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2010.06.12

京都・洛東 建仁寺塔頭 大統院

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建仁寺の東南に細い参道があります。霊洞院という僧堂に通じる参道で、観光客がここを通る事はまずありません。その参道をさらに東に行き当たったところに大統院があります。鎌倉時代から南北朝時代にかけて生きた禅僧・青山慈永(せいざんじえい)によって、観応年中(1350年−52年)に創建されたと伝えられる塔頭です。

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その後、天文21年(1552年)に類焼したのですが、寛永14年(1637年)に至り再建されました。丁度その頃、江戸幕府で重きをなした儒者・林羅山が大統院に寓居していたと伝えられます。また、大統院は天文年間に焼けた光沢庵を合し、明治には如是院を合しています(共に建仁寺の塔頭)。

しかし、再び大統院を火の手が襲います。大正13年(1924年)秋に出火し、表門・唐門の二つを残して焼失してしまったのです。そして昭和5年(1930年)に本堂のみが再建復興され、昭和30年(1955年)頃から本格的な復興が始まり、平成21年(2009年)3月に本堂前庭が完成して寺観が整いました。

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この間はずっと非公開だったのですが、庭の完成を期してでしょう、今年の4月から5月にかけて特別公開が行われ、拝観する事が出来ました。ただ、初公開と銘打たれていたのですが、実際には昨年にも公開されている様ですね。このあたりはいわゆる宣伝文句なのかしらん?

それはともかく、今は表門から本堂までの間も綺麗に整備されていますね。

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大統院と言えば、実のところ駐車場というイメージだったのです。八坂通を東に向けて上っていくと左手に駐車場があって、入り口に大統院と記された門灯があるのですよ。経済的理由からお寺の境内が駐車場化している例は数多くあり、ここもその一つだったのですね。特に大正時代に焼失してしまったという事実が、大きな痛手としてのしかかっていたのでしょう。そして、今ようやく寺院としての体裁が整うまでに至ったという事なのですね。

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昨年完成した本堂前の庭は北山安夫氏の手によって整備されたもので、小堀管長によって「耕雲庭」と命名されました。御影石と苔による市松模様が基調となっており、その奥にさつきやつつじが植え込まれて、小さいながらも遠近感を持った造りとなっています。今頃は、さつきが咲き出している頃かな。

まだ如何にも出来たてという雰囲気であまり風情は感じませんが、時間の経過と共に落ち着きが出て、良い庭となって行く事でしょう。ただ、背後の駐車場が透けて見えてしまうのが難点かな。これも、庭木が生長するにつれて、隠してくれるかしらん?

特別拝観では、円山応挙作の幽霊図や鈴木松年の「髑髏図」などの掛け軸、奥田頴川作の「赤絵十二支四神鏡文皿」(重要美術品)などが展示されていました。さすがに由緒のある寺院だけあって、様々な寺宝を持っているものですね。私的には、作者不詳の墨梅図が良かったかな。

昨年はお盆の時期に公開されていた様ですが、今年はどうなるのかな。機会があれば、一度は訪れておきたい場所だと思います。

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コメント

この春の特別公開に行きたかったのですが
行きそびれてしまいましたA^^;

幽霊の掛け軸、見たかったんですけどね~ヾ(^^;)

投稿: Milk | 2010.06.13 12:43

Milkさん、

多分また公開はありますよ、きっと。
これだけ庭を整備したのですからね。

幽霊の絵は、以前曼殊院にあったものに似ています。
同じ作者だけから当然か。
今も別の絵が曼殊院にありますね。あれも似ているな。

次の公開時にも展示されると良いですね。

投稿: なおくん | 2010.06.13 23:52

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