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2016年1月

2016.01.31

真田丸 第4回「挑戦」

天正10年3月20日、諏訪、法華寺に入った昌幸と源次郎。

徳川の旗を見て、三方原の戦いを思い出すと昌幸。当時武藤喜兵衛と名乗っていた昌幸は、家康をとことん追い詰めた、あの泣き顔は今でも目に焼き付いていると笑います。
そこに現れた室賀。真田と上杉の密約の件は信長の耳に入っている、ひたすら詫びるのだと室賀。
信長は許してくれるだろうかと源次郎。わしの思うとおりの男ならなと昌幸。

所領を召し上げられはしないかと心配する梅雪。
当方の調略に乗ったのだ、ただの不忠者の小山田とは格が違うと家康。
真田が来ていると正信。誰か判らない家康に、あの武藤喜兵衛だと教える正信。嫌な顔をする家康。

あくびをしている昌幸。
織田の備えを見てくると源次郎。

弓の列を見て、さすがは織田殿と感心する源次郎。
これは徳川の弓と忠勝。そこに現れた家康。
そうとう気づかず、家康は几帳面な方だ、弓が寸分違わぬ間隔で並んでいると褒める源次郎。
褒められたぞ、と家康。
ただ、真田はもう少し先を行っている、弓立ての底には動かしやすい様に車を付けてある、私が考えましたと誇らしげに言う源次郎。
そなたが、と感心する家康。
そこに現れ、源次郎をたしなめる昌幸。
昌幸を見て、三河守と名乗る家康。おなじく名乗る忠勝。家康だったと知り、驚く源次郎。

家康に貢ぎ物の相談をする昌幸。馬が良かろうと家康。
三方原の戦いで、武藤喜兵衛という侍大将に手を焼いたと話を向ける家康。
外様ゆえ詳しくは知らぬととぼける昌幸。
そこに通りかがった光秀。信長はと問う家康に、今は茶器の検分をしておられると答える光秀。

信濃、真田屋敷。落ち着かぬ様子の源三郎。

怪しげな様子の松を見た源三郎。

作兵衛の家にやって来た松。後を付けてきた源三郎。
ご苦労様と家に入るきり。

中で待っていた茂誠。手を取り合う松。

中へ通せと怒鳴る源三郎。ご勘弁をと作兵衛。茂誠を匿っているのであろうと押し通る源三郎。

匿っておられるだろうと、姉を問い詰める源三郎。
誰をととぼける松。二つの握り飯を見て、どう見ても二人分だと源三郎。そこに、ごめん、ごめんと入ってくるきり。
源三郎を見て、ここは男子禁制にしようと言ったではないかと松に話しかけるきり。勝手に入って来てしまったのと松。
梅も加わって、ガールズトークで源三郎を煙に巻く松たち。
あきれて部屋を出る源三郎。

父が帰ってくるまでに、茂誠の行き先を決めておけと言い捨てて帰る源三郎。

法華寺。
随分と待たされると昌幸。待たされたあげくに、会えずに帰る者も居ると一益。案内された先で待っていたのは信忠。

信長宛と景勝宛の二通の文を示し、同じ者が書いたのは明白と信忠。そのようですなと昌幸。拝見したいと家康。
一方で織田家に従うと言い、もう一方で上杉に助けを乞う、これはどういう事か申してみよと信忠。
上杉宛の文は返書である、服属を求められたが今暫く時を頂きたいと記してあるはずと昌幸。確かにと家康。
何故、上杉にきっぱりと断らなかったのだと信忠。
方便だ、真田が織田に付くと判れば上杉が小県に攻め込んでくるかもしれない、それを欺くための文である。しかるに、それがここにあるという事はゆゆしき事、信長公には我らを守って頂くかなくては困りますぞと開き直る昌幸。困惑する信忠。
これは織田が手にする事を考えた上の偽の書状、自分を高く売るための策ではないのかと家康。そんな危ない橋を渡る事はしないと笑う昌幸。
実は別室に上杉の家臣、直江兼続を待たせてある、この場に兼続を呼び寄せて、真田に誘いの文を出したのが真か否か訪ねてみても良いかと家康。
確かめたければそうすればよろしいと昌幸。
偽りであったならば、ここで認められよとささやく家康。
この様な事でいつわりなどあってはならぬ事と嘯く昌幸。
じっと昌幸をみつめ、読み違えた、この書状は信じても良いと家康。

意表を突き、背後の廊下から現れた信長。ブーツを履いた異相の人物に目を見見張る源次郎。じっと昌幸を見下ろし、良き面構えだと言って立ち去る信長。おめでとうござると家康。

勝ち戦だと喜ぶ昌幸。ひやりとしたと源次郎。要は気合いだと昌幸。
廊下の先に立っていた梅雪を見て、声を掛ける昌幸。黙って立ち去る梅雪。

上野の沼田城と岩櫃城は滝川の物とすると一益。やむなく承知する昌幸。早々に小県の者たちを集めて今後の事を話し合いたい、それをとりまとめてくれと一益。承知したと昌幸。

信長とはどんな人だったかと問う三十郎。龍の様な眼をした人だと源次郎。穏やかにしていてあれだから、怒った時はどうなるのだろうと源次郎。その時、騒動が起こります。

お前が何をしたと言うのか、もう一度申してみよと何度も叫びながら光秀の頭を欄干に打ち付ける信長。
倒れた光秀を介抱する家康。虫の息でかたじけないとつぶやく光秀。それを見つめる源次郎。

真田屋敷。
源三郎、出浦らに、なんとか生き延びたと報告する昌幸。
安土に人質を出す事になったと昌幸。此度はばば様かと思っていると昌幸。すかさず、姉上はどうでしょう、私が説得してみせますと源次郎。

