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2016年5月

2016.05.31

京都・洛北 京都さつき事情2016 ~詩仙堂 5.29~

Sisendou1605301

平成28年5月29日の詩仙堂です。この日はさつきが見頃を迎えつつあるところでした。

Sisendou1605302

座敷正面のさつきはまだ寂しい感じですが、一度に満開になる事は無く、こんな具合に二週間近く咲き続けるというところでしょうか。最盛期にはもう少し華やかにはなりますけどね。

Sisendou1605305

豪華に見えるのは庭園側から見たところかな。特にこの株は満開が長く続き、二週間近く見頃が続きます。

Sisendou1605306

そして、一番見応えがあるのがこの景色でしょうか。まだ少し花数が少ない感じですが、これぞさつきの詩仙堂といったところでしょう。ここも含めて詩仙堂のさつきの見頃は、次の週末から来週にかけてになるのかな。

Sisendou1605307

この時期の詩仙堂のもう一つの楽しみである京鹿子は、一部で咲き始めていました。まだ早いかなと思っていたので、嬉しい誤算です。ほとんどはつぼみだったので、見頃はまだこれからですよ。

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2016.05.30

京都・洛北 京都さつき事情2016 ~金福寺 5.29~

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平成28年5月29日の金福寺です。この日は満開のさつきを期待していたのですが、案に相違して意外なほど咲いていませんでした。

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街中の植え込みでは盛りを迎えているのですが、ここではまだ早かった様です。同じ花なのに咲くタイミングが違うのですね。

Konpukuji1606023

受付の人に聞いてみたのですが、木が古くなったせいか近年はあまり咲かなくなっているのだとか。確かに一番咲いていた2013年の写真を見ても、庭一面という程ではないですね。

Konpukuji1606025

次はどうしよう、今週末ではまだ早いのかな。でも、その次ではもう遅い気もするし、悩ましいところです。

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2016.05.29

真田丸 第21回「戦端」

聚楽第。捨をあやしながら評定をする秀吉。もてあまし、源次郎に捨を任せる秀吉。懸命にあやす源次郎。

議題は北条氏の上洛。討ち滅ぼすかと秀吉。今は力を養う時と三成。そのうち頭を下げてくると家康。一刻も早く天下を統一したいのだと秀吉。その時泣き叫ぶ捨。もう無理ですと源次郎。慌てて駆け寄り、捨をあやす秀吉。三成を振り向き、北条攻めだと命じる秀吉。

御文庫。何故、殿下が天下統一を急ぐのかと訝る吉継。誰かの入れ知恵に決まって居る、利休だと三成。

茶室。殿下は今波に乗っている、この機に乗じて北条を滅ぼし、安心して子が暮らせる世を作りなされと利休。

北条攻めにはまだ時が掛かる、それまでにもう一度上洛を促す書状を出すと三成。

北政所の部屋。捨を巡って世間話をする北政所、茶々、阿茶局たち。火花を散らす二人の間に入って、微妙な立場に困る阿茶局。

家康の部屋。捨が生まれてあちこちに火だねが出来た、秀次もその一人と正信。

大坂城の庭。捨のために風車を作る秀次。側に居るきり。遠くで捨をあやす秀吉。捨が生まれてむしろほっとしている、自分は跡継ぎの器では無いと秀次。

上田。元気に育っている末。

上田城。上田の食事が濃すぎて口に合わないと稲。薄味に作らせようと源三郎。薄味の梅干しがあるから大丈夫、放って置いてと稲。

稲が心を開かないと源三郎。ぎゅっと言わせてはと内記。そんな事をすれば忠勝が飛んできて殺されてしまうと源三郎。そこに忠勝が稲の機嫌伺いに来たという知らせが届きます。数日前に来たばかり、他にする事がないのかとあきれる源三郎。

稲は才色兼備、武芸も出来る、だからお主もそれに相応しい武士になってもらいたいと忠勝。精進しますと源三郎。そこにとりの具合が悪いと知らせに来た松。

ふせっているとり。おかゆを持ってきたこう。こうに甘えるとり。申し訳ないなと源三郎。こうしているだけで幸せですとこう。以前より元気になっていると薫。

伊豆、韮山。氏政に会いに来た家康。秀吉に従う気は無いと氏政。自分も何時までも秀吉の下に居る気は無いと家康。ではなぜと氏政。今戦っても勝ち目が無いからだと家康。小牧・永久手では勝ったではないかと氏政。あれから秀吉はさらに力を付け、天下統一に王手を掛けている、長いものに巻かれよとは卑怯者の方便ではないと家康。

何故自分を説き伏せようとすると氏政。様々ないきさつがあったが、今は長年の戦仲間と思っている、これからも北条殿には関東の覇者としていてもらいたいと家康。秀吉に頭を下げると言っても形だけの事、後は何も変わらぬと家康。考え込む氏政。それでも上洛を拒み手切れと言うのなら、嫁がせた我が娘を返してもらうと家康。上洛の事は一度持ち帰って考える、しかし、いずれ北条は秀吉を倒すと氏政。心してかかられよと家康。

まこと、嘘偽りはないのですかと正信。なんとか救ってやりたくなった、たまには何の得にもならない事もしたくなるのだと家康。それでこそ我が主と正信。

小田原城。上洛する条件は、沼田を真田から取り戻す事だと伝えよと江雪斎に命じる氏政。

大坂城。沼田を真田から取り上げ北条に渡す、その采配を殿下が行えば良いと三成。真田が納得しないだろうと秀吉。

三成の部屋。昌幸を上洛させる事にした、沼田を渡すよう説得してくれと源次郎に言い渡す三成。困惑する源次郎。

上田城。上洛命令に接した昌幸。屋敷の普請の具合の見がてら行ってくると昌幸。殿下に子が出来た事で色々と動き始めた、秀吉の天下はやはりそう長くはないと昌幸。

京に行く、いずれはお前も住む事になると薫に伝える昌幸。殿下が良く京生まれだと知っていてくれたと喜ぶ薫。そうではない、体の良い人質だと昌幸。人質は嫌ですと薫。

京、真田屋敷。上洛の趣旨を聞き、激怒する昌幸。必死にとりなす源次郎。沼田が欲しければ力ずくで来いと伝えろと昌幸。

御文庫。不首尾を伝える源次郎。そんなものだろう、端から当てにはしていなかったと三成。殿下の前で氏政と昌幸に談判させ、殿下に白黒付けさせるというのはどうかと吉継。

面白い、すくに手配せよと秀吉。

無駄だと昌幸。これでどちらの言い分が正しいかはっきりする、これが新しい時代の戦なのです、北条と戦って下さいと源次郎。しぶしぶ承知した昌幸。

小田原城。上洛するのは沼田を取り戻してから、上洛はしないと氏政。

このままでは戦になる、自分が名代として沼田を取り戻してくると江雪斎。

駿府城。如何なされますと正信。まるで喉に刺さった小骨だと正信を見る家康。

真田屋敷。氏政も家康も来ないと知り、自分も出ないと激怒する昌幸。

三成の部屋。このままでは大戦になる、乱世への逆戻りだと三成。もう一度昌幸を説得せよ、それが叶わぬ場合は源次郎が父の代わりをせよと吉継。無理だと源次郎。戦を避けるためだと三成。

談判の場。顔を揃えた源次郎、江雪斎、正信。

別室に隠れている昌幸。いっそ談判の場に出てはと源次郎。お前は一段と成長した、いつまでも親を頼るなと昌幸。徳川を味方に付けろ、それで勝負が決まる、決して沼田を渡すなと昌幸。

談判の場。腰が痛いと言う正信に有馬の湯に湯治に行かれてはと機嫌を取り始める源次郎。

談判の場に現れた秀吉。

今回は真田、徳川、北条の間で懸案事項となっていた沼田問題が焦点となりました。北条が上洛の条件として沼田の引き渡しを求めたのは史実にあるとおりですが、真田と北条が談判するというのは創作です。実際には江雪斎が上洛していますが、既に事情を知悉していた秀吉が裁定を下したのでした。

氏政と家康とのやりとりは、家康の美質を示す様な誠意溢れるものでしたが、実際には書状を書いた様です。そこにはドラマにあった様に上洛を勧める一方、手切れとなった時は娘を返すようにとの一文がありました。要は、言う事を聞かなければ同盟を破棄するという恫喝ですね。そして北条はこの勧告を受け入れ、惣無事令を受け入れると回答したのですが、ドラマでは描かれませんでした。

