« 京都・洛中 御会式桜 ~妙蓮寺1.28~ | トップページ | 京都・洛中 白の万両、赤の十両 ~高桐院~ »

2012.01.31

桂の木の下で 2

Katura1202031

1からの続きです。予定より早く書き上がったので、土曜日ごとと言わず、続けてアップして行きます。)

一年が経ち、年長組になると小さな変化があった。

年長組になって最初の日も、相変わらず送迎バスは一番乗りだった。いつもの様に指定席に座ると、いつものようにバスは走り出す。大通りから左折して神社を南側に迂回すると、やがて大鳥居が見えてくる。先月までは右折して素通りするだけの場所だったのだが、この日は違っていた。道の角に見慣れない女の子と母親が立っていたのである。

「今日からやね。」

と先生が運転手さんに言うと運転手さんはうなずき、バスを女の子たちの前に止めた。先生と母親の間で、

「おはようございます。」

「よろしくお願いします。」

というあいさつが交わされた後、女の子がバスに乗ってきた。

「どこに座っても良いよ。」

と、私の時と同じように先生が言うと、彼女は私の前の席に座ろうとした。

「その席は、」

と先生が言いかけたのだが、

「今日からは満席になるから良いよ。」

と運転手さんが遮った。3月まではわずかに余裕のあった送迎バスも、この4月からは満席になったのである。そして、そのままバスは走り出した。

これまで遮るものが無かった私の視界の中に、彼女の後ろ姿が入ってきた。とても小柄な子ではあるが、たぶん同い年だろうと感じた。彼女の髪は、肩のあたりできれいに揃えられていた。とても細い髪で、きめ細やかに見えた。時にバスが東に向かうと、朝日が正面から差し込んでくる。その光が彼女の髪を透かせて黄金色に染めた。シルエットになった細いうなじと黄金色の髪と、私は何か不思議なものを見ている気がした。

幼稚園に着くと、うれしい驚きが待っていた。あの西山君が同じ組になっていたのである。これでもう休み時間に仲間を捜して歩かなくて済むと思うと、それだけで嬉しかった。

女の子では、吉田さんは隣の組となったが、大仏さんはまた同じ組だった。彼女は私を見ると近づいてきて、良かったねと言ってくれた。私もまた、からかい相手が居てくれる事は嬉しかった。

そして、もう一つの驚きがあった。今朝私の前に座った女の子が、同じクラスに居たのである。最初の時間に、先生が彼女を転入生として紹介した。私は彼女が鎌倉から引っ越してきたのだと知った。

鎌倉という町には、大仏があると聞いていた。また、東にあるという事もおぼろげながら知っていた。鎌倉についての知識はそれくらいでしかなかったのだが、彼女の言葉はとても新鮮に響いた。まったりした京言葉の中で育った私にとって、歯切れの良い彼女の関東弁は別の世界の言葉の様に感じられたのである。

彼女の名前は、正直言って覚えていない。それどころか、顔の記憶も無い。それはある時期、懸命に忘れようとしたからであるが、完全に記憶を消し去る事は出来なかった。そして、年とともによみがえり、今では彼女の言葉や声までも思い出す事が出来るのだが、どうしても顔と名前は出てこない。やむなく、ここでは亜紀ちゃんという名にしておく。

亜紀ちゃんは風変わりな女の子であった。それとなく様子を見ていたのだが、他の女の子たちと話をしようとせず、いつも一人で過ごしている様だった。その姿は寂しそうでもあり、平気な様にも見えた。暫くたった頃、私はお節介にも彼女に近づき話しかけてみた。

「ねえ、何で一人で居るん?遊ぼうと言ったら、みんな一緒に遊んでくれるよ。」

亜紀ちゃんの答えは、しかし、とても意外なものだった。

「放っておいてくれる?私はこの人たちとは遊びたくないの。」

思いのほか強い調子の彼女の言葉に私はたじろいだ。可憐な女の子に見えたのに、こんなに気の強い女の子だったのか。しかし、たじろぎながらも私は言葉を続けた。

「寂しくないん?」

「私は一人が良いの。」

ここまで強い拒絶に会ったのは初めてだった。どうしよう、もうこの子に話しかけるのはやめて離れようかと思っている私に意外な言葉が待っていた。

「それとも、あなたが私と遊んでくれる?でも、他の女の子と遊んじゃだめ。口も利いちゃだめ。その代わり、私もあなたとだけ遊ぶ。それでどう?」

思わぬ提案に、大仏さんや吉田さんの顔がよぎった。この子はいったい何を言い出すのだろう。他の女の子と口を利くなとはどういう事? 訳のわからぬ事を言うこの子と関わるのは止めた方が良い?様々な思いが忙しく私の頭の中を巡った。

