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2010.03.07

龍馬伝10 ~引き裂かれた愛~

「江戸・千葉道場。師の定吉から北辰一刀流の目録を授けられる龍馬。彼の江戸修行が終了し、土佐に帰る時が来たのです。道場で感慨に耽る龍馬の背後に佐那が現れました。龍馬を慕っていたと告白する佐那に、自分には土佐に大事な物があると答える龍馬。潔く身を引き、龍馬を送り出す佐那。」

龍馬が北辰一刀流の目録を得たのは、安政5年1月の事とされます。佐那の懐古談にもこの時目録を授けたとあるのですが、現存している目録は長刀兵法目録であり、肝心の一刀流の目録がどうなったかは判っていません。北辰一刀流の目録には初目録、中目録免許、大目録皆伝という段階があるのですが、佐那の言う目録がどの段階であったかは伝わっていないのですね。この北辰一刀流の免許については、龍馬に関する謎の一つとして残されています。

佐那と龍馬の関係は、この年に婚約したという説もあります。その証として、龍馬は紋付きの片袖を引きちぎって与えたというエピソードが伝わるのですが、佐那自身の回顧録に拠ると、佐那が持っていたのは千葉家から龍馬に与えようとした小袖であり、佐那が龍馬に惹かれていた事は確かですが、龍馬がどう思っていたかは伝わりません。ですので、このドラマの様に佐那の一方通行で終わった事は有りうる話だと思われます。ただ、佐那との繋がりにはまだ続きがあり、この4年後に龍馬の手紙に佐那の名が出て来る事から、江戸で再会したものと思われています。

「アメリカと修好通商条約を結んだ幕府。実権を井伊大老が握り、開国に反対する勢力の一掃を図ろうとしていました。」

「土佐、坂本家。北辰一刀流の目録を家族に披露する龍馬ですが、はしゃぐ家族の輪に乙女は入ってきません。彼女の夫岡上に気兼ねをしているのでした。気を効かせた権平が岡上を呼ぶと、やっと乙女も喜びの輪に加わります。」

「風呂に入っている龍馬と風呂焚きをしている乙女。彼女の結婚を驚く龍馬に、窮屈で堪らないと答える乙女。彼女は龍馬に、自分の様な結婚をしてはいけない、好きな人と添い遂げろと忠告します。」

龍馬が土佐に帰ったのは安政5年9月とされます。つまり、免許授与からすぐに帰国した様に描くドラマとは、かなり時間差がありますね。

乙女が嫁いだのは、岡上樹庵という医者でした。結婚したのは安政3年とされますから、これより二年前となります。つまり龍馬が2度目に江戸に出た年であり、乙女が嫁いだ事を知らなかったはずは無いと思われます。ドラマで乙女がぼやいていた様に、あまり居心地の良い結婚生活では無かった様ですね。

「神社で加尾と会っている龍馬。彼は江戸土産のかんざしを渡し、これから土佐で道場を開き、またいつか黒船を造る、そして家族と加尾を乗せて世界を旅して回ると言い、加尾に自分の女房になってくれと頼みます。ようやく願いが叶い、うれしさのあまり泣き崩れる加尾。」

「安芸奉行所の牢。弥太郎の下に後藤象二郎が訪れます。彼は吉田東洋から弥太郎を迎えに行く様に命じられたのでした。」

「参政に返り咲いた吉田東洋。彼は安政の大獄によって蟄居させられた容堂により、土佐藩の立て直しを依頼されていました。藩士の録を半減するなど思い切った改革を断行する東洋ですが、彼によって退けられた柴田備後は面白くありません。そこ目通りを願った半平太は、土佐が攘夷に染まれば東洋の居場所は無くなると検索します。彼の言を受け入れた備後は、半平太にある策を授けます。」

容堂は水戸斉昭、松平春嶽らと共に将軍継嗣問題で井伊一派と対立し、政争に敗れた後は安政6年2月に家督を前藩主の弟に譲り、隠居してしまいす。そして、さらに幕府を批判した科により、謹慎を命じられたのでした。容堂と名乗ったのは隠居した後の事で、それまでの名は豊信です。

この非常事態に東洋は謹慎を解かれ、再び参政の座に上ったのでした。彼は急進的に藩政の改革を行い、守旧派や過酷な負担を強いられた庶民に不平を抱かれたのは確かな様ですが、固陋な門閥政治を打破しようとした事もまた事実であり、一方的に悪く言われるのは気の毒な気がしますね。

半平太が東洋に対抗するために守旧派と手を握ったのは事実であり、その中に柴田備後も居ました。ただし、その時期はまだ先の事であり、この時期から3年ないし4年後の事になります。

「土佐のある料亭。半平太と収二郎達が秘密の会合を開いています。しかし、以蔵は見張り役を命じられ、仲間に入れて貰えません。彼等の相談とは、表向きは三条家に嫁いだ恒姫の世話役として、そして本当の目的は三条実美の動きを探る隠密として、女性を送り込もうというものでした。」

以蔵が相談の仲間から外されるのは、山本琢磨の件で龍馬に付いたからでしょうか。今後の半平太と以蔵の関係を暗示する様な伏線ですね。

攘夷を掲げて柴田備後に取り入った半平太ですが、実際には安政の大獄の最盛期であり、とてもそんな主張は出来なかった事でしょうね。半平太が本格的に攘夷に目覚め始めるのはもう少し後、井伊大老が桜田門外で倒された後の事になります。

