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2016.07.17

真田丸 第28回「受難」

大坂城。

聚楽第を逃げ出してきた秀次。太閤殿下に謝った方が良いときり。会えばその場で首を切られると秀次。なぜこんなところへ逃げてきたのかときり。うっとうしいと秀次。相手が誰だろうと言いたいことは言う、そういう性分ときり。

聚楽第。吉継の耳に入れるため伏見に向かうと源次郎。

伏見城普請場。官位を返上したいと源三郎。なぜいかんと昌幸。源次郎の情けが嫌なのだと源三郎。お前が官位を返上すれば源次郎も返上する、そうなれば一番悲しむのはわしだと昌幸。

伏見城の普請はお前がやれと昌幸。これは父上が命じられた仕事と源三郎。くれぐれも内密にといずくかへ去って行く昌幸。

そこに現れ、吉継の居場所を尋ねる源次郎。もう帰られた、近頃お加減が優れぬ様だと源三郎。急いでとって返す源次郎。

大谷邸。父は朝鮮から帰ってきてからずっと具合が悪いようだ、熱がなかなか下がらないと春。存じませんでしたと源次郎。そこに現れた吉継。

やっかいな事になった、太閤殿下の耳に入る前になんとかしなければと吉継。私は大坂に行って来ますと源次郎。自分は聚楽第にと吉継。

吉野太夫の座敷に現れた昌幸と昌相。

真田屋敷。稲を教育する薫。父を菊亭晴季と言い、明日京見物をしましょうと薫。

大坂城。秀次に会い、すぐに京に戻りましょうと説得する源次郎。その時聞こえてきた殿下という声。それは拾を関白殿下と呼ぶ茶々の声でした。聚楽第にはもう戻れぬと秀次。

秀次を真田屋敷に匿った源次郎。殿下は公家にも顔が広いと聞きます、私の母も公家の出なのですと源三郎。どの家かと秀次。ほんの端くれでと薫。菊亭晴季ですよねと稲。菊亭は私の舅だ、となるとあなたは妻の姉?といぶかる秀次。困って、美味しい落雁があったはずと誤魔化す薫。

稲の部屋。徳川家に文を書く稲。いきなり入って来て文を見るこう。いかなるささいな事でも知らせる様にと徳川の殿に言われている、それが私の役目と稲。文を破り、それを押しとどめるのが私の役目とこう。そなたは旦那様の前の奥方だったそうですねと稲。そうであろうがなかろうが、真田家を守るのみですとこう。

聚楽第。公の行事は全て日延べとした、表向きははやり病としてあると吉継。そろそろ太閤殿下に知らせた方が良いのではないかと英俊。もう一日だけと源次郎。

父は代わりありませぬかとたか。無言の源次郎。息災なら良いのですと、パードレからの預かり物を手渡すたか。

太閤殿下に呼び出された源次郎。

太閤殿下はお怒りかと秀次。殿下はこれからの豊臣家に無くてはならない人、なんとか上手く収めてみせますと源次郎。

たかからの預かり物を渡す源次郎。きりに側室の話は無かった事にしてくれと伝えて欲しいと秀次。預かり物はイコンでした。マリアの像を見て、この美しさと言い、きりにやってくれと秀次。

大坂城。呂宋助左衛門に会ってきたと秀吉。南蛮渡来の壺を取り出し、呂宋の臭いと悦に入る秀吉。秀吉の用件は、吉継の娘、春を娶れという事でした。

御書院。関白殿下の事、すぐに太閤殿下に申し上げよと三成。一体、何の話でしょうととぼける源次郎。私が言っても良いのだぞと三成。関白の出奔など聞いた事が無い、これが世に知れたら豊臣の威光は地に落ちると三成。なおのこと、もう少しお待ち頂きたいと源次郎。私の耳に入ったという事は太閤殿下の耳に入ったという事だと三成。

中庭。今どこにいると秀吉。真田屋敷にと源次郎。すぐに連れてこい、説教してやると秀吉。関白殿下には、この先拾を守っていって貰わねばなりません、あまり追い詰めては可哀想と茶々。説教するにもやさしくお願いしますと寧。あの子は関白の器では無かったと寧。豊臣で残っているのはあいつだけなのだと秀吉。その心中を関白殿下に打ち明けで下さいと源次郎。

真田屋敷。高野山に行ってしまった秀次。後を追う源次郎。

高野山。叔父上に振り回された人生だった、生まれ変わっても叔父上の甥にはなりたくないと秀次。私も振り回されて今日までやってきました源三郎。もうかえっても良いと秀次。もう暫くすれば弟が来ると源三郎。いつ知らせたのだと秀次。知らせてはいない、しかし、わかるのですと源三郎。

