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2016.06.05

真田丸 第22回「裁定」

大坂城、裁定の場。

双方の主張を述べる江雪斎と源次郎。
沼田城の成り立ちを解説する且元。
沼田城の帰趨を巡って火花を散らす江雪斎と源次郎。
真田は沼田をだまし取ったと江雪斎。勝ち取ったのだと源次郎。
実に面白いと秀吉。

休憩。昌幸の隠れている部屋。
今のところ全くの互角、徳川がどういう態度を取るか面白くなってきたと昌幸。

廊下。これは戦だ、容赦はしないと江雪斎。望むところと源次郎。こうしてやりあう事で本当の戦をしないで済むと江雪斎。

秀次に差し入れを持ってきたきり。仲良さげなきりと秀次。

捨をあやしながら裁定を再開した秀吉。

徳川は北条との和睦の条件として沼田を引き渡すと取り決めたと起請文を取り出す江雪斎。概ねはそうだと正信。同じ年、徳川は真田に沼田を安堵すると起請文を書いていると源次郎。要は徳川は両方に沼田を渡すと約束してしまった、このどちらが今も生きているかを吟味すれば良いのだと言い、後を秀次に任せる秀吉。

徳川と真田は主従、いわば親子の間でなされた約束事、北条と徳川の約束事は国と国との盟約、どちらを重んずるかは明白と江雪斎。起請文の日付は真田が先、どちらを優先すべきかは明らかと源次郎。約束にも格というものがあると江雪斎。大名と大名との間で交わされた約束も、親と子で交わされた約束も、重さに変わりない、先に交わした約束を違えてはならぬ、赤子にも判る理屈と源次郎。その言葉尻をとらえ、そなたは徳川は赤子にも判る理屈を無視して北条と盟約を交わしたと言っているのだ、徳川殿を嘘つき呼ばわりされるのかと江雪斎。言葉に詰まった源次郎。

そこに割り込んできた正信。徳川がその様な事を言うはずが無い、切り取るなら好きにせよと言ったまで、起請文にも手柄次第と書いてあるはずと正信。いつでも好きな時に取って良いという意味だと思っていたと江雪斎。苦しいなと正信。徳川殿は沼田を譲り渡すとはっきり言った、正信殿も覚えているはずと江雪斎。忘れ申したと正信。何だこれはといきり立つ江雪斎。

奪い取るにせよ、譲り渡すにせよ、沼田は真田のものと思っている証拠、語るに落ちるとはこの事と秀次。後ほど殿下のお裁きを言い渡すと三成。

廊下。正信に礼を言う源次郎。必死で戦っている若者を見ると、助けたくなるのが年よりというものと正信。

昌幸の隠れ部屋。勝ち戦だと昌幸。そこに入って来た三成。余計な事をしてくれた、算段が狂ったと三成。どういう事かと昌幸。殿下にとって大事なのは北条を上洛させる事、そのためには沼田は渡しても良いと思っておられたと三成。では、今日は何のためだったのかと源次郎。真田の立場を考えての事だと三成。ここは折れてくれぬかと三成。断ると昌幸。戦になると三成。望むところと昌幸。日の本中を巻き込んだ大戦となる三成。まさか、沼田ごときでと昌幸。その沼田が火だねとなるのだと三成。

理不尽な事は承知の上と頭を下げる三成。それを見て、沼田を引き渡しましょうと源次郎。しぶしぶ頷いた昌幸。沼田と同じだけの領地を真田に引き渡すよう徳川に掛けあうと三成。沼田に代わる土地などない、いらぬ心遣いだと昌幸。

一つだけ望みがある、名胡桃には真田家代々の墓がある。あそこだけは譲れないと昌幸。承知したと三成。

名胡桃に先祖が眠っているとき知らなかったと源次郎。でまかせに決まっていると昌幸。名胡桃さえ押さえておけば、沼田に睨みを効かせる事が出来ると昌幸。

捨をあやす秀吉。裁定案を示す三成。それで良いと秀吉。

沼田のうち三分二が北条家、三分一が真田家という形で決着した裁定。

小田原城。名胡桃が真田のものとなった事に不服を鳴らす氏政。とにかく上洛をと江雪斎。うぬは誰の家来だと氏政。沼田に一万の兵を置けと氏政。秀吉は城の受け渡しの際には千以上の兵を動かしてはならぬとおおせだったと江雪斎。二万にしようと氏政。

