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2016.06.26

真田丸 第25回「別離」

淀城。危篤状態となった鶴松。

利休の祟りではないかという噂があると長泰。

切腹する利休。

回想。利休に小田原城から持ち帰った鉛の板を示す吉継。これを北条に売りつけたとなれば由々しき事と三成。小田原城の蔵に山とあったと源次郎。源次郎の話を殿下がどれだけ信じるかだと利休。

秀長に訴える吉継たち。これが最後の奉公になると秀長。

秀吉に利休の害を訴える秀長。ひとまず預かると秀吉。豊臣家の為には、誰か一人に力が集まるような事があってはならないと秀長。

天正19年1月22日、秀長没。

鶴松なき後の相談をする吉継と三成。

回想。大徳寺山門。利休の像を見て、これは利休が置くように命じたのかと問う吉継。正直もてあましていると大徳寺の僧。

追い落とせるなとら多少手荒な事をしても構わないなと吉継。うなずく三成。

大徳寺の山門の真上に利休の像がある、その下を潜る時、知らぬ間に利休の足の下を通っていた事になると秀吉に訴える三成。どうすれば良いと秀吉。堺の自宅に蟄居させるのが良いと三成。良きようにせよと秀吉。

利休に京からの追放と堺での蟄居を命じる三成。鶴松病気平癒の為の献上金を差し出す利休。それとこれとは話が別徳川三成。殿下のお達しはまだある、半月ののち切腹を申しつけると吉継。見張りを命じられた源次郎。献上金を引き取り、金を無駄にしたら罰があたると利休。

利休の事は忘れろ、祟りなど無い、もし祟られるならこの自分だと吉継。

回想。堺の茶室。自分一人の為に三千人の兵がいるとはと利休。未だ北条の一件は信じられないと源次郎。自分は商人の家に生まれ、金が人を動かす事を知った、そして戦は儲かると利休。金で人の心を動かす事は業が深い、それゆえ自分は茶を点てる、ここまで茶を極める事が出来たのは自分の業が深い故と利休。

何故、あの様な像を作られたかと源次郎。あれで足をすくわれた、一言で言えば宿命と小さく笑う利休。

見舞いに現れた昌幸。薬草を持参した薫。有り難く受け取る且元。煎じ方が難しいので手伝うと薫。自ら煎じると且元。

実のところ鶴松の容態はどうなのだと昌幸。三成から口止めされていると源次郎。佐助に探らせる昌相。

沼田城。城主となった源三郎。頼綱に手を焼く源三郎。

稲にも手を焼く源三郎。

こうに癒やされる源三郎。

上田城。とりを見舞う松と茂誠。岩櫃城を任された茂誠。

淀城。見舞いに訪れた秀次。一緒にでんでん太鼓を持ってきたきり。

北政所にでんでん太鼓を渡すきり。落首の件を考えると、関わった医者たちがどんな目に遭うか心配だと源次郎。捨が病勝ちになったのはあんたが罪の無い人を苦しめたからだときつく言っておいたから大丈夫だと北政所。

利休の祟りではないかと茶々が心配していたと大蔵卿局。それは無いと源次郎。あの方の死に茶々もいささか関わったからだと大蔵卿局。

回想。利休を父親の様に慕う茶々。その茶々に自分の像を差し出す利休。欲しかったのはもっと小さい物だった、茶を点てる時に側に置いておくつもりだったと茶々。注文の時に寸法を間違えた、捨てるのも不憫でどうしたものかと利休。最近山門を寄進した大徳寺に預けてはと茶々。

