京都・洛東 節分2011 大儺之儀~平安神宮~
平安神宮の大儺之儀とは、かつて宮中で行われていた追儺の儀を復元した儀式です。平安神宮は平安京の朝堂院を模した建物であり、まさに平安王朝絵巻をそのまま見る事が出来るという訳ですね。時間は2時から始まるので、奉納狂言が終わってからすぐに次の行事に移れるという仕組みになっています。
ただし、場所取りという意味では2時では遅くに過ぎ、本殿からは遠く離れた場所しか確保出来ませんでした。
儀式の進行は一々説明があるのですが、私が居た場所では何を言っているのかほとんど聞き取れませんでした。遠目に判ったのは、最初に神饌が供えられた事、その後で陰陽師が祭文を奏上している事くらいだったかな。
その陰陽師の歩き方は独特のもので、膝を高く掲げる様にして進みます。以前に漫画の陰陽師でこの場面を見た事があるのですが、随分とデフォルメして書かれているなと思ったのを覚えています。でも、実は本当にそんな歩き方だったのですね。
次に上卿が弓の奉納を行います。
手にしているのは桃の弓、放ったのは葦の矢ですね。弓と矢で一対をなし、強い浄化の力を持つとされています。
これは、殿上人が、四方に向かって桃の枝を振るっているところです。弓の時と同じく、桃には邪気を払う力があるとされている事から行われるのでしょう。
方相氏は矛と盾を3度打ち鳴らし、鬼やらいと叫びます。これは矢を放つ前と桃の杖を振った後の二回に渡って行われます。
この後、方相氏は8人の侲子を率いて斎場の周囲を3周します。この行列には殿上人のほかこの年の福男達も従うので、かなりの長蛇の列となりますね。この間中、方相氏と侲子たちは「鬼やらう」と叫び続けます。
方相氏と侲子それに殿上人達は斎場を離れて応天門の前に舞台を移し、同じ所作を繰り返して行います。
ここで暫く時間が空いてしまうのが難点ですね。次に鬼踊りがあって引き続き豆撒きが行われるとアナウンスがあったのですが、それがどこで行われるのか判らないのですよ。正直言って、どこに行けば良いのか迷わされた時間でした。
そして、待った甲斐があって再び鬼達が現れます。
方相氏によって一度は追い払われた鬼ですが、完全に懲らしめられた訳ではなく、わずかな隙を狙っていたのですね。そして、まんまと侵入に成功したのでした。
これが鬼踊りですね。初めは静かに、そしてだんだんと傍若無人な振る舞いになっていくのが面白いですね。
そして、鬼踊りが果てた頃、豆を手にした福男達が現れます。
せっかく侵入して来た鬼達ですが、福男たちが撒く豆によってあえなく撃退されてしまったのでした。
この鬼達もまた茂山千之丞社中が演出しているのですね。サービス精神と迫力に溢れた、楽しい鬼でしたよ。
鬼退治が終わると、豆撒きが始まります。これも後ろの方までは飛んで来ないので前に出るしかないのですが、遠く離れた場所に居た私はやはり不利で、1個をゲットするのがやっとでした。
場所取りとしては行事の始まりは本殿近くに陣取り、方相氏が歩き出すと応天門に移動し、鬼退治の間は中間くらいが良いのかな。そして最後は本殿近くに戻るといった具合が良い様です。
私はこの行事に参加するのは初めてだったのでほとんど同じ場所に止まっていたのですが、次に行く事があればもう少し要領よく回りたいと思っています。
豆撒きが終わってから30分程時間があったのですが、せっかくなので大火焚神事まで頑張ってみました。これは祈願を込めた火焚串4万本を浄火で焚き上げで厄除けを祈願するというものです。
この焚き上げの神事の手順や道具立ては、どこの神社でも共通の様ですね。そして、唱えられる祝詞も同じものの様です。ですから、ご利益という意味では全国共通と言えるのかも知れません。ただ、ここはとにかく広いですから、豪快に焚き上げる迫力はなかなかのものだと思います。
4万本が全て放り込まれる頃にはすっかり日も傾き、夕景色に変わりつつありました。長かった行事も終わりを告げようとしています。
節分は冬に終わりを告げる行事ともされます。そのとおりに、立春以後はすっかり暖かくなって来ましたね。まあこれで平年並みらしいですから、一時が寒すぎたのかな。
この炎が春を呼んでくれたのかも知れませんね。
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