それにしても、忠勝の娘可愛さは度が過ぎていますね。忠勝と言えば徳川きっての勇将として知られますが、こんな子煩悩な描かれ方は初めてでしょう。なんだか源三郎が可哀想になってきたな。でも、稲との間は良かったはずで、後に4人の子を設けています。そのあたりは追々描かれるのかな。

次回は今回の裁定が下される様ですね。源次郎が江雪斎相手にどんな活躍をするのか、楽しみに待ちたいと思います。


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2016.05.28

京都・洛北 花菖蒲名所案内 ~京都府立植物園~

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京都で花菖蒲の名所としては、京都府立植物園の名も挙げられます。展示されるのは200品種1万株と言いますから、数では平安神宮を上回りますね(写真は全て昨年撮影したものです)。

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平安神宮は日本庭園らしい風情が魅力ですが、こちらは植物園らしい品種ごとの整然とした展示が見所となります。美しさだけでなく、学術的な展示法が工夫されているのですね。

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ここも見頃は6月上旬となるのかな。開花状況は週間みごろの植物情報が頼りとなります。以前はブログで日々更新されていたのですけど、速報性では劣るものの手書きならではの味わいのある情報もまた良いものですよ。

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2016.05.27

京都・洛東 花菖蒲名所案内 ~平安神宮~

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6月の楽しみと言えば花菖蒲があります。京都で花菖蒲の名所としてまず名前が挙がるのは平安神宮でしょうか(写真は全て昨年撮影したものです)。

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花菖蒲が咲くのは西神苑で、約2000株あるとされます。はんなり便りに依れば5月19日に既に咲き出しているそうで、昨年に続いて進行は早い様ですね。

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6月3日は無料公開の日で、丁度花菖蒲も見頃を迎えているんじゃないかしらん。たぶん相当な混雑が予想されますが、都合の合う方は出かけてみられては如何ですか。

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2016.05.26

京都・洛東 半夏生の庭 ~両足院~

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6月の京都で見逃せないのが半夏生の庭です。建仁寺の塔頭・両足院の庭園で、毎年初夏になると美しい半夏生で埋め尽くされます(写真は全て昨年撮影したものです)。

Ryosokiin16052872

今年の公開は6月6日から7月6日までですが、見頃は6月半ば頃でしょうか。ここはホームページで随時情報を更新されているので、訪れる参考にされると良いですよ。

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ここは拝観料は300円ですが、別途500円を出せば臨池亭で抹茶を頂く事が出来ます。庭園を歩けるのも抹茶を飲む人だけですね。茶亭が少し混み合うのが難点ですが、ぜひお茶を楽しまれる事をお勧めします。茶菓子もここだけの特製で、なかなか美味しいですよ。

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2016.05.25

京都・洛東 紫陽花名所案内 ~祇園白川~

Gionsirakawa1605231

京都の紫陽花名所の中で、最も情緒のあるのが祇園白川でしょうか。白川沿いの植え込みのそこかしこに、紫陽花を見る事が出来ます(写真は全て昨年撮影したものです)。

Gionsirakawa1605232

ここはそれほど花が多いという事はないですが、白川の流れや竹垣とのコラボレーションが見事ですね。他の場所では見る事が出来ないこんな景色が見所となります。

Gionsirakawa1605233

巽橋から白川を見ると、お店の裏側に咲いている紫陽花を見る事が出来ます。この写真では良く判らないでしょうけど、水辺に映えた紫陽花というのも良いものですよ。ここも見頃は6月半ば頃かな。その時分にまた行ってみたいと思います。

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2016.05.24

京都・洛南 紫陽花名所案内 ~藤森神社~

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京都市内の紫陽花名所として、まず名前が挙がるのが藤森神社でしょうか。参道沿いの第一紫陽花苑と本殿裏側の第二紫陽花苑からなり、約3500株の紫陽花が出迎えてくれます(写真は全て昨年撮影したものです)。

Fujinomorijinjya1605262

これは第二紫陽花苑の様子で、元は笹藪だったところだそうです。昭和63年に藪を切り開いて紫陽花苑として整備されたそうで、28年の歳月を経て見事な紫陽花苑となりました。

Fujinomorijinjya1605263

紫陽花苑が開かれるのは6月に入ってからで、詳細はまだホームページにも出ていませんね。暫くは様子見なのかしらん。見頃はたぶん6月中頃で、紫陽花祭りとして併せて行われる奉納行事も見所ですよ。

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2016.05.23

京都・洛東 紫陽花名所案内 ~智積院~

Tisyakuin1605251

先週末も京都に行く事が出来なかったので、今週も過去に撮った写真からの構成となります。まずは、間もなく見頃を迎える紫陽花の名所からです。

智積院はあまり話題になる事はありませんが、沢山の紫陽花を見る事が出来る場所です。主として金堂の北側と東側にあり、北側の方が古いのかな。

Tisyakuin1605252

東側は何年か前から盛んに苗が植えられていた様ですが、ここ数年の内に見栄えのする状態にまで育ってきており、場所が明るい事もあってなかなか綺麗ですよ。

Tisyakuin1605253

昨年は6月の後半に見頃を迎えていましたが、今年はどうだろう、もう咲いているかしらん。今年も辺りを埋め尽くすような花と出会えると嬉しいですね。

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2016.05.22

真田丸 第20回「前兆」

上田城。松の帰還を喜び合う薫ととり。

こうに離縁を切り出した源三郎。逍遙として受け入れるこう。徳川から無理強いされたのだと源三郎。

真田家の人々に別れのあいさつをするこう。源三郎のせいにする昌幸。

上田城に着いた稲の一行。祝言を挙げる源三郎と稲。その陰で泣いている、従者に変装した忠勝。

源三郎の部屋。稲に何でも言ってくれと源三郎。寒いと稲。部屋の外に出て、何か羽織る物をと源三郎。かしこまりましたと出てきたのはこう。驚く源三郎。

昌幸の部屋。こうがどうしても源三郎の側で役に立ちたいと言ったのだと薫。良く出来た嫁だととり。もう嫁ではないとこう。良いだろうと昌幸。何でも言いつけて下さいとこう。出来るわけないだろうと源三郎。

聚楽第。天正16年4月14日、後陽成天皇行幸。帝の前で秀吉に忠誠を誓った大名達。

行幸を無事に終えて上機嫌の秀吉。

我が世の春といった様子だったと家康。日の本が秀吉のものになる事も絵空事ではなくなって来たと正信。あやつには悩みがある、跡継ぎが居ない事だと家康。

天正17年、聚楽第。北政所の部屋。公家衆の間にあいさつに回られたとの事、ご苦労様です、小さなお武家の出なのによくやっておられると阿茶の局。私もそう思いますと茶々。帝が来られた時も気が遠くなった、亭主が出世するのも善し悪しだと北政所。菓子を一人で食べ尽くし、別の物を持ってくると茶々。

もしや懐妊しているのではと阿茶局。まさかと北政所。

茶々の懐妊を知り、大喜びする秀吉。

聚楽第の壁に書かれた秀吉とその子を揶揄する落首。それを知り犯人を捕らえよと怒り狂う秀吉。捜査を命じられた長泰と源次郎。

現場を調べる源次郎たち。明日朝一番に門番達に話しを聞こうと源次郎。

三成の部屋。報告に来た源次郎たち。刀狩りをした刀を釘にする相談をしている三成と吉継。捜査の結果を伝える源次郎。怪しいのは怪我をした門番の一人、尾藤道休。たぶん本願寺に逃げ込んでいるはずと三成。

本願寺。道休は渡せないと僧侶。

聚楽第。本人に会って話がしたい、三成の力で何とかならないかと源次郎。

秀長の屋敷。本願寺に一筆書いてやろうと秀長。

本願寺。ずっと酒を飲んでいたと開き直る道休。刀狩りのせいで槍も取り上げられ、喧嘩も出来ないとなれば何をすれば良いのか、やっとありついたのが門番だと道休。そもそも自分には落首は無理だ、字が書けないと道休。

三成の部屋。賊は道休がさぼっているのを知り、その隙に書いたのだろうと源次郎。たかがいたずら書きに、上に立つ者がいちいち目くじらを立てているのは如何なものかと吉継。同じ事を殿下に言えるかと三成。勿論と達掛ける吉継。慌てて、時機を見て私が申し上げると引き留める三成。

怒りが収まらぬ秀吉。今すぐ門番達を捕らえて牢に繋ぎ、明日の夜ことごとこく磔にすると秀吉。お待ち下さいと口を挟む三成を無視して、本気で怒っている事を世に知らしめるのだと秀吉。

