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2012.03.18

平清盛 第11回 「もののけの涙」

(各方面に波紋を呼んだ教清の出家。)

(清涼殿。崇徳帝に教清出家の歌を伝える清盛。教清だけが心の拠り所だったと崇徳帝。崇徳帝に白河帝の子だと聞いている、自分も同じだと告げる清盛。そして、もののけに振り回される事なく、自分なりに面白く生きていくと清盛。)

(重仁親王の誕生によって生気を甦らせた崇徳帝。)

(鳥羽上皇に重仁に帝位を譲りたいと申し出る崇徳帝。既に躰仁が皇太子になっていると鳥羽上皇。血の繋がりが薄い者には譲りたくないと崇徳帝。帝の願いは重仁の後ろ盾となって、思う様に政治を動かす事でした。)

(驚いて得子の下に押しかけた忠通。慌てる事はないと得子。)

(崇徳帝の下を訪れた得子。彼女は重仁を帝に就けるために、まず躰仁に位を譲って欲しいと切り出します。忠通の顔を立てる為に躰仁を帝とし、崇徳帝は院政を布けばよい。重仁は躰仁が退位した後に帝に就けば良いではないか、それまでは自分が重仁を育てると得子。)

(永治元年12月7日。躰仁に帝位を譲った崇徳帝。しかし、宣命使が詠み上げた宣命には、皇太子ではなく皇太弟と記されていました。弟では政が出来ないと叫ぶ崇徳帝。全ては得子の謀でした。)

(3歳にして帝となった躰仁。引き続き、治天の君として政を行う事となった鳥羽法皇。)

(1142年(康治元年)正月。忠盛の館。得子が皇后になった事に伴い、平家の行く末を語り合う郎党たち。ここは法皇に忠勤を励むべきだと家盛。面白き道を選べばよいのだと清盛。戯れを言っている時ではないと家盛。)

(楽を奏でる宗子、明子、秀子の三人。見事な調和に和む一家。)

(時子の家を訪れた明子。彼女の用件は、琵琶の教授の手伝いをして欲しいという事でした。清盛の館でと聞いて断る時子。なぜと明子。)

(清盛の館。結局明子を手伝っている時子。やんごとなき姫君たちの前で教授を始める明子。しかし、時子はあまり練習していなかったらしく、良い音を出せません。そこに半裸で現れた清盛とその郎党達。)

(時子と二度会っている事を覚えていない清盛。あきれる時子。)

(庭で相撲を取る清盛の息子達。あちこちが痛いと言っては母に甘える息子達。戯れる父と子。)

(盛国に妻を迎えてやってはどうかと明子。)

(盛国に波子を薦める明子と清盛。せっかくですがと断る盛国。)

(盛国に、元は漁師である事を気にしているではないかと聞く明子。波子は名のある家に仕えている、自分が粗相をしては恥をかかせてしまうと盛国。そなたは立派な武士だと明子。二人のやりとりを陰で聞いている清盛。盛国の働きを称え、婚礼の準備をさせて欲しいと明子。頭を下げる盛国。)

(夜。琵琶を奏でる明子。そなたは琵琶のごとき女だ、要となって家を支えてくれていると清盛。)

(相模国。波多野義道の館。三浦氏に続いて波多野一族を家来に加えた義朝。波多野一族の娘と契る義朝。彼女の間に朝長、別の女性との間には義平が生まれていました。)

(為義に、いつまで検非違使で居るつもりかと発破をかける由良姫。そうずけずけと言われる筋合いはないと怒る為義。無礼を詫びる由良姫。ただ義朝に会いたいとのだと泣き崩れる由良姫。)

(待賢門院に、彼女に仕える判官代源盛行、その妻津守嶋子が土佐に流される事になったと告げる御影。なぜと問う堀河。自分を呪詛したのだと得子。証拠の品として、盛行の館の庭から見つかったという呪詛の文字が書かれた天児を示す得子。それを待賢門院が命じた事かどうかは問わないと言い捨てて去っていく得子。)

(天児に着せられていたのは、かつて待賢門院が得子に祝いの品として贈った産着でした。では待賢門院を陥れるためにと堀河。そうではない、法皇や上皇を苦しめ、教清を出家に追いやった愚かさを突き付けて救ってくれるのだと待賢門院。その一月後、出家した待賢門院。)

(神社に参拝に来た清盛一家。一家の無事を祈る明子。明子のために祈る清盛。)

(境内で咳き込み倒れている人を見つけ、駆け寄り介抱する明子。)

(夜。琵琶を奏でている途中で倒れた明子。)

(風病の様だと薬師。都に流行っている疫病の事で、近くに寄らない方が賢明だと言う。治せと清盛。治せる薬が無いと薬師。宋の薬を手に入れよと清盛。無体なと薬師。もう良いと飛び出していく清盛。)

