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2010.10.31

龍馬伝44 ~雨の逃亡者~

「京都で薩土盟約を締結し、長崎に戻った龍馬。薩摩が土佐に協力すると聞き手放しで喜ぶ惣之丞に、これからが大事、今象二郎が容堂候に大政奉還建白について願い出ていると釘を刺す龍馬。」

「土佐、高知城。容堂候に薩土盟約を示し、大政奉還建白書を提出する様に進言する象二郎。薩摩は大政奉還が実現するなどとは思っていない、奴らはただけ戦がしたいだけだと煮え切らない容堂候。それならば土佐藩も軍備を整え、兵を挙げるのかと口走る象二郎。血相を変えて象二郎にを足蹴にし、大恩ある徳川家に土佐が戦を仕掛けるなど未来永劫あり得ないと叱りつける容堂候。土佐はこれからの日本の要にならなければならないと懸命に訴える象二郎。苦しげに顔を歪める容堂侯。」

「土佐商会。国元から届いた書状を読み、容堂候の説得が難航している事を知る龍馬。彼は弥太郎にミニエー銃千丁用意する様に頼みます。大政奉還に失敗し、戦になった時に供えての武装でした。」

「引田屋。お慶の商談の場を取り持つお元。彼女のおがけで商談がうまく行ったと感謝するお慶。」

「引田屋から引き上げるお元と妹芸子。その途中騒ぎが持ち上がります。二人の外国人人水夫を、白い着物を着た武士が切り捨ててしまったのです。その現場を目撃したお元達。殺されたのはイギリス船「イカルス号」の水夫達でした。」

「土佐商会。龍馬に頼まれたミニエー銃が手に入ったと喜んでいる弥太郎。そこに、イギリス公使の通詞であるアーネスト・サトウが訪ねてきました。サトウは、水夫を殺した犯人は白い着物を着ていた事が判った、海援隊士はいつも白い袴を履いていると聞いていると切り出します。白い着物を着た者など幾らでも居ると抗議する弥太郎ですが、サトウはパークスは下手人を引き渡さなければイギリスは土佐を攻撃すると言って、通告書を手渡して帰ります。」

「長崎奉行所。海援隊を取り調べる様に要請するパークス。龍馬を捕らえる好機と感じて、快諾する奉行。彼は配下の者に、龍馬を捕縛する様に命じます。」

「海援隊本部。何と言う事をしてくれたと怒鳴り込んできた弥太郎。自分たちがそんな事をする訳がないと反論する龍馬。グラバーやオールトが、もう自分たちとは取引しないと通告してきたと吐き捨て、どうして自分の商売を邪魔するのかと龍馬に当たる弥太郎。その時、奉行所の役人が踏み込んできました。あわてて龍馬を隠す隊士達。」

「龍馬を出せ、ここには居ないと押し問答をする役人と隊士達。その時、惣之丞が自分を奉行所に連れて行けと名乗り出ます。心配する仲間達に、自分が丸く収めて来ると言って奉行所に向かう惣之丞。」

「こうなったら自分たちで犯人を捜すしか無いと言う龍馬。その言葉に応じて諸方に散る隊士達。弥太郎はややこしくなるから龍馬はここに居ろと言い捨てて出て行きます。忌々しげに見送る龍馬。」

「長崎奉行所。惣之丞を取り調べる奉行。龍馬の居所を聞きだそうとしますが、惣之丞は知らぬと白を切ります。海援隊は日本を救おうとしている、異人を斬る者など居るはずがないと言い張る惣之丞に、そういうふざけたやつつが大嫌いだ、龍馬など謀反人に過ぎんと決めつける奉行。重ねて龍馬の居場所を聞く奉行。あくまで知らぬと言い張る惣之丞。取り調べを打ち切る奉行。牢に連れて行かれる惣之丞。」

「お元を呼んだ奉行。事件当夜の様子を聞く奉行。下手人は龍馬ではなかったのかと問い掛ける奉行。違うと答えるお元。いつから奴の味方になったのかと恫喝する奉行。重ねて龍馬の居所を聞く奉行に知らぬと答えるお元。下がれ、と怒鳴りつける奉行。」

「長崎の町で、下手人を捜す海援隊士達。目撃者から「しゃからしか」という声を聞いたという証言を得て、それは福岡の方言だと活気づく隊士達。」

「お元の置屋。お元に会わせてくれと訪ねてきた弥太郎。お元は居ないという女将を押しのけ、部屋に入り込む弥太郎。その時、長崎奉行所の役人がお元の部屋を改めると言って踏み込んで来ました。どうしてお元の荷物を調べるのかと役人に問い掛ける弥太郎。あの女は龍馬と出来ていたと答える役人。お元の部屋で叫ぶ部下達。彼らが見つけたのは十字架が刻まれたかんざしでした。悪魔でも見つけたかのごとく、おそれおののく役人達。キリシタンと息を呑む弥太郎。」

