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2011.07.24

江~姫たちの戦国~28 秀忠に嫁げ 

(文禄3年春。伏見城に移るという秀吉。しかし、淀殿は鶴松が2歳で大坂城に移った時に死んだ事を理由に、同じ2歳の拾は連れて行かないと言い、大坂城に残ります。自分たちは先に行くとおねと龍子。もしや、秀次を追い落とし、拾を跡継ぎにしようとしているのではと言いかける江。)

(そこに現れた秀次は昼間から酒に酔っています。酔ってはいるものの、秀吉は伏見に移り住み、いずれは拾いを大坂城に移して後見を務めるつもりだろうと冷静な見方をしています。その様な心配などせず、関白としての仕事に精を出せと叱るおね。無駄だと開き直る秀次。先を案じる江とおね。)

(月日が流れ、伏見城に移り住んだ淀殿と拾。)

(文禄4年3月。後陽成天皇から祝いとして剣と馬を授かった拾。さらに五位の位を授けよと朝廷に迫る秀吉。)

(三成に秀次についてどう思うと問い掛ける秀吉。よからぬ動きがあり、秀吉に不満を抱く者どもに秀次が加担しかねないと示唆する三成。目の黒い内に関白となった拾を見たいと、全てを三成に任せると秀吉。さらに、拾と淀殿を任せるとも伝える秀吉。感激して受ける三成。)

(秀次に拝謁する家康。天下の形勢を見る為に上洛したのだろうと皮肉を言う秀次。秀次が政務を見ているからこそ秀吉も安心していられるのだと繕う家康。その姿を見てたぬきがとつぶやく秀忠。)

(江の下を訪れ、秀勝の悔やみを述べる家康。娘に助けられたと江。秀吉と秀次の事を聞く江。豊臣家中の事は判らないと誤魔化す家康。秀次は焦っているのではないかと口を挟む秀忠。)

(秀次はこの先どうすれば良いのかと問う江。付けいる隙を見せない事だろうと家康。)

(気休めを言うとは思わなかったと秀忠。自分は先に江戸に帰る、正信は京に残り様子を伝えよ、そして秀吉と秀次の間で何かあれば、迷わず秀吉に付けと命ずる家康。その事も江に伝えれば良かったのにと秀忠。)

(昼間から酒を呑み、政務を怠けている秀次。今は仕事に励む時だと意見する江。そこに現れた秀忠。)

(秀忠に物語を薦める秀次。その一方で、家康の様子を聞く秀次。何もと誤魔化す秀忠。暫く逗留してはどうか薦める秀次。そこに朝廷からの使者が現れ、それを機に席を立つ秀忠。)

(秀次の用は何だったのかと問う江。秀次は自分を取り込みたい、さらには家康を自分の陣営に引き入れたいのだと秀忠。そして、何も判らないのにうろうろしている訳だと江を皮肉る秀忠。自分こそ、そこまで判っていてなぜ出て来たのかと言い返す江。)

(そこに現れた完。秀忠を見て父上ですかと問う完。誰を見ても父と思う様だと江。何か思うところが有る様子ですが、あなたでも母親になれるのかと誤魔化す秀忠。)

(2ヶ月後、聚楽第を訪れた三成。三成の用件とは、謀反の疑いでした。謀反など考えた事もないと叫ぶ秀次。それならば誓詞を書けと迫る三成。秀吉に会わせろと反発する秀次。二、三日後にはと答える三成。)

(数日後、聚楽第に押しかけ、調査を行う三成。どういう事かと問い詰める江。秀次に謀反の疑いが掛かっていると答える三成。鷹狩りと称しては奉行達と密談を繰り返し、毛利との間に密約もあったらしい、さらに、殺生禁断の叡山にて狩りを催と言いかける三成を制し、利休の時と同じではないかと畳みかける江。さらに作り事で相手を追い詰め秀吉に取り入る、いつものやり口だと非難する江。いかようにもおおせられよと席を立つ三成。)

(秀吉に会わせよと迫る江。秀吉は臥せっていると断る三成。ならば秀次に会わせよとさらに迫る江。秀次は高野山に追放、さらには切腹が言い渡されるであろうと冷たく言い放つ三成。そして、それを秀次は受け入れたと言い、作り話だと言うのなら、何故秀次はそれを受け入れたのかと江に問い掛ける三成。それには答えず、悲しげな顔で何故秀吉のためにそこまで手を汚すと問い返す江。主君を守る為だと苦しげに答える三成。)

(三成の脇差しを奪い、自らの喉に当てて秀次に会わせよと迫る江。)

(夜、伏見城。三成の案内で拘束されている秀次の下を訪れた江。そこにはのんきに物語を読む秀次の姿がありました。江を見て、なれぜかようなところへと訝る秀次。)

(自分が何とかするから秀吉に会いに行こうと薦める江。もう良いと断る秀次。あれほど身内に優しかった秀吉が、実の甥である自分を殺すとは思っていなかった、しかし、秀吉の本当の思いを知ってしまった今となっては、もうどうしようという気にもならないと秀次。今の秀吉はおかしくなっている、目を覚まして貰えればと江。)

