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2012.02.01

桂の木の下で 3

2からの続きです。

反対に、亜紀ちゃんが私の家に来た事も一度だけある。幼稚園で亜紀ちゃんにそっと近づき、今日遊びに来ないと誘うと二つ返事で乗ってくれた。亜紀ちゃんは私の家を知らないので、とにかく神社を真っ直ぐに抜けて来る様に言い、私は家の外に出て待っている事にした。

私は嬉しくて家に帰るなり母親に今日彼女が遊びに来る事を告げ、すぐに表に飛び出して亜紀ちゃんを待った。そんなにすぐ来るわけがないと親に笑われたが、亜紀ちゃんが迷うといけないと思ったのである。

どれほど待っただろう、鳥居の所に彼女の小さな姿が見えた時は嬉しかった。私は手を振って亜紀ちゃんに合図した。すると亜紀ちゃんもすぐに気がついて、道の向こうから駆けて来た。勢いよく走ってきた亜紀ちゃんは、私の前であわてて止まった。亜紀ちゃんもまた、いつかの私のように制服のままだった。

「いらっしゃい。中に入って。」

いつもは遊びに行くばかりなので、私はうきうきしていた。ところが、亜紀ちゃんはいつもとは違う余所行きの顔をしていた。初めて来る家で緊張しているのだろうかと思ったけれども、何となく勝手が違って私はとまどった。

亜紀ちゃんは私と違って、私の母にきちんとあいさつをした。偉いね、あいさつが出来てと褒めた母は、亜紀ちゃんが気に入った様子だった。私は亜紀ちゃんがそうしてくれたように家の中を案内する事にした。でも、いつまで経っても余所行きの顔は変わらず、何だか調子が出なくて困った。

あまりに亜紀ちゃんが乗って来ないので、何をして良いのやらと迷ったあげく、その頃流行っていたシールを貼らないかと誘ってみた。これには亜紀ちゃんも反応を示し、どうやれば良いのと聞いてきた。

このシールはガムのおまけに付いていたもので、包み紙がシールになっていた。このシールを貼るのには、ちょっとしたコツがあった。紙が二重になっていて上のシールだけを一度はがし、表面を確かめてから貼らないと裏返しになってしまうのである。私はそれまでに何度も失敗し、先日やっと出来る様になったばかりであった。ところが、亜紀ちゃんに説明しながら貼っていると、見事に裏返しになってしまった。表と裏を間違えてしまったのである。ちょっと情けなくて泣きたいような気持ちになっていると、すぐ上の兄が現れた。そして、彼女のシールを手に取ると上手に剥がし、表を確かめてからこうしてご覧と言って亜紀ちゃんに手渡した。

「出来た。」

と喜ぶ亜紀ちゃんを見て、兄に良いところを持って行かれた私は、ちょっと複雑な気分だった。

もっと遊んでいけばと誘う私に、もう帰らなきゃと言って亜紀ちゃんは帰っていった。帰り際、

「また来る?」

と聞いた私に、うんと答えた亜紀ちゃんは、いつもの亜紀ちゃんに戻っていた。

次の日、私はまた亜紀ちゃんを家に誘ってみた。ところがなぜか彼女は元気が無かった。どうしたのと聞くと、お母さんに叱られたのだと言う。亜紀ちゃんはどういう訳か、私の家に来るのを止められていたのだった。昨日も話せばきっと駄目だと言われると思い、黙って出て来たと言うのである。それがばれて、彼女は二度と遊びに行ってはいけないと釘を刺されたのだった。

昨日亜紀ちゃんの様子が変だったのは、親に内緒で来ていたからだった。でも、なぜ駄目なんだろうと聞く私に訳は話さず、遊びに来てもらうだけにしなさいと母に言われたとだけ言った。

やがて幼稚園は夏休みとなり、亜紀ちゃんと会う機会は無くなった。家が近いのだから遊びに行けば良さそうなものだが、断りもなしに行くのは、はばかられたのである。私はちょっと寂しい思いをしながら、夏が過ぎるのを待った。

桂の木に秋が来て、やがて夏休みも終わった。幼稚園が始まると、亜紀ちゃんとは元通り仲良く遊んだ。おもしろい事に、亜紀ちゃんの言葉はいつしかすっかり京言葉に染まり、あの歯切れの良い関東弁は姿を消していた。

ところが、日が経つにつれて遊びに来てはいけないと言われる事が多くなり、2回に1回は駄目になり、やがてが3回に2回になった。私はその理由が判らず、亜紀ちゃんに嫌われ始めたのかと気を揉んだ。

Katura12020111

事態が急展開を見せたのは、秋も深まりを見せて来た頃である。その日も亜紀ちゃんは遊ぶのを渋っていたが、やっと来ても良いと言ってくれたのだった。黄色く染まった桂の葉は大半が散り、桜の葉も赤く染まって舞っていた。そんな落ち葉を踏みしめながら、私は亜紀ちゃんの家に向かった。

