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2016年7月

2016.07.31

真田丸 第30回「黄昏」

伏見城。地震の後、誰よりも早く駆けつけた清正。

木幡山に避難した秀吉。

戦うための城は取りやめた、堀の普請に回って欲しいと昌幸に伝える三成。

生きがいを失った昌幸。

大坂城に戻った秀吉。

土佐で起こったサン・フェリペ号事件。

積み荷はおよそ70万石、それは自分の物と思って良いのだなと秀吉。4年前に船の積み荷を勝手に奪ってはならないと触れを出されたと信繁。罪があれば良いのか、ならばバテレン追放令を使おうと秀吉。さっそく国外退去を命じますと三成。手ぬるい、耳を削ぎ、鼻も削げ、引き回しの上磔だと秀吉。

細川屋敷。捕らえられた仲間達のために祈るガラシャたち。自分はなぜ捕まらなかったのか、皆の世話をしに行くと吉蔵。制止するガラシャ。お世話になりましたと出て行く吉蔵。

長崎で磔にされた26人のキリシタン。

大谷屋敷。大勢のキリシタンたちが捕まったと信繁。積み荷欲しさに罪も無き人たちを罰するとはと吉継。殿下は以前の殿下では無いと信繁。殿下は長く生きすぎたのかもしれないと吉継。

徳川屋敷。殿下の振る舞いは常軌を逸している、思っている以上に耄碌されたのかもしれないと家康。すぐに探りを入れてみましょうと正信。

忠勝を呼ぶ正信。

稲に書状を出した忠勝。

吉野太夫との逢瀬にうつつを抜かす昌幸。さりげなく殿下の様子を探ろうとする太夫。そこに入って来、じっと太夫を見据える昌相。

文禄5年9月。大坂城を訪れた明の使節団。拾を連れて上段の間に上がる秀吉。明の書状を読み上げる西笑。日本国王に封じると聞き、明の属国ではないと怒りを爆発させる秀吉。その怒りにまかせて、戦だ、再び大軍で海を渡ると言いかけて、小便を漏らした秀吉。とっさに駆け寄り、拾が粗相をしたと誤魔化す信繁。それに応じて、秀吉と拾を連れ出す三成。

朝鮮出兵のためにあいさつに訪れた清正。自分が死んだ後も拾の事をよろしくなと秀吉。感極まって泣き出す清正。

真田屋敷。自分はひとまず沼田に帰ると信幸。国の者によろしくと信繁。

どうかしたのかと春。兄は私の心を見抜いている、義を貫く事がこれほど苦しいものなのかと信繁。

沼田城。この城に天守を築いて難攻不落の城に作り替えると信幸。

80歳の天寿を全うした頼綱。

大坂城。姿を消した秀吉。城中を探す信繁、三成、且元。

城の中庭に居た秀吉。駆け寄る信繁。茶室を探していた、利休が話しがあるらしいと秀吉。

拾を元服させると三成。

秀頼と名を改め、元服した拾。

何故、元服を急いだのかと家康。殿下の老い先が短いという事でしょうと正信。確かな事が知りたいと家康。方々に網を張っているところと正信。

大坂城。信繁に背負われて天守に登り、この眺めも見収めだと秀吉。やりたかった事の半分しか出来なかったと秀吉。これでも半分ですかと信繁。天子様を京からお迎えしたかった、清盛がなしえた事をとうとう出来なかったと秀吉。

慶長3年正月、伏見城。景勝に会津に移って欲しいと伝える秀吉。何か落ち度でもと兼続。伊達を押さえられるのは上杉しか居ないと三成。景勝の側に寄り、自分が死んだ後、徳川が良からぬ動きをした時は背後から関東にに攻め込め、秀頼を助けてやってくれと頭を下げる秀吉。

3月15日。醍醐の花見。豊臣一門1300人が参加した豪勢な宴。

気後れして目眩がしている薫。

キリシタンになっても良いかときり。止めておけと信繁。

徳川内府より、改めて忠誠を誓うという言づてを預かってきたと阿茶局。

秀頼が花咲爺を見たいと言っていると茶々。止めに入る三成たち。どけと聞かない秀吉。桜に登り、枯れ木に花を咲かせましょうと調子に乗る秀吉。そのあげく、枝を踏み折って転げ落ちてしまいます。秀吉を助け起し、殿下は無事におわしますと三成。それに合わせる大蔵卿局。

その日から床に伏せる様になった秀吉。

そろそろ覚悟しておいた方が良いかもしれないと三成。

真田屋敷。正信からの密書を信幸に示す稲。太閤殿下の容態を信繁から聞き出せと命じられていると稲。なぜ打ち明けるの信幸。私はあなたの妻、百助の母だからですと稲。

信繁の下を訪れた信幸。秀吉の容態を聞き出そうとする信幸。誤魔化す信繁。殿下が死ねば世の中は必ず揺れる、その時誰に付けば良いのか、徳川に殿下の容態を伝えその出方によって真田がどうすべきかを見極めたいと信幸。

大谷屋敷。吉継に相談する信繁。誰に頼まれたとか、命じられたからとかはどうでも良い、己の正しいと思った道を行けば良いと吉継。

真田屋敷。信幸に秀吉の容態を伝える信繁。それを背中で聞いている昌幸。

吉野太夫の宴席。秀吉の容態を太夫にしゃべる昌幸。それを聞いて部屋を出て行こうとする太夫。その時現れ、太夫を刺し殺した昌相。驚く昌幸に、この女は忍びだと昌相。本物の吉野太夫は京の郭に居たと佐助。

死んだか、役立たずめと正信。

忠勝の下を訪れた信幸。

真田屋敷。孫達に囲まれ、幸せそうな昌幸と薫。

形見分けをすると言い出した秀吉。家康、且元、三成には分け与え、信繁には誰か知らんと何も渡さない秀吉。

お前は仕えてから日が浅いせいだろうと信繁を気遣う三成。

宿直をする信繁。その横に不意に現れ、真田の息子だなと秀吉。驚く信繁。後だと秀吉。それはかつて秀吉に初めて出会った時の再現でした。秀吉に調子を合わせつつ、秀吉を床に付かせる信繁。

今回は人生の黄昏時を迎えた秀吉が描かれました。再度の朝鮮出兵など老害としか言いようのない秀吉の姿でしたが、反面哀れを誘う天下人のなれの果てでした。特に最後に出会いの場面を再現させたのは、面白くもあり、寂しくもありました。

当時秀吉の勘気を被って謹慎を命じられていた加藤清正が、地震の後真っ先に駆けつけて秀吉を助け、それに感激した秀吉によって謹慎を解かれたという「地震加藤」の逸話は良く知られているところです。でも、実際には大坂に居た清正が伏見に来たという記録は無く、史実ではないと疑われている様です。

サン・フェリペ号事件は、台風に遭遇したスペイン船のサン・フェリペ号が土佐に漂着したという事件で、積み荷を奪われた船長が怒って、秀吉の派遣した奉行の増田長盛にスペイン人が世界の大半を制服し得たのは、宣教師を先に送ってキリスト教徒を増やし、やがて教徒を扇動して国を奪ってしまうのだと言ったところ、秀吉が激怒してキリシタン弾圧に乗り出したと言われます。ただし、積み荷を奪ったのは秀吉ではなく、長宗我部元親だった様ですね。キリシタンについては、それ以前に禁教令が出されていましたが、布教は禁止されていたものの徹底したものではなく、個人の信仰の自由は事実上認められていました。この事件によって二十六聖人事件は起こりましたが、個人に対する改宗は強制されておらず、江戸時代以降の様な迫害にまでは至っていません。だから、ガラシャの様な存在も許されていたのですね。

醍醐の花見については秀吉の生涯でも最も華やかなものとして知られるもので、当時荒廃していた醍醐寺を修復すると共に七百本の桜を植え、要所に八つの茶屋を設けてそれぞれ趣向を凝らすという派手好きな秀吉の好みに合ったものでした。ただ、大名から庶民までを集めた北野大茶会とは異なり、豊臣一門に連なる身内だけを対象とした催しであり、大名達に依る警護も厳重を極めたと言われます。秀吉の晩年における豊臣政権の置かれた位置が彷彿とされる花見でもありますね。

この花見において秀吉が木から落ちたというのはドラマに依る創作で、茶々が愚か者に見えただけだと思うのですが、必要な演出だったのかな。この花見における茶々の逸話としては、同じ側室であった松の丸殿と秀吉から受ける杯の順番を巡って争ったという話が知られています。

次回はいよいよ秀吉が最期を迎える様ですね。その時、真田がどう動くのか、楽しみに待ちたいと思います。

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2016.07.30

祇園祭2016 後祭・山鉾巡行 ~橋弁慶山・浄妙山・役行者山・黒主山・鈴鹿山・八幡山・鯉山~

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後祭の巡行で、常に先頭を行くのは橋弁慶山です。この写真では判り難いですが、牛若丸が擬宝珠の上に立ち、弁慶が長刀を構える姿を表しています。山の中で真松が無いという唯一の存在であり、古い形式を残す山ではないかと言われています。

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くじ引きで山1番を引いたのが浄妙山でした。宇治川の合戦において、一来法師が三井寺の僧兵・浄妙の頭上を飛び越して先陣をとった故事にちなみます。かつては悪しゅう候山とも呼ばれていました。2体の人形を上下に重ねるという発想が凄いですね。

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山2番を引いたのが役行者山でした。宵山で見た3体のご神体が乗せられているのですが、役行者は奥まった場所にあって、ほとんど見えません。知らなければ判らないんじゃないかしらん。霊験あらたかな神様は、そうそう人目にはさらせないという事かな。

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山3番を引いて残念がっていた黒主山です。桜を見上げると、こういう姿になるのですね。この桜は当然造花ですが、とても綺麗なものですよ。

