべきだと秀忠。大御所様は戦を止めるとは言っていない、和睦と見せかけて敵を丸裸にする、それから総攻めをと正信。まずは如何なされますかと忠純。四国はやらん、国替えをと言うのなら江戸の近く、安房と上総の二国だと家康。

秀頼の御前。関東に下向など断じてなりませぬと大蔵卿局。家康はあえて出来ぬ相談を持ちかけて、こちらの出方を窺っているのでしょうと幸村。この先は使者を立て、直に話し合うのが良いかと、それがしが徳川の陣に行きましょうと有楽斎。敵には本多佐渡という古狐が居る、あの仁が出てきては有楽斎殿でも手こずられましょうと幸村。

ここは女の使者を出しましょう、そうすれば向こうも女を出すしかありませんと幸村。参りましょうと大蔵卿局。常高院様がよろしいかとと幸村。

家康の陣。向こうは淀の方の妹を立ててきたと家康。その手で来ましたかと正信。我らは誰を立てるのですかと秀忠。その場の雰囲気に周りを見渡す阿茶局。

淀の方の部屋。私に勤まるか不安ですと初。これ以上の方は居られませんと幸村。私も参りますので、心配は要りませんと大蔵卿局。阿茶局とはどの様な人ですがと初。きりが良く知っていると淀の方。なかなかの食わせ者、本多様が古狐なら女狸だときり。きりを談判の場に行かせてはと幸村。面白いと淀の方。勘弁して下さいときり。風向きが悪かったら、その場をかき回して流れを変えるのだと幸村。おまかせあれと、開き直ったきり。

12月18日、京極忠高の陣。戦というものは男の手で勝手に始められるもの、それを女の手で終わらせるというのも愉快なものだと阿茶局。左様でございますねと大蔵卿局。始めましょうかと阿茶局。

大坂城。そなたはしぶといと秀頼。望みを捨てぬ者だけに道は開けると幸村。

まずお上様についてと初。人質にはしないと阿茶局。ありがとうこざいますと大蔵卿局。秀頼公におかれては領地はこれまでと同じ、危害が及ぶことも無い、大坂の城を明け渡せとも言わないと阿茶局。まことでございますかと大蔵卿局。今後、大坂を離れる事があれば、お好きな国を望まれませと阿茶局。まあ、と大蔵卿局。徳川に楯突いた浪人達は一切処罰はしないと阿茶局。良い事ずくめですねと大蔵卿局。当たり前です、そちらが戦にお勝ちになったのだからと阿茶局。あとはおいおいと阿茶局。

何か言いかけて言い出せない初。それを見て、足がつったと転がり出したきり。それをきっかけに、浪人達の手当のために御領地を増やして頂けるという話はと切り出す初。浪人達は今後どうされるのですかと阿茶局。それについては頭を痛めて居るのですと大蔵卿局。このまま仕官するつもりの者も居ます、領地を増やして貰わないとと初。あの出城何と言いましたか、真田丸、あれを壊してしまってはどうですか、あんなものがあるから浪人達は何時までも居座るのですと阿茶局。それは良い考えですと大蔵卿局。真田丸は取り壊し、ついでに堀も埋めてしまいましょうと阿茶局。堀もと大蔵卿局。堀までなくなれば、いくら面の皮の厚い浪人達でも出て行かざるを得なくなると阿茶局。さすがは阿茶様、そういたしましょうと大蔵卿局。

再び足がつったと転がるきり。その件については一旦持ち帰り、右大臣様と相談した上で決めたいと初。男達に返せばまた血が流れる、せっかくこうして女だけで集まっているのです、私たちだけで決めてしまいましょうと阿茶局。はい、埋めてしまいましょうと大蔵卿局。埋めてしまいましょうと阿茶局。

家康の陣。浪人の罪は問わない、秀頼の領地はこれまでどおり、茶々様は江戸に住まなくても良い、大坂から移るならお望みの国へ、秀頼公の無事を請け合うと条件を読み上げる忠純。でかされたと正信。談判は何事も勢いで押し切るのが一番と家康。いささか疲れましたと阿茶局。阿茶局の肩を揉む家康。

戦闘隊形を解いた徳川軍。

秀頼の御前。秀頼に和睦条件を示す大蔵卿局。浪人達の処遇が曖昧になっていると治長。阿茶局殿もおいおいと申しておられましたと大蔵卿局。確かに、他は我らの望みどおりと有楽斎。殿様のご決断に従いますと幸村。

廊下。何か引っ掛かるかと治長。あまりにも我らに都合が良すぎる、他にも大蔵卿局と阿茶局の間で決めた事があるのではないか、初に確かめて欲しいと幸村。疲れが出て休まれていると治長。

きりに確かめる幸村。堀の話は、それに真田丸も壊すって、聞いてないのですかときり。そこに駆け込んできて、真田丸が壊されていると告げた内記。

真田丸。真田丸を破壊する徳川勢。

秀頼の御前。私が許しましたと大蔵卿局。何故にと幸村。戦も終わり、あの様なものは無用の長物と大蔵卿局。家康の狙いはそこだったのです、なぜお判りにならぬと幸村。浪人達を養うだけの金銀はもうありません、後は出て行ってもらうしかない、堀が無くなればあの者たちも出て行くしかないとあの者たちも思うでしょうと大蔵卿局。なんという愚かなと幸村。何がおろかですと大蔵卿局。出城も堀も無ければもう戦えませぬ、戦いが出来ぬ我らに家康が約定を守るとお思いかと幸村。母上は豊臣をお潰しになられるおつもりかと治長。全ては豊臣の為じゃと大蔵卿局。これで良かったのだと有楽斎。

本丸を残して無力化された大坂城。

まさからここまでやるとはと秀頼。全ては、家康のもくろみ通りと無念さをかみしめる幸村。すまぬと秀頼。

家康の陣。瞬く間に堀が埋められていくと家康。真田丸も見るも無惨な姿にと秀忠。これで裸の城だ、後は向こうが和睦を破るよう仕向けるだけと家康。そこで総攻めを掛けるのですねと秀忠。これぞ城攻めよと家康。

浪人達の溜まり場。又兵衛たちに、総構え、二の丸、三の丸、堀の埋め立てを伝える幸村。あんたの得意な策を聞かせてくれよと勝永。策は無いと幸村。諦めるのですかと重成。もはやこの戦に勝ち目は無いと幸村。建具を蹴飛ばす又兵衛。皆、早々に立ち去るが良い、城を枕に討ち死にしようなどと愚かな事は考えない様にと幸村。

では御免とたち去ろうとする盛親たち。お前ら、行く場所があるのか、無いやつらばかりがここに集まったんじゃないのかと又兵衛。戦うつもりかと勝永。堀も無い城でどうやって戦うと盛親。面白いじゃないかと又兵衛。

家族たちに、上田に行けと告げる幸村。その時現れた又兵衛たち。

早く策を立ててくれ、俺たちはうずうずしているんだと又兵衛。私は何のために九度山に行ったのですと全登。わしらはお主に従うと盛親。どうすれば勝てるか考えろと勝永。あなたは勝つためにここに来られたのではないのですかと重成。うなずく幸村。徳川に一泡吹かせてやりましょうと作兵衛。お願い申すと口々に叫ぶ浪人達。

そこに現れた秀頼。望みを捨てぬ者だけに道は開けるとそなたは言った、私はまだ捨ててはいないと言って、幸村の手を取る秀頼。かしこまりましたと幸村。勝ちどきを上げる又兵衛たち。


今回は和議に至る経過が描かれました。史実との整合性で言えば、和議の交渉は最初は治長と有楽斎が請け負い、埓が開かなかったために初と大蔵卿局、それに阿茶局が交渉役として登場としたという経緯があります。きりがその場に居たというのは、無論創作ですね。

交渉の内容は概ねドラマのとおりで、主な議題は浪人達の処遇についてでした。大阪方は浪人達を扶持するために、戦場として荒れてしまった河内、和泉、摂津などとは別の所領が欲しいと言い、徳川方はこれに難色を示すという経過を辿りました。結果としては、浪人達は全て召し放ちという事になるのですが、これが上手く行かずに豊臣方を苦しめる事になります。

堀の埋め立てについては、外堀だけを埋める約束であったのを、徳川方の謀略により内堀まで埋められたと言われる事が多いのですが、実際には合意事項として約定の中に入っていました。ただ、内堀を埋め立てるのは豊臣方であったはずが、徳川方によって埋め立てられたため、時間稼ぎに失敗したのが事実だった様です。

この堀を埋めるという事に対して大阪方がなぜ合意したかと言えば、最近の説として、ドラマにあった様に浪人を追い出すためという説が浮上しています。それほど浪人対策は豊臣家にとって急務の課題だったという訳ですね。

また、別の説として、冬の陣で実質敗戦を喫した家康の面目を保つ為に、徳川家としてはどうしても譲れない項目だったとも言われます。

大坂方がなぜそんな不利と判る講和条件を受け入れたかと言えば、備蓄していた弾薬が底を突いており、継戦が不可能になっていたという事情がありました。対策として火縄銃もなるべく撃たない様にするなど、これ以上戦いたくても戦えないという状況にあったのですね。

なお、真田丸についでですが、幸村は真田丸が破却される前に全てを解体し、用材を城内に運び入れて敵の鼻を明かしたという話が伝わっています。ドラマでこの説を採るのかなと思っていたのですが、違いましたね。

次回は何と幸村が家康の暗殺を図る様です。きりとの結婚話も描かれる様ですね。創作色が濃い回になりそうですが、楽しみに待ちたいと思います。
 

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2016.11.26

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~速報 洛東 11.25~

今日は東山界隈を巡ってきました。依然として見頃を保っているところや既に終わったところ、まだこれからのところが混在しています。素晴らしく綺麗というところは、残念ながら無かったですね。

