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2016年6月

2016.06.30

京都・洛東 夏越しの祓 ~水無月 甘春堂~

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今日は6月30日、一年の半分が過ぎた日です。その日に半年分の穢れを祓って、残り半年の無事を願うという風習が夏越しの祓です。京都の各神社でも様々な行事が行われた事でしょうね。

その日に食べる和菓子が水無月です。氷室の氷を象ったものと言われ、平安時代に貴族だけに許されていた氷の代わりに考案されたものだとか。下の白い部分は氷を表すういろう、上の小豆は邪気を祓うためのものです。

今年は東山七条の甘春堂で買ってきました。あっさりめの味なのは現代風なのかしらん。この時期ならではの美味しいお菓子です。

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2016.06.29

京都・洛東 蓮2016 ~東福寺 6.26~

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天得院を出た後、東福寺を散策して来ました。境内は緑で溢れていましたが、その中で咲いている蓮にも出会う事が出来ました。

Tofukuji1606282

東福寺の蓮はそれほど数は多くは無いですが、そこかしこに鉢植えの蓮が置かれており、一回りするとそれなりの花を見る事が出来ます。この三門前の放生池でも蓮は咲いていました。

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これがその花です。花弁の先だけがピンク色になる綺麗な花ですね。せっかく池があるのだから、もっと増やしてくれると嬉しいのだけどな。

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去年の蓮も早かったけれど、今年も展開は早いですね。この分だと見頃はあっと言う間に過ぎてしまうのかな。早い内に蓮の名所巡りをした方が良いかも知れませんね。

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2016.06.28

京都・洛東 東福寺塔頭・雪舟寺

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天得院に行く前、近くの雪舟寺に寄ってきました。ここは東福寺の塔頭の一つで、正式には芬陀院という名の寺院です。

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芬陀院は鎌倉後期に創建された一条家の菩提寺で、雪舟作の庭を持つ事から雪舟寺の通称で呼ばれます。これがその庭で、鶴島と亀島からなる鶴亀の庭ですね。長く荒廃していたそうですが、昭和14年に重森三玲氏の手によって復元され、今に至っています。

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この東庭も重森三玲氏の手によるものです。これも鶴亀の庭だそうですが、正直言ってどれが鶴でどれが亀かは判りません。どう見るのが正しいのか、解説が欲しいところですね。

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ここはおよそ9年ぶりの訪問だったのですが、静かさは変わっていませんでした。縁側に用意された座布団に座って庭を眺めていると時間が経つのも忘れてしまう、素敵な場所ですよ。


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2016.06.27

京都・洛東 桔梗2016 ~天得院 6.26~

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天得院の初夏の特別拝観が6月25日から始まっています。私は2日目の26日に行って来ましたが、既に桔梗が見頃を迎えていました。

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桔梗の寺としては先日紹介した廬山寺も有名ですが、趣は全く違います。廬山寺が整然とした印象なのに対し、天得院は奔放で野趣に富んだ印象ですね。無論どちらが良いという訳でもなく、二つの異なる庭を楽しめるというのは幸せな事だと思います。

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この日は前日にテレビなどのマスコミで報道されたせいでしょうか、結構な混み方でした。私は開門の10時少し前に行ったのですが、既に本堂内には人が溢れており、早くも帰る人たちも居ました。たぶん、開門前に大勢の人が並んだので、時間を早めて開けたのでしょうね。この窓からの写真を撮るために行列まで出来ていましたよ。

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今年の公開は7月10日までとなっています。桔梗は息の長い花ですからそうあせる必要は無いでしょうけど、終盤になると花数が少なくなってくるかも、です。綺麗な花を見るには、少し早めに出かけた様が良いかもしれませんね。

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2016.06.26

真田丸 第25回「別離」

淀城。危篤状態となった鶴松。

利休の祟りではないかという噂があると長泰。

切腹する利休。

回想。利休に小田原城から持ち帰った鉛の板を示す吉継。これを北条に売りつけたとなれば由々しき事と三成。小田原城の蔵に山とあったと源次郎。源次郎の話を殿下がどれだけ信じるかだと利休。

秀長に訴える吉継たち。これが最後の奉公になると秀長。

秀吉に利休の害を訴える秀長。ひとまず預かると秀吉。豊臣家の為には、誰か一人に力が集まるような事があってはならないと秀長。

天正19年1月22日、秀長没。

鶴松なき後の相談をする吉継と三成。

回想。大徳寺山門。利休の像を見て、これは利休が置くように命じたのかと問う吉継。正直もてあましていると大徳寺の僧。

追い落とせるなとら多少手荒な事をしても構わないなと吉継。うなずく三成。

大徳寺の山門の真上に利休の像がある、その下を潜る時、知らぬ間に利休の足の下を通っていた事になると秀吉に訴える三成。どうすれば良いと秀吉。堺の自宅に蟄居させるのが良いと三成。良きようにせよと秀吉。

利休に京からの追放と堺での蟄居を命じる三成。鶴松病気平癒の為の献上金を差し出す利休。それとこれとは話が別徳川三成。殿下のお達しはまだある、半月ののち切腹を申しつけると吉継。見張りを命じられた源次郎。献上金を引き取り、金を無駄にしたら罰があたると利休。

利休の事は忘れろ、祟りなど無い、もし祟られるならこの自分だと吉継。

回想。堺の茶室。自分一人の為に三千人の兵がいるとはと利休。未だ北条の一件は信じられないと源次郎。自分は商人の家に生まれ、金が人を動かす事を知った、そして戦は儲かると利休。金で人の心を動かす事は業が深い、それゆえ自分は茶を点てる、ここまで茶を極める事が出来たのは自分の業が深い故と利休。

何故、あの様な像を作られたかと源次郎。あれで足をすくわれた、一言で言えば宿命と小さく笑う利休。

見舞いに現れた昌幸。薬草を持参した薫。有り難く受け取る且元。煎じ方が難しいので手伝うと薫。自ら煎じると且元。

実のところ鶴松の容態はどうなのだと昌幸。三成から口止めされていると源次郎。佐助に探らせる昌相。

沼田城。城主となった源三郎。頼綱に手を焼く源三郎。

稲にも手を焼く源三郎。

こうに癒やされる源三郎。

上田城。とりを見舞う松と茂誠。岩櫃城を任された茂誠。

淀城。見舞いに訪れた秀次。一緒にでんでん太鼓を持ってきたきり。

北政所にでんでん太鼓を渡すきり。落首の件を考えると、関わった医者たちがどんな目に遭うか心配だと源次郎。捨が病勝ちになったのはあんたが罪の無い人を苦しめたからだときつく言っておいたから大丈夫だと北政所。

利休の祟りではないかと茶々が心配していたと大蔵卿局。それは無いと源次郎。あの方の死に茶々もいささか関わったからだと大蔵卿局。

回想。利休を父親の様に慕う茶々。その茶々に自分の像を差し出す利休。欲しかったのはもっと小さい物だった、茶を点てる時に側に置いておくつもりだったと茶々。注文の時に寸法を間違えた、捨てるのも不憫でどうしたものかと利休。最近山門を寄進した大徳寺に預けてはと茶々。

