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2012.03.11

平清盛 第10回 「義清散る」

(璋子の別宅。夜、あなた様をお救いしとうございますと言って、璋子を抱きしめた教清。)

(朝、璋子を起こす堀川。臥所に入ったまま、「長からむ 心も知らず」と堀川が詠い、教清が添削した歌を口ずさむ璋子。何事かを感ずる堀川。)

(躰仁を東宮に立てようとする得子。それに反対する公卿が少なからず居ると鳥羽上皇。その理由は、得子の出自が低い身分である事にありました。鳥羽上皇に頼りないと言い捨てて席を立つ得子。)

(忠通を呼び出した得子。得子の用件とは、躰仁を忠通の娘である中宮聖子の養子とする事でした。)

(保延5年8月。生後3ヶ月で東宮と定まった躰仁。)

(北面の武芸場。教清に躰仁が東宮に立った事に伴う情勢の変化を聞く清盛。雅仁が帝に就く可能性はと問う清盛。雅仁が帝になどなっては世は終わりだと清盛。既に救い様がない、鳥羽院があの様な体たらくとはと吐き捨てる教清。驚く清盛。自分たち武士が守らなければならないと教清。)

(高倉邸。論語を読む頼長。そこに現れ、論語を唱和する通憲。正しき道にあらずして得た高い地位に安住するのは、君子のする事ではないと頼長。それは得子の事かと通憲。あの宴よりさらに露骨に振る舞っていると頼長。それ以上に許せないのが教清だ、皆の前で帝の心の内を明かすとは小賢しき事と頼長。)

(清盛の館。教清を連れ帰り、明子に紹介する清盛。教清を見てそわそわする女達。)

(私を振った女を妻とするとはと言い出す教清。そんなと明子。教清が気に入らないと絡む兔丸。)

(相撲で教清に挑み掛かる兔丸。かるくあしらう教清。負けて悔しがる兔丸。)

(夜、教清を送り出した清盛。教清は大したものだ、あいつと居ると、「武士は王家の犬ではない、武士が居なければ王家は何も出来ないと思い知らせてやる」と言った義朝の言葉どおりになるかもしれないとと思えて来ると清盛。)

(家に帰り、文を受け取る教清。)

(璋子の別宅。寝所に入り、そこに座っていた女性に待賢門院様と声を掛ける教清。その教清の手を掴み、よくもまあぬけぬけと来たものだと堀川。人が悪い、待賢門院様は如何お過ごしかと誤魔化す教清。あの日から様子がおかしいと堀川。人を愛しく思う気持ちが判ったのではないかと教清。その教清に、二度と璋子を尋ねてくるなと釘を刺す堀川。では誰が璋子を救うのだと教清。救おうと思う事がおこがましいのだと堀川。)

(忠盛の館。春日大社から強訴が来ると家貞。一歩も京に入れるなと命ずる忠盛。)

(僧兵相手に戦う平氏。)

(検非違使として働く為義。)

(東国。土地の境界に絡む争いに介入し、着々と地歩を固める義朝。)

(保延5年12月27日。雅仁親王元服。今日はさすがに雅に振る舞っていると感心する通憲。にも関わらず、式の途中で白拍子を呼び入れて、今様を歌い舞を舞い始める雅仁。これより先は、ふさわしき振る舞いをせよと叫ぶ鳥羽上皇。「はて、ふさわしき振る舞いとは」とはぐらかす雅仁親王。)

(御所。鼻歌を歌いながら廊下を行く雅仁親王。その前に現れた得子。その得子に向かって、諸大夫の娘が国母となる日も近い、目出度い事だと絡む親王。あなたは鳥羽院よりも白河院に似ている。もしかしたらあなたは白河院の子ではないのか。だとしたら生まれて来なくても何の支障もなかった皇子と暴言を吐く得子。それをにやにやと聞き流している親王。その時、璋子が現れます。)

(その言葉を取り消して下さりませと叫ぶ璋子。親王は断じて上皇の子、要らざる子ではないと言い、取り消して下さりませと繰り返す璋子。その言葉を無視する得子。次第に檄高し、得子に掴まりかかる璋子。璋子を止める堀川。)

(武芸場。璋子が得子に摑みかかったという噂を聞き、心が乱れる教清。そこに上皇が水仙を見に行くから警護に付けという命令が入ります。そんな中、一人帰ってしまう教清。)