1.清水寺

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ほぼ見頃旬と言って良いのでしょう。舞台の上から見た景色はとても綺麗です。ただ、色合いは並程度かな。奥の院と阿弥陀堂の素屋根が取れ、久しぶりに姿を見られたのは良かったです。もみじの背景としても絵になりましたよ。

2.清閑寺

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三分程度の色付き方で、まだ少し早いかなという感じでした。ここは毎年遅いですね。ただ、本堂前の一本は、綺麗に色付いていました。

3.二年坂

二分程度の色付き方で、まだこれからです。

4.圓徳院

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ほぼ見頃です。ただ、色合いは今ひとつですね。この後、さらに赤くなる余地があるのかどうかは、正直判りません。

5.円山公園

ここは綺麗に色付いた木がある一方で、既に終わった木やまだ緑の木もあり、どう評価して良いか判りません。池の周りがまさにそんな状態かな。公園の一番奥は、今年は綺麗に色付きました。

6.知恩院

ここも評価が難しく、見頃の木、終わった木、縮れた木が混在しています。方丈庭園にも入ってみましたが、ほぼ同じ傾向ですね。黒門内のもみじも同様で、あと少しで見頃の木、落葉が始まっている木、まだ緑の木が混在しています。今年の紅葉の縮図の様ですね。


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京都・洛北 京都紅葉事情2016 ~金福寺 11.20~

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平成28年11月20日の金福寺です。この日は紅葉の見頃が続いていました。

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芭蕉庵の周辺の紅葉はこんな感じで、染まりきる直前でした。今頃はどうなのだろう、ピークを少し過ぎた位なのかな。

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その後どうなったか気になるのは冒頭の写真の左側のもみじで、ここだけが取り残されるようにして遅れていました。むしろ、この木の方が例年並みの進行だったのかもしれませんけどね。

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庭園の下の紅葉は既に散った木もある一方で、こんな感じにまだ見頃を保っている木もありました。今頃はこの木も散り果てになっているのかな。

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金福寺の紅葉は、上手くすれば下から見上げた景色が、まだぎりぎり見頃を保っているかもしれません。保証の限りではありませんが、散り果てが確実な詩仙堂よりは行ってみる価値はあるかもしれませんよ。

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2016.11.25

京都・洛北 京都紅葉事情2016 ~野仏庵 11.20~

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詩仙堂から野仏庵へとやって来ました。詩仙堂からはほんの数十m離れているだけなのに、ここは相変わらず静かなものでした。

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この日も訪れていたのは私一人で、落ち着いて庭を眺めながらお茶を頂く事が出来ました。ここは拝観料とお茶がセットで500円と格安なのが良いですね。

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ここの紅葉は、いつも思うのですが、程よく上品なのが良いですね。特にこのあたりは優しい感じがして、見ていても気持ちが良いです。

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野仏庵の紅葉も盛りを過ぎてしまっている事でしょう。散り紅葉はどうなのだろう、ここは掃除が行き届いているので期待は出来ないかな。ここの紅葉を見逃した人は、また来年訪れてみてください。きっとその静けさに驚きますよ。

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2016.11.24

京都・洛北 京都紅葉事情2016 ~詩仙堂 11.20~

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平成28年11月20日の詩仙堂です。この日は紅葉が見頃となっていました。

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ただ、見頃とは言っても最高の状態からは程遠く、綺麗だったのはこの庭の正面の木とあと数本くらいでした。後は並以下の色付き方か、縮れてしまっているかのどちらかでした。

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地元紙に載ったのはこの枝の紅葉だったらしく、添水を覆うようにして色付いていました。確かに、ここだけを見れば見事ですね。

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でも、その報道のせいなのでしょう、詩仙堂は凄い混み方で、開門前から長い行列が出来ていました。座敷もすぐに一杯になり、額縁写真も撮れず仕舞いです。マスコミの影響力は凄いものがありますね。

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詩仙堂の紅葉はもう盛りを過ぎてしまっているでしょう。この日は散り紅葉もあまり綺麗では無かったし、今年は期待外れの年でした。でも、詩仙堂の紅葉は本来こんなものではないので、また来年に期待する事とします。

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2016.11.23

京都・洛北 京都紅葉事情2016 ~速報 洛北 11.23~

今日は洛北の三カ所を回ってきました。いずれも既に見頃を過ぎており、今年の紅葉の進行の早さを実感させられました。

1.源光庵

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山門を潜って正面にある大もみじは、今年は一部が赤い他はオレンジ色に染まりました。見頃終盤でそれなりに見応えがありましたが、既に落葉が盛んです。

本堂裏の庭園は見頃過ぎで、半ば落葉している上に色付きはオレンジ色でした。

悟りの窓越しのもみじは、主要な枝はほぼ落葉し、残った葉もあまり美しくない黄色です。白い山茶花が綺麗に咲いているのが救いですね。その下にある小さなもみじは、これから綺麗に色付きそうで、アクセントくらいにはなるかな。迷いの窓も同様の傾向ですね。

2.高桐院

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参道は黄色く色付いた中に緑の葉も混じっている状況です。その一方で、一部では散り始めてもいます。今日は曇り空で暗かったせいか、あまり色は映えなかったですね。一番きれいだったのが参道の突き当たり左側の一帯で、赤、黄、緑が揃って鮮やかでした。

本堂前は見頃は過ぎており、散り残ったもみじは濃いオレンジ色で、美しく無かったです。わずかにトイレへの通路から見ると散り残ったもみじがあり、まだしもだったかな。

庭園は見頃の木も残っていましたが、概ね見頃は過ぎており、かなり寂しい状況でした。

3.京都府立植物園

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フウの木が八分程度の色付きです。今年は鮮やかさが少し足りないかな。既に落葉が始まっており、もう一段上があるのかどうかは、ちょっと判らないです。

もみじは壊滅状態です。部分的には綺麗なもみじもありますが、既に散ってしまった木や縮れてしまっている木がほとんどで、いつものあざやかさは無かったです。


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京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~智積院 11.19~

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平成28年11月19日の智積院です。この日は紅葉が見頃を迎えていました。

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ここも思っていた以上に進行が早かったですね。智積院は市内のポイントに準じた場所で紅葉は遅めというイメージがあったのですが、年によってはこういう事もあると認識を改めなければならない様です。

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色合いも良かったです。結構な数のもみじがあるので、中には色合いの悪い木や縮れた葉もありましたが、全体として見ればなかなかのものでした。

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これだけ綺麗だったら観光業者が放っておく訳はなく、たぶん観光バスが押し寄せていたんじゃないかしらん。この日の様に比較的静かに見られたのは、幸運だったと思います。

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智積院の紅葉はそろそろ盛りを過ぎてくる頃でしょうか。例年なら丁度盛りになる頃なのでしょうけどね、今年は散り紅葉を楽しむ事になりそうです。

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2016.11.22

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~今熊野観音寺 11.19~

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平成28年11月19日の今熊野観音寺です。この日は境内の紅葉が見頃を迎えていました。

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今熊野観音寺は弘法大師が開いた寺で、境内への入り口では御大師様が出迎えて下さいます。この御大師様は特に子護大師と言い、子供の守り本尊とされています。心身健康、学業成就など、子供に関する祈願に御利益があるそうですよ。

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紅葉は鳥居橋周辺を除いた境内全域で進んでおり、その早さには少し驚かされました。もう少し段階的に進んでいくものだと思っていましたからね。

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大師堂の前にある銀杏は既に半ば散っていました。この木は毎年色づくのが早いですね。一足早い散り黄葉です。

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全体として色付きは良かったです。特に大師堂周辺は綺麗だったな。今まで見た今熊野観音寺の紅葉の中では一番だったかもしれません。この写真を撮ってから三日が経っていますが、たぶんまだ紅葉は残っていると思います。鳥居橋周辺はまだ緑でしょうけどね。観音様にお参りがてら、出かけられては如何ですか。

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2016.11.21

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~泉涌寺 11.19~

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平成28年11月19日の泉涌寺です。この日は御座所庭園の紅葉が見頃を迎えていました。

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毎年の事ながら、ここのもみじは上品な色合いに染まりますね。手入れが違うのか、環境が違うのかは判りませんが、他の場所の紅葉と一線を画しているのは確かです。

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ただ、そのもみじも、今年はわずかに縮れが目立ち、最高の紅葉ではなかったのが残念です。それでも十分に綺麗ではあったのですけどね、もう一段上の美しさを見たかったです。

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もう一つ欲を言えば、この写真の正面のもみじが、もう少し黄色く色づいていればもっと良かったのですけどね。これまで見た中では平成19年に一度だけ赤と黄色が揃っていた事があり、なかなかタイミングは難しい様です。

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清少納言の歌碑の前にあるもみじも、今年は綺麗に黄色に染まっていました。この木は好不調の波が激しく、全く駄目という年も珍しくない中、鮮やかに色付きましたね。

ところで、歌碑の隣にある石塔は清少納言と関係があるのかしらんとずっと気になっていたのですが、お寺の人に聞いてみたところ、全く繋がりはないという事が判りました。明治の上地令で失った場所にあった経塚を、ここに移設したものだそうです。私、清少納言の供養塔か何かかと思ってました。何でも聞いてみないと判らないものですね。

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2016.11.20

真田丸 第46回「砲弾」

茶臼山、家康本陣。力攻めは止めだと家康。如何なされますと正純。イギリスの大砲は未だかと家康。まだ数日は掛かると正純。兵を三つに分け、代わる代わる鬨の声を上げさせよと家康。

大坂城、秀頼の居室。この勢いに乗って家康の本陣に攻めかかろうと秀頼。戦はただ勝てば良いというものではない、兵を損じない事も大事と幸村。ここは守りに徹する、兵糧は敵が先に尽きる、あせって攻めて来る敵を打ち払う、大坂城はびくともしなかったと天下に知らしめる、そうすれば敵の中に心変わりする者が現れると幸村。