これで繋がったと源次郎。祟りで無ければ良いのですがと大蔵卿局。

茶々が怖い、みんなを不幸にしているときり。悪気は無いのだと源次郎。だから余計に怖いときり。

薬を煎じている薫と且元。肝心の汁を流してしまった且元。唖然とする薫。まだこれがあると、少しだけ残った薬草を握りしめる且元。

領地から駆けつけた清正と正則。願掛けで水垢離をする、つきあえと清正。断る三成。

夜食の差し入れに現れた家康と正信。

秀吉はいったい幾つ城を持つつもりかと家康。茶々を淀殿と呼ばれる方もあるとかと正信。

水垢離をする清正と正則。そこに現れ、自らも水垢離に加わる三成。

集まった豊臣一門。一門の結束をと願う三成。

秀吉は55、もう子はできまいと昌幸。

鶴松が居る事で豊臣の世が続くと誰もが思っていたと家康。

ところが鶴松の死によって流れが変わったと昌幸。ひょっとしたら秀吉一代で終わるかも知れないと人は思い始めると昌相。

見方によっては鶴松が生まれる前に戻っただけにも見える。しかし、秀吉は年々老いていると家康。

今のところ後を継ぐのは秀次。決して愚鈍な男ではなさそうだがと昌幸。

秀吉に比べればひ弱に過ぎる、さぞ荷が重い事だろうと家康。

わしの読みが当たりそうだ、豊臣の世はと昌幸。

そう長くは続かない、もう間もなくだと家康。

殿下を支えるのはこの私だ、いずれは関白となりこの国を支える事になる、きりにはその自分を支えて欲しいと秀次。この様な場で話す事ではときり。関白になった時にもう一度話そうと秀次。お気持ち嬉しゅうございますときり。

やっと出来た薬を昌幸に見せる且元。おお出来たかと口にする昌幸。あっと驚く且元。今のが全てですと薫。わしが元気になってどうすると昌幸。また手に入ったら改めて参りましょうと薫。

容体が急変した鶴松。独り部屋を出る秀吉。

鶴松の木馬の前に座り、鶴松は何のために生まれ、何のために死んでいくのだと秀吉。良くない事を口にするとそのとおりになると言います、今は良い事だけを考えましょうと源次郎。

天正19年8月5日、鶴松の死。

ふらふらと部屋を出る茶々。そっと後を追う源次郎。

鶴松の枕元で、でんでん太鼓を鳴らす秀吉。

鶴松の側に居なくて良いのかと源次郎。だって死んでしまった、横に居ても仕方が無いと茶々。みんな死んでしまう、私の大事な人たちと茶々。

茶々の前に現れ、茶々を抱きしめる寧。泣き崩れる茶々。


今回は利休と鶴松、さらには秀長の死が描かれました。どれも豊臣家に大きな影を落とした出来事で、崩壊への序章となったのでした。

利休と秀長は共に豊臣家を支えた人物で、表向きの事は秀長に、内向きの事は利休に相談せよと言われていました。その二人を相次いで失った豊臣家は調整役を失った事になり、迷走を始めたのですね。

利休が利敵行為をしていたというのは創作で、どう考えてもばれるに決まっている事をするはずもありません。しかし、源次郎が利休を追い詰めるには必要な設定だったのでしょう。

大徳寺山門に利休の像を置いた事が切腹の理由とされるのは古くから言われている事です。実際、利休の首は一条戻橋に晒されたのですが、その際、利休の像がその首を踏みつける様に置かれたと言われます。それほど秀吉の怒りが強かった現れなのでしょうけど、利休の像を作ったのは恩を感じた大徳寺の僧であり、山門に置いたのも大徳寺の判断で、利休の意思ではありませんでした。本当の理由は別にあると思われ、様々な説が唱えられていますが、はっきりとした事は判りません。

ドラマとしては、豊臣家を懸命に支えようとする吉継と三成、直情径行に行動する清正と正則、冷徹に豊臣家の将来を見据える家康と昌幸と、今後の主役たちが蠢く様が描かれました。暗い回ではありましたが、ターニングポイントとして重要な回でもあったかと思います。

次回は秀吉が朝鮮の役を始める様ですね。その中で源次郎がどんな役回りを演じるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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2016.06.25

京都・洛中 桔梗2016 ~廬山寺 6.18~

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平成28年6月18日の廬山寺です。この日は桔梗が見頃を迎えていました。

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昨年に続いて今年も植物の進行が早い傾向にありますが、桔梗も例外ではありませんでした。咲いているという情報はホームページで知っていましたが、ここまで見頃になっているとは思っていなかったです。

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この写真を撮ってから一週間、今頃はさらに花が咲き進んでいるのかな。訪れるには丁度良いタイミングかも知れませんよ。

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桔梗は本来は野の花。放っておけば奔放に伸びて草姿が乱れるはずなのですが、ここでは整然とまとまっています。支柱を添えるなどして、手間暇かけて手入れをされているのでしょうね。その甲斐あって、この雅な庭に、野の花が見事に調和しています。

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今の季節、雨が多くなりますが、この花には雨もまた良く似合います。雨音を聞きながら、しっとりと濡れる花を眺めるというのもなかなか良いものですよ。

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2016.06.24

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~法然院 6.18~

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南禅寺から哲学の道を通って、法然院にやって来ました。ここは、この涼しげな参道の風情が良いですね。

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門を潜ってすぐにあるのが白砂壇。この間を通ると身を清められるという意味があります。これはここに手水が無い代わりに作られたのだとかと聞きますね。

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なので、ここには流水紋が描かれる事が多い様です。季節によっては、これがもみじになったり、福禄寿という文字になったりもしますね。

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もっとも境内に水が無いわけではなく、池もあれば水を湛えた大きな瓶もあります。その瓶に仕掛けられているのがこの小さな滝ですね。放っておけばただ溢れてしまう水を、簡単な仕掛けで滝にしてしまうのですから、面白い事を考えたものです。

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この日は本堂で法話が行われていたのですが、時間が合わなかったため聞く事が出来ませんでした。チャンスがあれば一度は参加してみたいですね。次は大きく移動して、廬山寺に桔梗を見に行く事にします。

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2016.06.23

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~南禅寺 6.18~

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南禅寺は季節に関係なく拝観者が多いですね。この日も三門を中心に多くの人で賑わっていました。

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もみじの緑はすっかり濃くなり、夏空を思わす日差しにも耐えられる様になっています。三門の下の日陰には、その日差しを避ける人が沢山座り込んでいました。

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水路閣は相変わらずの人気で、外国の人もちらほらと見かけました。こういうレンガ作りの水路は欧米が本場だと思うのですが、外国人が日本で見るとどんな風に感じるのでしょうね。