(上皇に新年のあいさつに来たにも関わらず、水仙見物のために肩透かしを食らった摂関家の人々。仕方がないと帰ろうとする忠実。王家の乱れの元の張本人であるにも関わらずのんきに水仙見物とは、一言諌めなければ気が済まないと居座る頼長。)

(水仙を見物している上皇。その庭園を警護している清盛達。)

(南殿の庭。一人佇む璋子。そこに現れた教清。いつもここに居るのはなぜかと問いながら、璋子に歩み寄る教清。それ以上近付いてはならないと璋子。あの日の事は忘れよと璋子。忘れられない、あの日からあなたは変わったのだと教清。空っぽの目ではなくなり、得子に掴み掛かるほど熱いものが内から溢れ出ているのだと教清。)

(近付く教清から逃れ、庭の草むらに駆け寄って跪き、草をかき分ける璋子。そこに見つけたのは小さな水仙でした。花を見つめながら泣き出す璋子。水仙を見て、上皇を連想した教清。まだここで咲いていてくれたと璋子。)

(逆上して許せぬと叫び、璋子の首に手を掛け、あなたを救えるのは私しかいないのに、あの様な惨い人を思うのですかと言いながら首を絞める教清。そこに現れ、何をすると言って教清を突き飛ばす清盛。清盛の声を聞きつけて現れ、璋子を抱き起こす堀川。何があったのですと言いながら教清を見る堀川。呆然としている教清。そこに響く何者かという声。お逃げ下さいと堀川。)

(御所の一室。上皇に拝謁する頼長。彼が話を始めようとした時、璋子が狼藉者に襲われたという知らせが入ります。頼長を余所に出て行く上皇。順序立てて物を言う事が出来ないのかとあきれる頼長。彼が立ち上がった時、庭先を清盛に支えられながら過ぎていく教清の姿が目に入ります。)

(清盛の館。教清に酒を注いでやる清盛。息を切らしながら、やはり酒は女に注いでもらった方がうまいと教清。その教清の杯をたたき落とし、何を気取っていると一喝する清盛。相手は院の后、何を考えていると清盛。ただ璋子の奥に眠っている人を愛しく思う気持ちを引き出したかった、だがそれを引き出されたのは自分の方だったと教清。何を寝ぼけた事を言っていると教清をこづく清盛。今こそ、王家を守っているのは武士なのだと思い知らせてやると言っていたのではないのかと叫ぶ清盛。力なく目を落とす教清。)

(御所の一室。堀川に何があったと問う上皇。申し上げるつもりはないと堀川。何と驚く上皇。上皇は璋子の空っぽな目から逃げた、今更口出しは無用と堀川。言葉が出ない上皇。)

(寝所で横たわる璋子。)

(館の庭で、剣を振るう清盛。)

(教清の館。縁側で蕪に絵を描いている花子。それを見ている春子。そこに現れた清盛。尋ねてきた教清が留守と知り、春子にどこに行ったのかと尋ねます。頼長が院御所に参れと命じてきたのだと春子。飛び出していく清盛。)

(院御所。上皇を前に、教清を理詰めで問い詰める頼長。)

(璋子に会い、あれは自分だったと言って欲しいと言上する清盛。教清が何をしたのか判っていて言っているのかと堀川。知っていると清盛。よくもぬけぬけとと堀川。教清は教清なりに、璋子の事を思っているのだと清盛。そなたはどうするのだと璋子。後からどうとでもなると清盛。)

(院御所。何でも思い通りになると生きてきたが、それもここまでだ、武士に出来る事など限られていると思い知れと頼長。話はそれだけかと上皇。意外そうな頼長。そこに清盛を従えて現れた璋子。大儀であったと言い捨てて立ち上がる上皇。咎めないのかと頼長。何故と問う璋子。そなたが誰と何をしようと、私の心にはさざ波一つたたないのだと上皇。立ち去る上皇。ため息をつく頼長。)

(清盛に、済まなかったと教清。俺よりも、妻と子に詫びよと清盛。そして、教清と妻子を館に誘います。)