私は父上の城を守り、安寧の世を守り、父を越えたいと秀頼。

殿様にはもっとご自身の言葉の重みを知って欲しい、大坂城の主は殿様と幸村。

その時、沸き上がる鬨の声。何事かと焦る人々。

怖がる侍女達を安心させるきり。

真田丸。虚仮威しと見破った幸村。負け犬の遠吠えと、犬の鳴き真似をしてみせる団衞門。

淀の方の部屋。敵も色々考えるものだと淀の方。これからが正念場と幸村。私は戦にも政にも関心が無い、秀頼が無事であればそれで十分と淀の方。

廊下。幸村と行き会った初。姉は城と共に焼け落ちるのを待っている、どうか姉を救ってやって欲しいと初。

江戸、真田屋敷。七本槍の一人として、せめて自分だけでも秀頼公の役に立ちたいと長泰。荷は船に積んだと綱家。干し飯を持ってきたこう。では参りましょうと信之。

信之の前に立ち塞がった稲。わしの馬鹿を許せと信之。稲に代わって現れた昌相。徳川の目を盗んで大坂城に兵糧を運び入れるのは無理、真田は終わると昌相。父も源次郎も散々無茶をして来た、自分も一度くらいはと信之。そなたの父はどんなに無茶に見えても常に先を見据えていた、真田の家を滅ぼすつもりかと昌相。

先に行っていると長泰。すまぬと昌相を突き放す信之。背後からねばねばした網を投げた昌相。

長泰に、この件には真田家は一切関わりは無いと断る綱家。心得たと長泰。

網に絡め取られた信之。

大坂城。大助の手柄に上機嫌の内記と作兵衛。危ない事をさせてと怒っている春。戦には危険は付きものと幸村。その時、再び上がる鬨の声。部屋の外に出て、庭が変わっている事に気付いた幸村。籠城が長引くならと畑を作ったと作兵衛。

軍議の場。なんで打って出ないと荒れる又兵衛。俺たちも戦いたいんだと勝永。浪人衆も同じ思いと全登。いずれ攻めて来るそれまで待つんだと幸村。

家康の本陣。なぜ総攻めを命じられないと秀忠。将軍様は戦というものが判っておられない様だと家康。戦というものはただ勝てば良いというものではない、如何に兵を損なわずに城を落とすかが肝要と正信。

信伊を呼んだ家康。幸村を調略せよと家康。無理だと断る信伊。寝返れば十万石を与えようと家康。

信吉の陣。これより城に入る、渡りを付けたいと信伊。

暗闇に向かって矢文を放つ三十郎。受け取った佐助。

佐助から文を受け取った幸村。

真田丸。夜陰に紛れて現れた信伊。酒を酌み交わし、久闊を序す二人。家康からの書状を渡し、読まんでいいと早々に帰る信伊。文を破り捨てた幸村。

家康に不首尾だったと報告する信伊。

とある一室。襖越しに会話する正純と有楽斎。大御所様は和睦をお望みだと正純。なかなか難しいと有楽斎。やって頂こうと正純。

秀頼の御前。和睦を持ち出した有楽斎。なりませぬと幸村。和睦いたしましょうと大蔵卿局。今少し様子を見たいと秀頼。

軍議の場。負けてもいないのに和睦など冗談では無いと又兵衛。その理屈が通じる人たちではないと幸村。秀頼公は何とと勝永。まだ考えておられると幸村。

佐助に有楽斎の動きを探れと命じた幸村。

秀頼の部屋。代わる代わる秀頼を責める有楽斎と大蔵卿局。

殿はとうとう押し切られてしまった、左衛門佐なんとかならぬかと治長。

夜、淀の方の居室。何故あの者たちは和睦したがるのかと淀の方。浪人衆が力を付けるのが恐ろしいのだろうと幸村。せっかく豊臣のために力を貸してくれているというのに、おかしな話だと淀の方。秀頼公を説き伏せて欲しいと幸村。

まことの事を言います、私は秀頼と居られれば良いのです、この城も手放せと言われれば手放しましょう、どこか遠くの小さな国に移って、皆で暮らせればそれ以上は望まない、私と秀頼と、左衛門佐が居ればと、幸村の手を取る淀の方。

それはお心に止めておかれませ、味方の士気に関わればと幸村。先の件なにとぞお願いいたしますと幸村。お任せなさいと淀の方。

秀頼の御前。和睦はなりませぬと淀の方。既に右大臣様は和睦と決められたと大蔵卿局。私は秀頼の母なるぞと淀の方。断を下すのは大坂城の主たるこの私、そうであったなと左衛門佐と秀頼。無言の幸村。そなたを産んだのはだれじゃ、我こそがこの城の真の主ぞ、断は私が下します、和睦は決してなりませぬと淀の方。

廊下。幸村を追ってきた秀頼。己の言葉の重みを知れと申したのはそなたではないかと秀頼。断を下すのはあくまで殿、しかし、その断が間違っていれば如何なる手を使っても食い止めます、私は戦に勝つためにここに参ったと幸村。

浪人衆の溜まり場。団衞門に、敵陣に切り込むそうだなと又兵衛。もうお耳にと団衞門。夜討ちを掛けると聞いたがと勝永。それは話が大きくなっていると団衞門。いつだと又兵衛。今夜と団衞門。場所はと又兵衛。本町口あたりと団衞門。

くれぐれも真田様にはご内密にと団衞門。良いんだあいつは、なんとなく成り行きで総大将みたいになっているが、全く違うからと勝永。俺たちも一緒に行って良いかと又兵衛と勝永。

幸村に止めるなら今だぞと告げる盛親。気分を変えるのも良いかも知れないと立ち上がる幸村。

本町口、蜂須賀の陣。夜襲を掛けようとしている又兵衛たち。そこに現れ、私も加えてくれと幸村。

一斉に攻めかかる幸村達。敵を倒しながら、塙団衞門でごさると木札を置いていく団衞門。

徳川陣。イギリスから到着した大筒。

且元に、淀の方の居室を聞く家康。そればかりはと且元。そこを外すためだと家康。天守の南の方と居室を示す且元。そこだけは外そうと家康。

天守の南を狙えと命ずる家康。

大坂城。侍女達を従えて廊下を行く淀の方。

大坂城に向けて発射されたカルバリン砲。

天守に命中した砲弾。続いて、本丸御殿に命中した砲弾。

崩れ落ちる御殿の屋根。その下敷きになって倒れた侍女。それを見て取り憑かれたように近づこうとする淀の方。懸命に止めるきり。

今回は和睦を巡る駆け引きが描かれました。あの手この手と家康が言っていましたが、まさしくそのとおりの事が行われました。

まず、鬨の声ですが、実際に行われています。これは最初は効果があり、驚いた町人達が城内に向かおうと橋に殺到し、堀に落ちて溺れ死んだ者が大勢出たと言われます。しかし、やがて虚勢だと見破られ、効果はなくなりました。

次に、幸村に対する調略も実際に行われており、その対価が十万石だったというのも史実どおりです。ただ、ドラマでは親しく接していた信伊と幸村でしたが、実際には幸村は用心して暗がりに座り、信伊との間も離してあったと言います。この時、幸村は断固断ったかと言うとそうでもなく、今は豊臣の恩義があるが、豊臣と徳川の間で和議が整った後、なお仕官が認められるのなら、たとえ千石でも受けましょうと答えています。

これに対して正純は、幸村が断ったのは恩賞が少なすぎたのだと考え、今度は信濃一国に条件を上げて再度信伊に調略を命じました。これを聞いた幸村は、徳川には誠意が無いと怒り、信伊にも二度と会おうとしませんでした。十万石ならまだしも、信濃一国ではあまりにも現実離れした話だと思ったのでしょうね。

団衞門が夜襲を掛けたのも史実どおりです。木札を置いていったのも史実だとされます。自分を売り込もうというのでしょうけど、面白い事をする人物ですね。ただし、この夜襲に幸村や又兵衛たちは参加していません。

家康がイギリスから取り寄せた大砲で城攻めをしたというのはよく知られた事実です。その砲弾が淀の方の居室に飛び込み、侍女達を吹き飛ばしたとも言われますが、そのあたりは史実かどうかは判然としません。ただ、砲撃に依る被害は甚大で、総構の櫓はほとんどが崩されたと言われます。

こうしてみると優勢の様に見えた徳川方が和睦を急いだのは、一つには真田丸における敗北により、徳川方の敗戦という評判を呼んでいた事が上げられます。もう一つには、ドラマで幸村も言っていましたが、兵糧不足という事がありました。徳川方は、兵糧は現地で調達するつもりだったのですが、既に大坂方があらかた買い集めてあり、調達しようにもどこにも無かったのですね。なので、戦が長引けば脱落する大名も出て来る事もあり得た訳で、和睦が急務とされたのでした。

もっとも、大坂方にも兵糧の問題はあり、それ以上に弾薬の不足が深刻だった様です。戦を長引かせれば大坂方有利だとは、必ずしも言えなかったのですね。

次回は和睦と幸村の苦悩が描かれるようです。私的には、阿茶局が暗躍する様を見てみたいですね。どんな描写がされるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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京都・洛北 京都紅葉事情2016 ~速報 洛北 11.20~

今日は詩仙堂、野仏庵、金福寺を回ってきました。紅葉シーズンもピークを迎えたようで、人出も多かったです。叡山電鉄出町柳駅では入場制限が行われていたほどで、普段見られない長蛇の列が出来ていました。

