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2011.09.18

江~姫たちの戦国~36 男の覚悟

(関ヶ原の勝利に沸く江戸城。その騒ぎの中、秀忠が戦場に間に合わなかった事を聞き、如何にも秀忠らしいと笑い出す江。あきれる大姥局の前で、悪阻が始まった江。今度こそ男子をと意気込む局。そんな中、やはり悪阻らしき一人の侍女。)

(北近江、古橋。敗残の身を隠している三成。領民の世話を受けつつ、淀殿を守ると誓った事を思い出している三成。)

(戦いから4日後、大津城に立ち寄り、初を労う家康。高次は援軍が来る前に開城してしまった事を恥じ、高野山から下りてこようとしません。しかし、高次の功績を大とし、若狭8万石を恩賞として与えようと言う家康。高次の苦しみからすれば、当然だと答える初。さすがに浅井三姉妹は強いと褒める家康。そこに届いた秀忠到着の知らせ。)

(家康を待つ秀忠の下に、会わないという回答が届きます。理由は気分が優れないという事でしたが、責任を感じて腹を切ると言い出す忠隣。自分もまた如何なる責めも負うと正信。二人の老臣を前に、責任は全て総大将の自分が持つと言い切る秀忠。)

(三日後、ようやく家康に会えた秀忠。関ヶ原への遅参を詫びる秀忠に、特に咎める事はしない家康。訝る秀忠に、今度の戦は学ぶ所があったのならそれでよい、徳川の嫡男である事には変わりがないと告げる家康。そんな事は言われたくない、自分の不甲斐なさゆえに多くの兵を苦しめ、死なせてしまった。それが戦だと言うのなら、まっぴら御免だと言って席を立つ秀忠。後ろ姿を見送りながら、怒った所を初めて見たとつぶやく家康。秀忠は間違いなく一回り大きくなった、これが狙いだったのかと正信。うなずく家康。)

(近江山中。三成に追手が迫ります。)

(縛られた三成に対面する家康。彼は三成に少しやせたかと聞き、戒めを解いてやります。山中に逃れていた訳はと聞かれ、機会を見て大坂に逃れ、再び兵を挙げるつもりだったと答える三成。それでは生かしておく訳にはいかないと家康。)

(三成が8万の兵を集めたと知り、一度は負け戦を覚悟したと家康。しかし、多くの裏切りにあったと答える三成。嘆かわしい事だと家康。その横顔をそっと見ている秀忠。)

(家康が去った後、兵を下がらせて三成と二人で話す秀忠。裏切りが続出する中、秀吉の恩に報いようと戦った三成が罪人扱いとは納得が行かないと秀忠。裏切りに会ったのは、自分の器の限りだと三成。戦場に間に合わなかった自分が勝者の側につらなるなどと言いかける秀忠。あなたはそうした器、父親に似た大きな器なのだと三成。)

(自分が戦ったのは秀吉の恩に報いる為だけではなかった気がする、ある人を守りたかったのかもしれないと三成。そして、秀頼と淀の方を守って貰いたい、それが最後の願いだと言って秀忠に頭を下げる三成。呆然と見守る秀忠。)

(大坂、堺、京都を引き回された上、六条河原で斬首に処せられた三成。最後につぶやいたのは、淀殿に向けた別れの言葉でした。)

(江戸城。三成の最後を聞き、その城には金銀の蓄えも無かったと知り、それが豊臣のためにだけ尽くした三成という男なのだと江。再び悪阻が始まる江。それに合わせるように廊下に飛び出し、えずきを感じる侍女のなつ。その姿を見て、不審を覚える大姥局。)

(台所で苦しむなつに、身籠もっているのかと問う局。答えられないなつに、その相手はよもやと問い詰める局。)

(大坂城。秀頼と淀殿に拝謁する家康と秀忠。型どおり、家康を労う秀頼。豊臣に弓を引こうとした輩をことごく退治したと家康。三成は誰よりも秀吉に忠義を尽くして来たと淀殿。それは自分とて同じ、三成が謀反を企てる様な事をしなければ、共に豊臣家を盛り立てて行けたものをととぼける家康。それは本心かと淀殿。秀吉に誓ったとおり、それが本心だと家康。)

(その横から、三成が最後に秀頼と淀の方を守って欲しいと言い残したと伝える秀忠。そして、三成の胸中にはただならぬものがあった様だと語ります。三成の思いが伝わったのか、そうですかとだけ答える淀殿。)

