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2011.02.06

江~姫たちの戦国~5 本能寺の変

「乗馬の練習をする江。しかし、馬に舐められて上手く乗りこなす事が出来ません。そこで母の市が手本を見せます。力まずに力を抜くのだと助言を与える市。そこに、家康から江に誘いの手紙が来ました。京にて信長と落ち合うのに付き合って欲しいとの事です。信長に会えると大喜びの江。」

「安土城。備中に向かう光秀に向かって、近江と丹波の所領を召し上げると伝える信長。代わりに与えられたのは出雲と石見の国でした。それは毛利の所領と驚く光秀に、帰る場所はもう無い、必死に奪い取れと突き放す信長。そして、京に向かう自分を襲う事が出来る者は光秀だけだ、謀反でも起こしてみるかと問い詰める信長。震えながら、めっそうもない事と答える光秀。」

「家康の待つ京へと旅立つ江。」

「5月22日、宗易を相手に胸の内の苦悩を語る光秀。その憔悴仕切った様子に、天下でも取ってやるという気構えで居てはどうかと諭す利休ですが、天下取りなどとんでも無い事と叫ぶ光秀。驚く宗易。」

「安土城。なぜ光秀にあそこまで辛く当たるのかと問い掛ける蘭丸。光秀は見えない殻に閉じこもり、人物を小さくしている。それに自らが気付き、脱ぎ捨てねばならない。自分に万一の事があれば、後を託せるのは光秀ただ一人だと語る信長。その心が光秀に届くかと危惧する蘭丸。それは光秀の器量次第と答える信長。」

信長が光秀を自らの後継者と考えていたとする説は、池宮彰一郎さんの小説「本能寺」に出て来ますね。そこでは信長は封建体勢を一変させる構想を抱いていたと描いていますが、このドラマにも共通するものがあります。もしかしたら参考にしたのかもという気がしないでもないですね。

それはそれで面白い設定ではあるのですが、あの扱いで光秀に信長の本心が届くと本気で考えていたとするのなら、信長というのは恐ろしく人の心が判らない人物だったと言わざるを得ないでしょう。大体、所領を取り上げられて、誰が自らの性格に欠点があるから改めようと思うのでしょうか。それ以前に、光秀は殿のために尽くしますと縋っているのに、うっとうしい奴と足蹴にさてれいるのですからね、とても信長が自分の代理とまで考えているとは光秀には伝わらないでしょう。どう見てもこの脚本には無理を感じます。

「5月24日。京で家康と合流した江。家康はこれから堺に行く、江も一緒に行かないかと誘います。」

江が家康と行動を倶にしていたというのは凄い設定ですね。この年数えで10歳の江が一人で行動するなど荒唐無稽な話だとは思いますが、まあ良いか。

その江が家康と会っていたのは仁和寺ですね。

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(江が歩いていた廊下。)

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(江と家康が対面した場所)

初回だったかな、織田の軍勢が行軍する場面も仁和寺が使われていましたが、そのロケの時に同時に撮られたのでしょうか。

「5月28日、丹波亀山城。出陣の準備が整ったとの知らせに、信長から受けた数々の仕打ちを思い返す光秀。そこに、信忠は堺に行かず京に止まるとの知らせが入ります。信長親子が一カ所に集まるという絶好の好機の到来に心が揺れる光秀。本能寺が書かれた絵図を手に、斉藤利三に向かって今途方もない事を考えていると話す光秀。その手の震えは止まっていました。」

「6月1日、本能寺。公家や僧侶、商人など茶人を一堂に集めて茶器を披露している信長。彼は中国攻めが終わったら、全部暮れてやっても良いと言い出します。毒気を抜かれて啞然とする茶人達。6月4日には中国に向かって発つという信長。一方、家康は翌日の夕刻に京に来る、その時は江も一緒だと聞き、楽しみだと微笑む信長。」

「堺。宗易の下を訪れている江。信長の本当の気持ちを知らずに、好き勝手を言ってしまった事を詫びたいと言う江。信長は天下統一が成るか成らないかの切所に居るのだと教える宗易。信長はきっと乗り越えられると答える江。宗易は信長好みの茶碗で茶を点て、江に勧めます。」

「伊勢、上野城。江の噂をする二人の姉。背後で妙な音がするのを聞いた市。その音は、信長から貰った天下布武の印が割れた音でした。不吉な予感を覚える市。」

「6月1日、亥の刻。丹波老ノ坂。軍勢を引き連れて行軍している光秀。彼は分かれ道に来ると馬を止め、西と東を見比べます。そして部下達に向かって、今から東に向かって桂川を渡り、本能寺に向かうと命じます。天下布武の名の下に多くの人を殺めた事、神仏を虐げた事、自らを神に祭り上げた事、帝をも自らの下に置こうとした事などその悪行の数々を鳴らし、天に代わってこれを成敗すると宣言しました。」

「敵は本能寺にあり!」

「6月2日、子の刻。、桂川を渡る明智軍。」

やはり光秀には信長の真意は伝わりませんでした。そりゃそうだとは思いますが、市村正親さんの演技は真に迫ったものがあったと思います。実際の光秀もあんな感じだったのかな。

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「6月2日、寅の刻。本能寺にて、異音に気付いて目覚めた信長。すぐに様子を見に走る蘭丸。ほどなく戻ってきた蘭丸、力丸、坊丸の兄弟。彼らは口々に、明智の軍勢が本能寺を取り巻いている事、その勢力は1万に達するという事、味方は100に満たない事を伝えます。下知を乞う蘭丸に、「是非に及ばす」と答える信長。そして、おぬしも天下が欲しかったとつぶやく信長。」