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鈴鹿明神の鈴鹿山は、山4番でした。せっかくの祭り一番の美人も、向こう側を向いておられます。こうして見ると、山の正面は右、左とは決まっていない様ですね。

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山5番は八幡山でした。鳥居の左右に鳩が居るのが判るかな。写真をクリックすると拡大するので、ぜひ確認して下さい。

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山6番は鯉山でした。あの巨大な鯉は、山の上でもやはり存在感がありますね。周囲のほとんどの人が山の言われなどを気にせずに、何回辻回しで回ったかなどばかり話題にしていましたが、それではやはりもったいないですね。巡行を見に行かれるなら、あらかじめ下調べをしてからにされる事をお勧めします。

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2016.07.29

祇園祭2016 後祭・山鉾巡行 ~大船鉾~

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大船鉾は後祭で最後尾を行く唯一の鉾です。かつては単に船鉾と呼ばれていたのですが、後に前祭の船鉾と区別する必要から凱旋船鉾と名前を変え、さらに大船鉾と3度目の変名を経て現在に至っています。

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真横から見た大船鉾です。まだまだ真新しい雰囲気が漂っていますね。その中でも竜頭がやはり目立つかな。何やら凄く強そうですね。                            

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大船鉾の辻回しは、かなり時間が掛かりました。時間を調整していたと言うよりまだ手慣れていないという感じで、まあそれは仕方がないのかな。最後は河原町通を行く大船鉾をご覧下さい。

正直言って、河原町や御池通を行く山鉾は、あまり面白くはないですね。やはり新町通の様に狭い通りを行く姿が良いな。後祭りの場合は御池通に整列する前に新町通に行くのが良いのかしらん。来年は試してみようかな。

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2016.07.28

祇園祭2016 後祭・山鉾巡行 ~南観音山~

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北観音山と対をなすのが南観音山です。共に楊柳観音をご神体としますが、こちらは女性で、北観音山は男性なのだとか。非常に似ていて見分けるのが難しいのですが、慣れると懸装品の違いで判る様になります。

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私の居た場所は辻回しの見られるポイントではあったのですが、場所取りを間違えました。と言うのは、横断歩道の南側に場所を取ったのですが、通行止めになったとたん、歩道から観覧客が押し出してくるのですよ。おかげで辻回しを見るのにとても苦労する事になりました。警官の注意も効果なしでしたね。

そんな中でどうにか撮った辻回しです。昨日も書きましたが、辻回しは一度に大きく回せば良いというものではありません。でも、観客は大きく回った方が喜ぶのですね。周りが沸く都度に、それは違うよと言いたくなりましたよ。

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南観音山も柳を付けて巡行します。これも巡行が終わった後、縁起物として争奪戦が行われるのですが、これだけ小さいと競争率が激しかったんじゃないかしらん。鉾町まで見に行けば面白かったかな。

明日は大船鉾をお届けします。

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2016.07.27

祇園祭2016 後祭・山鉾巡行 ~北観音山~

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平成28年7月24日、祇園祭・後祭の山鉾巡行に行って来ました。雨の予報のあった前祭と違い、天気の心配は無い中、10基の山鉾は無事に巡行を終える事が出来ました。

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北観音山はくじ取らずの山で、2番目に巡行します。祇園囃子を奏でる三つの山鉾の一つであり、後祭の中では貴重な存在ですね。

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私は河原町御池で辻回しを見ていたのですが、北観音山は実に手早かったですね。えっ、もう回してしまったのという感じで、いかにも手慣れた感じでした。もっとも、早ければ良いという訳では無く、お囃子の関係もあって、4、5回を掛けて回すのが良いのだとか。辻回しにもなかなか難しいものがある様です。

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鉾の後ろに柳の枝を付けて巡行するのは、北観音山と南観音山の特徴ですね。ご神体が楊柳観音であるという事が関係しているのでしょうか。この柳の葉は縁起物とされており、巡行終了後に争奪戦が行われたはずです。何度か見た事がありますが、あっと言う間になくなってしまいますよ。

明日は南観音山をお届けします。

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2016.07.26

祇園祭2016 後祭・宵山 ~八幡山・鷹山・北観音山・南観音山・大船鉾~

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新町通を北から入ると、最初に出会うのが八幡山です。この町内に祀られていた八幡宮をご神体とする山です。

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この八幡宮は若宮八幡宮を分祀されたものの様ですね。元来、八坂神社とは関係の無い神様をご神体とする山が祭りに参加するあたりに、祇園祭の融通無碍たる本質が隠されている様な気がします。

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この鳩は、巡行当日に鳥居の左右に飾られます。右が古い鳩で左甚五郎作と伝えられるもの、左が新調されて現在使われている鳩です。

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この山のご利益は夫婦和合です。左甚五郎作の鳩にちなんだお授けものが多く、これは鳩の鈴ですが、可愛いものですね。

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ここでもわらべ歌が歌われていましたが、混み合っていて録画する事が出来ませんでした。八幡山って、こんなに混み合うところだったかしらん。

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八幡山を出て北観音山を目指そうとすると、あらぬ方向から祇園囃子が聞こえてきました。何だろうと思って行ってみると、鷹山の祇園囃子でした。鷹山は江戸時代末期に休み山となって以来、現在に至るまで巡行には参加していません。しかし、近年復興への機運が高まり、2年前には祇園囃子が復活し、宵山に演奏される様になっていたのですね。私も聞ていたはずなのですが、すっかり失念していたという次第です。

大船鉾も復活はお囃子からだったので、鷹山も何時の日か復活して欲しいものです。曳山だったという事ですから、北観音山の様な姿になる事でしょう。何年先になるかは判らないけれど、楽しみな事です。

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新町通に戻って、北観音山へとやって来ました。南観音山と共に、観音様をご神体とする山です。

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山ではあるけれど、囃子方の乗る曳山です。現在の後祭・宵山では、南観音山、大船鉾と共に祇園祭を奏でる3つの山鉾の一つです。

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宵山ではあるけれど、既に見送りが取り付けられていました。これって、毎年こうだったかしらん。

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北観音山からさらに下がると、南観音山が見えてきます。このあたりが後祭・宵山で一番混んでいたかな。

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混んでいる理由は、一つには祇園囃子が奏でられていた事でしょうか。もう一つは周辺で屏風祭が開かれていた事もあるでしょうね。

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そして、この子供達によるロウソク売りのわらべ歌も混み合う原因の一つだったのでしょう。ここはずっと以前からわらべ歌が歌われていた場所であり、人数も多く、風情もあるという場所です。その様子を動画にてご覧下さい。

今年は歌が終わった後の売り込みが無かったですね。いつもは粽や手ぬぐいはいかがですかという声があるのだけどな。

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提灯に百とあるのはこの鉾町が百足屋町というのに由来します。百足は毒虫として嫌われますが、商家にとっては客足が多いとして歓迎される存在なのだそうです。次に南観音山の祇園囃子をお聞き下さい。

祇園囃子は何種類もあり、宵山用のものもあるそうです。残念ながらそれらを聞き分ける知識はありませんが、祭りの雰囲気を高めてくれる事は確かです。

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四条通を南に越えると、大船鉾があります。相変わらずの人気で、かなりの混み合い方でした。

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鉾に乗るには1時間30分待ちという事で止めてしまったのですが、それでも2年前に比べればましになった方かな。ここは鉾の周辺だけが混んでおり、左側通行になっていました。

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大船鉾で今年話題になったのが新調なった龍頭ですね。古くから残る御幣と交代で使用するとの事で、四条町が南北に分かれていた頃の伝統を復活させたものなのだとか。今後は金箔を貼るとかの装飾が行われるのかな。

後祭の宵山は、昨年よりは人出が増えていたそうです。やはり土曜日に重なった事が大きかったのかな。それでも以前に比べれば知れたもので、情緒溢れるものでした。ただ、前祭に比べれば随分と寂しくて、どっちが良いかは人に依るかな。私的には、どちらも楽しむ事が出来て満足です。

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2016.07.25

祇園祭2016 後祭・宵山 ~鯉山・黒主山・役行者山・鈴鹿山~

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平成28年7月23日、祇園祭・後祭の宵山に行って来ました。後祭では前祭と違って四条通の歩行者天国などの大規模な交通規制は行われませんが、山鉾のある室町通、新町通などは通行止めとなっています。ただ、一方通行にはなっておらず、その点は気にする必要は無いですね。

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この日は室町通から入りました。そのとっかかかりにあるのが鯉山です。大きな木彫りの鯉をご神体とする山で、豪華な見送りや胴掛けがある事で知られます。御利益は登竜門山の異名のとおり、立身出世です。

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鯉山の北にあるのが黒主山です。アイデア一杯の山で、食べられる粽を売り出したのもここでした。何でもない事の様ですが、ちまきを紙袋に入れて売るというのもここだけじゃないかしらん。

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ご神体は、謡曲志賀に基づき、大友黒主が桜を見上げている姿を表しています。桜の造花も綺麗ですよ。

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この時は保存会の会長さんが色々と説明をしてくれたのですが、くじ引きで一番を引き当てるのは特別なものがあるそうですね。何でも、足が震えるほどの感動を覚えるものだとか。今年は三番だったのですが、来年は一番を引くことが出来るのかな。

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黒主山の北にあるのが宵山の名物の一つ、誉田屋源兵衛さんの鯉の染め物です。創業からの年数に会わせた数の鯉が染められているそうで、今年は278匹になったとか。どこが増えたのか、これだけ多いと判らないですね。

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さらに北に行くと役行者山があります。提灯に入った輪宝紋が印象的ですね。

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この山は役行者が一言主神を使って、葛城山と大峰山の間に橋を架けさせたという伝承に基づくのではないかと言われます。ご神体は3体あって役行者、葛城神、一言主神からなります。

