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2016.10.12

真田丸 豊臣家と三条大橋

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鴨川に架かる三条大橋は、京都でも最も有名な橋の一つです。架橋された時期ははっきりしませが、豊臣家もまたこの橋に大きく関わっていたのでした。

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その証拠が今も擬宝珠に刻まれた銘文に残されています。写真の中に豊臣と書かれているのが判るでしょうか。その銘文を要約すると、天正18年正月に、豊臣家が初めてこの橋の橋脚を石にしたと記されており、その時の奉行が増田長盛であった事も判ります。つまり、今の三条大橋の原型を作ったのは豊臣家だったのですね。

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時代はずっと下りますが、同じ擬宝珠の中には幕末の池田屋事件の際に付いたという刀傷も残されています。結構知られているらしく、何人もの人が触っていくのでしょう、その部分だけがてかっていますね。

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三条大橋の西の袂には、弥次さん喜多さんの像があります。三条商店街が設置したもので、ここが東海道53次の終点である事を示しています。京都にまで来た弥次さん喜多さんは大仏に遊び、その門前の名物の大仏餅を食べて楽しんだそうですね。

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三条河原に降りてみました。三条大橋は豊臣家の架橋から何度となく改修が行われ、橋脚もほとんどコンクリート化されていますが、景観としては大きくは変わっていないと思われます。また、一部にはまだ石の柱が残されている様ですね。

この三条河原は古くから処刑場とされてきた場所で、往来が多い分、見せしめとしての効果も上がったのでしょう。関ヶ原の戦いの後、石田三成や安国寺恵瓊、小西行長の首が晒されたのはここでしたし、それ以前に豊臣秀次の首の前で彼の一族が殺されたのもこの場所でした。幕末には、近藤勇の首が晒されていますね。

今では若者の路上ライブの聖地となり、川岸には等間隔に並んだカップルで賑わうこの河原ですが、そんな血生臭い歴史もあったという事も知っておくべきかと思われます。

明日は秀次公の菩提寺、瑞泉寺へと行くことにします。

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