« 京都・洛中 京の冬の旅2012 ~大光明寺~ | トップページ | 平清盛 第4回 「殿上の闇討ち」 »

2012.01.28

桂の木の下で 1

(ちょっといたずら書きをしてみました。京都を舞台にした創作です。これから毎週土曜日に随時掲載しますので、もしよろしければ読んで下さい。なお、言うまでもありませんが登場人物、舞台設定等は全てフィクションです。また、写真もイメージで内容とは直接の関係はありません。)

Katura1201281

5月に現れる緑の海。

窓枠一杯に広がった新緑は、風が吹くと潮騒のようにざわめいた。ゆらゆらと揺れる葉がさざ波の様に輝いて見えるのは、葉の裏が白いせいだろう。私は風が薫る季節に、二階の窓から桂の木を眺めるのが好きだった。

桂は大樹である。時に一本で大景観となる。京都に縁の深い木で、葵祭の木として知られ、市の木にも選ばれている。この桂の木が、東山の私の生家の前にもあった。

桂は公園の木だった。しかし、生家は細い道を隔てて公園に接しており、ほどんど地続きと言っても良かった。このため、桂は庭に生えている様なものだった。

樹高は20mほどもあっただろうか、四方に枝を伸ばした姿は雄大だった。しかし、枝はどれも曲線的で、むしろ女性的な優美さを持っていた。冬枯れの頃、雪が積もるとその曲線美が際だち、そこに西日が差すと神々しくすら感じた。

春になると、もみじに少し遅れて芽吹き始め、5月には美しい新緑となる。二階の窓から見た景色が緑の海となるのはこの頃だ。

夏になると沢山の蝉が寄って来る。とりわけクマゼミが多く、夏の朝はうるさいほどの大合唱となる。午後になると主役はアブラゼミに代わり、気怠い鳴き声となって行く。夏休みの間、私は蝉の声で時間の経過を感じていた。

桂に秋が来るのは早い。大文字の送り火が過ぎ、8月も20日を過ぎる頃になると葉が黄色く染まりだす。地蔵盆の頃にはかさかさに乾いた葉が散り始め、夏休みが終わりに近づいた事を教えてくれた。

桂は不思議な木で、普段は何の香りもしないが、枯葉になると特有の甘い香りを出す。子供の頃の私は桂の落ち葉を踏みしめながら、夏休みが終わってしまうという淡い悲しみとともに、この香りを感じていた。そのせいもあってか、実はこの香りにあまり良い印象は無い。

この物語は、そんな桂の木の下であった、遠い日の記憶である。

Katura1201282

昭和39年、4月。私は幼稚園の年中組に入園した。

私の通った幼稚園は、東山の山懐にあった。生家とはごく近く、直線で結べば300mも無かっただろう。しかし、山懐にあるため真っ直ぐな道などは無く、坂道を上り下りしながら、大きく迂回しなければたどり着く事はできなかった。大人ならともかく、幼子が毎日通うには結構大変な道のりだった。

このため、私の母は幼稚園に頼み込み、本来は歩いての通園となるべきところ、バス通園を認めて貰った。私は3人兄弟の末で、二人の兄が同じ幼稚園に通っていたため、3人目ともなると多少の融通は利いたのである。

通園バスは公園の中の道を走って来る。山の方から下って来たバスは神社に突きあり、鳥居の前で私の家の方角に向きを変える。そして、私の家の手前で再び向きを変え、西にある大通りへと下っていく。

私は毎朝母に連れられて、桂の木を見上げながらバスが来るのを待った。

バスが止まると、勢いよく扉が開いて迎えの先生が顔を出す。「おはようございます。」という明るい声に迎えられて私はバスに乗り込む。幼稚園に近いぶん、私はいつも一番乗りだった。初めてこのバスに乗った時、どこでも好きなところに座って良いよと言われ、私は一番前の席に座ろうとした。しかし、運転手さんから、そこはだめ、動かれると気が散るし、前に何もないから危ないと言われ、仕方なく二番目の席にした。

以来、バスの左側、前から二つ目の席が私の指定席となった。二番目でも前に誰も座らないから見通しは良い。だから、バスの通り道はいつもよく見えた。

私を拾った後、バスは道を下って大通りへと出る。下りた先は神社の前で、楼門を左に見ながら神社を迂回し、境内の南沿いの坂道に入って上り始める。そして、大鳥居の前に来ると、今度は右折して南に続く道に入る。そのまま暫く走ると、最初の待ち合わせの場所に着く。

待ち合わせ場所では、幾人かの園児とその母親達が待っていた。どの場所でも、母親同士は決まってにこやかに話をしている。バスはその母子の輪の前に停車し、勢いよく扉を開ける。そして、私の時と同じように先生が飛び出して、「おはようございます。」と明るい声で出迎える。すると幾人かの園児がバスに乗り込んできて、思い思いの場所に座る。母親達はにこやかに手を振って、我が子を見送る。これを何度も繰り返しながら、バスは南へ南へと進んでいく。