(拾が生まれたのも、自分がこうなったのもすべては巡り合わせだと諦めを口にする秀次。何を弱気なと責める江。自分は居ても許される場所、秀勝が居る所に行きたいのだと秀次。考え直してと迫る江。もっと色んな話をしておけば良かったと微笑む秀次。涙ぐむ江。)

(7日後、高野山で切腹して果てた秀次。)

(さらに、秀次の正室、側室、子供達39人を殺戮した秀吉。)

(あまりの事に、秀吉を許さぬとつぶやく江。)

(伏見城に押し寄せた江。そこで見たのは秀次の幻に悩乱する秀吉の姿でした。呆然とする江。)

(毎晩秀次の夢にうなされていると淀殿。秀吉は夜となく昼となく、秀次の幻に苦しめられているのでした。あれだけの事をしたのだからと江。淀殿もまた、拾のために全てが起こったのかと思うとと、何も食べてはいないのでした。何も知らずに無邪気に遊ぶ拾。)

(そこに、聚楽第が壊されていると知らせに来たヨシ。それは秀次がこの世に生きた証を全て消し去ろうとする秀吉の命令でした。)

(秀吉に拝謁する江。聚楽第を壊したおかげでゆっくり眠れた、あれは鬼門だったと言い出す秀吉。あれは我が家だった、秀勝との思い出も満ちていたと恨む江。もう帰るところも無いなと秀吉。もう話す事もない、この時を限って養女の縁を切って欲しいと切り出す江。)

(その前に話があると秀吉。もう会う事もないと言って席を立つ江。3度目の縁談があると背中に向かって叫ぶ秀吉。驚く江に、そなたの好きな家康の息子、秀忠が相手だと告げる秀吉。徳川は諸大名の筆頭、その徳川との縁を強くしておく事は豊臣家の為には大事だなのだと言う秀吉に、全ては拾の為かと問い詰める江。悪いかと開き直る秀吉。あなたは人の命も、運命も、何もかも思い通りに出来ると思っているのかと叫び、断りますと言って立ち去る江。もう全ては全て決まっているのだとつぶやく秀吉。)

今回の副題である秀忠に嫁げは、最後の最後に出て来ました。本来なら秀次切腹なのでしょうけどね、あまりに暗いせいか、あるいは主人公の江にとっては縁談の方が大事だという事なのか、まあこのドラマらしくはあります。

秀次に謀反の疑いは、確かに掛けられていました。その傍証の一つとされたのが諸大名に対する金貸しで、相次ぐ普請や朝鮮出兵で台所事情が悪くなった大名達に対して、秀次は多額の金を都合してやっていたのです。その筆頭が三成が言っていた毛利氏で、他には細川忠興が金を借りていた事が知られます。

また、謀反の他にも関白らしからぬ所行があった事も咎められており、その一つが三成が言いかけていた比叡山での鹿狩りでした。比叡山は古来より殺生禁断の地とされていたのですが、秀次はその一部が自らの所領となった事から鹿狩りを催したと言うのですね。そしてそれを咎められると、自分の所領で鹿狩りをして何が悪いと開き直ったと伝わります。

この他にも、夜な夜な京の町に出没しては千人斬りと称される辻斬りを重ねていた、狩りに行く途中に道を横切った盲人が居たのですが、狩りの時に盲人と出会うのは不吉だと腹を立てて殺してしまったなどといういわゆる殺生関白と呼ばれる所行、不義の噂がある側室が妊娠するとその腹を割って胎児の顔を確かめたなどの悪行があった事などが今に伝わります。

でも、大名に金を貸していた事はともかくとして、後の悪行についてはどれも類型的であり、後世の作り話か、当時に流布された秀次粛正を正当化するためのデマという印象が強いですね。実際、その根拠となるものは見あたらないらしく、秀次は不当に貶められていると言えるのかも知れません。

ただ、秀吉の抱いた憎しみは相当なもので、秀次一族の惨殺や、聚楽第の破脚などは正常な神経の下で行われたとは考えられません。また、同時に秀次の側近だった大名に対する粛正も行われており、秀頼可愛さのみならず、本気で謀反を疑っていたのかなという気もしますね。「武功夜話」を下にした遠藤周作さんの小説「男の一生」では、秀吉の動きを懸念した秀次の側近達が秀吉殺害を計画してそれが漏れたと描かれているのですが、実際のところはどうだったのでしょうか。ありそうな話ではあるのですけどね。

この秀次の粛正が豊臣政権の弱体化を招いた事は確かであり、秀吉死後の豊臣政権を支えるべき人物が居なくなってしまった、疑いを掛けられた忠興の様に奉行達に恨みを抱く者が多く出て、政権内部の対立を鮮明化させたなどと言われています。また、必要以上に残虐な粛正は、世間の豊臣政権に対する印象を暗くした事は間違いないでしょう。秀吉の晩年は、その前半生の輝かしさからは考えられない程、陰惨なものとなり果ててしまっていたのでした。

なお、秀次一族の殺害については以前に記事を書いていますので、そちらも参考にして下さい。

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