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2012.01.18

京都・洛北 冬はつとめて2012 ~葉山馬頭観音~

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曼殊院の次に向かったのは、葉山観音でした。ここは近くは何度も通っているのですが、実際に立ち寄るのは初めてです。

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場所としては、圓光寺と曼殊院の中間、葉山の山裾にあたります。正確には一燈寺と言い、現在は臨済宗に属している様ですね。お堂としてはこの観音堂があるだけで、すぐ隣には御住職のものと思われる住居があります。

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ご本尊は聖徳太子作と言われる馬頭観音です。この日も朝から熱心に拝む信者らしき方の姿があり、きっと地元では大切にされているのでしょうね。

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私がここに来たかった理由は、幕末の志士である梅田雲浜縁の地だったからです。雲浜は小浜の人で、儒学と神道を統合した闇斎学を学び、その学識を買われて藩校の講師を務めていました。しかし、攘夷に絡む過激な発言が災いして藩を追われ、浪々の身となってしまいました。日々の糧もままならないといた状況の中、家族と共に転がり込んだのが当時無住だったこの観音堂だった様です。

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この観音堂に居る頃に、病床の妻を残してロシア軍艦を乗っ取ろうと計画したと言い、生活が窮迫していても彼の攘夷熱は止まる所を知りませんでした。その一方で、弟子達の力を借りて長州藩に取り入り、交易の斡旋をする事によって数年後には相当の財産を築いていたと言いますから、人生はどう転ぶか判らないですね。その金も攘夷のための資金に充てられたのですが、極貧の中から這い上がった彼には商才もあったのでしょう。

こうして攘夷志士たちの中心人物となった梅田雲浜でしたが、その後起こった安政の大獄によって捕らえられ、二人目の犠牲者となっています。今から見れば、単純攘夷などは状況判断を誤った過激策と言わざるを得ないのでしょうけど、こうした草奔崛起の人々の情熱があったからこそ明治維新も成就したとも言えるのでしょう。龍馬以前の志士の史跡として、一度は見ておくべき場所なのかなと思います。

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