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町家は明るい感じで、胴掛け、見送りなどが飾られています。これらは巡行同日の朝に山に取り付けられます。次に、役行者山のロウソク売りのわらべ歌をお聞き下さい。

後祭が復活してからこのわらべ歌が増えた様に思えるのは気のせいかしらん。まあ、祇園囃子が少ない後祭では情緒を感じさせてくれる貴重な存在なのですけどね。

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烏丸通に出て、鈴鹿山にやってきました。以前は烏丸通の歩行者天国の中に埋没していた観のある鈴鹿山ですが、今はかえって存在感を感じさせます。

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ちょっと驚いたのは、以前にはなかった売り子が居た事です。とても静かな山だったという印象しかなかったのですけどね。

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町家の中では牛頭天王が祀られていました。祇園祭はある意味牛頭天王を鎮める祭りなのですが、祀られているのはここぐらいじゃないかしらん。ちょっと意外な感じがしますね。次にここでも歌われていたロウソク売りのわらべ歌をお届けします。

やっぱりこの歌があるのと無いのとでは、祭りの情緒がまるで違いますね。ただ、道路の騒音にかき消されそうなのが可哀想な気もします。

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ご神体は、鈴鹿山で悪鬼を退治した鈴鹿権現(瀬織津姫尊)です。大変な美人の女神との事ですが、残念ながら面を被っているため、ご尊顔を拝する事は出来ません。いつか見たいものだけど、そんな事はするべきではないのだろうな。

明日は新町通を下っていく事にします。

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2016.07.24

真田丸 第29回「異変」

春と婚儀を挙げた信繁。

薫の出自を尋ねる信幸。菊亭晴季の侍女だと明かす昌幸。

春を身内に引き合わす信繁。

一人秀次を思うきり。

春に梅の事を明かす信繁。

うなされて、跳ね起きた秀吉。

夜間、参上した信繁と三成。秀吉の寝小便の始末を、且元に押しつけた二人。

秀吉は髭が薄くなり、同じ事を繰り返し、怒りを制する事が出来なくなると信繁。全て昔からだと三成。

春は良い女だが苦労するぞと三成。

死んだ後の事を考えていた、拾が元服するまで関白は置かない、代わりに奉行衆が相談の上政を行えと秀吉。かしこまりましたと三成。

秀吉のために生せんべいを作る寧。その側で元気のないきり。わくさが頼み事があると寧。頼みとは、忠興の妻に渡して欲しいものがあるという事でした。

伏見城普請場。父上は毎日どこに行っておられるのだと苛立つ信幸。遊郭に入っていくのを見たものが居ると綱家。そこに現れたきり。昌幸は不在だと信幸。大工の吉蔵はときり。

吉蔵が手渡したのは十字架でした。ガラシャ様によしなにと吉蔵。

真田屋敷。婚礼の日は失礼しましたときり。春は梅に似ている、良いご縁だと薫。殿様にもご挨拶をときり。まだ帰っていない、普請場におられたでしょうと薫。いえ、源三郎様だけでしたときり。

吉野太夫の郭で戯れる昌幸。

昼間から遊び耽る殿は見たくないと昌相。

真田屋敷。春と出会ったきり。どこへ行っても鬱陶しいと言われるきりさんですねと春。

父上は一緒ではなかったのかと薫。まだ普請場に残っていると信幸。あの人は女の所にいるのでしょうと薫。疲れていると言って逃げる信幸。

こうに安らぎを求める信幸。

稲に部屋に引き込まれた信幸。こうのところに行っていたのですねと言い、信幸に抱きつく稲。

伏見城。登城して来た家康。

秀吉に生せんべいを差し出す寧。家康には今後の政のあり方を早めに話しておいた方が良いと三成。生せんべいを一口食べ、まずい、何だこれはと怒り出す秀吉。

家康相手に、政のあり方を考え直す時が来たと思っている、拾が元服するまでは関白は置かない、政は徳川殿を柱とした大名達の合議で進めていってもらいたいと秀吉。かしこまりましたと家康。拾のこれからは徳川殿に掛かっている、頼みますと頭を下げる秀吉。

吉継の屋敷。三成は困り果てていると信繁。そうだろうなと吉継。お加減は如何と信繁。良くも無く、悪くも無い、何の病かも判らないと吉継。

細川屋敷。十字架を持って訪れたきり。賛美歌を歌う信者達。その中に居る忠興の妻、ガラシャ。

ガラシャに十字架を渡すきり。秀次から貰ったイコンを差し出し、これは誰かと問うきり。これは神の母マリアだとガラシャ。

寧と一緒にビスケットを作るきり。キリシタン達の質素な暮らしには惹かれる、それに賛美歌の節の美しさと寧。

昌幸を問い詰める薫。誤魔化す昌幸。今度は昌相を問い詰める薫。変わり身の術で逃げた昌相。

伏見城周辺の絵図面を見る昌幸。高台に出城を作る、そうすれば東と西は宇治川が天然の堀となって敵を寄せ付けない、なぜそこに気がつかないと昌幸。面目なさそうな信幸。ずっとわめき続けている薫。それを無視して、この安房守が難攻不落の城を作って見せると昌幸。

再び登城して来た家康。先日と同じ事を繰り返す秀吉。不審に思いつつも承る家康。

別室。何故二度も同じ事を命じられる、せかされているのかと家康。豊臣家の行く末が掛かった大事な用件だから念を押されたのでしょうと三成。殿下は大丈夫かと家康。気力、体力共に充実していると信繁。

吉継の屋敷。これからどうすればと信繁。殿下が危うい事を誰にも悟らせるな、そして目を離すなと吉継。三成に覚え書きを書こうとし、痛みで筆を落とす吉継。

秀吉にビスケットを差し出す寧。臭いと言って、ビスケットを放り投げる秀吉。

伏見城の模型を囲む真田一族。いずれはこの出城に真田が入る、ここから本丸を攻めれば一日で落とせると昌相。ただ完璧な城を築いてみたくなったのだ、誰が守ろうとそんな事はどうでも良いと昌幸。

こうと稲に子が出来たと信幸。おめでとうこざいますと信繁。

伏見城普請場。生き生きと働く昌幸。太閤殿下の命により畳みを替えると綱家。わずかな段差で転ばれたのかと昌相。

三成と信繁を前に、家康を呼べ、政は徳川を要とした大名達の合議で進める事にしたと秀吉。その事は既に徳川に伝わっている、さらに言えばそれ以前に政は大名達にまかせず、奉行で執り行えと命じられたと三成。信繁だけを残した秀吉。

昔の事は覚えていても、近頃の事は駄目だと秀吉。お疲れなのですと信繁。わしは壊れてしまったのかと秀吉。まさかと信繁。死んでしまうのかと秀吉。心配のしすぎと信繁。捨が元服するまでは生きていたい、しかし、生きているだけでは駄目だ、捨があんな男になりたいと思う父でなければいけないと秀吉。拾は殿下の背中を見ながらすくすくと育っていると信繁。死にたくないと信繁に抱きつき、泣きむせぶ秀吉。

日に日に殿下の様子はおかしくなっていると三成。あなたたちが何もかも押しつけているからではないのかと寧。医者に依れば、これからはぼんやりする事が多くなり、転んだり、頭をぶつける事が多くなる、それが原因で寝込む事もありうるとの事と三成。注意しますと寧。

これからは拾との時間を多く取って差し上げたいと三成。拾にとって、殿下の思い出は威厳に満ちた天下人でなければならない、老いさらばえた姿など見せたくないと茶々。殿下の気持ちを察して下さいと信繁。察した上で言っていると茶々。

真田屋敷。太閤殿下のご様子はどうなのだと信幸。別段変わったところはないと信繁。私にくらい本当の事を言っても良いだろうと信幸。それを聞いてどうすると信繁。殿下が死んだ先の事を考えていると信幸。何も変わらない、三成を初めとした直臣の方々が拾をもり立てていくと信繁。そうは思えない、どうなるかは判らないが、自分は徳川の婿として、真田に利すると思えば迷う事なく徳川に付くと信幸。真田家のために殿下の側に居る事を忘れるなと信幸。今後、殿下の様子は逐一伝える様に、全ては真田のためと信幸。

細川屋敷。賛美歌を歌う信者達。それを廊下で聞いているきり。

文禄5年閏7月13日未明。慶長伏見大地震。

伏見城内を秀吉の姿を求めてさまよう三成。

一人震えている秀吉。

真田屋敷。稲とこうの無事を確かめた信幸。

伏見城に向かう信繁。

出かける用意をする昌幸。そんなに女の事が心配かと薫。薫を無視して、昌相と普請場へと出かけた昌幸。

天守を初めとし、ほとんど全てが倒壊した伏見城。


今回は衰えつつある秀吉の姿が描かれました。輝くような天下人が老いさらばえていく姿は哀しくもありますね。

薫(山之手殿)の出自については、良く判っていません。菊亭晴季の娘とする説やその養女とする説、信玄の養女とする説など諸説がありますが、地方の国衆であった昌幸に春季の娘が嫁入りするとは考えにくく、これは無いと言って良いのでしょうね。公家の侍女だったとする説もあり、ドラマではこの説に依った様です。

慶長大地震で倒壊したのは指月にあった伏見城で、現在遺構のあるものとは違います。この幻とまで言われていた指月の城の石垣が、最近発見されたのも記憶に新しいとろこです。

ドラマとしては、秀吉の死後を巡っての思惑が入り乱れてきました。家康は秀吉の異変に気付き、信幸は徳川に付くと彼らしく真っ直ぐな決意を表します。複雑なのが信繁で、確かに豊臣家に深入りをしすぎた観があります。でも、だから信繁らしいともいえるのですけどね。