(話題を変え、江の近況を聞く淀殿。いつもやりこめられていると答える秀忠。強い様でも、もろくて感じやすいところがある、江をよろしく頼むと淀殿。我が妻のためにも、豊臣家に忠勤を励む覚悟ですと誓う秀忠。なによりも嬉しい言葉だと淀殿。秀忠を見て、複雑な表情の家康。)

(慶長6年の江戸城。男子を出産したなつ。跡継ぎが出来たと喜ぶ大姥局。秀忠の子と聞き、驚く江。得々と語る局に、出て行けと命ずる江。)

(その夜、一人泣き続ける江。)

(ふた月後、江戸城に帰ってきた秀忠。局から江の具合が悪いと聞き、何かあったのかと聞く秀忠。)

(なつが子を産んだと聞き、身に覚えがあると答える秀忠。側室の一人や二人は、徳川の男子として当然の事と持ち上げる局。男子が産まれた以上、徳川も安泰だと喜ぶ局に、なぜ江が子を産んでから伝えなかったのかと責める秀忠。)

(江を見舞う秀忠。体の不調を押して、出陣を労う江。天下不武の印判を江に返し、おかげて無事に帰る事が出来たと秀忠。なによりでしたと、上ずった声で答える江。)

(なつとの事を詫びる秀忠。江と気持ちが通じ合ったと感じる前の事だと言い訳する秀忠。)

(今度の子が生まれるまでは、竹千代の名を付けるのは待って欲しいと願う江。うなずく秀忠。その代わり、今度も女子だったら、自分を離縁して欲しいと江。答えられない秀忠。)

(なつの子に対面する秀忠。子を抱きながら、なつに済まないと謝る秀忠。)

(側室が子を産んだ事を受け入れられない自分は、北政所や初に比べておかしいのだろうかと江。それは秀忠の事を思っているからだとヨシ。)

(ひと月後、女の子を産んだ江。その子の名を勝と付けたいと願う江。それは関ヶ原の戦勝を記念して、また自分の気持ちに勝ちたいと願っての事でした。それで良いと答える秀忠。)

(前に願ったとおり、自分を離縁して欲しいと言い出す江。なつは子供と共に城から出したと答える秀忠。驚く江に、暮らしは成り立つ様にしてあると言い、周囲が男子をと願う事がどれほどの重荷だったかと江を労い、謝る秀忠。そして、竹千代という名は江が産んだ子にしか付けない、そして側室は持たないと告げ、離縁は思いとどまってくれと言って、江の手を握ります。なぜ自分の様な者をと訝る江を抱きしめ、年上の女が好きなのだと答える秀忠。)

(生まれたての子供をあやす江と秀忠を見て、今度も女子だったのにといぶかる局。しかし、幸せそうな様子を見て、その顔も少しほころびます。)

(なつの下を訪れた江。ひたすら謝るなつに、暮らし向きの事を訪ねる江。赤子の泣き声を聞き、抱かせてくれと頼む江。秀忠の子と思えば、その子もまたいとおしいと感じる江。)

(次は、秀忠の為にも男子を上げてみせると江。)

(秀忠の前で、男子を産む法を調べている局。虎の肉が良いとあり、秀忠に薦める局。それを聞き、自分も食べてみたいと言い出す江。)

(大坂城。サキの甥、大野治長に目通りを許す淀殿。さっそく、家康が諸将への論功行賞によって、豊臣家の所領を250石から65万国に減らしてしまったと告げる治長。驚く淀殿に、家康が天下を狙っている事はこれで明らかになった、身命を賭して豊臣家を守ると誓う治長。)

(江戸城。秀忠と月見酒を楽しむ江。大坂で淀殿に会ったと言い、女のために戦をする男もいるのだなあと三成を思い出しながらつぶやく秀忠。淀殿のうわさ話をしながら、夫婦の時間を楽しむ江。)

前回、関ヶ原の戦いが始まる直前で終わったと思ったのに、オープニングでもう勝敗が決していました。途中で戦のシーンの挿入はあったけれど、経過は一切省略してしまうという思い切りの良さには驚くばかりです。勝敗を決した小早川秀秋の裏切りも「沢山の裏切りにあった」という三成の一言で済まされていましたし、毛利の空弁当という逸話も、総大将が戦に来なかったという表現だけに止まりました。せめて、石田方の善戦ぶりくらいは描いて欲しかったところですが、この潔さがこのドラマの真骨頂でしょうか。