いやがる松に、お付きの者の中に茂誠を紛れ込ませると諭す源次郎。喜んで、安土に行くと松。

信伊に、沼田と岩櫃を差し出す事になった、その上に人質を取られるとは、力の無い事はみじめな事だと昌幸。

松を人質に出す事に反対する薫。覚悟は出来ていると松。それを見て、自分が行くととり。慌てる松。とりにお願いできますかと昌幸。源次郎に目配せする松。その時、ここは姉上に任せましょうと言い出す源三郎。人質は密偵の役目も果たさなければならない、ここは機敏な姉に任せるのが上策と源三郎。私も機敏だととり。いざとなれば馬も飛ばさなければならない、ここはぜひ姉上でと源次郎。松の懇願に折れる昌幸。安土まで姉を届ける役目を申し出る源次郎。

頼綱に、城を明け渡す詫びを入れる昌幸。上野で最も大事な城だと信長が認めたと言う事、むしろ鼻が高いと強がる頼綱。いずれかならず取り戻すと昌幸。

信長に馬を献上した昌幸。

安土に向けて出発した松の一行。その中に紛れ込んでいる茂誠。

6月1日、安土。珍しい事物に溢れた町並み。真田屋敷に入った松。
安土城を呆然と見上げる源次郎。

臭い袋を作る茂誠。その彼に、姉の側で働ける様にしてもらったと告げる源次郎。暫く安土を見て回りたい、新しい世が始まる、信長という男は面白いと源次郎。

鐘の音が鳴り響く安土の夜。その音を聞きながら匂い袋の香りを楽しむ松。下人に混じって眠る茂誠。

本能寺の変。信長の死。

嵐の予感に目覚めた源次郎。


今回もほぼ創作の回でしたが、昌幸と家康との駆け引きなど見応えがありました。特に上杉への文に込められた伏線の使い方は見事でしたね。

史実との関係で言えば、昌幸が武藤喜兵衛と名乗っていた時期があり、三方原の戦いに参戦したというのは史実にあるとおりです。ただ、そこでどんな活躍をしたりのかまでは伝わっていない様ですね。また、松が安土に人質に行ったという資料はありますが、史実かどうかは見方が分かれる様です。むしろ、源次郎と生母の二人を一益の下に出したというのが史実の様ですね。

信長が光秀を打擲したという話は有名で、光秀が「我らも多年骨を折った甲斐があった」と言った言葉が信長の癇に触ったとされます。ドラマで「何をしたか申してみよ」叫んでいたのは、この事を指しているのですね。ただ、これも史実かどうかを疑う向きもある様です。

次回は本能寺の変の後の混乱が描かれる様です。松を安土から救い出す事がテーマとなる様ですね。家康の伊賀越えも描かれるのかな。テンポの速い展開には驚かされますが、次が早く見たくなる面白いドラマですね。

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2016.01.30

京都・洛北 雪の降りたるは ~曼殊院~

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雪の日に訪れにくいという意味では、曼殊院はかなりのものですね。途中の坂道が雪ですべり、たどり着くだけでも一苦労をします。(写真はすべて昨年撮影したものです。)

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でも、それだけの甲斐はあって、雪景色の美しさは折り紙付きです。坂道の上に勅使門が見えた時の嬉しさは、ひとしおのものがありますよ。

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庭園も普段の雅さとは違い、モノトーンの雪国の風情です。時折、ばさっと雪が枝から落ちる音がする以外は、とても静かな時間だけが過ぎていきますよ。

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普段はあまり撮る気にならない中庭も、雪の日には違って見えます。これも雪の持つ不思議な力というものでしょうか。

今年はまだ雪が降るものなのかな。出来れば上手く週末に降ってくれると良いのですけどね。

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2016.01.29

京都・洛北 雪の降りたるは ~圓光寺~

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詩仙堂と同じく、圓光寺も座敷から見た雪景色が綺麗なところです。ここもやはり雪の日には訪れる人が少ないのも良いですね。(写真は全て昨年撮影したものたです。)

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誰も居ない、静けさだけが広がる庭で、かすかに響く水琴窟の音を聞いていると、別世界に居る様な気分になります。これって、ここならではの風情ですよ。

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枯山水の奔龍庭も雪で埋もれていました。かすかに砂紋が雪の表面に現れているのが面白いですね。この白い庭を見るだけでも、寒い中を出かける値打ちがありますよ。

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2016.01.28

京都・洛北 雪の降りたるは ~詩仙堂~

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普段は観光客で賑わう詩仙堂ですが、雪の日には意外なほど訪れる人が居ません。たぶん、駅からの長い雪道が敬遠されるからでしょうけど、この景色をほとんど独り占め出来るのはとても素敵な事ですよ。(写真は全て昨年撮影したものです。)

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さつきの刈り込みもすっかり雪に覆われて、微妙なアンデュレーションを描いています。その変化がこの庭の雪景色の美しさを形作っていますね。

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庭から見上げた嘯月楼も、雪国の庵という風情です。ここまで積もるのは、数年に一度くらいのものかしらん。

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もう一度座敷に戻って、庭を眺めてみました。やはり庭は奧に座って眺めるべきものですね。寒さで身体は冷えてたけれど、雪の風情を堪能できた一時でした。


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2016.01.27

京都・洛東 雪の降りたるは ~清水寺~

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清水寺の仁王門です。この門もまた、朱色と雪のコントラストが美しいポイントですね。(写真は全て昨年撮影したものです。)

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後ろを振り向けば、愛宕山が朝焼けに染まっていました。これだけ全山が雪に覆われるというのは、かなり珍しい事です。

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清水の舞台も白く染まっています。降雪のあった日は、安全の観点から舞台への立ち入りは禁止されるので、人であふれた普段の姿とはまた違った顔を見ることが出来ます。

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雪の日には、境内を隈無く歩くと、また面白い発見があったりします。足下は悪いけれど、億劫がらずに歩いてみる事をお勧めしますよ。

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2016.01.26

京都・洛東 雪の降りたるは ~三年坂~

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二年坂に続く三年坂もまた雪景色の似合う町並みの一つです。石段の雪が溶けているのが少し残念だけど、年に数回しか見る事が出来ない景色です。(写真は全て昨年撮影したものです。)