牢に繋がれた門番達。

次は俺たちの番だ、早く犯人を見つけるんだと長泰。

秀次にとりなしを頼むきりと源次郎。

秀次を怒鳴りつけ、わしの息子を虚仮にしおったのだと収まらない秀吉。書いた者を見つけ出し、耳と鼻を削ぎ、磔にした上で首を刎ねる、それでもまだ足りない、そいつの親類縁者はことごとく磔だと秀吉。

2月25日夜、磔にされた17人の門番たち。

こんな事があって良いのかと三成に食ってかかる源次郎。黙って酒を飲む三成。憤って席を立つ源次郎。三成はずっと一人で酒を飲んでいる、しかし、今夜はいくら飲んでも酔えないらしいと源次郎に伝えるうた。

茶々の前で木馬に乗って上機嫌の秀吉。

殿下が怖い、人が変わってしまったときり。秀吉は昔から冷たくて怖い人、そうでなければ天下など取れないと北政所。

三成の屋敷。殿下は科人が見つかるまでは、町人たちからくじで一人ずつ選んで磔にするとおおせだと三成。あり得ないと吉継。そこに道休が死んだという知らせが入ります。この際、道休に全てを被ってもらおうと源次郎。

道休の首を添えて、犯人だったと報告する三成。六条河原に晒せと秀吉。かしこまりましたと三成。こやつの親類縁者を探し出し、ことごとく首を刎ねよ、そして家を焼き払い隣近所の住民もことごとく磔にしてしまえと秀吉。お待ち下さい、この首をもって此度の事は終わりになされませと三成。血迷うたかと秀吉。私からもお願いしますと源次郎。お前は口を出すな、下がってろと三成。秀吉の前に立ち、これではあまりに度が過ぎますと三成。自分の言っている事が判っているのかと秀吉。正気です、乱心されているのは殿下の方と三成。切腹を申しつけると言いかけた時、北政所が割って入ります。

怒れば怒るほど人は勘ぐるもの、そんな道理も判らないほど耄碌したのかと北政所。いっそ茶々に聞けば良いと北政所。聞いて見て下さいなと現れた茶々。違うと言う訳は無いと秀吉。殿下の子に決まっていると茶々。いそいそと茶々の後を追いかける秀吉。

ありがとうこざいましたと三成。何でも良い、京、大坂の人が喜んでくれる事を考えて下さいと北政所。思い切って金をばらまいてはと源次郎。それが良いと北万所。直ちに手配をと三成。

あの落首は誰の仕業だったのでしょうと源次郎。決まっている、民の仕業だと三成。だから殿下はあれほど恐れたのかもしれませんねと源次郎。

三月後、無事に生まれた捨。


今回は聚楽第の落首事件が描かれました。その前年に行われたのが後陽成天皇の行幸で、まさに秀吉の絶頂期でした。そこに起こったのが落首事件で、ほぼドラマの様な経過を辿ったとされます。そこに源次郎がどう関わったかは判りませんが、史実ではドラマ以上に悲惨な結末に至った様です。つまり、ドラマでは北政所が止めた道休の親類縁者と彼が住んでいた町内の町民たちへの処刑が実施され、無関係の者たちが大勢殺されたと言うのですね。理不尽極まりない裁きで、それまで太陽の様に輝いていた秀吉に初めて翳りが生じた事件であり、まさに秀吉政権崩壊の前兆とも言うべきものでした。上手い副題の付け方ですね。

こうについては、正室の座から追われたの事実ですが、侍女になったというのは行き過ぎで、側室として残されたはずです。今後側室に戻るという経過が描かれるのかな。

なお、秀吉には捨以前に実子が無かったというのは誤りで、長浜城主時代に一人ですが子が生まれています。なので、大勢の側室達の中で茶々だけが子を産んだとしても、それが秀吉の子では無いとは直ちには言い切れないのですね。

次回は秀吉と北条との駆け引きが描かれる様です。真田を巻き込んだやりとりがどう描かれるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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2016.05.21

京都・洛東 さつき案内 ~平安神宮~

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街中の植え込みでさつきの花が目に付くようになってきましたが、平安神宮ではどうかしらん。昨年は5月23日に行って見頃少し前でしたが、今年はどうなっているでしょうね。(写真は全て昨年撮影したものです。)

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平安神宮では各神苑で見る事が出来ますが、一番見事なのは東神苑になります。春には八重紅枝垂れ桜が綺麗な庭園ですが、その桜の根元を埋める様にしてさつきが植えられています。こうして池の中に咲いている姿も綺麗ですね。

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平安神宮のさつきは、カキツバタとハナショウブの間を埋める様にして咲きます。あまり騒がれる事はありませんが、サツキ目当てに行っても十分に楽しめるボリュームと美しさがありますよ。

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2016.05.20

京都・洛北 春バラ ~京都府立植物園~

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京都府立植物園で春バラが見頃を迎えつつある様です。約200品種約2000株という花の数々が出迎えてくれますよ。(写真は全て昨年撮影したものです。)

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とにかくここのバラ園は豪華絢爛の一言ですね。どこを向いても鮮やかな花ばかりで、バラが好きな人は無論のこと、そうではない人でもため息がでる様な光景が広がります。

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そして、植物園だけあって、品種を書いたプレートがあるのも嬉しいところです。名前と花とを見比べて、どういうイメージで作出したのかなと考えるだけでも楽しいですね。

植物園に依ると見頃は6月下旬までだそうですが、一番綺麗なのは6月初め頃じゃないかしらん。とりあえず明日にもどんな具合か確かめて来たいと思っているところです。

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2016.05.19

京都・洛北 新緑案内 ~上賀茂神社~

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今日は今年の賀茂競馬の日に撮った上賀茂神社の新緑です。上賀茂神社は桜の美しさで知られますが、もみじの新緑もまた素晴らしいものがあります。

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この日は子供の日に相応しい快晴でした。賀茂競馬は雨に祟られる事も多いのですが、これだけの良い天気だと、馬たちも気持ち良く走れたのではないかしらん。

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もみじはそこかしこに植えられていますが、中でもならの小川沿いが一番の見どころかな。賀茂競馬など儀式の時には、御祓の場として使われる神聖な場所でもあります。

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新緑には青空が似合いますね。雨に打たれる姿も良いけれど、初夏らしい風情と言えばこちらでしょうか。一年の内でもそう何度も無いという爽やかな一日でした。

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2016.05.18

京都・洛北 新緑案内 ~圓光寺~

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一乗寺界隈で、詩仙堂と並ぶ新緑の名所が圓光寺です。庭の趣きは詩仙堂とまるっきり違いますが、新緑の美しさは甲乙付ける事は出来ません。(写真は全て昨年撮影したものです。)

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以前は静かだった圓光寺ですが、最近はマスコミへの露出が多くなったためか拝観者が増えています。冒頭の様な額縁写真を撮るのはなかなか難しくなっていますね。

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圓光寺は、近年まで尼僧専門の禅道場でした。今でも座禅堂は残っており、日曜日の早朝には体験座禅会が行われています。観光寺院とは違う禅寺としての顔が垣間見えますね。禅の世界を体験してみたいと思う方は、申し込まれては如何ですか。

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2016.05.17

京都・洛北 新緑案内 ~詩仙堂~

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新緑を見るならここは外せないという場所がいくつかありますが、詩仙堂もその一つです。庭園を埋め尽くすもみじの新緑は、圧倒的なものがありますよ。(写真は全て昨年撮影したものです。)

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その中でも圧巻なのがこの景色かな。紅葉の時も中心になるところですが、新緑においても見所となりますね。

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詩仙堂と言えばサツキですが、そろそろ早い株では咲き始めている頃かな。例年ならピークは来月上旬頃でしょうけど、昨年は5月末に見頃を迎えていました。これまでの他の花の傾向から見ると、今年も昨年並みになるのかしらん。とりあえず今週末にも確かめて来たいと思っているところです。

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2016.05.16

京都・洛東 新緑案内 ~真如堂~ 

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先週末は京都に行けなかったので、今週は過去に撮った写真からの構成となります。まずは、行く予定だった真如堂の新緑からです。(写真は全て昨年に撮影したものです。)

Sinnyodou1605172

真如堂はもみじが多く、どこを歩いても新緑を楽しめますが、割と好きなのがこの階段から見上げた三重塔と新緑のコラボです。この時は曇り空でしたが、背景が青空だともっと綺麗ですよ。

