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2012.01.09

平清盛 第1回 「ふたりの父」 その2

(7年後、忠盛と共に海辺を駆ける平太。この頃、正盛は亡くなっており、忠盛が頭領となっていました。)

(父と共に船に乗って海に出た平太は、初めて見る海にはしゃいでいます。しかし、船の中ではちゃんと立つ事ができません。その姿を見てからかう漁師見習いの鱸丸。怒って再び立ち上がろうとしてまた転ぶ平太。もう厭だと言い出す平太に、何故鱸丸が転ばぬと思うと問い掛ける忠盛。鱸丸は大きいからだと平太。それは違うと言下に否定する忠盛。鱸丸は幼い頃から漁の手伝いをして鍛えてきたから、身体の中に軸が出来た。漁師として魚を捕る事は鱸丸にとっては生きる事、それが心の軸となっているのだと諭す忠盛。心の軸が身体を支え、身体の軸が心を支えると言う忠盛の言葉に、判ったような判らないような様子の平太。)

(その時、鐘の音と騒ぐ声が聞こえてきます。海賊が船を襲っているのでした。躊躇なく海に飛び込み、海賊に向かって行く忠盛。浜で見ていた郎党達も異変に気付き、船をこぎ出します。)

(襲った船の積荷が宋の国から来た物だと知り、大喜びの海賊達。そこに一人で乗り込んだ忠盛。彼は大立ち回りを演じて、海賊を混乱に陥れます。そこに駆けつけた郎党達によって、海賊は退治されてしまいました。郎党達と共に、宋の剣を掲げて雄叫びを上げる忠盛。嬉しそうにそれを眺めている平太。)

(浜辺で剣を振り、身体を鍛えている忠盛。そこにやって来て、父の様に強く立派な武士になりたいと願う平太。ならば、その気持ちを心の軸にせよ、そしてそれを支える為に身体を鍛えよと告げる忠盛。並んで剣と枯れ枝を振り、鍛錬する親子。)

(京に戻った忠盛親子。犬の岬丸との再会を喜ぶ平太。都で待っていたのは忠盛の正妻となった宗子と弟の平次。)

(祇園女御の家。女御と双六をして遊ぶ平太。女御は舞子の死後も平太に目を掛けていたのでした。女御を母の如く慕う平太。あと12駒を進めれば勝ちという局面で、そのとおり12の賽の目を出して見せる平太。大喜びではしゃぐ平太を見て、舞子も双六が強かったと懐かしむ女御。)

(帝位を退いた鳥羽上皇。鳥羽院は、白河院に強制的に退位させられ、息子の顕仁親王に譲位したのでした。その顕仁親王は、鳥羽院ではなく白河院を父と慕う子でした。5歳の帝と治天の君であり続ける白河院。立場のない鳥羽院。)

(孫の女御である璋子の部屋に忍び入り、二人で睦み合う白河院。それを知り、一人苦しむ鳥羽院。)

(忠盛の家。居なくなった岬丸を探す平太と平次。兄に続いて屋根に上ろうとし、足を滑らせて落ちてしまった平次。その騒ぎを聞きつけて駆けつけた宗子。怪我をした平次を見て平太を張り飛ばし、この子になにかあったらそなたを許さないと睨み付ける宗子。思わぬ継母の敵意にたじろぐ平太。郎党にたしなめられ、はっと気付いて謝る宗子。しかし、後ずさりして継母を避ける平太。泣き叫ぶ平次。)

(一人、町にさまよい出た平太。彼は一人の子供に突き飛ばされます。その子は大人達に盗人呼ばわりされ、追われていたのでした。平太の目の前で菰を被って隠れた子供。大人達に子供の行方を聞かれた平太は、とっさに嘘を付いて子供を庇います。)

