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2009.08.05

京都・祇園祭2009 山鉾巡行 ~芦刈山から郭巨山まで~

Asikariyama0908031

すでに8月に入り祇園祭も終わっていると言うのに、どこまで続けるのかとお叱りを受けそうですが、ここまで来たらとことん行きます。ここからは、まだ紹介していなかった舁き山の巡行の様子をお届けしましょう。

ただ、舁き山についてはかなりの部分を宵々々山、宵山のレポートで触れていますので、紹介済みの山については詳細を割愛させて頂きます。また、宵山に訪れる事が出来なかった山については概略を紹介する事とし、詳しいレポートは来年に町会所を訪れた時に改めて掲載する事にしたいと思っています。

20基の舁き山は、先祭と後祭に分かれている意外は固定した巡行順は無く、毎年くじ引きで何番目を行くかが決められます。唯一の例外が橋弁慶山で、この山は後祭の2番目と決まっているくじ取らずの山ですね。

では、まずは今年山一番を引いた芦刈山から始めましょうか。

芦刈山は謡曲「芦刈」を主題にした山で、ご神体は芦を刈る翁の姿をしています。ただ、山の場合は正面が進行方向の左側と決まっているらしく、私の居た場所からではことごとくが後ろ姿になってしまい、判りやすい写真が撮り難くて困りました。その上に雨対策のビニールが被されており、たとえ正面から見たとしてもほとんど判らなかったでしょう。

この写真で確認できるのは、山の周囲に芦が植えてあるという事であり、ご神体が右手に鎌、左手には刈り取った芦を持っているという事ですね。芦刈の主題を表すだけなら鎌と芦を手にしたご神体だけで十分なのに、わざわざ周囲に芦を生やすというところが手が込んでいます。きっと、臨場感を出そうという狙いなのでしょうけど、遊び心も感じられて面白いですね。

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山2番が白楽天山。道林禅師を訪ねた白楽天が主題となっている山ですね。ただ、この写真では白楽天しか見えません。

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そこでもう一枚の写真です。これならかろうじて道林禅師が居る事が判りますね。禅師は老松の上に住んでいたとされており、その事を表すためでしょう、真松を背にして立っておられます。こういうとろを押さえておくと、山を見る楽しみが増えて来ますね。

Araretenjinyama0908031

山3番が霰天神山。火除けの神様としての天神様をお祭りする山ですね。まるで動くお社の様ですてすが、梅の花が一際鮮やかで目に付きます。

Mousouyama0908031

山4番が孟宗山。実は、この山には一度も宵山に寄った事が無いのです。町会所が烏丸四条上がるという場所にあり、私の宵山の行動半径に入っていないのですよね。来年は是非見に行かなくてはならない山の一つです。

この山は、中国24孝の一人、孟宗をテーマとしています。病気の母を養う孟宗は、冬なのに竹の子を食べたいという願いを聞き、雪の中を竹林に出掛けます。しかし、幾ら探しても竹の子があるはずもなく、困り果てた挙げ句に天に向かって祈りました。すると雪の大地が裂け、沢山の竹の子が採れたのです。孟宗がこの竹の子を母に食べさせると、病も癒えて母は元気を取り戻したのでした。

この孟宗という人は、三国時代の呉の国に実在した様ですね。母は孟宗の出世を信じて懸命に育て上げ、孟宗はその期待に応えて、最後は司空の位にまで登ったのだそうです。孟宗竹の語源にもなっており、調べてみるとなかなか面白そうな人物ですね。

ご神体は、右手に雪を被った竹の子、左手には鍬を担いでいるそうですが、この写真からは判別出来ません。やはり来年の課題ですね。

この山があるのが笋(たかんな)町と言うのですが、笋とは竹の子という意味なのだそうです。そこからこの話を主題に選んだという落ちが付くそうですが、そもそもこの町名の方がどういう由来があるのか聞いてみたいところです。

Kakukyoyama0908031

山5番が郭巨山。これも親孝行を主題とした山ですが、内容は今の感覚ではちょっと引いてしまうストーリーですね。

郭巨は中国の人で、老母と3歳の息子を養っていました。しかし生活に窮し、二人は養えないという事態にまで追い込まれてしまいます。そこで郭巨は、子供は自分が居る限りまた恵まれる事が出来る、しかし母は二度と得る事は出来ないと考えて、息子を埋めてしまう事にしました。そして、そのための穴を掘ろうとしたところ、一釜の黄金(六斗四升)を掘り当てたのでした。そこには一札があって、「天が孝子の郭巨に与える。官も他人も奪う事は出来ない」と書かれていました。郭巨はこの黄金のおかげで母に孝養を尽くす事が出来たのでした。

これが古代中国流の考え方なのでしょうけど、子供を殺してまでの親孝行が賞賛されるべきものなのかどうか。まあこの話を、今の物差しで測ったところで仕方が無い事なのでしょうけどね。

それはともかくとして、ご神体は郭巨とその子供の様ですね。郭巨は両手に鍬を持っており、黄金を掘り出した時の姿を表しているとされます。一方の子供は、右手に唐団扇、左手に紅白の牡丹を持ち、郭巨と対峙する形で立っています。この姿は郭巨の子供と言うより、郭巨を賞賛するために天が使わした使者と見た方が良い様な気もします。勝手な推測ですけどね。

また、黄金を象徴するものとして、金の鎌を山の中に置いてあるという事なのですが、調べた限りはどんな物で、どこにあるのかは判りません。山の見かけ上の特徴としては、日覆いがある事が目立ちます。屋根があるのは、舁き山としては唯一の存在ですね。

この山もまた、前を通り過ぎた事があるだけなので、来年の宵山に詳しく見てこようと思っている山の一つです。


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