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2011.05.08

江~姫たちの戦国~17 家康の花嫁

(天正13年7月、関白の宣下を受け、文字通りの天下人となった秀吉。)

(大阪城。花を生けながら秀吉のうわさ話をする江達。この事で茶々が秀吉に靡かないか、少し心配している江。)

(大阪城。秀吉の家族会議。母は大政所、ねねは北政所、自分は関白、天子を除けば日の本一だと宣言する秀吉。無邪気に喜ぶ旭。百姓出のせがれが大それた事をとなげくなか。同意するおね。)

(その様子を盗み聞きをしていた江。江に自分を殿下様と呼べ、母とおねには江と呼べと命ずる秀吉。茶々はどう言っていたかと聞かれ、猿が関白になるなど信じられないと初の言葉を伝える江。これからあいさつに行くという秀吉の足を引っかけて倒し、姉たちはもう休んだと嘯く江。)

(8月、四国が制圧されたと聞き、秀吉が更に調子づくと感ずる江。)

(宮中での茶会を催した秀吉。彼の点てた茶を天子が飲むという破天荒が実現したのでした。)

(利休居士と名を改めた宗易。年が明けたらまた宮中で茶会を開く、そこに黄金の茶室を運ぶと相談に来た秀吉。黄金の茶室とは、すべてが金で出来ているだけでなく、折りたたんで運べる様になっているのでした。祝賀に来た大名の誰もが驚くが、家康だけが来ないのはけしからんと憤る秀吉。)

黄金の茶室は実在したもので、ドラマにあった様に宮中にも持ち込まれた様です。ただ、全てが純金製だったという訳ではなく、基本的な部材は木製で、要所要所に金を使ったものだった様ですね。そして、そこで使う道具類も純金製だった様です。ドラマでは利休は知らぬ振りをしていましたが、実際には利休が監修して制作に当たらせたとも言われます。

オリジナルの茶室は残っては居ませんが、私が知っているところでは大阪城天守閣で復元模型を見る事ができるほか、MOA美術館など何カ所かに模型がある様です。

(利休に茶を点ててやる秀吉。荒々しい見かけとは違って美味しい茶を味わい、驚く利休。茶の慰めがなければ、この世は闇だと嘆く秀吉。秀吉の型破りな茶に感服する利休。)

(浜松城。秀吉の使いに会わない家康。)

(家康の回答に憤る秀吉。駿府に移るのは領地を固めためだと家康の心底を見抜く秀吉。)

(信長の4男で自分の養子に貰い受けていた秀勝が病死し、茶々に詫びる秀吉。これからはますますやりたい放題だという茶々に、そんな事はしない、その証だと言って一人の若者を呼び寄せる秀吉。彼は姉、ともの子で、名を秀勝と改めて自分の養子にしたと紹介する秀吉。身内で回りを固めたいのだろうと秀吉の心底を言い当てる茶々。そのとおりだと認めながらも、名を継がせるのは亡き信長の思いを継ぐという事だと説明する秀吉。)

何人も秀勝が出て来てややこしいのですが、実はこの秀勝は3人目だったそうです。最初の秀勝は、長浜時代に生まれたという秀吉の実子で、南殿という側室との間に出来たと伝えられます。しかし、この秀勝は幼くして亡くなってしまうのですね。

ここで少し話が逸れますが、この最初の秀勝の存在が、後の秀頼が秀吉の実子である証拠とされています。あまた居る秀吉の側室の中で、子をなしたのは淀殿だけというのは不自然であり、秀頼は不義の子だとする説があるのですね。その反証として、秀吉の子を産んだ側室が他にも居たという実例としてこの秀勝の存在が主張される事があるのです。

二人目が信長の4男である於次丸でした。天正7年、於次丸12歳の時で、初代秀勝が死んでから3年後の事でした。順調に行けば秀吉の後継者とも成り得たのでしょうけど、天正13年18歳の時に亡くなっています。病死と思われますが、Wikipediaに依ると秀吉に依る暗殺説も囁かれているそうですね。

三人目が今回登場した小吉で、姉のともの子供であり、秀次の弟にあたります。2代目秀勝の後を受けて養子となり、その名も受け継いだ訳ですが、このややこしい襲名は秀吉の最初の子に対する思い入れが原因となっているのではないかとも言われています。この秀勝が江の二番目の夫となる訳ですね。