「備中、高松。空が赤いとつぶやく秀吉。」

「本能寺。集まってきた手勢に、己の事のみ考えよと命ずる信長。襲ってきた明智勢。懸命に戦う信長勢。自らも弓を手に戦う信長。」

「伊勢、上野城。不吉な予感に目覚める市。」

「本能寺。弓を放ちつつ、力丸に向かって女と小者を逃がせと命ずる信長。その時、信長を襲う銃弾。血に染まりながらも立ち上がり、さらに槍を振るって戦う信長。」

「堺。茶を点てている宗易。ふと異変を感じ、信長好みの茶碗を見ると、茶碗のへりが割れていました。信長の身を案ずる宗易。」

「本能寺。悪鬼の如く戦う信長。彼は坊丸に向かって、境内ことごとくに火を放てと命じます。そして自らは蘭丸を伴って、寺の奥へと入って行きます。」

「松明を手に乱入して来る明智勢。肩で息をしながら奥に向かう信長。背後に迫る炎。彼の脳裏に浮かぶのは、信じる通りに生きろと言い聞かせた時の江の姿。やがて彼は立ち止まり、蘭丸に向かって自分の首、骨、髪の一本に至までこの世に遺すなと命じます。そして、蘭丸から脇差しを受け取ると、これまで良く仕えてくれたと労い、さらばじゃと言って奥の部屋へと消えました。」

「後に残った蘭丸。押し寄せる明智勢に対峙し、ここから先は一人たりとも通すなと下知して、敵勢の中に切り込みました。」

蘭丸、坊丸、力丸の三兄弟は、本能寺の変で信長と共に殉じた事で知られます。その墓は信長の墓と共に阿弥陀寺で見る事が出来ます。

「寺の奥へ奥へと入って行く信長。その先で見たのは微笑む江の姿でした。江の幻に向かってわしは存分に生きたぞと語りかける信長。その言葉を聞いて、静かに消えていく江の幻。崩れ落ちていく本能寺。人間50年、潮時かもしれんなとつぶやいて、光の中へと消えていく信長。」

何で信長の最後に出て来るのが江なんだと思いますが、ここは主人公ですから当然と言えば当然でしょうか。江は信長の薫陶を受けて育ち、その衣鉢を継いだという設定でこれから先も進められるのかな。

「堺。不吉な夢を見て飛び起きた江。彼女は信長の身に良くない事が起こったかも知れないと家康に訴えます。そこに、本能寺で異変があった事、異変の主は光秀である事、信忠も襲われて洛中の織田勢は全滅した事が伝えられます。驚きつつも、次の手だての為に立ち去る家康。信長の安否を気遣い、京に行かないのかと忠次達に迫る江。既にここ堺も危ないかもしれないとたしなめる忠次。」

「本能寺。信長の首を探し求めている光秀。信長の首を晒せば天下は変わる、この光秀の物となるのだと叫ぶ光秀。」

「堺。逃れるなら、伊賀を抜けて伊勢に出るしかないと決断した家康。信長は生きている、京に行くのだと縋る江。生きて信長に会いたいのなら、ここは逃げるのだと諭す家康。彼は忠次に向かって支度を命じます。足手まといになってはと、自ら別行動を取ると決めた侍女達。」

「本能寺。信長の首が見つからない事に苛立ちを隠せない光秀。」

信長の遺骸は確かに見つかりませんでしたが、いち早く焼け跡から運び去った人物が居る為とも言われます。それは先に紹介した阿弥陀寺の清玉上人が行った事とされており、俄には信じがたい話ではあるのですが、焼け跡からは見つかっていない以上、否定も出来ないという事になるのでしょうか。

「とある山中。山小屋に身を隠している家康達。そこに逃走用の馬が連れて来られました。苦手な馬を見て尻込む江。」

「わずかな坂道で、馬を御せずに立ち往生する江。自分の馬に乗せるかと家康が言った時、野武士達が群がり出ました。たちまち囲まれて進退窮まる江。警護の者も倒されてしまった時、江の耳に信長の声が聞こえてきました。そして、背中に信長の幻を見る江。彼女は幻が命ずるままに馬を御し、野武士達の囲みを突破します。咄嗟に、忠勝に命じて金をばらまかせる家康。金に群がる野武士達。その隙に逃げ出す家康達。」

このシーンの舞台になったのは、糺の森でしたね。あたかも本当の山奥の様に見えていましたが、カメラワークの妙と言えるでしょうか。

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「信長の亡霊と共に馬を走らせる江。そちは生きよという信長の言葉を聞き、信長が死んだ事を悟る江。おじ上と叫びながら疾走する江。」

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信長の墓は何カ所もあるのですが、正統派なのはこの本能寺の墓でしょうか。遺体は見つかっていないのですから供養塔と言うべきかも知れませんが、事件の舞台となった寺ですからここにあってしかるべきでしょうね。

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もう一つ、大雲院の墓はこちらです。信忠と共同の墓標で、事件の5年後に建てられた墓ですから、当然ながらここにも信長の遺体は眠っていません。ただ、正親町天皇の勅命によって建てられたという点では権威あるものと言えなくはないですね。

さて、本能寺の変に続いて次回は山崎の合戦前夜が描かれる様です。そこにはまた江が絡んでいく様ですね。10歳の女の子がなぜと言いたくなりますが、そこはこのドラマのコンセプトという事で受け入れるしか無いのでしょう。それよりも、光秀がどう描かれるのかを見たいという気がしています。

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コメント

仁和寺はわかりましたが
糺の森には気がつきませんでした^^;

撮影場所が何処かをみるのも
ひそかな楽しみとなってます^m^

投稿: Milk | 2011.02.07 01:10

Milkさん、

江は京都ロケが多くて嬉しいですね。
何時の間に来てたのやら、現場を見たかったです。

投稿: なおくん | 2011.02.07 20:58

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