「とある神社。こざっぱりした姿ではしゃぐ弥太郎。そこに現れた龍馬。弥太郎は東洋の命で長崎に旅立つと告げ、次に会う時は龍馬があいさつも出来ない程の身分になってやると言い捨て、意気揚々と出掛けます。我が事の様に喜び、弥太郎を見送る龍馬。」

弥太郎が東洋の引き立てによって、長崎に出張を命じられたのは史実にあるとおりです。ただし、その前段があって、弥太郎は牢から出たものの居所から追放の憂き目に遭い、8ヶ月の流浪生活を余儀なくされます。その後許されて井の口村に戻り、やがて象二郎と出会います。そして、その牽きで東洋が主催していた小林塾に入る事が出来た事が弥太郎の運命を切り開いたのでした。

この小林塾の事は是非取り上げて欲しかったですね。この塾で学んだ人材が後の土佐の指導層になる訳ですから、東洋の事績として描いて欲しかったです。

「平井家。家に戻った加尾に、収二郎は三条家に奉公する様に因果を含めます。龍馬との仲は認めないという兄の言葉を尻目に家を飛び出す加尾。」

「半平太の家。収二郎から事情を聞く半平太は、無理に妹を差し出す事は無いと言いますが、収二郎は下士の家の者にとって、恒姫の付き女中になる事はこの上ない出世である、加尾にとっても良い事だと答えます。」

「加尾がたどり着いたのは坂本家でした。加尾から話を聞いた龍馬は半平太の下を訪れます。」

「半平太の家で、直談判をする龍馬。幼なじみを犠牲にしなければならない程、攘夷は大事な物かと問いかける龍馬に、当たり前の事と答える半平太。加尾は自分の許嫁である、自分の大切な物を守ると剣に誓ったと言い捨てて、半平太の下を去る龍馬。」

「家に帰り、次の日に神社で会おうと約束し、加尾に自分の家に帰る様に告げる龍馬。」

「自らの野望と龍馬の言葉の板挟みに遭い、苦悩する半平太。」

「翌日、備後の下を訪れ加尾では無理だと言上する半平太ですが、備後は既に決まった事であり、取り消すのなら誰かに腹を切って貰わなければならないと願いをはねつけます。」

このドラマでは、半平太がどんどん嫌な男になっていくのですが、わずかに救われるシーンですね。実際には、龍馬が半平太と袂を分かつのはまだ先の事で、この頃はあくまで仲の良い幼なじみだったと思われます。収二郎にしても同様で、むしろ龍馬は収二郎から攘夷の洗礼を受けたと見る向きもある様ですね。

「神社で加尾を待つ龍馬。」

「平井家。加尾が出掛けようとすると、収二郎と半平太が待っていました。加尾が龍馬の下に行くのなら、自分が腹を切ると言う収二郎。必死で引き留める加尾。」

「何時までも来ない加尾に、しびれを切らせて迎えに行く龍馬。そこに現れた長次郞に、平井家に祝いの饅頭を頼まれた、加尾がどこか遠くに行くらしいと聞き、駆け出す龍馬。」

「柴田邸。三条家へ上がるとあいさつをする加尾。そこに龍馬が加尾を取り返そうと飛び込んできます。門番に押さえながらも、必死に加尾を呼ぶ龍馬。堪えきれずに飛び出していく半平太は、危うく刀を抜きそうになる龍馬を押しとどめ、加尾が自分で行くと言い出したのだと告げます。それを聞き、力を無くす龍馬。」

ドラマでは平穏な世の中に見えますが、実際には大獄の嵐が吹き荒れていたこの時期に、攘夷のための隠密として加尾を送り込むなど無謀も良いところで、純粋に平井家へ藩から下命があった事に依るのでしょう。ただ、調べていて最近知った事ですが、平井家は実際には上士の階級に属していた様ですね。加尾がお姫様付きになったのは、彼女が上士の娘であった事も理由の一つの様です。

もっとも、京都に上ってからの加尾は尊禳派の為に影から尽くす存在になっており、結果としてドラマで半平太が画策したとおりの展開となって行きます。

「坂本家。思い詰めた様に刀を抜く龍馬の背後から、乙女が力ずくで取り戻す気かと聞きます。彼女は加尾の使いの者が持ってきた手紙を龍馬に手渡します。」

「神社で加尾と会う龍馬。加尾は龍馬に大きな事をなして欲しいと言い、別れを告げます。」

龍馬と加尾が恋仲であったらしい事は間違いない様ですが、それがどういう関係だったかまでははっきりしていません。加尾が京都に上ったのは安政6年12月の事で、そこに半平太の策略が介在していたという資料は無い様ですね。ですから、このドラマにあった様な別れのシーンは無かったものと思われます。

ただ、付き合っていたのなら、辛い思いはしただろうなとは思いますね。確かなのは、二人の中は遠恋よろしく続いて居た事で、この2年後に加尾に宛てた龍馬の手紙が残っている事からその事が判ります。

それにしても、このドラマは今回だけで一気に2年も時計を進めているのですね。どこにもそんな説明は無かったと思いますが、見ていて判った人は少ないんじゃないかな。

参考文献:「龍馬 最後の真実」 菊池 明、「坂本龍馬」 松浦 玲、「坂本龍馬 海援隊始末記」 平尾道雄、「龍馬の手紙」宮地佐一郎、「「武市半平太伝」 松岡 司 「龍馬の夢を叶えた男 岩崎弥太郎」 原口 泉 「坂本龍馬の妻 お龍」 鈴木かほる

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