「かくれキリシタンの集会所。信者達と共に一心に祈りを捧げるお元。そこに踏み込んできた長崎奉行所の役人達。とっさにお元を逃がす男の信者。隠し通路から一人逃げ出すお元。役人達に取り押さえられる信者達。お元を逃がすなと叫ぶ役人。」

「海援隊本部。なす事もなく、一人佇む龍馬。そこに帰ってきた弥太郎。彼はお元はキリシタンだったと叫びます。お元が逃げていると聞き、探しに行くと飛び出す龍馬。お元がキリシタンだと知っていたのかとその背中に向かって叫ぶ弥太郎。そこに駆け込んできた陽之助。彼は下手人が判った、水夫を殺したのは福岡藩士だと弥太郎に告げます。」

「長崎奉行所。お元のかんざしを眺め、いままでお元が知らせてきた事は、全部でたらめだったのかと呻く奉行。その時、弥太郎が訪ねてきます。追い返せと命ずる奉行ですが、押し通ってくる弥太郎。彼は奉行に向かって、イギリス人水夫を殺したのは福岡藩士であると訴えます。その夜、福岡藩邸に戻ってきた金子才吉が、イギリス人を斬ったのは自分であると言って腹を切ったと申し述べる弥太郎。」

「しかし、奉行は弥太郎が差し出した書状を破り捨て、弥太郎に投げつけます。そこまでして龍馬をかばいたいかと言う奉行に、あくまで疑うと言うのなら土佐藩で取り調べると答える弥太郎。この長崎では、土佐藩と言えども自分が認めなければ商売など出来ない、さっさと龍馬を引き渡せと怒鳴りつける奉行。商売だけはと、庭に飛び降りて土下座する弥太郎。彼を無視して退席する奉行。必死で呼びかける弥太郎。」

「夜の丸山。お元を探す龍馬。」

「引田屋。お慶の宴席に駆け込んで来る妹芸子。彼女はお慶に、お元が隠れキリシタンだったと訴えかけます。」

「夜の町を逃げまどうお元。彼女を捜す龍馬。町中に溢れる役人達。慌てて身を隠す龍馬。」

「雨の中、弥太郎と出くわした龍馬。お前が奉行に捕まったら良いんだと冷たく言い放つ弥太郎。彼は龍馬にお前のせいで、土佐商会も、お元の人生も滅茶苦茶になったと言いがかりを付け、お元はあたりまえの幸せを願っていた、それを壊したのはお前だと迫ります。長崎奉行は誰がイギリス人を殺したかはどうでも良い、幕府に逆らうお前を捕まえたいと言う、自分もお元もお前のとばちりを食らってしまったのだと龍馬を責める弥太郎。お前は疫病神だ、自分の商売が上手く行きかけると、いろは丸を沈めただの、イギリス人を殺しただの、いつも邪魔ばかりする、わしの前から消えてしまえと言い捨てて去っていく弥太郎。呆然と見送る龍馬。」

「海岸を逃げまどうお元。跡を追ってきた龍馬。龍馬と気付かずに這って逃げるお元。洞窟の奥でお元を見つけた龍馬。みんなで笑って暮らせる国はどこにあるのかと龍馬にむしゃぶりつくお元。大丈夫だと抱きしめてやる龍馬。」

「イギリス領事館。戦の用意が出来ている、言い逃れに終始するのなら土佐に攻め込むばかりだと話すパークス。彼の言葉を筆記しているサトウ。直ちに翻訳して土佐に送れと命ずるパークス。その時、龍馬がやって来たという知らせが入りました。会おうと面会を許可するパークス。」

「次室でピストルを突きつけられて立っている龍馬。そのまま公使の部屋に連れて行くサトウ。海援隊長と名乗り、水夫を殺したのは福岡藩士だと話し始める龍馬。長崎奉行は海援隊士が犯人だと言っているがと反問するサトウ。それは奉行が自分を下手人にしたい、自分たちは徳川幕府を倒そうとしている謀反人だからだと答える龍馬。」

「しかし、自分たちとイギリスは味方同士ではないのか、イギリスは幕府を倒す為に薩摩と長州の後ろ盾をしている、つまり海援隊とイギリスは同じ目的を持っていると語りかける龍馬。さらに、この国をイギリスの様な立派な国にするために必死働いている、刀を抜いてイギリス人を斬っている暇は無いとまくし立てます。あなたの言っている事に証拠は無い、命を懸けて無実だと言えるかと問い掛けるサトウ。証拠は無いがこの命を呉れてやる事は出来ないと答える龍馬。彼はひざまずいて、この龍馬の命を新しい日本の為に使わせて貰えないだろうかと訴えかけます。」