バスは京都の古くて狭い道と、新しくて広い大通りの間を縫うようにして走った。古い道の脇には瓦屋根と格子戸、それにばったり床机があり、大通りには商店やビルがあった。今なら町の風情の変化を楽しむところだが、幼稚園の年中組に過ぎない私にとっては、正直言って長くて退屈な道のりだった。

最後にたどり着くのは、尾根を走る坂道だった。その坂道の途中で一度谷底に向かって下る箇所があり、その時が一番嫌いだった。何だか奈落の底に連れて行かれる様であり、毎日通っていてもその感じは変わらなかった。

その谷底から這い上ってくると、やっと最後の待ち合わせ場所だった。その頃になるとバスの中は園児で一杯となっているのだが、一番前に居る私には判らない。幼稚園に着いて降りるときに、席がほとんど埋まっている事に気づくのである。

幼稚園への戻り道は早かった。裏道は一切通らずに大通りを一直線に北に向かい、大きな寺の門の前まで止まらずに走った。その門を潜って暫く走ると、ようやく園舎が見えてくる。

私の通う幼稚園は、その大きな寺の経営だった。上に中学、高校、そして短大まである女子学園であるが、幼稚園だけは男女共学だった。この幼稚園は短大生の幼児教育の場という意味もあった。

お寺の経営だけあって、教育には宗教色があった。まず、バスを降りると「のの様」という宗祖の子供の頃の像に手を合わさなければならない。のの様に、朝のあいさつとともに感謝の気持ちを捧げなさいと言われるのだが、幼稚園児の私にその意味は判らなかった。しかし、とにかく言われるままに手を合わせて、祈りを捧げるふりをしてから教室へと向かった。

園舎は木造だった。建物は大きく二棟に分かれており、立派な玄関があって、年中組と年長組がある母屋が北側、講堂と年少組のある小さめの別棟が南側だった。母屋と別棟は鍵型に並んでいて、渡り廊下で繋がっていた。

その鍵型の空いた部分が園庭である。それほど広くはなかったが、幼稚園らしく、ブランコや滑り台、それに登り棒などが置かれており、園児が遊ぶには十分な広さだった。

母屋と別棟の間の小さなスペースには砂場があった。この砂場はコンクリートで仕切られており、夏になると中の砂が掘り出されてプールになるという、不思議な場所だった。ブールとは言っても泳げるほどの広さは無く、ただ水に浸かっているだけというしろものだったが、ともかくもプールがあるというのが幼稚園の売りの一つだったらしい。

幼稚園の授業は、お遊戯、お絵かき、絵本、歌の時間など、普通の幼稚園と変わりは無かった。ただ、お寺の幼稚園らしく、宗祖様の生い立ちという紙芝居を見せられる事があった。のの様が幼い時から苦労を重ねてやがて偉いお坊様になるというストーリーだが、正直言って意味は判らず、ぼんやりと眺めていただけだった。

年に何度かお寺に連れて行かれる事もあった。大抵はお寺の行事がある時で、広い本堂に皆で座り、お坊様のお話や読経を聞かされるのだが、私にはきらびやかな仏様や豪華な装飾品が珍しく、それほど退屈な時間では無かった。

幼稚園での友達は、すぐに出来た。組内でのグループ分けは背の順番で行われる事が多く、二番目に背の高かった私は、一番大きな酒田君と仲良しとなった。その酒田君の仲間に小野君や木戸君が居て、自然に一つのグループとなった。

ところが、このグループには困った事があった。お遊戯の時などは良いのだが、休み時間になると、とたんに動かなくなるのである。私が何かをして遊ぼうと誘っても、酒田君は疲れたと言って座り込んでしまう。すると、小野君や木戸君もまた、教室の隅へ行って座り、そのまま動かなくなってしまうのである。最初は私も付き合ったが、とてもではないが、休み時間中何もしなしいのは苦痛であった。

仕方なく、私は仲間を捨てて放浪の旅に出るようになった。仲間に入れてくれる様なグループを見つけるために、園庭を彷徨い歩くのである。最初は大変で、一人遊びを余儀なくされる事もあったけれど、次第にいくつかのグルーブに入れる様になって行った。

探すのは同じ年中組のグループである。まず、それを見極めるところから初めて、次に自分でも面白いと思える遊びをしている仲間でなければならなかった。最初に仲間に入れてくれたのは、隣の組の西山君だった。

彼らがしていたのは追い駆けっこだったのだが、西山君に近づき、思い切って「混ぜて」と言うと、すぐに「良いよ」という答えが返ってきた。うれしくなった私は、訳もわからずに一緒になってただ駆け回っていただけなのだが、ともかくも楽しい時間を過ごす事が出来た。

それ以来、休み時間になるとまず西山君の姿を探すのが私の日課となった。ところが、別の組だったからだろう、そういつも見つかるものでは無かった。そうなると、また違うグループを見つけなければならない。私は園庭をあきらめて講堂に行ってみる事にした。

