« 京都・洛中 蝋梅 ~北野天満宮 1.28~ | トップページ | 京都・洛東 今日は節分ですね »

2012.02.02

桂の木の下で 4

Katura1202022

3からの続きです。

次の日、バスの乗り場には、亜紀ちゃん一人が居た。先生が、

「今日は一人?」

と聞くと、

「はい。」

と小声で答えて彼女はバスに乗ってきた。私の方をちらりとも見ないのはいつもの事なのだが、黙って前に座った亜紀ちゃんの後ろ姿を見ながら、何かあったのだろうかと私は気を揉んでいた。

幼稚園に着き、バスを降りた時に私は亜紀ちゃんに話しかけた。

「どないしたん?」

すると私は、意外な言葉を浴びせかけられた。

「もう私に話しかけんといて。それから、家に遊びに来てもあかんし。」

突然の絶交宣言だった。どうしてと問う間もなく、亜紀ちゃんは背を向けて教室に入って行った。何か気に入らない事でも言っただろうかとあれこれ思いをめぐらしたが、見当は付かなかった。やっぱり、昨日遊びに行ったのが良くなかったのか。でも、昨日は仲良く遊んで帰ったはずなのに。

訳の判らぬ私は、中休みに亜紀ちゃんに近づき、訳を聞こうとした。でも亜紀ちゃんは、

「話かけんといて。」

と冷たく言い放ち、私から離れていった。なぜか突然、私は彼女から嫌われてしまっていたのだった。

元々亜紀ちゃんとは幼稚園では話さない様にしていたので、絶交されても遊び相手には困らなかった。西山君も同じ組に居たし、他にも仲間は何人も居た。彼らといつもの様に遊びながらも、私は亜紀ちゃんの事を忘れる事が出来なかった。亜紀ちゃんの方をそれとなく見ていると、相変わらず他の女の子とは遊ばないで、一人で絵本を見たりお絵かきをしており、特に変わりは無いようだった。そんな亜紀ちゃんを見ながら、私は心のどこかに穴が開いたような寂しさを覚えていた。

それから数日後、さらなる変化が待っていた。亜紀ちゃんが登園して来なくなったのである。いつもの様にバスが大鳥居の前を回っても、いつもの待ち合わせ場所に亜紀ちゃんの姿は無かった。

「あれ。今日はお休みかな。連絡はありました?」

「いや、何も聞いてないけど。」

先生と運転手さんは短いやりとりをした後、

「仕方がないわね。」

と言ってそのまま通り過ぎた。次の日も同じだった。また、その次の日も。そのうちに、先生も運転手さんも何も言わずに、ちょっと徐行するだけで亜紀ちゃんの待ち合わせ場所を素通りする様になった。冬休みが来ても、とうとう亜紀ちゃんは姿を見せなかった。

やがて年が改まり、幼稚園も最後のシーズンを迎えた。正月を過ぎても亜紀ちゃんの姿は待ち合わせ場所に現れなかった。

その頃になると、年長組の話題は、次に上がる小学校の事で持ちきりとなった。みんな新しい世界に入ることに、期待と不安を抱いていたのである。そんな中、私は大きな問題に直面していた。なんと私の行く小学校には、幼稚園の仲間が一人も行かない事が判ったのである。

正確には何人か一緒に行く子達は居た。でも、どの顔も普段遊んだ事がない子たちばかりで、西山君を初めとする私の仲間はことごとく違う学校だった。幼稚園では大勢の友達に囲まれていた私が、小学校に上がったとたんに一人ぼっちになってしまうのである。

これはとんでもない話だった。女の子ではただ一人、大仏さんだけが一緒だった。亜紀ちゃんが居なくなった後、私は大仏さんとまた話す様になっていた。彼女は同じ学校で良かったねと言ってくれたが、彼女一人では心許なかった。どうにかしなければと思った私は、同じ学校に行く子たちの中で仲良く出来そうな子を探した。やっと一人、二人と見つけたが、やはりいつもの仲間とは勝手が違った。

そんな中、私はふと亜紀ちゃんの事を思った。そうだ、彼女が居る。あの子は間違いなく同じ小学校だった。でも、亜紀ちゃんには絶交されたままだった。そして何より、何があったのか今は幼稚園にも来ていない。

幼い私には、何もかもが荷が重すぎた。あれほど楽しかった幼稚園が、急に気重になって来た。このまま小学校に持ち上がればよいのに。どうにもならぬ事とは知りつつ、そんな事を思ったりしていた。

