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2010.06.13

龍馬伝24 ~愛の蛍~

「池田屋で亀弥太を襲ったのは新選組と聞き、駆けだした龍馬。彼は屯所に引き上げる近藤達を見つけ、飛び出していこうとしますが、背後から桂小五郎に止められます。」

「扇岩。池田屋の噂で持ちきりのところに、小五郎と龍馬が戻ってきました。亀弥太が龍馬の幼なじみと聞き、自分も会合に参加するはずで、危ういところだったと小五郎。彼は亀弥太の志を引き継ぐ為にも、長州は闘うと誓います。」

池田屋事件の時に龍馬が京都に居なかった事は、前回に書いたとおりです。また、小五郎が池田屋の会合に出るはずだったところを危うく助かったのは良く知られるところですが、事件直後の彼は長州藩邸にあって陣頭指揮を執っていたはずで、一人で出歩くなど有り得ない事です。そして、この小五郎はやけに好戦的なのですが、実際には長州藩だけで闘う事の非を誰よりも知っており、暴発しようとする国元を必死で押さえていたのが彼でした。創作なのは良いとして、ここまでリアリティーに欠けると、ちょっと白けた気分になってしまいますね。

「龍馬がここにいては危ういと、お龍の家に隠れる事を進める扇岩の主人達。」

この頃にはお龍の家というのは無く、お龍は扇岩に住み込んでいました。母は妹の起美と共に大仏裏の隠れ家に居たのですが、池田屋事件の当日に新選組によって娘と一緒に引き立てられています。もう一人の妹である光枝は、公家の家に預けられていた様ですね。一方の弟については、上の太一郎は粟田口にあった金藏寺に預けられていました。もう一人の弟である建吉については、残念ながら判りません。

これが文久二年頃にお龍が住んでいた家という設定なら、場所は四条から三条の間の木屋町という事になりますね。最後の方で龍馬が高瀬川を下っていたところを見ると、このドラマでの設定は木屋町の寓居を想定しているのかも知れません。

「土佐。拷問を受ける以蔵。しかし、彼は必死に堪えています。」

ドラマでは健気な姿勢を見せている以蔵ですが、実際には拷問に遭うや一溜まりもなく自白しています。これは、こらえ性が無かったと言うより理屈に弱く、巧みな誘導尋問をされるとすくに引っかかてしまったという面があった様です。その答弁の綻びを拷問によって突かれると、答え様が無くて自白してしまうという状況でした。

彼がまず自白したのは井上佐一郎殺し、そして本間精一郎殺しでした。その自白に基づき、関係した者が次々に捕らえられて行く事になります。

「坂本家。富が乙女を訪ねてきました。しかし、乙女は留守で、伊輿が応対します。富を励まし、すいかを土産に持たす伊輿。」

「道端で、喜勢の作った弁当を、いちいち美味いと言いながら食べている弥太郎。そこに富が通りかかり、家を直してくれた礼を言います。春路の事を自慢してから、富には子が無い事に気付き、謝る弥太郎。そんな弥太郎に、半平太が戻ったら遊びに来てくれと言い残して去る富。」

「扇岩。お龍が弁当を作っている所に、新選組が御用改めにやって来ました。闖入してきた近藤を睨むお龍。そんなお龍に不審を抱く近藤。誰も居ないと判り、引き上げて行く新選組。」

新選組が扇岩を手入れしたという記録は無い様です。一方、新選組とお龍の関わりについては、一つの後日談が残っています。

伏見に居た頃の話として、夏の夜に二人で散歩に出掛けたところ、5、6人の新選組隊士と出会いました。彼等は龍馬とは気付かなかったのですか、浪人者と見て突っかかってきました。龍馬は相手をせずにさっさと身を隠したのですが、お龍は彼等の中に置き去りにされてしまいます。内心困ったお龍でしたが、度胸を決めて「あんた達、大声を出して何ですねぇ。」と懐手をして澄まして居ると、隊士達はお龍を置いて龍馬を捜しに行ってしまったそうです。お龍は後で龍馬に文句を言ったのですが、あれくらいの事は普段から心得ているだろうと言って、相手にされなかったとの事でした。ドラマとは少し違いますが、新選組相手でも怯まなかったお龍の度胸の良さは本物だった様ですね。