次回は秀吉の更なる老いと醍醐の花見が描かれる様です。醍醐の花見がどう描かれるかはちょっと楽しみですね。


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2016.07.23

祇園祭2016 前祭・山鉾巡行 ~放下鉾・保昌山・白楽天山~

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くじ取らずで22番目を行くのが放下鉾です。曳き手の背中の印にある様に、鉾頭が州浜の様に見える事からすはま鉾の別名もある鉾です。

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放下鉾を撮っていると、背後に岩戸山が見えてきました。この日、二つの山鉾が重なったのは初めてだったので、ツーショットを撮ってみたのがこの写真です。

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放下鉾を特徴付けているのがこの人形稚児ですね。三光丸と言い、生き稚児の様に稚児舞が出来る様になっている唯一の人形です。

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これは宵山で訪れた保昌山です。宵山の記事で触れた様に、紫宸殿から盗んだ梅の枝を抱えた姿をしているのですね。花盗人をご神体としているのですから、京の町衆というのはユーモア溢れる人たちだったという事でしょうか。

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こちらも宵山で訪れた白楽天山です。白楽天と道林禅師が向かい合い、問答している場面を表しているのでしょう。こうしてみると、山は巡行コースの内側が正面に作られているのかな。あまり考えていなかったけれど、後祭りではどうなっているのかしらん。明日は少し注意して見てこようと思っています。

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2016.07.22

祇園祭2016 前祭・山鉾巡行 ~菊水鉾~

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菊水鉾は元治元年に焼失した後、昭和28年になって再建された鉾で、昭和の鉾として知られます。その名は古くから町内にある菊水井にちなんでおり、鉾の先端には菊の透かし彫りを付けています。

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菊水鉾の音頭取りは、烏帽子姿なのが特徴です。昭和の復元の時に、古式に則ったのでしょうか。辻回しの時は音頭取りだけでなく、車方が応援に入り、かけ声を掛けています。

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菊水鉾を最も特徴付けているのが、この唐破風です。鉾も慣れないとなかなか見分けが難しいのですが、この鉾はこの屋根を見ると一目瞭然ですね。

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この日は雨の予報だったからでしょう、見送りは付けられていませんでした。そのおかげで見る事が出来たのが後ろ懸けで、今年新調されたものです。この鉾では胴懸けを七福神で統一しようとしていたとの事で、この後ろ懸けの布袋様で全て揃ったのだとか。そのうちに、この鉾を見ればそれだけで御利益があるという事になるのかも知れませんね。

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2016.07.21

祇園祭2016 前祭・山鉾巡行 ~函谷鉾・月鉾・鶏鉾~

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山鉾の巡行には順番があり、毎年決まっているくじ取らずと、くじによって順番が変わる山鉾とがあります。これはかつて他に先駆けて巡行しようと激しい競争が行われた事に依ると言われ、公平にするためにくじ引きにしたと言われます。くじ取らずは、たぶん山鉾の位置関係に依るものなのでしょうか。

そのくじ取らずの一つが函谷鉾で、常に鉾の中では二番目、全体では五番目に巡行します。

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鉾の中で最大の規模を誇るのが月鉾です。重量がおよそ12トンと言われ、この巨体が先を争って走ったりしたら、それは危ない事でしょう。くじ引きになるのも当然という気がします。

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大きさだけで無く、懸装品も華麗な事で知られるのが月鉾です。稚児人形も一流の人形師の手に依るもので、於菟麿という名が付けられています。その衣装も豪華なものですね。

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鶏鉾は月鉾、菊水鉾の近くにあり、かつては先手争いをしたのかしらん。曳き手の赤い笠が印象的です。

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辻回しは、音頭取りの合図で曳き手が動くのですが、空振りに終わることもあります。このあたりの呼吸は難しいものがある事でしょう。10トン以上の巨体を回すのだものなあ、何かと大変でしょうね。

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2016.07.20

祇園祭2016 前祭・山鉾巡行 ~長刀鉾~

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平成28年7月17日、祇園祭・前祭の山鉾巡行が行われました。この日の天気予報は9時から15時までが雨となっており、巡行中の降雨が心配されましたが、実際には9時前に雨は上がり、無事に巡行は催行されました。

私はというと、雨の予報を信じて屋根のあるところで撮影すべく、河原町通に出かけました。雨が止むのを知っていたら、新町通に行ったのですけどね。

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巡行に先立って行われるのが、信号機や標識の折りたたみですね。まず留め金が外されたあとロープを掛けてひっぱり、最後は人力で折りたたみます。これが行われると、間もなく山鉾がやって来るという合図です。

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私の居たところからは、かろうじて辻回しを見る事が出来ました。以前にも見ていますが、やはり巨大な鉾が回転する様は迫力がありますね。

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新町通では見られない光景に、長刀鉾の生き稚児による稚児舞いがあります。稚児は御池通で下りてしまいますからね。それにしても、背後から抱き留められているとは言え、鉾から上半身を乗り出しての舞は、やはり怖いものがある事でしょう。

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長刀鉾の見送りは、今年新調されたものでした。長刀鉾の鉾町近くに生まれた伊藤若冲の作品をモチーフにしたもので、二羽の鳳凰が描かれています。

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巡行中、地味だけど重要な仕事があります。それが車方で、車止めに柄の付いた様な道具を車輪の下に入れて、鉾の進行方向を微調整して行きます。鉾が上手く目的地に着くのは、車方の地道な作業があるからなのですね。でも、乗っている方としては鉾がガタンと揺れるのは、あまり気持ちの良いものでは無いだろうなあ。


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2016.07.19

祇園祭2016 前祭・宵山 ~綾傘鉾・船鉾・四条通~

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室町通とは逆に新町通は南行き一方通行になります。この二つの通りを結ぶ道が綾小路通、綾傘鉾はその真ん中辺りにあります。

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綾傘鉾に差し掛かった時は、丁度祇園囃子が始まるところでした。演奏はおよそ20分、ずっと聞いていましたが確かに他の鉾の囃子とはテンポが違いますね。傘鉾と他の鉾を並べるとテンポの違いで混乱すると聞きますが、なるほどと思った次第です。

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祇園囃子の後は棒振り囃子の実演がありました。まあ後列に居たのでほとんど見えなかったのですが、冒頭に蜘蛛の糸が投げられ、その先に付いた鉛を三つ取る事が出来れば厄除けになるという趣向がありました。私は丁度正面に居たので、10数本の糸を取る事が出来、三つくらいなら楽勝だと思ったのですが、実際には1個だけでした。糸をたぐり寄せている間に、後ろで取られてしまったのですね。

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この町会所では、参拝した人に、鈴のお祓いをしてくれます。さらには御神酒も飲ませて貰い、至れり尽くせりという感じでした。ちなみに、ここのちまきには、安産、縁結びの御利益があるとされます。

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新町通を南下して行くと、船鉾と出会います。残念ながら祇園囃子の演奏は聴けなかったのですが、代わりに可愛いちまき売りの声を聞く事が出来ました。ここは、いわゆるろうそく売りのわらべ歌ではなく、ひたすら連呼するのですね。このあたりは各山鉾によって特色が見られ、興味深いところです。

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船鉾は神功皇后をご神体として祀り、安産に御利益があると言います。2年前に復活した大船鉾と対をなすのはよく知られたところですね。

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新町通を南に抜け、西洞院通を通って四条通に出ました。ここは人通りも多いですが、原則どおり左側通行を守っていれば、道幅も広いので歩きにくいという事はありません。

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四条通にある山鉾は、郭巨山、月鉾、函谷鉾、長刀鉾になります。左側通行を守ってまっすぐ行けば、函谷鉾に行き当たる事になります。その函谷鉾の祇園囃子をお聞きください。

どうでしょうか、宵山の風情は味わって頂けたでしょうか。紐の動きもリズミカルで面白いでしょう。

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最後は、宵山の混雑具合を、スローシャッターで表現してみました。この日は32万人の人出だったとの事です。でも、以前は50万人を超えた事もあった事を思うと、やはり少ないな。

明日からは17日に行われた山鉾巡行の様子をお届けします。

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2016.07.18

祇園祭2016 前祭・宵山 ~保昌山・白楽天山~

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祇園祭が前祭、後祭に分かれてから三年目になりますが、宵山の人の流れは以前と変わっています。人出も分散されて、少し減ったかな。そのぶん、歩きやすくなった感じですね。

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今年は京阪の清水五条で下りて、保昌山から訪れる事にしました。こうすると四条通の混雑を回避しながら、祭りの中心部に行く事が出来るのです。

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保昌山は鉾町から少し外れた場所にあるのですが、人気の高い山です。その理由はご神体の藤原保昌さんにあって、和泉式部に求愛した時、紫宸殿にある梅の枝を手折って欲しいと言われます。式部にしてみれば、体の良い断り文句だったのでしょうけど、保昌さんは本気にし、お叱りを受ける事を覚悟の上で、本当に梅を手折って来たのでした。結果、式部は保昌の求愛を受け入れたのですが、この事から縁結びに御利益のある山と言われる様になったのです。

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なので、保昌山のちまきは盗難除けのご利益があるとされ、お守りは縁結びが中心です。

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この小さな絵馬も人気ですね。奉納されるのはわずか3日だけですけど、きっと御利益はある事でしょう。次に保昌山のわらべ歌をお聴きください。

宵山ならではの歌詞が今晩限りとなりましたというところで、これが宵々山だと今、明晩限りと変わります。わらべ歌ではないけれど、場所によっては今晩限定と言って売り込んでいるところもありましたね。

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宵山では、通りによって一方通行になっています。室町通は北行き一方通行でした。そのとっかかりにあるのが白楽天山です。