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法堂の前には大きな沙羅の木があります。ここでは花も満開で、落花も沢山落ちていました。でも、あまり気付く人は居ないですね。私以外にはひと組の親子が写真を撮っていただけでした。

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無料で見られる沙羅の木としては、かなり立派な部類になるんじゃないかな。今年はもう盛りを過ぎてしまいましたが、沙羅双樹を見てその風情を感じたい人にはお勧めの場所ですよ。

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2016.06.22

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~天授庵 6.18~

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もみじの名所として知られる天授庵にやって来ました。もみじが主体のこの庭ですが、沙羅の木も植えられています。

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ここでも沙羅の花は満開を少し過ぎており、木の下には沢山の落花が落ちていました。枯山水の庭に沙羅の落花は良く似合いますね。

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沙羅の木は南庭に向かう途中の中庭にもあります。そこでも沢山の落花を見る事が出来ました。

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南庭に行くと、池面を睡蓮の葉が埋めていました。この緑の葉の下を錦鯉が行き来するのですが、なかなか優雅で美しいものですよ。

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ここの睡蓮は純白の花です。小さいのでぱっと見目立たないのですが、じっくりと見るととても綺麗ですよ。

次は天授庵を出て南禅寺境内を散策する事にします。

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2016.06.21

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~黒谷 6.18~

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真如堂から黒谷へとやって来ました。その通り道にあるのが栄摂院です。秋の紅葉が綺麗な事で知られる塔頭ですが、この日さつきの刈り込みがあるのにやっと気付きました。今までもみじばかりに注目していたので、盲点になっていたのですね。もう少し早く来ていれば綺麗な花を見られたのかな。来年は見逃さない様に気をつけなくては。

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黒谷の境内はがらんとしたものでした。この季節に訪れる人はやはり少ない様です。でも、その分土塀のある小径の風情を楽しむ事は出来ました。

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山門前では赤いもみじと緑のもみじのコラボレーションを楽しむ事が出来ます。ここならではの景色ですね。

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この山門には浄土真宗最初門と書かれた扁額が掲げられています。最初にこれを見た時はあれっと思ったのですが、法然上人が真の浄土宗の教えを広めた場所という意味なのだとか。予備知識が無いと、浄土真宗の寺と間違ってしまうところですね。

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黒谷でも紫陽花は花盛りでした。色とりどりの花が背後の白壁に映えて、とても綺麗でしたよ。次は南禅寺方面に向かう事とします。

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2016.06.20

京都・洛東 梅雨の晴れ間に2016 ~真如堂 6.18~

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今年も梅雨に入って久しいですが、あまり梅雨らしくはありませんね。本番はまだこれからなのかな。それでも梅雨の晴れ間は貴重で、特に青空の見える日は嬉しいものです。この日はその梅雨の晴れ間に東山界隈を散策して来ました。

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まず訪れたのは真如堂。雨雲の無い空はまさに夏空です。この日は強い日差しが注いでいました。

この写真では判り難いのですが、今の真如堂を訪れると三重塔に足場が築かれているのに気付きます。何でもこの塔に雨漏りがする事が判ったのですが、中からでは原因が突き止められず、実際に屋根に上って調査しているのだとか。上手く原因が判り、修理が出来ると良いですね。

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今の時期に見頃になるのが沙羅の花です。フェイスブックでは丁度満開となっていたのですが、少し見頃は過ぎてしまった様です。でも、花殻は沢山落ちており、この花らしい風情は感じられました。

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もう一つ見頃だったのが紫陽花です。苦沙弥和尚が丹精込められた紫陽花苑では色とりどりの花が咲き、とても綺麗でしたよ。

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境内には以前からある紫陽花も咲いていて、それもまた風情のあるものでした。梅雨の季節の真如堂もなかなか良いものですよ。

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2016.06.19

真田丸 第24回「滅亡」

小田原城。茂誠の手引きで危機を脱した源次郎。茂誠は北条の家臣になっていました。

江雪斎の案内で氏政に会った源次郎。いきなり取り押さえられた源次郎。真田にどんな目に遭わされた事か、殺せと氏政。自分は豊臣の使者として参った、後はどれだけ兵を死なせずに済むか、氏政の決断に掛かっていると源次郎。

城外の様子を聞き、ほとんどの城が落ちている事を知り、愕然とする氏政。秀吉と戦うのなら徳川や伊達と組み、日の本を二つに分ける戦いをしてみたかったと氏政。殿下は命は助けると言っている、いまこそ決断をと源次郎。

そなたを生きて帰すのは心変わりした証、でかしたと江雪斎。

茂誠に松が生きていたと伝えた源次郎。喜びにむせる茂誠。鉛の板に刻印があるのをみつけた源次郎。

八王子城。忍城に戻れという命令を受けた昌幸。つまらぬ戦だと昌幸。

天正18年7月5日。秀吉に降伏した氏直。命は助けるという事でよろしいなと家康。氏政には腹を切ってもらう、示しが付かないと秀吉。それではだまし討ちだと源次郎。もののふの義にもとると吉継。城の明け渡しが済んだら氏政は切腹、我らは京に帰ると秀吉。

7月10日。秀吉の軍門に降った氏政。命は必ず救うと家康。これ以上関わると貴殿に災難が降りかかると氏政。

氏政を救うために集まった家康、景勝、昌幸。まずは生きる気にさせる事からだと家康。

氏政に対面した家康、景勝、昌幸。髻を切る、その覚悟で殿下に掛けあうと景勝。秀吉のために生きるのか、それで良いのかと氏政。このまま秀吉の天下が来るとは思えない、もう一暴れしたいと思わないかと昌幸。お主達の働きぶりをあの世から見せて貰うと氏政。ここまでか、と家康。ここまでだと氏政。

何故、家康はここまでされるのかと源次郎。ああ見えて情の深い人だ、いつの間にか輩の様に思えたのだろうと正信。

11日。氏政切腹。高野山に送られた氏直。

小田原城にあった鉛の板を吉継に見せる源次郎。その刻印は利休のものでした。利敵行為をしていたのかと吉継。

証拠の品を押さえに城に入った吉継と源次郎。しかし、倉庫は空でした。

危ないところだったと、急ぎ小田原を出る利休。

12日。未だ抵抗を続ける忍城。堤を破られ、誰の為の水攻めか、死者を出さぬための策ではないかと憤る三成。敵は徹底抗戦を覚悟している、こうなったら正面から攻撃するしかないと源三郎。ここは自分に任せて欲しい、速やかに開城させてご覧に入れると昌幸。任せると三成。

卑怯な手を使う、氏政の兜を使って、氏政は配下を見捨てて自分の命乞いをしたという噂を流すと昌幸。

14日。忍城開城。

昌幸に、卑怯な手は好かぬ、しかし、おかげで犠牲を出さずに済んだ、もっと戦の何たるかを教えて欲しいと三成。自分の様な田舎侍でよければと昌幸。

宇都宮。所領の全てを差し出した正宗。その正宗に会いたい、東国の大名が立ち上がれば、自分はその先鋒となって大坂城を攻め落とすと昌幸。その後はどうなる、また乱世に逆戻りと源三郎。その何が悪い、わしは伊達に賭けると昌幸。