(江に向かって、家康を引っ張り出すと言う秀吉。身分が上がったのを良い事に何と姑息なと毒づく江。そこに現れた秀勝は秀吉に向かって言いたい放題の江に好感を抱いた様子です。)

(江に向かって、家康をおびき出す策を出せと言う秀吉。こちらの思いだけを通そうなど卑怯千万、自分の大事なるものを差し出してこそ相手も考えてみようという気にもなると答える江。勝手な事をとあきれる秀吉。その答えに感心する秀勝。)

(天正14年春。なかとむつまじく暮らすおね。それを見て、良き女房が居てこその男だと感謝する秀吉。その時、女房と何か思いついた秀吉。)

(夫婦仲むつまじい旭と甚兵衛。そこに良い話を持って来たと飛び込んで来た秀吉。)

(秀吉の妹を家康の正室にという話に驚く徳川家の人々。既に本人が来てしまっていると知り、あっさりと引き受ける家康。)

(三成から家康の回答を聞き、満足そうな秀吉。そこに飛び込んできて、旭を連れ戻せと憤る江。大事なるものを差し出せとと言ったのは江だと答える秀吉。甚兵平衛はどうなったかと聞かれ、5万石の大名になるのを断り、出奔したと答える三成。欲の無い男だとあきれる秀吉。秀吉のした事は自分に対する仕打ちよりももっと酷いと怒る江。そこに乗り込んできて、秀吉をしかりつけるなか。しかし、旭はすべてを承知の上で秀吉のためならと言って嫁に行ったと聞き、嘆くなか。)

旭の夫については、副田甚兵衛とする説と佐治日向守とする説があります。どちらもそれなりの根拠はある様ですが、決め手はない様ですね。確かなのは農夫だったという事だけで、離婚ではなくすでに死別していたという説や、離婚後切腹して果てたとする説、ドラマの様に5万石の加増を蹴って出奔したとする説などが混在しています。私的には、5万石を蹴って家を飛び出したとする説がしっくりと来るのですが、単に好みと言うだけで、何の根拠もありません。

(旭姫と対面する家康。気を遣う家康に、秀吉に会いに行って下さいと懇願する旭。それは出来かねると断る家康。自分を女として扱って欲しい、そうでなければ兄に従った事にはならないと迫る旭。それではあなたは人質だと言い、正室としての部屋を用意させた上で突き放す家康。)

旭は当時44歳だったとされます。人の生涯が50年だとされていたこの頃としてはもはや老齢と言って良く、正室とは名ばかりの文字通りの人質だったと言わざるを得ないでしょう。

(大阪には来ないという家康の返事に怒る秀吉。もっと大物でなくてはと言う秀吉に、旭を行かせた責めは自分が負うと言って自らが行くと言い出すおね。そこになかが現れます。)

(今度は母親が来たと驚く徳川家。新たな人質として母を送って来た事を知り、自分の負けだと笑う家康。)

(大阪城。空の茶碗をじっと見つめる秀吉。)

(10月、大阪に入った家康。その家康に会いに来た江。旭となかは息災だと言って、江を安心させてやる家康。)

ドラマでは触れられていませんが、家康が大阪に出た後のなかや旭に対する扱いは、かなり酷いものがあった様です。つまり、二人を一室に軟禁し、その部屋の周囲には薪を積み上げておき、いざとなったら火を掛ける用意をしてあったと言うのです。要するに、完全な人質扱いだったという訳ですね。

(そこに現れたおね。今更ながら関白就任を祝う家康。度重なる無礼を詫びるおね。母をすぐに帰して欲しいと願うおねに、今度は自分が来るつもりかと見抜き、良き女房殿を持っていると秀吉を羨ましがる家康。)

このおねが自分が行くと言い出したという話はあるのかしらん。聞いた事が無いのでたぶん創作と思われますが、ドラマのおねなら言い出しそうな感じではありましたね。

(そこにほっかむりをして現れた秀吉。彼は家康に願いがあると言い出します。)

(翌日、対面の席。群臣が居並ぶ前に座る家康に対して、椅子に座って傲岸に構える秀吉。前日の願いとは、皆の前で自分に頭を下げて欲しいという事でした。)