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まだ店の開く前の時間帯ですから、町並みがすっきりしているのも良いですね。賑やかな雰囲気も悪くはないですけど、雪の日には整然とした風情の方が合っています。

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静かな町並みを歩いていると、まるで雪国に来た様な錯覚に陥ります。違うのは、昼頃にはこの雪も溶けてしまう事ですけどね。

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めったには出会えないけれど、雪の京都は普段とは違う情緒を楽しむ事が出来ます。観光するには足下が不自由になりますが、それ以上の出会いがありますよ。

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2016.01.25

京都・洛東 雪の降りたるは ~二年坂~

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先週末は京都へ行けなかったので、今週は昨年に撮った写真からの構成となります。テーマは今の季節にふさわしい雪景色。まずは二年坂からです。

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大正時代に形作られた古い町並みに、雪は良く似合いますね。雪の日に最も訪れたい場所の一つだと思います。

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まあ、その風情も人混みにまみれては半減してしまうでしょう。やはり雪景色はまだ観光客の来ない早朝に見に行くのがお薦めです。

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2016.01.24

真田丸 第3回「策略」

真田の郷に戻った昌幸たち。
伸るか反るか、織田に賭けると決めた昌幸。それに従う一族郎党。
次はどう他の国衆をまとめるかだと昌幸。

信長を迎えるために、高遠城を片付ける家康。
城主の盛信の自害の跡を見つけた、案内すると忠勝。
勝頼の首を手厚く供養してやろうと家康。
その後すぐにその事を甲斐、信濃に広めましょうと正信。
その事が肝要と家康。

信濃に入った信長。
対応を迫られた国衆たち。
一同を集め、総代として信長に会いたいと昌幸。おぬしの家来では無いといきり立つ室賀。

あやつらをまとめるのは至難の事だと昌幸。
父上が私欲を捨てて尽くしているのが判らないのかと源三郎。
信長が自分を総代と認めれば小県は自分の物だったのに、残念だと昌幸。
私欲でしたかと源三郎。

櫛を幼なじみの梅に渡す源二郎。
そこへ室賀の者が山を荒らしに来たと知らせが入ります。
真田の郷は自分が守ると源二郎。
であえ、と叫びながら出て行く作兵衛。

上杉から密書が届いた、その返書を届けよと源三郎に命じる昌幸。
織田に付くのでは、と源三郎。
打てる手は全て打っておくのだと昌幸。

越後に向けて出立する源三郎。
それを見ていた国衆の手の者。

昌幸の動きを見て、不信感を募らせる国衆たち。

百姓たちを指揮し、室賀の者たちを追い払った源二郎。
その帰り道、変わり果てた姿の茂誠と出会います。

国衆の手先に襲われる源三郎。
倒れる佐助。
奪われた昌幸の文。

思った通り、真田は上杉と通じていた、それが信長に渡れば真田は終わりだと出浦。うなずく室賀。

腹を切って詫びると源三郎。
お前はやるべき事をやったまでと昌幸。
そこへ入ってきた出浦。
室賀は密書を持って信長に会いに行くそうだと出浦。
思うつぼだと笑う昌幸。
どういう事かと気色ばむ源三郎。
あの文を信長が読めば、昌幸という男は方々から声を掛けられる味のある男だと思うはず、自分も味わってみたいものだと考えるに違いないと昌幸。
無事だった佐助。唖然とする源三郎。

父に欺かれていた事に、男泣きする源三郎。

茂誠に再会し、喜ぶ松。暫くは身を隠していた方が良いと源二郎。嫌だと言い張る松。

自分は父に好かれていないのかもしれないと源三郎。
まずは先に用事を済ましてからと茂誠の下に案内する源二郎。

なぜ戻ってきたと茂誠をなじる源三郎。
兄上なら何とかとりなしてくれるかと思ったと源二郎。
知ってしまった以上、腹を召されよ、さもなくば自分が切ると源三郎。
今更切ったところで何になると源二郎。
けじめだと源三郎。
けじめなら、生きてつぐなうのがけじめだと源二郎。
この人を殺すなら自分も殺しなさいと松。
この事は父に伝える、しかし今夜ではなく明日の昼頃とすると刀を納める源三郎。
もう終わりだと茂誠。
兄は逃げろと言っているのだ、明日の朝迎えに来ると源二郎。

翌日、信長からの参上を促す文が届く。
源二郎に同行を命じ、信長という男が真田を託すに足る男かを見極めてみよと昌幸。
自分も行きたいと源三郎。ならぬ、自分たちにもしもの事があった時のためにお前に託すのだと昌幸。

信長に会うため、諏訪へと向かう昌幸と源二郎。

今回はほぼ創作の回でした。信長は武田家に直結していた甲斐衆には厳しかったのですが、信濃衆には寛大で、信濃の国衆はほぼそのまま受け入れた様です。なので、昌幸がドラマの様な小細工をしていたかどうかは不明ですが、いかにもやりそうな事ではありますね。このあたり作者も書いていて面白かったところではないかしらん。

今回で描かれた伏線は、昌幸と源三郎との間に溝が出来、犬伏の別れへと繋がっていくというあたりでしょうか。あと、源二郎の戦巧者ぶりが垣間見えたあたりかな。茂誠の今後も気になりますね。

次回は信長との対面が描かれます。源二郎の目から見た信長がどう描かれるか、楽しみに待ちたいです。

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2016.01.23

炭火焼ランチ ~鴨川たかし~

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河原町丸太町のすぐ近く、細い通りの中程に鴨川たかしという店があります。近江牛を使った焼肉懐石という面白いコンセプトの店ですね。夜の懐石がメインですが、昼のランチもあるという事で、少し贅沢なお昼をいただいてきました。