Sinnyodou1605173

真如堂は新緑が素晴らしいだけでなく、季節の花々が楽しめる場所でもあります。今の時期なら卯の花、もう少ししたらサツキ、更には菩提樹や沙羅が咲き始めます。今年は既に紫陽花も咲き始めているそうですね。これから先、訪れる楽しみが尽きない真如堂です。

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2016.05.15

真田丸 第19回「恋路」

大坂城。侍女に変装した茶々を、城内を案内して歩く源次郎。入ってはいけないと言われている蔵を見てみたいと茶々。覗くだけですからと源次郎。

武具の蔵に入った二人。父と母と弟、義父は殿下に殺されたと茶々。幼い頃から沢山人が死ぬのを見てきた、だから血を見るのも怖くない、人が死ぬのも自分が死ぬのも怖くないと茶々。長巻を見て、血の臭いがする、どんな人の血と茶々。その長巻を倒してしまい、慌てて飛び退く茶々。彼女を受け止める源次郎。源次郎に抱きつく茶々。殿下に側室になる様に言われた、そなたはどう思うと茶々。殿下の側室になる事が幸せかどうかは判らない、しかし、断ればあまり幸せにはなれないと源次郎。

廊下を歩く二人。カステラを持って後ろから追いついてきたきり。カステラを美味しそうに頬張る茶々。驚くきり。見なかった事にしてくれと源次郎。

寧の部屋。寧の膝枕の上で、茶々に惚れてしまったとぬけぬけと言う秀吉。あきれる寧。かかならどうすると秀吉。下手な小細工などせず真正面から行くしかないと寧。

茶々の部屋。聚楽第の絵図面を広げ、いずれ政治の中心をこちらに移す、茶々も行くのだと秀吉。源次郎も一緒でなければ嫌だと茶々。もちろん源次郎も一緒だと秀吉。楽しくなりそうと茶々。

殿下の前であの様な事は言うものではないと源次郎。別に恋仲ではないのだから良いではないかと茶々。既に城内の噂になっていると大蔵卿。驚く源次郎。源次郎を呼び出す且元。

茶々は信長公の姪、信濃の小大名の息子が相手をする様な方ではないと且元。

駿府城。源三郎相手に、徳川の与力になった事は悪い事ではない、少なくとも徳川から攻められる事はもうないと信伊。

昌幸の部屋。駿府城の絵図面を前に、賤機山から城内が丸見えだ、もしこの城を攻めるならここに陣を敷くと昌幸。良きお考えと信伊。

縁側で佇む松。そこにやって来た源三郎。この城の事は何も思い出せないと松。ここは初めて来る城だと源三郎。何だ、もっと早く言ってと源三郎を突き飛ばす松。今のは実に姉上らしかった、上田に行けばもっと色々思い出すはずと源三郎。

家康の部屋。忠勝相手に、真田の動きを知るため間者が欲しい、そなたの娘の稲を源三郎の嫁として送り込みたいと家康。苦悩する忠勝。

昌幸に源三郎と稲の縁組みを伝える家康。稲を一度家康の養女とし、徳川家と真田家の縁組みという事にしたいと正信。源三郎には既にこうという嫁が居ると昌幸。離縁すれば済む話、これほどの良縁をそれしきの理由で断るとは言わせぬと家康。源三郎を睨み付ける忠勝。

昌幸に、断って欲しいと源三郎。これは徳川から真田に人質を出すようなもの、無碍には断れないと信伊。家康の狙いは何かと昌幸。真田の内情を探るための間者かと信伊。使えるなと昌幸。断れば波風が立つと信伊。こうは里へ帰そうと昌幸。本気ですかと源三郎。全ては真田のためと昌幸。

稲を説得する忠勝。殿のために働きたいと稲。真田の内情を探るためだと忠勝。間者となるのですか、それなら喜んでお役目を果たしますと稲。娘を抱きしめる忠勝。

稲と源三郎の対面。似合いの二人だと家康。

大坂城。源次郎と茶々の噂をする長泰、且元、清正たち。秀吉に伝えると且元。源次郎を許さないと清正。

秀吉の部屋。茶々を蔵に連れ込んだのかと問う秀吉に、決してそのような事はないと答える源次郎。しかし、見た者が居ると且元。誰がその様な事を言っているのか、ここに連れてきてもらいたいと源次郎。又聞きの又聞きなのでと且元。そんな曖昧な話を伝えたのかと秀吉。しかし、噂は広がっていると且元。根も葉もない噂ですと源次郎。源次郎を信じると秀吉。この際、役目を変えて欲しい、もっと殿下の側で学びたいと源次郎。もう少し茶々の側に居てやってくれと秀吉。

花畑。山吹の花を手折り、源次郎に手渡す茶々。その花を耳に挟んだ源次郎。山吹を取り戻し、この花を母は良く押し花にしていた、私もそうしますと茶々。その様子をじっと見つめる清正。

秀次の部屋。源次郎を責めるきり。そこに現れた秀次。秀次に、清正の誤解を解いて欲しいと頼む源次郎。無理だと秀次。代わりに三成に宛てて文を書いてやろうと秀次。

文を読み、これ以上不可思議な死を迎える者があってはならないから手を貸すと三成。清正には九州征伐のために九州へ行ってもらう、そなたに構っている暇はなくなるはずだと三成。ありがとうこざいますと源次郎。堺に発つ三成。

三成に助けてもらったと源次郎。そう恩に着る事もない、清正が九州に行く事は以前から決まっていたと吉継。清正を九州に行かせるのは、この国を統一した後、九州から朝鮮に渡って明国に攻め込む、その時のためだと吉継。

清正に九州攻めを命じる秀吉。

聚楽第。ここで私は暮らすのですか、何だか落ち着かないと茶々。すぐに慣れると秀吉。向こうには何があるのですかと茶々。蔵ですと三成。また一緒に見に行きましょうねと源次郎を振り向く茶々。それを聞きとがめ、源次郎を問い詰める秀吉。殿下を欺いていましたと源次郎。御所から使いが来ると席を外す三成。大蔵卿を下がらせる秀吉。一緒に出て行こうとする源次郎。呼び止める秀吉。

よくも謀ってくれたなと秀吉。申し訳ございませぬと源次郎。私が誘ったのです、源次郎とは何もないと茶々。どの蔵だと秀吉。武具の蔵ですと源次郎。ため息を付く秀吉。

茶々を呼び、忌まわしい思いをして欲しくないと思い、あの蔵から遠ざけていた、何倍もの美しいものを見、楽しい思いをさせてやる、それが自分に出来るせめてもの償いだと秀吉。間もなく私は天下人となる、そなたは天下人の妻となるのだと秀吉。北政所様が聞いたらお怒りになりますと茶々。あれは大事な女だが色恋は無い、この聚楽第で天下人の妻として暮らして欲しい、そして死ぬ時には日の本一幸せな女でしたと言わせて見せると秀吉。

大坂城。寧の部屋に駆け込み、茶々が側室になってくれると約束してくれたと寧を抱きしめる秀吉。とまどう寧。

聚楽第。日本一口の上手い男の誘いに乗ったのかと茶々を問い詰める大蔵卿局。手の内は全て見えていた、しかし、額に汗して私を口説いているところを見てふとその願いを叶えてやりたいと思ったのだと茶々。源次郎に向かって、あなたは殿下に返す事にしたと茶々。おかしな話をします、あなたと私は不思議な糸で結ばれている、離れ離れになってあなたはいつか戻ってくる、そして同じ日に死ぬのと茶々。遠い日である事を願っていますと源次郎。山吹の押し花を源次郎に手渡す茶々。

花畑。茶々様と離れられて良かったときり。じっと山吹の押し花に見入る源次郎。その花を取り上げて食べてしまうきり。

奥の間に入り、正式に側室となった茶々。

茶々を側室に迎えたという事は、信長公を飲み込み超えるという事、この先殿下はどこに向かうのかと独りごちる三成。

幸せそうに茶々の手を握り、桜に見入る秀吉。


今回もほぼ創作の回でした。史実と一致するのは、源三郎の正室として忠勝の娘が嫁入りした事、茶々が秀吉の側室となった事くらいでしょうか。あと聚楽第が京都に作られ、一時政庁として位置づけられた事も史実どおりですね。

