« 京都・洛中 第41回京の夏の旅 平安女学院大学 有栖館 ー有栖川宮旧邸ー | トップページ | 京都・洛東 初秋2016 ~八坂の塔 9.3~ »

2016.09.04

真田丸 第35回「犬伏」

大坂、真田屋敷。女達を前に上杉に付く事を伝える昌幸たち。そして、戦になる前に大坂を脱出せよと命じます。

脱出と聞き、呆然とする薫。その前できりと張り合う春。

忠勝からの書状を示し、自分は真田の嫁、決して裏切らぬと誓う稲。

大坂城。桃の木の様子を見に来たと言う信繁。そこに現れ、戦から戻ったらきりも連れて顔を出せという北政所。

秀吉や淀の方との出会いの時を思い出している信繁。

会津城。家康の兵力が10万と聞き、多いなと弱気を見せる景勝。領内で共に戦うという者を取り立てるのはどうかと兼続。嫌がる者は逃がしてやれと景勝。

江戸城。秀忠に正信と共に先に行けと家康。

気持ちが萎えたと秀忠。お前様なら大丈夫、出来ると江。

7月10日、垂井。吉継に会いに来た三成。悪い策ではないが、勝てるのかと吉継。判らない、しかし、今徳川を倒さねば豊臣の世は終わると三成。今日はもう遅い、泊まっていけと吉継。

夜。三成を呼んだ吉継。勝てるかどうか判らぬと言うような弱気な言葉は二度と口にするなと吉継。まずは、老衆の中から家康を外し、上杉討伐は内府の勝手な戦という事にする。次に内府がこれまでやって来た遺言に違背する行為を並べ立て、全国の大名に送りつけると正継。涙ぐむ三成に、泣いている暇は無いと活を入れる正継。

上田城。待ちに待ったこのときが来たと昌幸。

刀狩りがあった後、まさかまた戦になるとは思わなかったと与八と作兵衛。

真田屋敷。持っていく着物を巡って揉めている薫たち。そこに現れ、三成と正継の軍勢が大坂城に入ったと知らせる佐助。

大坂城。諸将を前に、まずは弾劾状を全国の大名と内府本人に送りつけ戦の初めとする、その後諸大名の家族を人質として大坂城に集めると三成。伏見城攻めは秀家と秀秋に任せると三成。その後、秀家を先鋒に諸大名と共に江戸に攻め上がると三成。総大将の輝元には秀頼の守護役として大坂城に止まって貰うと正継。

別室。伏見城を攻めるなど、勘弁して欲しいと愚痴る秀秋。その秀秋に、自分は家康の間者として送り込まれたのだと打ち明ける江雪斎。

大谷屋敷。昌幸が上杉に表返るつもりと伝える春。自分の所に来れば何の心配も無いと吉継。父が元気になった様だとうれしがる春。

大坂城。人質を取った三成達。混乱に乗じて脱出した阿茶局。

真田屋敷。吉継が守ってくれると聞き、のんびりした様子の薫。人質である事には変わりないときり。その時、遠望された煙。

細川屋敷。炎上する屋敷の中で一人座っているガラシャ。そこに駆け込んできて、速く逃げろと連れだそうとするきり。しかし、忠興の言いつけどおり、家臣の手によって命を絶ったガラシャ。

真田屋敷。細川屋敷が燃えていると知り、人質を殺すつもりかと稲。まさかとこう。このままでは命が危ない、沼田に逃げましょうと稲。

大坂城。細川屋敷が燃えたと聞き、なぜといぶかる三成。捕らえられていた佐助ときり。きりからガラシャが、万一の時にはこうしろと命じられていたと聞き、これでは人心が離れると危機感を募らせる三成。

佐助に昌幸宛の密書を届けてくれと頼む吉継。

江戸城。三成と吉継が挙兵を企てている事を知った家康。気にとめるほどの事もないと正純。気になる、上方の動きを調べよと家康。

大谷屋敷。去就をはっきりさせていない大名達に宛てた手紙をこれから魂を込めて書くと吉継。しかし、筆を持てない吉継に変わって三成が筆を執り、吉継が口述して行きます。書き上がった書状に力を振り絞って黒印を捺す吉継。

明け方、力尽きた様に倒れ込んだ吉継。

7月19日、3万の兵を率いて江戸を立った秀忠。同じ日、大坂で兵を挙げた秀家と秀秋。

7月21日、3万の軍勢を率いて江戸を立った家康。同日、下野国、犬伏に陣を張った真田家。

上杉に寝返る算段をしている時、吉継からの密書が届きます。早すぎると席を蹴った昌幸。

どういう事だと信幸。父が家康の首をってからの挙兵なら、易々と江戸に入れたはずと信繁。どうなると信幸。家康の出方次第だと信繁。

夜。二人の息子を呼んだ昌幸。これは10年は掛かる戦となる、これより上田に戻り城に籠もると昌幸。どちらに付くのかと信繁。どちらにも付かない、攻めてきた方が敵だと昌幸。その先はと信幸。世は乱れ、戦乱の世となる。それを見計らって、一気に甲斐と信濃を手にすると昌幸。