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この白楽天山は、唐の詩人の白楽天が西湖の北の山に赴き、道林禅師に「仏法の大意は如何に」と問うた場面を表しています。道林禅師は「諸悪莫作 衆善奉行」と、はぐらかすように答えました。白楽天は半ばあきれて「そんなことは三つ子でも知っています」と言うと、道林禅師は「そのとおり。しかし80の老翁でも行いがたいことなのです」と言いました。白楽天は道林の徳に感服して帰ったと言います。左の人形が白楽天、右の人形が道林禅師を表しています。

この白楽天山の北側には鶏鉾があるのですが、警備員がやたらと写真を撮るなとマイクで叫けび、町会所に入ろうにも制限がされており粽も買えずで、何がなんだか判らない状況でした。警備員も叫ぶだけが能じゃあるまいし、もう少し上手く誘導して欲しいものだと思います。

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2016.07.17

真田丸 第28回「受難」

大坂城。

聚楽第を逃げ出してきた秀次。太閤殿下に謝った方が良いときり。会えばその場で首を切られると秀次。なぜこんなところへ逃げてきたのかときり。うっとうしいと秀次。相手が誰だろうと言いたいことは言う、そういう性分ときり。

聚楽第。吉継の耳に入れるため伏見に向かうと源次郎。

伏見城普請場。官位を返上したいと源三郎。なぜいかんと昌幸。源次郎の情けが嫌なのだと源三郎。お前が官位を返上すれば源次郎も返上する、そうなれば一番悲しむのはわしだと昌幸。

伏見城の普請はお前がやれと昌幸。これは父上が命じられた仕事と源三郎。くれぐれも内密にといずくかへ去って行く昌幸。

そこに現れ、吉継の居場所を尋ねる源次郎。もう帰られた、近頃お加減が優れぬ様だと源三郎。急いでとって返す源次郎。

大谷邸。父は朝鮮から帰ってきてからずっと具合が悪いようだ、熱がなかなか下がらないと春。存じませんでしたと源次郎。そこに現れた吉継。

やっかいな事になった、太閤殿下の耳に入る前になんとかしなければと吉継。私は大坂に行って来ますと源次郎。自分は聚楽第にと吉継。

吉野太夫の座敷に現れた昌幸と昌相。

真田屋敷。稲を教育する薫。父を菊亭晴季と言い、明日京見物をしましょうと薫。

大坂城。秀次に会い、すぐに京に戻りましょうと説得する源次郎。その時聞こえてきた殿下という声。それは拾を関白殿下と呼ぶ茶々の声でした。聚楽第にはもう戻れぬと秀次。

秀次を真田屋敷に匿った源次郎。殿下は公家にも顔が広いと聞きます、私の母も公家の出なのですと源三郎。どの家かと秀次。ほんの端くれでと薫。菊亭晴季ですよねと稲。菊亭は私の舅だ、となるとあなたは妻の姉?といぶかる秀次。困って、美味しい落雁があったはずと誤魔化す薫。

稲の部屋。徳川家に文を書く稲。いきなり入って来て文を見るこう。いかなるささいな事でも知らせる様にと徳川の殿に言われている、それが私の役目と稲。文を破り、それを押しとどめるのが私の役目とこう。そなたは旦那様の前の奥方だったそうですねと稲。そうであろうがなかろうが、真田家を守るのみですとこう。

聚楽第。公の行事は全て日延べとした、表向きははやり病としてあると吉継。そろそろ太閤殿下に知らせた方が良いのではないかと英俊。もう一日だけと源次郎。

父は代わりありませぬかとたか。無言の源次郎。息災なら良いのですと、パードレからの預かり物を手渡すたか。

太閤殿下に呼び出された源次郎。

太閤殿下はお怒りかと秀次。殿下はこれからの豊臣家に無くてはならない人、なんとか上手く収めてみせますと源次郎。

たかからの預かり物を渡す源次郎。きりに側室の話は無かった事にしてくれと伝えて欲しいと秀次。預かり物はイコンでした。マリアの像を見て、この美しさと言い、きりにやってくれと秀次。

大坂城。呂宋助左衛門に会ってきたと秀吉。南蛮渡来の壺を取り出し、呂宋の臭いと悦に入る秀吉。秀吉の用件は、吉継の娘、春を娶れという事でした。

御書院。関白殿下の事、すぐに太閤殿下に申し上げよと三成。一体、何の話でしょうととぼける源次郎。私が言っても良いのだぞと三成。関白の出奔など聞いた事が無い、これが世に知れたら豊臣の威光は地に落ちると三成。なおのこと、もう少しお待ち頂きたいと源次郎。私の耳に入ったという事は太閤殿下の耳に入ったという事だと三成。

中庭。今どこにいると秀吉。真田屋敷にと源次郎。すぐに連れてこい、説教してやると秀吉。関白殿下には、この先拾を守っていって貰わねばなりません、あまり追い詰めては可哀想と茶々。説教するにもやさしくお願いしますと寧。あの子は関白の器では無かったと寧。豊臣で残っているのはあいつだけなのだと秀吉。その心中を関白殿下に打ち明けで下さいと源次郎。

真田屋敷。高野山に行ってしまった秀次。後を追う源次郎。

高野山。叔父上に振り回された人生だった、生まれ変わっても叔父上の甥にはなりたくないと秀次。私も振り回されて今日までやってきました源三郎。もうかえっても良いと秀次。もう暫くすれば弟が来ると源三郎。いつ知らせたのだと秀次。知らせてはいない、しかし、わかるのですと源三郎。

官位に不服があるとかと秀次。いや、それは私のつまらぬ意地と源三郎。よもや返上したりはせぬな、あれは私が関白として行った数少ない事の一つだと秀次。

秀次が高野山に行った事を知り、自分の命で蟄居させた事にすると秀吉。理由はと三成。謀反の疑いと秀吉。ひと月ほど謹慎させたのち、疑いが晴れた事にして連れ戻す、すぐにそう伝えろと秀吉。

徳川屋敷。面白くなって来たと家康。同じく正信。同じく正純。そのに現れた家忠。まともにあいさつも出来ない家忠にばつがわるそうな家康。

高野山。明朝使者が来ると源次郎。大坂には行かないと秀次。ここは潔く秀吉と会い、心の内をいうべきだと源次郎。使者は追い返せと秀次。なりませぬと源次郎。

源次郎と和解した源三郎。

使者として来た正則。叔父上は油断をさせて捕らえる腹かと秀次。深読みのしすぎかとと源三郎。人を信じなくなってしまった、悪い癖だと秀次。イコンを源三郎に手渡し、これを長持ちに閉まってきてくれないかと秀次。

謹慎すれば太閤殿下は許して下さるのですねと源次郎。詳しい事は直々に申し上げる、孫七郎は気が優しすぎる、関白を良くやっておったと思うと正則。そこへ駆け込んできた源三郎。

秀次の部屋に急ぐ三人。しかし、秀次は切腹した後でした。

どれだけわしが目を掛けてやったと思うのだと激怒する秀吉。わしはせいいっぱいの事をしてきてやったなと秀吉。はい、と寧。それをこんな形で返してきた、悪いのはあいつだと秀吉。そうです、なれどと寧。悪いのはあいつだと三成を呼ぶ秀吉。お待ち下さいと寧。わしを怒らせたらどんなに怖いか、孫七郎に見せてやると秀吉。あの子はもう死にましたと寧。

秀次は、謀反が発覚してわしの命で腹を切った事にしろ、首は三条河原に晒せ、妻と子供もことごとく殺せ、謀反人の身内だ当然だろうと秀吉。不服そうな三成を見て、なんだその顔は、わしが直々にやる、いつものわしと思うなと秀吉。

処刑された秀次の身内。

今度ばかりは太閤殿下が判らなくなってしまったと且元。馬廻役を取り上げられた、お前のせいだと長泰。秀俊も城を召し上げられたと且元。

隠し扉に気付いた源次郎。中はキリシタンの礼拝所でした。そこに隠れていたのはたかでした。

三成にたかの事を打ち明け、お願いしたい事があると源次郎。

秀次の事を思って嘆く秀吉。

吉継の娘との婚儀を謹んでお受けしますと源次郎。三成に申しつけると秀吉。さらに願いがある、妻にしようと心に決めていた女が居る、吉継の娘は正室として迎え、その女は側室として迎えたいと源次郎。構わぬと秀吉。どこの誰だと秀吉。秀次の娘、たかという娘ですと源次郎。あいつの妻子は皆死んだと秀吉。独りだけ聚楽第に隠れているのを見つけましたと源次郎。ならぬ!と秀吉。どうか!お許し下さいと源次郎。まことにその女と思い合っているのかと秀吉。吉継の娘共々手を取り合って生きていくつもりだと源次郎。孫七郎の娘との間に男子が生まれた場合は、殺せとは言わぬ、すぐに仏門に入れろと秀吉。

大坂城。秀次に貰ったイコンを持ちながら、あぶないところだったときり。秀次公は側室の話をとりやめるつもりだった、身内として危害が及ばない様にと源次郎。すすり泣くきり。

吉継の娘、春を娶る事になったと源次郎。それともう一人側室を迎えるとたかを引き合わす源次郎。なによ~と叫ぶきり。

呂宋助左衛門に会う源次郎。用件はたかを呂宋にまで連れて行ってくれという事でした。快諾する助左衛門。

うなされる秀吉。


今回は秀次の最後が描かれました。通説では謀反の罪で秀吉によって高野山に蟄居させられ、切腹を命じられたと伝わります。しかし、最近の学説では高野山への蟄居も切腹も命じていなかったとする説も出ています。秀吉の取った常軌を逸した処置は、ドラマにもあった様に勝手に切腹された事に対する反動からでたものとも言われます。このあたりは諸説があってはっきりしないところですね。

いずれにしても、豊臣家は拾を後見すべき唯一の成人男子を失ってしまった事になり、また秀吉の取った凄惨な処置は豊臣政権の人気を一気に冷えさせるものともなりました。秀次の死は豊臣家にとって、とても大きな影響を与えたのでした。

