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2012.11.25

平清盛 第46回 「頼朝挙兵」

(治承4年(1180年)4月。令旨を受け取った頼朝。平家は俄仕立ての軍勢で勝てる相手ではないと慎重に構えます。頼政の加勢があると行家。源氏の御曹司が立ち上がったとなれば皆が勢いづくと時政。その声に推されて戦支度を始めた頼朝。)

(福原。仏御前と戯れる清盛。立ち去る祇王と祇女。清盛の国造りに疑問を感じる小兔丸。)

(以仁王の館。急に上洛した清盛からの呼び出しを受ける頼政。令旨が露見したのかと恐れる王。)

(六波羅。福原遷都を頼政に明かす清盛。何故と訝る頼政。海に近いからだ、それが義朝と共に目指した武士の世の要となると清盛。かつて義朝に仕えた頼政にはやって貰わなければならない事が山程ある、長生きせよと清盛。平伏する頼政。)

(知盛を見舞う清盛。仏御前の存在を時子の前で仄めかす時忠。慌てる清盛。横になっていると、馬が駆け回っているのが判る、都が騒がしいと知盛。)

(福原。清盛に令旨の存在を突き止めたと報告する時忠。上洛には及ばない、平家の武力をもってすれば問題ないと清盛。)

(以仁王の館。露見した事を知った以仁王。園城寺に逃れようと頼政。寺は遠いと以仁王。女装して行けば判らないと八条院。)

(福原。頼政謀反を伝える盛国。驚く清盛。)

(館に火を放ち、園城寺に向かった頼政。)

(同じもののふの頼政にさえ、自分の国造りが判らないと言うのかと叫ぶ清盛。自分の国造りが判らぬ者はこの世に要らぬ、何としても頼政を討ち取れと命ずる清盛。)

(園城寺に逃げ込んだ王と頼政。)

(平等院。宇治川の戦いで敗れた頼政。平家軍に攻め立てられ、一室に逃げ込んだ頼政と仲綱。清盛はこの国の宝か災いかと測りかねていた、今もってそれは判らないと頼政。父が源氏の魂を取り戻してくれた事が嬉しいと言って自害した仲綱。以仁王を逃がし、自ら果てた頼政。)

(討ち死にした以仁王。)

(呆然とする八条院。)

(鳥羽院。月明かりを見上げながら今様を歌う後白河法皇。)

(伊豆。以仁王の敗亡を聞き、戦を思い出す頼朝。)

(六波羅。福原遷都を宣言する清盛。慎重論を説く一門を尻目に10日の内に強行すると清盛。)

(6月。福原に遷った安徳帝と高倉院。)

(この遷都はなさねばならねばならぬ事だったのかと院。上皇が治天の君となり、世が変わった事を示すにはこれが最も良かったのだと清盛。)

(自分は飾りものだと院。父の国造りはまだ途中だと徳子。)

(西八条第。側女の存在考慮し、福原には行かないと時子。)

(伊豆。遷都を頼朝に伝える時政。そこに現れた佐々木兄弟。彼らは平家の国を巡る土地の小競り合いが増えていると伝えます。武士の世とつぶやいて髭切の太刀を取る頼朝。あの方の目指して来た武士の世とは、平家ばかりが良い思いをする世なのかと叫ぶ頼朝。)

(福原。清盛の下を訪れた西行。輪田の地が意外に狭く、ここを仮の御所とし、貴族たちに土地を分けてやることにしたと清盛。上皇のご容体が芳しくないと聞くと西行。仮の御所の方角が悪いのかと清盛。遷都のご心労、皆の心は都に残っているのだと西行。)

(仏御前を呼ぶ清盛。今日は座興を用意したと言う清盛。祇王と祇女を引き立て来る家人達。驚く仏。二人に仏のために舞うが良いと命ずる清盛。やむなく「仏も昔は」と歌い舞い始める祇王達。涙する仏。痛ましげな西行。舞終わって、涙する祇王。この後は常に参って歌い舞い、仏を慰めよと清盛。)

(若き日にそれぞれの目指す道を話し合った事があったと西行。若き日の義朝、教清、清盛。出家した当時を振り返り、あの頃恐れていた世が到来している、その頂きに居るのが清盛だと西行。これが面白く生きると言う事か、武士の世という事かと西行。高笑いし、お前には判らないと清盛。)