果たしてそのとおりになるだろうか、今は戦いのあり方が違ってしまっている、大きな力が一所で一気にぶつかり合う、案外早く決着が付くかもしれないと信繁。どれくらいと見ると昌幸。長くて幾月かと信繁。それは困ると昌幸。勝った方は強大な力を得る、どちらにも付かぬという事はその相手を敵に回すという事、真田の居場所が無くなると信繁。その時はその時、上杉と伊達と手を組んでと昌幸。それを聞き、夢物語はもう終わりにして下さいと叫ぶ信繁。ひるむ昌幸。徳川か豊臣か、どちらかに付くしかないと信繁。

様子を見てくると綱家。そっと扉を開いたとき、あっちへ行っておれという昌幸の怒号と共に下駄が飛んできました。下駄が口に当たって歯が折れ、うずくまる綱家。

三成が輝元を大将に引き入れ、大坂城を押さえた事は大きいと信繁。ずっと太閤の下で辛抱してきたのを知っているのにとふて腐れる昌幸。上手くすれば信濃、甲斐の大名になれると信繁。しかし、豊臣が勝つとは限らないと信幸。こよりを作って、黒は徳川、赤は豊臣だ、信幸に選べと昌幸。それを両方ともむしり取り、こういう事はもう止めましょうと信幸。私は決めた、源次郎と父は豊臣に付け、自分は徳川に残ると信幸。いずれが勝っても真田は残る、これが最善の道だと信幸。しかし、敵味方に別れるのはと信繁。決して敵味方に別れるのではない、豊臣が勝った時はあらゆる手を使って自分を助けよ、徳川が勝ったらどんな手を使ってもお前と父を助けてみせる、これは自分たちが何時の日か膝をつき合わせて酒を飲む日が来るための策だと信幸。頷く信繁。たとえ徳川と豊臣に別れても、常に真田は一つと信幸。良い策だと昌幸。

兄には迷惑を掛け通しだと信繁。自分は徳川に近い、自分にしか出来ない事だと信幸。もう一度我ら三人で徳川の大軍を相手にしてみたかったと信幸。どちらが勝っても強大な力を得る、戦の無い世の中になる、大事なのはその先と信繁。

酒を飲みながら、韓信の逸話で盛り上がる真田親子。


今回は犬伏の別れが描かれました。真田一族にとっては重要な場面であり、前宣伝が派手だったのも判るというものですね。

この犬伏の別れについては明確に記した一次資料は無く、軍記物しか残されていないのですが、その軍記物もまた記した内容が微妙に異なっている様です。大まかに言えば、三成挙兵の報に接した信幸は、今更徳川を裏切るというのは理に合わないと主張したのに対し、昌幸は大乱に乗じて勢力を伸ばすのが武将というものだと主張したという説、信幸が忠勝の娘婿、信繁が吉継の娘婿であり、それぞれの婚家の事情に従い敵味方に別れたとする説に別れる様です。ドラマはこの折衷案だったかな。さらには、信繁も信幸もこの時点ですでに独立した大名であり、それぞれの思惑で動いていたため、犬伏の別れそのものがなかったする研究者もある様ですね。

ドラマにおける真田家は、父を敬いつつも息子達がそれを乗り越えつつあり、独自の道を歩き始めている事が明確になりました。昌幸の時代遅れな状況分析を信繁が一喝した事がそうですし、かつて北条に付くか上杉に付くかをくじで決めようとした事の再現を信幸が一蹴した事もそうですね。昌幸が少し可哀想ですが、大局が見えていない以上、やむを得ない事だったのかな。

関ヶ原の合戦の方に目を向ければ、弾劾状は内府ちがひの条々と呼ばれる文書で、三人の奉行(増田長盛・長束正家・前田玄以)名で出されたものです。研究者によってはこれを重視し、家康を老衆の座が下ろすと共に、豊臣政権の外に追い出し、付き従う大名に対する指揮権も剥奪するものだったと言います。つまりは上杉攻めは全くの私戦であるという位置付けになった共に、家康は全ての大名の中で孤立してしまうという立場に追い込まれてしまったのでした。そのあたりはドラマの中では軽く扱われた感じがしましたね。

稲(小松姫)に関しては、もう少し早い段階で理由を構えて沼田に帰っていたらしく、人質に取られる心配はありませんでした。信幸がいち早く徳川方に付けたのもそれが理由の一つと言われます。たぶん、次回に出てくると思われますが、稲が沼田で活躍出来たのも同じ理由からです。

次回は第二次上田合戦の前哨戦が描かれる様ですね。どんな駆け引きが繰り広げられるのか、楽しみに待ちたいと思います。

|

« 京都・洛中 第41回京の夏の旅 平安女学院大学 有栖館 ー有栖川宮旧邸ー | トップページ | 京都・洛東 初秋2016 ~八坂の塔 9.3~ »

真田丸」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14874/64156017

この記事へのトラックバック一覧です: 真田丸 第35回「犬伏」:

« 京都・洛中 第41回京の夏の旅 平安女学院大学 有栖館 ー有栖川宮旧邸ー | トップページ | 京都・洛東 初秋2016 ~八坂の塔 9.3~ »