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食べたのは炭火焼御膳で、前菜に始まり、冷しゃぶ、近江牛の各部位の炭火焼き、ごはん、デザートからなります。
焼き肉も色々食べて来たけれど、これほど美味しいと思ったのは久しぶりじゃないかしらん。たぶん、肉も良いけれど、ご主人が目の前で焼いてくれる焼き方が絶妙だったからでしょうね。野菜も一緒に焼いてくれるのですが、いちいち脂身でぬぐい、艶やかに仕上げてくれるのも美味しかったです。

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値段は2150円と少し高めですが、ボリュームもあって贅沢な気分を味わえる事を考えれば妥当なところですね。次は夜の懐石料理を食べてみたいところですが、それこそ本当の贅沢になってしまうのが悩みどころです。

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2016.01.22

京都・洛中 第50回京の冬の旅 ~養源院~

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京の冬の旅の二カ所目は同じく相国寺の塔頭、養源院です。開祖は曇仲道芳で、足利義満、義持親子に寵遇された高僧でしたが、出世を望まず、養源軒という禅室を建てて隠棲されました。後に弟子が養源軒を相国寺に移して再興したのが現在の養源院です。

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この寺の見所は、なんと言っても秘仏の毘沙門天像です。鎌倉時代の作とされ、玉眼をはめ込んだ眼光の鋭さが印象的な像です。開運の御利益があるとされ、江戸時代には大坂にあった富くじ売り場に貸し出されたりしたのだとか。今は全身真っ黒ですが、元は彩色が施されていたそうです。

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この像には発見に至る謂われがあり、長く所在が知れなかったのですが、あるとき相国寺近くの商人の夢枕にこの毘沙門天像が現れて、我が像を修復して人々に参拝せしめよと告げました。この夢が三晩続いた事から商人が相国寺に相談し、山内を探すとこの像が見つかったのだそうです。そして、すぐに修復して公開したところ、沢山の参詣人を集めたとの事です。

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現在は秘仏とされ、普段は非公開で厨子の前に御前立ちが置かれています。今回の公開ではその御前立ちも見る事が出来ますが、まるで違った顔立ちですね。もう少し似せそうなものだけど、なぜなのかしらん。

他にも近衛家から移築した書院や茶室道芳庵(外観を見るだけですが)が公開されています。池泉式の庭も綺麗ですよ。

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2016.01.21

京都・洛中 第50回京の冬の旅 ~長得院~

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今年も京都冬の旅が始まっています。その連動企画である非公開文化財特別公開の一つ、長得院に行ってきました。

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長得院は相国寺の塔頭の一つで、応永年間(1394年~1428年)に創建されています。開山は仏慧正統国師で、相国寺第十九世住持を勤められた方です。この寺は足利第5代将軍義量の菩提寺となった事から、その法号を取り
長得院と名付けられました。

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ここの見所はふすま絵にあり、岸徳の筆による水墨画を見ることが出来ます。岸徳は岸駒の婿養子で、虎の絵を得意とした岸駒の弟子らしく、見事な虎が描かれていますよ。また、大鷲の絵も迫力があってよかったな。

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庭園は、はっきり言って冬には見るべきものが無いです。もう少しすると紅梅が咲くそうなので、少し印象も変わる事でしょうね。苔やもみじが美しくなる初夏に訪れるともっとよくなるかな。面白いのは三段に分かれた石積みで、ちょっと他では見られませんね。奥行きを出そうする工夫だそうですが、京都の庭には珍しい作りなのが印象的でした。

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2016.01.20

京都・洛北 京都梅事情2016 ~北野天満宮 1.16~ 

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平成28年1月16日の北野天満宮です。この日は早咲きの梅が五分から、早い木では満開近くにまでなっていました。

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今年は雨の開花が早いとは聞いていましたが、これほどとは思わなかったですね。まだ1月の半ばだと言うのに、もう2月中旬かと思うほどの咲き方です。

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もっとも、早咲き系がすべて咲いているかと言うとそうでもなく、木によってまちまちですね。おかしな気候に、梅も戸惑っている様子です。

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紅梅殿前の庭は、だんだんと形になって来ました。これは平成39年に行われる「千百二十五年半萬燈祭」に向けての整備で、曲水の宴なども開ける様にするそうですね。そうすると、まだまだ整備も半ばといったところなのかしらん。完成後は出入りが自由になるのかどうかが気になるところですが、楽しみではあります。

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大絵馬はまだ飾ってありました。松の内を過ぎると下ろすのかなと思っていたのですが、1月中は飾っておくのかしさらん。それにしても、梅に猿とは、いかにも天神さんらしい絵柄ではありますね。

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2016.01.19

第34回全国都道府県対抗女子駅伝

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平成28年1月17日、第34回全国都道府県対抗女子駅伝が行われました。今年も観戦したのは4区でしたが、少し場所を変えて河原町丸太町交差点に行ってみました。ここなら3区と4区の中継所に近いのでたすき渡しが見られるかと思ったのですが、甘かったです。少し遠すぎましたね。

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それでも中継所ならではの光景もあって、これはたすきを受ける選手たちが一斉にウォーミングアップをしている所です。見ていて何のパフォーマンスが始まったのかと思ったのですが、すぐにそれと気づきました。こうした所は、テレビの中継では見られない、現場ならではの光景ですね。

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レースは4区をトップでたすきを受けたのは京都でした。目の前をゼッケン26が走りすぎていくのを見たときは、これは行けるかなと思いましたね。実際、そのまま着実に後続との差を広げて圧勝かと思われたのですが、最終区でまさかの大逆転となり、愛知が初優勝を遂げています。勝負は下駄を履くまで判らないという言葉どおりの結果となりました。

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沿道の声援の暖かさは例年と変わりなく、清々しいものでした。地元京都の選手への声援だけで無く、全ての選手に向けて送られる励ましの言葉と拍手は、観戦していても気持ちの良いものです。