1.詩仙堂

Sisendou1611201

ほぼ見頃と言って良いと思われます。ただし、紅葉の状態はあまり良いとは言えず、並かそれ以下ですね。縮れた葉が多く、最高の出来からは程遠いです。

周囲から聞こえてきた話では、地元の新聞に真っ赤に色づいているという記事が出たそうなのですが、それは一部分の事で、あまり多くを期待して行くと裏切られる事になります。

2.野仏庵

Nobotokean1611201

ここは今年も程よく上品に色づきました。庭の待合いに座って黄色く色づいたもみじを眺めていると、とても落ち着いた気分になりますよ。ただ、庭の一番奥のもみじは縮れてしまっており、全滅状態だったのが残念です。

3.金福寺

Konpukuji1611201

ここは見頃が続いていると言って良いのかな。下のもみじは一部で散り始めていますがまだ見頃を保っています。一方、芭蕉庵の周囲では五分程度の色づき方で、間もなくピークを迎えそうです。色合いも悪くないですね。ただ、梅の木の背後のもみじの紅葉が遅れており、今後どうなるか気になるところです。

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2016.11.19

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~速報 洛東 11.19~

今日は泉涌寺界隈を巡ってきました。雨模様とあって人出は少なめで、ゆっくり楽しめたのは良かったです。先週までは遅めの進行と思えた今年の紅葉ですが、このところの冷え込みが効いたのか早くなっていますね。

1.泉涌寺

Sennyuji1611191

御座所庭園の紅葉が見頃となっています。手前の黄葉がもう少し進んでくれていたらもっと良かったのですが、それは欲張り過ぎというものでしょう。ただ、左手の赤いもみじの葉が縮れ気味で最高の紅葉とまでは行かず、ここの紅葉としては並程度です。

あと、清少納言の歌碑の前にあるもみじが、今年は綺麗に黄葉していました。

2.善能寺

とりあえず紅葉はしていますが、あまり綺麗とは言えないですね。奥の木は縮れた葉が混じり、手前の木はまだ紅葉半ばで、もう少しすればそれなりになるかも、です。

3.来迎院

境内も含翠庭も見頃を迎えています。でも、含翠庭は天気の良い日の方が綺麗ですね。光が入らないと、ここの庭は、今ひとつ冴えないです。

4.今熊野観音寺

Imagumano1611191

本堂及び大師堂周辺が見頃になっています。色合いも良いですね。こんなに綺麗に色づいた今熊野観音寺は初めて見た様な気がする。鳥居橋周辺は一部で赤くなっている他は、まだ緑基調です。

5.智積院

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ほぼ見頃旬となっています。ここがこんなに早いとは思わなかった。この写真は参道ですが、左手の庭園もほぼ同じように色づいています。色合いも悪くないですね。今日は会わなかったけれど、明日あたりは情報が行き渡って、バスの団体客が押し寄せるんじゃないかしらん。

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京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~天授庵 11.13~

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平成28年11月13日の天授庵です。この日は書院前の紅葉が七分程度になっていました。

Tenjyuan1611182

書院前の庭で最も早く見頃になるのがこのもみじです。ある意味、京都の早く色づくもみじの中では、代表的な一木と言えるかもしれません。毎年綺麗な色彩を見せてくれるのですが、今年は特別に美しいという事はなく、平年並みの色づき方でした。

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南側の大もみじは黄色く染まるのですが、この日はまだ半ば程度でした。今日あたりは綺麗に染まっている頃かもしれませんね。

Tenjyuan1611185

南庭は、綺麗なところだけを切り取ればこんな感じでした。実際より、少し綺麗すぎるかもしれませんね。ここもどうだろう、今日あたりが見頃だったんじゃないかしらん。

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南禅寺は結構な人出で、蹴上駅から境内まで、人波が絶えないという状況でした。その中で天授庵も早朝から賑わっていたのですが、この額縁写真を撮る事が出来たのは幸運の一言でした。ほんの1分程度の間でしたが、上手くシャッターを切る事が出来ました。

このもみじは半ば散りかけているでしょうけど、今はライトアップの期間中であり、夜の照明の中で見るときっと引き立つと思いますよ。ライトアップは17時30分から20時45分まで、期間は11月30日までとなっています。

一つ忘れていた。平常の拝観料が400円から500円に値上がりしています。初めて行く人はそんなものかと思うでしょうけど、慣れた人はきっと戸惑うと思います。なぜって、私がそうだったものね。

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2016.11.18

京都・洛北 京都紅葉事情2016 ~金福寺 11.12~

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平成28年11月12日の金福寺です。この日は紅葉が五分程度にまで色づいていました。

Konpukuji1611172

毎年の事ですが、ここは西側の木から色づき始めます。そして上から色づき始めるのですが、これってその木の下に入るより、外から見るか、それとも芭蕉庵の前から見下ろすかした方が綺麗に見えますね。

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全体の傾向として進行はほぼ例年並みなのですが、芭蕉庵奥のもみじの色づき方が心持ち早い様です。もしかしたら、下から見上げた景色は、例年よりも早く見頃になるのかもしれません。

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色合いは、最高とまでは言えませんが、まずまずでしたね。今週はまた冷え込みが続いたけれど、その後はどうなっているかしらん。明日にでもまだ確かめに行けたらと思っているところです。

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2016.11.17

京都・洛北 京都紅葉事情2016 ~圓光寺 11.12~

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平成28年11月12日の圓光寺です。この日は紅葉が四分程度の色づきとなっていました。

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奔龍庭越しに見た紅葉はこんな感じです。二年前のほぼ同じ時期に比べると、若干ですが遅れているのが判ります。

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十牛の庭では、まだ緑の木が半ばを占めていたのですが、それでもそこかしこに色づいた木があり、紅葉の風情は十分に感じられました。ただ、座敷正面ではオレンジ色に色づいたもみじが多く、鮮やかな赤色の紅葉が見られなかったのは残念です。

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圓光寺の紅葉は、今週末あたりが見頃でしょうか。オレンジ色だったもみじが赤くなっているか、それとも縮れてしまっているかは判りませんが、もう一度見てきたいと思っているところです。

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この寺の名物の一つである水琴窟には、今年も外人さんたちが群がっていました。ガイドの人がひしゃくで水を撒くと音が大きくなる訳ですが、その都度小さな歓声が上がっていましたね。あの神秘的な音が外国人にはどう捉えられているのか、一度聞いてみたいという気がします。

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2016.11.16

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~南禅寺塔頭 慈氏院 11.12~

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南禅寺塔頭の慈氏院です。ここは以前に紹介した事がありますが、達磨堂がある事で知られる寺です。

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この前を通った時に土塀越しに鮮やかなもみじが見え、ここには庭園があった事を思い出したので、立ち寄ってみました。

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庭園の紅葉はまだ二~三分といったところでしたが、こうして鮮やかに色づいた木もあり、それが外から見えていたのでした。

Jisien1611165

この枝はお日様が当たる先の方だけが色づいていたのですが、良い色に染まっていますね。もう少しすれば庭全体が色づいて、良い感じになる事でしょう。

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ここは訪れる人も少なく、穴場と言っても良いと思います。ちゃんと断れば庭園にも入れるはずなので、南禅寺に行かれたら、ぜひ立ち寄ってみてください。もし紅葉が駄目でも、達磨大師の立像を見るだけでも値打ちがありますよ。

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2016.11.15

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~南禅寺 11.12~

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平成28年11月12日の南禅寺です。この日は紅葉が進み始めており、全体で三分から四分程度の色づきになっていました。

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三門から法堂への参道はこんな感じです。まだ緑の木が多かったのですが、所々に色づいたもみじがあり、雰囲気は出ていました。

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南禅寺にはこの翌日にも行ってきたのですが、一日違いで随分と印象が変わり、四分から五分程度にまで進んでいました。これだから紅葉の予測は難しいのですよね。

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南禅寺は山に接しているので、少し目線を変えればもみじ以外の木の黄葉も見る事が出来ます。これなどは何の木だろう、ムクノキかエノキかしらん。

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南禅寺の境内は今週末にも見頃を迎えると思われます。その後も本坊、南禅院、水路閣周辺と見所は続きますよ。人出は多いけれど、境内が広いので東福寺の様にはなりません。それに、今年は天龍寺に人が集まっていると思われるので、南禅寺はお勧めの場所と言えるかもしれませんね。

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2016.11.14

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~真如堂 11.12~

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平成28年11月12日の真如堂です。この日は三重塔周辺を中心に、紅葉が進んでいました。

一番綺麗な花の木はこんな感じで、枝先の深紅の葉が散ってしまったのは残念でしたが、残った赤と黄色の葉も十分に美しく、三重塔とのコラボレーションは今年も健在です。

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気になる今年の色合いですが、12日現在ではそう悪くないものでした。縮れた葉もほとんど無く、全体として程度は良い感じです。ただ、この先どうなるかまでは判りませんけどね。

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真如堂のもみじで、最も鮮やかに色付いていたのがこの木です。本堂の前、沙羅の木の隣にあり、見事な色を見せています。この木って、以前からこんな色付き方をしていたのかしらん。

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三重塔をしたから見上げてました。花の木は良い感じで染まっていますが、その下のもみじは今一歩ですね。順調なら、今週半ばから週末にかけて見頃になると思うのですが、さてどうでしょうか。

Sinnyodou1611136

三重塔前の花の木ともみじを捉えてみました。もみじは前週よりもかなり色付いていましたが、まだ染まりきってはいませんでした。この後、深紅に染まるか、それとも縮れてしまうかは、見てみないと判らないというのが本当のところです。

真如堂はこの日で三分程度の色付きでした。例年どおりなら、三重塔周辺から見頃になり、次いで本堂前、本堂南、参道、本堂裏の順で染まっていくはずです。でも、境内が一度に染まった年もあり、紅葉の予測は難しいものがありますね。

