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2010.10.16

龍馬伝 ~近江屋事件~

近江屋事件とは、1867年(慶応3年)11月15日に、京都河原町の近江屋で、土佐の坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された事件です。

11月3日に越前より京都へ戻った龍馬は、その頃宿所としていた「近江屋」に帰ります。近江屋は河原町蛸薬師南にあった土佐藩御用達の醤油商で、それ以前に本拠としていた「酢屋」が幕吏に目を付けられていると知ったために転居したと言われます。ここは土佐藩邸とは河原町通を挟んですぐ向かい側となる場所であり、いざと言う時には藩邸に逃げ込めるという含みがありました。また、藩邸に近いという事は、同志との連絡に便利という側面もあった様です。

近江屋では土蔵を隠れ家として改造し、龍馬に提供したと言われます。また、万一の時にはこの土蔵から梯子伝いに裏の誓願寺に逃げられるようになっていたと言いますね。ただ、裏にあったのは別の寺だと思うのですが。

11月13日、御陵衛士の伊東甲子太郎が近江屋へ訪ねて来ます。彼は龍馬と慎太郎の二人を相手におよそ二時間ばかり国事について語り合い、そして別れ際に「新選組が、全力を挙げて龍馬を狙っている。藩邸に移られてはどうか。」という忠告を与えました。元は新選組の参謀を勤めていた伊東の言ですから信憑性はあったと思われるのですが、龍馬はこれを無視します。一つには、伊東の前歴が前歴ですからとても信用出来ないと思った事がありますが、もう一つには龍馬が藩邸に入れないという事情もありました。二度に渡って脱藩した龍馬は、いかに帰藩が許されていたとは言え藩邸の役人から見れば犯罪者も同然の者であり、容易な事では住まわせて貰えなかったのです。

11月15日は、龍馬33歳の誕生日にあたります。この日、龍馬は風邪のせいで熱があったため、土蔵で寝ていました。午後になり、龍馬は近所に住んでいた福岡籐次を2度訪ねますが、2度とも留守であったため近江屋へ引き返します。このとき、福岡の下僕から「不審な人物が坂本先生を訪ねてきた。」と注意されていますが、龍馬は笑って応えただけでした。実は、この外出からの帰宅を刺客の放った密偵に見られており、在宅している事を知られたようです。夕方、中岡慎太郎が訪れます。三条大橋制札事件で、新選組に捕らわれ獄にあった宮川助五郎の引き取りの相談があったと言います。宮川については、京都町奉行所から身柄を土佐藩に引き渡すと通知があったのですが、土佐藩は脱藩中の彼の取り扱いを決めかね、陸援隊の慎太郎に引き受けるよう依頼が来ていたのです。慎太郎と応対するため、龍馬は母屋の2階奥の八畳間へと移ります。

夜に至り、慎太郎に使いを頼まれていた菊屋峰吉(土佐藩出入りの書店菊屋の長男で当時17歳、龍馬、慎太郎達に可愛がられていました。)が、慎太郎宛の手紙を持って来ます。そしてほぼ同時刻に、今度は土佐藩の下横目である岡本健三郎が訪ねてきました。

彼らは暫く雑談に興じた後、龍馬は峰吉に「腹が減ったので、軍鶏を買って来てくれないか。」と頼みます。峰吉が席を立つと、岡本も別の用事があると言って一緒に外に出ます。岡本と四条の辻で別れた峰吉は、四条小橋にあった鳥新へと向かいますが、生憎品切れであったため、新しい肉が用意できるまで四半刻待たされます。

この夜の来客としては、あと二人居た事が知られます。その一人が板倉槐堂で、彼は自筆の白梅の掛け軸を龍馬に贈ったとされ、これが龍馬血染めの掛け軸として知られる事になります。槐堂がどのタイミングで訪れそして帰って行ったのかは判りませんが、深夜まで雑談に興じ、近江屋を後にしてすぐに龍馬達が襲われたと略伝にあるそうですから、あるいは岡本らの後を追う様にして外に出たのでしょうか。

後一人は海援隊士の宮地彦三郎です。彼はこの日何らかの使命を果たして大阪から帰京したのですが、まずはあいさつにと近江屋を訪れています。彼もまた健三郎や槐堂との前後関係は判らないのですが、この時龍馬は二階から彦三郎を労い、座敷に上がる様に勧めたと言います。しかし、彦三郎は旅装であった事から一度下宿に帰り、服装を改めてまた来ますと言って近江屋を後にしました。そして、下宿屋に帰って程なく、龍馬遭難の知らせを聞いたと語り残しています。

客が居なくなった隙を狙うかの様に新たな客が訪れました。「頼もう」という声が2階に届き、応対のために龍馬の下僕の山田藤吉が階下へ下ります。この藤吉は、元「雲井龍」という四股名の力士で、力士を廃業したあと海援隊の長岡謙吉に拾われ、龍馬の用心棒を兼ねて付き人をしていました。客は1人で十津川郷士と名乗り、藤吉に名刺を渡し龍馬への面会を申し込みます。藤吉は、十津川郷士なら龍馬の知り合いが多く、また客が1人であったため特に怪しむことはせず、取り次ぎのために2階へ向かいます。このとき、客の背後にいた数人の男達が、屋内に入り込みます。そして藤吉の後を追い、階段を上り詰めたところで背後から藤吉に斬りかかりました。数太刀を受けて藤吉は倒れ込みます。この気配を聞いた龍馬は、室内から「ほたえな!」と叫びます。峰吉が帰ってきて、藤吉とふざけているとでも思ったものでしょうか。この声により、刺客は龍馬の居所を知ります。