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個人で争うマラソンも良いけれど、チームで戦う駅伝もまた違った面白さがあります。毎年の様に観戦していますが、回を重ねるごとに面白みが判ってきますね。また来年、熱戦を見に行けたら良いなと思っているところです。

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2016.01.18

真田丸 第2回「決断」

岩櫃城への道中、苦難の連続に遭う真田家の人々。
追い詰められた武田勝頼。
織田への手土産に真田の人々をと策略を巡らす小山田信茂。その網に掛かった源三郎たち一行。
自害して果てた勝頼。
新府城跡を訪れ、嬉しくないとぼやく家康。
勝頼は凡庸な男ではなかった、何が人を滅ぼすのかと家康。
小山田の陰謀に気づいた源二郎。
危機一髪の所に現れ、一行を救った昌幸。
毛嫌いしながらも、しれっと穴山梅雪を歓待する家康。
岩殿城を手土産に織田家の下を訪れた信茂。
卑怯者は要らないと信茂の首を刎ねる信忠。
善後策を協議する真田一族。
真田家当主として苦慮する昌幸。
源三郎と源二郎を前にこれからの道は二つある、上杉に付くか北条に付くかだと昌幸。
上杉は弱き者を助ける家風、北条とはかねてより何度も文を交わしていると昌幸。
どちらに付くかをくじで選べと昌幸。
ためらいながらもくじを引こうとする源三郎。
言葉とは裏腹にくじを引かせない昌幸。
こんな大事な事をくじで決めて良いのかと昌幸。
上杉に付けば織田への捨て石にとされる、北条に付けば織田へ突き出されると源三郎。
どちらもありだと源二郎。
くじを投げ捨て、あえて火中に身を投じる、織田に付くと決断を下した昌幸。

今回のドラマはコミカルにはしないと作者は言っていたはずですが、十分にコミカルではないですか。特にくじの下りは秀逸でした。本来シリアスな場面でくすりと笑えるとは、三谷節の真骨頂です。
真田が北条家と通じていたのは史実にあるとおりです。真田家の様な国人衆は、自家を守るために仕える主を変えるのが常であり、裏切りには当たらないのはドラマの昌幸が言っていたとおりでしょう。
史実と言えば信茂が裏切ったあげく処刑されたのもそうで、織田家は甲斐衆は基本的に許さない方針だった様です。そんな中に織田家に下ろうとする昌幸ですが、どういう経過を辿るのかは次週に描かれる様ですね。史実を踏まえながら独自色を加えている三谷脚本は出だし好調と言え、今後の展開に期待出来そうです。

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2016.01.17

ねこづらどき12周年

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ねこづらどきが本日12周年を迎えました。干支で言えば一回りした訳で、一段落というところですか。12年もやっていると、京都の町も変わらない様で随分と変わって来ている事に気づきます。なじみだった店が無くなったり、こんなところに新しい店が出来たのかと驚いたりとか、発見の連続ですね。お寺でも拝観停止になった所もあれば、新しく拝観を始めた所もあったりと、少しずつですが変化しています。それでも全体としては京都は京都なのは、さすがに奥が深いと言うべきでしょうか。

13年目は、そんな京都の奥深さを、少しでも伝えられたらと思っています。とは言ってもあまり変わり映えはしないと思いますが、ぼちぼちとやっていきますので、これからもよろしくお願いいたします。

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2016.01.16

京都・洛北 椿2016 ~京都府立植物園 1.9~

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冬の京都府立植物園を訪れる楽しみの一つに椿があります。椿には多品種がありますが、この時期に見頃を迎える花も多くあります。これはその一つの桃色雪中花、毎年早くから咲き始めますが、今年は特に早くて既に満開になっていました。

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こちらは有楽。信長の弟で茶人として知られる織田有楽が茶花として愛用したという花ですね。今でも広く愛されているらしく、あちこちで見かける花です。

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こちらは土佐有楽。有楽よりも大ぶりの花で、豪華に見えますね。咲いている花は撮りやすい位置には無かったので、落ち椿を撮ってみました。

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この白くて美しい花は白唐子。沢山ある花びらは雄しべが変化したものだとか。

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そして、斑入りのこの花は京唐子。名前に京と付くけれど、江戸つばきの系列なのだとか。作出した人が、都らしい雅さと思ったのかな。

植物園の椿はこれから春までの間、様々な品種が咲き続けます。折に触れて訪れ、また紹介して行きたいと思っています。

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2016.01.15

京都・洛北 早春の花 ~京都府立植物園1.9~ 

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京都府立植物園には、球根ガーデンというコーナーがあります。早春に咲く花の球根を植えた場所で、この日はスノードロップとスイセンが咲いていました。

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スノードロップも例年に無く沢山咲いていましたね。これもやっぱり暖冬の影響なのかしらん。この花が雪に埋もれているところを見たいのだけど、今年はどうなるのかな。

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スイセンはスノードロップほどの数はないけれど、存在感のある咲き方をしていました。黄色と白とがあって、とても綺麗でしたよ。

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ラベルにはニホンスイセンとありましたが、日本海や瀬戸内海の名所で咲いているのもこの花なのかな。海辺で群落となって咲いている姿も見てみたい気がします。でも寒いだろうなあ。

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2016.01.14

京都・洛北 京都梅事情2016 ~京都府立植物園 1.9~ 

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平成28年1月9日の京都府立植物園です。この日は梅がちらほら咲きになっていました。

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本当は咲き始めたはずのロウバイを見に行ったのですが、ロウバイは既に盛りになっており、木によっては半ば終わりかけているものすらありました。今年は暖冬ですが、それにしても早すぎるんじゃないかしらん。

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梅は例年なら数輪が咲いている程度なのですが、今年はかなりの数が咲いています。無論、まだまだ見頃には遠いのですが、遠くからでも咲いているのが判るというのは異例と言って良いですね。

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この分だと今年の見頃はかなり早くやって来るんじゃないかしらん。まあ、また寒波が来るそうですから、実際にどうなるかはまだまだ判らないというのが本当のところです。