最終は12月上旬で、本堂裏で散り紅葉が見られるはず。それまで息長く楽しめるのが真如堂の紅葉です。


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2016.11.13

真田丸 第45回「完封」

慶長19年11月19日、木津川口砦を襲った蜂須賀勢。その時、不在だった全登。

11月26日、今福砦を襲った佐竹勢。加勢に向かった又兵衛と重成。しかし、押し返された又兵衛。

軍議の場。的の真の狙いは城の南、安心召されよ、敵は真田丸で迎え撃つと幸村。

内通者が居るのではと勝永。

厨。有楽斎を呼び入れた幸村。有楽斎に、博労淵砦が手薄だと打ち明ける幸村。

その夜。博労淵砦が落ちたという知らせが入ります。早かったなと、やはりあの男かと幸村。

江戸、真田屋敷。松を労う信之。そこにやって来た正則と長泰。

二人の用件は、兵糧を大坂方へ送るという事でした。兵糧を城の中に入れるには幸村の協力が要る、その橋渡しを信之に頼みたいと長泰。仲間に加わってくれと正則。源治郎のためにもと言われ、困惑する信之。

断じてなりませぬと稲。判っているが、こればかりはそちの耳に入れておこうと思ったのだと信之。こればかりとは、と問い詰める稲。ない、源治郎のためだと信之。息子達はご公儀のために戦っている、どんな咎めを受けるか判らない、稲はけっして許さないと稲。

廊下。蔵に行って調べてきた、すぐに運び出せる蕎麦粉は1700貫、そばがきにすればおよそ10万個、千人で食べても一月以上持つ勘定とこう。

大阪城。春に、戦が始まったら、決して城から出るなと伝える幸村。その様子を廊下の角で聞いているきり。

戦が終わったらまた豊臣の世が来るのですかと春。戦に勝っても、もう徳川の世は動くまいと幸村。では秀頼公はと春。一大名としてどこかを治める事になるかもしれないと幸村。そのとき、旦那様はと春。思うところはあるが、まだこれからどうなるかと幸村。

その時、きりの背後から現れた淀の方。侍女にされてしまったきり。

徳川本陣。まずは真田丸を潰さねばと家康。ただの出城に見えると秀忠。よく見て見ろ、まずは大きさ、そして場所、最後に高さだと家康。えらいものを造ってくれたと正信。

真田丸。大阪城を包囲した敵陣を見て、壮観だなと幸村。向こうにも赤備えがと内記。あれは井伊直孝、向こうにもここに至る物語があるのだろうと幸村。聞いてみたいものですなと内記。

上杉の陣。家康に呼び出された景勝。

家康本陣。直江状の過去まで持ちだし、嫌みったらしく真田丸を落とせと命じる家康。苦悩する景勝。上杉と真田の縁はよく知っている、ここは真田と戦う事で徳川への忠義を示されよと正純。かしこまりましたと兼続。

自分も総大将として戦陣に立ちたいと秀頼。総大将とは城の奥でじっとしているものだと有楽斎。総大将が兵の前に出ると、焦っているのではないかと兵が不安を覚えると幸村。私が鎧姿で兵を励ますというのはどうかと淀の方。

廊下。お上様は戦を楽しんでおられると重成。そこに通りかかったきり。それをみとがめた幸村。お上様から侍女を仰せつかりましたときり。

鎧に陣羽織をはおり、陣中見舞いをする淀の方。その後を付いて歩く鎧姿のきり。

真田の陣。上杉の下に付き、真田丸を攻めよという命令を受けた信吉。

佐助に密書を手渡した三十郎。

密書を受け取り、急がねばと幸村。

明朝、前田勢に対してこちらから仕掛けると秀頼に告げる幸村。乗ってくるかと秀頼。必ずと幸村。城中に内通する者が要る気配がある、この事は外に漏らさぬようと念を押す幸村。

軍議の場。明日、こちらから仕掛ける、後藤、木村、長宗我部殿は私と一緒に真田丸に入ってもらいたい、毛利殿は北の守り、明石殿は東の守りをお願いすると幸村。承知、と一同。抜かりなくと幸村。

大助に初陣だと伝え、お主の肩に掛かっていると心得よと諭す幸村。

真田丸前方、篠山。六文銭の旗を掲げて仁王立ちになった大助。そして、旗を振りながら高砂やと歌い出します。それに合わせて鉦を叩いてはやし立てる真田勢。挑発に乗った前田勢。

見事に前田勢を引き連れて戻ってきた大助。よくやったと幸村。

鉄砲組を持ち場に付けさせる幸村。柵まで迫る前田勢。

幸村の合図で火薬を爆発させた佐助。その音を聞いて勢い付いた前田勢。背後から続く井伊勢。

勢いに任せて空堀に飛び込む前田勢。その様子を見て、敵を一つの塊と思ってはならぬ、所詮人の集まりだと幸村。

十二分に引きつけた時、放てと合図する幸村。あっという間に倒される前田勢。二段構えの塀を活用し、次々に敵を倒していく真田勢。

家康本陣。これでは真田の思うつぼだと焦る家康。

次々に倒される前田勢。

一瞬の隙を突き、真田丸に突入した前田勢。奮戦して押し返した幸村、又兵衛たち。

退却を始めた徳川勢。追い打ちを掛ける真田勢。その様子を遠望している景勝。

仕上げだと言って出陣して行く幸村。

前田勢の残党に向かって、我こそは真田左衛門佐幸村と名乗りを上げる幸村。前田勢を相手に奮戦する幸村、作兵衛たち。

その様子を遠望しながら、源治郎め、あっぱれな戦いぶりよ、日本一の兵、真田左衛門佐と叫ぶ景勝。

前田勢を全滅させた幸村。

家康本陣。またしても真田にやられたと正信。大敗じゃと秀忠。言わんでも判っておると家康。前田と井伊を引き上げさせよと家康。この戦、手こずるやもと正信。次の手を考えると家康。

真田丸に凱旋し、歓声に応える幸村。面白い様に策が当たったなと又兵衛。策とはそういうものだと幸村。勝ちどきを上げる盛親。

お見事でござった、天下の名将の采配をこの目で見ることが出来て、これほど嬉しい事はないと重成。その重成を手招きして、実はこの様な大戦は私も初めてなのだ、心の臓が口から飛び出しそうであったと幸村。秀頼に報告に行く重成を見送って、大きくため息をついた幸村。

今回はこのドラマの主題とも言うべき、真田丸の攻防戦が描かれました。史実よりはちょっと早かったけれど、真田、日本一の兵という声も飛び出しましたね。

冒頭で描かれた木津川口砦、今福砦などについては、前回も書きましたが大坂城の防衛力を強化する拠点として築かれたもので、位置づけとしては真田丸と同じです。違うのはその規模と構造ですね。中でも木津川口砦については、兵糧を調達するために海との連絡路を確保するという意味があって、この砦は大坂方にとって重要な拠点であり、逆に言えば早々に落とされたことは大きな痛手でした。これにより、大坂方は兵糧を確保する手段を失った事になり、後に兵糧不足に悩む一因となります。

そして、城内に居た内通者は、やはり有楽斎とされましたね。これについては諸説あり、冬の陣の後、有楽斎は大坂城を出て、その後も徳川麾下の大名として余生を永らえた事から、内通者だったと見る向きがあります。しかし、その一方で、有楽斎は豊臣家の中の穏健派として重要な役割を果たしており、決して内通者などではなく、夏の陣を前に強行派を押さえることが出来なくなったため、やむを得ず城を離れたとする見方もあります。どちらが正しいかは良く判らないですね。

実際に確認される内通者は、南条中務少輔という人物で、矢文で徳川方とやりとりをしていた事が発覚し、大坂方によって処刑されています。その後も大坂方は南条が生きている様に装い、徳川方を欺いていたとも言われます。この事が後で効いてくるのですね。

ドラマで淀の方が鎧を着て兵を励ましていましたが、実際にも同じような事をしていたそうですね。正直言ってそれが励みになったかどうかは判りませんが、戦国の世を生きた女性らしく、ただのお姫様ではなかった事は確かな様です。

さて、真田丸での実戦ですが、又兵衛と重成が共に戦った事になっていましたが、実際には幸村のほかには盛親が居た様です。また、敵に対する挑発として、大助が第一次上田合戦の時の幸村そのままを真似た事になっていましたが、あれは無論創作です。実際にはもう少し時間と手間を掛けており、真田丸の前方にあった篠山という所に柵を設けて鉄砲隊を配し、仕寄せを試みる前田隊を妨害していたのでした。しびれを切らした前田隊が篠山を攻めるとそこは空で、真田勢から嘲笑を浴び、前田勢は面目を失いました。これが下敷きで、翌日の夜、前田勢が再度篠山を攻めるとやはり空で、さらに堀際まで進みました。この動きを見ていた井伊隊は抜け駆けと見て攻めかかり、一斉に空堀へと飛び込んだのですね。以下はドラマにあったように真田丸からの攻撃に晒されて、屍の山を築く事になります。

ここでさらに別の事件が起こります。ドラマでは佐助が火薬を爆発させていましたが、実際には大坂方の石川隊が起こした事故で、二斗の火薬が爆発したと言いますからかなりの規模だった様です。ところがそれを見た徳川方は、例の南条が内通した証と受け取り、一斉に総構えに向かって攻めかかったのですね。大阪方では爆発事故によって混乱していたため対応出来なかったらしく、総構えが二十町に渡って崩されたと言います。そこへ徳川方は飛び込んだのですが、体勢を立て直した木村重成隊によって返り討ちとなりました。しかし、大軍である徳川方の勢いは止まらず、次々に掘に飛び込んて行ったのですが、総構えと真田丸からの銃撃に晒される結果となり、ドラマで描かれた以上の惨状となった様です。