聚楽第は「じゅらくてい」とドラマで呼ばれていましたが、以前は「じゅらくだい」と呼ばれる事の方が多かった様に思われます。どちらが正解かは説が分かれる様ですね。わずか8年で取り壊されたため、詳しい規模等は判っていませんが、少しずつ遺構が発掘されて来ており、石垣や堀を持った実質的には平城だった事が判ってきています。2012年には本丸南堀北側の石垣の基部が発掘され、話題になった事は記憶に新しいところです。周辺には各大名の屋敷が建ち並び、あたかも城下町の様な景観だったと言われます。源次郎は主としてこの聚楽第に詰めていたと思われるのですが、ドラマではどう描かれるのでしょうね。

ドラマでは、重要な事がさりげなく告げられていました。秀吉が唐入りを考えている事がそうですが、これは信長が構想していた事だと言われます。以前に秀吉は信長の後を引き継ぐのだと言っていた事と符合しますね。この事が豊臣政権を大きく揺るがせる事になるのですが、源次郎はどう関わるのでしょうか。

また、茶々が予言めいた事を言いました。同じ日に私たちは死ぬのとは何とも因縁めいた言葉ですが、最後にこれが現実のものとなります。このあたりの伏線の張り方は巧みですね。この伏線が回収されるのはたぶん最終回になるのかな。

次回は茶々が身籠もり、その事から少しずつ秀吉がおかしくなり始める様ですね。絶頂を極めた秀吉がどう崩れていくのか、源次郎がどう関わっていくのか、楽しみに待ちたいと思います。


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2016.05.14

京都・洛東 新緑2016 ~清閑寺 5.8~

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清水寺の奥に清閑寺があります。今は知る人ぞ知るという小さな寺ですが、かつては清水寺にも劣らない様な大寺でした。

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平家物語にも登場し、高倉天皇の后である小督が清盛の怒りに触れ、出家させられた場所としても知られます。

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境内には楓樹が多く、紅葉の名所としても知られます。つまりは新緑の名所でもある訳ですね。

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無理矢理出家させられた小督は、高倉天皇の死後、その御陵の側にあるこの清閑寺に住み、菩提を弔ったと伝えられます。小督の墓は高倉天皇の御陵の側にあると言われますが、御陵の中には入る事が出来ないので確かめる事は出来ません。その代わりというのも変だけど、清閑寺には小督の供養塔と伝えられる宝篋印塔があります。写真の奥にあるのがそうですね。せまい境内ですが、歌の中山の故事が伝わる参道と共に、物語の世界に思いを馳せながら新緑を楽しむには良い場所ですよ。

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2016.05.13

京都・洛東 新緑2016 ~清水寺 5.8~

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東山界隈で新緑の名所と言えば、やはり清水寺が一番の候補に挙がるかな。京都で最も有名な観光地ですが、それに相応しい景色が広がっていますよ。

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この日は久しぶりに随求堂の胎内潜りをしてみました。過去記事を調べてみると10年ぶりですね。その間にすっかり人気スポットとなり、今では外国人も多く訪れる様になっています。以前はあったエアコンの灯りは無くなっており、本当の暗闇になっていました。その中で浮かび上がる梵字はやはり美しく、外国人に人気なのも判る様な気がします。

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長く解体修理中だった轟門も素屋根が外されており、その姿を見せていました。まだ続き廊下の屋根が修理中で通る事は出来ませんでしたが、綺麗になった屋根瓦が修理の成果を示しています。

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その素屋根が無くなったので、清水寺の全景を撮ってみました。本堂から三重塔までオールスターが揃ったという感じで、これぞ清水寺という景色ですね。

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子安の塔の前からも全景を撮ってみました。ここ何年かの間どこかしら修理をしていたので、なんだか懐かしい様な気がしますね。でも、間もなく本堂が修理に入るはずですから、ここ暫くの間しか見られない貴重な光景になりそうです。

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清水寺の新緑はまさに今が盛りといった感じでした。境内が緑で溢れ、どこを歩いても緑に染まりそうでしたよ。ウグイスも鳴いていたし、まさに初夏の風情を満喫させてもらいました。

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2016.05.12

京都・洛東 新緑2016 ~三年坂 5.8~

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二年坂から三年坂へとやって来ました。産寧坂とも書くこの坂は、京都で最も有名な坂の一つです。

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この道も両側に土産物店などが並び、日中は人混みでごった返します。でも、早朝なら静かで情緒のある道ですね。

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三年坂の緑は、このしだれ桜が中心となります。もっとも、もみじより色が濃く、新緑というより緑陰という感じかな。

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坂の下にあるひょうたん屋さんでは、のぞき猫のうちの一匹が入院中との事でした。しょっちゅう修理されている様ですが、それだけ触る人が多いという事かな。人気があるぶん、受難も多い様ですね。

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例年ならツツジが咲いている道端も、今年はすっかり花が終わっていました。期待していただけに、ちょっと残念でしたね。どうにも勘が狂わされる今年の花です。


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2016.05.11

京都・洛東 新緑2016 ~二年坂 5.8~

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八坂の塔から二年坂にやって来ました。日中は観光客でごった返すこの道も、早朝ならそれほど人通りはありません。

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二年坂の新緑は、主として阿古屋茶屋のもみじです。樹齢何年かは判りませんが、なかなか立派なもみじですね。

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新緑とは言っても、葉はすっかり丈夫になっており、柔らかい新葉とは違ってきています。厳密には、新緑の旬は過ぎてしまったと言って良いのかも知れません。

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かさぎ屋さんの店先では、シロバナシランが咲いていました。こんな花がさりげなく咲いているのもまた、二年坂らしい風情の一つになっていると言えるでしょうか。

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二年坂の魅力はこの町並みにあります。新緑はその町並みのアクセントでしょうか。普段はあまりに人混みが多すぎて情緒も何もあったものではありませんが、こうして混雑を避ける事が出来ればここ本来の風情を楽しむ事が出来ますよ。ぜひ早朝散歩をお試し下さい。

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2016.05.10

京都・洛東 新緑2016 ~八坂の塔 5.8~

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建仁寺から八坂の塔へとやって来ました。以前は静かな界隈でしたが、今は観光客相手の店も出来て、随分と賑わう様になっています。

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少し前までは百日紅がここのアクセントだったのですが、最近はこの枝垂れ桜に代わっています。今年の花はどんな感じたったのか見てないのですが、数年後が楽しみな木ではありますね。

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この日は久しぶりに開山日になっていたので、入ってみる事にしました。受付で聞いてみたのですが、平日は閉めている事が多く、土日は出来るだけ開ける様にしているとの事でした。ただし、必ずという訳にも行かないそうです。何かと事情がある様ですね。

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少し気になっていたので聞いてみたのですが、八坂の塔の修理の予定は無いのだそうです。私的には相輪が傾いている様に見えるのですが、大丈夫という判断をしている様ですね。ずっと前に修理するという話を聞いた様な気がするのですが、勘違いだったのかしらん。

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残念だったのは聴鐸庵に行けなくなっていた事で、縁側で風鐸の音を聞きながら休ませてもらおうか思っていたのが駄目になってしまいました。まあ、塔の下でじっとしていれば風鐸のカンカンというかすかな音は聞こえるのですけどね、もみじ越しに塔を眺めながら聞けなくなったのは寂しいところです。

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2016.05.09

京都・洛東 新緑2016 ~建仁寺 5.8~

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5月の連休の最終日、新緑を求めて東山を歩いて来ました。混雑を避けるために早朝から出かけたのですが、初夏と呼ぶにふさわしいさわやかな一日でした。

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最初に訪れたのは建仁寺、言わずと知れた臨済宗の名刹です。ここに入るのは陀枳尼天の横の通路からが多いのですが、そこにあるのがこのもみじです。秋には黄色く色づく木ですが、今の時期は柔らかな新緑を見せてくれています。

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建仁寺のもみじはそこかしこに植えられているのですが、絵にしやすいのは三門周辺になるのかな。この写真は北側から撮っていますが、南側からこのもみじを覗くように撮るのも定番の写真の一つです。

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建仁寺の拝観時間は10時からと、比較的遅いですね。他の社寺は9時からが多いので、行かれる時には注意が必要です。かく言う私も一度間違えて、あれっとなった事がありましたっけ。

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西来院前のキショウブは満開になっていました。この花も例年よりは少し早い開花になるのかな。見に行かれるのなら、早めに出かけられた方が良いかもしれませんよ。

