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2016.07.10

真田丸 第27回「不信」

大坂城。改めて源次郎に秀次付きになれと命じる秀吉。

自分も関白付きが良いなと長泰。

聚楽第。太閤殿下は自分を関白にした事を後悔しているのではないかと秀次。考えすぎと源次郎。自分は若君が元服するまでの繋ぎだと思っている、その事は叔父上に伝わっているのかと秀次。心配ならばご自分で伝えられては如何と源次郎。

大坂城。訪れた秀次を出迎える寧。宇治十帖が手に入ったと秀次。

若君の名を拾と名付けた秀吉。若君が次の関白になられるまで、自分がしっかりと守っていくと秀次。その秀次を廊下に呼び出す秀吉。

年が明けたら日の本を五つに分ける、そのうちの一つを拾にやって欲しいと秀吉。関白になれば全てが拾のものとなると秀次。そんな先の話では無い、拾が自分の言葉が判る様になったら、ここがお前の国だと行ってやりたいのだと秀吉。困惑する秀次。

別室。源次郎に秀次の側室にならないかと誘われたと告げるきり。それは目出度いと源次郎。まずは源次郎の気持ちを確かめてからときり。だからお目出度うと源次郎。初恋の女が余所の男のものになっても良いのかときり。初恋の女?と源次郎。自分を指さすきり。知らなかったと源次郎。止めるなら今ですときり。お前は殿下の側室になるべきだと源次郎。ずっと待っていたのにと飛び出していくきり。

京、真田屋敷。徳川家を辞した信伊。太閤と関白の間はどうなっていると信伊。いずれ衝突する日が来ると見ていると昌幸。周りが思っているほど仲は悪くないと源次郎。

聚楽第。叔父上が拾を攻め滅ぼすと考えられた事が一大事と秀次。

宇治十帖を受け取りに来たきり。応対するたか。側室になるのかとたか。まだ返事はしていないときり。あまり勧められない、波のある人だからとたか。

大坂城。秀次の1歳になる娘を拾に嫁がせようと考えた秀吉。

熱海。なぜこの様な大事な事を勝手に決めてしまわれるのかと秀次。太閤殿下は能が好き、殿下も能を倣われては如何と秀保。

秀家に能を習う秀次、秀保、秀秋。様子のおかしい秀秋。彼は小早川家に養子に出される事になっていました。これからやっかい払いが始まる、次は私の番だと秀次。自分は太閤殿下の命に従うのみと一喝する秀家。その言葉に、稽古を再開する秀次。

吉野、吉水院。一族を挙げた宴。舞台裏で倒れた秀保。急遽代役が回ってきた源次郎。

能舞台。舞い始めた秀次。最初は上機嫌で見ていた秀吉。しかし、能面を外した演者が秀次である事を見て、次第に機嫌が悪くなっていきます。それに輪を掛ける下手な源次郎の謡。

秀吉の前に挨拶に訪れた秀次。その秀次を叱り飛ばす秀吉。関白には他にするべき事があるはず、だから公家衆に舐められるのだと秀吉。そして、源次郎に下手くそと八つ当たりをする秀吉。源次郎は急病で倒れた秀保の代役なのですと秀次。お前達は揃いも揃って何をやっておるのだと怒りが収まらない秀吉。

別室。秀次に、もっと自信を持て、これからの豊臣を引っ張っていくのだからと寧。自信など持てるはずもないと秀次。それなら持てるようにするしかない、逃げていては何時までもいまのままと寧。どうすれば良いのかと秀次。あの人は、秀次が堂々としていればそれで良い、とりつくろう事は何も要らないと寧。

夜、酒宴の席。遅れてきた三成。源次郎に官位を授けてやろうと秀吉。逡巡する源次郎。従五位の下ではどうだと秀吉。兄をさしおいて位を頂く事は出来ないと源次郎。お前は兄にも官位を与えよと申しているのかと秀吉。源次郎は分不相応だと申している、その言い訳に兄の事を持ち出したのではと三成。兄にも同じ官位をやれば良いのでしょうと茶々。杯を源次郎に投げつけ、わしがやると言っているものを素直に受ければ良い桃ものを、策を弄して兄弟揃って官位をせしめようとは、なんたるあさましさと秀吉。

そこに割って入った秀次。太閤殿下は思い違いをしている、官位を授けるのは関白の仕事、源次郎に官位を与えるかどうかは私が決める事と秀次。そして改めて源次郎に、従五位下を授ける、兄については良く調べた上で相応しき者なら従五位下を授けると秀次。よくぞ申した、それでこそ関白じゃと笑う秀吉。