襖を開けて中に飛び込んだ刺客達は、龍馬と慎太郎に襲いかかります。龍馬は初太刀を前頭部に受け、慎太郎は後頭部に受けます。このとき、二人とも手元に太刀はなく、慎太郎は身に付けていた短刀で渡り合い、龍馬は床の間にある刀を取ろうとして振り向きますが、その時さらに背中を斬りつけられます。ようやく刀を手にした龍馬は、敵の三の太刀を鞘ごと刀で受け止めますが、敵の斬撃は凄まじく、龍馬の太刀の鞘を割った上に、中の刀身を10㎝ばかりを削り取ります。そして、前頭をさらに深く切られた龍馬は遂に崩れ落ち、「清君、刀はないか。」と叫びます。一方、鞘を付けたままの短刀で戦っていた慎太郎は、全身に十一カ所の傷を受け、堪えきれずに倒れ伏します。これを見た刺客は、とどめを刺す事はせず、「もう良い、もう良い。」と言葉を残して立ち去りました。

暫くして意識を取り戻した龍馬は、全身血まみれになりながらも座り直し、佩刀の鞘を払って刀身をじっと見入り、「残念だった。」とつぶやきます。そして、慎太郎に向かって「慎の字、手が効くか。」と問いかけ、続けて階下へ向けて「新助、医者を呼べ。」と叫びますが、すでにその声に力はなく、誰にも届かなかったようです。龍馬は、頭の傷に手をやり、脳漿が流れ出ている事に気づくと、「慎の字、おれは脳をやられている、もういかぬ。」と、最後の言葉を残して息を引き取りました。

慎太郎はなおも息があり、物干し出て近江屋の者へ声を掛けますが誰も応えず、さらに屋根を伝って北隣の井筒屋へ助けを求めますが、ここで動けなくなってしまいます。この頃近江屋の主人新助は、土佐藩邸へ駆け込んでいました。新助の注進により島田庄作が駆けつけます。島田は、階段の下で刺客が出てくるのを待ちかまえていましたが、程なく帰ってきた峰吉が様子を見に階段を上がり、まず苦しんでいる藤吉を発見し、刺客の気配がない事を確かめた上で島田を呼び、一緒に2階へ上がります。そして、既に縡切れている龍馬を発見し、さらに屋根の上で動けなくなっていた慎太郎を見つけて、これを座敷に連れ戻しまた。島田達は、すぐに医師を呼び慎太郎の手当を始めます。知らせを受けた藩邸やその周辺から谷守部、曽和慎九郎、毛利恭介らが駆けつけ、さらに峰吉の注進により白川の陸援隊の本部から田中顕助が、薩摩藩邸からは吉井幸輔が集まって来ました。

慎太郎は、集まった仲間に次のように語ります。
まず、刺客については、
「卑怯憎むべし、剛胆愛すべし。」
と、引き上げの見事さを褒めています。また、同士に対する警告として、
「刀を手元に置かなかったのが、不覚の元だ。諸君、今後注意せよ。」
「坂本と自分をやるなどは、よほどの武辺者であろう。因循遊惰と馬鹿にしていた幕府にも、まだこんな者が居る。早くやらねば逆にやられるぞ。」
と諫めました。慎太郎は、一時食事を摂るまでに回復の兆しを見せましたが、再び悪化し、17日夕刻に息を引き取っています。最後に、香川敬三に対して、
「岩倉卿に告げよ。維新回転の実行は、一に卿のお力によると。」
と言い残しました。享年30歳。また、これに先立ち、16日夕刻に藤吉も同じく息を引き取っています。享年25歳。

3人の葬儀は18日に営まれ、東山霊山へ葬られています。葬儀には、海援隊、陸援隊士のほか、土佐藩、薩摩藩から大勢の藩士が参列したという事ですが、これには異説もあります。この葬列が通ったのが龍馬坂、とても静かな道で、龍馬の最期を偲ぶにはふさわしい場所ですよ。

龍馬を襲った人物達については、また後日アップします。

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コメント

ご無沙汰しております。
最近はテレビを観ない生活をしており、
龍馬伝も見ていなかったので、
もう、近江屋事件?!と驚いてしまいました^^;
襲った人物達が気になります。
そして、ドラマではどう扱われるのかも。
(たぶん観ないでしょうけれど…)

投稿: ヒロ子 | 2010.10.18 18:41

ヒロ子さん、

驚かせてすみません。ドラマはまだいろは丸事件までです。
ドラマに合わせて書いていると何かと制約があるので、
書きたいところは先に書いておこうと思ったのです。

ドラマの展開は気になるところですが、
後藤、西郷、紀州藩、さらには新選組?と伏線は沢山張られていますね。
ちょっと荒っぽさが気になる龍馬伝ではありますが、
ここまで来たら最後まで付き合おうと思っています。

投稿: なおくん | 2010.10.18 20:39

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