しかし、亜紀ちゃんへの好奇心が捨てられないた私は、少しずるい考えを持った。いつも彼女が見張っている訳でもあるまいし、他の女の子とは彼女が居ないところで話しをすれば良いじゃないか。ここは彼女の言う事を聞くふりをしておけば仲良くなれるチャンスだ。

一瞬の間に考えをまとめた私は、

「ええよ。」

と亜紀ちゃんに答えた。そう言いながら、大仏さんたちに後ろめたい思いがよぎった。

「わかったわ。じゃあ、私の家に遊びに来て。でも遊ぶのは家でだけ。幼稚園では話しかけないで。」

何から何まで変わった提案に私はとまどうばかりであった。

「家って、どこにあるん?」

「私のバスの乗り場は知っているでしょう?鳥居の前から、下に数えて3軒目が私の家よ。」

「今日、行ってええの。」

「幼稚園から帰ったらすぐに来てちょうだい。もう私に話しかけちゃだめよ。」

そう言い終わると亜紀ちゃんは背を向けて向こうに行ってしまった。

家に帰ると、私は母に新しい友達の家に行って来ると告げた。母は珍しい事もあるもんだと言ったが、特に咎める事もせず、ただ行き先だけを聞いた。私が神社の向こうの家と答えると、そう遠くない場所と安心したのか、気をつけて行くんやでと送り出してくれた。私は幼稚園の制服のまま家を出た。

大鳥居に行くには神社を横切らなくてはならなかった。家から見える北の鳥居をくぐり、短い階段を下りるとすぐ左手に本殿が見える。その本殿の塀に沿って真っ直ぐ進むと、やがて階段の上に南の楼門が見えてくる。大鳥居はその楼門を潜った先にあった。

いつもバスで通る坂道を歩いて下る。坂の一番上は大きな料亭である。その長い壁がつきるところに、出格子の付いた二階屋があった。その隣は、白い塀で囲まれた料亭風の建物だった。その隣も同じような造りで、その家の玄関には暖簾が掛かっていた。暖簾の無い方が亜紀ちゃんの家だろうと見当を付けて、小さな階段を上がり格子戸を開けた。

格子戸の向こうにもまた階段があり、その先には庭が広がっていた。庭には植え込みがあり、灯籠があった。その庭を取り囲む様に洒落た建物がコの字型に建っていた。庭に面しては大きな窓になっていたが、どこも雨戸が閉まっていたのでどこか暗い印象がした。

一見して入り口が判らなかったが、左手に小さな格子戸があったので、そこを開けてみた。中は玄関になっていて、その奥がこぢんまりとした和室になっていた。そこには誰も居なかったが、右手に襖がありその奥から何人かの子供の声が聞こえてきた。気がつくと、足下の靴脱ぎに小さな靴がいくつも散らばっている。あれっ、と思いながら亜紀ちゃんの名を呼ぶと、少しの間を置いて、襖の向こうから彼女が現れた。

「いらっしゃい。こっちへ入って。」

亜紀ちゃんに招かれるままに玄関を上がり、襖の入り口を入った。すると、次の部屋で何人もの男の子が思い思いに遊んでいた。どの子も幼稚園で見た顔である。ただ、仲の良い子は一人も居なかった。彼女はそのまま部屋を横切り、向こうの襖を開けて

「こっちへ来て。」

と私を呼んだ。その部屋に入ったのは私一人だった。私は思わず亜紀ちゃんに言った。

「二人で遊ぼうという事やなかったん?何であんな子たちが居るん?」

それには答えず、

「ちょっと待って。」

と亜紀ちゃんは襖を閉めて、隣の部屋に戻って行った。そして、男の子たちに向かって、

「さあ、あの人が来たから帰って。」

と言って追い出しに掛かった。男の子たちはぐすぐすしている様子だったが、

「約束でしょう。早く帰って。」

と亜紀ちゃんが強い調子で言うと、仕方なしといった感じで帰っていった様だった。

「さあ、何して遊ぶ?」

部屋に戻ってきた亜紀ちゃんは、事も無げに言った。私はちょっとたじろぐ思いがした。亜紀ちゃんに興味を持った子は、私一人ではなかった様だ。その中から亜紀ちゃんは私を選んだらしい。それは意外でもありうれしくもあったが、あんな強い調子で物を言えるなんて信じられなかったのである。