宴の席。秀吉にずんだ餅を作って見せる正宗。自分もやってみると秀吉。これぞ天下餅と持ち上げる正宗。その姿を見て、もう良いと諦めた昌幸。

家康にどちらに移られたのかと昌幸。江戸、思いの他の芒の原だったと家康。都から随分と遠くなると昌幸。安房守も覚悟しておかれよと家康。

江戸はどうだったと秀吉。どこまでも土地が広がり、水も豊か、東国一の都にして見せると家康。昌幸に、小県は安堵、沼田もくれてやると秀吉。有り難き幸せと昌幸。徳川の与力も外す、この先徳川をしっかりと見張ってくれと秀吉。

正宗と会った源次郎。北条が先に降参していれば自分の命は無かったのだろうと正宗。殿下はそう言っていたと源次郎。氏政は伊達を待っていた、頼みの綱と言っていたと源次郎。知らん、生き残るためだと正宗。戦国の世に生まれた以上、何万という大軍を率いて戦ってみたい、お主もそう思うだろうと正宗。自分はその器ではないと源次郎。男なら思って当たり前だと正宗。もし自分が20年早く生まれていれば、もしもう少し都に近く生まれていれば、広間の首座に座っているは自分であったと正宗。

聚楽第。天下統一を宣言する秀吉。


今回は北条征伐とそれに続く宇都宮仕置きが描かれました。ドラマでは意地を通した氏政を救うべく家康たちが奔走していましたが、史実ではありません。ただ、それ以前に小田原開城に向けて説得を試みる大名が複数居た事は確かな様です。

実際に氏政を説得したのは黒田官兵衛だったのは先年の大河ドラマで描かれたとおりですが、それに全く触れないというのも思い切った演出ではあります。その時示された条件は氏政、氏直の助命と相模一国の安堵だったのですが、それを反故にしたというのも「軍師 官兵衛」で描かれていましたよね。

家康が関東に移されたのに対し、真田が本領を安堵され、沼田を取り戻したのは史実にあるとおりです。他の家康の与力大名が軒並み関東に移された中にあって異例の措置だったのですが、ドラマにあった様に家康に対する牽制ではなかったかとも言われています。

茂誠が北条家の家臣になっていたのも史実にあったとおりで、なかなか波乱に富んだ人生を送った人ではありますね。

ドラマとしては、氏政が最後まで飯に汁をかけて食べていたのが面白かったです。折に触れて出てきた場面ですけどね、やはり氏政は最後まで自分の力量の見積もりが出来なかったという演出でしょうか。あるいは、自分を貫き通したという意味にも取れますね。

三成が誰のための水攻めか、あいつらは頭がおかしいのかとわめいていたのも、いかにもこのドラマの三成らしかったです。攻められる側としては抵抗するのが当然なのに、そのあたりの機微が判らないのが三成という男なのでしょうね。その後、昌幸に教えを請うたのもまた、このドラマの三成ならではの演出と言えそうです。

正宗と源次郎の会話は無論創作ですが、後の大坂の陣の伏線として重要なものになりそうですね。この長い先を見据えた演出は三谷脚本ならではと言えましょうか。

利休が利敵行為をしていたというのは創作ですが、これも次回への伏線の様です。

次は利休の切腹が描かれる様です。このドラマではあまり活躍していない利休ですが、どんな描かれ方をされるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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2016.06.18

京都・洛東 半夏生の庭2016 ~両足院 6.11~

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両足院で半夏生の庭の公開が始まっています。今年は半夏生の生育が早く、6月6日からの公開となりました。

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訪れたのは11日で、ほぼ見頃に近かったのかな。あと数日経てば、もう少し白くなっていたかも知れませんね。

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今頃は丁度見頃で、訪れるタイミングとしてはベストかも知れません。ホームページに随時情報がアップされるので、行かれる前に確かめられると良いですよ。

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拝観料は600円ですが、庭園を歩くにはもう500円を出してお茶を飲まなければなりません。でも、美味しいお菓子付きですし、抹茶も良い味でしたから、高くは無いですよ。茶室が混み合うのが難点なのですけどね。

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今年の公開は7月6日までとなっています。例年に比べるとかなり早い展開なので、7月では花が終わっているかも知れませんね。あまりのんびりとしていると見頃を逃すかも、ですよ。

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2016.06.17

京都・洛東 紫陽花2016 ~祇園白川 6.11~

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祇園白川で紫陽花が咲いています。ここは川沿いの植え込みを中心に紫陽花が咲いているのですが、今年はあまり元気が無いですね。

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雨が足りてなかったのでしょうか、葉がだらんと垂れて、花数も少なかったです。元気な花もあるにはあるのですけどね。

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川沿いの紫陽花は水が足りているのか、綺麗に咲いていました。ただ、あまり注目をする人が居ないのが難点なのですけどね。

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まだ咲き切っていない株もあったので、今頃はもう少し見栄えがしているかも知れません。でも、あまり期待はしない方が良いかも、です。

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知る人ぞ知るここのアオサギは、さらに大胆になっている様です。近くに人が居ようがお構いなしに飛んでくるし、この旅館の玄関にも今にも入りそうでした。餌をねだろうとしていたのかな。本当に野生の鳥かしらんと思ってしまう光景でした。

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2016.06.16

京都・洛東 青もみじ2016 ~智積院 6.11~

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智積院は、青もみじもまた美しい場所です。今の時期、紫陽花と共に楽しめるという嬉しいポイントですね。

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以前からある参道沿いのもみじも美しいですが、数年前に整備された庭園のもみじが特に綺麗です。涼やかな緑に覆われた小径は、歩いていても気持ちが良いですよ。

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とてもここが数年前までは駐車場だったとは思えないですね。ずっと以前からあるもみじの名所ではないかと錯覚してしまいそうです。

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庭園整備が始まった時はどうなる事かと思っていましたが、ここまで落ち着いた風情になるとは大したものだと思います。紅葉時分には観光バスがやって来るほどですからね、もみじの名所としても知られる様になって来ているのでしょう。

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紫陽花に続く花としては、桔梗が咲き始めていました。以前ほどの数は無いですが、参道入り口にはそれなりに植えられており、盛りの頃には見応えがある事でしょう。やはりこの寺の寺紋ですからね、おろそかには出来ないのでしょう。

あと、蓮は盛んに葉を伸ばしているところでした。まだつぼみは見えなかったけれど、もう暫くすれば咲き始める事でしょうね。また美しい花を見るために、ここを訪れようと思っているところです。

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2016.06.15

京都・洛東 紫陽花2016 ~智積院 6.11~

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養源院から智積院へとやって来ました。ここに来たのは一つには紫陽花を見るためです。