いつもの様に階段を上がって格子戸を潜り、玄関の扉を開いた。すると、座敷には掘りごたつがしつらえられていた。私は少し早い冬を感じた。そして、そこには見知らぬおばあさんが座っていた。私はちょっととまどった。正直言って、良い印象のおばあさんではなかった。私の周りにいるお年寄りとはどこか違う感じがしたのだ。あえて言うなら、油断がならない、そんな感じだった。

誰やろ、もしかしたら亜紀ちゃんのおばあさんかな、そやったら黙って奥に行くのは悪いかな。

そんな事を考えて立ちつくしていた私に、おばあさんは、

「あの子に会いに来たんか。」

とにこやかに声を掛けてきた。私は「うん。」と答えたが、その笑顔がかえってなじめないものを感じた。

「まあ、こっちに上がり。あの子は今奥に行ってる。じきに戻るよって。」

私はいよいよ亜紀ちゃんのおばあさんに違いないと思った。いつもなら亜紀ちゃんを呼んでさっさと奥に入ってしまうのだが、それではおばあさんに悪いと思い、座敷に上がって掘りごたつに入った。

「どうや、お菓子でも食べへんか。」

そういって、おばあさんは信玄袋から駄菓子を出してくれた。

「ありがとう。」

と言って受け取った私だが、何を話せばよいのだろうとそればかりを考えていた。そんな私を見て、

「おとなしい子やな。あの子の友達か。」

とおばあさんは話しかけてくる。うん、と私が答えようとした時、突然大きな音を立てて奥の部屋との間の襖が開いた。そこには幼稚園の制服を着た亜紀ちゃんが立っていた。そして、叫び始めた。

「何してんの。帰ってて言うたやろ!」

ものすごい剣幕だった。亜紀ちゃんの気が強い事は十分承知していたが、こんな勢いでまくし立てるのは初めて見た。亜紀ちゃんは誰に言っているのか。まさか自分のおばあさんにあんなきつい言い方はしないだろう。だとすると私に言っているのか。今日は本当は来て欲しくなかったのか。良いと言ったと思ったのは聞き間違い?私が無理に押しかけたのを怒っているのか。とまどう私の横から、意外にもおばあさんがしゃべり出した。

「お母さんを呼んでて言うたやろ。奥に居るのは判ってるんや。はよ呼んで来て!」

「お母さんはいいひん!さっき言うたやろ!」

「あんた嘘ついたらあかんえ!」

「嘘なんかついてない!はよ帰り!」

「嘘つきはあんたのお母さんえ!上手いこと言うて、ちょっとも約束どおりしてくれへん!あんたのお母さんは、ほんまにひどい人え!」

「お母さんは、そんな人とちゃう!嘘つきはあんたや!ええから、はよ帰って!」

幼稚園児にまくし立てられて、おばあさんも面食らったのだろう。顔を真っ赤にして肩を震わしていたが、幼児相手にこれ以上喧嘩も出来ないと思ったのか、

「ええか、お母さんにまた来ると言うといてや!」

と捨て台詞を残し、信玄袋を手に帰って行った。

二人のやりとりを呆然と聞いていた私は、このままここに居ても良いのかと思った。何とも居心地が悪かったのだ。そんな私を見て亜紀ちゃんは、まだ興奮がさめやらぬ様子で、

「何でこんなとこに居てるの!はよ奥に入って!」

と、いつに無い強い調子でまくしたてた。私もおばあさんのとばっちりを受けた格好だ。どうしたのかと声を掛けようと思いつつ、掘りごたつから出て隣の部屋へと入った。するとまた驚く事が待っていた。亜紀ちゃんのお母さんがそこに居たのである。

「あの人帰った?」

お母さんは、そっと表の座敷の方をのぞき込む様にして、小声で亜紀ちゃんに聞いた。

「帰ったわ!あの人、ほんまに好かん!」

「困った人だわ。」

そう言ったお母さんの顔は、本当に困ったというより、どこかずるそうに見えた。それっきりお母さんは奥の部屋に引っ込み、姿を見せなくなった。

私はやっと亜紀ちゃんに、

「おばあさんに、あんな事言うてもええの?」

と聞く事が出来た。

「あんな人、おばあさんちゃうわ。」

「え、自分のおばあさんやないの?」

「違うて言うてるやろ。全然知らん人や。」

まだぷりぷりと怒りながら、亜紀ちゃんはつっけんどんに答えた。

私は何が何だか判らないまま、亜紀ちゃんの機嫌が直るのを待つしかなかった。亜紀ちゃんがやっと落ち着いたのは、二階への階段を半ば上がり掛けた時だった。

「せっかく来たんやし、ゆっくり遊ぼ。」

亜紀ちゃんにはそう言われたが、私はとてもそんな気分ではなかった。と言って帰る気にもなれず、いつものように二階をのぞいたり、廊下を滑ったり、秘密の扉をそっと開けかけたりして遊んだ。亜紀ちゃんの機嫌はすっかり直ったが、おばあさんの事は二度と口にしなかった。そして、私たちはいつもの様に別れた。

以下4に続きます。

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