そして、一月も過ぎようとしていたある日、再び変化が訪れた。亜紀ちゃんが登園して来たのである。

その日、バスが大鳥居の前を曲がった時、どうせ今日も素通りかと思われたその場所に、亜紀ちゃんの小柄な姿が見えた。

「あれ?」

という声とともに、先生が運転手さんに止まるように声を掛けた。

「どうしてたの?お母さんは?」

心配そうに聞く先生には答えず、亜紀ちゃんは

「おはようございます。」

とだけ言って、さっさと私の前の席に座った。私の方をちらりとも見ないのは以前のままだった。

何があったのかは判らないけれど、久しぶりに亜紀ちゃんの姿を見た私は嬉しかった。私はバスに乗っている間、亜紀ちゃんの黄金色に透ける髪を飽かずに眺めていた。でも、亜紀ちゃんに話しかける事は出来なかった。亜紀ちゃんは以前にも増して冷たく装い、私を近づけようとはしなかったのである。

久しぶりに登園した亜紀ちゃんには、少しだけ変化が見えた。絶対に遊ばないはずの女の子達と、話をし出したのである。ずっと肩肘を張って女の子を近づけなかった彼女が、他の子と本をのぞき込んだりお絵かきをしている姿は、ごく普通のおとなしい女の子に見えた。

二月に入ると、卒園式の稽古が始まった。卒園式で歌う歌を習ったり、卒園証書を受け取る練習をするのが日課となった。私は卒園と同時に襲って来る孤独を思いながら、卒園の歌を歌っていた。

そうしている内に二月はあっという間に過ぎ、三月に入った。あと少しで卒園式となったある日、先生がみんなを集め、次に上がる小学校の名を言う様に言った。それぞれの進路先を確かめ合い、小学校に上がっても仲良くしようという趣旨だった。

仲間たちが次々に小学校の名を言っていく中、私は言いようのない寂しさを感じていた。私も彼らと同じ学校なら良かったのに。けれども、自分の順番が来たとき、私はやっと覚悟を決めることが出来た。○○小学校です、と少数派の名を言った時、仕方がないとあきらめる事が出来たのである。

自分の事はとりあえずけりを付けたが、気になるのは亜紀ちゃんだった。亜紀ちゃんとはずっと口を利いていなかったが、きっと私と同じ小学校の名を言うはずだった。ところが、亜紀ちゃんの番が回ってきた時、立ち上がった彼女はじっと俯いたまま、何も言わないのだった。

教室に、異様な沈黙が流れた。亜紀ちゃんは懸命に何かをこらえるように、ずっと下を見ていた。私は彼女が○○小学校の名を知らないのだろうと思った。彼女は一年前に鎌倉から来たばかりであり、きっと地元の小学校の名前は覚えていないに違いない。

私はよっぽど亜紀ちゃんに耳打ちしてあげようかと、やきもきしなが彼女を見つめていた。ところが、沈黙を破ったのは先生だった。先生の声はいつになく尖っていた。

「なんであなたは黙っているの。あなたの家はどうなっているの。お母さんは何も返事をくれないけど、授業料も溜まっているのよ。」

私は、先生は何を言い出すのだろうと思った。普段はとても優しい先生で、およそ園児を叱ったりする人ではなかった。なのに、今の言葉は明らかに亜紀ちゃんに厳しく当たっている。

「お母さんは悪くありません!」

亜紀ちゃんは突然叫んだ。いつかの日、あのおばあさんに向かって言ったのと同じ調子だった。先生も驚いた様子だったが、さすがに落ち着いた調子で、

「このままだと、あなたは卒園出来ません。先生からも言うけど、あなたからもお母さんに伝えるのよ。判った?」

先生にそう言われると、亜紀ちゃんはさすがに小声で、

「はい。」

と答えてやっと座った。

休み時間、私はどうしても放っておけず、亜紀ちゃんに近づいてそっと囁いた。

「なんで○○小学校て言わへんの?知らんかったん?」

ところが亜紀ちゃんの返事はきついものだった。

「○○小学校なんて行かへんわ。もう、話かけんといてて言うてるやろ!」

取り付く島も無いというのはこういう事を言うのかと思いつつ、じゃあ亜紀ちゃんはどこに行くと言うのだろうと考えた。でも、いくら考えても、幼い私には答えは出なかった。

以下5に続きます。

|

« 京都・洛中 蝋梅 ~北野天満宮 1.28~ | トップページ | 京都・洛東 今日は節分ですね »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14874/53847045

この記事へのトラックバック一覧です: 桂の木の下で 4:

« 京都・洛中 蝋梅 ~北野天満宮 1.28~ | トップページ | 京都・洛東 今日は節分ですね »