まあ、戦場に間に合わなかった秀忠がメインですから、戦いの経過を描いても仕方がないという事なのでしょう。その秀忠と家康の対面については、ドラマのホームページ「江を読む」にあるとおり諸説がある様ですね。ここでは家康は怒っていなかったという説を採った訳ですが、家族の絆を重視するこのドラマらしい選択ではあったと思います。

城を敵に明け渡しながらも加増となった高次ですが、家康は1万5千の大軍を大津に引き付けて戦場に出さなかった事を大きく評価し、若狭一国8万5千石を与えています。この1万5千の軍は西軍の中でもとりわけ闘志の高かった一隊で、もしこれが戦場に間に合っていたら勝敗がどう転んでいたか判らないところでした。それを知る家康は、高次の功績を大としたのですね。それにしても、その家康のはからいを当然だと言い切る初って、ちょっと怖いですね。

突然現れた侍女の「なつ」については、史実を織り交ぜた創作だと思われます。

秀忠の手の付いた侍女は複数居たと言われており、そのうちの一人は大橋局という名でした。彼女はお手つきとなってすぐに城から出され、家臣の妻となっています。要するに秀忠の不始末を家臣に押しつけた訳ですが、側室としなかったのは江に遠慮した結果だとも言えそうですね。

もう一人は保科正之を産んだお静の方で、子を身籠もったと判った後に城から出されています。そして生まれた子は家臣の子として育てられたのですが、後に秀忠の子と知られる様になり、兄の将軍・家光によって大名として取り立てられました。ただし、これはドラマの設定より10年後の事になりますね。

さらにもう一人、秀忠の長男を産んだ女性が居ると推測されています。この説は秀忠の長男が長丸といい、次男が竹千代と名付けられている事に根拠が求められます。この長丸はわずか二歳で夭折しているのですが、長男でありながら「竹千代」と命名されなかった理由は、彼が正室が産んだ子でなかったからではないかと考えられているのですね。

なつはこの最後の女性をモデルにしたのかなという気がしますが、長丸が生まれたのは勝姫より後であり、あえて順序を変えたのがドラマオリジナルの設定ではないかと思われます。

それにしても、ドラマの副題は「男の覚悟」でしたが、今回の主題はなつを巡る江の葛藤だったのではないのかしらん?毎度の事ながら、どこに焦点を当てているのか理解に苦しむ副題ではありますね。

あえて副題にこだわるとすれば、「男の覚悟」とはふたつ有り、一つは淀殿のために身を挺して戦った三成の覚悟の事でしょう。関ヶ原が淀殿のための戦いだったとは言い過ぎでしょうけど、ドラマの設定としては有りなのかも知れません。

そしてもう一つは、その三成の思いを受け継いだ秀忠の「覚悟」なのかな。豊臣家を守るという事はとりもなおさず家康と対決するという事を意味する訳で、相当な覚悟をもってなくしては淀殿に言上出来る事ではないですからね。まあ、家康からすれば、親の心子知らずといった心境の様でしたけれど。

ああ、そう言えば最後に出て来た大野治長も、身命を賭して豊家を守ると言ってましたね。すると、これも男の覚悟という事になるのかしらん。彼は豊臣家と運命を共にする事になりますから、その言葉に偽りがなかった事は確かですよね。

次回は家康の征夷大将軍への就任が描かれる様です。狸親父ぶりが板に付いてきた家康が、淀殿にどんな言い訳をするのかか注目点かなと思っているところです。

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前回と今回の間で、いつの間にか終わってしまった関ヶ原の戦い。ナレーションなどでも天下分け目の大戦であることをいたるところで強調していたにも関わらず、実際の戦のシーンは10分程度で終わってしまった感じがします。最も印象深く描いていたのは秀忠が関ヶ原に間に合わなかったという事実でした。 今回、最後まで見てきてなぜ作者が秀忠の失態ばかりに目を向けていたのかようやくわかったような気がします。それは、秀忠が関ヶ原の戦いによってつらい思いをして、多くの兵を犠牲にしてしまったことを通して人間的に成長した様子を描き... [続きを読む]

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