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2016.01.13

京都・洛東 冬景色2016 ~三年坂~

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三年坂は八坂通と清水道を結ぶ石段の坂道の事ですが、その手前の町並みを指して言う事もあります。正しくは八坂通なのでしょうけど、三年坂と言った方が通りが良いからでしょう。

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ここも日中は人混みで風情も何もあったものではないですが、本来は京都らしい情緒のある町並みです。それを味わうには、やはり朝早く出かけるのが最適です。

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この時間帯でもこの道を行く人は居ますが、多くは清水門前の店で働く人の様です。観光に来た人と違って、早足で通り過ぎていく事でそれが判ります。その人たちにとっては、この景色は日常そのものなのですね。

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三年坂の両脇もまた、いつの間にか店舗だらけになりました。ずっと以前はほとんどが仕舞た屋だったのですけどね、京都有数の観光地を結ぶ道沿いとあっては必然の結果だったのかも知れません。

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坂の中程にある枝垂れ桜の芽は、まだ堅いものでした。この坂が桜で彩られるまであとふた月ほどなのかな。またその頃にこの坂を訪れてみたいと思っています。

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2016.01.12

京都・洛東 冬景色2016 ~二年坂~

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二年坂は清水寺と円山公園方面を結ぶ道筋にあたり、日中は人通りが絶える事がありません。なので人の入らない写真を撮る事は至難の業なのですが、早朝なら誰も居ないこの界隈ならではの風情を楽しむ事が出来ます。

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この季節、この坂を彩るのが椿です。あまり目を止める人は居ませんが、坂の上で咲いているので行かれる事があれば気をつけてみて下さい。

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その落ち椿を楽しめるのも早朝ならではの風情です。昼間だと踏みつぶされてしまいますからね。この椿は、たぶん有楽かしらん。

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この町並みは大正時代に形成されました。今で言う宅地開発が行われたのですね。当時は貸家として建てられたそうですが、今ではほとんどが店舗に変わっています。ここでも時代の流れを感じますね。

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現地には工事予告の看板があり、1月半ばから3月半ばにかけて石段を修理する工事が行われるそうです。一見痛んでいる様には見えないのですが、何か不具合でもあるのかな。なので、ここ暫くは風情の無い工事中の景色となってしまいそうですね。花灯路の頃には綺麗な道として復活している事でしょう。

明日は三年坂へと向かいます。

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2016.01.11

京都・洛東 冬景色2016 ~八坂の塔~

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十日ゑびすに行く前に、東山界隈を散策して来ました。未だ観光客が来ない時間帯にこのあたりを歩くのは気持ちの良いものですよ。

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八坂通りを上っていくと、八坂の塔を下から見上げる事になります。古民家に挟まれた塔の姿は絵になりますね。写真に撮るなら順光になる夕方の方が良いかも知れませんが、その頃には観光客が溢れているので難しいところです。

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この角度の写真が撮れるのは木の葉が散っているこの季節ならではですね。冬晴れの青空に古塔の姿が良く映えています。

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八坂の塔は平安時代以前に聖徳太子によって創建されたと言われますが、その後何度も焼失を重ねており、現在のものは1440年に足利義教によって再建されたものです。応仁の乱の時には物見台として使われたとも言われますが、よくぞ破壊されずに残ったものだと思います。ある意味奇跡の様なものですよね。

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見た目は変わらない様に見えるこの界隈ですが、ここ数年の間だけでも随分と変化しています。次々に新しい店が増え、それにつれて観光客の姿も増えました。変わらないのは塔のあるこの景色だけですね。

明日は坂を少し上がって二年坂に向かいます。

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2016.01.10

真田丸 第1回「船出」

大河ドラマ「真田丸」が始まりました。12年ぶりの三谷幸喜作品とあって期待していたのですが、確かに面白い展開でした。またコミカルにもシリアスにも演じられる堺雅人ですが、初回はコミカルな演技で楽しませてくれました。

始まりは武田家の滅亡から描かれました。裏切りの連続する中で、自家保存のために複雑な動きをする昌幸。史実でも岩櫃城に勝頼を迎えようとしたとされますが、どこまで勝算があったのでしょうか。もし勝頼が昌幸の言に従っていたらどうなっていたか興味深いところですね。

ところで、主人公の名は幸村ではなく信繁とされています。これは同時代資料に拠ったもので、幸村というのは後世に付けられた名だそうですね。昌幸、伸幸と言うように真田家に縁のある幸の字に、信繁が佩用していたという刀「村正」の村を付けて創作されたのだとか。

真田十勇士も後世の創作で今回のドラマには出てこないそうですが、最後に出てきた佐助はどうなのかしらん。一人だけ例外として登場させたのかな。

それにしても、真田丸という題名は、信繁が後に築いた出丸の名だけで無く、一年間掛けて描く信繁の生涯を航海に例え、彼が乗る船という意味も持っていたのですね。だから第一回の表題は船出だったのか。伏線を得意とする作者らしいな。

これから先、史実としては資料の少ない、と言うよりほとんど無い信繁の生涯を三谷幸喜がどう描いていくのか、楽しみながら見守っていきたいと思っています。また堺雅人の演技にも期待ですね。

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2016.01.09

京都・洛東 十日ゑびす2016 ~京都ゑびす神社~

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今年も十日ゑびすの季節となりました。京都ゑびす神社では、8日から12日までの5日間行われ、期間中大勢の参拝者で賑わいます。

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今日は開門直後に行ったのですが、案に相違して空いていました。一番福を目指して大勢集まっているかと思ったのですけどね、拍子抜けするほど少ない人出でした。混み合うのが嫌な人には、開門直後というのは狙い目かも知れませんよ。

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本殿前に奉納されているのが巨大なマグロです。丁度この日から奉納されたもので、笹で飾り付けられている真っ最中でした。西宮戎でもマグロが奉納され、そこに賽銭を貼り付けるのが慣わしとなっていますが、京都では飾ってあるだけで、触れる事は出来ません。