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2016.05.08

真田丸 第18回「上洛」

上田城。源次郎からの文により、大名に取り立てる事を約束されたと知った昌幸。喜ぶ源三郎とは裏腹に、秀吉の家来ではない、上洛はしないとへそを曲げる昌幸。

大坂城。稽古する阿国の一座を見守る源次郎。その中で、茂誠にもらったにおい袋をかぐ松。

利休に人はつらい事があったら記憶を無くし、別人として生きていけるものかと問う源次郎。何でも知っている訳では無いと利休。

上田城。上洛を勧めに来た兼続。自分が決める事と昌幸。

景勝は真田を許すようとりなしている、顔を潰す事がない様にと兼続。

とりの肩を揉みながら、どうしたものかと相談する昌幸。嘘でも良いから頭を下げよ、この先秀吉の勢いに翳りが出たら寝首を搔く、卑怯者で何が悪いととり。

評議の場。上洛すると宣言する昌幸。沼田はどうなる、秀吉の下に付くのは嫌だと頼綱。頭は下げても心は渡さないと昌幸。

大坂城。松の記憶を取り戻そうとする源次郎。自分は藤と頭を抱える松。

阿国に松を拾った事情を聞き、松を引き取る事になった源次郎。

きりに松の世話を頼む源次郎。寧に仕える事になった松。

太政大臣になると寧の部屋に駆け込んできた秀吉。信長、頼朝を超えたと喜ぶ秀吉。一緒に喜ぶ寧。

茶々の部屋。さほど嬉しくは無い、信長公が成し遂げられなかった事を引き継ぐ事だけが望みと秀吉。

昌幸が来ると秀吉。真田はどうなりますと源次郎。今考えているところだと秀吉。

上田城。秀吉の世が長く続くわけが無いと昌幸。それまでやつのふところに飛び込むのだなと昌相。なんならわしが光秀になっても良いと昌相。

天正15年2月、大坂に着いた昌幸。再会を喜ぶ源次郎と源三郎。寺に泊まれと言われた事に腹を立てている源三郎。大坂城は案外泊まる場所が少ないと取りなす源次郎。上杉や徳川と扱いが違うと源三郎。三成に掛けあってみますと源次郎。

再会を喜ぶ昌幸。大坂城をご覧になったかと源次郎。お前ならどう攻めると昌幸。大坂城は難攻不落と源次郎。必ず手薄なところがある、城周りの絵図面が欲しいと昌幸。

御文庫。三成に昌幸たちを城内に移らせる事は出来ないかと頼む源次郎。上杉や徳川とは格が違う、無理だと三成。

きり相手に、これからが心配だと源次郎。源次郎が殿下と昌幸の間に入って上手くやっていけば良いときり。松の事は話したのかときり。頃合いを見計らっていると源次郎。しっかりねときり。

上田城。置いてけぼりを食らった事を愚痴る薫。

吉野太夫の舞を見ながら、殿下も気が利くと上機嫌の昌幸。実は手を回したのは源次郎でした。

秀吉とはどんな男だと昌幸。信長、家康にも勝るとも劣らない器の男だと源次郎。一廉の人物かと昌幸。お調子者の様に見えるが、その裏に深さと恐ろしさを見たと源次郎。

秀吉の世は続くと思うかと源三郎。惣無事令を出し、枡の大きさを統一しようとしている、大名が勝手に戦を出来る世の中ではなくなったと源次郎。もう自分たちが戦場で暴れる日は来ないのか、生まれて来るのが遅かったなと源三郎。

献上品を確かめ、上物よとご機嫌な昌幸。そこに、献上品の検分に現れた三成と且元。どれも信濃の特産品ばかりと源三郎。総じて色味が悪い、箱だけでも鮮やかなものに差し替えましょうと三成。猪と熊の毛皮を見て、臭いなと三成。そういうものだと源三郎。後ろの方に押し込んでおきましょうと三成。面白くなさそうな昌幸。

拝謁の場。出てきたのは秀吉ではなく秀次。真田領は安堵する、これからはいかなる者も真田領を攻める者は無い、これより殿下のために尽くす様にと三成。以上であると席を立つ秀次。

こんな無礼な事があるかと源三郎。殿下は忙しい方ですからと源次郎。ないがしろにされたのだ、悔しくないのかと源三郎。家康を退けた父に殿下は一目置いていると源次郎。ならばこの仕打ちはない、殿下直々のお言葉が無ければ上田には帰れない、そう三成に伝えろと源三郎。呼びつけて置いて顔も見せないとは、秀吉も先が短いと昌幸。そこに現れ、昌幸の武勇を称える正継。機嫌が直った昌幸。

茶々に会い、秀吉への取り次ぎを頼む源次郎。

秀吉に向かって、父に会ってもらわねば出仕した事にならない、父は帰って戦支度をするつもりだ、真田を敵に回せば伊達、北条、徳川と結び、必ず殿下の前に立ち塞がると源次郎。わしを恫喝するのかと秀吉。恫喝していますと源次郎。

再び拝謁の場。熊の毛皮を着て現れた秀吉。上段から下り昌幸の前に座って、誰よりも家臣としたかった、その知略と度胸を豊臣のために使ってくれと秀吉。

昌幸に向かって、徳川の与力となる様にと伝える三成。徳川の家来になれと言われるのかと源次郎。家来ではない、与力だと三成。徳川の下知で戦えと申されますかと源次郎。その代わり、北条が攻めてきたとしても徳川が守ってくれる、盾となってくれるのだ、悪い話ではなかろうと秀吉。かしこまる昌幸。明朝、徳川に挨拶するために駿府に向かえと秀吉。

駿府城。秀吉からの書状を読み、昌幸がわしの前で頭を下げる日が来るとはなと家康。

昌幸の宿所。ここまで死力を尽くしてやって来た、そのあげくが秀吉の家来となった徳川のそのまた家来、こんな面白い事があるかと自嘲する昌幸。申し訳ありませんと源次郎。わしはどこで間違ったと昌幸。大名となり、領地を守った、間違えてなどいないと源次郎。

松を昌幸と源三郎に会わせる源次郎。驚き、喜ぶ昌幸たち。記憶を取り戻すために、真田の郷の思い出を話してはどうかと源次郎。口々に思い出を語る昌幸たち。何も思い出せないと松。少し風に当たりましょうと縁側に出るきりと松。

きりのかかとが、かさかさになっているのを見て、きりを思い出した松。全ての記憶を取り戻した松。喜び合う真田家の人々。

駿府城。家康に拝謁し、与力大名となった昌幸。哄笑する家康。

今回もほぼ創作の回でした。昌幸が秀吉の下に出仕し、豊臣直属の大名になった事、徳川の与力大名となった事は史実のとおり、その他の経過は創作です。大名となったのは昌幸と源三郎の二人で、昌幸の上田と源三郎の沼田を合わせて6万5千石の領地でした。

与力大名とは秀吉直属の独立した大名であるが、戦の時には徳川家の様な大大名の指揮下に入るというもので、決して家臣になるという訳ではありません。与力大名は織田政権時代から続いていた制度で、細川幽斎、高山右近、筒井順慶等が光秀の与力大名だったのがその一例です。真田家の場合は、地理的関係から徳川家の与力となるのは必然だったと言えるでしょう。ドラマでは昌幸がなぜこんな事になったと落ち込んでいましたが、国衆から一躍大名となった訳ですから、むしろ飛躍と言って良い話だったと思われます。

ドラマとしては出色の出来で、昌幸と秀吉の間に入った源次郎の活躍は見事でした。これだけの気働きの出来る息子を持った昌幸は幸せでしょうね。松を巡る真田家の人々も面白く、三谷脚本の真骨頂と言えるでしょうか。

ドラマでは既に馬廻りとなっている源次郎ですが、実際にはこの昌幸の上洛を機に人質として大坂に置かれる事となりました。そして時期は判りませんが、秀吉の馬廻りとして取り立てられ、領地も与えられる事となります。その意味では、やっとドラマと史実が一致した事になるのかな。

次回は茶々と源次郎が危ない関係になる様ですね。また三谷脚本らしい面白い展開が見られそうで楽しみです。

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2016.05.07

京都・洛東 新緑2016 ~東福寺 5.4~

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方丈から通天橋にやって来ました。橋から見る景色は緑一色、まさに新緑で溢れていました。

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ただ、新緑と言っても新葉が展開したばかりの瑞々しさは感じられず、少し乾いた感じになっていたのは否めません。新緑の見頃というのも、ごくわずかの期間だという事が判りますね。

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でも、真夏の頃の様な深い緑ではなく、まだまだ柔らかさを残した新緑である事には違いありません。これから行かれても、初夏らしい美しい緑に出会う事は出来ますよ。

