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2014.01.16

京都・洛東 第48回京の冬の旅 ~報恩寺~

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京の冬の旅、二カ所目は報恩寺を訪れました。小川通寺之内下ガルにある浄土宗の寺で、鳴虎(なきとら)の通称で知られます。

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山門は小川通に面してあります。石の欄干は、かつての小川の名残なのでしょうか。境内は周囲の住宅地との境界が不明確で、少し雑然とした印象を受けます。

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玄関は山門を入って右側にあります。面白いのは仁王像が山門ではなく玄関脇に置かれている事であり、金網の奥に安置されています。

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この仁王像は、天明の大火の折にいち早く避難し、墓の中に立っていたという伝説がある事から、墓飛びの仁王尊と呼ばれるそうです。

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鳴虎の由来となった「鳴虎図」は後柏原天皇から下賜されたもので、明の四明陶佾(しめいとういつ)が描いたものとされます。豊臣秀吉がこの図をいたく気に入り、聚楽第に持ち帰って床に掲げたのですが、夜になると虎が鳴動し秀吉を寝付けさせなかったため、恐れを抱いてやむなく寺に返したという逸話が残っています。

また、この寺は今年の大河ドラマで描かれる黒田家にも縁があり、この寺を上洛時の宿舎としていた黒田長政がここで亡くなったという史実があります。そのためでしょうか、ここには長政とその父の官兵衛の位牌が安置されており、今回の特別公開で見る事が出来ます。

写真の鐘は平安時代後期の作とされるもので、応仁の乱の時には畠山持国が陣鐘に用いたと言われます。普段は使用されず、除夜の時にたけ撞かれるという「撞かずの鐘」と呼ばれます。

これにも逸話があり、西陣の織屋に奉公していた丁稚と織女が仲違いをし、日暮れに報恩寺の鐘が撞かれる数を巡って言い争いとなります。丁稚は8回と言い、織女は9回と言ったのですが、丁稚が寺男に確かめたところ9回が正解でした。しかし、丁稚は寺男に頼み込み、その日だけは8回にしてもらい、勝ちを収めます。ところが、悔しがった織女が鐘楼で首を吊って死んでしまうという事故が起きます。以来、この鐘は撞かれる事がなくなり、「撞かずの鐘」と呼ばれる様になったとの事です。

報恩寺は一見何の変哲もない寺ですが、京都の町中にあるだけあって、逸話に満ちた面白い寺ですね。


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コメント

私も今週のお休みに阿弥陀寺→妙顕寺→報恩寺へと行ってきました。

こちらの報恩寺は西陣の街中にあっていろんな謂れのある面白いお寺でしたね。

ご朱印の受付におられたご住職もとっても気さくな方で庶民の身近なお寺だと感じられました。

投稿: Milk | 2014.01.18 17:21

Milkさん、

阿弥陀寺と妙顕寺にも行かれたのですね。
私も次の候補はこの二つの寺と考えています。
Milkさんのレポートを参考にさせて頂きますね。

報恩寺は、何気ない様でいて、とても面白い寺ですね。
住職さんのお話は聞けなかったのですが、
説明してくれた子はとても上手で、判りやすくて良かったです。
会う人によって印象が変わる訳で、やはり出逢いは大切なものですね。

投稿: なおくん | 2014.01.18 21:18

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