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ここは金堂の北側と東側に紫陽花が植わっていますが、北側はあまり咲かなくなっている様です。いま見事なのは東側の一帯ですね。

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数年前までは、まだ苗木の行列で弱々しい感じでしたが、今では立派な株に育ち、紫陽花苑と呼べるまでになって来ました。お寺でもさぞ丹精を込められているのでしょうね。

Tisyakuin1606155

この日でほぼ見頃だったかな。ここの紫陽花を目当てにしている人は、急がれた方が良いかも知れません。

Tisyakuin1606156

これだけ咲いたら、そろそろ紫陽花の名所の一つに数えられる様になるかな。あと数年もすれば株もさらに育ち、見栄えもする事でしょうね。他と違い、無料というのがまた嬉しいポイントです。

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2016.06.14

京都・洛東 青もみじ2016 ~養源院 6.11~

Yougenin1606151

青もみじを見に、養源院を訪れて来ました。ここは参道沿いにもみじが沢山植えられており、紅葉の名所としても知られます。

Yougenin1606152

青もみじとしても美しく、梅雨空の中、爽やかな木陰を作ってくれています。

Yougenin1606153

ただ、以前は知る人ぞ知るというポイントだったのですが、最近は拝観者が増えています。たぶん、昨年の琳派400年のPRが効いたのでしょうか。ここには俵屋宗達の絵がありますからね。

Yougenin1606155

この日は団体客までやって来たのには驚きました。ここでは、大抵は独り占め状態だったのに、ずいぶんな変わり様です。

Yougenin1606156

狭い境内なので、あまり拝観者が増えると困るな、というのは勝手な言い草ですか。お寺にとっては良い事ですものね。でも、紅葉時分には人の居ない参道を撮りたいなと今から気を回すのは、いくら何でも早すぎるかな。

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2016.06.13

京都・洛南 紫陽花2016 ~藤森神社 6.11~

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藤森神社で紫陽花苑の公開が始まっています。6月2日からの開苑だったそうですから、かなり早いですね。

Fujinomorijinjya1606132

藤森神社には二つの紫陽花苑があり、参道沿いにあるのが第一紫陽花苑です。この日は第一紫陽花苑の方が見頃となっていました。

Fujinomorijinjya1606133

咲き具合はこんな感じで、なかなかのものです。ここの紫陽花は良く育っており、花に埋もれる様な感覚で歩く事になります。難点はヤブ蚊が多い事で、虫除けスプレーは必須ですね。

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第二紫陽花苑は本殿の裏手にあるのですが、少し寂しい感じの咲き方でした。こちらは盛りまではもう少し掛かるのかな。

Fujinomorijinjya1606136

公開の期間は、今後の開花状況によって決まるそうです。暫くは大丈夫でしょうけど、第一紫陽花苑の咲き方からすると、案外早く終わるかも知れません。見に行かれる方は、少し早めに出かけられた方が良いかも、です。

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2016.06.12

真田丸 第23回「攻略」

聚楽第。小田原攻めの差配を任された三成。

諸大名を前に陣立てを伝える三成。総大将は秀次。真田は徳川ではなく上杉、前田を主力とする北国勢に回された。

徳川を信じ切ってはいない、万が一裏切られた時に真田まで連れて行かれては困るのだと三成。

小田原城。18万の軍勢で包囲した秀吉軍。

天正18年4月5日。眼下の小田原城を見ながら、この戦は次なる戦いの総稽古かもしれないと吉継。北条攻めは明を攻めるための手慣らしだと三成。

黄幌衆として甲斐甲斐しく働く源次郎。

諸将を集め、今度の敵は北条だけで無く、伊達を初めとする出羽、陸奥の大名達と秀吉。いずれ頭を下げてくるのを待つ、そのためには長く戦いを続けなければならない、戦と思わず骨休めと思え、身内を呼び寄せても構わぬと秀吉。

関東の連れ小便。家康に北条の領地を全て与える、代わりに江戸へ移れ、駿河や三河はもう要らないだろうと秀吉。

小田原城。伊達を頼りに、籠城を選ぶ氏政。

大坂城。秀吉から、茶々を呼び寄せたいという文を貰った寧。

4月30日。上野、松井田城。秀吉のために城を落とすというのが引っかかると昌幸。この戦には大義というものが無いと景勝。日の本から戦を無くそうというのが大義ではと源三郎。秀吉のために戦いたくないのだと昌幸。次は武蔵の忍城、わざわざ上杉が出て行くほどの城ではない、真田に任されよと昌幸。

忍城攻めを源三郎に任せた昌幸。

不意に現れ、今、我らが北条と手を結べば秀吉に勝てると昌相。驚く源三郎。ここで秀吉を倒しても乱世に逆戻りだと源三郎。乱世にしか生きられぬ男も居るのだと、佐助に北条宛ての文を渡す昌相。それを遮り、佐助に暫く源次郎の下に行けと命ずる源三郎。

小田原評定。

薄化粧をし、蹴鞠に興ずる氏政。その氏政は実は最も戦の事を気にしていると喝破する江雪斎。降伏はせぬと氏政。伊達さえ来てくれればと氏政。

秀吉の本陣。阿国を招いての宴に興ずる秀吉以下の諸将。退屈して席を外した茶々。そこに現れた源次郎を誘い、利休の下に赴く茶々。

豪華な品々を示す利休。扇を選んだ茶々。戻りましょうと源次郎。戦は何時始まるのだ、せっかくだから城が燃えるところまで見たいものだと茶々。

忍城。夜襲を掛ける真田勢。押し戻す城勢。

忍城一つにいつまで掛かっている、自分なら3日で落とせると苛立つ三成。机上の計算の様には行かないものだと吉継。伊達はどうした、見通しが全て狂ったと三成。

死装束で現れ、臣従を誓った伊達政宗。

小田原城を見下ろす茶々。

伊達が下ったという知らせに衝撃を受ける氏政。

伊達が下った以上、ここに居る理由が無い、これより総攻めを行うと秀吉。残る北条方の城を落とせば小田原城も開城となるはずと吉継。賛同する家康。三成はどうしたと秀吉。自分の陣に引きこもり、算段をやりなおしていると源次郎。この際、三成に忍城を任せてみてはと吉継。

忍城に向かった三成。

小田原城。降伏するくらいなら、城に火を放ち腹を切ると氏政。降伏すれば許されるのかと氏直。徳川も上杉も本領を安堵されていると江雪斎。秀吉が許すはずが無い、首を晒されるたげだと氏政。徳川を通じて助命嘆願をすると江雪斎。降伏してはならぬと氏政。早雲公以来の名家、北条家を滅ぼすおつもりかと、面を犯して諫める江雪斎。従いはする、しかし、扱いは上杉と同等、これからも豊臣の重臣として丁重に扱うというのなら従うと氏政。

氏政の文を見て、話にならない、総攻めだと秀吉。もう一度降伏を促す文を出されてはと吉継。氏政は徳川、毛利と並んで殿下を支える器量を持っている男と家康。お前らは北条贔屓か、わしは茶々と温泉に行ってくる、帰って来るまでに方を付けておけと秀吉。