(教清の館。庭に散る桜の花びらを受けている花子。一緒に戯れている春子。そこに帰って来た教清。父を見て縁に上がり、手に受けた花びらを父に手渡す花子。美しいでしょうと花子。ああと花びらを見つめる教清。その時、風が花びらを吹き飛ばします。その花びらを見て、まこと美しいとつぶやき、顔つきが変わる教清。夫の異変に気付く春子。突然、花子を縁側から蹴落とした教清。泣き叫ぶ花子。花子を抱き起こして夫を見る春子。無言で立ち去る教清。)

(知らせを受け、夜道を走る清盛。桜が舞う道で教清を見つけ、教清と叫ぶ清盛。出家すると教清。何故と清盛。院が自分を許したのは、璋子を愛しく思っているからだと教清。愛しく思っているからこそ突き放すのだと教清。王家の乱れの元は、人を愛しく思う気持ち、手に入れたい、手に入らぬなら奪いたい、奪えぬなら殺したい、そんな薄汚くどす黒い思いが人を巻き込み、やがて国を巻き込んでいくのだと教清。)

(だからこそ俺たち武士がと清盛。矢は真ん中に当たった時が最も美しく、歌は相応しき言葉が選ばれ、見事に組み合わされた時が最も美しい、いかなる世においても最も美しく生きる事が自分の志だ、醜さにまみれて生きる事は出来ないと教清。)

(たわけた事をと殴りかかる清盛。こんな事で逃げるなどらしくない、自分ごときにぼろぼろにされる者は教清ではない、そんなお前を見たくないと言って殴り続ける清盛。お前さんはたった一人の友達だ、だから一世一代のわがままを見届けて欲しいと教清。)

(短刀を抜いて烏帽子の紐を切り、脱いでしまった教清。)

(身を捨つる 人はまことに 捨つるかは 捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ)

(そう歌を詠んで、今はこれまでと髻を切ってしまった教清。舞い散る花びら。清盛に微笑みかけ、桜吹雪の中を立ち去る教清。立ちつくして教清を見送る清盛。)

今回は教清の出家が描かれました。史実と説話、それに創作が入り交じっており、ドラマ独自の経過となっていた事は確かです。

教清の出家の原因は、過去様々に取りざたされており、璋子に対する失恋がその原因だとする説もその一つです。前回に書いた様に、源平盛衰記にある「言うも恐れのある上臈」との恋に破れたために出家したという記述に基づく説ですね。そこには一度は思いを遂げたものの、上臈から「阿漕の浦ぞ」という返事を貰った事から恋に破れた事を悟ったとあります。

「阿漕の浦」とは伊勢にある海の事で、そこでは年に一度しか網を引く事が許されていませんでした。ところが、禁を破って何度も網を引く男が現れたのですが、やがてそれは人の知るところとなってしまいます。この事を受けて詠われたのが次の歌だと源平盛衰記にはあります。

伊勢の海 阿漕が浦に引く網も たびかさなれば人もこそ知れ

つまりは、密かな逢瀬も度重なれば人の知るところになってしまうと言うのですが、教清はこの歌を当然知っていて、上臈からもう会う事はならないと断られたのだと悟ったのですね。

この上臈が璋子だとする根拠の一つには、後に璋子が出家した時に、既に西行となっていた教清が、璋子の為に一品経の供養を発願し、その勧進のために方々の権門の家を回ったという事実が挙げられます。つまり、落ち目となった璋子の為にわざわざ教典を編纂しようとは奇特な行いであり、余程の思慕の情が無ければ説明が付かないのではないかと言われているのですね。

この禁断の恋に破れたとする説の他に、友人が急死したためだとする説もあります。「西行物語」にある説ですが、教清には佐藤憲康という友人が居ました。ある時、この憲康が教清と親しく談笑をした翌朝に急死するという事件が起こります。この事に衝撃を受けた教清は世の無常を感じ、出家を決意したと言うのですね。

さらには、教清は仏教に深く帰依しており、求道のために発心したのだとする説もあります。

いずれの説にしても決め手はなく、当時の人達にとっても教清の出家は突然の出来事であり、その理由ははっきりときは判らなかったというのが実情の様ですね。

次に、出家の時に娘を蹴落としたという話は結構有名で、その出典は西行物語に求められます。友人に死なれて無常を感じ、出家を決意した教清は、自分を慕ってまとわりついてくる娘を可愛いと思いつつも、その思いは出家の妨げになると考えて縁側から蹴落としたと言うのですね。西行の決意の強さの表れと言われますが、この西行物語は説話集という側面が強く、事実かどうかは判らないとされている様ですね。

