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2016.10.02

真田丸 第39回「歳月」

昌幸の菩提を弔いに九度山を訪れた信之。

兄に昌幸の書き残したものを見せる信繁。凡人には全く判らないと信之。

これからも赦免の運動は続けていくと信之。気持ちは嬉しいが、もうここの暮らしに慣れてしまったと信繁。

夜。実は借金が嵩み、暮らしがきついと信繁。何とかしようと信之。

高台院に取り次いで貰うべく小野お通と会った信之。しかし、返事はつれないものでした。お通に向かって、ここに来ると心が落ち着くも、また来て良いかと信之。いつでもおこしやすと通。

九度山、真田屋敷。内記に大助の傅役を務めて欲しいと頼む信繁。

大助相手にこの盤面には全てがあると言って、囲碁を教える内記。碁盤は土地、石は杭、四方を囲まれてしまうと取られてしまうのは戦と同じと内記。

江戸。家康の命により江戸屋敷に住まう薫、松、稲たち。江戸の懐紙に不満たらたらの薫。そこに現れた末。末に扇を見せる薫。相変わらず菊亭晴季卿の娘と言い張る薫。2年後、この世を去った薫。

3年後。九度山。大助相手に囲碁で勝ち続けている内記。村娘を相手に刺繍を教えている春ときり。

村の子供達を相手に、忍びの術を指南している佐助。

畑仕事に精を出す信繁。それを助けるきり。その様子を見ている春。信之から荷が届いたと春。

信之からの荷は蕎麦の実でした。どういうつもりなのでしょうと春。ひもじい思いはさせぬと言われた、こういうはずではなかったのだがと信繁。

佐助の小屋。佐助の描いた絵を見ているきり。源次郎様はどう考えているのだろう、あの人が本気出すならどこまでも付いていくと佐助。あの兄貴は面白くない、源次郎様にはもう一度日の当たる場所に出て行って欲しいと佐助。

そこに現れ、きりと佐助にそばがきを一緒に売ってくれと頼む信繁。

村に出て、そばがきを十文で売りに出した信繁。味よしの蕎麦、飯されそうらえ、といつかの昌幸の節を付けて売ろうとする信繁達。しかし、売れ行きは今ひとつでした。

きりを連れて行った事で、機嫌が悪い春。きりには暇を出すと信繁。私が追い出した事になる、それはいやだと春。例によって障子を破って出て行く春。

それなら私が出て行くときり。そういう事でもないと信繁。私がここに居るのは、父のためと源次郎がここに居て欲しいと思っているから、もう菩薩の心ですときり。一度二人で話してみてくれと信繁。

大助に大勝ちして機嫌の良い内記。手加減してあげたらときり。常に真剣勝負なのだと内記。

一人、元気の無い大助。その前に現れたたか。

春ときりの前に座るたか。そこに現れた信繁。どういう方ですかと春。側室ですとたか。方便だと信繁。でも、側室は側室だと言い、信繁に抱きつくたか。一瞬殺意を抱き、火箸を振り上げる春。慌てる信繁。

今は呂宋を根城に商売をしているとたか。おみやげといって、南蛮の商品を並べ、商売を始めるたか。その中にあったネエパラの紐を手に取る信繁。それは差し上げますとたか。ネエパラは天竺の北にある国で、紐の事をサナールと呼ぶとたか。

サナールは伸び縮みしないのでとても丈夫とたか。その織り方を見て、上田の紬を思い出した信繁。

梅を相手に南蛮の言葉を教えるたか。

春ときりに、サナールを手本にした紐を編んで欲しいと頼む信繁。

春と一緒にサナールを織る春ときり。たかはどうするつもりかと春。さあ、ときり。ひとまずここをお暇しようと思っていますときり。旦那様に言われたのですかと春。私の考えときり。ここで旦那様を支えてあげて下さいと春。三人も子供を作っておいて何言ってんだかときり。きりの手を取り、私のためにどこにも行かないで下さいと春。

京に行った後、また呂宋に帰るとたか。

織り上がったサナールならぬ真田紐を佐助に渡し、どれだけ頑丈か試して欲しいと頼む信繁。

梁に真田紐を掛け、上り下りしてみる佐助。

村長たちを呼び、真田紐を売って欲しいと頼む信繁。自分たちには必要のないものと難色を示す村長。これは取引、真田紐を作り、売ることを任せたい、その代わり最初は手付けとして5貫文、その後は売り上げの一割を頂く、そして真田紐という名を付けるこという条件を示す信繁。それに乗った村長。

久々に入った銭によって、豪勢な食事に沸く信繁一家。その中で一人居ない大助。

内記に囲碁で勝てない事で悩んでいる様子の大助。そこに現れ話しかける信繁。昌幸は戦の前には必ず囲碁をしていた、気持ちを落ち着かせるには丁度良いらしいと信繁。大助に、囲碁を教えてくれと頼み、まずはどうすると聞く信繁。まずは、碁盤は土地と思って下さい、石は杭、と内記に教わったとおりに教える大助。お前の教え方は判りやすいと信繁。

賑やかな団欒。

風と共に現れた怪しい人影。彼は明石全登と名乗り、信繁を迎えに来たと言います。


今回は、昌幸死後の九度山での生活が描かれました。

まず、昌幸の葬儀ですが、これは行われなかった様ですね。信之は葬儀を行うべく正信に相談したのですが、公儀憚りの仁であるから自重された方が良いと諭したとされ、遺骨は九度山に埋葬し、上田には分骨するに止めた様です。

次に家族ですが、昌幸に従ってきた家臣16人のうち14人までは上田に帰ったらしく、残ったのは内記のほか1人だった様です。一方、信繁の家族は、正室のほか側室二人(内記の娘(ドラマではきり)と三次氏(ドラマではたか))が居り、二男、三女を九度山で設けた様です。結果として家計は窮迫する事となり、何度となく信之に送金を頼む手紙を書いています。また、ある時は真田屋敷が火事に遭い、その再建のために信之に援助を頼むという事もあった様です。

信繁が焼酎を好んだらしい事もこの頃の手紙で知られますね。信之の家臣である綱家に対する手紙で、ある時で良いから焼酎を送るようにと頼み、壺の口一杯まで入れて、溢れないようにしっかり口を締める様にと書いている事はよく知られています。

小野お通と信之の関係は側室であったとも、そうではなかったとも言われますが、このドラマではどう描かれるのでしょう。ここでは信之が和歌を習う事になっていましが、信繁も九度山で和歌を嗜む様になっており、連歌の会を開きたいという手紙も残っている様です。

真田紐については、現在も流通していますが、九度山で実際に真田氏が織っていたかは判りません。多分に伝承に近い様ですね。

さて、信繁を迎えに来た人物が居たという事は、方広寺鐘銘事件は終わっている事になるのかな。ドラマでは明石全登が来ましたが、実際には誰が使者であったかまでは判りません。実際、厳しい監視下にある信繁の下に、どのようにしてやって来たのでしょうね。

次回は大坂の陣へと至る過程が描かれる様です。そして、信繁が幸村と名乗りを変える様ですね。そのあたりどんな展開になるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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