6月12日。忍城攻めの本陣。景勝たちに向かって既に15日の無駄が出ている、方々は鉢形城に向かわれよと三成。忍城はどうされると兼続。私が受け持つ、自分なら4日で落としてみせると三成。失笑する昌幸。どの様に攻めると源三郎。殿下は水攻めを望まれていると三成。堤を築くのに1日、城が落ちるまで3日、都合4日と三成。

6月20日。吉継の陣。呼び出された源次郎。用件は小田原城に入って氏政を説き伏せてくる事でした。

苦戦している忍城攻め。

殿下が帰って来るまでになんとかしたいと吉継。吉継と家康の書状を手渡された源次郎。何故私なのですかと源次郎。行けば判ると吉継。小田原城へと急ぐ源次郎。

道案内に現れた正信。彼は江雪斎から源次郎以外に氏政を説得出来る者は居ないと相談を受けたのでした。買いかぶりだと源次郎。同じ思いの者がここに居ると正信。

城内に向かう源次郎。そっと従う佐助。

出迎えた江雪斎。

源次郎に氏政を説得して欲しいと頼む氏直。北条の命運が掛かっていると江雪斎。

降伏に反対する家臣達に襲われた源次郎。救いに現れた佐助。物陰に引き込まれた源次郎。そこに居たのは茂誠でした。


今回は北条攻めが描かれました。大筋では史実に沿っていますが、創作が混じっているのはいつものとおりですね。真田が徳川の与力であるにも関わらず北国勢に回されたのは史実にあるとおりで、地理的条件と、ドラマにあった様に上野に縁があったせいだと思われます。

源次郎はドラマでは黄幌衆として秀吉の本陣に居ましたが、実は昌幸と行動を共にしており、この北条攻めこそが彼の初陣だったとも言われています。話の流れとしては馬廻りとして秀吉の側に居たという方が自然ではありますけどね。

源次郎が氏政の説得に向かったというのは全くの創作ですが、ドラマの流れとしては前回の江雪斎との論争を伏線としており、見事な構成ではあります。実際に氏政を説得したのは黒田官兵衛だった訳ですが、そう言えばこのドラマには官兵衛が出てこないですね。このあたりどう決着を付けるのか、次回が見物です。

忍城攻めに真田が参加していたのは史実にあるとおりで、その指揮を三成が執ったのも史実どおりです。映画「のぼうの城」で有名ですね。

次回は北条氏の滅亡が描かれる様です。源次郎の説得がどうなるのか、そのあたりが見所となるのかな。


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2016.06.11

京都・洛北 紫陽花2016 ~京都府立植物園 6.4~

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京都府立植物園では、紫陽花も見頃を迎えていました。紫陽花園は沈床花壇の北の木立の下にあり、あまり目立たない場所にあるのですが、大勢の人が訪れていました。やはりこの季節の花と言えばこの花という訳なのでしょうか。

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紫陽花はあまり詳しく無いのですが、今咲いているのは早咲き系という事になるのかな。どちらかと言うと小振りな花が多く、玉咲きをする大振りの紫陽花は見かけなかったです。

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それにしても、一口に紫陽花と言っても、多種類あるものなのですね。多くの株にはラベルが添えられていましたが、中には表示の無いものもありました。これって、植物園でも品種名を特定出来ていないという事なのかしらん。

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紫陽花園は蓮池の周囲にまで広がっています。その畔にあるのはフウの巨木で、背景に入れてみました。この写真では樹形は判らず、緑の色だけですが、紫陽花の青に良く映えていると思います。

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紫陽花はどうなのだろう、早咲きが終わって遅咲きの時期に入るのでしょうか。早咲き系の花がかなり多かったので、少し寂しくなる様な気もしますが、沢山の種類があるので、まだ見頃は続くものと思われます。たぶんですけどね。

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2016.06.10

京都・洛北 花菖蒲2016 ~京都府立植物園 6.4~

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平成28年6月4日の京都府立植物園です。この日は花菖蒲が見頃を迎えようとしていました。

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平安神宮では既に満開を迎えているとの事だったので植物園もと思っていたのですが、意外と咲いている株は少なく、およそ五分咲き程度でした。

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過去記事を確かめてみると毎年こんなもので、今咲いているのは早咲き系だけの様です。まだ咲いていなかったのは中咲き、遅咲き系の品種で、これから本格的な見頃を迎えるという事の様ですね。

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などと自分で書いているのに何年か経つと忘れてしまうもので、実際に行ってみるとあれっ、咲いてないと思ってしまいます。我ながらいい加減なものですね。

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なので、今週末もまた見に行ってみようかと思っています。上手く見頃になっていてくれると良いのですけどね、さてどうなるでしょうか。


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2016.06.09

京都・洛北 春バラ2016 ~京都府立植物園 6.4~

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京都府立植物園に春バラを見に行って来ました。ここには約250種、2000本のバラが植えられています。

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丁度見頃かなと思っていたのですが、意外と花数は少なかったです。盛りを過ぎたのかなとも思ったのですが、つぼみも沢山あったので、まだピークには至っていないのかも知れません。このあたりの判断は微妙ですけどね。

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人出はまずまず多かったかな。やはりバラは人気の花で、集客力がありますね。

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毎年楽しみにしているのがアンネのバラ。アンネ・フランクの死後、バラを愛した彼女に捧げられた花ですね。平和の象徴と言われる、オレンジ色の美しい花です。

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京都府立植物園のバラは、まだ暫くは咲いていると思われます。でも、もう咲き切ってしまいそうな株もいくつかあったので、早めに出かけられた方が良いかも、ですね。

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2016.06.08

京都・洛北 京鹿子 ~詩仙堂 6.4~

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今の時期の詩仙堂を訪れる楽しみの一つに京鹿子を見る事があります。シモツケソウの仲間で、赤い霞を掛けた様な姿が美しい花ですね。

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名前も雅ですが、花もまた和風の庭園に良く似合う花で、詩仙堂にも数多くの花が植えられています。たぶん、今年また増えたんじゃないかしらん。

Sisendou1606083

特に珍しい花と言うわけでもなく、ネットでも買う事が出来ますが、やはり詩仙堂という舞台に置くと一際美しく映えますね。

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この日で満開になっていましたから、そろそろ京鹿子も終わる頃かな。また来年、この花を見るために、ここを訪れたいと思っているところです。

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2016.06.07

京都・洛北 京都さつき事情2016 ~詩仙堂 6.4~

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平成28年6月4日の詩仙堂です。この日はさつきが見頃を迎えていました。

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見頃と言うには少し寂しい感じもしますが、まあ、大体こんなものです。もう少しは咲くかもしれませんが、一面に花が咲きそろうという事はありません。この前庭には上品な感じが良いのかな。