これで繋がったと源次郎。祟りで無ければ良いのですがと大蔵卿局。

茶々が怖い、みんなを不幸にしているときり。悪気は無いのだと源次郎。だから余計に怖いときり。

薬を煎じている薫と且元。肝心の汁を流してしまった且元。唖然とする薫。まだこれがあると、少しだけ残った薬草を握りしめる且元。

領地から駆けつけた清正と正則。願掛けで水垢離をする、つきあえと清正。断る三成。

夜食の差し入れに現れた家康と正信。

秀吉はいったい幾つ城を持つつもりかと家康。茶々を淀殿と呼ばれる方もあるとかと正信。

水垢離をする清正と正則。そこに現れ、自らも水垢離に加わる三成。

集まった豊臣一門。一門の結束をと願う三成。

秀吉は55、もう子はできまいと昌幸。

鶴松が居る事で豊臣の世が続くと誰もが思っていたと家康。

ところが鶴松の死によって流れが変わったと昌幸。ひょっとしたら秀吉一代で終わるかも知れないと人は思い始めると昌相。

見方によっては鶴松が生まれる前に戻っただけにも見える。しかし、秀吉は年々老いていると家康。

今のところ後を継ぐのは秀次。決して愚鈍な男ではなさそうだがと昌幸。

秀吉に比べればひ弱に過ぎる、さぞ荷が重い事だろうと家康。

わしの読みが当たりそうだ、豊臣の世はと昌幸。

そう長くは続かない、もう間もなくだと家康。

殿下を支えるのはこの私だ、いずれは関白となりこの国を支える事になる、きりにはその自分を支えて欲しいと秀次。この様な場で話す事ではときり。関白になった時にもう一度話そうと秀次。お気持ち嬉しゅうございますときり。

やっと出来た薬を昌幸に見せる且元。おお出来たかと口にする昌幸。あっと驚く且元。今のが全てですと薫。わしが元気になってどうすると昌幸。また手に入ったら改めて参りましょうと薫。

容体が急変した鶴松。独り部屋を出る秀吉。

鶴松の木馬の前に座り、鶴松は何のために生まれ、何のために死んでいくのだと秀吉。良くない事を口にするとそのとおりになると言います、今は良い事だけを考えましょうと源次郎。

天正19年8月5日、鶴松の死。

ふらふらと部屋を出る茶々。そっと後を追う源次郎。

鶴松の枕元で、でんでん太鼓を鳴らす秀吉。

鶴松の側に居なくて良いのかと源次郎。だって死んでしまった、横に居ても仕方が無いと茶々。みんな死んでしまう、私の大事な人たちと茶々。

茶々の前に現れ、茶々を抱きしめる寧。泣き崩れる茶々。


今回は利休と鶴松、さらには秀長の死が描かれました。どれも豊臣家に大きな影を落とした出来事で、崩壊への序章となったのでした。

利休と秀長は共に豊臣家を支えた人物で、表向きの事は秀長に、内向きの事は利休に相談せよと言われていました。その二人を相次いで失った豊臣家は調整役を失った事になり、迷走を始めたのですね。

利休が利敵行為をしていたというのは創作で、どう考えてもばれるに決まっている事をするはずもありません。しかし、源次郎が利休を追い詰めるには必要な設定だったのでしょう。

大徳寺山門に利休の像を置いた事が切腹の理由とされるのは古くから言われている事です。実際、利休の首は一条戻橋に晒されたのですが、その際、利休の像がその首を踏みつける様に置かれたと言われます。それほど秀吉の怒りが強かった現れなのでしょうけど、利休の像を作ったのは恩を感じた大徳寺の僧であり、山門に置いたのも大徳寺の判断で、利休の意思ではありませんでした。本当の理由は別にあると思われ、様々な説が唱えられていますが、はっきりとした事は判りません。

ドラマとしては、豊臣家を懸命に支えようとする吉継と三成、直情径行に行動する清正と正則、冷徹に豊臣家の将来を見据える家康と昌幸と、今後の主役たちが蠢く様が描かれました。暗い回ではありましたが、ターニングポイントとして重要な回でもあったかと思います。

次回は秀吉が朝鮮の役を始める様ですね。その中で源次郎がどんな役回りを演じるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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