大坂城。氏政は戦を始めるつもりかと秀吉。名胡桃に対する押さえだろうと三成。つまらんと秀吉。

沼田城。頼綱を説得する源三郎。この城で100歳まで生きるのだと承知しない頼綱。強引に連れ出す源三郎。

天正17年11月。上田城。名胡桃城が猪俣邦憲によって落とされ、城代の鈴木主水は自害したという知らせを受け取った源三郎。出陣をとの声に逡巡する源三郎。そこに現れ、直ちに出陣をと迫る忠勝。舅殿は稲のところに行かれよ、ここは真田の軍議の場と源三郎。よう言うたと忠勝。

佐助に、京の父上に知らせよと源三郎。五日もあればと言う佐助に四日で頼むと源三郎。

小田原城。北条攻めの口実にならなければ良いのですがと江雪斎。なぜ秀吉が出てくる、これは北条と真田の諍いだと氏政。

京、真田屋敷。主水が死んだと聞き、名胡桃を北条に渡しておけば良かったと昌幸。佐助に向かって、直ちに名胡桃を奪い返せと源三郎に伝えよと昌幸。ここまで何日で来たと昌相。4日でと佐助。3日で行けと昌相。いや、2日だと昌幸。殿下に知らせるのが先、勝手に動けば真田も処罰を受けると源次郎。

聚楽第。名胡桃城奪回の許しを請う昌幸。わしに預けよ、悪いようにはしないと秀吉。

これで戦かと秀吉。その前に、もう一度文を送り、名胡桃を真田に返し、上洛するように求めると三成。それで断ってきたらいよいよ戦だと秀吉。

真田屋敷。城を奪われたのに手をこまねいているたけとは、何のために秀吉に従ったと昌幸。聚楽第は東の守りが手薄だ、攻め落とせるぞと昌相。

小田原城。秀吉からの書状を見て、何故秀吉が首を突っ込んでくると不快を示す氏政。ここは口実を与えぬためにも従うべきだと江雪斎。

大坂城、茶室。これで討伐の口実が出来たと利休。

北条征伐を命ずる秀吉。見た事も無い大軍で北条の度肝を抜いてやると秀吉。

小田原城。秀吉が攻めて来る、この小田原城がある限り負けはせぬと氏政。西国の大名がこぞってくるが、こちらにも伊達との盟約がある。後は徳川だけでも見方にせよと江雪斎に命ずる氏政。

空前の大軍勢をまとめ上げた秀吉。

駿河城。この期に及んで北条に付く訳は無い、江雪斎は追い返せと家康。


今回は沼田領の帰趨を巡る秀吉の裁定が描かれました。あたかも現代の裁判の様な経過が描かれましたが、無論創作です。ただ、実際の裁定はドラマにあったとおりで、沼田城など三分の二は北条、名胡桃城などの三分の一は真田という決定がなされたのでした。名胡桃が残されたのは真田の墳墓の地であったからという理由でしたが、これが出鱈目であったのもドラマにあったとおりです。

真田は沼田を失う代わりに徳川から替え地を貰っており、表高は従来どおりでした。つまりは秀吉は双方の顔を立つように裁いて見せたという訳ですね。ただ、沼田は要衝の地であり、その替え地とは比べものにはならなかったのも事実です。

その後、名胡桃城が猪俣邦憲によって奪取されたのもドラマにあったとおりですが、その経過ははっきりしない様です。たしかな事は城代であった鈴木主水が死んだという事で、彼が古くからの真田の家臣だったという事ですね。その割にドラマには出てこなかったはなぜなのかしらん。

北条が名胡桃を奪取した背景には、真田側からの嫌がらせがあったという事実もある様です。つまり、引き渡す領地の農民を全て他の場所に移したり、引き渡しそのものをしぶったりと、裁定に素直に従った訳ではなかったのですね。その憤りが名胡桃奪取に繋がったのではないかという指摘もある様です。

何にしても、この事件が惣無事令に違反した事は事実で、北条攻めのための絶好の口実になったのでした。次回はその北条攻めの様子が描かれる様ですね。私的には三成の忍城攻めが楽しみなのですが、どんな演出がなされるのでしょうか。源次郎の活躍も見たいところですね。

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