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2016.10.19

京都・洛北 修学院離宮 ~下離宮~

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10月の秋晴れの日、修学院離宮の拝観に行って来ました。修学院離宮の拝観は、以前は往復はがきでの申し込みしか方法がなく、それも抽選でした。それがネットでの申し込みも可能になり、さらには当日受付の枠まで用意されるなど敷居が随分と低くなりました。

そこで当日分を狙ってみようかと思ったのですが、どれほど混むのか判らないので、確実性を取ってネット上からの応募にしました。申込時には10月は2日分4人しか空きが無かったのですが、そのうちの一つに入れたのはとても幸運だったと思います。

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拝観は一回につき50名の団体行動となります。これが午後からの当日受付分が加わると85名の大所帯になるのかしらん。

拝観コースは決まっており、三つある離宮のうち、下離宮から始まります。ここはその下離宮の門である御幸門です。

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修学院離宮は、万治元年(1669年)頃に築かれた、後水尾上皇のための山荘です。上皇は当時の江戸幕府との間に様々な確執を抱えていましたが、その緊張を少しでも緩和するためだったのでしょうか、造営は江戸幕府の手によって行われています。

その一方で、造営の指図は全て上皇によって行われており、隅々まで上皇の好みで仕上げられました。例えばこの花菱紋は上皇が好んで用いたもので、離宮のそこかしこで見る事が出来ます。

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拝観はガイド付きの団体行動になるので、写真は思うようには撮る事が出来ません。特に建物の全体像は、他の拝観者が入るのでまず無理ですね。また、途中で良いなと思うポイントがあっても、後続者が居るため立ち止まるのが難しく、諦めたところも多くありました。

これは下離宮にある寿月観の扁額です。後水尾上皇の宸筆と伝えられ、この建物に風格を与えています。

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寿月観は、当初の建物は失われており、現在のものは文政年間に再建されたものです。中離宮、上離宮への拠点として使われていた施設であり、もてなしのための設備がありました。三つの間からなり、これは一の間です。一段高い部分は上皇が座るための場所ですね。向かって左側の襖に描かれているのが、岸駒の筆による虎渓三笑図です。岸駒と言えば虎というイメージがあったのですが、こういう絵も描いていたのかと認識を新たにしました。

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右側にある違い棚は、戸袋には鶴の絵、地袋には岩と蘭の絵が描かれています。描き手は岸駒と同時期に京都で活躍した原在中です。

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二の間の杉戸に描かれているのは夕顔図。作者は判らないとの事ですが、夏の夜の風情が感じられて良い絵だと思います。この裏は水屋になっているそうで、もてなしの場としての設備は、見えない場所に整えられているという事なのでしょう。

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三の間はお供の控え室で、襖絵は泊船。作者は岡本豊彦だそうです。この人も再建当時の京都で活躍していた画家の一人で、寿月観だけでも錚々たる面々が筆を執っているのが判ります。

明日は中離宮へと向かう事にします。

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