なお、源次郎との関係はと言うと、確かに秀次付きの役回りとなっているので無関係ではなかったと思われますが、事件後に何らかの処罰を受けたという事は無く、事なきを得たという事は確かです。どんな活躍をしたかまでは判らないのですけどね。

次回は秀吉に死の影が忍び寄る様ですね。どんな物語が語られるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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2016.07.16

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~清水寺 7.10~

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東山散策の最後は清水寺です。この時間帯はやはり拝観者も少なめ、それも修学旅行生が主体でした。

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この日初めて気がついたのが瑞雲青龍の像です。昨年の12月に清水寺門前会の20周年を記念して建てられたものだそうですが、ずっと気付いていませんでした。何度も行っているのに、いい加減なものです。青龍会の時には、良いアクセントとなる事でしょうね。

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本堂に置かれているふれあい観音は、優しげな眼差しで座っておられました。見る度に触れずにはいられない、親しみを覚える仏様です。

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この景色を見る度に、いつまで見られるのだろうと思ってしまいます。修理が予定されているのは、本堂の屋根の葺き替え、東側庇部分の解体修理などですが、一度始まると相当な長期間になる事でしょうね。まだ予定は立っていない様ですが、行かれるなら今のうち、なのかな。

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轟門の修理が終わり、この景色が蘇ったのは嬉しい限りです。この青もみじも綺麗ですけど、秋の紅葉の時が今から楽しみです。綺麗に色づいてくれると良いのだけどな。

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2016.07.15

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~三年坂 7.10~

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しだれ桜の緑もすっかり濃くなった三年坂です。この時間帯に目立つのは修学旅行生、動き始めるのが外国人観光客よりも早いのでしょうね。

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坂の下の石碑には、綺麗なツタが匍っていました。このまま秋まで無事なら鮮やかな紅葉が見られるのですが、大抵は根元から切られてしまいます。それでも毎年芽を出すのですから、よほど頑健な性質なのでしょう。

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いつも真っ先に店が開いているのがひょうたん屋さん。テレビにも良く出ているので、このあたりでは一番有名な店なんじゃないかしらん。のぞき猫の三体目は無く、まだ入院中の様でした。

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中には軒下にノキシノブが生えた店もあります。こうしてみると、あたかも三年坂が緑深い場所の様に思えてきますね。通り過ぎるだけでなく、少し目線を変えてみると、また違った姿が見えてきますよ。

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2016.07.14

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~二年坂 7.10~

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早朝の誰も居ない二年坂です。昼間の混み合った光景からは想像も出来ないすっきりした景色ですね。

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四季に応じて表情を変える二年坂ですが、今は木槿が咲いています。花期の長い花ですが、印象としては夏の花ですよね。

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木槿は一日花で、夕方には散ってしまいます。それに昼間だと人混みで花どころではなくなってしまうので、やはり朝早くがお薦めかな。夏の風情を感じに、二年坂を訪れて見られては如何ですか。

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2016.07.13

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~八坂の塔 7.10~

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7月の梅雨の晴れ間、東山界隈を訪れて来ました。時間と共に暑さ、日差しが強くなるのは判っていたので、早朝に出かけて来ました。

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まず訪れたのは八坂の塔です。この道も随分と店が増えて雰囲気が変わりましたね。何年も前の話だけれど、このあたりにマンションが建つという話があり、どうなるのかと懸念したのを覚えています。結果は事なきを得たのですが、マンションが建つ事を思えば、店が増えるくらいはどうという事はないかな。

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この写真も定番の構図ですが、一つ気付いたのは文の助茶屋さんの角にあった黒いポールが無くなっている事です。たぶん、電線地中化以前の引き込み線用のポールだったと思うのですが、写真を撮る度に邪魔だなと思っていました。それを取ってくれた訳で、嬉しい処置ですね。

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百日紅は今年も健在で、綺麗な花を見せてくれていました。店は新しくなりましたが、花は大事にしてくれている様で、嬉しい事だと思います。

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2016.07.12

京都・洛南 蓮2016 ~東寺 7.10~

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平成28年7月10日の東寺です。この日は蓮が満開になっていました。

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いつもは東門から入るのですが、この日は南大門から入ってみました。正面に見えるのは金堂、東寺の本堂ですね。安土桃山時代の再建で、屋根の中央の切り上げが印象的です。東寺における数多くの国宝の一つです。

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蓮が咲いているのは、宝蔵を取り巻く堀の中です。ほとんど水面も見えないほど蓮が茂った中に、一面に蓮が咲いている様は、一見の価値ありですよ。

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咲いているのは八重が多いですが、一重も咲いています。まだつぼみも沢山あったので、もう暫くは楽しめると思いますよ。

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2016.07.11

祇園祭2016 神用水清祓式

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京都は祇園祭の季節を迎えています。昨日10日は神輿洗いが行われましたが、それに先立ち午前中には神用水清祓式が行われました。

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神用水清祓式は、神輿洗いに使う御神水を鴨川から汲み上げ、お清めを行うという儀式です。ところが私、これを失念してしまうという失態をやらかしてしまったのですよ。思い出して四条大橋に着いた時は川から水を汲み上げた後でした。やむなく儀式だけを見て、御神水の写真を撮ってきたという次第です。

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今は清流を取り戻している鴨川ですが、私の子供の頃はとても濁った汚れた川でした。神輿洗いに鴨川の水を使うと聞いても、あんなに汚れた水を使って良いのかなと疑問に思ったものでした。今の水なら神輿も綺麗になるとしたものですが、隔世の観がありますね。今後以前の様に戻る事はないでしょうけど、いつまでも清流を守って欲しいものだと思います。

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2016.07.10

真田丸 第27回「不信」

大坂城。改めて源次郎に秀次付きになれと命じる秀吉。

自分も関白付きが良いなと長泰。

聚楽第。太閤殿下は自分を関白にした事を後悔しているのではないかと秀次。考えすぎと源次郎。自分は若君が元服するまでの繋ぎだと思っている、その事は叔父上に伝わっているのかと秀次。心配ならばご自分で伝えられては如何と源次郎。

大坂城。訪れた秀次を出迎える寧。宇治十帖が手に入ったと秀次。

若君の名を拾と名付けた秀吉。若君が次の関白になられるまで、自分がしっかりと守っていくと秀次。その秀次を廊下に呼び出す秀吉。

年が明けたら日の本を五つに分ける、そのうちの一つを拾にやって欲しいと秀吉。関白になれば全てが拾のものとなると秀次。そんな先の話では無い、拾が自分の言葉が判る様になったら、ここがお前の国だと行ってやりたいのだと秀吉。困惑する秀次。

別室。源次郎に秀次の側室にならないかと誘われたと告げるきり。それは目出度いと源次郎。まずは源次郎の気持ちを確かめてからときり。だからお目出度うと源次郎。初恋の女が余所の男のものになっても良いのかときり。初恋の女?と源次郎。自分を指さすきり。知らなかったと源次郎。止めるなら今ですときり。お前は殿下の側室になるべきだと源次郎。ずっと待っていたのにと飛び出していくきり。

京、真田屋敷。徳川家を辞した信伊。太閤と関白の間はどうなっていると信伊。いずれ衝突する日が来ると見ていると昌幸。周りが思っているほど仲は悪くないと源次郎。

聚楽第。叔父上が拾を攻め滅ぼすと考えられた事が一大事と秀次。

宇治十帖を受け取りに来たきり。応対するたか。側室になるのかとたか。まだ返事はしていないときり。あまり勧められない、波のある人だからとたか。

大坂城。秀次の1歳になる娘を拾に嫁がせようと考えた秀吉。

熱海。なぜこの様な大事な事を勝手に決めてしまわれるのかと秀次。太閤殿下は能が好き、殿下も能を倣われては如何と秀保。

秀家に能を習う秀次、秀保、秀秋。様子のおかしい秀秋。彼は小早川家に養子に出される事になっていました。これからやっかい払いが始まる、次は私の番だと秀次。自分は太閤殿下の命に従うのみと一喝する秀家。その言葉に、稽古を再開する秀次。

吉野、吉水院。一族を挙げた宴。舞台裏で倒れた秀保。急遽代役が回ってきた源次郎。

能舞台。舞い始めた秀次。最初は上機嫌で見ていた秀吉。しかし、能面を外した演者が秀次である事を見て、次第に機嫌が悪くなっていきます。それに輪を掛ける下手な源次郎の謡。

秀吉の前に挨拶に訪れた秀次。その秀次を叱り飛ばす秀吉。関白には他にするべき事があるはず、だから公家衆に舐められるのだと秀吉。そして、源次郎に下手くそと八つ当たりをする秀吉。源次郎は急病で倒れた秀保の代役なのですと秀次。お前達は揃いも揃って何をやっておるのだと怒りが収まらない秀吉。

別室。秀次に、もっと自信を持て、これからの豊臣を引っ張っていくのだからと寧。自信など持てるはずもないと秀次。それなら持てるようにするしかない、逃げていては何時までもいまのままと寧。どうすれば良いのかと秀次。あの人は、秀次が堂々としていればそれで良い、とりつくろう事は何も要らないと寧。

夜、酒宴の席。遅れてきた三成。源次郎に官位を授けてやろうと秀吉。逡巡する源次郎。従五位の下ではどうだと秀吉。兄をさしおいて位を頂く事は出来ないと源次郎。お前は兄にも官位を与えよと申しているのかと秀吉。源次郎は分不相応だと申している、その言い訳に兄の事を持ち出したのではと三成。兄にも同じ官位をやれば良いのでしょうと茶々。杯を源次郎に投げつけ、わしがやると言っているものを素直に受ければ良い桃ものを、策を弄して兄弟揃って官位をせしめようとは、なんたるあさましさと秀吉。

