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2011.04.03

江~姫たちの戦国~12 茶々の反乱

(天正11年秋。安土城。朝の支度をしている姉妹達。そこに、部屋が着物で溢れているという知らせが入ります。自分たちの部屋を見て驚く江達。)

(秀吉の部屋。龍子が新しい着物をねだっていますが、煮え切らない秀吉。そこに抗議にやってきた茶々と江。その江に信長の姿を見て思わず這い蹲る秀吉。)

(江達は侍女の着物を着ていました。前の着物を返せと言う茶々にあれは捨てたと答える三成。着物には母の思い出が籠もっている、それも一緒に捨てるとはなんと酷いと抗議する茶々。すまぬ事をしたと謝る秀吉。)

(一人、着物を着て喜んでいる初。彼女は、京から菓子職人を呼んで貰ったと秀吉を見直していたのでした。)

(今度は、彼女たちの古里、近江の幸を使った料理を用意した秀吉。しかし、彼女たちは秀吉が用意したものなど食べられぬと手を付けません。)

(江達の様子を聞いて、戦と同じだと面白がる秀吉。)

(空腹に耐える江達。)

(朝、良い匂いが漂ってきました。思わず釣られて行く初。その先では、三成達が雉の肉と蛤を焼いていました。手を出しかけた初を止める江。なんと強情なとつぶやく三成。それを聞いて、命じられれば何でもするのかとなじる茶々。)

(宗易から茶席に招かれた江達。その席には山と積まれた菓子がありました。初には許したものの、自分は手を付けない茶々。それに倣う江。)

(茶々にお茶を勧める宗易。有り難く頂戴する茶々。その茶も秀吉の物だと宗易に言われ、思わず返す茶々。妹が可哀想ではないのかと聞かれ、そのとおりだと答える茶々。)

(何が望みかと聞かれ、秀吉を殺してやりたいと答える茶々。一々反発している今の茶々には無理だ、相手を飲み込み太くなる程でなければとても倒せるものではない、今は爪を研ぐ時だと諭す宗易。じっと考え込み、菓子を頂くと言う茶々。菓子を食べながら、悔しいと無く茶々。その悔しさを胸に仕舞い、堂々と逞しく生きろと励ます宗易。)

(その様子をのぞき見ていた秀吉。彼はなんと健気なな姫だとと、三成相手に泣き崩れます。)

(秀吉から貰った着物を着た茶々。彼女は、これは秀吉に負けないための装いだと胸を張ります。そして、食事を摂る江達。)

(江達の様子を聞いて喜ぶ秀吉。三成から茶々はどことなく市の方に似ていたと聞いて、何と嬉しい事を言ってくれるのかと上機嫌な秀吉。さらに、古い着物は取り置いてある、折りを見て返せば喜ばれるのではないかと聞き、やるではないかと三成を褒める秀吉。)

(江達の様子を障子の陰から見ている秀吉。そののぞき穴を塞ぐ江。障子を開けた秀吉の前に立ちふさがる江。庭を見ていたのだと誤魔化す秀吉の顔をひっかく江。思わず怒った秀吉ですが、またしても信長の姿を見て這い蹲る秀吉。そこにやって来た官兵衛、おね、三成。)

(官兵衛の持ってきた知らせとは、家康が動くという事でした。家康と戦うには水軍が弱いと指摘する官兵衛。考え込む秀吉。)

(浜松城。家康の前で剣術の稽古をする於義丸と竹千代。次の戦が於義丸の初陣だと説く忠次。煮え切らない家康。自らも初陣をとせがむ於義丸。その背後から頭を叩き、一本取ったとはしゃぐ竹千代。嬉しそうな家康。)

(水軍の弱点について悩む秀吉。その合間にも茶々の事を思い出してにやける秀吉。そこにやってきたおね。秀吉に向かって、茶々が食事を食べなくなった時には秀吉も食べなかった、そして茶々が食べ始めたら再び食べ始めたと迫るおね。市の方の手紙があるから安心しろとおねに見せる秀吉。本当に心配なら、しかるべき所に嫁に出せと言うおね。嫁と聞いて、部屋を飛び出す秀吉。)

(江達の部屋に闖入する秀吉。下着姿で驚く江達。彼は姫様の嫁入りが決まった、その姫とは江だと言い捨てて出て行きます。驚く江達。)

今回は完全オリジナルですから特に書く事も無いのですが、家康の息子である於義丸ついて少しだけ触れておきます。

於義丸は信長に切腹を命じられた信康の弟で、家康の次男でした。長幼の順から行けば当然徳川家の跡取りとなるべき存在だったのですが、家康に嫌われていた為にそうはなりませんでした。

於義丸が嫌われた理由の一つは、母の出自が低いという事があります。母はお万の方と言い、三河の社家の出でした。彼女は正室である築山殿の侍女を務めていたのですが、家康の手が付いて於義丸を身籠もりました。

しかし、家康は於義丸が本当に自分の子であるか確信が持てなかった様です。侍女という軽い身分である事から、他の男性でも近づけたというのがその理由らしいですね。そして、生まれた於義丸の容貌が醜かったという事も、嫌われた理由の一つと言われます。その名の於義丸とは、魚のギギに似ているところから付けられたと言いますから推して知るべしです。

家康が於義丸と対面したのは、なんと生後3年経ってからの事でした。これを仲立ちしたのは信康だったとされます。彼は実の弟が冷遇されている事を放置出来なかったのですね。

一方の竹千代とは、徳川家の跡取りに付けられる名前でした。この名を貰ったという事は、信康亡き後の後継者として指名されたと言っても良いのでしょう。於義丸とは天地の差が有りますね。ドラマで於義丸を背後から不意打ちにした竹千代が、かえって家康に可愛がられるという演出は、こうした事情を背景に考え出されたものの様ですね。

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