このあたりまでが史実と説話の入り交じった部分で、後は創作という事になります。無謀にも教清が璋子の首を絞めたというのも、頼長が教清を問い詰めたというのも、清盛が身代わりを買って出たというのも全てはこのドラマ上の演出です。ただ、演出としても、少し安っぽい演出ではありました。特に清盛が身代わりを買って出るなど、有り得ない展開でしょう。彼は既に平家一門の次期総帥という立場を理解しつつあるという設定になっているはずで、その一門を危険に曝す様な真似をするはずが無いじゃありませんか。少し前の清盛ならあり得たかも知れないですけどね。それを真に受ける璋子というのも、何だかなあという展開でした。

王家に関して言えば、躰仁親王を東宮に立てるために、忠通の娘の養子にしたというのは史実にあるとおりです。その理由はドラマにあった様に躰仁の母の出自が低い事をカバーするためで、ひいては忠通と聖子を味方に引き入れるためでした。璋子は、この頃から追い詰められて行った様ですね。ただし、あくまで国母の立場にあり、表向きは得子の方が璋子に遠慮していたはずと考えられ、璋子に強く当たる得子というのはドラマの演出と思われます。

ドラマの演出に沿って言えば、教清は鳥羽上皇の歪んだ思いを良くも理解したものだと思いますね。それほど璋子を強く思い、それ故に上皇の気持ちが良く判り、嫉妬のあまり狼藉にも及んでしまったのでしょう。この複雑な演出は、このドラマ独自のものと言って良いのでしょうね。それだけに、清盛の行動が軽く見えて仕方が無いのだけどなあ。

最後に、教清が髻を切る時に詠った歌は、詠み人知らずとはなっているものの、西行自作の歌とされているものです。意味は、出家する人は本当に世を捨てているのでは無く仏の教えによって救われている、在家の人こそ仏の教えを守らずに居るので、身を捨てている事になるのだというくらいの所でしょうか。西行の出家後の心境を表した歌だと言われますが、あの場面には相応しくない様な気がしますね。そんな悟った様な事を言える様な心境ではなかったんじゃないかしらん。でも、そんな深読みをしなければ、雰囲気は出ていたかも知れないですね。

次回は、清盛の妻の明子が大変な事になる様です。創作の回となりそうですが、どんな演出をするのか見てみたいですね。

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コメント

義清の出家を決意した心情が高尚過ぎて良くわかりませんでした(^^;)
禁断の恋に破れて…というだけでなく王家の乱れとか国を巻き込むとか
義清ならそこまで考えが至るってことなのかなぁ。

そういうところもあって尚のこと義清がアラフォーにしか見えないのですけど
なおくんさんの書かれてるように、清盛は相変わらず青春してて10代後半みたいな勢いなので
親友というかんじではないですよね…

でも、嫉妬とかそれぞれの思惑が複雑に絡み合うところは全体として面白かったと思います。
実際の王家もたぶんそんなかんじだったんだろうな~(^^;)

投稿: まきぼう | 2012.03.12 23:02

まきぼうさん、

確かに教清の言っている事は分かり難かったですね。
たぶんですが、薄黒くどい汚い思いを、王家だけではなくて、
自分の中にも見たという事なのだと思います。
その結果、王家のみならず自分にも絶望して、出家の道を選んだのではないかしらん。

清盛は、何度成長をリセットしたら気が済むんだという感じですよね。
あれじゃ青春ドラマですよ。
その点が残念な回だったと思います。

投稿: なおくん | 2012.03.13 20:09

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今回の大きなポイントは佐藤義清と王家の物語。次の帝に据えようと様々な画策をする得子は確実に朝廷の中で大きな権力を握っていくことになります。このあたりのどろどろとした人間模様は、大河ドラマとしては正しいのかもしれませんが、なんだか見ていて苦しくなります。決して気持ちがいいものではないですね。 佐藤義清が救うとした待賢門院璋子も得子の権力に対抗しながらもどんどん脇の方に追いやられていってしまうのですが、その中で前回からアプローチされていた佐藤義清に心揺られます。それに乗って佐藤義清はますます待賢門院璋子... [続きを読む]

受信: 2012.03.11 23:46

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