そこに割って入った秀次。太閤殿下は思い違いをしている、官位を授けるのは関白の仕事、源次郎に官位を与えるかどうかは私が決める事と秀次。そして改めて源次郎に、従五位下を授ける、兄については良く調べた上で相応しき者なら従五位下を授けると秀次。よくぞ申した、それでこそ関白じゃと笑う秀吉。

沼田城。稲に京に行くと告げる源三郎。行くのは嫌だと稲。大名の妻の勤めだと源三郎。

浜松へ帰ると言い出した稲。もっと辛い思いをしている者もいる、なんとしても乗り越えねばと諭すこう。

聚楽第。叙任された源次郎と源三郎。源次郎は従五位下佐衞門佐、源三郎は従五位下伊豆守でした。

秀次に礼を言う源次郎。聚楽第をもっと豪勢にしようと思う、明や朝鮮の使節が腰を抜かすほどにと秀次。

大坂城。秀吉に叙任の礼に参上した昌幸親子。その場で、叙任にあたって、源次郎が兄をさしおいて受ける事は出来ないと言った事をばらし、弟に頭が上がらないなと秀吉。

伏見城の普請の手伝いを命じられた昌幸。本来は自分の隠居城だったが、公家の接待や明の使節の応対に使う必要が出来た、秀次を手伝ってやるのだと秀吉。そして、海の向こうの敵に備えて、難攻不落の城に作り替えて欲しいと秀吉。かしこまりましたと昌幸。

別室。叙任の件を知っていたのかと昌幸に食ってかかる源三郎。知っていたと昌幸。また自分だけが蚊帳の外かと源三郎。太閤に口止めしたのではなかったのかと昌幸。忘れられた様ですと源次郎。しかし、いずれ知れる事、その時私がどう思うか考えてくれなかったのと源三郎。良いではないか、伊豆守とは大したものだと昌幸。返上出来るものなら返上したいと源三郎。貰えるものは貰っておけば良いのだと昌幸。弟の情けでもらっても少しも嬉しくは無いと源三郎。殿下が調べてそれに相応しいと判断されたからの事と源次郎。伏見城の事はお前がやってみろと昌幸。太閤殿下は父上に命じられたのだと席を立つ源三郎。

源三郎の事はまかせておけ、だから伏見城の事は頼むと昌幸。

そこに現れた秀次。伏見城の図面を見て、謁見の間、評定の間とあるのを知り、秀吉が伏見城で政をするつもりかと勘違いをする秀次。

秀吉に謁見し、太閤殿下の心遣いが全て裏目に出ている、一度直接お話になって下さいと願う源次郎。すべてはあやつの心の弱さから出ている、あやつが強くならないかぎり、会っても話す事などないと秀吉。

一七歳で他界した秀保。

葬儀は隠密に済ませよ、事を大きくしてはならぬと秀吉。

何故太閤殿下はその様にお怒りをと源次郎。今年で拾は3つになられた、鶴松が亡くなられた年だ。そんな不吉な年に亡くなった事が許せなかったということだと三成。

秀吉にせめて見送ってやってはどうかと食い下がる寧。あいつの罪は二つ、一つはこの年に死んだ事、もう一つは将来拾のために力を尽くせなくなった事だと秀吉。

戦慄する秀次。

聚楽第から姿を消した秀次。

大坂城。廊下を行くきり。そのきりを呼ぶ声。声の主は浪人姿に身をやつした秀次でした。


今回は源次郎と源三郎の任官、そして秀吉と秀次の確執が描かれました。今回も史実と独自の創作を交えた回でしたが、秀次との確執については新しい解釈が提案されていたと思います。従来は秀次を邪魔者に思った秀吉が次第に秀次を追い詰めていくという筋書きが多かったと思いますが、このドラマでは秀次を頼みとする秀吉が良かれと思ってすることごとくが裏目となり、秀次が一方的に追い詰められるという展開を辿りました。秀次については諸説がありますが、案外このドラマの筋書きが正鵠を得ている様な気がします。

源次郎と源三郎の叙任については史実ではありますが、経緯は全くの創作です。豊臣政権では各大名を統制するために序列付けを行っており、真田家は諸太夫成に位置づけられました。これは四位、五位の位に就ける家格であり、それに従って二人が叙任したという訳ですね。そして、ドラマではナレーション的に流されましたが、同時に豊臣姓も貰っています。つまり、これは兄弟喧嘩などではなく真田家が豊臣政権に組み込まれたという事を示しているのですね。

なお、伏見城の普請については、確かに真田家は手伝いを命じられていますが、人夫や資材を提供しただけであり、縄張りにまで口だしをしたという事はありません。

次回は秀次の最後が描かれる様ですね。どんな最後が描かれるのか、見所がいろいろありそうです。


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2016.07.09

京都・洛中 巴の庭 ~本法寺~

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梅雨の晴れ間、本法寺にやって来ました。ここに来たのは二つの花を見るためです。

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一つはこの紫陽花です。本法寺には、山門を入ったところにひと群の紫陽花があり、毎年綺麗な花を咲かせてくれます。今年もそろそろ見頃かと思って行ってみたのですが、ぴったりのタイミングでした。

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もう一つは、巴の庭の蓮だったのですが、こちらは残念ながらつぼみが一つあっただけでした。どうもここの蓮には、上手く出会う事が出来ないのですよね。

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ところで、巴の庭の名の由来は、三つの巴型の築山がある事から来ているとは聞いていたのですが、具体的にはどこを指すのか良く判っていませんでした。そうした声が多かったのか、寺のパンフレットに説明書きが追加されました。それに依れば、ここが一つ目の巴になります。そう言われれば、巴に見えなくもないですね。

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二つ目は石組みのある一帯で、これは大きく見ないとそれと判らないですね。どうしても石組みに目が行ってしまうものなあ。

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三つ目はここだそうですが、今はほとんど判りません。その気になって見ればそんな気もするという感じでしょうか。でも、説明書きのおかげで、この庭の由来が良く判るようになりました。次に行くのはたぶん紅葉時分だと思いますが、巴を意識して見るとまた違った趣に映る事でしょうね。

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2016.07.08

京都・洛中 蓮2016 ~相国寺 7.2~

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相国寺の放生池は、知られざる蓮の名所です。池の中とその周辺に数多くの鉢植えが置かれており、今の時期には綺麗な花を見る事が出来ます。

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以前は高いフェンスに囲まれて見えにくかったのですが、今は上半分が取り除かれ、見通しが良くなりました。

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種類が多く、様々な花が楽しめるのが嬉しい場所ですね。難点は小さい花が多く、フェンスの外からでは見栄えがしない事でしょうか。

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写真を撮るにも望遠レンズが必要で、300㎜でも足りないかな。まあ、足りない分はトリミングすれば良いのですけどね。盛りはまだこれからで、種々の花を楽しめる事でしょう。そのぶん、一度に咲く事はない様ですけどね、一つ一つの花を愛でるつもりで行かれる事をお勧めします。

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2016.07.07

京都・洛中 立葵2016 ~相国寺 7.2~

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梅雨の時期の花としては、立葵があります。この花が見られるのは相国寺で、弁天堂前の植え込みの中で咲いています。

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ほとんどが赤なのですが、今年は白の花が咲いていました。ここで白花を見たのは初めてではないかしらん。新しく植えたのかな。

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ただ、全体として生育は悪く、咲いているのは数本だけです。何本かは倒れていたし、茎そのものが伸びていない感じでした。毎年楽しみにしているのですが、どうしてしまったのでしょうね。

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その立葵の間にアザミが咲いていました。棘のある雑草ではありますが、花そのものは綺麗なものですね。意図して植えられたものではないでしょうけど、ちょっと得をした気分でした。

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2016.07.06

京都・洛東 蓮2016 ~西雲院 7.2~

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黒谷の蓮の名所と言えば西雲院があります。少し奥まった場所にあるせいか訪れる人は少ないのですが、蓮の鉢植えの数はなかなかのものですよ。

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蓮が置かれているのは本堂前で、数多くの種類の蓮が栽培されています。この日咲いていたのは二輪だけでしたが、最盛期になれば毎日違った花が見られる事でしょうね。

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場所は会津墓地の前で、むしろ真如堂から行った方が近いです。真如堂に行かれたら、少し足を伸ばして寄ってみられると良いですよ。

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ここには何度も訪れているのですが、この日初めて気がついたのがこの紫雲石でした。法然上人がこの石の上に座り念仏を唱えたところ、辺りに紫雲が立ちこめたという謂われがある石で、金戒光明寺がここに築かれる元になった由緒あるものですね。たぶん、由緒書きが以前には無かったのではないかな。今更ながらこんな石があった事を知ったのは収穫だったと思います。

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2016.07.05

京都・洛東 蓮2016 ~黒谷 7.2~

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真如堂から黒谷へとやって来ました。ここでも蓮の花が咲いていました。

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蓮が咲いているのは極楽橋の下の池です。熊谷直実が出家を決意した時に鎧を洗った事から、鎧池とも呼ばれます。

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咲いていたのは数輪ですが、つぼみが沢山あったので、見頃はまだこれからなのでしょうね。小さな池ですから、咲きそろうとそれなりに見応えがありそうですよ。

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2年前だったかな、植え替えられた三代目の熊谷直実鎧かけの松は、それなりに落ち着きが出てきた様です。先代の様に立派な松になるにはまだまだ時間が掛かるでしょうけど、伝説を継承する松として、元気に育って欲しいですね。

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2016.07.04

京都・洛東 蓮2016 ~真如堂 7.2~

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今年の梅雨はメリハリが利いているというか、晴れか雨の両極端ですね。豪雨に見舞われたところも多く、被害に遭われた方には心よりお見舞い申し上げます。