最後の仕上げとして、ドラマでは幸村が自ら出陣していましたが、実際に出陣したのは息子の大助です。彼は五百の兵を引き連れて徳川軍の後方を攪乱し、悠々と自陣に引き返したと言われます。

負け戦を悟った徳川方は引き上げ命令を出しましたが、戦が終わったのは夜になってからでした。損害は1万5千とも3万とも言われますが、イエズス会の報告には虐殺とまで記されているそうです。そうなった理由は、竹束など弾よけの装備をせずに不用意に堀に飛び込んだ事にあり、待てという指揮官の命令も行き届かなかった様です。やはり実戦不足が響いた様で、反対に大坂方は実戦慣れした浪人が主体であり、その差が大きくものを言った様です。

前後しますが、ドラマの中で正則が秀頼に兵糧を提供したというのは事実です。しかし、その後も兵糧を運ぼうとしたという事は無いですね。また、長泰については、もっと直接的に大阪城に入ろうとしたところを、家康に止められています。いずれにしても、二人が信之に協力を依頼したという事実は無い様です。

ドラマでは、信之が稲に内緒で兵糧を送ろうとしていましたが、それは蕎麦でした。これは、たぶんですが、信之が稲に隠れて幸村に送ろうとすれば、米ではなく蕎麦しか無かったという事なのでしょうか。九度山時代に、幸村たちがなぜ蕎麦粉ばかりを送ってくるのかと不思議がっていましたが、これで謎が解けた様な気がします。

最後に、景勝が真田日本一の兵と叫んでいましたが、あれはまだ早すぎですね。幸村が日本一の兵と呼ばれたのは夏の陣の時で、寡兵にも関わらず、二度までも家康を追い詰めたからでした。それも誰かが叫んだのではなく、島津家の文書にそう書かれたですね。ドラマの描き方だけでは少し足りないと思ったのですが、真田丸が主題の一つなのだから、仕方が無いのかな。

次回は冬の陣の和睦を巡る画策が描かれる様です。幸村に対する調略も出てくる様ですね。大砲のシーンなど、どんな具合になるのかな。楽しみにして待ちたいと思います。

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京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~速報 洛東 11.13~

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今日は午前中に、天授庵だけに行ってきました。実は昨日行った時には法要で拝観停止だったのですよ。

書院前では、正面のもみじが赤く色づき、南側のもみじが半ば黄色く色づいています。全体としては七分の色づきかな。ただ、色合いは最高とまでは行かず、並の紅葉ですね。期待していただけに、ちょっと残念です。一方、南庭では五分程度の色づき方で、見頃まではあと少しというところでした。

参考までに、南禅寺境内では昨日から一気に紅葉が進み、四分から五分程度にまでなってきました。昨日の夜の冷え込みが効いたのかしらん。うまくいけば、今週末にも見頃を迎えそうな感じですね。

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2016.11.12

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~速報 洛東・洛北 11.12~

平成28年11月12日現在の京都の紅葉速報を、テキストベースでお届けします。今日は洛東と洛北の一部を回ってきましたが、進行は例年並みか、少し遅い感じになっています。冷え込みが続いたはずなのに少し意外な感じですが、これから巻き返して来るのでしょうか。色合いは、今のところは良い感じです。

1.真如堂

前週に比べて色づいた木も多くなっていました。特に三重塔周辺が綺麗ですね。その塔の側にある花の木は、残念ながら枝先の葉が散ってしまい、今年もグラデショーンにはなりませんでした。それでも鮮やかな赤色と黄色に染まり、塔とのコラボレーションは綺麗でしたよ。

塔の前のもみじはさらに赤くなっています。ただ、まだ染まりきってはおらず、これから縮れる可能性も否定出来ません。

全体としては三分程度の色づき方かな。たぶん、今週半ば頃に三重塔付近がピークを迎え、その後本堂周辺、南側、参道、最後に本堂裏手へと見頃は移っていくと思われます。最後は12月上旬のはず、色合いは今のところ良い感じですよ。

2.南禅寺

少しずつですが、紅葉は進んでいます。全体としては二分から三分程度かな。三門前も少し色づいてきて、良い感じになっています。記念写真を撮るには良いかも、ですね。また、三門北側の大もみじは、今年も鮮やかに色づきました。三門から法堂への参道は一部で色づいています。今綺麗なのは銀杏で、法堂裏も含めて見頃になりつつある所です。

3.慈氏院

塀越しに鮮やかな紅葉が見えたので寄ってみましたが、庭園周辺が二分から三分程度に色づいていました。ここは訪れる人も少なく穴場ですよ。

4.金福寺

ここは例年並みの進行の様です。西側のもみじは半ば色づいており、上半分は鮮やかに染まっています。芭蕉堂奥のもみじが、今年は少し早めに色づいているのが意外と言えば意外かな。ここも色合いは悪くないです。

5.圓光寺

ここもほぼ例年並みか、気持ち遅い感じかな。全体としては四分程度の色づき方で、盛りとは言えないものの、それなりに見応えはあります。ただ、座敷から見たもみじがオレンジ色一色で、赤い色が全くないのが不満ですね。これから色づいてくるのでしょうけど、その時分には今のもみじが散っている訳で、古木が枯れて若い木に植え替えた弊害が出ている感じです。

6.曼殊院

弁天池周辺は綺麗に染まりました。特にお堂の東側のもみじが鮮やかな赤色に染まっており、とても綺麗でした。山門周りは一分から二分程度の色づきで、まだこれからですね。ただ、すでに染まっている木もあり、場所と角度によってはそれなりに見られます。特に坂道の下から山門を見上げると、黄色く染まったもみじ越しに紫色の幔幕が見えて、なかなか綺麗でしたよ。

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京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~南禅寺 11.5~

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天授庵から南禅寺境内に出ました。ここでも部分的に紅葉が始まっていました。中でも法堂裏の銀杏の色付きは早く、鮮やかな黄色を見せてくれていました。

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もみじはごく一部でしたが、紅葉が始まっていました。まだほんの走りでしたけどね。

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これは水路閣前のもみじです。赤いのは元からで、一度褐色になり、再び赤くなって行きます。この時は、まだ褐色になる過程だったのかな。

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南禅寺は、この日はまだ緑基調でしたが、早い木では色付きだしており、今日あたりは赤くなっていた木もあるんじゃないかしらん。今年の紅葉は、いまのところ順調な様に見えますね。

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2016.11.11

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~天授庵 11.5~

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平成28年11月5日の天授庵です。この日はもみじが色づき始めたところでした。

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庭園奥にあるもみじは鮮やかに色づいており、むしろ南禅寺の通路側からの方が綺麗に見えましたね。庭園側からではほとんど目立たないのが残念です。

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南庭は、まだ緑基調でしたが、部分的にまだら模様に色づいており、これから先の展開に期待が持てます。

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書院前庭園は、この日は褐色になっており、順調ならそろそろ赤く色づいている頃でしょうか。明日にでも様子を見に行けたらと思っているところです。

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2016.11.10

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~永観堂 11.5~

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平成28年11月5日の永観堂です。この日は庭園の紅葉が進みつつありました。

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毎年の事ながら、ここは紅葉が進むのが早いですね。特に池の周囲が早く、ぱっと見には盛りに近いのではないかと思ってしまいます。

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実際、見事に色づいた木もあり、どう判断して良いものやらと迷ってしまいます。どう見ても弱っている木ではなく、本格的な紅葉ですからね。

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この木なども鮮やかに色づいていました。全体としては緑基調だったのですが、木によって進み方が随分と異なっており、今行ってもそれなりに楽しむ事は出来ますよ。

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永観堂の拝観料は、8日から寺宝展が始まり1000円になっています。また、同時にライトアップも始まっており、こちらは600円ですね。紅葉だけなら1000円は高いけれど、寺宝展も込みならまあ納得かな。

なお、堂内及び混雑時の境内での自撮り棒の使用は禁止されていますのでご注意下さい。

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2016.11.09

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~黒谷 11.5~

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真如堂から隣の黒谷に来ました。そのとっかかりにあるのが栄摂院のもみじ、まだ枝先だけでしたが、遠目には綺麗に色づいていました。

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ここに来ればいつもお参りする阿弥陀様。その背後に見える銀杏は鮮やかに黄葉していました。この木はいつも色づくのが早いですね。

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階段の上から山門を眺めれば、鮮やかさはないけれど、秋らしい風情は感じます。今は山門も特別公開中で、山門だけなら800円、方丈と庭園のセットなら1200円で拝観する事が出来ます。

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これは山門側から本堂を見上げたところ。この半ば色づいたもみじは元々赤い種類で、今はいったん褐色になっているところです。間もなく赤く色づく事でしょうね。

黒谷の紅葉は全体としてはまだまだ緑基調で、本格的な紅葉はこれからでしょう。庭園は見ていないので判らないですけどね。

山門をまだ見ていない人は、庭園とセットで見るのも良いかも知れません。伊藤若冲の群鶏図も公開されているそうですから、見に行くのも面白いかも、ですよ。

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2016.11.08

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~真如堂 11.5~

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平成28年11月5日の真如堂です。この日は、紅葉が部分的に始まっていました。

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部分的というのは木によって進み方が違うからで、まだ全く緑の木がある一方で、盛りに近い色付き方をしている木もあります。この傾向は毎年見られるものですが、今年は特に顕著な様です。

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この木などは良く色づいていますよね。こういう木があるので戸惑ってしまうのですが、全体としてはまだまだ緑基調で、本格的な紅葉はこれからです。

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三重塔の前のもみじは、枝先だけですが、今年も早くから色づいています。これが縮れずに綺麗に紅葉するかどうかは未知数ですが、真如堂の景観上重要な木であり、出来れば鮮やかに赤く染まって欲しいものです。

