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2011.10.02

江~姫たちの戦国~38 最強の乳母

(慶長9年7月、5人目にして初めて男子を産んだ江。跡継ぎ誕生に喜ぶ大姥局。)

(寝所にて、さっそく赤子は竹千代と名付けられました。周囲の期待に応えた事でほっとした江と秀忠。)

(そこに乳母の福が現れます。あいさつもそこそこに、竹千代を抱いて掠うように部屋を出て行く福。やや呆然と、あの者は何かと聞く江。大姥局に依れば、家康自らが選んだ乳母で、福が諸芸に秀でている事は元より、夫が家康にとっての恩人であるとの事でした。)

(福の夫は稲葉正成といい、小早川秀秋の家老を務めていました。関ヶ原の戦いの時に寝返りを薦めたのが正成であり、家康にとっては勝利をもたらした恩人になると言うのです。福は後の春日局であり、江にとって因縁の相手となるのでした。)

(竹千代誕生の知らせは、若狭の初の下、大坂の淀殿の下にも届けられました。初姫、千姫それぞれにとっても弟の誕生でもあったのです。その一方で、秀忠の嫡男が生まれた事で家康が心変わりするのではないかと気がかりな淀殿。)

(伏見城。竹千代誕生の知らせに喜びつつ、前に進めという事だなとつぶやく家康。)

(江戸城。竹千代に会いに来た江。しかし、少し抱いただけで福に取り上げられてしまいます。)

(自ら斉藤利三の娘であると明かす福。かつて、光秀に囚われた時に出会った利三を思い出す江。利三はその後磔にされた事、自分は母親と比叡山麓に逃げ、そこで元浅井家中の者に助けられた、それゆえ浅井家に繋がる人には恩義を感じていると告げる福。我らは縁があったのだなと答える江。)

(福は問われるまま、自分の子供は夫の下に置いてきた事、その夫とは離縁してここに来た事、それは生涯竹千代に仕えるためだと語ります。)

(竹千代を甲斐甲斐しく世話する福を見て、複雑な表情の江。)

(その夜、秀忠に福が何となく好きになれないとこぼす江。それはやきもちだと秀忠。それは違うと江。)

(その後も竹千代を巡って何かと福と諌う江。)

(江をたしなめる大姥局。竹千代は跡継ぎであり、自分の子であって自分の子ではないと心得よとさとす局。)

(思いあまって、福を別の乳母に変えて欲しいと家康に手紙を書く江。)

(一ヶ月後、豊国社の祭、豊国祭で賑わう京の町。)

(大坂城。龍子から祭が大盛況であった事を聞き、世間は豊臣の世を忘れていないと喜ぶ淀殿。そして、家康は高齢てあり、秀頼が成長を重ねれば天下は豊臣の手に戻るとつぶやき、周囲を驚かせます。)

(伏見城。正純から豊国祭が盛況だった事を聞き、豊臣に油断してはいけないと戒める家康。そして、次の手を考え始めます。)

(江戸城に帰った家康。秀忠と江との対面もそこそこに、福が抱いて現れた竹千代に飛びつく家康。江を労いつつ、福に竹千代の養育を頼む家康を見て、自分の出した手紙はどうなったのかと問う江。竹千代は可愛い孫、悪いようにはせぬと言って竹千代を福に託す家康。呆然とする江。)

(秀忠に将軍を継げと告げる家康。それは豊臣を追い詰めるためかと問い返す秀忠。年を取ったゆえ、様々な事が面倒になっただけだと誤魔化す家康。それでは豊臣との約束を違える事になると訴える江。しかし、秀頼はまだ12歳であり、天下の事は判らない。となると、秀忠しか居ないではないかと突っぱねる家康。)

(義父は姉を追い詰めている、つまりは豊臣を追い詰めている、それはやはり天下を取るためではないのかと家康に迫る江。それを聞いてため息をつき、いい加減に徳川の嫁になってくれないか、今この徳川の主は家康、自分の言う事に従う事だと江と秀忠を恫喝する家康。)

(それを聞き、二代将軍となる事を断る秀忠。主たる自分に従えと脅す家康。ならば、嫡男である事もやめるとつっぱる秀忠。)

(その夜、月を見ながら考え込む秀忠。秀忠を使って豊臣を追い詰めるのは納得が行かないと江。それを聞いて、熱海の湯に浸かりに行こうと急に言い出す秀忠。)