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笹は初穂料として三千円が必要で、そのあと必要に応じて吉兆を付けてもらいます。無論これにもお金が必要で、豪華な笹飾りにしようと思えば結構な出費になりますね。まあ、これで商売繁盛になれば安いものでしょうか。

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最後に忘れてならないのがこの場所で、耳の遠い恵比寿様に願いが届くようにと、この板を叩いて帰ります。以前は力任せに叩く人がほとんどだったのですが、あまりにも目に余ったのでしょうか、恵比寿様の肩を叩くように優しく叩いて下さいという注意書きが貼ってありました。その甲斐あってか、この日はそっと叩く人ばかりでしたよ。

十日ゑびすは明日が本宮、明後日が残りゑびすとなります。そして、福笹授与も10日は東映の女優が、11日には舞妓さんが奉仕されます。えべっさんも商売上手、あの手、この手で人集めに余念が無いですね。

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2016.01.08

京都・洛東 冬景色2016 ~清水寺~

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ひと月前までは紅葉に彩られていた清水寺も、今は冬景色の中に静かに佇んでいます。木の葉が無いぶん見通しが効くのですが、轟門が改修されていて仮屋根に覆われているのが残念ですね。まだ時期は判りませんが、やがて本堂も仮屋根に覆われてしまう日が来るはずです。そうなると寂しい事でしょうね。

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清水寺で、外国人に特に人気があるのが随求堂なのだそうです。ここにある胎内潜りがガイドブックに紹介されており、スポットライトに照らされた石がとてもスピリチュアルなのだとか。確かに幻想的な景色ではありますね。

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一方、修学旅行生に人気があるのが地主神社です。特に人気なのが一対の恋占いの石で、目をつむったまま二つの石の間を歩く事が出来れば恋が成就すると言われています。これを試す女子学生たちの黄色い声が境内にはいつも響いています。

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あまり目立ちませんが、清水寺には椿の花も多くあります。ほとんどが藪椿だと思いますが、ひっそりと咲く風情がまた良いですね。

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裸木になった事で見えてくる景色もあります。この下から覗いた三重塔もその一つですね。何も無い様な冬の清水寺ですが、その気になれば見所はいくつもあります。いつもより静かな清水寺の散策を楽しみに行かれては如何ですか。

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2016.01.07

京都・洛北 申に縁のある寺 ~赤山禅院~

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紅葉の名所として何度も紹介した事のある赤山禅院も、猿に縁のある寺です。ここは比叡山の麓にあり、京都御所と延暦寺、それに日吉大社を結ぶ延長線上に当たる事から、鬼門封じのために猿の像が置かれているのですね。この猿はやはり日吉大社の使いとしてここに居るという訳なのでしょう。一説には、この猿と御所の猿が辻の猿は向かい合っているとも言われます。

猿が居るのは拝殿の屋根の上で、金網で覆われています。この言われは聞いた事が無いのですが、たぶん新日吉神宮と同じく、夜な夜な出歩かないようにという意味が込められているんじゃないかな。

赤山禅院の建立を発願したのは第三世天台座主の慈覚大師円仁で、中国に留学した時、困難を極めた修学の中で助けてくれたのが赤山の人々で、さらに帰りの船が嵐に遭った時に赤山明神(泰山府君)が現れて守護してくれたと伝えられます。その縁で日本にも赤山と名の付く寺を建て、その神である泰山府君を勧請しようとしたのですね。残念ながら円仁の存命中は果たせなかったのですが、その死後第四世天台座主の安慧によって創建される事が出来ました。

様々な御利益がある事で知られる赤山禅院ですが、面白いのは五十払いの発祥の地でもあるという事ですね。かつて申の五日の日に赤山禅院に詣ると吉運が付くと評判になり、江戸時代になると集金の神様と言われる様になりました。この五日講ご縁日詣でから五十払いの風習が出来たと言われるのですが、今でも毎月5日には泰山府君五日講ご縁日」として大阿闍梨による祈祷が行われているそうです。五十払いと言うとなんとなく大阪というイメージがあったのですが、こんなところに発祥があったとは意外でした。

他にも方除けの神である金神社、七福神の一つ福禄寿などが祀られており、紅葉ばかりではく、信仰の寺として参拝されてみては如何ですか。

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2016.01.06

京都・洛東 申に縁のある神社 ~大豊神社~

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狛ねずみがある事で知られる大豊神社ですが、狛猿がある神社でもあります。これがその狛猿で、他とは違って御幣の代わりに扇を持っていますね。

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狛猿が居るのは本殿に向かって左側で、日吉社という摂社の前に鎮座しています。

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これがその日吉社で、やはり日吉大社を勧請したものなのでしょう。ちなみに左側は愛宕社で、火伏せの神様です。こちらには狛鳶が祀られていますね。

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ねずみ年の時には大混雑した大豊神社でしたが、今年はどうだったのでしょうか。唯一無二の狛ねずみと違って猿は数が多いからあちこち分散したのかな。正月に実地に見て回れなかったのが残念です。

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2016.01.05

京都・洛中 申に縁のある神社 ~幸神社~

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幸神社(さいのかみやしろ)は、これまでにも何度となく取り上げてきた神社ですが、木彫りの猿が祀られている神社としても知られます。

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場所は説明が難しいのだけど、今出川通の一筋北を寺町通から西に入ったところにあります。住宅街にあるこぢんまりとした神社ですね。今は刈り込まれてすっきりとした姿ですが、夏から秋にかけては萩が生い茂って、また違った風情を見せてくれます。

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猿の像は本殿の東北角にあります。これはこの神社が京都御所の東北に位置する事から鬼門封じの役目を持つからで、他の神社と同じ様に日吉大社の使いとして祀られているのでしょう。

