京都の散歩道 紅葉案内 洛東編 3
今日は京阪の七条駅を起点にした散歩道を紹介します。
東山七条にある紅葉の名所と言えば、まずは養源院ですね。七条駅を出て東に向かい、三十間堂の東側の道を右に折れて暫く行くと、やがて左手に養源院の山門が見えてきます。この寺は、浅井長政の菩提寺として淀殿が建て、後に江によって再建された寺として知られますね。
紅葉するのは主として参道沿いにあるもみじで、市内にある名所らしく紅葉するタイミングはかなり遅めです。年によってばらつきがありますが、概ね11月末から12月初めに掛けて見頃となる事が多いようですね。ただ、同じ参道でも山門近くの木ほど先に色付く傾向があり、一度に色付くという事はありません。
また、参道の北側に勅使門があるのですが、その周辺のもみじも綺麗に色付きます。でも、それに気付いているのか居ないのか、見に行く人は希れなのですね。せっかくの紅葉なのにもったいない話で、行かれる事があれば是非見ておかれる事をお薦めします。
養源院からは智積院を目指します。山門を出た後、一度七条通に戻っても良いのですが、せっかくですから方広寺の南大門を潜ってみましょうか。そう、あの鐘銘事件のあった方広寺の遺構がここにも残っているのですよ。単層ではありますがとにかく巨大な門であり、如何にも秀吉好みであった事を彷彿とさせてくれます。同時に、ここが寺の南限であった事を示している訳で、今とは比べものにならない広大な寺域を有していた事が判る遺構でもある訳ですね。
その門を出たところが塩小路通です。この道は細い割に車が良く通るので、歩きにくいのが難点ですね。どうやらタクシーの抜け道となっているらしく、出会うのはほとんどタクシーばかりという不思議な道でもあります。
この道を左手に進んで行くと、左手の駐車場のフェンス沿いに、「坂本龍馬、北添佶摩など土佐浪士寓居跡」と記した石碑が建っているのに気付きます。これが最近建てられた龍馬とお龍の出会いの場を示す石碑でして、ここにあった土佐浪士達の隠れ家の世話をお龍の母がしていた縁で、二人は知り合う事となったと言われています。
車を避けながら東に抜けると、そこは東大路通になっています。その角を左に折れて少し歩くと横断歩道があるので、そこを東に渡りましょう。そしてさらに左手に歩いていくと、やがて智積院の入り口にたどり着きます。
智積院は近年庭園整備が進み、たぶん意図的にでしようね、もみじが沢山植えられており、紅葉の名所となりつつあるところです。特に金堂前には大きなもみじが植えられており、去年までは見事な紅葉を見せてくれていました。ところが、今年は弱った様子が見えており、紅葉がどうなっているのかちょっと心配なのですよ。幹に薬剤を注入するなど手当てはされていた様ですが、効果があったのか気になっているところです。
まだ新しい庭園なので、紅葉の傾向などは掴めていません。でも、手入れは良くされているので、きっと良い色に染まる事でしょうね。
智積院の次にどこに行くかは迷うところで、ここから清水寺に向かうルートもあるのですよ。その場合は大谷墓地の中を通っていく事になり、それなりに面白い道ではあるのですが、ここでは反対に泉涌寺に向かう事とします。
智積院を出た後は、元来た道を逆戻りする事になります。そして横断歩道を通り過ぎ、ひたすら東大路通沿いに歩き続けていきます。そして、JRの東海道線の跨線橋を過ぎると、今熊野商店街のアーケードが始まります。
ここは以前は道の両側にびっしりと店が並び、それなりに賑やかな商店街でした。しかし、現在は次々と閉店する店が続き、すっかりシャッター通商店街へと変わってしまいました。まだ泉涌寺道の近くには店が残っているのですが、七条通に近くなる程寂しくなっていきますね。大学や高校が近くにあり、若い人の姿も少なくないので、なんとか持ち直して欲しいところなのですけど、なかなか難しいのかな。
アーケードのほぼ南限近くまで歩くと、泉涌寺道にたどり着きます。バス停にしてほぼ二つ分を歩いた事になりますね。ここからは泉涌寺に向かってひたすら坂道を上っていくのですが、途中でいくつかの塔頭に寄り道をして行こうと思います。
以下、明日に続きます。
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