(熱海。湯に浸かりながらも考え込んでいる秀忠。きっぱりと断ったではないかと江。あれで引き下がる父ではないと秀忠。そして、家康は天下を狙っている事は間違いないと江に告げます。驚く江。)

(江戸城。正信相手に、今の秀忠では将軍になるには不足している、奥底にあるものを引き出してやらねばならないと語る家康。そして、そのために江を嫁に迎えたのだと告げます。)

(熱海。湯に浸かりながら、秀頼がこの世を治めていく事が良い事なのかと考えている秀忠。その側で、同じ事を考えていたと江。)

(家康と淀殿の言葉を思い出している江。そして、自分は一日も早くこの世が泰平になる事を望んでいるのだと気が付いた江は、秀忠に将軍になってくれと頼みます。泰平の世を作る為に将軍となり、力を持ってくれと迫る江。自分にそんな力は無いと自嘲する秀忠。私がきっと支えてみせると迫る江。考え込む秀忠。)

(江戸城。将軍になると家康に報告する家康。一度断ったものをなぜと問う家康。黙って答えない秀忠に代わり、天下を泰平にするためですと答える江。吹き出しつつ、良き考えだと家康。)

(そのために将軍を継ぐのかと秀忠に問う家康。それには答えず、将軍となった暁にはと言いかける秀忠。それを遮り、無論、将軍として扱う、ただし、将軍としての器があると認めた時にはと答える家康。)

(自室に下がり、ため息をつきつつ大の字になって寝そべる秀忠。同じくため息をつきながら、途方もない事になったとつぶやく江。何を今更と秀忠。淀殿がどれほどの痛手を蒙るかと気遣う江。それを聞き、成長した秀頼こそ天下人に相応しいと思ったら、その様に動くと囁く秀忠。)

(この事を大坂に知らせてやっても良いかと言い、すぐに駄目だと気が付く江。秀忠を見て、本当に大きくなった、自分よりずっと年上の様に思えると江。これからは家康が問題だ、何かと口を出してくる来るだろうからと秀忠。そしてその一方で、跡を継いでみて初めてその大きさが判るのかもしれないと秀忠。その後ろ姿をじっと見守る江。)

(慶長10年2月。10万の軍を率いて上洛し、将軍の宣下を受けた秀忠。)

(大坂城。秀忠が二代将軍となった事を聞き、江は何をしていた、秀忠はなぜ断らぬと激怒する淀殿。家康に謀られたと憤る治長。私が甘かった、これからは家康の事は断じて信じる事はしない、たとえ合戦のになろうとも天下人の座を取り戻すのじゃと叫ぶ淀殿。驚く且元を一喝する治長。)

(江戸城。福を呼び出した江。しかし、竹千代は風邪気味であるとして連れてきていません。竹千代を私に合わせぬつもりかと江。それには答えず、秀忠の将軍就任を祝う福。彼女は父を磔にした秀吉が憎い、そしてそれに連なる豊臣家の者を断じて許す事は出来ない、それ故に竹千代の乳母となったのだと言い出します。徳川がいずれ豊臣を滅ぼすと信じていると福。)

(豊臣には千が嫁いでいる、それを知っての事かとたしなめる江。それには答えず、江も豊臣の養女だったのですねと言い出す福。艶然と笑う福を見て呆然とする江。)

(自分は家康から命じられてこの城に来た、家康の命にのみ従うと言い放つ福。あぜんとする江を余所に、泣き声を上げる竹千代の下に急ぎ去って行く福。)

とうとう春日局が出て来ました。それにしても、富田靖子が演じるこのお局様はちょっと怖いですね。江戸の鬼と呼ばれた大姥局はまだ愛嬌がありましたが、復讐に燃える春日局こそ鬼の様でした。

竹千代が生まれたのは慶長9年7月17日の事でした。竹千代という名が徳川家の嫡男に与えられるという事は、ドラマの中で繰り返し語られているとおりです。その乳母に福が選ばれた経緯には諸説があり、良く言われるのが公募説ですね。

竹千代が生まれたのは良いけれど、徳川家の周辺では適当な乳母が見つかりませんでした。このため、徳川家では乳母を広く世に求める事にし、京都の粟田口にその旨を記した高札を建てたのです。それを見た福が名乗り出たところ、見事に選ばれて竹千代の乳母となったのだと言われています。