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そんなに数は多く無いけれど、ツツジとのコラボレーションも見事でした。もみじしか無い様に言われる東福寺ですが、開山堂前ではカキツバタも咲いていましたし、時期が来ればサツキも咲き始めるはずです。既に葉桜となっていますが、桜も何本かあるのですよ。

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まあ、圧倒的なのはやはりもみじはあるのですけどね。紅葉の時期が見事である事は言うまでもありませんが、当たり外れが無いという意味ではこの新緑も紅葉以上に素晴らしいと言えるかも知れませんね。

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2016.05.06

京都・洛東 東福寺方丈 八相の庭

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光明院を訪れた後、久しぶりに東福寺の方丈に入ってみる事にしました。東福寺の方丈の四方にはそれぞれ趣の異なる庭が配されており、八つの要素がある事から八相の庭と呼ばれています。

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これはその一つ、北斗の庭。その名の通り石柱で北斗七星を象った庭で、7本の石柱がそれぞれ違った長さになっており、リズムを感じさせます。後方の生け垣は天の川を模したものだそうですが、それはちょっと想像力を要しますね。

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方丈の南側にある枯山水の庭は、冒頭の写真の様に巨石を配されている事が特徴で、作庭者の重森三玲氏らしい大胆さが面白いですね。この石は仙人が住むという四仙島を表し、反対側にあるこの築山は五山を表しているそうです。ただ、この五山というのが今ひとつ良く判らないのですが、中国で崇められている五岳の事を指しているのかしらん。

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西庭はさつきの刈り込みと白砂、苔からなり、井田市松と呼ばれるそうです。パンフレットの写真に依れば、サツキの季節になると綺麗な花が咲くらしく、その時分に一度来て見たいですね。

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北庭は敷石と杉苔からなる市松模様の庭で、禅寺の庭に幾何学模様を持って来るという重森氏の型破りぶりが面白い庭です。ある意味、一番有名な庭なのかな。

久しぶりに見た方丈庭園でしたが、作庭後77年が経過しているにも関わらず、斬新さは少しも失われてないばかりか、また新しい発見もあったりして、名作と呼ばれるに相応しい庭でした。私は知らなかったのですが、2014年には国指定の名勝になっていたのですね。それも当然と言える良い庭だと思います。

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2016.05.05

京都・洛北 賀茂競馬2016 ~上賀茂神社 5.5~

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平成28年5月5日、913回目となる賀茂競馬が行われました。寬治4年(1093年)に宮中儀式が上賀茂神社に移されたという古い起源を持つ儀式で、以来今日に至るまで一度も中止された事がないという歴史を持ちます。

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なにしろ古い行事ですから、儀式、儀式の連続です。関係者でもスケジュール表を見ていないと、次に何があるのか判らないといった具合の様ですね。これはその一つ、馬立の儀で、境内外末社である藤木神社へ参拝するというものです。社家町を馬が行くという、なかなか情緒のある儀式ですよ。

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これは馬場の横にある神様がおわす場所です。五本の矛に神様が宿られて競馬をご覧になる場所で、四番の勝負が終わった後は矛が倒され、神様は本殿へと帰られます。また、勝負に勝った乗尻は、ここにある頓宮に参拝し、勝利の報告をする事になります。その時も様式が決まっており、興味深いものがありますよ。

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勝負が始まる前に馬場の状態を確かめるのが警護役です。今は地元の小学生が勤めており、その可愛らしさから人気がありますね。

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競馳に先立ち、馬に乗った乗尻が馬場を南下して来るのが九折南下です。馬場を九回折れながら南下するというもので、陰陽道の影響があると言われています。

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九折南下が終わったら競馳に入りますが、その前に馬を馬場に慣らすための三遅、巴、小振の儀が行われます。これも陰陽道の影響があると言われますが、詳しくは判っていないそうですね。初めて見ると退屈な儀式なのですが、慣れてくると必要な間だと感じるのが面白いところです。相撲の仕切りと同じ感じかな。

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一通りの儀式が終われば、いよいよ競馳の開始です。しかし、一番目は左方が先行し必ず勝つ様になっているので、初めて見る場合は注意が必要です。二番目からは真剣勝負で、乗尻の冠が向き合った時に「おうたー」という叫び声が上げられ、それを合図に走り出します。

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勝負は、最初に走り出した時の馬体の差が、勝負の楓のところで離れたか縮まったかで判断されます。でも見ていても判定は難しいですね。

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今年は昨年が遷宮の年であった事から七番勝負となりました。結果は左方の4勝3敗となり、無事に五穀豊穣が保証されました。今年はこれからは良い年になりそうですね。

今日は五月晴れに恵まれてとても良い気持ちでした。来年もまた、この儀式に参加できれば良いなと思っているところです。

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2016.05.04

京都・洛東 ツツジ2016 ~光明院 5.4~

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平成28年5月4日の光明院です。今日は大刈り込みのツツジが見頃を迎えていました。

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暫く体調を崩していて外出は控えていましたが、やっと回復して外に出る事が出来ました。何のための連休かと思わずに居られませんでしたが、今日は5月らしい爽やかさで実に気持ちが良かったです。健康のありがたさが身に染みましたね。

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光明院のツツジは、規模の割りに寂しい感じがするのですが、まあ大体毎年こんなものです。たぶん、刈り込みの時期が花芽が出来た後になっているんじゃないかな。それに、1~2割程度はサツキが混じっているので、その分も割り引かなくてはなりません。

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でも、この庭に一面の花は似合わないとも思われ、これくらいが上品な感じで丁度良いんじゃないかしらん。ここは連休中でも訪れる人も少なく、この時期の穴場の一つですよ。

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2016.05.03

京都・洛北 大田沢のカキツバタ

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足汰式に行ったら寄るつもりだったのが大田沢です。ここのカキツバタの群落は、京都では有数の規模を誇り、天然記念物に指定されています。これまで知らなかったけれど、日本三大群落の一つにも数えられるそうですね。(写真は昨年撮影したものです。)

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今年の情報はまだ持っていないのですが、平安神宮ではすでに見頃となっているとの事であり、たぶんここも結構な咲き方になっているんじゃないかと思われます。早いと言えば昨年もそうでしたし、温暖化のせいなのかどうかは判りませんが、年々開花が早くなっているのは確かです。

昨年は少し寂しい咲き方だったのですが、今年はどうなのかしらん。元に戻っていれば良いのだけれどな。連休中に見に行ければと思っているのですが、さてどうなりますか。

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2016.05.02

京都・洛北 足汰式2016 ~上賀茂神社~

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今年の連休前半は体調を崩したため、どこにも出かけられませんでした。せっかくの好天だったのにもったいない事をしたもので、健康の有り難さが改めて判りました。その中で、一番行きたかったのが上賀茂神社の足汰式(あしぞろえしき)です。これは5月5日に行われる賀茂競馬の予選会のようなもので、本番当日と違い、埒の際に立って見ることが出来るのが魅力の一つになっています。実際、目の前を馬が全力で駆け抜けていく様は迫力満点ですよ。(写真はすべて昨年撮影したものです。)

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足汰式にも、本番当日と変わらない儀式があり、それらを見るのも楽しみの一つです。これは、ならの小川で足を清めているところであり、身を清めるという意味と、儀式の無事ほ願うという事もあるのでしょうね。

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こちらは、馬の歯を見ることで年齢を知ろうとしているところです。これは競争の公平さを保とうという狙いからで、馬の力と乗尻の技量を考慮して本番当日の組み合わせが決められます。もっとも、最初に走る馬と乗尻は最初から決まっており、一番優れた馬に一番優れた技量を持った乗尻が乗る様になっています。これはかつて京都所司代から拝領した馬が必ず勝つ様にしたという名残であり、今もこの伝統はも守られています。

さて、連休後半は体調が回復してくれるかしらん。せめてこの賀茂競馬には行きたいと切に願っているところです。

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2016.05.01

真田丸 第17回「再会」

上田城。徳川勢が攻めてくるとの報に接し、新しい策で迎え撃つと昌幸。源次郎から何の知らせも無い事に不信感を募らせる源三郎。

大阪城。京から帰った秀吉に、真田を救うべく必死に食い下がる源次郎。うるさいと一喝し、面白いものを見せてやると源次郎を誘う秀吉。

浜松城。秀吉の名代として表裏比興の者である真田の首を刎ねよという命令を家康に伝える且元。謹んで受ける家康。

今度こそ真田を滅ぼすといきまく家康。私におまかせあれと忠勝。

大阪城。秀吉の誘いは出雲の阿国の踊りを見る事でした。そんな心境にはなれないと源次郎。これは他言無用と前置きし、殿下は家康に真田攻めを命じた後にすぐに取りやめの命を出されると三成。家康は自分の顔を立てた、そこでこちらも家康の顔を立てる、その上で中止の命を出し、その時家康がどう出かるを見極めるのだと秀吉。その事を且元は知っているのかと源次郎。あいつはそんな腹芸が出来る男では無い、真田は自分が守ってやると秀吉。