「グラバーから龍馬は日本を変えようという高い志を持つ男だと聞いている、日本を変えられるかと問い掛けるパークス。必ず新しい国にしてみせると答える龍馬。手をさしのべるパークス。その手を掴んで礼を言う龍馬。これから奉行所に行くというパークスに、もう一つお願いがあると食い下がる龍馬。」

「長崎奉行所。奉行を訪ねてきた弥太郎。惣之丞を解き放ってくれた事に対する礼を言い、土佐商会の商売もこれまでどおりに願うと口上を述べる弥太郎。これで済んだと思うなと龍馬に伝えろと言う奉行。自分はもうあの男に関わりたくない、それは自分でどうぞと答える弥太郎。」

「海岸。沖合に停泊している蒸気船。海岸にあるボートに乗っているお元。側にいる龍馬。そこに駆けつけてきたお慶。このご恩は一生忘れないとお元。パークスがお前を暖かく迎え入れてくれるから心配するなと言い聞かせる龍馬。これからは堂々とマリア様を拝める国に行けるという龍馬に、こんな芸子を、こんなキリシタンを助けてくれてと泣き崩れるお元。」

「龍馬が日本を生まれ変わらせてくれたら、帰ってきても良いかと聞くお元。みんなが笑って暮らせる国にしてみせると答える龍馬。沖にこぎ出していくボート。見送る龍馬。笑顔で去っていくお元。」

「海援隊本部。無事に帰ってきた惣之丞を出迎える隊士達。」

「忌々しげに刀を見つめる奉行 。」

「いつまでもお元を見送る龍馬。」

今回の展開はあまりにも酷いですね。史実無視と言う以前に、ドラマとしても完全に破綻しています。

まず強権を振るう長崎奉行ですが、何時の時代の悪代官なのですか。白い着物という目撃証言だけで龍馬の犯行と決めつけて捕縛しようなど、出鱈目も良いところです。そもそも、この場合急務なのはイギリスとの対外関係でしょう?龍馬は確かに政治犯かもしれないけれど、この場合は二の次なのでは?証拠も無しに犯人をでっち上げて外国に差し出すなど、国辱も良いところです。そんな配慮も出来ないと言うのか、このお奉行は。

また、土佐藩を相手に居丈高に恫喝するなど、この時期の幕府に出来るはずもありません。こんなに態度に出でられるのなら、慶喜公は何も苦労せずに済んだ事でしょうね。長崎奉行はそれほど偉かったと言いたいのか。綱吉や吉宗の時代と勘違いしているのではないのかしらん。これではあまりに安っぽくて出来の悪い時代劇ですね。その内、印籠が出て来るんじゃないかと思いましたよ。

パークスの描写にしてもそうで、一国の公使ともあろう者が、訪ねてきた客に対して、丸腰にも関わらず何人もがピストルを突きつけるという対応をするものなのかしらん?あれでは紳士の国という名が泣きますよ。それに、龍馬がぺらぺらとしゃべっただけで戦争を回避するのですか?そんな甘い対応をする公使がどこに存在すると言うのかしらん。さらには、日本の国禁を犯したお元をイギリスで匿う?そんな事をすれば、イギリスという国の信義が問われるだけではないですか。どこまでご都合主義を通すのか。

弥太郎がどうしようもなく酷い奴なのは設定だから許すとしても、自分一人だけが助かろうとするお元という設定はどうなのか。浦上4番崩れの際には、かくれキリシタン達は逃げも隠れもせずに、自ら縛に付いたと言います。彼らの結束はとても強かったはずなのに、仲間が捕まっているにも関わらず一人だけ外国に高飛びしようとするものなのかしらん?少なくとも笑顔では居られないと思いますよ、たぶん。そもそも自分のせいで発覚したのだし、せめて仲間の事は気にして欲しかったな。それに、龍馬が言う「みんな」には、お元だけが入っているのだろうか。他の信者達はどうでも良いのか。一言も触れない龍馬というのも何だか嫌だな。

ちなみに、史実の龍馬は、キリスト教に対しては寛大では無かった様です。海援隊が発行した本に「閑愁録」があるのですが、この本に書かれているのは、開国によってキリスト教も入って来る事になるがそれに幻惑されてはいけない、これに対抗する為には仏教徒が覚醒して立ち上がらなければなければならないという内容でした。著者は龍馬ではなく長岡謙吉ですが、龍馬の生存中に発行された本であり、その内容を容認していたものと思われます。これは龍馬の後進性を表すと言うよりも、当時の日本人としての当然の反応だった様です。