沼田城。稲に京に行くと告げる源三郎。行くのは嫌だと稲。大名の妻の勤めだと源三郎。

浜松へ帰ると言い出した稲。もっと辛い思いをしている者もいる、なんとしても乗り越えねばと諭すこう。

聚楽第。叙任された源次郎と源三郎。源次郎は従五位下佐衞門佐、源三郎は従五位下伊豆守でした。

秀次に礼を言う源次郎。聚楽第をもっと豪勢にしようと思う、明や朝鮮の使節が腰を抜かすほどにと秀次。

大坂城。秀吉に叙任の礼に参上した昌幸親子。その場で、叙任にあたって、源次郎が兄をさしおいて受ける事は出来ないと言った事をばらし、弟に頭が上がらないなと秀吉。

伏見城の普請の手伝いを命じられた昌幸。本来は自分の隠居城だったが、公家の接待や明の使節の応対に使う必要が出来た、秀次を手伝ってやるのだと秀吉。そして、海の向こうの敵に備えて、難攻不落の城に作り替えて欲しいと秀吉。かしこまりましたと昌幸。

別室。叙任の件を知っていたのかと昌幸に食ってかかる源三郎。知っていたと昌幸。また自分だけが蚊帳の外かと源三郎。太閤に口止めしたのではなかったのかと昌幸。忘れられた様ですと源次郎。しかし、いずれ知れる事、その時私がどう思うか考えてくれなかったのと源三郎。良いではないか、伊豆守とは大したものだと昌幸。返上出来るものなら返上したいと源三郎。貰えるものは貰っておけば良いのだと昌幸。弟の情けでもらっても少しも嬉しくは無いと源三郎。殿下が調べてそれに相応しいと判断されたからの事と源次郎。伏見城の事はお前がやってみろと昌幸。太閤殿下は父上に命じられたのだと席を立つ源三郎。

源三郎の事はまかせておけ、だから伏見城の事は頼むと昌幸。

そこに現れた秀次。伏見城の図面を見て、謁見の間、評定の間とあるのを知り、秀吉が伏見城で政をするつもりかと勘違いをする秀次。

秀吉に謁見し、太閤殿下の心遣いが全て裏目に出ている、一度直接お話になって下さいと願う源次郎。すべてはあやつの心の弱さから出ている、あやつが強くならないかぎり、会っても話す事などないと秀吉。

一七歳で他界した秀保。

葬儀は隠密に済ませよ、事を大きくしてはならぬと秀吉。

何故太閤殿下はその様にお怒りをと源次郎。今年で拾は3つになられた、鶴松が亡くなられた年だ。そんな不吉な年に亡くなった事が許せなかったということだと三成。

秀吉にせめて見送ってやってはどうかと食い下がる寧。あいつの罪は二つ、一つはこの年に死んだ事、もう一つは将来拾のために力を尽くせなくなった事だと秀吉。

戦慄する秀次。

聚楽第から姿を消した秀次。

大坂城。廊下を行くきり。そのきりを呼ぶ声。声の主は浪人姿に身をやつした秀次でした。


今回は源次郎と源三郎の任官、そして秀吉と秀次の確執が描かれました。今回も史実と独自の創作を交えた回でしたが、秀次との確執については新しい解釈が提案されていたと思います。従来は秀次を邪魔者に思った秀吉が次第に秀次を追い詰めていくという筋書きが多かったと思いますが、このドラマでは秀次を頼みとする秀吉が良かれと思ってすることごとくが裏目となり、秀次が一方的に追い詰められるという展開を辿りました。秀次については諸説がありますが、案外このドラマの筋書きが正鵠を得ている様な気がします。

源次郎と源三郎の叙任については史実ではありますが、経緯は全くの創作です。豊臣政権では各大名を統制するために序列付けを行っており、真田家は諸太夫成に位置づけられました。これは四位、五位の位に就ける家格であり、それに従って二人が叙任したという訳ですね。そして、ドラマではナレーション的に流されましたが、同時に豊臣姓も貰っています。つまり、これは兄弟喧嘩などではなく真田家が豊臣政権に組み込まれたという事を示しているのですね。

なお、伏見城の普請については、確かに真田家は手伝いを命じられていますが、人夫や資材を提供しただけであり、縄張りにまで口だしをしたという事はありません。

次回は秀次の最後が描かれる様ですね。どんな最後が描かれるのか、見所がいろいろありそうです。


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