新選組血風録の風景 ~菊一文字 その1~
(新選組血風録の概要)
(本国寺の北東の塀ぞい、花橘町で沖田は刺客に会った。)
ここに出て来る花橘町という地名は確かに存在したのですが、現在は消滅しています。太平洋戦争当時の強制疎開によって町が取り壊されたためで、今は堀川通の一部になっています。地名で言えば、堀川松原下がる東側、上の写真で言えば赤いタクシーが通っている辺りから左側一体が跡地に当たります。
かつては通の真ん中に堀川が流れ、両側に東堀川通と西堀川通が通っていました。西堀川通のさらに西側に本国寺があったのですが、昭和46年に山科に移転しており、今はマンションが建ち並ぶ住宅街になっています。ただ、塔頭だった寺院がいくつか残っており、痕跡は今でもあると言えますね。
(春先の生暖かい風が吹く日暮れ時、半井玄節方で薬を貰った帰り道に、沖田は刀屋播磨屋道伯の下に立ち寄った。研ぎに出している刀の仕上がり具合を聞くためである。あいにくまだ出来ていないと恐縮する道伯に、催促に来た訳ではないと慌てる沖田。そんな人柄が道伯には好もしく映っていた。)
小説の中ではありますが、ちょっと意外なのが沖田は玄節の下に通っている事ですね。「沖田総司の恋」では、新選組隊士と知られかつ悠に失恋した事で、もう玄節宅には行けないと言っていたはずなのですけどね。一方、播磨屋道伯というのはこの作品にだけ登場する人物で、全くの創作だと思われます。
(その道伯が店の奥から一振りの刀を持ち出してきた。丹波のさる神社から出たものだと言う。蝋色の鞘に金象嵌をあしらったつばを付けた立派な刀である。道伯は手にとって見ろと沖田に勧める。)
(沖田はすらりと抜いた。眩む様な光芒が湧き上がる。二尺四寸二分。細身で反りが浅く、刃紋は一文字丁字と呼ばれる幅の広いものだった。乱れが八重桜の花びらを敷き詰めたかの様に美しい。)
(道伯は、銘が判るかと聞いた。沖田は判らないと答えたが、実は菊一文字則宗ではないかと見当を付けていた。見るだけで眼福と言える希有な名刀であった。)
宗則は備前の刀工で、福岡一文字派の祖とされます。鎌倉時代の後鳥羽上皇が、刀好きが講じて作ったという御番鍛冶制度によって都に呼ばれた一人で、16弁の菊紋を銘に入れることを許されていたと言われます。一文字派を示す銘が一であり、両者を併せて菊一文字と呼ばれます。
ただし、現存する刀の中にはこの菊の文様が入ったものは無いと言いますから、話はややこしいですね。そして則宗以外にも一と菊の御紋を使う刀匠が居たそうで、刀の素人としてはますます混乱するばかりです。
(沖田は興奮が冷めないまま自分の差料を取り上げて、また来ますと言って立ち上がった。道伯は気に召さなかったのかと聞く。とても買える分際ではないと答える沖田に、研ぎが出来るまで貸すのだと言う道伯。)
(喜びで真っ赤になりながら菊一文字を腰に差す沖田。念のために値を聞くと、100両では売らなかったと言い、あえて値は言わない、飽きるまで貸しておくと答える道伯。)
現存する則宗は国宝や重文クラスであり、もし値段を付けるとすれば億は下らないと言われています。江戸末期でもその希少価値は変わらなかったと言われ、1両を5万円とすると100両で500万円ですか、そんな値段では買えなかったのは確かでしょうね。無論創作ではありますが、国宝級の刀を只で貸すとは豪儀な設定ではあります。
(花橘町に差し掛かった沖田。右手は堀川、その向こう側には本国寺の土塀が続いている。左手は町家の軒。その軒の闇が動いた。飛び下がって刀の柄に手を掛ける沖田。しかし、借り物の刀だという遠慮から抜かないでいる。その代わり、人違いではないかと聞いた。)
(相手は三人である。その内の一人が見事な上段で間を詰めてくる。困ったなと思いながら、ぼんやりと立っている沖田。)
(沖田は12歳の時に白河藩の師南番と手合わせをしてこれを破っている。それでいて性格は至って素直で、近藤は沖田の事を生まれたままの様な男だと評していた。)
(沖田は相手が水戸脱藩の戸沢鷲郎である事は知らない。戸沢は神道無念流の達人で、芹沢鴨とは同門である。筑波挙兵に参加し、今は白川の陸援隊本部に身を寄せていた。新選組結成当時、芹沢は鷲郎を誘うべきだったとしきりに漏らしていた事がある。江戸の道場荒らしとして名を売っていた時期もあり、近藤もその名を言えば知っていたと思われる。)
(戸沢の背後に居たのは久留米脱藩の仁戸部某。ひどく背が低い人物で、才槌頭が若禿げになっている。鼻だけがやけに大きい。この人物がよせ戸沢、鷲郎、無益な殺生は止めろと言ったので、沖田にも相手の名前が判った。)
芹沢鴨が神道無念流の使い手であった事、陸援隊本部が白川にあった事は史実にあるとおりですが、戸沢鷲郎や仁戸部某という人物は創作です。でも、半ばは事実を織り交ぜている事が、この小説にリアリティを持たせているのでしょう。実際、かつてはこの小説が史実に基づいていると思っている人が相当数居た様ですから、司馬氏の豪腕もここに極まれりと言ったところでしょうか。
以下、明日に続きます。
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