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2011.09.07

江~姫たちの戦国~ 秀吉縁の社 豊国神社

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豊臣秀吉はその死後、正一位の神階と豊国大明神という神号が贈られ、神として祀られる事になります。その遺体は阿弥陀ケ峰の山頂に埋葬され、麓には壮麗な廟と社が建立されました。これが豊国神社の前身ですが、その間には大きな断絶があります。

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その断絶を作ったのは徳川家でした。徳川家は豊臣家を滅ぼした後、前時代の支配者が神として祀られている事を認めず、神号を奪った上で廟と社を徹底的に破壊し、さらには秀吉の墓までをも暴いたと言います。何もそこまでしなくてもと思いますが、政権を簒奪したという後ろめたさが豊臣時代の完全否定に走らせたのでしょうか。

そして、秀吉を神の座から引きずり落とした家康が、今度は自らが東照大権現といいう神格を得て神として祀られる事になります。

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これが明治の世になると、全てが逆転しました。徳川家は朝廷に逆らった賊軍となり、徳川に対抗した者が称えられる様になったのです。秀吉もまたその一人で、天下を取りながらも幕府を開かなかった尊皇の功臣という理由で神号が復活され、豊国神社の再興が命じられました。墓もまた山頂に復元され、今でも長い階段を登った先に立派な石塔を見る事が出来ます。

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豊国神社が面しているのは正面通で、秀吉が方広寺建立の際に開いた道でした。方広寺にあった大仏殿と本願寺との間を一直線に結んでいたとも言われ、要するに方広寺の参道だったのでしょうね。正面通と言われる様になったのは江戸時代の事らしく、大仏殿の正面という意味でそう呼ばれる様になりました。

つまり、豊国神社が建っているのは方広寺大仏殿の跡地であり、秀吉の御霊を祀る神社としてはこれ以上の立地は無いかも知れませんね。もっとも、明治政府が進めていた廃仏毀釈の主旨に合致するという理由もあったのかも知れませんが。

この地に立って、豊臣家から徳川家、そして明治維新へと、世の移ろいに思いを馳せるのも一興かも知れませんよ。

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