阿国の舞。

源次郎に、茶々の側に居て変な虫が付かないよう見張っていて欲しいと頼む秀吉。

踊り子の中に松とそっくりな女を見つけてはっとする源次郎。

浜松城。秀吉からの真田は関白預かりとするとの書状に接し、怒り狂う家康。とまどうばかりの且元。

真田の方が付いたとなれば、上洛を命じてくるはずと正信。わしは行かぬと家康。

上田城。秀吉が家康に待ったを掛けたと知り、ほっとする昌幸。これで時が稼げる、その間に上田の城下を鉄壁に仕上げると昌幸。我らも上洛した方が良いのではないかと源三郎。もっと真田の値打ちを高めるために、上洛はしないと昌幸。

大坂城。新たに茶々の警護役を命じられた源次郎。

家康が上洛して来ない事に苛立つ秀吉。後は人質を差し出すよりないと三成。既に旭姫を出していると秀長。それ以上の人質を出すのですと三成。実の妹以上となると、それしかないかと秀吉。

なかに人質に行ってくれと頼む秀吉。反対する寧と秀長。物見遊山のつもりで行けばと秀次。秀吉のためならと承知したなか。

その様子を詰めの間に居る源次郎に伝えるきり。そこに現れた茶々。きりを幼なじみと紹介する源次郎。二人はいい仲かと問う茶々。ええ、まあと答える源次郎。嬉しそうに去るきり。きりの仕草を真似る茶々。そこに現れた三成。

御文庫。家康は人質をどのように扱うのかと源次郎に問う三成。三成は以前とりが家康の人質になっていた事を知っていたのでした。自分には大政所を守る大任があると三成。祖母は大切にされたと言っていたと源次郎。昌幸の母でさえそうなのだ、殿下の母をぞんざいに扱うはずがないと吉継。そこに現れた清正と正則。

なかを人質に出すと聞き、三成をなじる清正と正則。万が一の事があったらどうするのかと聞かれ、何もしないと答える三成。激高する清正。間に入って止めようとする源次郎。全ては殿下が決めた事と三成。三成が焚きつけたに違いないと清正。三成を誤解していると吉継。お前には情というものがないと決めつける清正。

馬鹿と話すと疲れると三成。なぜ大政所を守るために尽くすと言わないのかと源次郎。あいつらに好かれたいとは思っていないと三成。

浜松城。母親を人質に出すとは思い切った事をと家康。そろそろ上洛してやりますかと正信。猿の母親をどうやって見定めると家康。それを知っている人がすぐ側に居るではないですかと正信。

旭姫の機嫌を伺う阿茶局。不機嫌な様子の旭。そこに入って来て、なかが大坂からやって来る事になったと知らせる家康。阿茶を通して何時かと問う旭。間もなくだそうだと家康。仏頂面な旭姫の手を取り、少しは笑ってくれと家康。阿茶局を通して笑っていると答える旭。

天正14年10月18日。岡崎城。大政所と対面を果たした旭姫。抱き合う二人を見て、上洛の支度をと正信。

大坂城。阿国の一座の稽古。一座の中で藤の髪飾りを付けた女を見て、松ではないかと思う源次郎ときり。

一座の踊り子に向かって、力が入りすぎている、丹田から息を出すつもりですうっと吐く、すると力が抜けると教える阿国。

松という人は居ないかと阿国に尋ねる源次郎。そんな名の者は居ないと阿国。松を見つけて、声を掛ける源次郎ときり。しかし、人違いだと笑い飛ばす松。他人のそら似ではと阿国。

夜。突然源次郎の部屋に入ってきた秀吉。慌てる源次郎。頼みがあると秀吉。明日、家康の前に出るとしゅんとしてしまう、しかし、それではいけないと秀吉。今夜の内に家康に会っておけば上がらなくて済むと秀吉。その仲立ちを頼みたいと三成。そう言われましてもととまどう源次郎。有無を言わさず、すぐに支度をと三成。

秀長の屋敷。家康に拝謁する源次郎。源次郎の背後に控える謎の男。上田合戦の話を交わす二人。今夜の内に殿下が話しをしたいとおおせと伝える源次郎。話が見えないと家康。突然、面倒くさいと立ち上がった謎の男。それは秀吉でした。驚く家康。

明日の会見で一芝居打って欲しいと頼む秀吉。明日、色々と偉そうな事を言うから、最後に不肖徳川家康、殿下に全身全霊をもってお仕えすると高らかに言って欲しいと頼む秀吉。まだ事態を飲み込めない家康。お前からもお頼みしろと源次郎に命ずる秀吉。お願いしますと頭を下げる源次郎。自分は芝居が苦手だ、身体ががちがちになってしまうと家康。それを聞いて阿国の事を思い出し、丹田から息を吐き出せば固さが取れると源次郎。そのとおり試す秀吉と家康。拝謁の最後に、殿下の陣羽織をそれがしに、殿下に逆らうものはこの家康が成敗しますと言って欲しいと秀吉。芝居がどんどん難しくなっていると家康。やってちょうでゃせと頭を下げる秀吉。お手を上げて下さいと家康。これからは二人で新しい世を築いていくのだ、二人が同じ思いでいる事を万民に知らせたいのだと秀吉。わかりましたと秀吉の手を取る家康。手を取り合って笑い合う二人。

廊下。源次郎に真田に宛てた文を手渡す三成。旅の僧に預けても駄目でしたかと源次郎。これも預かっていると源三郎からの文も見せる三成。真田と徳川の事は決して戦にはしないと言ったはずだ、そして徳川は真田討伐をあきらめ、上洛して臣従を誓う、あわてふためいていたのはお前一人だ、もっと物事の裏を読め、素直なだけでは生きていけないと三成。肝に銘じますと源次郎。それにしても不思議な男だ、お前のような薄っぺらな小僧が、上杉に気に入られ、徳川に取り入り、殿下の心を掴んでしまった、何者なのだと三成。真田昌幸の次男坊ですと源次郎。

上田城。秀吉の滅びる日も近い、まだ上洛はしないと昌幸。

大坂城。打ち合わせ通りの芝居をする秀吉と家康。


今回は家康の上洛をめぐる駆け引きが描かれました。今回も大筋は史実どおりで、源次郎の関わり部分だけが創作ですね。でも、やはり三谷脚本は面白く、良く出来たドラマだと実感させられます。

表裏比興者とは、実際に秀吉が書状の中で昌幸の事を指して言った事で、昌幸の変幻自在な立ち回りを、表裏定かで無い卑怯者とののしったのでした。ただし、実際には上杉に対する書状の中だった様ですね。前回の副題の表裏はこの事を指すと思っていたのですが違いました。

家康に対する真田征伐の書状は8月6日付けだったのですが、翌7日付けの書状では真田の問題は秀吉が預かるという命令を出しています。このあたりもドラマにあったとおりですね。なぜこんな朝令暮改をしたのかには諸説ありますが、主なものとしては上杉がとりなしたとする説、真田を滅ぼす事で信州の勢力バランスが崩れる事を恐れたとする説、ドラマにあった様に家康との間での信頼関係を築くための駆け引きだったとする説などがあります。

大政所が人質に出された事も史実にあるとおりで、表面上は健康の優れない旭姫の見舞いのためという名目でした。そして、岡崎城で抱き合う二人を見て、大政所が本人と見極めたのもドラマで描かれたとおりです。ただし、家康が大政所を大事に扱ったかと言うとそうでもなく、自分の身に何かあった時のためにと、大政所と旭姫の部屋の周囲には薪を積み、いつでも火を付けられる様にしたとも伝えられます。

家康と秀吉の対面の前夜に、秀吉が家康の下を尋ね、明日は一芝居打ってくれと頼んだという事も、史実とされていますね。これによって家康ほどの者が秀吉に心より臣従したと世間に思わせ、天下の安定を狙ったと言われています。

次回は昌幸の上洛が描かれる様ですね。昌幸が秀吉とどう関わるのか、楽しみに待ちたいと思います。


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