また、三重塔横の花の木は順調に色づいており、今週末にはまずまずの見頃になりそうですよ。今年は枝先の葉も残っており、綺麗なグラデーションが見られると良いですね。

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2016.11.07

京都・洛西 そうだ京都、行こう2016・秋 ~天龍寺~

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今年も紅葉の季節がやって来ました。京都における紅葉のトレンドを決めるのがJR東海のキャンペーン、そうだ京都、行こうです。このキャンペーンの影響力たるや絶大なものがあって、選ばれたポイントは必ずと言って良い程大賑わいになり、混雑は周辺にまで及ぶ事になります。

さて、今年の秋のキャンペーンの対象は天龍寺となりました。言わずと知れた紅葉の名所ですが、意外な事に秋は今回が初めてになるのですね。過去には春と冬に選ばれているのですが、どうして今まで漏れていたのか不思議なくらいです。

見所は二カ所あり、一つは曹源池の畔、もう一カ所は望京の丘になります。よく知られているのは曹源池の方ですね。ポスターになっているのもこの池の方で、無窓国師が作庭した庭という事で知られます。

この庭は嵐山が借景になっているのですが、嵐山が池の南に位置するので、日中は逆光になるため見づらいし、写真的にも撮りにくいです。なので、借景を楽しむには、朝一番に行くのが良いのかな。

見頃になるのは年によって違いますが、ここ数年は勤労感謝の日前後になる事が多いようです。今年がどうなるかは未知数ですけどね。

ここは庭園だけなら500円、方丈等を見るなら+300円、さらに法堂の雲龍図を見るにはあと500円が掛かります。初めて行かれるのなら方丈は見た方が良いですよ。有名な達磨の絵が出迎えてくれます。

問題は、天竜寺の混雑がどこまで及ぶかなのですよね。たぶん、宝厳院や竹林の道は人混みで埋まる事は必至ですし、その延長で常寂光寺も混み合う事でしょう。恐らくは二尊院や祇王寺まで影響が及んでしまいそう。なので、今年の紅葉は嵯峨、嵐山はパスかな。洛西の紅葉は、来年ゆっくりと楽しむことにします。

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2016.11.06

真田丸 第44回「築城」

籠城と決まった事を又兵衛たちに伝える幸村。不平を鳴らす又兵衛たち。

二条城。内通者から、大坂方が籠城と決めた事を知り、これで勝ったと家康。

大坂城。図面を見ながら、この城の弱点は南、よってここに出城を築くと幸村。

幸村の下に馳せ参じた作兵衛。作兵衛から末が十蔵と仮祝言を挙げた事を聞き、喜ぶ幸村。

信吉と信政が大坂に向かっていると聞き、全ては宿命と幸村。

治長に出城を築きたいと許しを請う幸村。既に同じ事を言ってきている者が居る、二人で話し合われよと治長。

出城について又兵衛と話し合う幸村。又兵衛の狙いは、目立つところで大暴れする事でした。自分なら勝てる出城を築く、譲ってくれと幸村。

幸村の策とは、出城の前に空堀を作る、手柄を立てようと敵は一気に攻めて来る、そこで空堀の底に乱ぐいと逆茂木を配しておく、そうすれば敵の先頭の勢いは削がれ、後ろからの兵が押し寄せて身動きが取れなくなる、そこに誘い道を配しておき、そこに入った敵を鉄砲狭間から一斉に撃つというものでした。玉込めしている間に来てしまったらと又兵衛。塀は上下二列になっている、上下一段ずつ撃てばことごとく討ち取れると幸村。そして、それを見た敵はひるむ、そこを虎口から押し出し、一気に蹴散らす、これが真田の軍略と幸村。面白いと又兵衛。

五人の衆を相手に陣立てを示す幸村。

陣立てを秀頼に示す治長。要所を占めるのが全て浪人なのが気になると有楽斎。金目当てで集まった者は金で転ぶと大蔵卿局。この出城が敵に回ったら背筋が凍ると有楽斎。そこは幸村の持ち場と秀頼。その幸村こそ怪しい、あの者の兄は徳川方、既に徳川に通じているかもしれないと大蔵卿局。豊臣譜代の者にも重成の様な強い者が居る、要所には信用がおける者を配すべきと有楽斎。作り直しじゃと布陣図を破り捨てる大蔵卿局。

新しい布陣図を五人の衆に示す治長。そこには五人の衆の名と共に、真田の出城も無くなっていました。もう良い、徳川に付くと勝永。勝永と行を共にしようとする又兵衛と盛親。この件、預からせてくれ、お上様と話し合ってくると彼らを引き留める幸村。

話は聞いていますと天正カルタの準備を始める淀の方。戦は味方同士が信じ合わなければ勝てないと幸村。私は判っている、幸村は決して裏切らないと、しかし、その様な声がある事も確か、しばらく大人しくしておく事と淀の方。我らに全てを任せて欲しいと幸村。それは出来ないと淀の方。徳川に勝てないと幸村。あの者たちが裏切らぬとどうして言えると淀の方。信じるのですと幸村。

殿下が亡くなってからずっと豊臣の家を守ってきた、ようやく秀頼が成人し任せられる様になった、あの子が決めた事に私が口を挟めますかと淀の方。

では、そなたの出城だけは作って良い事にする、これでどうじゃと淀の方。浪人達、全ての者を信じて貰わなければ意味が無いと幸村。ならば、出城の件は許しませんと淀の方。致し方有りませんと立ち上がる幸村。城を出て行くのですかと淀の方。とんでもない、他の策を考えるまでと幸村。

廊下。腹は括った、戦うのはあなた方、そちらの好きなようにされよと治長。

出城造りを始めた幸村。どれくらいかかると幸村。20日ほどと内記。作兵衛に、武田の武勇を表す赤い鎧を集める様に命じた幸村。

二条城。早々に到着した秀忠に、将軍たるもの、もっとゆったりと構えよ、いつまでも関ヶ原を引きずるなと叱りつける家康。

全国から集まった三十万の兵。

京、真田屋敷。真田の陣に入る工夫に困る松。そこに聞こえてきた、丹田に力を入れてという声。それは阿国の一座でした。思わず、座頭と駆け寄る松。しかし、それは二代目の阿国でした。これから徳川の陣中見舞いに行くと聞き、自分も一座に入れて欲しいと頼む松。

無事に真田の陣に入り、信吉と信政に、決して真田同士で刃を向け合ってはならないという信之の言葉を伝える松。不平を鳴らす信政。父の気持ちは判る、そのとおりにすると信吉。

お通相手に来し方を語る信之。あなたの腕のしびれはきっと心が疲れているから、私が治しますと香を焚くお通。

江戸、真田屋敷。夫の様子に不審を抱く稲。

大坂城、普請場。赤備えの試作品を見て、まるで沢ガニだ、もっと強い赤にしろと幸村。

普請場に来て、どこの家中かと聞く有楽斎。

秀頼の御前。私が許しましたと治長。浪人達が勝手に陣を張っているようだと有楽斎。全て私が許したと治長。なぜその様な勝手な事をと大蔵卿局。徳川を迎え撃つためと治長。真田が裏切ったらどうすると有楽斎。浪人どもはならず者の集まりと大蔵卿局。幸村は信じてやりたいと秀頼。あれの父親は裏切りの連続で生き残った男と有楽斎。

普請場。秀頼公のご命令だと工事の中止を命ずる有楽斎。ここで止めればお咎め無しと秀頼公は言われたと幸村に囁く治長。

夕暮れの普請場。今夜城を出る、お前も来ないかと、幸村を誘いに来た又兵衛と勝永。豊臣を見捨てる訳には行かないと幸村。それを見ていた秀頼。

ここに出城とはよく考えた、私は前々からこの城は南が弱いと思っていたと秀頼。さようでしたかと幸村。豊臣を見捨てぬと言うのは真だなと秀頼。私は太閤殿下にお誓い申し上げましたと幸村。この出城、仕上げよ、私が許す、そなたらを信じると秀頼。命に代えても殿様を守りますと幸村。その手を取り、頼りにしておると秀頼。

淀の方相手に、浪人達の力を借りて戦うと言い切った秀頼。

住吉に家康、平野に秀忠が布陣。

徳川方の布陣を調べてきた佐助。その中に居た景勝。

家康の陣。幸村を愚か者と噂する正宗。一同を前に開戦を宣言した家康。

大坂城。開戦に備え、陣配りをして歩く幸村。戦の前にミサの準備をする全登。キリシタンは強い、なぜなら死を恐れないからだと幸村。

幸村の鹿の角立ての兜を持ってきた作兵衛。見事だと褒める幸村。

こんな寄せ集めで三十万に勝てるのかと又兵衛。我らは関ヶ原の戦いで苦渋を舐めたが、戦を身体で知っている、しかし、相手はほとんど戦を知らぬ者たちだ、この差は大きいと幸村。

家康の陣。仕寄せの稽古をする兵達。その様子を見て、全然違うと身をもって手本を示す家康。年よりの冷や水とばかりにあきれる秀忠。

疲れたとひっくり返る家康。そこに届いた城内からの文。そこには布陣が記されていました。出城の主はと問い、幸村と聞いてまた真田かといきり立つ家康。

完成した出城。ようやくこれで城持ちになったと幸村。作兵衛に命じて、六文銭の旗を立てさせる幸村。城の名は何としますと内記。決まっている、真田丸よと幸村。


今回は真田丸が築城されるまでが描かれました。その過程はほぼ創作ですが、幸村と又兵衛が出城を巡って争ったこと、幸村が敵との内通を疑われていた事などは史実どおりです。

真田丸については諸説がありますが、先に目を付けたのは又兵衛とする説があり、既に又兵衛が普請に掛かっていたのを幸村が横取りしたとも言われます。

場所については、現在の明星学園がある地点と言われ、真田紀行に出てきた心眼寺などが並ぶ寺町を取り込む形で築かれたのではないかと考えられています。形については、従来は丸い形をした丸馬出だと言われていましたが、最近ではドラマにあった様に五角形に近い矩形ではないかとする説が有力です。