(大人達が行ったのを確かめ、菰から出て来た子供。彼は兔丸といいました。平太を裏手に引っ張っていき、礼だと言って盗んだ瓜を手渡す兔丸。しかし、父に代わって捕らえてやると叫ぶ平太。誰だ、お前はと聞かれ、平忠盛の子平太だと答える平太。とたんに顔色を変える兔丸。彼は朧月の子でした。)

(忠盛は父の仇と叫ぶ兔丸。朧月は貧しい人達の為に盗みを働いていた、それを忠盛は斬った、忠盛は王家の犬だと罵る兔丸。父はそんな人ではないと叫び返す忠盛。お前もそうだ、忠盛が王家に取り入る為に、法皇から貰い受けた子なんだろうと言い返す兔丸。狙いを付けた者の事は、どんな手を使っても調べ上げる、間違いはないと言い放つ兔丸。嘘だと叫びながら駆けていく平太。)

(家に戻り、忠盛に自分は本当に平家の子か、それとも法皇に貰い受けた子かと問い掛ける平太。その懸命な様子に驚きながらも、そんな世迷い言に惑わされるなと叱りつける忠盛。父の剣幕に判りましたと畏まる平太。そこに現れた宗子。さっきはすまなかったと謝る宗子ですが、平太は壁を感じた様子です。父にも言いしれぬ壁を感じた平太は、一人駆け出していきます。)

(雨の降る中、祇園女御の家に駆け込んできた平太。驚く女御に、自分は誰の子か、父が出世の為に法皇から貰い受けた子なのか教えて欲しいと迫る平太。呆然と平太を見つめる女御。そこにやって来た白河法皇。)

(白河院の前に飛び出し、お願いの儀がございますと叫ぶ平太。何者と問われ、忠盛の子、平太と答える平太。女御に向かって、犬の子が紛れている、早くつまみ出せと命じる法皇。家人達に連れ出される平太。犬が泥を刎ねた、着替えを出せと女御に命ずる法皇。)

(泥濘の中に放り出された平太。)

(平太の行方を案ずる忠盛。だからあの時引き取るなと言ったのだと忠正。災いをもたらすと言われ、母を殺され、要らぬから持っていけと言われた子だ、このまま見つからぬ方があいつの為だと忠正。)

(いずれは知れる事だったのだろう、知った上で平家の男として生きていかなければならないのが、平太の定めだったのだと郎党。忠盛の耳に甦る「遊びをせんとや」の今様。)

(都のとある門で倒れている平太。泣きながら立ち上がった平太は、死んでいる岬丸を見つけます。何故と泣き叫ぶ平太。そこに現れた忠盛は、犬同士で争って負けた、弱い故負けたのだと話しかけます。驚く平太に、お前と血を分けたのは法皇だ、しかし、この父が平氏の子として育てたのだと告げます。何故か、王家に取り入る為かと問う平太。平太の問いを遮り、今のお前は平家に飼われている弱い犬だ、死にたくなければ強くなれと叫び、宋の国の剣を平太の前に突き立てます。じっと父をにらみ返す平太。黙って立ち去る忠盛。父が突き立てた剣を抜き取る平太。)

(10数年後の平太。船の舳先に乗り、剣を振りかざして雄叫びを挙げる平太。彼が最初に戦うべき相手は、二人の巨大な父でした。)

ドラマの設定は、史実と創作が相半ばしている様です。もっとも、この時期の清盛については、史実と断定出来る部分はほとんど無いと言って良いのですけどね。

まず、清盛の実の母については以前にも書いた様に、祇園女御とする説、祇園女御の妹とする説、そのどちらでもない忠盛の正室だった女性とする説に分かれます。ドラマではこのどれでもなく、儀御女御の妹のような存在である舞子という設定にして来ました。これはドラマオリジナルと言って良いでしょうね。また、母の名を舞子としていますが、これはどの資料にもなく完全に創作です。

父親については忠盛とする説と白河法皇とする説に分かれますが、ここでは白河法皇の落胤説を採って来ました。ドラマ的には、その方が話を膨らませ易いでしょうね。実際、見ていても展開がダイナミックで面白かったです。