(その願いを聞き、忠義を誓い平伏する家康。鷹揚に構える秀吉に、その陣羽織をと願う家康。打ち合わせに無い家康の言葉に戸惑いつつ、これは亡き信長から貰ったものと知っての事かと問い掛ける秀吉。戦は臣下の者が引き受ける、関白殿下にはもはや戦道具は不要と答える家康。自ら陣羽織を脱ぎ、家康に着せながら、そっと良くやって呉れたと囁く秀吉。)

この秀吉と家康の狂言は実話とされます。秀吉は厳戒中の家康の宿所にわずかな供回りだけを引き連れて現れ、家康と対面を果たしたのでした。この夜は昔なじみとしてのみ振る舞い、その話の流れの中で翌日の狂言について頼み込んだと言われます。家康はその頼みを聞いて平伏してみせたのですね。ただ、陣羽織をねだったのは後日の事で、能見物中の事だったとも言いますね。

(香を焚きながら家康の芝居を評論する江達。家康にそんな芝居をさせるために、妹や母までを差し出すとはと憤る茶々。猿を悪く言ってくれるとほっとすると江。秀吉は父母の敵だと強調する茶々。そこに、秀吉から呼び出しが掛かります。)

(茶室で、茶を点てる用意をしながら利休と共に茶々を待つ秀吉。そこに茶々と一緒に現れた江。言いにくそうに、これまで茶絶ちをしていたと明かし、それが開けた暁には茶々に最初の茶を点てるつもりだったと言う秀吉。何の為にと茶々に聞かれ、それは身内に酷い振る舞いをした自分を罰するためだったと告白する秀吉。いぶかる茶々。しかし、母が無事に戻った事で自分を許したのだと涙ぐむ秀吉。何やら気持ちが動いた様子の茶々。彼女は秀吉の点てた茶を飲み干すのでした。感極まった様な秀吉。今度は茶々が茶を点てると言い出し、驚く江。)

(茶々の点てた茶を旨いと言って飲み干す秀吉。この半年、茶だけでなく茶々に会う事も絶っていたと明かす利休。)

(秀吉は大嘘つきだ、しかしその中に真があると自分にも判ったと言い出す茶々。騙されてはいけないと叫ぶ江。)

茶々と秀吉のからみは全て創作で、どういういきさつで側室にしたのかは判っていません。ただ、このドラマの流れならほろっと来るのも判る様な気はします。なお、秀吉が親孝行だったのは事実とされ、なかをとても大事にしていたそうですね。それを下敷きにした演出ですから、それらしく感じられるのも当然かも知れません。

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コメント

ご無沙汰しております。
ご心配のコメント、どうもありがとうございました。
ずっと避難していたため、
今日ようやくコメントを見ることができました。
詳細は近日中にアップできればと思います。
そういう訳で(?)
やはり今年も大河は見ていないのでした^^;
面白いですか?


投稿: ヒロ子 | 2011.05.09 17:45

ヒロ子さん、ご無事だったのですね。
あー、良かった!この知らせが聞きたかったのです。

さぞかし大変な目に遭われたのでしょうけど、
家族全員無事との事ですので、何よりだったのではないでしょうか。

パソコンに触れたとしいう事は、ご自宅に戻られれたという事なのでしょうか。
これからはゆくりと時間を掛けて、日常を取り戻して下さい。

大河はですね、本格的な大河を期待すると裏切られます。
そうではなく、コミカルな娯楽大作として見ていると、それなりに楽しめますよ。
江の実年齢には目をつぶる必要は有りますけどね。

投稿: なおくん | 2011.05.09 21:29

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前回、強引な方法を使って関白の内定をGETした秀吉ですが、それに引き続き今回は正式に通知を受けて名実共に関白殿下となります。それに伴って、人の名前および読み方も微妙に変わっていき、おねは北政所、秀吉の母なかは大政所となります。千宗易は千利休と名を改めなじみ深い名前となりました。名前自体は外見なのですが、それによって内面も微妙に変わっていくような気がします。そういう思いもあって今まで慣れ親しんだ名前を変える行為をよくしたのかもしれません。 今回のメインテーマは徳川家康です。自分が関白になったにも関わら... [続きを読む]

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