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2016.10.16

真田丸 第41回「入城」

九度山、真田屋敷。家族に向かって大阪城に入る決心をしたと告げ、脱出の策を伝える幸村。

大阪城。溢れかえる浪人たち。そこに現れた後藤又兵衛。与えられた莫大な支度金。

亡き父上に恥じぬ戦をしたいものだと秀頼。

又兵衛に続いて現れた毛利勝永。

駿府城。大阪城の様子を聞き、烏合の衆に過ぎぬ、秀頼もおとなしくしていればどこぞの一大名として生き抜く事が出来たはず、自分もそれを望んでいたと家康。

時に真田はどうしていると家康。大阪城に入ったとは聞いていませんと正純。見張りを増やせと家康。

九度山、長兵衛の屋敷。長兵衛に、礼の印に宴を催したいともちかける幸村。

江戸、真田屋敷。石合十蔵と末を連れてきた作兵衛。二人の祝言を挙げると作兵衛。

江戸から秀忠が大坂へ出陣すると届いた文。豊臣家もいよいよ終わりか、胸が痛むと信之。

剣術の稽古をする信政と信吉。信吉を打ち負かした信政。信吉が落とした木刀を遠くへはね飛ばす信政。それを見ていた稲。

信政が木刀をはね飛ばした事をとがめ、兄への礼というものが無いとたしなめる稲。

信吉のけがを手当してやる松。そこに現れ、あとで信政にわびを言いなさい、けがはさせた方の心に傷が残るものとこう。

茂誠と綱家に、今度の戦を息子たちの初陣とする、それぞれ介添え役として見守って欲しい、自分はこの体では無理なので江戸に残ると伝える信之。

夜。信吉を正式に嫡男にして欲しいと稲。同じ事を考えていたと信之。此度の大将は信吉にと稲。


九度山、長兵衛の屋敷。賑やかな宴。幸村に番人を増やす様にとのお達しがあったと伝える浅野家家臣竹本義太夫。義太夫も宴に誘う幸村。

幸村の背後から現れ、大坂には行かれないのですかと問いかける九兵衛。なぜかなと幸村。太閤殿下の生きていた頃は世の中に活気があったからだと九兵衛。黙って立ち去る幸村。

義太夫だけでなく、見張りの者も宴に入れてしまうきり達。

雁金踊りを始めた幸村達。笑いさざめく村人達。踊りながら、さりげなく一人ずつ姿を消していく幸村達。

異変に気づき、後を追う義太夫。村はずれの寺へと案内する長兵衛。

とある寺で落ち合った幸村の一行。そこに現れ、自分も連れて行ってくれと九兵衛。

村はずれの寺を囲んだ義太夫たち。

大坂に行って手柄を立て、大名になると九兵衛。

じりじりと寺に迫る義太夫達。

山を下りる近道を知っていると九兵衛。

寺に踏み込んだ義太夫達。しかし、そこはもぬけの殻でした。なぜここに案内したと義太夫。高野山に寺はいくらでもあるととぼける長兵衛。もう良いと駆けだしていく義太夫。その様子を確かめて、幸村の下に向かった佐助。そっと頭を下げる長兵衛。

九兵衛を信じる事にした幸村。彼の案内で山を下りる幸村達。

駿府城。幸村が脱出した事を知り、恐れを抱く家康。徳川を二度破った男の息子が入った事でどれだけ敵の士気が上がるか、そういった事で戦は左右されるもの、やつだけは大阪城に入れたくないと家康。伊賀に服部半蔵が戻っていると正純。

大阪城下。明日、白昼堂々大阪城に入ると幸村。その後はときり。おまえ達は難の及ばないところへ逃がすつもりだと幸村。私も戦いますと春。それはならぬと幸村。

縁側で警戒している佐助。その背後を通る半蔵。その気配に気づき、戦い始める佐助。戦いは五分。そこに現れた幸村たち。追い詰められながらも、我に秘策ありと言い、全力で押し通ると言って逃げ去った半蔵。

