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2009.08.04

京都・祇園祭2009 山鉾巡行~四条傘鉾・綾傘鉾~

Sijyoukasahoko0908031

祇園祭の山鉾の中でも、特異な形態を持つのが2基の傘鉾です。起源は共に応仁の乱以前と古く、最も初期の鉾の形式を残すものと言われています。鉾と言うより形はやすらい花の花傘に似ていますね。

こちらは四条傘鉾。応仁の乱で一度は焼失したのですが、1500年(明応9年)に再興し、幕末に至るまでずっと巡行に参加していました。しかし、元治元年の大火で再び焼失し、その後一度は大火の痛手から立ち直ったのですが、明治4年を境に行列が完全に途絶えてしまいます。

四条傘鉾が三度目の復興を遂げたのは昭和60年の事でした。当初は居祭りでしたが、3年後にお囃子と踊りが復元されて巡行にも復帰し、現在に至っています。

そのお囃子は、他の山鉾とはかなり異なった旋律になっていますね。何でもあまりに調子が違うが故に、他の山鉾のお囃子と重なると不協和音となってしまう事から、必ず間が開く様に傘の巡行は7番目と15番目に固定しているのだそうです。そして2つの傘鉾のどちらが先になるかは、くじによって順番(傘1番と傘2番)を決めているそうです。

四条傘鉾では8人の子供達が棒振りおどりをするそうなのですが、残念ながらこの場所では披露してくれませんでした。私はまだ見た事がないので、是非一度拝見したいものだと思っています。

Ayagasaboko0908031

こちらは綾傘鉾です。面白い事にこの綾傘鉾は、江戸末期には小さいながらも山鉾として巡行に加わっていた事があるそうです。1843年(天保5年)から1864年(元治元年)までの事で、残念ながら蛤御門の変による大火によって焼失してしまったのでした。

その後、明治12年に一度は元の徒歩囃子として復活したのですが、明治17年を最後に長く途絶えてしまっていました。この傘鉾の復興がなったのはその100年後の昭和54年の事で、それ以後は毎年巡行に参加しています。

それにしても、100年もの歳月を超えて復興させるのは、並大抵の事では無かったでしょうね。四条傘鉾もそうですが、地元町内会の熱意の賜物であったとしか言い様が無いでしょう。

ちょっと人陰になってしまって見えにくいのですが、これが棒ふりばやしです。この背後で神面を付けた二人が太鼓を叩きながら踊っているのですが、残念ながらそちらは画面に入りませんでした。

Ayagasaboko0908032

実演されているのは、壬生六斎念仏保存会の人達なのだそうですね。壬生の人達が綾傘鉾に協力するのは江戸時代以来の伝統らしく、昭和54年に復興した際にもその伝統に基づいて協力があったそうです。

この棒を振り回すという動作には周囲の災厄を祓うという意味があるそうで、激しい動きが目に見えるぶん、ありがたいご利益を授かる様な気がしますね。

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