さて、真如堂を訪れた7月2日は梅雨の合間の晴れの日にあたり、夏空が広がる暑い日でした。

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ここ真如堂では三重塔の雨漏りの修理が行われています。この足場はそのためのもので、ちょっと珍しい光景ですね。この日は瓦屋さんが作業をしていたのですが、やっと補修の方針が決まったという事かしらん。早く無事に修理が終わると良いですね。

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真如堂では、塔頭の入り口に蓮の鉢植えが置かれていたりするのですが、この日咲いていたのは真如山荘の前でした。ただ、咲いていたのは良いのだけれど、あまりに高い位置に咲いているので見上げる事しか出来ません。もしかしたら、肥料が効きすぎているじゃないかしらん。

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花は赤と白で、一輪ずつ咲いていました。まだつぼみはあったので、もう暫くは見る事が出来ると思いますよ。

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紫陽花苑の紫陽花もまだ咲いていました。でも、剪定作業も行われており、もうすぐ見納めになりそうです。また来年、さらにパワーアップした紫陽花苑を見られる事を楽しみにしたいです。

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2016.07.03

真田丸 第26回「瓜売」

鶴松を亡くし、関白の座を秀次に譲り、太閤となった秀吉。引き続き秀吉の側近くに仕える事になった源次郎。

関白となった事で張り切る秀次。

居並ぶ側室たちにきりを引き合わせた秀次。側室になる事を承知したかの様に振る舞うきり。

唐入りを宣言する秀吉。

殿下はおかしくなってしまったのではと吉継。秀吉は泰平の世を続けるために唐入りをなさるのだと源次郎。

名護屋に全国の大名を集めた秀吉。真田もその一員でした。

親子で語らう真田一族。清正の誘いと忠勝の誘いがバッティングし、弱る源三郎。

家康を前に上機嫌の忠勝。旅の疲れで全身の震えが止まらないと仮病を使う源三郎。後でもう一度顔を出せと忠勝。

清正との宴。酒の臭いを気にする源三郎。清正の趣向でなだれ込んできた女達。白粉の臭いを気にする源三郎。

再び忠勝の宴。熱は下がったかと上機嫌の忠勝。

真田の郷。側室になる事を切り出したきり。関白にでも見初められたのならまだしもと、けんもほろろの内記。その殿下に見初められたのです、しかし、お断りしますときり。

名護屋城。軍勢の渡海の準備に忙しい三成と吉継。真田は後詰めに回されました。

天正20年3月、海を渡った秀吉軍。

名護屋城に入った秀吉。初戦の勝利に気をよくする秀吉。

名護屋城に現れた茶々。ご機嫌を伺う源次郎。そこに通りかかった春。それは吉継の娘でした。

朝鮮に渡った吉継と三成。

聚楽第。側室が懐妊した事を喜び、その子が男子である事を願う秀次。側室の件は今少しと先延ばしにするきり。

二度目の懐妊をした茶々。

膠着状態に陥った朝鮮の戦況。

病没した秀勝。

嬉しくない知らせばかりに苛立つ秀吉。景気づけにやつしくらべを思いついた秀吉。

あじか売りになる家康。瓜売になる事を決めた昌幸。「味よしの瓜、めされそうらえ」と楽しそうに歌う昌幸。

男子が生まれた秀次。その事で怖じ気づく秀次。

生後わずかでこの世を去った秀次の子。

自分の子が死んだ事でほっとした事を、不甲斐ない父親だと嘆く秀次。

太閤主催の仮装大会。稽古に励む昌幸。自分もやらねばなりませぬかと源三郎。これも戦だと昌幸。

そこに駆け込んできて、秀吉も瓜売に扮する、しかも昌幸の方が上手いと知らせに来た源次郎。なんたる事だと昌幸。

昌幸の芸を見て、これは殿下に恥をかかせるだけだと且元。ならばあちらに出し物を変えて貰うまでと昌相。

家康にとりなしを頼む源三郎。それは無理、昌幸に折れて貰うしかないと家康。

秀吉に見えるように瓜売を演じてみせる昌幸。それを見て、諦めるどころか闘志を燃やす秀吉。

弱った昌幸は、ついに仮病を使います。

上機嫌で瓜売を楽しむ秀吉。その声を遠くに聞きながら、味良しの瓜とつぶやく昌幸。

優勝した秀吉。周囲に祝福され、上機嫌の秀吉。そこに入ったとり危篤の知らせ。

秀吉に帰国を願い出る源次郎。戦が終わるのを待つまでも無い、すぐにでも立てと秀吉。真田が帰ったとなると士気に関わると且元。とっくに士気など下がっていると秀吉。

上田城。とりの周囲に集まった真田の一族。久しぶりに源次郎に対面した末。しかし、末は源次郎に懐こうとはしません。

母を力づけようと瓜売の芸を披露する昌幸。うるさいととり。

源次郎と源三郎を連れて行くとり。これからの真田を率いていくのはお前達、たとえ離れ離れになっても真田はひとつ、真田の家をこの地を守り抜けととり。泰平の世に何をすれば良いのかと源三郎。先のことは判らぬととり。生まれてくるのが遅かったのかと源次郎。己が宿命に気付くか気付かぬかだととり。

文禄2年8月1日、とり死去。

二日後、秀頼誕生。


今回は秀吉の朝鮮出兵が描かれました。朝鮮出兵については、本来は明国へ攻め込む事が目的で、朝鮮にはその道案内を命じたのですが、明国を宗主国と仰ぐ朝鮮はこれを断ってきたため、まず朝鮮へと攻め込む事になったのです。

二度に渡る朝鮮の役は豊臣家の屋台骨をきしませ、その滅亡のきっかけになったとされますが、なぜ行われたのかははっきりと判っていません。信長の構想を引き継いだとする説、秀吉が自ら三国の盟主となりたかったとする説、ドラマにあった様に国内戦が終わった後その軍事力を国外に逸らせるために行ったとする説、スペイン等西洋に対抗するために攻め込んだとする説など諸説が唱えられています。戦後不況を防ぐためだったとする説もありましたね。何にしても、その相手とされた朝鮮にとっては、迷惑この上ない事でした。

出兵したのは西国、九州の大名が主で、家康など東国の大名は後詰めとされていました。真田氏も同様で、名護屋には在陣してものの、おそらくは渡海していないと思われます。

初戦は連戦連勝であっと言う間に明国との国境近くにまで攻め込んだのですが、明国が加勢するに及んで戦況は膠着状態となってしまいます。

その厭戦気分を何とかしようと企画されたのがやつし比べでした。ドラマにあった様に諸大名が庶民に扮する仮装大会が開かれたもので、周辺の畑の中に仮設の小屋が建てられ、大規模に催されました。家康が扮したのはドラマにあったようにあじか(籠)売りで、秀吉は瓜売でした。共になかなかの出来だった様で、評判を取った様です。

秀頼の誕生については、秀吉の実子ではないとする説もあります。ドラマでは名護屋城に来ていた茶々ですが、実際に来ていたのは別の側室(龍子)だというのですね。大坂城に居た茶々が秀吉の子を懐妊するはずもなく、実際秀吉は茶々を叱りつける手紙を送り、関係者を処分していると言います。このあたりも諸説があってはっきりしませんが、ドラマではあくまで秀吉の子として扱われる様ですね。

少しドラマの設定として疑問に思ったのは、吉継がなぜ唐入りなどするのかと訝った事で、以前からこの構想があった事は吉継自ら源次郎に話しをしていたはずです。なぜこの期に及んで、疑問を口にしたのかしらん。誰かに言わせないと済まなかったのかな。

次回は秀頼誕生後の秀次について描かれる様です。源次郎と源三郎の間にも不協和音が生じる様ですね。どんな人間模様が描かれるのか楽しみに待ちたいと思います。


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2016.07.02

京都・洛東 蓮2016 ~智積院 6.26~

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智積院で蓮が咲いています。東福寺もそうだったけれど、今年も蓮の進行は早いですね。

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蓮池は明王殿の北にあり、ごく小さい池なのですが一面に蓮が茂っており、それなりに見応えがあります。

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ここは以前は赤の蓮が咲いていたのですが、数年前に一度全滅し、その後新たに植えられたのが今の蓮です。新しい蓮には、非常に美しい品種が選ばれたものですね。つぼみは沢山あったので、まだまだこれから見頃を迎える事でしょう。

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この寺のシンボルとも言えるのが桔梗なのですが、どういうものか以前ほどの勢いがありません。参道の入り口や植え込み内に咲いているのですが、雨に打たれて倒れてしまったのか、入り口の桔梗はヒモで支えられていました。ちょっと寂しい姿なのが残念ですね。

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紫陽花は、金堂北側で見頃となっていました。前回来た時はあまり咲いておらず、今年は駄目なのかなと思っていたのですが、嬉しい見立て違いでした。東側より日当たりが悪い分、遅く咲くのかしらん。年期が入っている分風情が感じられて、良い一時を過ごす事が出来ましたよ。

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2016.07.01

京都・洛東 蓮2016 ~勝林寺 6.26~

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東福寺からの帰り道、勝林寺に立ち寄ってみました。ここでも蓮が咲いているかと思ったからですが、期待通りに花を見る事が出来ました。

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勝林寺は毘沙門天を祀る寺として知られます。北を守る仏神であり、東福寺の北の守護神とも言われます。普段は一般公開はしていないのですが、何年かに一度特別公開が行われています。私も7年前の冬の旅で訪れて、毘沙門天を拝観しました。

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もっとも、普段でも8人以上で予約すれば拝観は出来る様ですね。修学旅行生などには丁度良いかも、です。毘沙門天は一見の価値ありですよ。

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また、体験座禅会や写経も行われています。そのせいなのかな、あまり知られていない寺だと思うのですが、結構な数の拝観者が来ていました。花は、蓮の他にも百合や紫陽花が咲いており、境内を一回りするだけでも立ち寄る価値はあると思いますよ。

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