そこには、やはり別の組の田口君たちのグループが居て、ハンカチを三角に折ったピストルを持って戦争ごっこをしていた。私もすぐにハンカチを取り出して三角に折り、ピアノの下に潜り込んでいる田口君の横に滑り込んで、「混ぜて」と言うなり、ピストルを撃つまねを始めた。初めはきょとんとしていた田口君だが、すぐに遊びに戻って私を受け入れてくれた。

西山君も田口君も見つからない時は、さらに他のグループに入れて貰った。最初に「混ぜて」と言うときには少し勇気が要るが、言ってしまえば大抵は仲間になる事が出来た。こうして、私の休み時間は、仲間を捜して歩くことから始まった。今日は楽しく過ごせるだろうかというのが毎日の不安であり、楽しみでもあった。

本当に誰も見つからない時は、女の子のグループに入れて貰った事もある。たとえば、女の子同士でかくれんぼをしているグループに近づいて、やはり「混ぜて」の一言で仲間に入れて貰うのだが、男の子相手とは勝手が違いすぎ、心底楽しめるという訳にはいかなかった。

ある時は、ままごとの仲間に入れて貰った事もある。言われるままに雑草を摘んできたり、その草を野菜代わりに刻むまねなどをしていたのだが、女の子達は次第に自分の世界にはまり込み、ほとんど一人遊びの状態になってしまったので、手持ちぶさたになった私は自分の方から離れてしまった。

どうしても一人遊びをしなければならない時は、砂場に行くことにしていた。ここは主として年少組の遊び場であり、面倒を見る先生が何人か付いていた。また、中には短大の実習生が居て、私たちと遊んでくれたのである。彼女達にすれば、年中組は年少組のついでではあるけれど、私にとっては実習生と居るのは楽しい時間だった。

ただ、その砂場には時として恐るべき相手が居た。吉田さんという同じ組の女の子で、何かにつけて私の面倒を見たがるのである。ズボンに砂が付いていると言っては払い、ハンカチがはみ出ていると言ってはポケットに入れてくれ、ボタンが外れていると言っては止めてくれるといった具合だった。嫌いではなかったけれど、あまりに付きまとわれるので正直面倒な相手だった。

ある時、この吉田さんが、「大きくなったらお嫁さんになってあげる。」と言い出した事がある。それは、講堂に行こうとして砂場を通りかかった際に、吉田さんに捕まった時であった。仕方なく並んで座りながらおしゃべりをしていると、突然吉田さんがお嫁さん宣言をしてしまったのである。当然、周囲には先生達が居て聞き耳を立てている。

私にすれば冗談ではなかった。好きでも何でもなく、今も呼び止められたから一緒に座っているだけなのにと思ったのだが、断然断るのも彼女を傷つけてしまいそうで言えなかった。一生懸命に考えて答えをひねり出し、そういう事は大人になってからゆっくり考えようと言うと、彼女もまた、それもそやねと言ってその場は納得してくれた。

収まらないのは周囲に居た先生達で、その場はさすがに笑いをこらえて居たが、職員室に帰ってから大爆笑になったそうである。この話は先生達の間で持ちきりになっただけでなく、私の母親にまで伝えられる事となった。そして卒園までの間、何かにつけては持ち出されるので、私の頭痛の種となったのであった。

女の子で仲の良かった子と言えば、大仏さんが居る。本名は谷口さんという同じ組の子で、眉間にほくろがある事から、私は彼女の事を大仏さんと呼んでいた。合の休み時間や給食の時間に一緒になる事があり、そういう時は大仏さんとからかいながら、おしゃべりをするのが楽しい相手だった。

私の年中組の時間は、小さな事件を挟みながらも、こうして穏やかに、楽しく過ぎていった。

以下2に続きます。

|

« 京都・洛中 京の冬の旅2012 ~大光明寺~ | トップページ | 平清盛 第4回 「殿上の闇討ち」 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ねこづらどきも8周年に入って新しい試みですね(*^_^*)

お忙しいでしょうがこれから毎土曜日楽しみにしています♪

投稿: Milk | 2012.01.29 00:19

Milkさん、

読者になって頂いてありがとうございます。
いつも取材で訪れている東山界隈に住めたら良いなというコンセプトで書いてみました。
5回シリーズの予定ですので、お付き合い願えたら有り難いです。

投稿: なおくん | 2012.01.29 09:26

これって、華頂短期大学附属幼稚園かしらん?
道順を辿ってみると・・・。
次回を楽しみにしています。

投稿: zuzu | 2012.01.30 11:07

zuzuさん、

多分zuzuさんには判ると思っていました。
東山にある幼稚園という事で、勝手にモデルに使っています。
2回目以降は面白くなると自分では思ってますので、
是非読んでやって下さい。

投稿: なおくん | 2012.01.30 19:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14874/53845087

この記事へのトラックバック一覧です: 桂の木の下で 1:

« 京都・洛中 京の冬の旅2012 ~大光明寺~ | トップページ | 平清盛 第4回 「殿上の闇討ち」 »