「帰してしまって良いの?」

と私は亜紀ちゃんに聞いてみた。

「知らないわ。駄目と言っているのに、どうしても言うから来てもらっただけ。でも、あなたが来るまでよと言ってあったから大丈夫。」

まだ驚いている私の後ろに、亜紀ちゃんのお母さんが現れた。

「あなたが言っていたのはこの子?」

「そう。」

「判ったわ。でも、もうあんなに沢山呼んじゃ駄目よ。」

「判ってる。もう来ないように言っておいたから。」

「じゃあ、仲良くしてあげてね。」

お母さんは最後に私にそう言うと、また奥の部屋に戻って行った。

事情が良く飲み込めないまま、私たちは家の探検から始める事にした。家がコの字型になっているのは外から見たとおりである。後から考えれば、料亭用に造られた貸家だったのだろうけど、当時の私にはとにかく変わった家に思えた。

玄関にあった部屋は、部屋の準備が出来るまで待つための待合だったのだろうか。その隣に子供たちが遊んでいた部屋と私が通された部屋があり、さらに奥にお母さんの部屋があるらしかった。これが北側の棟の間取りである。

南側の棟は客室だったのだろう。長い廊下に面して畳の間が三部屋ばかりあり、廊下とは襖で仕切られていた。どの部屋もがらんとして中には何も置かれてはいなかった。そして、外から見たとおり、大きなガラス戸が庭に面して嵌められていたが、どこも雨戸が閉めてあるので中は薄暗かった。

どこにも明かりが無い中で、コの字の縦線にあたる部分に坪庭があり、唯一の明かり取りになっていた。このため、坪庭の周辺だけが薄明るく、その明かりが南の棟の中をわずかに照らしているのだった。

坪庭の横には階段があり、二階に上る事が出来た。二階も客室用の造りになっており、似たような部屋がいくつかあった。薄暗さは南の棟以上であり、その薄気味悪さが子供心にはおもしろく感じられた。

その後、何度かこの家に行ったが、その都度二階に上がりかけてはわざと怖がるという遊びをした。亜紀ちゃんも自分の家なのに、一緒になって怖がってくれた。

階段の下は物入れになっており、開けようとしたらお母さんに怒られると言って亜紀ちゃんに止められた。ここも秘密の部屋として、二人の遊び場となった。

亜紀ちゃんに父親は居なかったらしい。一度も父親の話は出たことが無く、家にも父親がいるらしい気配は無かった。はっきりと聞いた訳では無いけれども、たぶん母子家庭だったのだろうと思う。

お母さんは、いつも家に居たらしい。と言うのは、私が行ってもほとんど姿を見せなかったのだ。見かけたのは最初の日と最後の日、そしてあと一度は何時だったか、部屋に掃除機を掛けている姿だった。当時、掃除機はまだ珍しく、私の家にも無かった。これを見たとき、亜紀ちゃんの家はきっとお金持ちなんだなと思った記憶がある。ただ、姿は見えないけれども、いつも奥の部屋に居る気配は感じられた。

親がその場に居ないのを良いことに、良く磨かれた廊下をスケート場よろしく、靴下をはいて滑るという遊びも良くした。これをすると、足の裏が妙にくすぐったくて、気持ちが良かったのである。

今思えば、亜紀ちゃんは女の子らしい遊びをしようとは一度も誘わなかった。大抵は私が遊びを提案すると、すぐにそれに乗ってくれた。男勝りなところがあったのだろう、女の子ではなく、男の私を遊び相手に選んだ訳はここにもあったと思う。

以下3に続きます。

|

« 京都・洛中 御会式桜 ~妙蓮寺1.28~ | トップページ | 京都・洛中 白の万両、赤の十両 ~高桐院~ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/14874/53847005

この記事へのトラックバック一覧です: 桂の木の下で 2:

« 京都・洛中 御会式桜 ~妙蓮寺1.28~ | トップページ | 京都・洛中 白の万両、赤の十両 ~高桐院~ »