敵の目をごまかすために老爺に変装している幸村。その格好で大阪城に入り、厠で元の姿に戻った幸村。

木村重成に幸村と名乗り、信繁と書かれた名簿を訂正した幸村。

廊下で出会った全登に、秀頼公にお会いしたいと願う幸村。

浪人たちに幸村を紹介する全登。どよめく浪人たち。

秀頼を待つ幸村に聞こえてきたベルの音。そこ現れた大野治長。今の兵はどれくらいかと幸村。およそ10万、それがすべて真田殿のものと思ってもらって結構と治長。

幸村の前に現れた秀頼。自分を覚えているかと秀頼。むろんの事と幸村。私も覚えている、またあえて嬉しいと秀頼。かつて太閤殿下には息子の様に可愛がってもらった、いまこそその恩返しの時と幸村。

上田城に籠もり、二度に渡って徳川勢を退けたのは真かと秀頼。それは父の安房守と言いかけた治長を制し、真でございます、徳川を打ち破ったのは私、父はただ見ていただけと幸村。

一つ伺いたい事がある、一番大事なことは兵糧と幸村。大坂に入る限りの米を買い集めていると治長。それでは足りぬ、堺を押さえ、そこを大坂に入る米の仕入れ口としましょう、そして大坂にある徳川方の大名屋敷にある兵糧米を取り上げましょう、それだけでも十万石を超える算段と幸村。真田が来てくれて良かったと秀頼。しぶしぶ左様でございますなと治長。

あなたと歩いているとあの頃に戻ったよう、三成も吉継も清正もみんな死んでしまった、頼りになるのはあなただけ、豊臣の世を取り戻すのですと大蔵卿。

大きくなりましたね、とかつて植えた三成の桃の木を見つめる幸村。その向こうに現れた淀の方。茶々様と昔の名で呼ぶ幸村。また会えましたね、源治郎とこれも昔の名で呼ぶ淀の方。見つめ合う二人。


今回は九度山からの脱出と大阪城への入城が描かれました。九度山からの脱出については多分に伝記的ですが、ドラマに描かれた様に村人を集めて宴を開き、酔いつぶれた村人の馬に荷を乗せて逃げたと伝わります。おそらくは、何らかの形で村人の協力があったと考えられますが、はっきりとは判りません。

幸村を迎えに現れた使者が持参した支度金については、黄金200枚と銀30貫目と伝わります。浪人一人を迎えるためにしてはかなりの大金で、幸村に対する期待の表れであるとともに、秀吉が蓄えていた富の大きさを窺い知る事が出来ますね。

信繁の入城については諸説があり、6000人を率いて入ったという説や、山伏に変装してそっと入ったとする説など様々です。ドラマでは、この山伏説に近い設定でしたね。

また、上田の旧臣にも協力を呼びかけた形跡があり、実際に大阪城に入った者も結構な人数が居た様です。さらには、九度山周辺の地侍達も幸村と行を共にしたと言われ、6000人は大げさとしても、それなりの人数は伴っていたのではないかと思われます。

ドラマでは春たちを安全なところへ逃がすといっていましたが、実際には大坂落城の折に子らとともに脱出しており、おそらくは一緒に城内に居たのでしょうね。ドラマではどう描かれるのかな。

信之が手がしびれると言っていたのは本当で、中風に罹っていたと言われます。しかし、当時としては長命し、病身でありながら93歳まで生きました。

ドラマで面白かったのは、半蔵が奥の手と言って押し通って逃げた事で、あれは神君伊賀越えの時のパロディですね。こうした遊びが三谷脚本の真骨頂かな。

次回は大阪城に集まった浪人たちの間での力関係が描かれる様です。幸村の腕の見せ所ですが、どう描かれるのか楽しみに待ちたいと思います。


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