浦上4番崩れに対する処分は明治になってから下されるのですが、井上馨や大隈重信、小松帯刀らがこの件に関わり、最後に断を下したのが木戸準一郎でした。結果は流罪であり、江戸時代よりも遙かに過酷な刑罰が加えられたと伝わります。配流された者は3394名、うち662名が命を落としました。当然外国からは激しい抗議があったのですが、それ以上にキリシタンの害というものを恐れたのですね。当時の一流の政治家たちをもってしてもこの結果であり、一人龍馬だけが異質であった訳ではありません。龍馬伝の解説にもあった様に、信教の自由が認められるのは、明治6年を待たなければなりませんでした。

イカルス号事件ついて簡単に触れておくと、パークスが証拠としたのは、犯人が白袴姿だったという目撃証言の他に、事件の翌朝に海援隊の船と土佐藩の船が相次いで出航していたという事実があります。これが犯人隠匿のためだと言うのですが、長崎奉行所ではあまりに証拠が薄いと言って受け付けませんでした。そこでパークスは土佐との直接交渉に乗り出し、軍艦に乗って高知に乗り込みます。

一方、龍馬は事件が起こった時には京都に居ました。知らせを受けて佐々木高行ら土佐藩の重役達と会うべく兵庫に向かったのですが、船上で佐々木達と話し合っている内に船が出航してしまい、そのまま高知へと向かう事になります。

高知では後藤象二郎がパークスと応対し、事実無根であると突っぱねました。パークスも証拠も無しに土佐藩と開戦する事も出来ず、再び長崎に戻って徹底した調査を行う事になります。この間、龍馬は高知に上陸する事は出来ず、ずっと船内に潜んでいました。

長崎においては、佐々木や弥太郎、それに海援隊士達と会合を開き、千両の賞金を賭けて犯人を捜す事になりました。しかし、効果が無いまま長崎奉行所の取り調べに臨む事になります。

出席したのは龍馬ほか海援隊士、土佐藩の佐々木ら15名で、イギリス側はアーネスト・サトウ、幕府からは外国奉行が立ち会いました。つまりは、史実では龍馬は堂々と奉行所に出頭しているのですね。精査の結果、当日は二人の海援隊士が丸山に出かけている事が判りました。しかし、殺人に関する証拠はなく、犯人を特定する事は出来ずに終わっています。

長崎奉行所では、海援隊の船の出航についての届け出に手落ちがあった事、取り調べ中の証言に食い違いがあった事などを取り上げて、該当者に謝罪を求める事でけりを付けようとしました。謝罪を要求された弥太郎はすぐに謝りましたが、海援隊士の二人はいわれのない事として応じず、ついには無罪放免となっています。

事件が解決したのは明治初年になってからで、ドラマにあった様に福岡藩士の金子才吉が犯人でした。その夜、道ばたでいぎたなく寝込んでいた水夫達を見て腹立たしく思い、斬り殺してしまったと言うのです。その後で、藩に迷惑が及ぶ事をおそれて、切腹して果てたのでした。福岡藩は土佐藩の窮状を見ながらこれを隠していたのですね。

この事件によって龍馬と象二郎は、切所とも言うべきこの大事な時期に、一ヶ月以上の政治的空白を余儀なくされました。この事が土佐藩にとっては大きなマイナスとなり、薩摩藩との間に隙間が生じる事になってしまいます。

参考文献:「龍馬 最後の真実」 菊池 明、「坂本龍馬」 松浦 玲、「坂本龍馬 海援隊始末記」 平尾道雄、「龍馬の手紙」宮地佐一郎 「龍馬の夢を叶えた男 岩崎弥太郎」 原口 泉

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コメント

初めてコメントさせて頂きます。
凄く詳しく調べられていて、大変勉強になりました。
自分のブログにも、一部参考にさせて頂きました。

それにしても、当時の常識にしても、流石の新歩派の龍馬でさえも、キリスト教に対して寛大ではなかった事は面白い事実ですね。
これからもちょくちょく寄らせて頂きます。

投稿: 志的好奇心 | 2011.01.17 12:58

史的好奇心さん、はじめまして。コメントありがとうございます。

幕末から明治のキリシタン史に関しては、悲惨なものがあります。
浦上四番崩れで検索すると、ざっとした概要がわかりますよ。
小説ですが、遠藤周作の女の一生を読むと、当時の空気が伝わってきます。
それを知っているとドラマの展開はちょっと許せないという気になり、
その気分が記事に反映しています。

投稿: なおくん | 2011.01.17 21:42

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