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猿のある場所には「ここに猿の像があります」と書いた紙が貼ってあるので、初めてでもきっと判る事でしょう。ちなみにここの主祭神も猿田彦神です。こでは道の神としての意味合いが強い様ですが、二重の意味で申年にふさわしい神社とも言えるかも知れませんね。


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2016.01.04

京都・洛西 申に縁のある神社 ~猿田彦神社~

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申年にふさわしい神社として、その名も猿田彦神社があります。小さな社で猿田彦を祀ったところは他にもありますが、最も大きなところは山之内庚申とも呼ばれるこの神社でしょうか。

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猿田彦神社の発祥は不明ですが、平安時代に最澄が祀ったのが始まりとも、鎌倉時代に後嵯峨天皇が建立したとも伝わります。のち、猿の字が申に通じるとして庚申信仰と結びつき、京都三庚申の一つとして知られる様になります。

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申の像は本殿周りにあり、木彫りの猿や、三猿の石像などを見る事が出来ます。ただ、これらを見るためには本殿の塀に近づく必要があるのですが、その際に倒れやすい石灯籠などに触れないように注意する必要があります。

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場所は地下鉄「太秦天神川」、または嵐電の「嵐電天神川」から歩いて5分、三条通を東に向かって天神川を渡ってすぐのところにあります。南側にこんもりとした森が見えるので、すぐに判るでしょう。

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ここはどうかな、猿に縁があるとして賑わっているかしらん。一つ気をつけなければならないのは神社側に歩道が無い事で、車の通行には十分注意して下さいね。

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2016.01.03

京都・洛東 申に縁のある寺 ~八坂庚申堂~

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八坂庚申堂は、八坂の塔の下にある寺で、金剛寺とというのが正式な名称です。本尊は青面金剛で、飛鳥時代に秦河勝によって中国からもたらされたとされ、平安時代に入ってすべての人がお参り出来る様にと浄蔵貴所がこの寺を建てたと言われます。

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庚申とは庚(かのえ)申(さる)の日を意味します。この日の夜に人間の体の中にいる三尸(さんし)の虫が寝ている間に体から脱け出して、天帝にその人間の行った悪行を告げに行くとされています。天帝は寿命を司る神なのですが、悪いことをした人には罰として寿命を縮めてしまいます。ところが、三尸の虫は人間が寝ている間にしか体から脱け出ることができないので、庚申の日には徹夜をする習慣がありました。これを庚申待ちと言います。

青面金剛はこの三尸の虫を喰ってしまうとされ、庚申待ちにはこの青面金剛を本尊として拝むようになり、庚申すなわち青面金剛となったと言われる様になったそうです。

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猿はご本尊の青面金剛の使いなのですね。「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿は、三尸の虫を封じるために青面金剛が出したとも言われる様です。

境内のそこかしこに吊されているのはくくり猿。この寺のお守りで、猿が手足を縛られて身動き出来ない様を表しており、願い事を叶えるために欲望を抑えるという御利益があります。

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本堂には三猿の像の他くくり猿が沢山吊られており、ご本尊の様子などは判らなくなっていますね。くくり猿を一体の猿と数えれば、これほど多くの猿と出会えるのはここだけと言えるのかな。申年にお参りするにはもってこいのお寺と言えるかも知れません。

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2016.01.02

京都・洛東 申に縁のある神社 ~新日吉神社~

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昨年末に申年に縁のある社寺を紹介しましたが、実際に今どうなっているか訪れてみました。まずは新日吉(いまひえ)神宮からです。

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新日吉神宮は、後白河法皇が法住寺殿の厄除けのためにと、近江国坂本の日吉山王七社を勧請したのが始まりとされています。日吉大社は平安京の鬼門に位置しており、厄除けの神として崇敬されていたのですね。

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場所は東山七条にあり、京都女子学園のキャンパスに囲まれた中にあります。いわゆる女坂を上っていくのですが、上り始めるとすぐに正面に鳥居が見えてきます。これがまさしく新日吉神宮の鳥居なのですが、潜ってもそこは駐車場で、何もありません。神社に行くには鳥居の手前の道を右に取らなければならないのですが、このおかしな位置関係は豊臣家と徳川家の争いに端を発しています。

まず、秀吉の死後、豊臣家が阿弥陀峰の麓に豊国廟を建てた時に、先にあった新日吉神宮は立ち退かされました。次に江戸時代に入ると、前政権の痕跡を消し去ろうとして徳川氏によって豊国廟は取り壊され他のですが、その時同時に新日吉神宮は元の地に戻されます。さらに明治時代に入ると秀吉が復権し、豊国廟が復元さたのでずか、またしても新日吉神宮は移転を余儀なくされたのでした。その最後の時に、鳥居だけが元の位置に取り残されたのですね。

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申との関係は日吉大社の使いが猿だからで、その末社たる新日吉神宮もまた猿を大切にしているのです。なので、本殿前には狛犬の代わりに狛猿がおかれています。上の二枚の写真がそうで、ちゃんと阿吽になっているのが判るでしょうか。

金網に入っているのは、あまりに出来が良すぎて夜な夜な歩き回るため、それを防ぐためなのだとか。確かにリアルな猿ですね。毎年干支にちなんだ神社は参拝者が増えるものなのですが、新日吉神宮はどうかな。どんな具合になっているか、見てきたい気もしますね。

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2016.01.01

あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます。本年も当ねこづらどきに訪れて頂き、ありがとうございます。

さて、新年の冒頭に登場願ったのは、今年も下鴨神社の絵馬です。御幣を担ぎ、鈴を持ったおなじみの姿ですね。添えられている文字は「桃花笑春風(とうかしゅんぷうにえむ)」。桃の花が春風に吹かれて微笑んでいる様に咲いている、転じて人の姿は変わっても花の姿は変わらないといった意味だとか。株式の世界では、申年は騒ぐと言われるそうですが、何だか対照的な詩歌ですね。

2016年が桃の花の様に美しく平和で、景気も騒がしい程良い年になればなと思います。今年もねこづらどきをよろしくお願いいたします。


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