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2009.08.15

大文字送り火2009 消えた送り火

これまで紹介して来た様に、今は五つの山があって五山の送り火と称していますが、江戸時代末期までは全部で10の山で送り火が灯されていました。5という数字は特別な意味を持つ事が多いのですが、大文字に関しては偶然だったという訳ですね。

今では消えてしまった送り火と場所は、次の5箇所です。

「い」の字             市原野
「一」の字             鳴滝
「蛇」                北嵯峨
「長刀」               観空寺村
「竹の先に鈴(竿の先に鈴)」  静原、修学院、西山(松尾山)のいずれか

市原は京都の北部、貴船神社の手前あたりですね。方角として、妙と船形の間に見えたのでしょうか。でも、結構な山の中になりますから、相当高い位置でないと市内からは見えなかったんじゃないかな。

鳴滝は仁和寺の西側ですね。左大文字のさらに左側に見えた事でしょう。

北嵯峨と言うのは、大覚寺の裏山あたりだったらしいですね。鳥居形よりも見やすいかも知れませんが、市内から見るにはあまり良いロケーションでは無かった様な気もします。昔だったら見えたのかな。

観空寺村は大覚寺の西、清涼寺の北側あたりに観空寺という寺と地名が残っています。位置的に蛇や鳥居形と重複する気がしますが、さらに山奥の高尾あたりだったのではないかという説もありますね。

「竹の先に鈴」については、諸説があって場所が特定出来ません。この送り火は大正時代までは灯されていたと言うのですが、見た事がある人がまだ生きているんじゃないのかしらん?なのに、場所が判らなくなっているというのは、何だか不思議な気がしますね。山の中に火床の跡は無くても、現地に口碑くらいは残っている様な気もしますが、すっかり忘れられてしまったのでしょうか。

これらの送り火は、主として経済的事情から消えてしまった様です。当日の薪だけでなく、日頃からの火床やその周辺の山の整備には多大な費用が掛かるでしょうからね。また、参加する人もそれ相当な人数が必要でしょうし、逆に言えば5つも良く残ってきたものだというのが本当の所なのかも知れません。これもまた、一重に関係者の方々の熱意の賜物なのでしょうね。

一方で、8月16日以外の日に大文字が灯された事もあります。直近では、2000年の大晦日に20世紀のフィナーレを飾る行事として灯された事は記憶に新しいところです。また、過去においても日露戦争の戦勝記念、琵琶湖疎水の完成記念など何度かある様ですね。伝統のある行事の割に柔軟性も備えているのは、担い手が地元の住民である故なのでしょうか。それに、市民に広くアピールするには、持ってこいのイベントである事も確かな様です。


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コメント

消えた送り火があるのはしりませんでした^^;

まだまだ知らない京都がたくさんありそうです。
京都は奥が深い!ヾ(^^;)

明日は送り火当日ですね。
なおくんは今年はどちらで見られるのかなぁ?(*^_^*)

投稿: Milk | 2009.08.15 23:11

Milkさん、

消えた送り火にはどんな由来があったのでしょうね。
復活は無理でしょけど、一度は見たかったという気がします。

今年はですね、前から気になっていた神楽岡に行ってこようと思っています。
真如堂には何度も行ってますが、送り火は初めてなので、
間近に見える大文字の迫力を楽しんでこようと思っています。

投稿: なおくん | 2009.08.16 09:01

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