清盛の幼名「平太」については、小説の「新平家物語」でも同じ名前なのですが、どこかに根拠があるのでしょうか。ネットで調べると虎寿丸というのも出て来ます。何となくですが、新平家物語を踏襲したようにも思えるのですが、どうなのでしょう。新平家物語との関係で言えば、祇園女御が白拍子の出とするのも共通しており、これも小説の設定を拝借したのでしょうね、たぶんですけど。(追記:平太の名は平家物語にありました。ただし、名前と言うより通称ではなかったかと思われます。参考。)

正盛が検非違使として盗賊の追捕にあたっていたのは史実にあるとおりですが、朧月という盗賊は創作だと思われます。平安時代の盗賊して有名なのは袴垂ですが、もう少し前の人物ですね。それに義賊だったという話も聞かないし、人物設定についてもドラマオリジナルなのでしょう。

また、忠盛が海賊退治で名をなしたのも事実で、捕らえた多くの海賊を伴って都に凱旋し、人々の耳目を集めたと言われます。もっとも、その海賊の多くは郎党たちで、言わばさくらを使って手柄を水増しにしたのだとも言われています。

天皇家の人間関係についてはほぼ史実どおりで、白河法皇が、事もあろうに孫の女御に手を出していたというのも事実の様です。結果として生まれたのが崇徳天皇とされ、その子を帝位に就かせるために鳥羽天皇に退位を迫ったと言われます。このため、鳥羽天皇は崇徳天皇を叔父子(実際は叔父にあたる自分の子という意味か?)と呼び、生涯嫌い続けました。まあ、本当に崇徳帝が白河法皇の子であったかどうかは璋子しか知らないことなのでしょうけどね。このことが、ドラマにあった様に帝室を二分する事となり、保元の乱が起きる一因となって行きます。有る意味、白河法皇の御乱行が平安時代の終焉を招いたと言えるのかも知れません。

ドラマとしては、昨日書いたようにとても面白いと思ったのですが、いくつか違和感も感じました。その一つが、忠盛が庶民の為に働いてきたと言った事で、当時はそんな感覚を持った官人はおそらく誰も居なかった事でしょう。このあたりは、NHKのサイトにも書かれている事で、検非違使は目の前で殺人が行われても何もしなかったのだとか。ましてや、白河法皇が市井の民のために政治を行った事など一度も無いのではないかしらん?でも、現代に向けてのドラマだから、そのあたりは意訳しないとドラマとして成立しなくなってしまうのでしょうね。

また、白河法皇が、やたらと人を殺せと命じている事にも違和感を感じます。当時は穢れというものを極端に嫌う時代で、宮中に鳥の死骸が一つ落ちていただけで大騒ぎとなる様な始末だったと言われます。そんな時代に、目の前で人を殺せなどと命じるかしらん?確か、保元の乱以前は久しく死刑というものは行われていなかったはすで、いかに白河法皇と言えども自分の子供や愛妾を殺せなどとは命じないと思われます。

最後は、忠盛と白河法皇の関係で、実際はもっと親しい関係にあったものと思われます。忠盛灯籠の逸話にも有るように忠盛は白河法皇の側近の一人で、後に殿上人となった事からも覚えは目出度かったはずです。少なくとも、ドラマの様に距離感のある関係では無かった事でしょう。

などなど気になる所はいくつかあるのですが、ドラマのスケール感の大きさから言えば、まずは許せる範囲ではないでしょうか。

特に印象に残ったのは舞子が歌った今様で、テーマ音楽の主題ともなっていますよね。おそらくは今後もドラマを通しての基調となって行くのではないかな。実際に平安時代の歌声がどうだったかは判らないけれども、あの時代を追憶するには相応しい旋律だと感じました。

次回は松山ケンイチが登場する様ですが、どんな演技を見せてくれるのか楽しみです。

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