官位に不服があるとかと秀次。いや、それは私のつまらぬ意地と源三郎。よもや返上したりはせぬな、あれは私が関白として行った数少ない事の一つだと秀次。

秀次が高野山に行った事を知り、自分の命で蟄居させた事にすると秀吉。理由はと三成。謀反の疑いと秀吉。ひと月ほど謹慎させたのち、疑いが晴れた事にして連れ戻す、すぐにそう伝えろと秀吉。

徳川屋敷。面白くなって来たと家康。同じく正信。同じく正純。そのに現れた家忠。まともにあいさつも出来ない家忠にばつがわるそうな家康。

高野山。明朝使者が来ると源次郎。大坂には行かないと秀次。ここは潔く秀吉と会い、心の内をいうべきだと源次郎。使者は追い返せと秀次。なりませぬと源次郎。

源次郎と和解した源三郎。

使者として来た正則。叔父上は油断をさせて捕らえる腹かと秀次。深読みのしすぎかとと源三郎。人を信じなくなってしまった、悪い癖だと秀次。イコンを源三郎に手渡し、これを長持ちに閉まってきてくれないかと秀次。

謹慎すれば太閤殿下は許して下さるのですねと源次郎。詳しい事は直々に申し上げる、孫七郎は気が優しすぎる、関白を良くやっておったと思うと正則。そこへ駆け込んできた源三郎。

秀次の部屋に急ぐ三人。しかし、秀次は切腹した後でした。

どれだけわしが目を掛けてやったと思うのだと激怒する秀吉。わしはせいいっぱいの事をしてきてやったなと秀吉。はい、と寧。それをこんな形で返してきた、悪いのはあいつだと秀吉。そうです、なれどと寧。悪いのはあいつだと三成を呼ぶ秀吉。お待ち下さいと寧。わしを怒らせたらどんなに怖いか、孫七郎に見せてやると秀吉。あの子はもう死にましたと寧。

秀次は、謀反が発覚してわしの命で腹を切った事にしろ、首は三条河原に晒せ、妻と子供もことごとく殺せ、謀反人の身内だ当然だろうと秀吉。不服そうな三成を見て、なんだその顔は、わしが直々にやる、いつものわしと思うなと秀吉。

処刑された秀次の身内。

今度ばかりは太閤殿下が判らなくなってしまったと且元。馬廻役を取り上げられた、お前のせいだと長泰。秀俊も城を召し上げられたと且元。

隠し扉に気付いた源次郎。中はキリシタンの礼拝所でした。そこに隠れていたのはたかでした。

三成にたかの事を打ち明け、お願いしたい事があると源次郎。

秀次の事を思って嘆く秀吉。

吉継の娘との婚儀を謹んでお受けしますと源次郎。三成に申しつけると秀吉。さらに願いがある、妻にしようと心に決めていた女が居る、吉継の娘は正室として迎え、その女は側室として迎えたいと源次郎。構わぬと秀吉。どこの誰だと秀吉。秀次の娘、たかという娘ですと源次郎。あいつの妻子は皆死んだと秀吉。独りだけ聚楽第に隠れているのを見つけましたと源次郎。ならぬ!と秀吉。どうか!お許し下さいと源次郎。まことにその女と思い合っているのかと秀吉。吉継の娘共々手を取り合って生きていくつもりだと源次郎。孫七郎の娘との間に男子が生まれた場合は、殺せとは言わぬ、すぐに仏門に入れろと秀吉。

大坂城。秀次に貰ったイコンを持ちながら、あぶないところだったときり。秀次公は側室の話をとりやめるつもりだった、身内として危害が及ばない様にと源次郎。すすり泣くきり。

吉継の娘、春を娶る事になったと源次郎。それともう一人側室を迎えるとたかを引き合わす源次郎。なによ~と叫ぶきり。

呂宋助左衛門に会う源次郎。用件はたかを呂宋にまで連れて行ってくれという事でした。快諾する助左衛門。

うなされる秀吉。


今回は秀次の最後が描かれました。通説では謀反の罪で秀吉によって高野山に蟄居させられ、切腹を命じられたと伝わります。しかし、最近の学説では高野山への蟄居も切腹も命じていなかったとする説も出ています。秀吉の取った常軌を逸した処置は、ドラマにもあった様に勝手に切腹された事に対する反動からでたものとも言われます。このあたりは諸説があってはっきりしないところですね。

いずれにしても、豊臣家は拾を後見すべき唯一の成人男子を失ってしまった事になり、また秀吉の取った凄惨な処置は豊臣政権の人気を一気に冷えさせるものともなりました。秀次の死は豊臣家にとって、とても大きな影響を与えたのでした。

なお、源次郎との関係はと言うと、確かに秀次付きの役回りとなっているので無関係ではなかったと思われますが、事件後に何らかの処罰を受けたという事は無く、事なきを得たという事は確かです。どんな活躍をしたかまでは判らないのですけどね。

次回は秀吉に死の影が忍び寄る様ですね。どんな物語が語られるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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