「お龍の家。お龍の母と弟妹達を相手に、月琴を弾きながら土佐の小唄を謡っている龍馬。そこに帰って来て、複雑な表情で龍馬を見つめるお龍。龍馬は扇岩からの差し入れのにぎり飯を渡されますが、これは受け取れないと言い、お龍の家族と分け合って食べます。」

お龍と言えば月琴が有名ですが、長崎で稽古をしたのは確かではあるものの、京都に居た時分から嗜んでいたかどうかは判りません。彼女が月琴を習ったのは龍馬が聞きたいと言ったからで、長崎に住んだのもその稽古のためだったと言われます。後日談でお龍は、もう少し小さい頃から稽古して上手になっておけば良かったと思ったと語っており、これを素直に聞けば長崎で稽古を始めた様に思えますが、心得ぐらいは子供の頃から有った様に受け取れなくもなく、判断に苦しむところですね。

「二条城。板倉勝静から、海軍繰練所に脱藩浪士が居るのではないかと問い詰められる麟太郎。良い訳をして逃れようとする麟太郎ですが、池田屋に亀弥太が居たという事実を突きつけられ、返答に詰まります。」

「土佐。象二郎の屋敷。弥太郎が呼び出され、新たな役目を言いつけられます。」

「高知城。魅せられた様に曼荼羅図を撫でる容堂候。そこに深山宗林が訪ねてきたと知らせが入ります。」

深山宗林という人物は茶の師匠の様ですが、実在したのかどうかは判りません。もっと判らないのがこの容堂候の描写で、いったい何が言いたいのでしょうね。半平太達を弾圧し始めた事に対する苦悩が表れているのかしらん?それとも、余程訳の判らぬ人物なのだとでも言いたいのでしょうか?ちょっとした謎です。

「半平太の牢。象二郎から命令を受けた弥太郎が乗り込んできました。彼は東洋殺しの犯人が判るまでは、商売をしてはいけないと言われたのでした。正直に話したら許す、以蔵が死んでも良いのか、富を苦しませておくのか、自分が味方になると矢継ぎ早にまくし立てる弥太郎。しかし半平太は、容堂候が自分を憎んでいる、容堂の為に働いてきた自分にとっては、これ以上ない屈辱である。富にしても、自分の夫が武士でなかったとそしられる事があってはならないと意地を見せる半平太。」

弥太郎の行動は例によって創作ですが、半平太の見せた意地は本物だったでしょう。彼は最後まで武士としての矜持を持ち続けただけでなく、獄中にあっても土佐勤皇党を守ろうと、様々な手を使って戦い続けたのです。

「宗林のいれた茶を飲み、感激の様子の容堂候。」

「お龍の家。すっかり龍馬と親しくなったお龍の家族ですが、彼女だけは心を開きません。龍馬はお龍の父の事を聞き、攘夷派の志士を助けたばかりに、安政の大獄で死んだと知ります。家族を捨てて好き勝手にやっている人は大嫌いと聞き、嫌われていた理由がようやく判りました。」

お龍の父は楢崎将作という医師でした。ドラマにもあった様に安政の大獄に連座して亡くなったとされますが、正確には獄中で身体を壊し、出獄した1年後に死亡したのでした。

一方の母は貞と言い、良家育ちのためか、あまり生活力はなかった様です。それでも、なんとか一家を切り盛りして行こうと頑張り、大仏裏の隠れ家では、志士達の世話役として住み込みで働いていたのでした。龍馬とはこの家で知り合い、その将来性を見込んでお龍の婿にと選んだ様です。

