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2011.11.28

京都の散歩道 紅葉案内 洛西編 5

愛宕念仏寺から、ここまで来た道をずっと戻ります。二尊院の手前まで来たら、二尊院には向かわずに真っ直ぐ行って下さい。暫く歩いていくと左手に厭離庵と書いた看板が見えて来るはずです。ここはごく細い通路ですから、初めてだと入って良いのかと迷いますが、大丈夫ですからずっと奥まで行って下さい。突き当たりが山門で、臨時の受付が出ているはずです。

厭離庵は藤原定家の山荘跡と言われ、久しく荒廃していたのですが江戸時代の中頃に冷泉家が復興し、霊元法皇から厭離庵の号を得たとされます。臨済宗天龍寺派に属しており、長く尼寺だったのですが、平成18年から男性の僧侶が住職となっている様です。

ところで、藤原定家の山荘跡と言われる場所は複数あり、この散歩道でも紹介した常寂光寺のほか、二尊院の中にもありますね。どこが正しいのかは判っていない様ですが、冷泉家は定家から続く家系であり、なんとなく信憑性は感じてしまいます。

山門を入ると正面に茅葺きの小さな建物があります。その左手に階段があって、庭園へはここを上って行く事になります。この山門付近にももみじがあって綺麗に色付くのですが、紅葉のタイミングは庭園よりも遅い様ですね。

さて、階段を上がっていくと、小さな腕木門があります。茅葺き屋根の付いた洒落た門で、詫び寂びの世界に通じるものを感じますね。紅葉のメインはこの門の奥の庭園で、最盛期には見事な赤色に染まります。それも日陰にあるせいかとても深い赤色で、華やかさのなにも落ち着きのある色調は、この寺ならではのものですね。

そして、一番の見所は敷き紅葉にあると言われます。木に葉が茂っている間は薄暗い庭なのですが、全てが散ると光が入って明るくなり、地面を埋め尽くすもみじが鮮やかに照らし出されるのですね。一昨年に初めて訪れた時がまさにこの状態で、あまりの美しさに暫し見とれてしまいました。

紅葉のタイミングはかなり遅く、11月末から12月初め頃にかけて見頃となる事が多いようです。境内は狭いのですが、訪れる人は少ないため、それほど混雑する事はありません。

厭離庵を出て、元の道を左に進みます。ずっと道なりに歩いていくと、やがて清涼寺の西門にたどり着きます。清涼寺には後から入るので、ここでは道なりに右手に進んで下さい。そのまま歩いて、やがて清涼寺の壁が尽きる頃、道は二手に分かれます。その丁字路の右手にあるのが宝筺院、楠木正行ゆかりの寺です。

正行は南北朝時代の南朝方の武将で、戦前の皇国史観においては小楠公と呼ばれ、大変な忠臣とされていました。この寺には彼の首塚があるのですが、幕末に廃寺となったため、その後は荒れ果てた状態になっていたそうです。明治24年、時の京都府知事の北垣国道がこの事を知り、小楠公の遺跡を顕彰すべく欽忠碑という石碑を建立しました。この事がきっかけとなって小楠公の遺跡を守ろうという運動が起こされ、大小の伽藍が整備されて大正6年に完工しました。これが今の宝筺院ですね。

境内はもみじで埋め尽くされていると言って良く、素晴らしい紅葉の名所になっています。嵯峨野の中でも人気のあるスポットの一つで、拝観者はかなり多いですね。そのため入り口付近は混み合うのですが、中に入ってしまえば境内が広いので、それほどでもなくなります。

まだ一度しか入った事が無いので紅葉の傾向は判りませんが、ホームページの情報に拠れば11月末頃に見頃となる事が多いようです。

明日は清涼寺に入る事にします。

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