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豪華なのは庭園と、庭園に下りる階段沿いですね。このあたりを見れば、さつきの名所らしい景色と出会う事が出来ます。

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そして、いつ来ても凄いなと思うのが、正面の大刈り込みです。これって境目が無いのですが、何株かの集合体ですよね。まさかひと株だけの大株という事は無いと思うのだけど、どうなのかしらん。何にしても、大した手入れの仕方だと思います。

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詩仙堂のさつきは、そろそろピークを過ぎる頃かな。座敷正面のさつきは、少し寂しくなっているかもしれませんね。まだ見ていない方は、急がれた方が良いかも知れませんよ。

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2016.06.06

京都・洛北 京都さつき事情2016 ~金福寺 6.4~

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平成28年6月4日の金福寺です。前週にほとんど咲いておらず、この日は密かにリベンジを期待していたのですが、やっぱり咲いていなかったです。

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ただ、一部の株でつぼみが見えていましたので、このまま終わりという訳でもなさそうです。まあ、あくまで一部の事で、全体が咲きそろうのは無理みたいですけどね。

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さつきは期待外れでしたけど、青もみじは素晴らしいものがあります。さつきが咲いていれば儲けものというつもりで訪れてみるのも良いと思いますよ。

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2016.06.05

真田丸 第22回「裁定」

大坂城、裁定の場。

双方の主張を述べる江雪斎と源次郎。
沼田城の成り立ちを解説する且元。
沼田城の帰趨を巡って火花を散らす江雪斎と源次郎。
真田は沼田をだまし取ったと江雪斎。勝ち取ったのだと源次郎。
実に面白いと秀吉。

休憩。昌幸の隠れている部屋。
今のところ全くの互角、徳川がどういう態度を取るか面白くなってきたと昌幸。

廊下。これは戦だ、容赦はしないと江雪斎。望むところと源次郎。こうしてやりあう事で本当の戦をしないで済むと江雪斎。

秀次に差し入れを持ってきたきり。仲良さげなきりと秀次。

捨をあやしながら裁定を再開した秀吉。

徳川は北条との和睦の条件として沼田を引き渡すと取り決めたと起請文を取り出す江雪斎。概ねはそうだと正信。同じ年、徳川は真田に沼田を安堵すると起請文を書いていると源次郎。要は徳川は両方に沼田を渡すと約束してしまった、このどちらが今も生きているかを吟味すれば良いのだと言い、後を秀次に任せる秀吉。

徳川と真田は主従、いわば親子の間でなされた約束事、北条と徳川の約束事は国と国との盟約、どちらを重んずるかは明白と江雪斎。起請文の日付は真田が先、どちらを優先すべきかは明らかと源次郎。約束にも格というものがあると江雪斎。大名と大名との間で交わされた約束も、親と子で交わされた約束も、重さに変わりない、先に交わした約束を違えてはならぬ、赤子にも判る理屈と源次郎。その言葉尻をとらえ、そなたは徳川は赤子にも判る理屈を無視して北条と盟約を交わしたと言っているのだ、徳川殿を嘘つき呼ばわりされるのかと江雪斎。言葉に詰まった源次郎。

そこに割り込んできた正信。徳川がその様な事を言うはずが無い、切り取るなら好きにせよと言ったまで、起請文にも手柄次第と書いてあるはずと正信。いつでも好きな時に取って良いという意味だと思っていたと江雪斎。苦しいなと正信。徳川殿は沼田を譲り渡すとはっきり言った、正信殿も覚えているはずと江雪斎。忘れ申したと正信。何だこれはといきり立つ江雪斎。

奪い取るにせよ、譲り渡すにせよ、沼田は真田のものと思っている証拠、語るに落ちるとはこの事と秀次。後ほど殿下のお裁きを言い渡すと三成。

廊下。正信に礼を言う源次郎。必死で戦っている若者を見ると、助けたくなるのが年よりというものと正信。

昌幸の隠れ部屋。勝ち戦だと昌幸。そこに入って来た三成。余計な事をしてくれた、算段が狂ったと三成。どういう事かと昌幸。殿下にとって大事なのは北条を上洛させる事、そのためには沼田は渡しても良いと思っておられたと三成。では、今日は何のためだったのかと源次郎。真田の立場を考えての事だと三成。ここは折れてくれぬかと三成。断ると昌幸。戦になると三成。望むところと昌幸。日の本中を巻き込んだ大戦となる三成。まさか、沼田ごときでと昌幸。その沼田が火だねとなるのだと三成。

理不尽な事は承知の上と頭を下げる三成。それを見て、沼田を引き渡しましょうと源次郎。しぶしぶ頷いた昌幸。沼田と同じだけの領地を真田に引き渡すよう徳川に掛けあうと三成。沼田に代わる土地などない、いらぬ心遣いだと昌幸。

一つだけ望みがある、名胡桃には真田家代々の墓がある。あそこだけは譲れないと昌幸。承知したと三成。

名胡桃に先祖が眠っているとき知らなかったと源次郎。でまかせに決まっていると昌幸。名胡桃さえ押さえておけば、沼田に睨みを効かせる事が出来ると昌幸。

捨をあやす秀吉。裁定案を示す三成。それで良いと秀吉。

沼田のうち三分二が北条家、三分一が真田家という形で決着した裁定。

小田原城。名胡桃が真田のものとなった事に不服を鳴らす氏政。とにかく上洛をと江雪斎。うぬは誰の家来だと氏政。沼田に一万の兵を置けと氏政。秀吉は城の受け渡しの際には千以上の兵を動かしてはならぬとおおせだったと江雪斎。二万にしようと氏政。

大坂城。氏政は戦を始めるつもりかと秀吉。名胡桃に対する押さえだろうと三成。つまらんと秀吉。

沼田城。頼綱を説得する源三郎。この城で100歳まで生きるのだと承知しない頼綱。強引に連れ出す源三郎。

天正17年11月。上田城。名胡桃城が猪俣邦憲によって落とされ、城代の鈴木主水は自害したという知らせを受け取った源三郎。出陣をとの声に逡巡する源三郎。そこに現れ、直ちに出陣をと迫る忠勝。舅殿は稲のところに行かれよ、ここは真田の軍議の場と源三郎。よう言うたと忠勝。

佐助に、京の父上に知らせよと源三郎。五日もあればと言う佐助に四日で頼むと源三郎。

小田原城。北条攻めの口実にならなければ良いのですがと江雪斎。なぜ秀吉が出てくる、これは北条と真田の諍いだと氏政。

京、真田屋敷。主水が死んだと聞き、名胡桃を北条に渡しておけば良かったと昌幸。佐助に向かって、直ちに名胡桃を奪い返せと源三郎に伝えよと昌幸。ここまで何日で来たと昌相。4日でと佐助。3日で行けと昌相。いや、2日だと昌幸。殿下に知らせるのが先、勝手に動けば真田も処罰を受けると源次郎。