(そこに駆け付け、院が基通に政の一切を托すと言っていると伝える頼盛。それでは自分の国造りの名分が立たないと清盛。今や都還りをするべきだという声が上がっていると頼盛。そんな事は口にするだけで罪に問うと触れを出せと清盛。)

(自分に逆らう者は、皆死罪と心得よと叫ぶ清盛。怯える仏。ここはわしの世だ、武士が頂きに立つ世だ、自分の目にしか見えない国を作るのだと部屋の中を歩き回る清盛。全てを手に入れ、復讐するのだと叫び、仏を抱き寄せる清盛。怯えて庭に飛び出す仏。殺せと兵達に命ずる清盛。矢をつがえた兵達に囲まれた仏。合図しようとした時、白河院に討たれた母の姿を思い出す清盛。気を失った仏。そこに現れ、驚く盛国。仏に駈け寄り、止めよと兵に命ずる盛国。)

(膝から崩れ落ちる清盛。うーん。とうなり、誰か助けてくれ、ここからの眺めは暗闇ばかりだ、果てしない暗闇だ、手に入れても、手に入れても、光には届かないとつぶやく清盛。)

(そこに現れ、頼朝が挙兵し、山木兼隆を討ち取ったと伝える忠清。あの時、清盛が命を助けた御曹司がと嘆く忠清。幻を探し、あたりを見回す清盛。やがて一点を見据えて床をはい出します。驚く西行達。宋の剣に這い寄り、剣を抱きしめ、泣き出した清盛。呆然と見つめる西行達。)

(後に頼盛が頼朝に語った言葉。あの時、頼朝の挙兵がなければ、清盛は暗闇に囚われたまま帰って来られなかったかも知れない。)

(剣を手に立ち上がった清盛。)

今回は以仁王の挙兵から頼朝の挙兵までが描かれました。そこで明らかにされたのは、頂きに立った清盛が見ていたのは果てしのない暗闇だったという事、かつて白河院もまた同じ闇を見ていたという事なのでしょうか。

史実との絡みで言えば、ドラマの進行は概ね史実に沿っています。かなり省略はありましたけどね、大筋では押さえてあったと思います。細かい所で言えば、頼政の謀反が明らかになったのは、以仁王が園城寺に逃げ込んだ後の事でした。平家は園城寺の攻撃を決定したのですが、その討伐軍の大将の一人に頼政が入っていたのですね。つまり、平家は頼政の意図に全く気付いていなかった事が窺えます。

次に、以仁王と頼政がなぜ園城寺ではなく宇治川で戦ったのかと言うと、園城寺と共に反平家に立ち上がってくれると期待した延暦寺が同調しなかった事が第一の原因に上げられます。次に、園城寺内でも以仁王に従うと言う者が全てでは無く、内輪もめ状態にあったのですね。このため、以仁王と頼政は園城寺での抵抗を諦め、より強力な援軍を求めて南都の興福寺へ向かうおうとしたのでした。そしてその途中、宇治川で平家軍に捕捉され、戦となってしまったのです。頼政は決戦に敗れ、以仁王を逃す為に平等院で戦った上で自害し、以仁王は興福寺へ落ち延びていく途中で追手に追いつかれ討ち取られたのでした。

福原遷都については、これもドラマにあったように俄かなものでした。ただし、表向きは遷都とは言わずに、天皇と上皇が福原に行く遷幸として行われています。およそ準備といういうものは出来て居なかったのはドラマに描かれたとおりで、天皇は頼盛の館、上皇は清盛の館に入る事ができましたが、随行した人達の多くは宿が無く、路上に座す有様だったと伝えられます。また、ドラマには描かれていなかったのですが、後白河上皇もまた、福原に移されています。

天皇の遷幸に次いで、和田の地への遷都が決められます。この決定に賛成する者はおよそ誰も居なかったのですが、一人清盛の強力な意向によって決められてしまいました。この理由については様々に言われますが、直接には以仁王の挙兵に際して、園城寺、興福寺、それに延暦寺の一部が反平家の立場に立った事があると言われます。つまり、平安京ではこれらの勢力に包囲された形となり、軍事的に非常に不利であるとの見方ですね。そして、もう一つ、これはドラマで清盛が言っていた事ですが、高倉帝が安徳帝に譲位し、治天の君となった事で世が変わったという事を天下に示すためではなかったかとも言われます。つまりは、平家によって創始された皇統が始まった事を、遷都によって世に広めようとしたのではないかと言うのですね。その都として、平氏の貿易拠点であった福原は、まことに相応しいものだったのでした。