貞が胸を患っていたという記録は無く、これはドラマの創作でしょう。池田屋事件の後は、京都の北部にある杉坂という在所の尼寺に身を寄せていました。さらにその後は宇治の木幡に移ったらしく、寺田屋のお登勢が面倒を見ていた様です。

「龍馬は父と母を亡くした事を語り、お龍の母に自分の母が重なったと告げます。神戸村へ帰る龍馬に、志を貫いた亀弥太を、よくやったと褒めてやるべきだと諭すお龍。」

「土佐。弥太郎の家。子守歌を唄って春路を寝かしつける喜勢と、その側で微笑んでいる弥太郎。」

「月明かりの中を飛ぶ蛍を見つめている富。そこに、牢番の和助が半平太の言伝を持ってやってきました。半平太は辛い思いをさせてすまんと伝えてきたのでした。」

「坂本家。千鶴が帰って来て、半平太の噂をしています。富に子がない事に話題が移ります。ある時、半平太の跡継ぎを作るべく、知り合いが別の女を世話した、しかし、半平太は一切手を付けず、戻ってきた富に詰まらぬ事をするではないとたしなめたのでした。」

このエピソードは手持ちの資料にはありませんが、司馬遼太郎氏の「龍馬が行く」には描かれていますね。その出典は判らないけれど、そういう話が伝わっているのかも知れませんね。

「半平太の牢。和助が富の差し入れを持ってきました。それは家の庭で飛んでいた蛍でした。牢の中を光りながら舞う蛍。」

半平太の牢に蛍が差し入れられたというのは史実の様です。ただし、それは風流な話ではなく、鼠除けという切実な目的があったからでした。半平太の牢は不衛生極まりないもので、特に鼠が多くて、夜寝ている間に顔の上を鼠が走るという有様でした。その対策として蛍を牢内に放ったと言うのですが、蛍の明かり程度で鼠に効き目があると思われていたのでしょうか。

この蛍を集めたのは半平太の支持者達で、富子もまた蛍を差し入れたそうです。ドラマはこの即物的なエピソードを元に、綺麗な物語に変えていましたね。

この後日談としては、やはり蛍では鼠を防ぐ事は出来なかった様で、代わりに猫が差し入れられたそうです。これは確かな効果があり、鼠の害はぴたりと止んだ様ですね。そして、この猫が半平太のまたとないペットとなったそうです。

「半平太の家。月明かりの中で飛ぶ蛍を見つめる富。」

「月明かりの下、春路を抱き、喜勢の唄う子守歌を聴いている弥太郎。」

「月明かりの中、眠る弟達の為に団扇をあおぐお龍。」

「満月の下、蛍が舞う高瀬川を船で下る龍馬。亀弥太に、その命を無駄にはしないと誓う龍馬。」

このドラマは、同じ月明かりの下で登場人物達が物思いに耽るという演出が良く出てきますね。前回は山本琢磨と時計のエピソードがあった回で、獄中で商売に目覚める弥太郎、土佐から江戸に居る龍馬を思いやる加尾、琢磨の処遇に思い悩む龍馬が描かれていました。この演出の仕方は結構好きだな。

「伏見に着いた龍馬。そこで彼は威勢の良い女将の声を聞きます。その顔を見て、母そっくりである事に驚く龍馬。」

ようやく寺田屋が出てきましたね。お登勢が龍馬の母に似ていたというエピソードは無く、配役の関係で草刈民代さんが二役になったところから考えられた創作なのでしょう。しかしながら、私的には余計な演出という気がします。

参考文献:「龍馬 最後の真実」 菊池 明、「坂本龍馬」 松浦 玲、「坂本龍馬 海援隊始末記」 平尾道雄、「龍馬の手紙」宮地佐一郎、「「武市半平太伝」 松岡 司 「龍馬の夢を叶えた男 岩崎弥太郎」 原口 泉

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