聚楽第。名胡桃城奪回の許しを請う昌幸。わしに預けよ、悪いようにはしないと秀吉。

これで戦かと秀吉。その前に、もう一度文を送り、名胡桃を真田に返し、上洛するように求めると三成。それで断ってきたらいよいよ戦だと秀吉。

真田屋敷。城を奪われたのに手をこまねいているたけとは、何のために秀吉に従ったと昌幸。聚楽第は東の守りが手薄だ、攻め落とせるぞと昌相。

小田原城。秀吉からの書状を見て、何故秀吉が首を突っ込んでくると不快を示す氏政。ここは口実を与えぬためにも従うべきだと江雪斎。

大坂城、茶室。これで討伐の口実が出来たと利休。

北条征伐を命ずる秀吉。見た事も無い大軍で北条の度肝を抜いてやると秀吉。

小田原城。秀吉が攻めて来る、この小田原城がある限り負けはせぬと氏政。西国の大名がこぞってくるが、こちらにも伊達との盟約がある。後は徳川だけでも見方にせよと江雪斎に命ずる氏政。

空前の大軍勢をまとめ上げた秀吉。

駿河城。この期に及んで北条に付く訳は無い、江雪斎は追い返せと家康。


今回は沼田領の帰趨を巡る秀吉の裁定が描かれました。あたかも現代の裁判の様な経過が描かれましたが、無論創作です。ただ、実際の裁定はドラマにあったとおりで、沼田城など三分の二は北条、名胡桃城などの三分の一は真田という決定がなされたのでした。名胡桃が残されたのは真田の墳墓の地であったからという理由でしたが、これが出鱈目であったのもドラマにあったとおりです。

真田は沼田を失う代わりに徳川から替え地を貰っており、表高は従来どおりでした。つまりは秀吉は双方の顔を立つように裁いて見せたという訳ですね。ただ、沼田は要衝の地であり、その替え地とは比べものにはならなかったのも事実です。

その後、名胡桃城が猪俣邦憲によって奪取されたのもドラマにあったとおりですが、その経過ははっきりしない様です。たしかな事は城代であった鈴木主水が死んだという事で、彼が古くからの真田の家臣だったという事ですね。その割にドラマには出てこなかったはなぜなのかしらん。

北条が名胡桃を奪取した背景には、真田側からの嫌がらせがあったという事実もある様です。つまり、引き渡す領地の農民を全て他の場所に移したり、引き渡しそのものをしぶったりと、裁定に素直に従った訳ではなかったのですね。その憤りが名胡桃奪取に繋がったのではないかという指摘もある様です。

何にしても、この事件が惣無事令に違反した事は事実で、北条攻めのための絶好の口実になったのでした。次回はその北条攻めの様子が描かれる様ですね。私的には三成の忍城攻めが楽しみなのですが、どんな演出がなされるのでしょうか。源次郎の活躍も見たいところですね。

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2016.06.04

京都・洛東 花菖蒲2016 ~平安神宮 5.29~

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平成28年5月29日の平安神宮です。この日は花菖蒲が五分咲き程度になっていました。

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この前日のはんなり便りで三分咲きとあったのですが、予想以上に咲いていたのには驚きました。それでも去年よりは少し遅めらしいのですが、例年に比べれば早すぎるペースですね。

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今日あたりは満開で見頃だった事でしょう。この日は人出は大した事はなかったのですが、明日あたりはかなり混み合うんじゃないかしらん。

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もう一つ楽しみにしていたさつきは満開でした。写真的には曇り空だったのが残念ですが、特に東神苑の池の周囲が見事でした。

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暫く泰平閣に座って足休めをしていたのですが、欄干越しに見る景色というのも悪くないですね。いつもは写真を撮るだけでじっと座っている事は無いのですが、たまには池面を眺めてみるのも良いものだと思った次第です。

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2016.06.03

京都・洛東 青もみじ2016 ~真如堂 5.29~

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深まる緑を求めて真如堂へとやって来ました。いつもの見慣れた参道の景色も、新鮮な緑に彩られると趣が違って感じられます。

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この日は、午前中は晴れ間が見えていましたが、昼過ぎから雲が広がり、梅雨の走りらしい空となりました。でも、こういう日の緑もまた深い感じがして良いものです。

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真如堂はさつきの名所と言う程ではないですが、そこかしこに植えられています。特に塔の東側にある株が見事で、緑に良く映えていました。

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菩提樹の花は沢山付いており、間もなく咲きそうでした。今日あたり、そろそろ開花しているんじゃないかしらん。フェイスブックの情報を確認して、見逃さないと言うか香りを逃がさない様にしなくてはね。

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紫陽花もまた一部で見頃となっていました。昨年に続いて今年も花の進捗は早いですね。紫陽花苑はもうそろそろ見頃宣言が出るんじゃないかしらん。ここは色々な種類があって、なかなか見応えがありますよ。

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2016.06.02

京都・洛北 京都さつき事情2016 ~圓光寺 5.29~

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平成28年5月29日の圓光寺です。この日はさつきが見頃を迎えていました。

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ここは奔龍庭と十牛の庭のふたつの庭園がありますが、どちらにもさつきが植えられています。でも、十牛の庭のさつきが咲いているのはあまり見た事が無く、新しい奔龍庭の方が鮮やかな花を咲かせていますね。

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十牛の庭では、青もみじも見事でした。ここには毎年の様に訪れていますが、枯れた木や新しく植えられた木がある中で、この美しさは変わる事が無いですね。

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それに、この日は訪れる人も少なく、額縁写真も撮りやすかったです。以前のように貸し切り状態とまでは行かなくなっていますけどね。

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圓光寺のホームページに依れば、十牛の庭の奥にある竹林は円山応挙が良く訪れたそうで、雨竹風竹図という作品を残しているとの事です。実際にはそれほどの奥行きは無いのですが、手入れが良く行き届いており、深山幽谷を思わせる風情のある一角ですね。

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2016.06.01

京都・洛北 青もみじ2016 ~野仏庵 5.29~

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詩仙堂の東、坂道を少し上がったところに野仏庵があります。詩仙堂のすぐ近くにあるのに訪れる人がほとんど居ないという、穴場中の穴場です。

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野仏庵は、現在は宗教法人が所有する施設ですが、元は順正の創業者である上田堪庵の別荘でした。母屋は淀にあった古民家を移築したもので、家具やしつらえも古民家らしい面影を残しています。

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母屋に隣接して、茶室雨月庵があります。上田秋成ゆかりの茶室で、元は南禅寺の西に建っていたのだとか。とても凝った作りで、案内の音声を聞きながら見ているとなかなか面白いですよ。


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ここは紅葉を見に来る事が多いのですが、青もみじもまた美しいものがあります。庭園にある待合に座って、もみじを見ながらぼんやり過ごすというのも、何ともぜいたくな時間の使い方ですよ。

Nobotokean1606016

拝観は水曜、土曜、日曜、休日に限られています。500円で抹茶付きですから格安とも言えますね。静かな時間を過ごしたいという方にはお薦めの場所ですよ。

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