もっとも、新都の位置ははっきりと定められた訳ではなく、最初は和田、次いで小屋野、さらには印南野と候補地は二転、三転しています。これは和田の地が狭小で、正規の大きさの都を作る事が出来なかったためですが、後の候補地も不適とされ、結局福原の離宮に天皇が滞在したまま、付近の土地が貴族に分け与えられ、道路が建設されていく事となります。正式な決定がないまま、なし崩し的に都が形作られて行ったのですね。そのあたりがドラマの清盛の台詞に反映されていたのですが、視聴者にはどれくらい判ったのでしょうか。

仏御前と祇王の挿話については、ほぼ平家物語の筋書きを踏襲しています。違うのは福原ではなく西八条第に居た頃の話である事、仏御前は清盛によって射殺されかけたのではなく、自らの意思で出家したという点ですね。清盛が人の心が判らない人物になり果てているという点では物語どおりと言えましょうか。

ドラマに戻って、清盛はどうにもならない孤独に苛まされていた事が明らかになりました。ただ一人たどり着いた頂点で待っていたのは、他の者には理解し得ない孤高の世界だったのですね。清盛にしか見えない彼の国造り、唯一理解しあえると思っていた頼政の反乱は、清盛にとっては大きな痛手でした。闇の底に沈んだ清盛は、やがて狂気に囚われて行きます。多くの独裁者が歩んだ道に、彼もまた陥ろうとしていたのですね。それを救うのは仏御前との安らぎではなく、頼朝の挙兵であったとは皮肉の効いた設定でした。

清盛の視聴率が先週また最低を更新したと聞きます。その理由は、おそらくは主人公の行動に正義が見えない事があると思っています。あまりにもダークに偏りすぎ、彼の目指す方向性がまるで示されない事に視聴者もついて行けなくなっているんじゃないでしょうか。今回はその理由が示され、清盛が誰か助けてくれと弱音を吐いた事で、やっと人間味を取り戻した様な気がします。これも、主人公らしからぬ弱さだと言えば言えるのですけどね、私的には作者の意図が少し理解出来たような気がしました。これで最後まで挫折せずについて行けるかな。

次回は富士川の戦いが描かれる様です。平家が味わう初めての敗北を清盛がどう受け止めるかに、注目して行きたいと思っています。

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コメント

こんにちは、お久しぶりです。
いよいよクライマックスですね。
あと何回で終わりなのでしょうか?
清盛のおどろおどろしさもマックス、ジジイメイクも見慣れたところで、頼盛クンが老けておらず、清盛の息子に見えてしまうのですが・・・また変なとこばっか見てる。西行もちゃんと老けているのにね。


追伸☆以前の京都行きのリベンジが 明日できることになりました。
主人とではないのですが、友達4人と日帰りバスツアー。叡山電車で鞍馬寺です。散りモミジだと思いますが、楽しんできます。寒いかな?

ではまた。

投稿: Atsuko.F | 2012.12.01 16:17

Atsuko.Fさん、

清盛は50回までですから、あと4回ですね。
ここ何年かは11月で終わっていましたから、今回は長いと感じます。
頼盛もですが、私は時子が幾つなんだと思ってしまいますね。
安徳帝の祖母なんだけどなあ、孫の居る人には見えないよ。

明日鞍馬寺ですか。今日は冷たい雨が降りましたが、
明日は晴れる様で何よりです。
ただ、山の上は寒いでしょうね。防寒はばっちり決めておいた方が良いでしょう。
紅葉はさすがにほとんど終わっているかな。
名残の紅葉があると良いですね。

投稿: なおくん | 2012.12.01 18:03

こんにちは
岩倉の山はだめでしたけど、宝ヶ池プリンスホテルの紅葉はキレイでした。お天気も持ちました。

時子もですよね・・・ 老けメイクさせるなら、みんな平均にすればいいのに ですね。
50回ですか、よかった。もうしばらく楽しめます。

投稿: Atsuko.F | 2012.12.10 16:19

Atsuko.Fさん、

名残の紅葉は楽しめた様で何よりです。

次回は清盛が熱病で倒れる様子ですね。
となると、最終回は壇ノ浦まで描かれるのかな。
時子が安徳帝を抱いて海に沈むシーンがあるのか、注目したいと思っています。

投稿: なおくん | 2012.12.10 20:52

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