(宋の薬を求めに博多に行くと清盛。落ち着いて下さりませと引き止める盛国。そこに現れ、屋敷内に病を持ち込んで申しわけないと基章。容態が悪化した明子。明子の下に行こうとする清盛を止める基章。)

(昼。明子を訪ねてきた時子。泣いている清次を宥める淸太。泣いていては母に笑われると時子。一層泣き出す淸太と清次。)

(館内に溢れる読経の声。僧侶と並んで一心に祈る清盛。その清盛を見つめる忠盛と宗子。ふと思いついた様に、陰陽師を呼ぼうと言い出す清盛。陰陽師になど頼ってはならぬと忠盛。その時、聞こえてくる琵琶の音。)

(琵琶は、淸太と清次のために時子が弾いているのでした。琵琶の音を聞いて目を覚ました明子。)

(病室に駆け寄り、二人で海を見に行くと言ったではないかと叫ぶ清盛。もう十分に見せてもらったと明子。清盛の目に映る広くて面白い世を見る事が出来て幸せだったと明子。悲しまないで下さいと言って息を引き取った明子。)

(泣き叫びながら僧侶達を足蹴にし、明子を生き返らせよと迫る清盛。清盛を止め、恨むなら、宋の薬を求めさせない、疫病を止められない朝廷を恨めと盛国。そして、皆が健やかに暮らせる世を作れと盛国。泣き崩れる清盛。)

(時子の膝で眠る淸太と清次。)

(清盛にもののけの血が流れている事を思い出す忠盛。)

今回は清盛の妻、明子の死がメインテーマでしたが、朝廷でも大きな動きがありました。崇徳帝の譲位と待賢門院の出家がそれで、いずれも史実にあるとおりの事です。

崇徳帝の譲位の際に、宣命に皇太子ではなく皇太弟と書かれていたのは事実とされます。つまり、子であればその子が成人するまでの間は親が政治を見る、すなわち院政を布く事が出来るのですが、弟であればそれは出来ません。その場合は、自分たちの親である鳥羽法皇にこそ、その資格があるという事になるのですね。躰仁は崇徳帝の養子であると同時に弟でもあったので、こうした策略が成立したのです。

ドラマでは得子がこの策略を考えたとされ、当時の崇徳帝も得子に嵌められたと考えた様ですが、実は関白の忠通の差し金ではないかとも言われています。忠通は崇徳帝には縁が薄く、反対に躰仁は自分の娘の養子でした。摂関家の力を取り戻す為にも、崇徳帝の世になってもらっては困るという立場にあったのですね。得子は九尾の狐のモデルとされる程策略に富んだ女性と言われるのですが、その裏で糸を引いていたのは忠通の方だったのかも知れません。なにしろ権謀術数に長けた摂関家の人ですからね、それくらいの事はやりそうな気がします。

また、待賢門院に仕えていた源盛行と津守嶋子が、呪詛の咎を受けて土佐に流されたのも史実にあるとおりです。ただし、呪詛は天児を使ったのではなく、巫女に踊らせて呪うという方法でした。盛行は、摂津国の広田神社にて、巫女を鼓舞跳梁させて得子を呪わせたとされ、問い詰められてその事実を認めたとされています。また、神社からは呪詛に使った銀筺が見つかっており、全ては待賢門院の密詔を受けて行われたと言われています。しかし、実はやはり忠通の策略ではないかという見方もあるのですね。当時の朝廷が如何にどろどろとした権力争いの場であったかを窺わせる事件なのですが、この事が待賢門院に出家の決意をさせたのは確かな様です。

なお、ドラマでは出てこなかったのですが、待賢門院が出家した場所は法金剛院であり、鳥羽法皇や崇徳上皇をはじめ沢山の公卿が女院の出家に立ち会っています。つまり、法皇と女院は、ドラマの様に何事も無かった様にただすれ違った訳ではなかったのですね。

次に、清盛の妻、明子の死に関しては、全くの創作です。清盛の最初の妻に関しては、基章の娘である事以外判っている事はほとんど無いのですね。名前の明子からして創作で、いつ亡くなったかについても記録には無い様です。確かなのは、重盛と基盛の二人の子供を産んで早世した事くらいかな。その明子をことさら良妻賢母として描いたのは、次に来る後妻のための伏線なのでしょうか。

ただ、このところ清盛が主役らしくないところが気になっています。今回もどこか一人だけ浮いていた様な印象を受けたのは私だけでしょうか。松山ケンイチが熱演すればする程、なんだかなあと思えてしまいます。もののけの涙って、清盛の涙という事なのでしょう?でも、どこがもののけだったというのかしらん?清盛が武家の次期統領ではなく普通の家庭人の様に描かれているのは、これも次にブレークするための伏線なのでしょうかね。まあ、好意的に見れば、家庭的な平家という側面を強調した演出と取れなくもないとは思っています。

次回は義朝との再会が描かれる様ですね。ライバルとの再会で、主役らしさが戻って来る事を期待したいものだと思っているところです。


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