もっともこの説は、最近では後世の創作ではないかと言われている様ですね。

この他にも家康の側室を通して紹介があったのだとか、あるいはもっと飛躍して福自信が家康の元側室だったのだとか様々な説があるようですが、どれが真実かは決めかねている状況の様です。

福が斉藤利三の娘であった事、稲葉正成の妻であった事は事実であり、それぞれが乳母に選ばれた理由になったと言われています。つまり、名将と言われた人物の娘であった事、小早川の裏切りに功があった者の妻であった事が大きく評価されたと考えられているのですね。この場合、利三は謀反に加担した人物ではあるのですが、直接の首謀者で無い限り、後の世まで問題にされる事は無かった様です。

福が本能寺の変の後で浅井家縁の者に助けられたと言っていたのは、海北友松の事でしょうか。画家として知られる友松ですが、元は浅井家の家臣であった家柄であり、福の父の利三とは友人の間柄でした。こうした関係から、友松が福を一時保護し、養育したという説があるのですね。このあたりも諸説があってはっきりしないのですが、ドラマでは浅井家との因縁を濃くしようとして、この説をあえて取り上げたのではないかと思われます。

不自然なのは江が最初から乳母を嫌っている事で、当時は武家の子に乳母が付くのはごく普通の事でした。正室がすぐに次の子を産めるようにという配慮からと言われていますが、乳母が子供を連れて行ったからと言って怒るのは筋違いというものでしょう。このあたりは、江と福の対立関係を強調するための演出と思われます。

演出と言えば、豊臣家に復讐するために乳母となったという設定もそうで、いくら何でも飛躍のしすぎでしょう。たぶん、福に江に対する恨みを持たせる事で、江の立場を少しでも良くしてやろうとしているのだと思われます。江について良く言われるのは、福と対立するあまりに次男を溺愛し、嫡男の地位どころか徳川の家を危うくした鬼嫁というのが一般的な姿ですからね。そうした悪評を雪ごうというのも、このドラマのコンセプトの一つになっているのではないかと思われます。

豊臣家の側で言えば、豊国祭は久々に豊臣家にスポットが当たったイベントでした。この祭は秀頼と共に家康も施主となっており、いわば豊臣家懐柔の為の策の一つでした。しかし、ドラマにあったように民衆の熱狂振りは大したものであったらしく、淀殿が豊臣の世の再来が待望されていると錯覚したのも無理はなかったようです。

ただ、これには少し事情があって、江戸に実権が移ると共に京、大坂の賑わいは相対的に衰えていました。そんな時期にこの祭が催されたのですが、民衆は再び豊臣の頃の賑わいが戻って来て欲しいという願いを込めて騒いでいたのだと言われています。諸事派手好きで、聚楽第や伏見城を築く事によって天下に金をばらまいていた秀吉の世が、不景気に煩わされている民衆にとっては懐かしく思われたのでしょう。ただし、これは民衆レベルの事であって、大名達はこの祭には一切関わりを持たなかったと言われています。

二代将軍の就任にあたって、江が秀忠を説得したというのは創作でしょう。それこそ家康の深謀遠慮から出た事で、江が関わる余地など無かったものと思われます。でも、秀忠との夫婦関係に焦点を置くこのドラマとしては、江に一定の役割を与えてやりたいと考えたのでしょう。同時に、泰平の世を作るためという理由を構える事によって、豊臣家を救えなかった江の立場を少しでも良くしてやろうという配慮もあるものと思われます。

秀忠の秀頼への譲位もあり得るという発言もそうで、史実では有り得ない事ながら、そうした秀忠だからこそ、姉を裏切ってまでも江は支え続けたのだという言い訳になっているのでしょうね。このあたりは違和感を感じるところなのですが、ここまでこのドラマにのめり込んでしまった以上、ドラマの演出を良しとするしかないのかなと思っているところです。

次回は、秀頼が家康と秀忠と対面する為に上洛するというストーリーになる様です。予告編でこれからも徳川殿と共にと叫んでいたのが、大きくなった秀頼の様ですね。何だか元気な若者という設定の様ですが、どんな秀頼像を見せてくれるのか、楽しみに待ちたいと思います。

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