仕掛けについては幸村が説明していた様に、空堀の底に杭や逆茂木を設けて敵をせき止め、二段構えにした鉄砲狭間から間断なく銃撃を浴びせるというものでした。ただ、説明は無かったのですが、大坂城との間にも堀があり、引き処の無い、いわば背水の陣の様な出城だった様ですね。

大坂の陣で有名なのはこの真田丸ですが、真田丸だけが特別な存在だった訳ではなく、他にも同じ様な発想で急ごしらえに作られた出城は幾つもあります。木津川砦や鴫野砦、博労淵砦などがそうですが、ほとんどが前哨戦で落とされてしまっています。その中で真田丸だけが残ったのは、やはりその規模と構造、戦略の巧みさからでしょうか。そのあたりは次週に描かれるのでしょうね。

一方の徳川方の攻め方ですが、家康が自ら手本を示していた様に仕寄せという方法が取られていました。いわば塹壕戦ですが、なぜ攻め手がこの塹壕を飛び出して真田丸に殺到してしまったかについても、次週に描かれるのかな。

ドラマでは城内に内通者が居る事になっていましたが、実際にも何人も居た様ですね。例えば七手組と呼ばれる秀頼の親衛隊のうち、二人は徳川に内通していたと言われます。ドラマで怪しいのは有楽斎ですが、どういう結末を迎えるでしょうか。

ドラマとしては、また伏線が回収されていました。淀の方の天正カルタ、松の阿国などがそうですね。特に阿国がこんな形で出てくるとは思わなかったなあ。阿国に二代目が居たのかどうかは調べた限りでは判らないのですけどね。

次回はいよいよ真田丸の決戦が描かれます。終盤の一つ目のハイライトですね。どんな具合に描かれるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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2016.11.05

京都・洛東 京都紅葉事情2016 ~速報 洛東 11.5~

平成28年11月5日現在の紅葉情報を、テキストベースでお届けします。今日は真如堂から南禅寺界隈を回ってきましたが、早い所もあり、遅いところもありと、押し並べて例年並みの進行でしょうか。色付きは今のところは悪くなく、今後に期待が持てそうです。

1.真如堂

全体としては緑基調ですが、枝先の色づいた木が目立ち始めました。また、木によっては既に見頃になっているものもあり、どう判断して良いものかとまどいを感じます。色付き方は今のところ良い感じですね。花の木は順調に色づいており、来週末にも見頃を迎えそうな感じです。

2.黒谷

塔頭の栄摂院のもみじが枝先だけですが色づいており、見かけ上は見頃になっています。また本堂西側の銀杏は綺麗に色付いていました。山門周辺は色付いた木とまだ緑の木、褐色の木が混在しています。全体としては緑基調で、見頃はまだこれからかな。庭園には入っていないので判りません。

3.永観堂

池の周辺でかなり色付いています。よく見ればまだ緑が多いのですが、赤い色は目立つので一見すれば見頃の様に見えます。実際、中には見頃になっている木もあり、今行っても見応えはそれなりにありますよ。全体としては緑基調で、本当の見頃はこれからです。

4.天授庵

書院前庭園で、例年早く色付くもみじが褐色になっています。順調なら間もなく澄んだ赤色に変わる事でしょう。また、一番奥にあるもみじは綺麗な赤色に染まっており、南禅寺側から見ると、塀越しに鮮やかな色彩を見せていました。南庭は緑基調ですが、まだらに色付いた木があり、これから先に期待が持てそうです。

5.南禅寺

全体として緑基調ですが、早い木では色づき始めており、来週末にはそれなりに見頃の木が出てきそうです。特に三門北側のもみじに期待です。今は法堂裏の銀杏が綺麗に色付いていますね。

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京都・洛中 京都非公開文化財特別公開 ~京都ハリストス正教会~

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京都非公開文化財特別公開の三カ所目は、京都ハリストス正教会を訪れて来ました。こに来るのは9年ぶり二度目になりますが、その間に西日本教区センターが建設され、印象が随分と変わっていました。

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以前は入り口左側に木造の旧会館があり、教会正面には大きな蘇鉄が植えられていました。また、教会の裏口には桜だったかな、古い木がありました。今はそれらが全て取り払われ、近代的な新会館に変わっています。教会そのものは基本的には変わっていないのですが、何だかすっきりして別の場所に来た様な気がしました。

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教会は、京都府庁旧館を設計した松室重光の手によるもので、明治36年に完成した日本で最古級の本格的ロシア・ビザンティン建築です。聖堂の名としては、京都生神女福音大聖堂というのだそうですね。

今回の特別公開の見所は、なんと言っても堂内正面にあるイコノスタス(聖障)で、壁一面に数十枚のイコンが貼られています。あまりキリスト教に縁が無いせいもありますが、こういうのは初めて見ました。キリストに関する様々な場面が描かれており、最後の晩餐など私にも判る場面もありましたよ。信者の方が見ると、また格別なものがあるのでしょうね。

残念ながら内部の写真は撮れませんでしたが、今年の5月に修復されたとの事で、とても美しく整備されているのが印象的でした。

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この日は思っていたよりも拝観者が多く、少し意外な感じでした。どうやらこの数日前に特別拝観の情報がテレビで紹介された様ですね。マスコミの影響はやはり凄いものがあるな。特別拝観は明日まで、普段は入れないハリストス教会の中を見たい人は、行ってみられては如何ですか。

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2016.11.04

京都・洛北 コスモス2016 ~京都府立植物園 10.29~

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平成28年10月29日の京都府立植物園です。この日はコスモスが見頃を迎えていました。

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コスモスが咲いているのはバラ園のすぐ東、四列の群落が並んでいます。10月8日に行った時はまだ背丈も伸びていなかったのですが、この日は見事に咲き揃っていました。

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コスモスと言えば私的には9月の花という印象があるのですが、実際には7月から11月までと花期は長く、人に依って抱くイメージは様々でしょうね。

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コスモスは、強い雨や風に晒されなければ、まだまだ盛りが続くものと思われます。秋バラの残り花と共に、見に行かれるのも良いかと思いますよ。

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2016.11.03

京都・洛北 秋バラ2016 ~京都府立植物園 10.29~

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平成28年10月29日の京都府立植物園です。この日は秋バラが見頃終盤を迎えていました。

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前回行ったのが10月8日だったのですが、その時は結構咲いていたものの、盛りと言うには少しだけ早かったです。その後、週間植物園の10月21日号と28日号で見頃の情報が出ていたので期待して行ったのですが、案に相違して半ば以上のバラが散ってしまっていました。

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たぶん行くのが一週間ほど遅かったのでしょうけど、ここまで一度に散ってしまうものなのかしらん。雨の影響もあったのかも知れないけれど、満開のバラを期待していただけに、少し残念でした。

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まあ、残っていたバラはさすがに綺麗なものが多く、その点はさすが植物園ではありましたね。今年のバラはもうほぼ終わり、次は来年の春バラを期待して待つ事とします。

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2016.11.02

京都・洛中 京都非公開文化財特別公開 ~清浄華院~

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廬山寺の隣にある清浄華院が、京都非公開文化財特別公開の対象寺院となっています。実はうっかりしていたのですが、廬山寺の帰りにここも対象だった事に気づき、入ってみる事にしました。

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清浄華院は浄土宗八総大本山の1つで、また京都四箇本山の一つです。ただ、貞観年間に開山した時は異なり、慈覚大師によって開かれた天台宗の寺でした。時代が下って後白河法皇の時、法然上人の説法にいたく感激された法皇が、この寺を上人に下げ渡された事により、浄土宗に改められています。

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今回の特別公開では、国宝の四明普悦の筆に依る阿弥陀三尊像がメインの一つになっています。南宋仏画の白眉とされており、普段は京都国立博物館に寄託されていますから、見る機会はそう無いですよ。もう一つは、写本になりますが、泣き不動縁起絵巻を全巻見ることが出来ます。長くなるので詳細はホームページに委ねますが、安部晴明が呪法を施している場面など見所があります。

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その泣き不動はどこにあるのかと思ったのですが、秘仏で公開されていないのでした。不動尊はあったので御前立かなとも思ったのですが、ボランティアの学生に聞いても判らなかったのは残念です。

清浄華院は境内が狭く、また老人ホームがあったりして、少し浅く見ていたところがあったのですが、今回拝観して認識を改めました。やはり本山を名乗るだけの事はありますね。京都非公開文化財特別公開は11月7日までですが、ここも候補の一つに入れておかれても損は無いですよ。

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2016.11.01

京都・洛中 竜胆2016 ~廬山寺 10.29~

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平成28年10月29日の廬山寺です。この日は竜胆がまだ咲き続けていました。

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今年は竜胆を見に回るのが遅れて、もう駄目になっているかと気になっていたのですが、まだ何とか咲いていてくれました。さずかに最盛期は過ぎており、かなり寂しくはなっていましたけどね。

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実はうっかりしていたのですが、廬山寺は京都非公開文化財特別公開の対象になっていたのでした。特別公開には以前にも来たことがあったのですが、元三大師座像と御前立鬼大師座像、それに明智光秀の念持仏と再会する事が出来たのは嬉しかったです。ただ、後で調べて判ったのですが、普賢十羅刹女像が展示されていたらしいのに、気が付かなかったのが残念です。うーん、どこにあったのだろう。

Rozanji1611015

廬山寺では、桜の紅葉が綺麗でした。一本だけでしたけどね、上品な色づき加減で良かったですよ。もみじはまだまだこれからでしたけど、ここは洛中の穴場の一つですから、今から期待しているところです。時期はたぶん11月の末頃、またその時分に訪れたいと思っています。

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